第39話 沈黙の刃
再び七人が集まったのは、それから間もなくのことだった。
夜はすっかり落ち、森を包む空気はひんやりと澄んでいる。
わずかな月光が地図の上を淡く照らしていた。
レナードが周囲を見渡し、低い声で口を開く。
「……もう一度、全体を確認する。奇襲は三方向から同時に仕掛ける。
だが、今から言うことを最優先で頭に叩き込んでおけ。――安全を第一に考えろ。
可能な限り、遠距離で確実に倒すこと。中距離で抑えられるなら中距離で抑え、音を立てずに状況を作れ。
もし外した場合のみ、最小限の接近で確実に仕留めろ。焦るな、指示を守れ」
彼は地図の正面を指でなぞりながら続けた。
「まず正面だ。ロランとダリルは遠距離から門前の見張りを静かに狙え。
ダリルは見張りを片付けたら、音を立てずに俺とトマのもとへ合流し、廃村へ静かに侵入する。
外にいる盗賊は基本的に遠距離・中距離で処理しろ。近距離は――あくまで最後の手段だ」
ロランが短く頷き、弦を軽く弾いて調子を確かめた。
その横でダリルがスリングの革紐を指で撫で、わずかに口角を上げる。
レナードは指先を地図の脇に滑らせ、洞窟側の位置を示した。
「次に側面だ。エドリック、オズワル、ミロの三人は洞窟側から回り込み、外壁沿いに静かに接近しろ。ロランたちの攻撃が成功したら、俺が合図を出す」
そう言うと、レナードは腰の短剣を抜き、月明かりにかざした。
刃が一瞬、淡く光を返す。
「この反射を側面から確認できたら、それが侵入の合図だ。――音は使わない。
矢が放たれ、刃が光ったら動け。それ以外の動きは禁止だ」
ミロが頷きながら短弓を握り、エドリックはその光景を目に焼き付けた。
自分の胸の鼓動が、静寂の中でひとつひとつ響く。
レナードが短く息をつき、さらに低く指示を落とした。
「廃村の家屋に侵入したら、各自、寝ていると思われる者を近接武器で仕留めろ。声を上げられては元も子もない。必ず喉を狙え」
短い沈黙の後、全員が一斉に頷いた。
その時、エドリックの視線は仲間たちの手元に吸い寄せられた。
自分の手にあるのは投擲用のナイフだが、近づけば短槍での対応も想定している。
ミロは痩せた肩に鎌を斜めに据え、刃の背を親指で確かめるように触った。
レナードとトマは腰に手斧を並べ、柄をぎゅっと握りしめる。ダリルの腰には切っ先の鋭い剣が収まり、刃先がわずかに月光を反射した。オズワルは短槍を手にし、先端を軽く地面へ突き刺してその重みを確かめている。
レナードは顔を上げ、ロランの方へ視線を向けた。
「ロラン、最初の遠距離攻撃のあとも、引き続き廃村と洞窟側の両方を見張っていろ。
音を立てずに確実に仕留められるならどんどんやれ。
もし家から盗賊が出てきたり、洞窟側に動きが見えたら、即座に援護射撃を頼む」
ロランは弓を抱えたまま、静かに頷いた。
「了解」
レナードは再び全員を見渡し、低く締めくくった。
「この作戦に無理はない。ただし、油断した瞬間に誰かが死ぬ。
それを忘れるな。……全員、位置につけ」
誰も言葉を返さなかった。
ただ短い頷きが交わされ、七人の影が闇の中へと散っていった。
風が止み、森が息を潜める。そして、沈黙の奇襲が始まる。
***
夜の森は、息を潜めたように静まり返っていた。
わずかな月光が木々の隙間を抜け、廃村の輪郭を淡く照らす。
風はなく、篝火の赤い光だけがゆらゆらと揺れている。
ロランが弓を構えた。張り詰めた弦がきしむ。
その行動を見てダリルもスリングを静かに振り回し、石の重みを確かめる。
レナードとトマは物陰から廃村の門を見据えていた。
見張りの盗賊が火のそばで気を抜いて立っている。
彼の指がわずかに動いた――その合図を、ロランとダリルは見逃さなかった。
次の瞬間、矢が放たれ、ほとんど同時に石が風を裂いた。
鈍い音が夜に溶け、二人の見張りが倒れ込む。
火が小さく揺れ、火の粉が舞ったが、声を上げる者はいない。
レナードは呼吸を止めたまま、数秒だけ様子を見た。
誰も気づいていない――成功だ。
彼は腰の短剣を抜き、刃の腹を月光に一瞬だけ反射させた。
その閃きが、側面への合図だった。
森の奥でミロが小さく頷き、短弓を構える。
オズワルは短槍を握り直し、エドリックは投げナイフの本数を再度確認する。
三人は目を合わせ、同時に闇の中を駆け出した。
草の擦れる音がわずかに響き、足音はすぐに夜に溶けた。
風が止まり、空気が凍りつく。廃村の夜が、ついに牙をむいた。
***
ダリルはレナードたちのもとへ滑り込むと、そっと装備を確かめた。
「装備はどうする?スリングか剣か?」と囁くように訊く。
レナードは目で短く合図を返し、声を落とした。
「スリングだ。中距離で仕留める。ここからは声を出すな。ハンドサインだけで動け」
二人は簡潔に頷き、音もなく廃村の闇へ消えた。
***
――エドリックたちも、影のように後に続く。
指先の合図と目配せだけが彼らの言葉だった。家の影、軋む戸、窓に差す薄い灯り。慎重に、足の裏で地面を確かめるように進む。
前方から低い声が聞こえた。二人の男の声。笑い交じりの軽薄な会話が、近づいてくる。
三人は素早く身体を沈め、軒下の影に身を隠す。声は目の前をすり抜ける。ふたりは互いに悪口を言い合い、酒の匂いが漂うような話し方をしていた――雑然とした会話だ。
男たちが通り過ぎる――その瞬間、三人は静かに位置を変え、完全に背後を取った。
呼吸を合わせ、互いの視線が交わる。
オズワルが短く手を上げ、片手で突き出す合図を送る。
エドリックは投げナイフを指に挟み、ミロは短弓の弦を引き絞った。
一瞬の沈黙の後、同時に動いた。
エドリックの投げナイフが夜を切り、男の後頭部に突き刺さった。男はそのまま前に崩れ落ちる。音は短く、だが確実だった。ミロの矢は当たったものの、急所ではなく肩を貫いた。相手の呻きが一瞬漏れた――それを許さず、オズワルが間合いを詰める。
オズワルの短槍が沈み、薄い息を吐く間もなく喉元を貫いた。男は即座に動きを止める。オズワルは倒れたもう一人に近づき、刃先で確実なとどめを刺す。手早く、静かに、無駄のない動きだった。
ミロは小さく手の甲を胸元で打つようにして、「ごめん」と送る。
オズワルは首を軽く振り、片手で「気にするな」と示し、すぐに次の合図へ指を動かす。
――行け、次だ、という意味だ。
だがその時、エドリックが短く手を挙げて制した。
目で二人を近くに呼び、唇を動かさずに囁くように言う。
「……先に死体を隠そう」
三人は即座に動いた。
エドリックたちは倒れた男たちの体を手早く廃村の影へ引きずり込んだ。
崩れかけた壁の陰、月光が届かないその場所なら、夜明けまでは見つからない。
血の跡を土で覆い隠すと、闇がその痕跡までも呑み込んだ。




