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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
12/24

第12話 砦の朝と夜

ミロ

年齢: 16歳

職業: 農家

性格:内気・臆病・優しい

特徴: エドリックと幼馴染。仲間思いで人の痛みに敏い。


鐘が鳴るたび、一日が始まり、一日が終わった。

訓練は歩くことから始まり、歩くことで終わった。

七人はそれを繰り返しながら、少しずつ兵の形に近づいていった。


初めのうちは、ただ歩くだけのはずだった。だが実際には、歩くことすらできなかった。足並みが乱れれば怒号が飛び、声が揃わなければ拳が飛んできた。

石畳に足を取られ、転べば罰として再び立たされる。止まることも、言い訳することも許されなかった。


二日目には、列がようやくまっすぐになった。

それでも、誰かの息が乱れれば、全員がやり直しだ。ガレスの号令が鳴るたび、靴底が地面を蹴り、槍の石突が音を立てた。その音が合わなければ、再び最初から歩かされた。


三日目、武器が変わった。木でできた訓練用の柄が取り上げられ、代わりに本物の槍や剣が手渡された。刃は研がれ、重さは腕に沈んだ。命を奪うことができるという事実が、金属の冷たさよりも深く掌に刺さった。握るたび、呼吸が浅くなる。

だが、誰も手を離さなかった。


***


その日の夕刻、砦の食堂には湯気が立ちこめていた。

粗末な木の卓が並び、皿の上には黒いパンと塩気の強いスープ。

兵たちは肩を並べ、声を張り上げて談笑していた。

疲労を笑いに変え、仲間を叱り飛ばし、明日の訓練を茶化す声が飛び交う。


だが、徴募兵が座る隅の卓だけは静かだった。

言葉を交わす気力もなく、パンをちぎる音とスープを啜る音だけが響いていた。

エドリックは手を止め、向かいに座るミロを見た。

彼は俯いたまま、パンを指で握り潰していた。

トマも黙って食べ、オズワルは匙を置く音すら慎重だった。

場を和ますダリルも無言だった。

ロランとレナードも何も言わず食べている。

誰も口を開かず、誰も笑わなかった。


食事が終わると、彼らは言葉もなく席を立った。背後では他の兵たちがまだ笑い合っている。その声が遠ざかるほど、七人の歩く足音が重く響いた。


***


四日目の午後、鎧を着せられた。初めて鉄の重みが体を覆い、肩にかかる圧力で息が止まりそうになった。それでも前へ進まねばならなかった。鎧の音が列ごとに鳴り、まるで鉄でできた獣がゆっくりと歩いているようだった。


五日目。その日、他の徴募兵たちも中庭に集められた。初めて七人以外の者たちとともに行軍訓練が始まった。数十人の兵が一斉に動くと、列はすぐに乱れた。前が速ければ後ろが詰まり、声がずれれば音が崩れる。足を取られた者が倒れ、後ろの兵がつまずく。


「列を乱すな!」

「前を見ろ、頭を上げろ!」

ガレスの声に続いて、他の上官たちの怒号が飛び交った。

怒鳴り声が重なり、命令が交錯する。


誰の声がどこから飛んでくるのかもわからないまま、七人も周囲に合わせて動き続けた。

声と足音と鎧の音が渦を巻き、砦全体が息づくように揺れていた。


それでも、誰も止まらなかった。罵声の中でも、足を前に出すしかなかった。歩くことをやめた瞬間に、兵ではなくなる気がした。


六日目。足の痛みは消えた。慣れたわけではない。

ただ、痛みを感じるよりも、歩く方が先になった。息を合わせ、足を揃え、声を重ねる。歩くことだけが、生きている証のように思えた。


***


夜の食堂で声を徴募兵は誰もいなかったはいなかった。

スープの湯気が立ちのぼり、木椀に映る火が揺れる。

兵士たちはまだ冗談を言い合っていたが、徴募兵たちは目を合わせることもなく、まるで機械のように食事を終えると、静かに席を立った。


部屋に戻ると、誰も話さなかった。湿った鎧を壁際に立てかけ、寝台に倒れ込む。言葉よりも先に眠気が来た。夢を見る暇さえ、誰にもなかった。


***


七日目の朝、霧が晴れた。砦の壁に朝日が差し込み、列を組む徴募兵たちの影が地面に伸びていた。昨日まで乱れていた足並みが、今は一つに揃っている。数十人の動きが、ひとつの生き物のように進んでいく。その中に七人も溶け込み、もはや区別はつかなくなっていた。


ガレスはその様子を黙って見ていた。短く頷くだけで、言葉はなかった。だが、それだけで七人には伝わった。――兵として認められたのだ、と。


***


訓練が終わった後、徴募兵たちは武器を納め、それぞれ持ち場へと散っていった。

だが、ガレスの声が七人を呼び止めた。


「お前たち七人、残れ」


その声に、足を止めた者たちが振り返る。七人は互いに目を合わせ、静かに前へ出た。中庭にはまだ霧が薄く残り、夕陽が鎧の縁を淡く照らしていた。


ガレスは彼らを前に立たせ、しばらく何も言わなかった。視線だけで、一人ひとりを確かめるように見つめる。


「七日間、よく耐えたな」


短い言葉だった。

だが、その声にはいつもの冷たさがなかった。

むしろ、静かな熱を含んでいた。


「歩くだけの訓練だと侮っていた者もいただろう。

 だが、足並みを揃えるというのは単純なようで最も難しい。

 一つ乱れれば全てが崩れる。

 だが揃えば、それだけで敵を圧する力になる。

 そして何より――隣を信じられるようになる。」


ミロが小さく息をのんだ。

オズワルは黙ったまま顎を引き、トマは視線を落とした。

エドリックはただまっすぐ前を見た。

ロランはわずかに目を細め、何かを計るようにガレスを見つめている。

レナードは拳を胸に当て、静かにうなずいた。

ダリルだけが薄く笑みを浮かべかけたが、すぐにそれを飲み込んだ。


ガレスは続けた。

「覚えておけ。戦いは力で勝つんじゃない。

 足を止めなかった者が、生き残る」


その言葉は、訓練よりも重く響いた。誰も返事をしなかった。声を出すよりも、ただ胸の奥に刻む方が早かった。


ガレスはわずかに口元を引き、

「今日は休め。明日も行進訓練は続くぞ」

とだけ告げて背を向けた。


鎧の金具が鳴り、夕陽の中にその背が遠ざかっていく。

七人はその場に立ち尽くしたまま、言葉も出せなかった。

それでも、心の奥に何かが灯っていた。


――生き残れ。

それが、初めて与えられた意味のある命令だった。



***


夜。

エドリックは寝台の上で、泥のこびりついた手を見つめていた。掌の皮は硬くなり、ひび割れの中に血が滲んでいる。それでも、痛みはもう遠かった。


槍の重みも、鎧の息苦しさも、今では体の一部のように感じる。

だが、心のどこかがまだ追いついていない。歩き方を覚えても、「歩かされている」という感覚が消えない。


――兵士になるということは、こういうことなのか。


そう思いながら、エドリックはゆっくりと目を閉じた。遠くで鐘が鳴り、その音が静かに胸の奥に沈んでいった。


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