はじめての雪だるま
十二月の朝。
木かげ町に、今年はじめての雪が降った。
夜のあいだにしんしんと降り積もった雪は、屋根も道も畑も、すべてをうっすら白い綿でおおっている。
朝日を浴びた雪はきらきらと光り、町全体がまるで別の世界に変わったようだった。
柚木つむぎは布団を跳ねのけ、窓を開けて思わず声をあげた。
「やったー! 雪だ!」
吐いた息が白く凍り、頬に触れる空気もぴんと冷たい。
手すりには細かな雪の粒がまだ残っていて、それをそっと指先でつまむと、すぐに水に変わって消えた。
学校に行く道すがらも、つむぎの心はうきうきしていた。
屋根からこぼれるつらら、足もとに残る小さな足跡、雪を跳ね上げて走る犬。
見慣れた町がすべて新しく見えて、つむぎは立ち止まってはノートにメモを残したくなった。
◇
放課後。
雪はすこし融けかけていたが、クスノキの広場はまだ白くおおわれていた。
そこへ駆けこんできたつむぎの前に、はるとが待ちかまえていた。
「さあ、雪合戦だ!」
はるとは勢いよく雪をかき集め、丸めて投げるふりをする。
「ちょっと待って、雪だるま作ろうよ!」
つむぎは慌てて制止し、小さな雪玉を地面に転がしはじめた。
「ええー……」
はるとは渋い顔をしたが、結局しぶしぶ手伝うことになった。
ふたりは笑いながら雪を集め、大きな玉にして積み上げていく。
頬は赤くなり、手袋の中の指はかじかんで思うように動かない。
けれど、息を切らせながら転がすたびに雪玉は大きくなり、やがてふたりの背丈ほどもある雪だるまが完成した。
「よし、できた!」
はるとが腰に手を当てて満足げに言う。
「……ちょっと顔、変じゃない?」
はるとが作った目と口は、どこか歪んでいた。
「えっ、かわいいよ!」
つむぎは大笑いしながら、マフラー代わりに自分のリボンを雪だるまの首に巻いてあげた。
そのときだった。
雪だるまの口がゆっくり動き、声が響いた。
『ありがとう。ひとりぼっちじゃなくてうれしい』
二人は目をまんまるくした。
『わたしは雪のこども。冬になると、心を寄せ合う者の前にだけ目を覚ますんだ』
「心を寄せ合う……?」
はるとがつぶやく。
『うん。一緒に笑ったり、願ったり。そういうぬくもりが、冷たい雪を動かすんだよ』
雪だるまの声は、澄んだ風のようにやさしかった。
広場を吹き抜ける冷たい空気が、ふとやわらかくなった気がした。
◇
日が暮れはじめると、雪だるまは少しずつ小さくなっていった。
屋根から滴る水がつららに変わり、広場の木々も影を伸ばしていく。
『もう少しで消えてしまう。でも……約束すれば、また来年も会えるよ』
つむぎはノートを開き、急いで書きつけた。
『雪だるまは、約束を食べて冬を越す』
はるとは迷わず言った。
「じゃあ、約束する。また来年もここで雪だるま作る!」
つむぎも笑って頷いた。
「うん、絶対!」
雪だるまは安心したようににっこりと笑った。
そして白い息のような光を残しながら、ゆっくりと溶けて消えていった。
◇
帰り道。
空からまた雪が静かに舞いはじめた。
街灯の光を受けて、ひとひらひとひらが小さな星のように光っている。
ふたりは並んで歩きながら、手を伸ばして舞い落ちる雪を受け止めた。
「ねえ、来年もちゃんと雪、降るかな」
つむぎが不安そうに尋ねる。
「降るさ。俺らの約束、ちゃんと覚えてる雪だから」
はるとは笑って答えた。
その言葉に、つむぎは胸の奥があたたかくなるのを感じた。
白い道に刻まれるふたりの足跡は、寄り添うように並んで続いていた。
その先には、まだ見ぬ冬の約束がきらきらと光っているように思えた。




