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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
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第10話 適正検査

朝の鐘が鳴った。低く、腹の底に響く音だった。砦の石壁がその音を幾度も返し、眠りを押し流していく。


外は霧に包まれていた。夜の冷気がまだ地面に残り、吐く息が白い。中庭には、木製の武器棚がいくつも並び、剣、槍、斧、弓、短刀が整然と並べられていた。


すべては訓練用の木製だ。それでも、ただ並んでいるだけで、どこか張りつめた気配があった。


七人は他の徴募兵と共に列に加わっていた。三十を超える若者たちが一堂に集まり、緊張した面持ちで武器棚を見つめている。

農夫、職人、猟師、商家の次男――村から掻き集められたような顔ぶれだ。彼らの視線はまだ互いに交わらず、息遣いさえ不揃いだった。


「全員、整列!」


鋭い声が霧を裂いた。鎧の音を響かせて現れたのは、背の高い男だった。

そして俺たちをここまで連れてきた隊長。

灰色の外套を羽織り、左頬には古い傷が一本。その男が、彼らの前に立つ。


「俺の名はルガン。この砦の隊長だ」


低く、鋼のような声だった。彼が一歩踏み出すたびに、石畳が鳴るように感じられた。


「お前たちは今日から兵として扱う。

 ここに立った時点で、もう村人でも息子でもない。

 逃げ場も、名も、昨日の暮らしも捨てろ。

 代わりに――“命令”を持て」


その一言で、空気が一気に引き締まった。誰もが息を飲み、わずかに背筋を伸ばした。


ルガンはゆっくりと視線を巡らせる。

その目は、鋭い刃のように冷たかった。


「これから小隊に分ける。上官の指示に従い、訓練を受ける。

 お前らの命の価値は、ここでの動きで決まる」


背後に、数名の上官たちが歩み出た。

それぞれが鎧をまとい、顔も年齢も異なる。だが誰も声を荒げず、ただ静かな圧をまとっていた。


「各上官は前へ出ろ」


ルガンの号令に、五人の上官が列の前に並んだ。それぞれ短く名乗り、持ち場と隊の人数を告げていく。若者たちは半ば呆然としたまま、それぞれの隊へ振り分けられていった。


ルガンが最後に一人の男を顎で示した。褐色の髪を後ろで束ね、鎧の肩口には新しい刻印が光っている。年は二十代半ば。表情は穏やかだが、眼だけが鋭い。


「最後の小隊を任せる、ガレスだ」


男は一歩前に出て、敬礼した。

「お前ら七人の上官を務める、ガレスだ。

 俺はお前たちを“兵”にするためにここにいる」


その声は静かだったが、言葉の奥に硬い芯があった。七人は無言で姿勢を正す。


そのとき、エドリックの胸の奥で小さな記憶が灯った。――あの夜、湯気の立つ木の椀を手にしていた若い兵。疲れ切った彼らのもとへ現れ、スープを差し出してくれた男。

「……あの人、だったのか」

エドリックは息を飲み、視線を上げた。ガレスは彼らに向かって微笑みもせず、ただ淡々と任務を告げていた。けれど、その背には確かな信頼の影があった。


「これより、適正の検査を行う」

ルガンが全体に向けて声を張る。

「武器を握れ。動きを見て、何で戦うかを決めろ。

 得手も不得手も、言い訳もいらん。動きで示せ」


ガレスが七人を導き、中庭の一角へ向かう。他の訓練場の喧騒から離れた、霧に沈む石畳の一隅だった。

この場にいるのは、上官ガレス、そして七人だけ。

風の音すら薄く、息づかいがやけに響いた。


ガレスは一歩前に出て、言った。

「武器の扱いを見て、お前たちの適正を判断する。

 選んだ武器が、お前を守ることもあれば、殺すこともある。

 それを知って握れ。――それが兵の始まりだ」


ルガンは少し離れた場所で腕を組み、彼らの一挙手一投足を見ていた。

その目は、まるで獲物を見定める鷹のように鋭かった。


***


最初に呼ばれたのはレナードだった。

木剣を受け取り、構える。無駄のない動きで斬り、引き、再び構える。

その一連の流れに、素人のぎこちなさはなかった。


「堅実だな」

ガレスが短く言う。

「守りを軸にする動きだ。崩れにくい」


次はダリル。

木剣を振り上げた瞬間、勢いよく風が鳴った。

「おいおい、気合いだけは一人前だな」

ガレスが笑う。


だがそのすぐ後に、冷たい声が響いた。

「力を抜け。力任せの腕は最初に折れる」

「はい……肝に銘じます」

ダリルが額を掻き、周囲にわずかな空気の緩みが生まれた。


ロランは弓を選んだ。

矢を番え、静かに引く。

放たれた矢は霧を裂き、見事に的の中心を貫いた。

「……狩りの腕か」

ガレスが低く言うと、ロランはただ小さく頷いた。


ミロも木剣を取った。

だが構えた瞬間、腕が震え、刃先が揺れた。

振り下ろそうとしても、力が空を切り、足元がぐらつく。


「……さすがにダメだな。他の武器を試せ」

ガレスの声には怒りはないが、そこには一切の情もなかった。

その冷たい声音が、霧よりも重く胸にのしかかった。

ミロは「はい……」と小さく答え、次の武器に手を伸ばした。


その後、他の武器を試してみても震えは止まらなかった。

重さに手が負け、柄を握るたびに力が抜ける。呼吸が浅くなり、胸の奥が軋む。手の中の木が生き物のように暴れ、握るほど逃げようとした。


その時遠くから全体を見ていたルガンこちらにやってきて腕を組みながら、低く問う。

「……お前、職は何だ?」

ミロは慌てて顔を上げる。

「農家です。父と畑を……」

ルガンは無言で頷き、ガレスに命じた。


「倉庫から鎌を持ってこい。戦闘用のやつだ」


ガレスが少し目を見開き、それでも命令に従って足早に去る。やがて、手に戻ってきたのは実際に戦場で使われているであろう金属製の鎌だった。

草刈りに使うそれよりも大ぶりで、刃は厚く、柄も長い。その形は、草ではなく――人の命を刈り取るための、紛れもない武器だった。


「試してみろ」

ルガンの声は静かだったが、有無を言わせぬ圧があった。


ミロはおそるおそるそれを受け取った。握った瞬間、手の震えが少しずつ収まっていく。

腰を落とし、息を整える。


利き手を刃に添え、腕を滑らかに動かす。ひと薙ぎ。空気が鋭く裂かれた。

ガレスが一瞬だけ眉を動かした。


ルガンが低く言う。

「……なるほど。草を刈る手は、戦場でも通じるか」


ミロは息を吐き、鎌を握り直した。手のひらに残る感触は、畑の仕事と変わらなかった。

ただ――これからは刈る対象が変わるだけだった。


トマは木斧を両手で抱えるように持ち上げた。

「重い……」

そう言いながらも、全力で振り下ろす。地面に当たり、バランスを崩しかける。

「腰を落とせ。足で支えろ」

ガレスの声にトマが素直に頷いた。


オズワルは無言のまま木槍を取った。握った瞬間、動きが変わる。

まるで川の流れをなぞるように滑らかだった。一突きごとに、空気が唸る。


「お前慣れているな。……漁師か?」とガレスが問う。

「はい」

「川で銛を使って鍛えた腕か。鍛えていけばすぐに戦力になりそうだ」

オズワルは答えず、再び槍を構えた。


そして、最後にエドリックの番がきた。


彼は木剣を取った。

だが、刃を握る感触がどこかしっくりこない。重心が前に出すぎ、振り上げた剣が地面をかすめた。

「やめろ」

ガレスの声が飛ぶ。


エドリックは動きを止め、息を呑んだ。

ガレスは無言で武器棚の端を指差した。

「槍を持ってみろ」


エドリックは木槍を握った。手の中の感触が、驚くほど自然だった。

構えた途端、体が軽くなる。

一突き。

霧を切り裂く音が響いた。


「止まれ」

ガレスの声が低く響く。その瞳に、わずかな光が宿っていた。


「……悪くない。剣よりはよさそうだ」


エドリックは静かに頷いた。

それはまだ頼りない動きだが、自分の形を持った気がした。


「これで武器の適正は見た。全てではないがな」

ガレスが声を上げた。

「だが、これからも武器は扱えるように訓練していく。今日で決まるわけではない。

 そしてこれからは体と心を叩き直す。覚悟しておけ」


ガレスが続ける。

「ここからが本当の始まりだ。

戦場では、武器より先に心が折れる者が死ぬ」


冷たい風が吹き抜け、霧が流れた。

朝の光が石壁を照らし、七人の影が長く伸びていった。


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