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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
23/24

第23話 生き延びた

森の奥から、乾いた足音が駆けてきた。

月明かりの下、六つの影が息を切らせながら姿を現す。斥候たちだった。

先頭の一人がすぐにガレスのもとへ駆け寄り報告する。


「報告!敵、およそ五十!全員盗賊です!」

「……五十か。」

ガレスの眉がわずかに動いた。


「残りの二名は砦へ報告に向かいました。盗賊はこちらに誘導しました。もうすぐ来ます!」

「よくやった、下がれ。崖上へ上がり、ヴァーナルの指揮下に入れ。弓を借りて援護に加われ。」

「了解!」


斥候たちは即座に踵を返し、軽やかに崖を駆け上がっていく。

その身のこなしはまるで獣のようだった。

崖上にたどり着くと、予備の短弓を受け取り、ヴァーナルの傍へ並ぶ。


「斥候、六名合流!指揮下に入ります!」

「了解した。構えろ。指示があるまでは打つな」


ヴァーナルの短い声が張り詰めた空気を断ち切る。

彼の横では、護衛の剣兵たちも短弓を構え、全員の視線が森の闇に注がれていた。


その時だった。

「……来るぞ!」

誰かの声に続いて、森の影がざわめいた。枝を折る音、荒い息、そして無数の足音。

闇の中から怒号が押し寄せる。松明を掲げ、怒り狂った盗賊たちが姿を現した。


「なんだありゃ……どれだけ挑発したんだ、斥候たちは」

ヴァーナルが苦笑しながらも弓を引き絞る。

彼の前では、数十の盗賊が武器を掲げて突進してきていた。


その中に、槍を持った盗賊の姿が見える。

ヴァーナルは眉をひそめた。

「穂先が軍用だ。連合の奴ら、マジで盗賊とつながっていやがる……」


***


闇の中、松明の光に照らされた一人の男が唇を歪める。

「なんだと!軍がいやがる!」


怒りが一瞬、沈下しかけたが、男は前方の槍兵の列を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「戦いも知らなそうなガキばっかだな。お前ら!片付けて村へ突き進め——奪えるもんは全部奪うぞ!」


その叫びが行列に伝わると、盗賊たちの怒号はさらに高まり、足並みを速めた。

森の闇が吐き出した暴徒が、獣道を疾走してくる。


その咆哮の圧に、槍兵の列がわずかに揺れた。

エドリックは思わず喉を鳴らす。乾いた息が胸の奥でつかえ、手にした槍が微かに震えた。

心臓の鼓動が耳の奥で響く。重く、速く。

(……怖い)

視界の端でトマの肩が強張り、オズワルが唇を噛んでいるのが見えた。

誰も声を出さない。ただ、闇の中から迫る足音と怒号が、ひたすら心を締めつけた。


その時——ガレスの声が響いた。

鋼のように通る声が、夜気を裂いた。


「前列――槍を前に構えッ!前進十歩!」


考えるより先に体が動いた。

足が勝手に地を蹴り、槍が前へと突き出される。


「後列――前進十歩!」


訓練で叩き込まれた動きが、恐怖を押し流すように全身を支配する。

土を蹴る音、鎧の擦れる音が重なり、月明かりの下、列が一斉に動き出した。


同時に、崖上のヴァーナルが号令を放つ。

「弓兵、放てッ!!」


矢の雨が夜空を裂いた。

乾いた音とともに盗賊が次々と倒れ、列が崩れる。

怒号が悲鳴に変わり、混乱の中でさらに進もうとした者が仲間を踏み越えた。


「今だ、押し返せッ!」

ガレスの声とともに、前列の槍が突き出される。金属と肉のぶつかる音が重なり、火花が飛んだ。


突き出された槍が肉を裂き、咆哮と悲鳴が戦場に叩きつけられる。

エドリックは先端の冷たさが手に伝わるのを感じながら、ただ前だけを見ていた。

足元がぬかるみ、血と泥が混じり合う。


前列が敵を押し返すと、その隙間へ後列の長槍が一斉に差し込まれた。

穂先が深く突き刺さり、転がる影がさらに増える。

さらに後方から強い拳のように槍が振り下ろされ、敵を叩きつけていく。


「前列!突け!!押し込め!」

ガレスの声がまた挙がる。短く、だが断固とした命令だ。

エドリックは力を込め、体ごと槍を押し出した。

何とも言えない感触とともに、一人の盗賊が呻き声を上げて倒れる。


崩れた列に追い打ちをかけるように、崖上の弓兵が再び矢を放った。

頭上から浴びせられる矢の雨は致命的で、逃げ惑う盗賊たちの足を次々と止める。


悲鳴と断末魔が折り重なり、兵たちの間に冷たい緊張が走る。皆、ただ生き残るために体を動かしている。


***


「後ろを抑えろ、弓兵を守れ!」

崖上の剣兵が叫び、崖をよじ登らんとする別働隊の盗賊を切り伏せる。

剣閃が暗闇に光り、松明の赤い炎が血煙を照らした。

数名の盗賊が崖縁に倒れ込み、そのまま黒い影へと滑り落ちる。


敵の士気は急速に崩れた。

盗賊の突撃は無残に瓦解し、残存する者たちは互いに押し合いながら退路を探す。

何人かは振り返って森へ逃げ出したが、そこでも矢は降り注ぎ、追撃の矢が背を貫く。


***


「押し返せ!絶対に緩めるな!!」

ガレスの声は、冷たくも断固としていた。

エドリックはもう一度鋭く踏み込み、槍を叩き込む。

体が踵を上げ、泥が飛び散る。

長槍の後列が再び前列の裂け目を突き、最後の抵抗を封じ込めると、盗賊の大半が形を保てなくなった。


そして、崖上の弓兵が追い討ちをかける。

無慈悲な弓兵の射線が次々と標的を貫き、ある者は膝を折ってその場にうずくまり、別の者は断末魔のまま倒れ込む。

逃げ場を失った群れは散り散りになり、やがて夜の闇に吸い込まれていった。


残されたのは、静かな生々しい光景だった。

地面には壊れた武器、折れた剣先、血の匂いが濃く残る。

仲間のいくつかが倒れ、誰かが呻き、誰かが手で傷口を押さえている。

だが大きな波は引き、槍兵たちの列はまだ形を保っていた。


ガレスはゆっくりと武器をおろし、列を見渡し、短く言った。

「盗賊と自軍の損害を確認しろ。自軍の負傷者には助けを、盗賊には止めを。ただ一人は残しておけ、情報を吐かせる。追撃は斥候と剣兵に任せる。森はまだ危険だ。十分に注意しろ」


「了解!」と声が返る。

兵たちはすぐに動き出した。


エドリックはその光景を見つめながら、胸の奥が重くなるのを感じた。

(これが……戦いか)

想像していたよりも、ずっと静かで、現実的だった。

叫びも、歓声もない。ただ風と息の音だけが残っている。


隣でオズワルが槍を地に立てかけ、小さく息をついた。

「終わった、のか……?」

ガレスが振り返り、短く答える。

「わからん。だが、斥候の報告が正しければ、ここの防衛はほぼ終了だ。よくやった。」


その言葉に、ほんのわずかに肩を落とす。

だが誰も声を上げて喜ぶ者はいない。

勝利よりも、“生き延びた”という実感だけが、胸の中で静かに広がっていた。


エドリックは泥に汚れた手を見つめる。

その指はまだ震えていたが、もう槍を離そうとはしなかった。


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