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次の日の夕方、またレオナルド様の部屋に呼ばれた。
今回は昨日程緊急という風ではなさそうだ。
「また呪い・・・」
昨日の呪いで弱っていると想定して、
追い打ちをかけるつもりだろう。
しかし、もう術者もいないのか、
昨日の術に比べれば、術式はセオリー通りで簡単なものだ。
(しかし悪質なのよね)
今回の呪いは精神汚染。
苦しい幻覚や幻想を見せて、どんどん弱らせるものだ。
見ただけで、ある程度の事を判断する。
「これなら、時間をかければ私でも解けそうですが」
神官が申し訳なさそうに言う。
確かに、この呪いなら外部からの解除も可能だろう、
時間をかければだけど・・・
「いえ、私が解きます」
そう言って、レオナルド様に口づけた。
そうして、解呪をして意識を取りもどした時、
「ジュリエッタ!」と心配そうな顔が飛び込んで来た。
「ああ、レオナルド様」
「ああじゃない!仮死状態だったのだぞ!」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃない、もし君を失ったらと思うと」
レオナルド様の瞳に涙が浮かぶ。
その時、どきどきといきなり心臓が音を立てだした、
えっと、なに?
そのままレオナルド様に抱きしめられて、
さらに心臓の音を感じる。
心臓が早いの、レオナルド様に伝わらなければいいけど・・・
そして、ああ、好きだ。
とストンと心に落ちた。
レオナルド様の事を好きになってしまったのだ。
弱ったな・・・
こんなに何度も殺されかけて、
立場もあって、私にも立場が求められて、
けっこうめんどうな人なのに・・・
心配をかけてしまった事もあって、
だまってレオナルド様の頭をなでる。
「大丈夫ですよ」
優しく声をかける。
レオナルド様はぎゅっと私更に強く抱きしめた。
「つまり、意識を失っていたのは、
呪いの元を辿っていたと?」
クラウスに言われて、頷く。
確かに、解除するだけなら、数秒でできた。
ただ、幸いにも、今回は弱い呪いだったので、
それを利用して、どこで呪いをかけたか追ったのだ。
「そんな事ができるのですね」
「あんまりしたくはありませんが、
このまま何度も呪いを受けて、
死にそうになるのはごめんですので・・・
それに・・・」
「それに?」
レオナルド様が私の顔を覗き込む。
「呪いには呪い返しがあります。
呪った代償があるんです」
私の言葉の続きを待っているのを感じる。
「多分、本来は術者本人が呪い返しを受けますが、
一部を他人に移す事ができる者もいる、
これほど頻繁に術を使っているなら、
呪い返しは相当なはず。
恐らく数十人の人が死んでいる」
部屋にいる人が息を飲んだのを感じた。
「貧しい者や浮浪者を、小銭を渡して集め、
呪い返しを受けさせている可能性もあります、
何とかして止めなければ」
「許せない!」
レオナルド様が心から怒っているのが分かる。
クラウスが続ける。
「呪いの発しているば場所は特定できたのですね?」
「ええ、地図を持ってきてください」
帝国の大まかな地理が書かれた地図が持って来られる。
「ここです」
私が指さした所に、視線が集まる。
「貴族街?」
レオナルド様が信じられないといった風な声を出す。
「私ももっと森の中とか、
貧民街を想像していたのですが・・・
まあ、貴族街だと、簡単に調べたりできないですし」
「証拠が欲しいな」
「そうですね、そして術者を捕らえ、
呪い返しを受けている人を助けられれば一番です」
「後は任せておけ」
そうきりりとした表情を見せるレオナルド様に、
「お願いします」
と任せる。
実際、騎士の手配など、
レオナルド様に任せた方が確実だ。
それに貴族街を調査するとなると、
皇帝の許可もあった方がいい、
クラウスに指示を出すレオナルド様を眺めていた。
「本当に行くのか」
「ええ」
貴族街の屋敷への突入の日。
周りへの影響も考え、夜中の2時に決行される事になった。
騎士達は屋敷をぐるりと囲んでおり、
それとは別に突撃、部屋を探索する部隊もある。
「屋敷はもう特定できたのだ、皇城にいてもいいのだぞ」
「いえ、行きます」
私の意志が固いを知ると、
部屋を探索する部隊の中に入れてくれた。
この為に、騎士服を身にまとい、
髪もアップに纏めてきたのだ。
「突撃!」
突撃部隊の隊長が、サーベルを高く掲げ、
声を張り上げる。
一気に扉を開けて中に入る。
最初悲鳴が聞こえるかと思ったが、
大きな物音がしたにも関わらず静かで、
血の匂いが充満している。
騎士の数人が顔をしかめ、
ぐるりと私の周りを囲む。
「罠などはなさそうです」
突撃隊からの報告を聞き、屋敷の奥へと進む。
私が迷いなく進むのに、騎士達は不思議そうだった。
「道が分かられるのですか?」
「こちらから、大きな術を感じるのです」
私は第六感としか言えない、感覚を信じて進む。
何度も術をかけ、術をかけられた者だけが分かる感覚だ。
騎士達は黙って私についてくる。
「この下を開けて」
「この下ですか?」
一件書斎の何もない中央に見える、
暗闇では違いが分からないだろうが、
確かにこの下から術を感じる。
騎士達が、床を開けていく。
「階段が見つかりました!」
驚いた声を上げる騎士に頷いて、
階段を下りていく。
「ピューイ」
と不思議な鳴き声がした。
階段を下りた所は、小さな部屋になっており、
その中央に祭壇があり、何かが鎖で繋がれている。
「ドラゴン?」
その鎖で繋がれたのは、傷だらけのドラゴンだった。
すぐに、呪い返しを受けさせていたのだと分かる。
なんて事を!
ドラゴンは神聖な生き物だ。
うさぎ程の大きさにしかならず、
気の弱い生き物だが、
契約を結んだ人に様々な恩恵をくれる。
まずはこの鎖を解かなくては。
ドラゴンを縛る程の鎖だ、
5重の術が複雑に絡まっている。
3つは動きを制限する呪い、2つは思考を低下させる呪い、
苦痛を与える呪いではない事にほっとする。
一つ一つ、丁寧に解いていく、
5つ目!
全ての術を解いて、そっと抱きかかえる。
「もう大丈夫だからね」
騎士にポーションをもらってドラゴンに飲ませる。
すると一気に傷が消えた。
さすがドラゴン。
神聖生物と言われるだけある。
それでも、何日も何も食べていないのか、
衰弱しきっていて、私の腕の中から動きそうにない。
「とりあえず上に行きましょう」
部屋の探索隊と合流すると、
いくつかの部屋で死体があったとの事だった。
おそらく術者の死体だろう。
生存者はいないと言う事だが、
これは予測できた事だった。
魔術の中の占い。
これをすれば、今日突撃があるのは予測できたはず。
黒幕はとっくに逃げている事だろう。
ただ、ドラゴンをあまりにも厳重に繋ぎすぎて、
連れ出す余裕がなかったのがせめてもの救いだ。
あのまま呪い返しを受け続けていたら、
本当に消えてしまっていた可能性がある。
神聖生物が帝国にいるかいないかで、
帝国の発展までも変わってくる。
簡単に言うと、災害が減るのである。
そんな神聖な生き物を利用した事に、
心から憤りを覚えつつ、屋敷を後にした。