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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
30/57

第30話 戦場に向けての新しい手

砦の朝は、まだ冷たかった。

日が昇りきらぬ薄明の中、六人は装備を整えていた。

いつもなら重い鎧を着込み、金属の音を響かせて訓練場へ向かう。

だが今日は違う。

革の胸当てに、動きやすい短外套。足元も、鉄ではなく柔らかな革のブーツ。軽い。けれど、どこか心もとない。


「……なんか変な感じだな」

トマが足を動かしながらつぶやいた。

「鎧を着てないと、風が体にぶつかってくるみたいだ」


「だが、動きは軽いな。こっちの方が俺は好みだ」

レナードが胸の前の留め具を確かめながら言う。


エドリックは頷き、ふと周りを見渡した。

いつも一緒のミロの姿がない。

昨夜の作戦会議のあと、彼は斥候部隊の会議にも呼び出され、そのまま合流したのだ。

「今日から、別行動か……」

エドリックがぼそりとつぶやき、少しだけ寂しそうに笑った。


「じゃあ、俺たちは俺たちの訓練だな」

ダリルが軽く肩を叩き、皆の背を押すように言う。

六人はうなずき合い、砦の階段を降りていった。


***


訓練場に出ると、朝靄の中に二つの人影が立っていた。

一人はもちろんガレス。その隣には、ガレスよりも少し背の低い男が立っていた。

無造作に束ねた髪、日焼けした頬。鎧ではなく、黒ずんだ軽装。

ただ立っているだけで、空気が引き締まる。


「おはようございます、隊長!」

六人が声をそろえて敬礼する。


ガレスは短く頷き、隣の男に目を向けた。

「紹介しておこう」


低く響く声が、靄の中に落ちる。

「斥候部隊の副隊長――ランデルだ」


男は無言で軽く顎を引いた。その動きだけで、鋭い視線と経験が伝わる。


「この砦で、彼より奇襲任務に長けた者はいない」

ガレスの言葉に、六人は思わず姿勢を正した。

ランデルはわずかに口元をゆがめ、低く言う。


「今日からは、戦場で奇襲をする訓練をしてもらう。覚悟はいいな」


その声には威圧ではなく、実戦の冷たさがあった。六人の胸に、緊張と期待が同時に走る。


ランデルが一歩前に出て、腰に帯びた装備を順に地面へ置いていく。短弓、短刀、短槍、そしてスリング。冷たい朝靄の中、金属と革の音が短く響いた。


「今日は武器の適性を確認する。どれを扱えるかではなく、どれが生き残るために向いているかを見極める」

ランデルの声は低く、余計な抑揚がない。

「先にすべて、俺が使いながら説明する。よく見ておけ」


彼は最初に短弓を手に取った。

弦を軽く引き、放つ。矢が的の手前の石に当たり、乾いた音を立てて弾けた。

「短弓。携行性と連射性に優れる。森や崖の狭い隙間でも構えられる。射程は短いが、敵の動きを乱すには十分だ。風と姿勢の安定、それがすべてだ」


続いて短刀を抜く。

抜きざまに一歩踏み込み、目にも止まらぬ速さで振り下ろす。刃が空気を裂く音が耳に残る。

「短刀。夜間の奇襲、隠密行動に使う。近距離でしか通じんが、音が出ない。静かに仕留める覚悟がある者にしか扱えん」


次に短槍を手に取ると、軽く回転させ、間合いを測る。

「短槍。投げてもよし、突いてもよし。崖際で敵を牽制し、逃げ場を塞ぐのにも使える。投げたらすぐに身を隠せ。回収にこだわるな」


ランデルは動きを止め、革袋からスリングを取り出す。


石を一つ掴み、紐を巻き取るように振る。ひゅ、と音を立てて放たれた石は、少し離れた木の幹に当たり、鈍く響いた。

「スリング。弾薬は現地調達、音も少ない。射程は長いが、弓より短い。だが使いこなせば強力な武器になる。飛距離と角度を、体で覚えるしかない」


ランデルは一通りの武器を見せたあと、最後に腰の後ろから一本の斧を抜いた。

刃の部分は鉄ではなく、少し黒ずんだ鋼。柄は短く、片手で扱えるほどの長さだ。


「もうひとつ、これも覚えておけ」

彼は軽く構えると、体をひねりながら腕を振り抜いた。

金属の唸りとともに、手斧が一直線に飛び――遠くの木杭に深々と突き刺さった。


「手斧だ。狭い場所でも扱える。近距離で振り抜いても威力が落ちず、斬りつけにも投擲にも使える」


ランデルは木杭に刺さった斧を見ながら言葉を続けた。

「刃が重い分、弾かれにくい。外しても衝撃で骨を折る。スリングと違って音は出るが、確実に仕留めるならこっちが確実だ」


彼は刺さった斧を引き抜き、軽く手のひらで回して見せた。

「腕の力に自信がある者、あるいは近くで戦う覚悟がある者に向いている」


朝の空気の中、まだ刃についた樹皮のかけらが陽を反射して光った。

その静かな輝きに、六人は息をのんだ。

――たった一振りの鉄が、命の重さを教えるようだった。


ランデルは一通りの武器を地面に置き、列の前をゆっくりと歩いた。

朝靄の中、靴底が石畳を踏む音だけが響く。


「……罠の説明は、ここではやらん」

短く告げ、腰の袋を軽く叩く。鉄輪と縄がぶつかる音がかすかに鳴った。

「この訓練場の地面は固い。仕掛けても意味がない。罠は山に入ってから教える。あれは地形を読む訓練の延長だ。焦るな」


六人の視線が自然とその袋に集まる。中に何が入っているのか――誰もが気になった。


ランデルは再び前を向き、締めくくるように言った。

「お前たちに実際に使わせる。自分の武器を見つけろ」


エドリックは短弓の響きと、空を切った刃の音を思い返していた。

言葉よりも、実演の方が何倍も説得力がある――そう感じた。


ランデルは最後に短く言った。

「覚えておけ。奇襲とは武器を振るうことじゃない。先に見抜くことだ。敵を知り、風を読み、恐怖を飼いならせ」


六人の胸に、静かな緊張が広がった。

新しい訓練が、確かに始まろうとしていた。


***


朝靄の訓練場に、金属の音が淡く響いた。

六人が輪になり、それぞれに短刀が手渡される。

刃は研ぎ直され、柄には布が巻かれている。戦場用の実物だった。


「まずは短刀だ」

ランデルが淡々と告げる。

「軽いが、扱いを間違えば自分が死ぬ。動きながら使え」


短い説明のあと、六人はそれぞれ間合いを取った。

最初に構えたエドリックは、ぎこちないながらも自然に動く。

刃先を恐れずに踏み込み、手首の返しも悪くない。


「…悪くない」ランデルが小さく頷く。


一方で、ロランとレナードは最初から無駄がない。

ロランは狩人として動物を捌いていたのか、扱いがスムーズにで、レナードは木を削るように、切り込みも滑らかだった。


「……仕事で触ってたんで」とレナードが言うと、ランデルは「だろうな」と笑った。


ダリルも負けていなかった。

剣兵として剣の扱いになれているのか、最初は長さと重さに戸惑っていたが、すぐに慣れてスムーズに扱いだす。


トマとオズワルは――使えなくはない。

だが、手の中で「違う」感触に眉をひそめている。

「なんか……軽すぎるな」とトマ。

「魚を締めるときの方がよっぽど重ぇ」とオズワル。


「よし、次だ」

ランデルは短刀を下げさせ、短槍を指さした。


***


「槍を扱える者はいるか」

「俺と、オズワルとトマです」

エドリックが答えると、ランデルは頷いた。

「なら、見せてもらおう」


三人がそれぞれ構えを取る。

槍を握ると、空気が変わった。踏み込みの角度、足の開き――身体が覚えている。

エドリックの突きは正確で、トマは勢いがあり、オズワルは重さで押す。


「うん、槍兵組は問題なしだな」


残りの三人が続く。

ロランとレナードは「動きは理解している」が、どうにも硬い。

一方、ダリルは――手の中で槍が泳ぐ。

「……あー、これは無理だな」本人も笑いながら認めた。


次は投擲。ランデルが的を置き、指示を出す。

「十歩下がって投げろ。狙うのは胴の中心」


最初に投げたエドリックの槍が、真っ直ぐ飛び――的のど真ん中に突き刺さった。


「……お?」

訓練場に小さなどよめきが起こる。ランデルが片眉を上げた。

「悪くないな」


続いてオズワル。投げた槍が同じく命中。

「漁の延長だな」本人は淡々としていた。


レナードは、的には当たったが刺さらなかった。


他の者は、的にかすりもせず。ロランの槍は下に落ち、トマは上を越え、ダリルは――横に飛んだ。


「よし、次は弓だ」


***


短弓が並べられる。ランデルが軽く説明を終えると、六人が交代で弦を引いた。


結果は、あまりにも明白だった。ロランが放つ矢はすべて的に吸い込まれる。

呼吸を止め、風を読む。一射、また一射。矢が次々と木板を貫いた。


「……速射もやってみろ」とランデル。


ロランは三本を握り、ほとんど間を置かずに放った。

全て命中。


続けて角度を変え、丘の影の的へ放つ。

曲射――それも命中。


沈黙。風の音だけが響いた。


ランデルは口の端を上げる。

「……あいつ、俺より上手いぞ」


ガレスがわずかに目を見張り、他の兵も思わず息をのむ。


「お前は短弓と短刀で行け。適性検査終了だ」

「了解です」


「短刀の扱いは俺が見る」

ガレスがそう言って、ロランを呼び寄せた。

二人は訓練場の端へ移動し、個別訓練を始める。


***


残る者たちは次の武器へ。

ランデルが地面に手斧を並べる。


「次、手斧だ。斬るだけじゃなく、投げても使う。木を切ったことがある者は、とりあえず振ってみろ」


五人の手に斧が渡され、それぞれが一度構えてからゆっくりと腕を振り始めた。ランデルは投擲とは別に「刃と柄の感触を確かめろ」とだけ告げ、声を上げずに見守る。


トマは肩の力を抜き、腰を入れて大きく振る。斧が弧を描くたびに、柄の重みが掌に心地よく伝わった。牛を扱う動作と似た体の使い方で、一振りごとに軸がぶれない。三度目の振りで、彼の顔に自然な微笑が戻る。


レナードは細かな手首の返しで刃の先端を確かめる。木工で培った手仕事のリズムがそのまま動作に乗り、無駄のないフォームで斧の重心を感じ取っている。彼の振りは滑らかで、短いモーションの中に安定感があった。


一方で、エドリックは振るたびに少し身をこわばらせる。刃の重さに合わせられず、軌道が安定しない。ダリルは力任せに振っては空を切り、笑いながらも手元が揺れているのが見て取れた。


オズワルは斧を振るときの呼吸が一拍遅れ、漁で使う腕の動きと槍を使用していた期間が長かったためなのか、振り方が僅かに噛み合っていない。どちらも「使える」感はあるが、まだ身体が武器のリズムを覚え切れていない。


数度の振りを終え、ランデルが静かに合図した。空には斧の軌道を確かめたあと、投擲へと移る気配が満ちていた。トマとレナードの肩には、すでに「当てる」ための確信がにじんでいたが、他の者の顔にはまだ不安の影が残っている。


トマが肩を回し、無駄のない動きで投げる。斧が飛び、木杭に突き刺さった。

レナードも無駄のない動きで投げる。命中はするが、深くは刺さらない。

「さすがだな」ランデルが頷く。


オズワルとダリルは、投げるが的に当たらない。

「……もう一度」

とランデルに言われて投げるが、やはり的には当たらなかった。


短い沈黙。その場の空気がわずかに張り詰めた。


これまでの笑いが消え、皆の視線がエドリックへ集まる。彼は斧を構え、重みを確かめるように一度息を吐いた。刃が光を受けてかすかに反射する。


「……次」


短い言葉に押され、エドリックが腕を振り抜く。

手斧は一直線に飛び、木杭の中心に突き刺さった。乾いた音が訓練場の端まで響く。トマとレナードが思わず顔を見合わせる。


「……もう一度」


再度命令され、投擲。――命中。木杭がわずかに揺れ、刃の震えが残る。


ランデルが低く笑った。

「……お前、槍も斧も投擲うまいな」


***


最後はスリング。

革紐に石を乗せ、遠心力で飛ばす武器だ。

ランデルが軽く見本を見せて説明したあと、順に試す。


最初は失敗の連続だった。石は横に飛び、頭上に上がり、足元に落ちた。

だが――ダリルだけが違った。


最初の一投は的を逸れたが、二投目で角度を変え、三投目には的の端をかすめる。

数度目には完全に中心をとらえ、乾いた音が響いた。


「……お?」

もう一度。今度も命中。五度目も命中。

その後も当て続けほぼ百発百中の精度になっていた。


ランデルが眉を上げる。

「……すげぇな。多分、これまでの使い手で上達が一番早い」


他の者たちはどうにも上達せず、エドリックは石を遠くへ飛ばすことはできるが、狙いが定まらない。


その様子を見ていたランデルが、ふと思いついたように言った。

「お前、スリングじゃなくて、石を直接投げてみろ」


エドリックは頷き、無言で石を拾い上げた。軽く構え、肩をひねって放つ。

ゴッ。

鈍い音とともに、石が的の中心に当たる。


「……もう一度」


二投目。命中。

三投目も、わずかに角度を変えて同じ軌跡を描く。


訓練場が静まり返った。

ランデルがゆっくりと口を開く。

「お前……投擲の才能があるな。投げ方ができあがってる」


エドリックは目を瞬かせ、

「……昔、狼を追い払ったことがあって……」と答えた。


ランデルはうなずき、軽く笑う。

「それでも大したもんだ」


一方、ダリルはスリングでの命中を続けながら、「俺の方が数は当たってるけどな!」と冗談を言い、オズワルが「お前は投げたら自分に当てそうだ」と返す。

笑い声が一瞬だけ、冷たい朝の空に溶けた。


***


ランデルは一歩引いて六人を見渡した。

朝靄の向こう、まだ息の白い空気の中で、一人ひとりの武器を確認していく。


「……よし、だいたい見えたな」

低く落ち着いた声が響く。


ランデルは最初にロランを見る。

「お前は弓が一番合ってる。構えも呼吸も無駄がない。短刀も使えるようだが――弓が主軸だな。短刀は近距離用に持っておけ」


次に、トマへ視線を向ける。

「お前は槍がしっくりきてる。突きの角度が自然だ。手斧も悪くない、補助に持て。体の使い方が素直だから、両方こなせるだろう」


エドリックを見つめ、少し間を置く。

「お前は……短槍が主軸だな。突きも投げも筋がいい。短刀は補助に携帯しろ。それと投擲の腕は見事だった。お前の場合、短刀よりさらに短い投擲用のナイフを携帯させる。軽い分、精度を活かせるはずだ」

その言葉にエドリックは小さく息をのむ。


ランデルはダリルに視線を移して、説明したらレナードに視線を向けた。

「お前は近距離なら短刀と剣。遠距離ならスリング。どちらも手になじんでいた。どっちが主かなんて考えるな。状況で選べ。臨機応変が一番生き残る」


「お前は短刀と剣。そして手斧。動きが安定してる。だが、何となくだがお前は守りの形だ。後でバックラーも試してみろ。防御の感覚がある」


最後にオズワルを見た。

「お前は短槍でいい。突きの重さが一番ある。あれは真似できん」


ランデルは一拍置いてから続けた。

「それと――お前は先ほど投擲で命中を出していた奴と組め。あいつの投げが生きるよう、周囲を警戒してやれ。状況によってはお前も投擲武器を持ち、援護に回れ。お前の突きがあいつを守ってやれば、あいつの石も刃も通る」


軽く顎を引き、締めくくるように言った。

「補助は軽んじるな。支えることも戦いの一部だ」


ランデルは全員を見渡し、静かにまとめた。

「以上が初期の割り振りだ。だが勘違いするな。武器は使い慣れるほど裏切る。明日には別のものが合ってるかもしれん。結局、生き残った武器がお前の武器だ」


六人は誰も言葉を返さず、ただその言葉を噛みしめるように立ち尽くした。

冷たい風が流れ、訓練場の旗がはためいた。その音だけが、彼らの胸に静かに響いていた。


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