表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

夏祭りの灯

 八月の夕暮れ、空は茜から紫にゆっくりと変わりつつあった。

 木かげ町の広場は、赤や青の提灯で埋め尽くされ、まるで空から星が降りてきたようだった。

 焼きそばの香りが風にのり、金魚すくいの水音、太鼓の響き、子どもたちの笑い声が交じりあって、町中がひとつの大きな音楽のようになっていた。


     ◇


 柚木つむぎは浴衣の裾を気にしながら、はるとと並んで歩いていた。

「わあ、にぎやかだね!」

「金魚すくい、絶対やるからな」

 はるとは紙袋を片手に、いつもの調子で笑っている。

 つむぎはというと、目を輝かせて、あたりをきょろきょろと見回していた。

 焼きもろこの香り、射的の音、綿あめの甘い匂い……。

 夏祭りの夜は、ふたりの町を知らない町のように見せていた。


     ◇


「ねえ、あれ見て」

 ふと、広場の隅に小さな屋台を見つけた。

 赤い布を張っただけの質素な屋台で、提灯も灯っていない。

 まわりのにぎやかさから取り残されたように、ぽつんと立っていた。

 店番らしき人影もなく、ただ棚にガラスの小瓶がいくつも並んでいる。

 そのガラスは夜気をまとって、ひやりと澄んでいた。

「……あれ、なに?」

「知らねえな。こんな店あったっけ?」

 二人が近づくと、風鈴の音のような声がした。

 チリン、と高く澄んだ音がして、まるで空気の中から直接響いてくるようだった。

『いらっしゃい。夏の灯をひとつどうぞ』

 つむぎとはるとは同時に驚いて顔を見合わせた。

 けれど屋台の奥には誰もいない。

 風が吹くたび、赤い布がひらひら揺れるだけだ。

 つむぎは小瓶のひとつをのぞきこんだ。

 淡い光がゆらゆらと揺れ、まるで小さなホタルを閉じ込めたようだった。

 その光はただ明るいだけではなく、胸の奥にしみ込むような、やわらかな温かさを持っていた。

『夏は心が熱くて揺れる。だから、灯を持って歩くと、心も落ち着くんだよ』

 声はやさしく響き、夕暮れの騒がしさの中でひときわ澄んでいた。

 つむぎは思わずノートを取り出し、震える手で書きつけた。

『夏の灯は小瓶にゆれる。心を落ち着かせる光』

「……買う?」

 と、はるとがつぶやいた。

「でも、お金入れるとこもないし……」

 すると、小瓶のひとつがふわりと浮き上がり、つむぎの手にすとんと落ちた。

「わ、わあっ!」

 小瓶の光は、ふたりの顔をやさしく照らした。

 ほんのり甘い香りがした気がして、つむぎは胸の奥がしんとするのを感じた。

『その灯は、友とともに持ち歩くといい。ひとりだと消えてしまうから』

 二人は顔を見合わせて、同時に笑った。

 その笑顔の奥には、どこか不思議なものに触れた実感と、ちょっとした緊張があった。


     ◇


 祭りのにぎわいに戻ると、夜はもうすっかり深くなっていた。

 太鼓の音が間を置いて響き、屋台の光が風に揺れる。

 はるとは金魚すくいの袋を片手に、つむぎは小瓶の光を大事そうに抱えて歩いた。

 やがて、花火が夜空に上がった。

 ドン、と音がして、大輪の光が空に咲く。

 赤、青、緑……色とりどりの光が一瞬で空を染め、闇に消える。

 そのたびに、つむぎの手の小瓶も小さく揺れて光った。

 花火の色を映し、まるで空のかけらが手の中に宿っているようだった。


     ◇


「なあ、もしあの小瓶の光が消えたらどうする?」

 はるとの声は、花火の音にかき消されそうになりながらも、どこか真剣だった。

「……また一緒に取りに行けばいいよ」

 つむぎが答えると、はるとは安心したように笑った。

「そっか。じゃあ大丈夫だな」

 頭上の花火と、手の中の小さな灯。

 どちらも夏の夜を照らしていて、ふたりの心をやさしく結んでいた。

 その光は、祭りが終わったあともきっと心の奥で揺れつづける。

 つむぎはそう感じて、小瓶をそっと胸に抱いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ