年越しのひかり
十二月三十一日。
木かげ町の家々からは、台所の匂いや笑い声がもれていた。
すでに大掃除を終えた家々は、どこも窓ガラスがきらりと光り、玄関先にはしめ飾りが掲げられている。
町の空気はしんと静まり返っているのに、どこか浮き立つようなざわめきが心に響いた。
柚木つむぎとはるとは、マフラーに顔をうずめながら夜の神社へ向かって歩いていた。
「人いっぱいかな」
「初詣だからな。寒いけど」
ふたりの吐く息が白く空に溶けていく。
雪こそ降ってはいなかったが、夜気は鋭く頬を刺し、耳の先がじんじんと冷たかった。
けれど歩調は自然とそろい、足音が雪の気配を含んだ土をコツコツと響かせていた。
◇
境内は思ったより静かで、まだ人影も少なかった。
古い木の鳥居をくぐると、広場に立つ大きなクスノキが月明かりに照らされ、黒々とした姿を浮かび上がらせていた。
枝には白い紙垂がかすかに揺れ、風が吹くたびにシャラリと小さな音を立てる。
境内の一角には、苔むした石の灯籠があった。
そこからだけ温かな灯りが漏れ、ほのかに雪解け水のような匂いを漂わせている。
「ねえ、あの灯籠……なんか光が強くない?」
つむぎが目をこらす。
灯籠の中で炎がゆらゆらと揺れ、次の瞬間――炎は外へ抜け出し、小さな火の玉になった。
『よい年を迎えにきたのだね』
二人は同時に目を見開いた。
『わたしは年の火。毎年この夜にだけ現れて、古い年を見送り、新しい年を照らすんだ』
「年の火……」
はるとが思わずつぶやく。
『うん。みんなが願う心が集まって、灯りになる。だから一番強く輝く夜なんだよ』
火の玉はふわりとふたりの前に浮かび、やさしい光を放った。
寒さでかじかんでいた指先まで、じんわりとあたたかくなるようだった。
まるで囲炉裏に手をかざしたときのような、懐かしい温もりが胸にひろがった。
「じゃあ、お願いしていい?」
つむぎが両手を合わせる。
『もちろん』
「来年も、はるとと一緒にいっぱい記録を残せますように」
はるとは少し照れくさそうに頬をかき、ぼそりとつぶやいた。
「……俺も。来年も元気で、こいつの無茶に付き合えますように」
火の玉は明るく揺れ、やがて夜空へと昇っていった。
その光に呼応するように、町中の鐘がごーんと鳴り響く。
遠く近く、あちこちの寺の鐘が重なり合い、古い年を送り出す厳かな音が町を包んだ。
ふたりは静かに頭を下げ、胸の中でそれぞれの願いを結んだ。
◇
帰り道。
境内を出ると、空からちらちらと雪が舞いはじめていた。
街灯に照らされる雪は、まるで小さな火の粉のように見え、ひらひらと白い道を染めていく。
「ねえ、さっきの年の火、きっとまた来年も会えるよね」
つむぎが小声で言った。
「うん。だって俺ら、ちゃんと願ったから」
はるとはまっすぐに答える。
ふたりは並んで歩き、足跡を白い道に刻んでいった。
重なり合う二人の足跡は、新しい年を迎える道しるべのように続いていた。
夜空にかかる月は静かに輝き、その光に溶けるように雪が舞い落ちていく。
古い年と新しい年が重なりあう瞬間を、木かげ町はしんと見守っていた。




