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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
11/24

第11話 命令の歩幅

キャラクターが増えてきたので簡単なキャラ紹介です。

次話以降一人ずつ紹介していきます。


エドリック

年齢: 15歳

職業: 農家

性格: 素直・責任感が強い

特徴: 母の言葉「心まで奪われてはならない」を胸に、兵としての現実と向き合う。主人公。



霧の薄い朝、砦の中庭には湿った石の匂いが漂っていた。

適正検査を終えた七人の徴募兵は、息を整える間もなく整列させられ、冷えた空気の中でまっすぐに立っていた。


まだ昇りきらぬ太陽が石壁に淡い光を投げかけ、誰の影も短く沈んでいる。

ガレスとルガンが何か話しており、ガレスが頷いて二人は別れていった。

そしてガレスが話し出す。


「暫定的だが武器の適正は把握した。ルガン隊長と話し合った結果を報告する」

誰も反論できなかった。

疲労と緊張が喉を塞ぎ、ただ冷たい風が頬を撫でていく。

ガレスは列の前に立つと、ひとりずつ鋭い目で見定めていった。


最初に立つエドリックを見据える。

「お前は槍。」


続いてオズワルに目を向ける。

「お前も槍。」


次に怯えたように立つミロの前で足を止めた。

「お前は鎌だ。」


ロランの前に立ち、わずかに顎を上げる。

「お前は弓。」


続いてレナードに向かう。

「お前は剣。」


その隣に立つダリルの前で足を止めた。

「お前も剣だ。」


最後にトマの前に立ち止まった。

「お前も槍。」


全員を見渡したガレスは、ゆっくりと息を吐いた。

その目には感情の色がなく、結果だけを告げる目だった。

「決定ではないが伝えたものを訓練していく。文句があるなら、使えるようになってから言え」

静寂が中庭を覆う。


「次は動きだ。武器を持ったまま行進する。歩き方も、止まり方も、声の上げ方も叩き込む」


その瞳には、容赦という言葉が存在しなかった。


「質問や疑問は受け付けない。命令だけ従え。全員、ついてこい」


***


槍の石突が地面を叩き、列がゆっくりと動き出した。

鎌の刃が腰で揺れ、弓の弦が風を切り、石畳に靴底が響く。


彼らは砦の門を抜け、外の道へと進んだ。外の風は冷たく、湿った土の匂いが漂う。

行進訓練は砦の外壁沿いを延々と巡り、槍の先が霧の中で小さく揺れ続けた。


「前進、十歩」

「止まれ」

「整列――」


ガレスの声が響くたびに、七人の肩が揺れ、呼吸が乱れ、靴底が泥に沈む。

足を止めれば叱声が飛び、声を上げなければ罵声が続く。

次第に言葉を返す者はいなくなり、ただ号令が鳴れば足が動いた。


エドリックは槍の重さに肩を焼かれながら、目の端で仲間たちを追った。

トマは歯を食いしばり、オズワルは無言のまま視線を前に固定している。

ミロも歯を食いしばっていた。鎌を持つ手は震えており、それでも足を止めない。


霧は晴れず、空も動かない。ただ足音だけが石壁に反響していた。


ふと、エドリックの視界の端に別の行列が映る。

違う場所でも、同じように徴募兵たちが武器を抱え、上官の号令に合わせて歩いていた。

槍を持つ者、木剣を持つ者、弓を背負う者。誰も言葉を発せず、声を上げるのは号令の響きだけだった。

まるで砦そのものが巨大な歯車で、彼らもまたその一部に組み込まれているように思えた。

足を止めれば音が狂い、その瞬間に自分という存在が消えてしまう気がした。


「――前進、二十歩」

ガレスの声が再び飛び、七人の足が同時に動く。時間の感覚はすでに消えている。

地を踏む音と呼吸だけが現実で、それ以外は遠く霞んでいる。


***


やがて、ガレスが短く命じた。

「――停止」

七人の足が止まる。


誰も声を出せず、息だけが荒く響いた。ガレスは振り返り、無表情のまま言った。

「今日の訓練はここまでだ」

その声には安堵も称賛もなかった。


ただ事実だけを淡々と告げる冷たさがあった。

「明日も同じ訓練を行う。武器を持って歩け。

 足の運び、息の合わせ方、体の揺れ――すべてを叩き込む。

 兵の動きは命令で始まり、命令で終わる。

 考えるな、動け」


七人の肩が小さく震えた。しかしガレスは続ける。

「いずれ鎧を着けさせる。

 重みが加われば、今日の倍は地獄だ。

 だが――それでも歩ける者だけが兵になる」

冷たい声が響き、砦の外壁に反響した。


「今日は終わりだ。武器を戻して休め。

 明日、鐘が鳴る前に広場へ出ろ」

言い終えると、ガレスは踵を返し、鎧の金具が鳴る音だけを残して砦の奥へ消えていった。


***


夕刻、砦の鐘が鳴った。訓練が終わったのかどうか、誰もすぐには分からなかった。

ただ足が止まり、声が消えたとき、ようやく自分が生きていることを思い出す。


エドリックは、その場で息を吐いた。


肺が焼けるように痛み、胸の奥で鼓動が暴れていた。

腕はしびれ、握っていた槍が重りのように手から滑り落ちそうになる。

足は感覚が薄れ、立っているのか、地に沈んでいるのかも分からなかった。


目を上げると、仲間たちも同じように息を荒げていた。

トマは膝をつきかけながらも必死に耐え、歯を食いしばっている。

オズワルは表情を変えずに立っていたが、額の汗が頬を伝い、地面に落ちていった。

ミロは肩で息をし、鎌を支える腕が震えている。

ロランは弓を背にしたまま遠くを見つめ、焦点の合わない瞳でどこか遠くを見据えていた。

レナードは唇を固く結び、剣を胸の前で静かに支えながら呼吸を整えている。

そして、ダリルは息を荒げながらも、わざと軽口をこぼした。


「ははっ……これ、休めって言われたら、倒れそうだな」


その言葉に誰も笑わなかった。

けれど、そのかすかな冗談が、張り詰めた空気の中で唯一の人の声に聞こえた。


空は鈍く染まり、砦の影が長く伸びていた。

風が吹くたびに音が鳴るが、その音がやけに遠く聞こえる。


世界の中で動いているのは、自分たちだけのように思えた。

エドリックは重くなった手で槍を支え直した。


掌の皮が破れ、赤い線が滲んでいる。それでも――落としたくはなかった。

槍を離せば、心まで崩れそうな気がした。


彼はゆっくりと息を吸い、まだ乾かぬ汗の塩気を感じた。仲間たちも同じように立ち続けている。誰も倒れていない。誰も泣いていない。そのことだけが、ほんのわずかに胸を温めた。


終わった……これが毎日……

そう思えた瞬間、夕陽が砦の壁を赤く照らした。


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