番外編・助手のひとりごと
正直に言うと、最初は面倒だった。
つむぎが「町の記録を残すんだ」って言い出したとき、俺はただの遊びだろって思ってた。
ノートを抱えて花に話しかけたり、川をじっとのぞいたり、正直、ちょっと変わったやつだと思った。
でも、つむぎは本気だった。
その真剣な横顔を見てるうちに、からかうのも忘れて、俺も横で見守るようになった。
◇
春。桜の下で「花が話してる」なんて言い出したとき、俺は笑った。
けれど、そのあとでほんとうに風の音に混じって声を聞いた気がして、心臓が跳ねた。
俺は口に出さなかったけど……あのときから少しずつ信じはじめてたんだ。
夏には川の精が現れて、俺らを追いかけるように光が泳いだ。
あれは夢じゃなかった。水面のきらめきが、いまでも目に残ってる。
つむぎは大きな瞳で見つめて、必死にノートに書きつけていた。
俺は横で「お前、変だぞ」なんて言いながら、本当は胸がどきどきしていた。
祭りの夜、小瓶の灯をふたりで受け取ったとき、正直、俺は少し怖かった。
もし手を離したら、灯が消えてしまうんじゃないかと思って。
けど、つむぎは迷いなくその小瓶を握って笑った。
「友だちと一緒なら消えないんだって」って。
そのとき、俺は少し安心した。……たぶん俺自身も、あの灯を必要としてたんだ。
◇
秋になると、金木犀の香りが町じゅうに満ちた。
精に導かれて、小さいころの記憶を思い出した。
俺とつむぎが最初に遊んだ場所。
忘れてたなんて、ちょっとショックだった。
でも、思い出せてよかった。
だって、あれが始まりだったんだから。
どんぐりに名前を書いたのも、今となっては大事な宝物だ。 俺はまだ、あのどんぐりを机の引き出しに入れてる。
もし誰かに見られたら恥ずかしいけど……手放したくないんだ。
落ち葉の夜、精に「ありがとう」を言ったとき、なんだか胸の奥があったかくなった。
あのときから、俺はつむぎに「ありがとう」ってちゃんと言おうって決めた。
……まだ、ちゃんとできてるかどうかはわからないけど。
◇
冬の朝、雪だるまが話したのは驚いた。
けどそれ以上に「約束しよう」って言われたとき、俺はすぐに「また来年も作る」って答えてた。
自分でもびっくりした。
俺は約束とかあまり口にしないタイプなのに。
でも、その場では自然とそう言葉が出た。
年越しの夜、灯籠の火がふわりと舞ったとき、俺は心の中で願った。
「来年も、あいつのそばにいられますように」って。
声には出さなかったけど、火はちゃんと聞いてくれた気がする。
◇
そして、春を待つ今。
つむぎは相変わらずノートを抱えて、「まだまだ記録しなくちゃ」なんて言っている。
俺は相変わらず「助手」だ。けれど、本当はそうじゃない気もする。
俺はただ、つむぎの隣にいたいだけなのかもしれない。
もし来年も、その次の年も、ずっとノートに書き続けるなら。
俺は助手としてじゃなく、仲間として、一緒に歩いていきたい。
そのことを、いつかはちゃんと伝えたい。
でも今は、これだけでいい。
「なあ、つむぎ。次の春も、また一緒に探検しような」
俺の言葉に、つむぎは笑って頷いた。
それだけで、十分だった。




