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「ファビリア、ちょっといいか」
上司のハンスに声をかけられ、書類から顔を離す。
秘数術の計算は複雑だ、
また計算やり直しかなと、少し恨めしそうな顔で、
ハンスの方を振り返る。
「なんですか、ロウソクはちゃんと節約・・・」
そう言いかけて、顔が引きつる。
ハンスの手には、お酒と二つのコップ。
やばい・・・これやばいヤツだ・・・・
過去の経験から、それを悟る。
ハンスは無理難題の(本人が嫌がりそうな)指示を出す時、
必ず酒を持って現れる。
さて、今回は何を言われるのやら・・・
過去、自慢話が大好きな領主の元に行かされ、
さんざん話に付き合わされたり、
絶壁の崖の貴重な花の採取を命じられた事を思い出す。
あああ・・・どちらも思い出したくない。
ハンスの指示は、あくまで指示であって、
命令ではないし、絶対でもない。
それでも、仕方ないと思わせる力がハンスにはあったし、
だからこそ、この個性的な人間が揃う、
魔術機関で官長なんてしてられるのだろう。
個人的にさほどお世話になった覚えもないが、
(むしろ難題を解決して貢献している)
どことなく、私が魅力に感じる報酬を提示して、
口先三寸でまるめこんでしまうのだ。
今回もそうだろうな、と「はあ」と諦め的に溜息をつく。
「で、何ですか」
どうせ断る事はないだろうと、注がれたお酒を口に含む。
そして、おや?と思った。
お酒はさほど詳しくはないが、
領主との交流などでは、そこそこいいお酒が出される。
普段は当然安物のお酒なので、
ある程度の違いは分かるようになっていた。
そして、この舌ざわり・・・
ハンスが言葉を続けるまでに重ねる。
「このお酒って!」
慌てていう私に、ハンスがにやりと笑う。
「流石だな、分かるか・・・63年物だ」
その言葉にうっかりコップを落としそうになり、
あわててコップを握りしめた。
63年物?それってプレミアがついて、
貴族がこぞってオークションで落札しようとする、
一級品のお酒では?
「こんな物どこで・・・」
「皇帝にもらった」
はあ?確かに皇帝なら、この貴重なお酒も手に入るかもしれない、
しかし、それをここで開けるか?
しかもそれを私に飲ますって・・・
貴重なお酒を飲めた嬉しさより、
これから提示される仕事に背筋がぞっとなる。
これ、相当やっかい事では?
ハンスは笑っているようで、
目が笑っていない事に気づく、
一気にお酒をあおり、ハンスに聞く。
「で、今回の要件は」
「第二皇子の代わりに死んで欲しい」
やはり、ろくでもない要件だった。