第11話 命令の歩幅
キャラクターが増えてきたので簡単なキャラ紹介です。
次話以降一人ずつ紹介していきます。
エドリック
年齢: 15歳
職業: 農家
性格: 素直・責任感が強い
特徴: 母の言葉「心まで奪われてはならない」を胸に、兵としての現実と向き合う。主人公。
霧の薄い朝、砦の中庭には湿った石の匂いが漂っていた。
適正検査を終えた七人の徴募兵は、息を整える間もなく整列させられ、冷えた空気の中でまっすぐに立っていた。
まだ昇りきらぬ太陽が石壁に淡い光を投げかけ、誰の影も短く沈んでいる。
ガレスとルガンが何か話しており、ガレスが頷いて二人は別れていった。
そしてガレスが話し出す。
「暫定的だが武器の適正は把握した。ルガン隊長と話し合った結果を報告する」
誰も反論できなかった。
疲労と緊張が喉を塞ぎ、ただ冷たい風が頬を撫でていく。
ガレスは列の前に立つと、ひとりずつ鋭い目で見定めていった。
最初に立つエドリックを見据える。
「お前は槍。」
続いてオズワルに目を向ける。
「お前も槍。」
次に怯えたように立つミロの前で足を止めた。
「お前は鎌だ。」
ロランの前に立ち、わずかに顎を上げる。
「お前は弓。」
続いてレナードに向かう。
「お前は剣。」
その隣に立つダリルの前で足を止めた。
「お前も剣だ。」
最後にトマの前に立ち止まった。
「お前も槍。」
全員を見渡したガレスは、ゆっくりと息を吐いた。
その目には感情の色がなく、結果だけを告げる目だった。
「決定ではないが伝えたものを訓練していく。文句があるなら、使えるようになってから言え」
静寂が中庭を覆う。
「次は動きだ。武器を持ったまま行進する。歩き方も、止まり方も、声の上げ方も叩き込む」
その瞳には、容赦という言葉が存在しなかった。
「質問や疑問は受け付けない。命令だけ従え。全員、ついてこい」
***
槍の石突が地面を叩き、列がゆっくりと動き出した。
鎌の刃が腰で揺れ、弓の弦が風を切り、石畳に靴底が響く。
彼らは砦の門を抜け、外の道へと進んだ。外の風は冷たく、湿った土の匂いが漂う。
行進訓練は砦の外壁沿いを延々と巡り、槍の先が霧の中で小さく揺れ続けた。
「前進、十歩」
「止まれ」
「整列――」
ガレスの声が響くたびに、七人の肩が揺れ、呼吸が乱れ、靴底が泥に沈む。
足を止めれば叱声が飛び、声を上げなければ罵声が続く。
次第に言葉を返す者はいなくなり、ただ号令が鳴れば足が動いた。
エドリックは槍の重さに肩を焼かれながら、目の端で仲間たちを追った。
トマは歯を食いしばり、オズワルは無言のまま視線を前に固定している。
ミロも歯を食いしばっていた。鎌を持つ手は震えており、それでも足を止めない。
霧は晴れず、空も動かない。ただ足音だけが石壁に反響していた。
ふと、エドリックの視界の端に別の行列が映る。
違う場所でも、同じように徴募兵たちが武器を抱え、上官の号令に合わせて歩いていた。
槍を持つ者、木剣を持つ者、弓を背負う者。誰も言葉を発せず、声を上げるのは号令の響きだけだった。
まるで砦そのものが巨大な歯車で、彼らもまたその一部に組み込まれているように思えた。
足を止めれば音が狂い、その瞬間に自分という存在が消えてしまう気がした。
「――前進、二十歩」
ガレスの声が再び飛び、七人の足が同時に動く。時間の感覚はすでに消えている。
地を踏む音と呼吸だけが現実で、それ以外は遠く霞んでいる。
***
やがて、ガレスが短く命じた。
「――停止」
七人の足が止まる。
誰も声を出せず、息だけが荒く響いた。ガレスは振り返り、無表情のまま言った。
「今日の訓練はここまでだ」
その声には安堵も称賛もなかった。
ただ事実だけを淡々と告げる冷たさがあった。
「明日も同じ訓練を行う。武器を持って歩け。
足の運び、息の合わせ方、体の揺れ――すべてを叩き込む。
兵の動きは命令で始まり、命令で終わる。
考えるな、動け」
七人の肩が小さく震えた。しかしガレスは続ける。
「いずれ鎧を着けさせる。
重みが加われば、今日の倍は地獄だ。
だが――それでも歩ける者だけが兵になる」
冷たい声が響き、砦の外壁に反響した。
「今日は終わりだ。武器を戻して休め。
明日、鐘が鳴る前に広場へ出ろ」
言い終えると、ガレスは踵を返し、鎧の金具が鳴る音だけを残して砦の奥へ消えていった。
***
夕刻、砦の鐘が鳴った。訓練が終わったのかどうか、誰もすぐには分からなかった。
ただ足が止まり、声が消えたとき、ようやく自分が生きていることを思い出す。
エドリックは、その場で息を吐いた。
肺が焼けるように痛み、胸の奥で鼓動が暴れていた。
腕はしびれ、握っていた槍が重りのように手から滑り落ちそうになる。
足は感覚が薄れ、立っているのか、地に沈んでいるのかも分からなかった。
目を上げると、仲間たちも同じように息を荒げていた。
トマは膝をつきかけながらも必死に耐え、歯を食いしばっている。
オズワルは表情を変えずに立っていたが、額の汗が頬を伝い、地面に落ちていった。
ミロは肩で息をし、鎌を支える腕が震えている。
ロランは弓を背にしたまま遠くを見つめ、焦点の合わない瞳でどこか遠くを見据えていた。
レナードは唇を固く結び、剣を胸の前で静かに支えながら呼吸を整えている。
そして、ダリルは息を荒げながらも、わざと軽口をこぼした。
「ははっ……これ、休めって言われたら、倒れそうだな」
その言葉に誰も笑わなかった。
けれど、そのかすかな冗談が、張り詰めた空気の中で唯一の人の声に聞こえた。
空は鈍く染まり、砦の影が長く伸びていた。
風が吹くたびに音が鳴るが、その音がやけに遠く聞こえる。
世界の中で動いているのは、自分たちだけのように思えた。
エドリックは重くなった手で槍を支え直した。
掌の皮が破れ、赤い線が滲んでいる。それでも――落としたくはなかった。
槍を離せば、心まで崩れそうな気がした。
彼はゆっくりと息を吸い、まだ乾かぬ汗の塩気を感じた。仲間たちも同じように立ち続けている。誰も倒れていない。誰も泣いていない。そのことだけが、ほんのわずかに胸を温めた。
終わった……これが毎日……
そう思えた瞬間、夕陽が砦の壁を赤く照らした。




