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だまってハンスにコップを向けると、
おかわりが注がれた。
それをちびちび飲みながら考える。
このログシウス帝国には、
第一皇子と第二皇子がいる。
両方とも有能で、民の人気も高いが、
第一皇子は結婚しないと宣言していて、
次期皇帝の第一候補だが、少し揺れている部分がある。
なぜ結婚しないかなんて、
魔術機関の末端になんて知るよしもないが、
皇帝一族は熱烈な恋をする。
政略結婚なんて絶対に認めない。
同性との結婚も認められているこの帝国では、
思う相手が同性でも問題ないが、
それでも結婚しない・・・
となると、身分差があるのか・・・
それでも養女や養子に出ればなんとかなるので、
まったくの謎である。
まあ、ここであれこれ考えても答えは出ない。
それで、今回指定されているのは第二皇子の方。
確か名前はレオナルド・ログシウス。
名前と18歳という事以外は詳しく知らない。
絵姿はかっこよく描かれていたが、
あんなのはいくらでも偽造できる。
皇帝一族をブサイクに描く絵師なんていないのだから。
そのレオナルドの代わりに死んで欲しいとなると、
思い当たるのはただ1つ。
呪いだ。
この魔術機関の一番の仕事は、
天候や災害を予測する事。
それにより、農作物の育成や管理のアドバイスをする。
そして、占い。
秘数術を極めると、少し未来が見える事がある。
見えた未来は、これからの行動で変更可能なので、
あくまで占いと言われている。
そして最後が呪いである。
呪い自体は禁忌で、使う事はないが、
呪いを解く術を習得する者もいる。
そして、私もその取得している者の1人で、
大抵の呪いなら解く事ができる。
しかし、死んでくれとなると・・・
要は第二皇子は呪いにかかっていて、
それも確実に殺すようなやっかいな物、
普通なら、外部から呪いを解くのだが、
それが可能ならとっくにやっている。
つまり、外部から解くのも無理な程やっかいな呪い。
最終手段として、他人に呪いを移す・・・
そうなれば、第二皇子は助かるが、
呪いを移された者は死ぬ事になる。
つなまり、私に第二皇子の呪いを移すよう、
そうゆう依頼なのだ。
「第二皇子の猶予はどのぐらいで?」
ハンスは面白そうに眉を上げて答える。
「教会の偉いさんとかが、呪いを抑えている、
5日程は持つだろうが、あんまり猶予はない」
5日か・・・と考える。
それと同時にやはり呪いにかかっていたかと。
「条件は?」
「貴族への叙爵、まあ一生生活に困る事はない」
この国の貴族は、
公爵、皇帝の親戚、侯爵、領地を治める者、
伯爵、大きな産業を受け持つ者、
男爵、帝国に貢献した者、
この者はロー・ロード(一代限りの貴族)である。
他国では子爵という身分もあるそうだが、
この国では4つの身分しか存在しない。
「男爵ですか?」
「いや、伯爵だ」
その言葉に正直驚く、この国で男爵以上の爵位は、
そう簡単に取れるものではない。
「どうやって?」
私は産業などしていないし、またできないだろう。
「とある伯爵家の養女となる」
それを聞いて、そこまで決まっているのかと、
溜息をつく。
「他は?」
「後は望めば、皇帝が可能な事なら大抵叶うだろう」
その言葉に事の重大性をひしひしと感じる。
本当に後がないのだ。
誰かを犠牲にしてでも、何とかするしかないと思う程。
皇帝一族は、民あっての皇帝という意識が強い。
つまり民とは弱い者であり、
強者である、皇帝一族が民を守るのが義務という考えだ。
その皇帝が民を犠牲にする、
はっきり言って、皇帝にとっては辛い決断だったろう。
守るべき民を犠牲にして、自分達が守られるのだから。
うーんと考える。
相変わらずお酒は美味しい。
まだ3分の2程残っていたが、
追加で注いでもらうようハンスにコップを向ける。
「63年物なんだが」
「死んだら飲めませんからね」
ハンスはしぶしぶといった風にお酒を注ぎ、
私は相変わらずちびちび飲む。
呪いの解除か・・・
正直、この国の呪いなら全て解ききれる自信がある。
しかし、皇子を狙ったとなると、
オリジナル・・・つまり私が知らない、
解けない呪いである可能性がある。
そうなるとハンスの言葉通り、死ぬ事になる。
さて、受けるか否か。
そう考えて、もう私が受けるしかないと、
そう考えている私がいる。
ハンスが私に依頼を持ってきたという事は、
帝国中で私が一番適任者という訳だ。
それに、大抵の呪いを解いた私としては、
皇子にかけられた呪いに興味がないというのも嘘になる。
どれ程高度な呪いなのか。
未知の難題に向かうどきどき感。
「私の死ぬ確率はどのぐらいです?」
一応呪いの複雑さの確認も含めて聞いてみる。
「70%ぐらいだな」
「70」
繰り返す私にハンスが続ける。
「呪いが3重にかかっている、
1つなら死ぬほどではなかったかもしれないがな」
はあ?3重?
つまり3つの呪いを一気に解かないといけないという訳だ。
こりゃ~確かに死んでくれと言われるわ~
「で、どうする」
「どうするも、こうするも、お酒飲んじゃいましたからね」
騎士が領民を苦しめる強い猛獣が出ると聞いて、
死ぬ可能性があると言われても、猛獣に挑むのと同じだ。
この仕事に就いて、自分に呪いを移せるだけの能力があると
知った時から、こんな時が来るのではと覚悟はしていた。
「引き受けますよ」
そう答えて、ハンスとカチンとグラスを合わせた。