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その後、皇城では第二皇子の呪いの事が公にされ、
神獣に呪い返しを受けさせていた事も含め、
大きな騒ぎとなった。
貴族街にあった呪いをかけていた屋敷の持ち主や、
その屋敷にあった死体の判別、
その背後関係と調査は進み、
当然皇帝の耳にも入り、特に神獣に関しては、
相当お怒りだったようだ。
「キュー」
「あら、お腹が空いたの?」
神獣のドラゴンは私から離れず、
ぴったりと寄り添っている。
もう怪我もなく、どこも悪い所はないはずだが、
私といると安心だと思っているらしい。
侍女に命じて、りんごを持ってきてもらう。
「はい、どうぞ」
そう言って、りんごを渡すと、
嬉しそうにむしゃむしゃとドラゴンはりんごを食べはじめた。
「名前、決めないとね」
うーんと悩む。
「フューイっていうのはどう?」
そう言うと、
『キュー』
とエコーがかかった今までとは全く違った鳴き声を出し、
複雑な魔法陣が私の周りに展開されていく。
魔術は極めているはずの私でもまったく知らない魔法陣。
かなり複雑で、解析が不可能な未知の魔術文字が溢れてくる。
「何?」
しばらく、魔術文字は私の周りをぐるぐる回っていたが、
すっと私の中に文字が吸い込まれていった。
「大丈夫ですか?」
専属侍女のキャシーが慌てて駆け寄ってくる。
「フューイ、何をしたの?」
そう言ってフューイを覗き込みと、
どこか満足気で嬉しそうだ。
「念のため、神官を呼びますか?」
神獣については神官が一番詳しい。
「そうね、お願いするわ」
そう言うと、キャシーは頷いて指示を出しに行った。
神官はすぐにやってきた。
そして、魔術文字の事などを伝えると。
「おめでとうございます」
と膝を折り、丁寧に恭しく語りだした。
「これは、神獣の守護でございます、
ジュリエッタ様は神獣に選ばれたのです」
「そう」
母親として認定されたのかな?
ぐらいに思っていると、
レオナルド皇子がやってきて、興奮気味に語りだした。
「凄い事だよ!神獣に選ばれるなんて!」
「それ程の事なの?」
「皇帝の次ぐらいに偉いと思っていい」
うーん、そこは興味ないんだけど。
まあ、神獣がいれば災害は抑えられるし、
私も農作物の育成の予測などしている、
どちらかと言うと、同士といった感じ、
もしくは神獣に対して失礼かもしないが、
愛玩動物という感じだ。
小さい羽で、一生懸命ぱたぱたと飛んでいる姿は、
本当に可愛くてつい顔がほころんでしまう。
事の重大性をいまいち理解していないような私に、
侍女やレオナルド様は溜息をつきつつ、
私はフューイをよしよしと撫でていた。
フューイと契約した事によって得られた事に、
禁書の閲覧許可というのが出た。
魔術に関わる者として、
興味がつきず、心躍る事である。
「フューイさまさまね」
するとフューイは頭を撫でてと、
頭を突き出してきたので、
よしよしと撫でてあげる。
禁書のある部屋に籠るようになり4日たった頃だった。
フューイがある本を動かしたり、
ガタガタといじり始めた。
「フューイ、いたずらは駄目よ」
そう言うと、ガタガタと音がして、壁が動き、
隠し通路が現れた。
さすがに驚いたが、禁書のある部屋の隠し通路、
勝手に進むには抵抗がある。
「いったん戻しましょう」
パズルの要領で道を隠し、
何事もなかったかのように、禁書のある部屋を後にした。
「禁書のある部屋で隠し通路?」
夜、レオナルド様に報告する。
「聞いた事はないが、一度確認しておく必要はあるな」
「私もご一緒します」
「危険かもしれないよ?」
「通路を見つけたのは私なので」
仕方ないといった表情をしたレオナルド様は、
小人数の探索隊を作り、
隠し通路を通る事になった。
2日後、禁書のある部屋から、隠し通路を通る。
空気は淀んでいて、薄暗く寒いが、
整備はされているらしく、
傷んでいる箇所などはない、
そんなに長くもない距離を進んだ所で、
扉が出て来た。
「開けます」
騎士の1人が言い、レオナルド様が頷く。
そして扉を開けると・・・
「父上?」
「レオナルド?」
扉の向こうは、皇帝の寝所へと繋がっていたらしい、
大きなベッドで上半身だけ起こして、
書類を見ている皇帝と目があった。
騎士達は礼を取る。
「父上、申し訳ございません」
「いやいい、その扉から来たという事は、
禁書の隠し通路から来たのだろう、
皇帝の有事の際の避難口の1つだ、
レオナルドが知っても問題ない」
「ありがとうございます」
いきなり寝所に押しかけられたにも関わらず、
落ち着いて冷静に返す皇帝に、さすがと感心する。
「で、そちらのお嬢さんは?」
その時、フューイが皇帝の寝室を飛び回る。
「そうか、君が神官から報告を受けた、
神獣の契約者だね」
「はい」
皇帝は嬉しそうに頷く。
「神獣を助けてくれたばかりではなく、
契約者にまでなってくれた、
私にできる事は何でもしよう、
遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
「そうだ、君は未婚だったね、
神獣の契約者なら、求婚は後を絶たないのでは」
そう言われて、うっとなる。
そうなのだ、フューイと契約してから、
どこで聞いたのか、国中の貴族の未婚男性全員では
ないかと思われる程の見合い話が舞い込んできていた。
「望む相手がいるなら、儂が後ろ盾になろう、
誰も反対はさせないよ」
そう言われて、この求婚騒ぎを終わらせたい思いもあって告げる。
「では、レオナルド様でもよろしいですか?」
「おや、儂の息子でいいのかね?
それなら一番歓迎する所だが」
「ええええ?ジュリエッタ?」
レオナルド様が大声を上げている。
「なんだ、騒がしい」
皇帝がレオナルド様にくぎを刺す。
「だって、ずっと求婚してて・・・」
それで皇帝は全て察したようだった。
「では、彼女の気持ちが変わらないうちに、
婚姻届けだけでも出しておけ、
式は1年は準備にかかるだろうからな」
「はい!」
満面の笑みのレオナルド様である。
「夢じゃないよな」
とふふふと笑いながら言っていて、ちょっと怖い。
「今日は良い日だ」
皇帝がそう言っているのを聞いて、
皇帝に黒い靄がかかっているのが分かる。
呪いではない?黒の靄は初めて見た、
何かは分からないが、良くない予感だけがする。
そう思っていると、フューイが皇帝の太もも当たりに止まり、
『キュー』
と声を上げた。
すると、黒い靄が、ぱっと晴れていった。
「なんだ?」
皇帝も目をぱちぱちさせている。
「なんだね」
「えっと、皇帝陛下の周りに黒い靄があり、
フューイが鳴いてなくなりました」
「ふむ」
「良く分かりませんが、神獣のした事、
おそらく良い事が起こると思います」
本当は良い事が起こるかどうか分からないが、
とりあえず当てずっぽうで言ってみる。
「黒い霧か・・・・
ここは礼を言う所かな」
と皇帝陛下は生真面目にフューイに礼を言っている。
「それではこれで失礼します」
レオナルド様が言うと鷹揚に皇帝が頷く。
「今度はこちらの扉から来い」
そう言って、本来の入り口を指さす皇帝に、
この方が皇帝で本当に良かったと心から思った。