第34話 灯火の下の決意
翌日からも訓練は続いた。
森や山岳での索敵訓練、戦闘訓練――内容自体は変わらない。だが、訓練後の時間が以前とはまるで違っていた。
訓練が終わると六人は詰所に集まり、レナードを中心に話し合いを始める。
最初はその時間を「反省会」と呼んでいたが、次第に「会議」と呼ぶようになった。
最初の十五分は訓練の反省から始まり、やがて作戦時の合図の確認、奇襲時の展開、緊急時の行動――
話題は夜ごとに増えていった。
意見がぶつかることも多かった。
ロランとダリルが遠距離支援の位置をめぐって言い合いになり、オズワルが割って入る。
トマが警戒配置の提案を出せば、エドリックが投擲位置が被ると指摘する。
だが、最後には全員が納得するまで話し合った。
誰も妥協を許さなかった。自分たちが初めて単独で動く部隊になるという緊張が、それを支えていた。
ガレスにも相談はした。
だが返ってきた言葉は短かった。
「この作戦に俺は参加しない。そのため自分たちで判断しろ」
冷たくも聞こえたが、その裏には確かな信頼があった。
――もう、俺たちは徴募兵ではない。
レナードが進行を務め、オズワルが細部をまとめる。それが自然な形になっていた。
ロランとダリルは遠距離からの支援配置を検討し、トマは敵の動線を読む警戒範囲の提案を重ねた。
エドリックは中距離での動きや撤退時の誘導を担当し、自分が敵を引きつけている間にどこまで近接が動けるかを試算する。
そして、ミロが合流した時の動きについても話し合われた。
彼が斥候として動く場合、誰が連絡役を担うか。
索敵結果をどのように共有するか。
「もしミロが先行して敵と接触したら、どこまで追わせる?」
「連絡手段が途絶した場合、どの地点で集合する?」
一つひとつ、現実的に検証していった。
会議の時間は夜遅くまで続いた。
詰所の外では、虫の声と夜風が交互に入り込んでくる。
ガレスが時折様子を見に来ることもあったが、口を挟むことはなかった。
ただ、一度だけ短く言った。
「想定を詰めるのは悪くない。だがな――どんな状況でも迷わず動ける形にしておけ。
考え過ぎて止まる隊が、一番早く死ぬ」
その言葉の重さを、誰も軽くは受け取れなかった。
沈黙が落ち、ランプの光が壁にゆらめく。
それでも話し合いは続いた。
作戦時間が朝の場合、昼の場合、夕方の場合、夜の場合、深夜の場合。
天候が晴れ、雨、霧、雪――それぞれの状況でどのルートを使うのか。
いつ襲撃を仕掛け、どの合図で撤退に切り替えるのか。
言葉にして、書き出して、想像できる限りの状況を潰していった。
トマがぼそりと呟いた。
「これ……全然時間足りないね」
オズワルが苦笑して返す。
「でも、やらなきゃ終わらねえ」
ロランが「終わりなんて来るのか?」と茶化し、
ダリルが「じゃあ、いつまででも話してろよ」と笑う。
そのやり取りにレナードが少しだけ笑った。
この詰所に流れる空気は、どこか心地よかった。
緊張の中にも、確かに仲間の温度があった。
やがてガレスが詰所の扉を軽く叩き、
「そろそろ休め。夜明けにはまた訓練だろ」
扉の前で立ち止まり、振り返らずに言葉を続ける。
「それに――いつ任務が来るかなんて、誰にも読めん。
今は先任の部隊や王都からの増援が前線を支えているが、彼らも人間だ。
いずれ交代が必要になる。その時は……お前たちが出る」
静かな声だったが、その一言一言が胸の奥に重く響いた。
扉が閉まると、詰所の中にはわずかな沈黙が残る。
誰も言葉を発さない。
――自分たちの番が近い。その事実を、全員が理解していた。
***
何日かの訓練を終え、詰所で装備を整えていると、扉の外に足音が響いた。
ガレスを伴ってランデルが入ってくる。二人の到来で、詰所の空気が一気に引き締まった。
ランデルは巻簡を取り出し、淡々と告げる。
「お前たち、任務だ。グレイウォール山脈の国境沿いに新たな盗賊の拠点が見つかった。
確認できる限りで二十人前後。これを奇襲し、殲滅する。主戦闘地は森だと見ているが、展開はお前らの判断に任せる。
出立は二日後。明日、斥候のミロが合流する。ミロから得た情報を受けて、レナードとオズワルで最終判断をしろ」
言い終えると、ランデルは静かに詰所を後にした。
扉の閉まる音が詰所の静けさを切り裂いた。
一瞬の沈黙。笑いは消え、全員の表情が引き締まる。
エドリックの胸に、不意に熱が上がった。
(ついに来た――)
投げナイフに視線を落とし、手の力を確かめる。
ガレスが前に出て、静かに口を開いた。
「奇襲小隊として初任務だな。無茶はするな。だが、臆するな。お前たちがやるべきことをやれ。帰ってこい――それだけだ」
短いが、重みのある言葉だった。
ガレスは全員の顔を順に見渡し、軽く顎を引くと静かに詰所を出て行った。
レナードが中央に立ち、低く言う。
「最終確認をする。お前たちを死なせるわけにはいかない。隊長として責任を持つ」
オズワルは肩をすくめ、穏やかに言った。
「恐怖はもうない。流れを見て、動くときに動くだけだ。状況を読めば、迷う理由なんてない。……もう、網を引く準備はできてる」
ロランは弓袋に手をかけ、柔らかく微笑む。
「遠距離は任せてくれ。狙いは外さない」
ダリルは腰の革袋を叩き、中の石を指先で弄びながら言った。
「森の中なら石はいくらでもある。投げて動きを止める。俺の武器は尽きねぇ」
トマは手斧を肩にかけて軽く回し、以前よりも確かな声で言った。
「手斧と短槍の扱いに自信がついた。近づかれたら、止めてみせる」
エドリックは小さく頷き、投げナイフを見つめてから目を上げた。
訓練で怒鳴られ、時に励まされ、気づけば誰よりも信頼していたガレスの姿が脳裏に浮かぶ。
人を殺すことへの不安は消えない。だが今は、国の情勢を知り、仲間と故郷を守るために戦う覚悟がある。
その刃は恐怖ではなく、決意の重さを帯びていた。
(怖い――けど、もう迷わない。俺はやる。みんなを、国を、故郷を守るために)
詰所には緊張と決意が満ち、各自が装備と地図を最終確認した。
夜は深く、ランプの光がゆらめいていた。




