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何が言いたいかと言うと……

前回の続き完結

不安神経症を発症してから、3年の月日が流れ、抗うつ薬と向精神薬を服用し続けて、私の病状は安定していました。

ユウトは5歳になり、私立の幼稚園に通う事になりました。

地元の療育センターの保育士さんは「ユウト君は発達に遅れはないと思うから、幼稚園に通うようになったらすごく伸びると思うよ」と、私に期待を持たせるような事を言っていたのですが、いざ幼稚園に通わせてみると、健常児との発達の差をまざまざと見せつけられ、撃沈げきちんしたのでありました。

年齢を重ねる毎に、同年代の子供達と発達の差は開いていくばかりでした。

最初は期待通りではなかった事に落ち込みましたが、生まれたばかりの頃を思い出すと、発達障害があろうと、元気に生きていてくれている事自体が有難い事だと思えるようになりました。

ユウトは、人懐ひとなつっこい性格なので、幼稚園ではすぐに沢山の友達ができて、とても楽しそうに過ごしていました。

右手が麻痺まひ上手うまく使えなくても、物心が付いた時には、すでにそうだったので、本人は違和感もなく、不自由に感じていないのだそうです。

左手がそれをおぎなうように異常なくらい器用で、大抵の事は片手で出来てしまうので親でも驚くばかりです。

そして、彼はまたチャレンジ精神が素晴らしく、ドッジボールやスケートなど、ハンデをものともせず、なんにでも挑戦するところが、親としてはほこりに思うところです。


ユウトが小学校へ通い始めたた頃、同時に放課後等ほうかごとうデイサービスにも通い始めたので、私の休める時間が増え、第二子を考える余裕ができてきました。

しかし、私はユウトが小学生になった時には37歳になっていたので、第二子を考えるなら早やめに断薬をしなくてはなりませんでした。

抗うつ剤や向精神薬は赤ちゃんの身体に影響を及ぼすとの事で、妊活のために、月日をかけて少しずつ薬の量を減らして断薬にチャレンジしていきました。

ですが、なかなか上手くいきませんでした。

薬の血中濃度が下がってきたら、やはり睡眠障害やパニック発作などを起こしてしまい、一回目のチャレンジは失敗してしまいました。

39歳の年に最後のチャレンジをしてみようと頑張りました。自分の中で40歳を区切りに、それまでに第二子を儲けられなければ諦めようと決めました。

理由としては、自分のうつわを考えて40歳以降で第二子を儲けたとしても、育て上げていく体力に自信がなかったからです。

子供を育てるって体力がいりますからね。


断薬チャレンジを頑張って、妊活も頑張っていたのですが、高齢と言うこともあって、不妊症になっていたようです。


婦人科で検査を受けると、卵子がうまく育たなくなっていて、自然妊娠は難しいとの事でした。

まずは排卵促進剤はいらんそくしんざいを使って、タイミング法でチャレンジをして、それでもダメならは人工受精にステップアップとの流れになりました。


タイミング法もなかなか上手くいかずに、生理が来ては何度がっかりした事でしょう。

半ばあきらめかけていて、人工受精にステップアップを考えていた時に、思いがけず妊娠する事が出来たのです。

ところが、妊娠したらしたで、不安な毎日です。

高齢と言うことで、流産の率やダウン症の率が高まっていました。

生まれてくるまで不安で、薬も飲めないイライラもあって家族に八つ当たりしたりして、本当に家族には嫌な思いをさせてしまったなと、今でも申し訳なく思っています。


全然、妊娠の喜びを感じられず、不安とストレスしかない妊娠生活でした。


妊娠38週目に入ったある日、夜中からモヤモヤとお腹が痛みだして、朝方には段々と痛みが増していき、完全に朝を迎えた頃には陣痛の間隔も短くなっていて、いよいよ本陣痛の始まりだと自覚しました。

一人目の時で陣痛のMAXを知っているので、病院に連絡するのは、まだだなと、めっちゃ余裕で昼ご飯を食べてから病院に連絡を入れました。


病院に着くと、助産師さんから「経産婦さんなのでお産が早く進むかもしれない」と言われ、そのまま入院になりました。

夫に出産する姿を見られたくなかったのですが、母にユウトを預かってもらっていたので、仕方なく夫に立ち会いをしてもらうことになりました。

助産師さんの予想どおり、お産は順調に進み、()()()がきて、3踏ん張りぐらいで頭が見えてきました。

頭が出て来た時に、恒例の()()()ストップ号令が出され、(会陰えいん切開か?)と若干じゃっかん構えたのですが、切らないでGOの合図を出されました。(切らんのかーい!)と思いつつ、ひと踏ん張りすると、ズボッと赤ちゃんが生まれてきました。

入院から5時間弱の事でした。

ユウトの時とは比べ物にならないくらい大音量で産声をあげたのです。

次男が無事に元気に生まれてきてくれた事に感謝をしました。

そして、次男が生まれた瞬間に、私の抱いていた、不安やイライラはすっ飛んで行き、ただただ新しい命の誕生に感動して、穏やかな、とても幸せな気持ちへと変わっていったのでした。



―――と、長男誕生から次男をもうけるまでの長~い、経緯をつづってみました。

読み進めてくれた方、読んで下さって有り難うございました。


現在、ユウトは14歳になり養護学校の中学部に通っています。

ユウトは人見知り、()()()()が激しいのですが、慣れてくると彼の人懐ひとなつっこい性格を発揮して、沢山の友達が出来き、先生方にも可愛がってもらえて、今では学校生活をとても謳歌おうかしているようです。

次男は5歳になり、私立幼稚園の年中さんで、今のところ発達障害は見られず、健常児としてすくすくと成長してしております。


今回、私がこのエピソードを綴るに至った背景は、障害児を抱えていて、悩んだり、自分自身が心の病気になってしまった方へ「あなた一人で頑張らないで!あなたの周りにもきっと心の支えになってくれる仲間がいるはず、殻に閉じこもらないで助けてくれる人、仲間を探して欲しい!身近で分かってくれる人が居なければ、ここにも同士がいるじゃないですか」との思いから綴りました。


またの機会にユウトの事や“障害児あるある話”など投稿したいと思います。

※放課後等デイサービスは、障害児をもった子供達が、学校が終わった後や休暇または長期休暇などに利用ができ、日常生活に必要な能力を身につけるための支援を提供していただける場所です。

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