第21話 作戦会議
カイ
年齢:27歳
所属:斥候部隊小隊長
性格:冷静・慎重・合理的
特徴:長年の経験で培われた「気配を読む勘」を持つ。斥候能力だけでなく白兵戦での戦闘能力も高い。
作戦会議室では、すでに議論が始まっていた。
分厚い扉の内側には、燭台の炎がいくつも灯り、机上の地図を赤く照らしている。
中央には砦の隊長ルガンと参謀カディン。
その両脇には、参謀補佐が二名、各部隊の隊長たちが五、六名、そして斥候隊のカイが控えていた。
皆が地図に目を落とし、駒を動かす音すら緊張に包まれている。
「――つまり、奴らは森を抜けて補給路である村に回り込むつもりか」
ルガンが低く唸る。
「ああ」
カディンは頷き、指先で地図上の森をなぞった。
「南東の森沿いの獣道を使えば、村落地帯まで最短で一日。盗賊どもを使えば、目立たずに接近できる。それに斥候が盗賊を見つけた場所を考えればもっと早い可能性もある」
「だが、あの森は湿地帯だ。大軍は通れん」
「そうだ。だからこそ厄介だ」
カディンは視線を上げ、淡々と続けた。
「小規模の一団が村を襲い、兵をそちらに向かわせる。その隙に本隊がこちらへ進行する。……奴らの手口としては十分あり得る」
机の中央には、封蝋の欠片と数枚の銀貨が置かれている。
その表面には、ヴァイス連合の紋章――双頭の鷲が深く刻まれていた。
燭台の炎がその銀の輝きを照らし、まるで冷たい目でこちらを見返しているようだった。
ルガンはそれを手に取り、無言のまましばらく見つめていた。
指の骨が軋むほどに力がこもる。
銀貨がわずかに歪む音が、会議室の静寂を裂いた。
「……よくも、こんなふざけた真似を」
低く、押し殺した声。
怒鳴りではない。だが、その一言に部屋の空気が張り詰めた。
「国の兵を正面から動かさず、盗賊を使って民を壊すか。ヴァイスのやり口は昔から変わらん」
ルガンの目が地図の上を射抜く。その瞳は冷たく、それでいて燃えるように鋭かった。
カディンが腕を組んだまま言う。
「戦の号令はまだ出ていないが、これは明確な侵攻準備と見ていい。動くなら早いはずだ。斥候の情報と照らし合わせれば今日明日動いても不思議ではない」
そういった意味では斥候に感謝せねば…
カディンはそう小声で呟いた。
ルガンは銀貨を机に叩きつけた。
乾いた音が響き、誰も息を呑むように身じろぎした。
「なら――迎え撃つだけだ」
カディンが短く頷く。
「防衛線を張るだけでは間に合わん。奴らの進軍経路を特定する必要がある」
ルガンは地図の南東を睨みつける。
「カイの報告をもとにすれば、盗賊の拠点はこの森の奥だな」
参謀補佐の一人が恐る恐る口を開いた。
「ですが……こちらの兵力は四百五十ほど。敵の人数を以前と同じ七百と仮定するならば、砦と周辺の村を守るには、あまりに数が足りません」
その言葉に、ルガンは短く息を吐いた。
「わかっている」
低く響く声が、燭台の炎を震わせた。
「本来の兵が約四百。徴募兵で実戦を知らない兵が六十。砦を固めながら村も守るとなれば、兵を分けねばならん」
カディンが頷き、淡々と補足する。
「数では不利だな。だが、この砦の地形と城壁を活かせば、多少の差は覆せる」
ルガンは銀貨を指先で転がしながら、低く呟く。
「……だが、村を囮にするわけにもいかん」
目の奥に宿る光が、静かな怒りと決意を映していた。
その時だった
「失礼します!会議に遅れてしまい申し訳ございません」
ガレスとミロが室内に到着した。
「構わん。……カイ。そいつが一緒に任務にあたった斥候か?」
「はい。ガレス小隊の斥候でありますが、訓練時なかなか使えると判断をしたので任務に同席させました」
ルガンがぎょろりとミロを見る。以前ならば怯えた様子を見せていたが今は違う。
敬礼したまま姿勢を崩さずにいた。
「……まあいい。ガレス。お前は会議に参加しろ。斥候のお前は退出して休め。お前がここにいても意味はない」
ミロはガレスを見るがガレスは頷く。
「了解しました!失礼します!」
そういってミロは会議室から出ていった。
ガレスは少し驚いていた。
徴募兵として砦に来たときは、おどおどしていたミロが隊長の圧にも動じず兵士としての行動をしていたことにだ。
そのことが緊急時である今でも少し嬉しく思えてしまった。
カディンが机に手をつき、咳払いをする。そして地図の上へ身を乗り出す。
「少し中断をしたが続けるぞ。戦線を狭める。砦を中心に防衛を固めるが、南東のこの道だけは放っておけない。
ここの出入口は高所が絞られている。あの高台に弓兵を固め、射線を押さえろ。盗賊を高所で挫く──そこで時間を稼ぐんだ」
ルガンが無言で頷く。目は冷たく光っている。
「弓はどれだけ回せるんだ?」とカディンが問う。
弓兵隊長は地図を覗き込み、視線を上げた。
「ここは崖上の張り出しと、出入口正面の樹上陣地の二か所。ここが要所です。弓兵を十分に回せるなら、少数の賊は弓で潰せるでしょう。ただ敵数が掴めないのが問題で、もし大群で来られれば粘り切れません。全弓兵は六十名。どれだけ割くかで砦の守りは左右されます」
カディンが唇の端をわずかに上げた。
「――ヴァイスが本気で砦を狙うなら、村への小規模襲撃や盗賊を嗾けでこちらを誘い出す手は有り得る。狙いは読めんが、選択肢としては十分考えられる」
ルガンは地図の上を睨み、短く息を吐いた。
「弓兵の最終配分と人選はお前に任せる。村側を速やかに片づけられるかは弓兵次第だ」
ルガンは地図から視線を上げ、今度はガレスを見て低く言った。
「村へ回す部隊は、腕の立つ者を剣兵指揮官として任命し、実戦経験のない徴募の剣兵をその配下に組み込め」
そして、地図を指差し
「ここの布陣はこうだ。崖上の弓兵には必ず剣兵を付けて護衛させろ。矢線が切れる接近戦で即座に守れるよう、弓の側面を固めておけ。森への出入口正面には槍兵を並べ、通れる隙間を一切残すな。
列を崩させずに押し止められる間合いで固めろ。必要なら機動できる小隊を一つ、予備として下げておけ。布陣を始めろ。ガレス。途中参加のお前は不明点があればカイから再度作戦を聞け」
ガレスは頷き、短く答えた。
「了解しました」
ルガンは全員を見渡し、鋭い視線を南東の地図上へと戻した。
その声は低く、静かながらも、部屋の空気を一瞬で支配する力を帯びていた。
「――それから、斥候隊に追加の命を下す」
ルガンの指先が、地図の森の奥を軽く叩く。
「カイ。今すぐ敵陣地周辺へ再度出向け。敵の人数、動き、状況の確認を最優先とする。誰を連れていくかはお前の判断に任せる。信頼できる者を選べ」
彼は短く息を吐き、続けた。
「これから一時間以内に部隊の配置を完了させる。戻り次第、すぐに報告を上げろ。敵の戦力が整っている場合は速やかに両部隊へ報告しろ。いない場合でも必ず知らせるんだ」
ルガンの声が一段低くなる。
「もし盗賊どもが村に向けて動き出している兆候があれば、かく乱して時間を稼げ。ただし、直接の交戦は避けろ。目的は敵の足を止めることだ」
言葉を終えると、ルガンは銀貨を指先で押しつぶすように握りしめ、机に置いた。
「報せ一つで、すべてが決まる。――行け」
カイは無言で立ち上がり、胸に手を当てて敬礼した。
「了解しました」
燭台の炎が揺らめく中、彼の足音だけが静かに扉の外へ消えていった。




