堀さんと川内さんの喧嘩
冒頭の自己紹介でも述べていましたが、私は、とある温泉施設のリラクゼーションルームでセラピストとして働いています。
普段はオーナーの堀さんと私と2人で営業をしています。
2人のうち、どちらかが体調不良や用事で出勤できない時は、他の店舗の先輩セラピストさんにヘルプで入ってもらうという形をとっています。
堀さんはセラピスト育成講師の資格を持っているので私も彼女の生徒であり、受講後はそのまま堀さんの下で、働かせていただく事になりました。
先輩セラピストの川内さんも、かつては堀さんの生徒であり、受講後も長年にわたり師弟関係にあったのでした。
堀さんは何か頼み事があると、いの一番に彼に頼み、川内さんもまた、頼まれた事にフットワークが軽く、すぐに力になってくれる人でした。
私の目からみたら2人の関係はまさしく“ツーカー”のように見えました。
ところがある日の事―――
川内さんは独立して、自分のお店を構えているのですが、堀さんは車の免許がないので、いつも川内さんが堀さんを職場へ送迎していました。
ある日の朝、急に堀さんから『今日の送迎お願いできないかな?』と私へメールが来ました。
川内さん、体調不良か急用でも入ったのかな?と思いながら、堀さんを迎えに行きました。
車に乗りこんだ堀さんに「川内さん、急用ですか?」と聞くと「うん、うん」とだけ答えて、それ以上は話しませんでした。
私も深く考えていなかったので、それ以上は聞きませんでした。
堀さんと出勤し、いつも通りの勤務をこなし、閉店の時間になった頃、私は堀さんに「川内さん、明日は堀さんの送迎大丈夫そうですか?」と尋ねました。
すると堀さんは「いや、たぶん、彼とはもう会わないと思う。私達、喧嘩したから」と言ったのです。
私は、驚きましたし、理由も知りたいと思いました。
「どうしてですか?」私が理由を聞くと、「ちえりちゃんが悪いわけじゃないんだけど、昨日の出来事がきっかけで、お互いにヒートアップしちゃてさ」と堀さんが答え、どうやら私がきっかけで2人が喧嘩をしたらしいのです。
―――事の経緯は
前日の閉店間際、川内さんがいつもより早めに堀さんを迎えに私達の店舗へ来たので「川内さん、20分くらい揉んでもらえませんか?」と、私は川内さんに、自分の施術を依頼したのです。
この時、閉店の時間まで30分くらいあったと思いますが、お客さんが施設自体に見受けられなかったので、読みとしては、施術のお客さんはもう入って来ないだろうと思っていました。
この時、オーナーの堀さんは施設の事務所に用事があって不在でした。
川内さんは「OK!」と快く引き受けてくれて「この感じだと、もうお客さん来ないよね?堀さんもいないし、もう閉めるか?」と言ってくれて、私も「そうですね」と賛同しました。
川内さんはフロントにオーダーストップをお願いして店を閉めました。
そして私は川内さんに揉みほぐしの施術をしてもらっていました。
そこへ堀さんが戻って来て「あら?」と言うと、川内さんが「もう店閉めたから!フロントにも言ったから!」と告げました。
施術台にうつ伏せになっていた私は、この時の堀さんの表情を見る事が出来ませんでした。
私は、川内さんに施術をしてもらって、帰り仕度をし、堀さんと川内さんと駐車場まで歩き、たわいのない会話をして普通に解散しました。
ですが、この後に堀さんと川内さんが車の中で喧嘩になったのだそうです。
堀さんが「川内君、あなたここのオーナーじゃないでしょ?なんで勝手に店を閉めたりするの?言い方も『もう店閉めたから!』って当たり前のように言ってさ、ちえりちゃんもちえりちゃんだよ。私、夕方くらいに『今日はお客さん少なそうだから早めに上がっても良いよ?』ってちえりちゃんに言ったんだよ?なのに、ちえりちゃんは『大丈夫です。最後まで居ます』って言ったから、お客さんが入るのを最後まで待つつもりなんだなぁって思ってたんだよ。なのに、閉店時間前に店閉めるって何?って思ったよ。川内君がちえりちゃんを施術してたのは、全然良いよ。お客さんが来たら止めて、お客さんの施術を優先すれば良い話なんだから。暇な時にセラピスト同士、身体のメンテナンスをし合うのは全然構わないけど、店を閉めて施術を受けるのはいかがなものかと思うけど?逆にちえりちゃんに『そういう事しちゃダメだよ』って諭すのが先輩の役割なんじゃないの?」
と、かなりご立腹したようでした。
そこから、川内さんも「それは俺らが悪かったです。でも―――」と言い訳をしてしまったらしいのです。
それから、売り言葉に買い言葉で違う話に発展して行って、川内さんは過去にあった話を持ち返したりして、堀さんの人格を否定するような事まで言ってしまったらしいのです。
これは堀さんからの一方的な話なので、喧嘩の時に私はその場に居なかったので、なんとも言えないのですが……
ただ、はっきりと言える事は、私が悪いという事です。
私の軽率な行動がなければ2人は喧嘩をしなくて済んだのに……
堀さんには話を聞いた時に謝罪し、川内さんには電話で謝罪しました。
しかし、堀さん曰く、『今回の喧嘩のきっかけは、ちえりちゃんの事だったかもしれないけど、ちえりちゃんが悪いわけじゃなくて、川内君とはこれまで、何十回と喧嘩してきたの。根本的に考え方が合わないの。将来、ビジネスパートナーとして考えていたんだけど、無理だわ。今まで、何回も喧嘩してきたけど、その度に『俺が悪かったです。考えを改めます』って向こうから謝ってきて、また普通に戻るって繰りかえしてきたけど、“考えを改める”って無理なんだわ。人間の根本なんて簡単に変えられるはずないよ。仲直りしたとしても、また繰り返すと思うし、もう疲れた。』と絶縁するかのような事を言ったのですが……
私は、堀さんは案外、柔軟性があるので、今は“なまら”怒っていたとしても、時が経ったらまた2人の関係は戻るんじゃないかって思っていました。
それに、川内さんを頼れなくなったら先生も困る事が出てくると思うし、持ちつ持たれつの関係を崩すのはお互いにプラスじゃないと思っていました。
しかし、目上の人にそれを諭すのは失礼ですし、そこまで踏み込める立場にもないので、私は胸にしまっておく事にしました。
堀さんは『私達は近づき過ぎた。身内みたいな関係になってしまって、なーなーの関係になってしまったんだ』と言い、『どのみち、和解しないまま縁を切るのもなんだから』と、3人で食事しながらミーティングでもしないかと提案され、私に川内さんに連絡をするように言いました。
川内さんは思ったよりも心の溝が深かったようで『せっかく連絡くれて、申し訳ないけど、そういう気分じゃないから行かない』と断られました。
それを聞いた堀さんもまた憤慨していました。
それから数日が経ち、業務提携している他店のオーナーが仲裁に入ってくれて、その方が堀さんに、私の思っていた事と同じ事を言ってくれたようで、 その方も川内さんの事はよく知っていて、堀さんが川内さんに世話になってる事も知っていたので『悪いところだけ見ないで、今まで散々世話になったのも事実だろ?これからも、世話になるかもしれないんだから、考え直したら?』とアドバイスしたらしいです。
堀さんは考え直したようで、川内さんと話し合いの機会を作り『今後は程よい距離を保ちつつ、困った事があったらお互いに助け合う仲でいよう』と折り合いをつけたらしいです。
喧嘩したら相手の悪いところしか見えなくなっちゃうんですよね。
私も若い時は人の良い所を見ず、悪い所ばかり見て『この人は私に合わない』と決めつけていた所があったと思います。
今では、年齢を重ねて、丸くなったっていうのもあるかもしれませんが、 自分も人から見たら完璧な人間ではないし、自分に100パーセント合う人間なんていないし『この人のこういう所が嫌いだけど、こういう所は良い所なんだよなぁ』と思えるようになりました。
じゃなきゃ、人付き合いなんてできませんよ(笑)
家に引き込もって誰にも世話にならずに生きていくなんて皆無です。
生きていく上で、必ず人に世話にならざるおえない時があるんです。
お互い様の精神は大切な事だと思います。
いやぁ、今の人は想像力が足りないとか言って、私も、今回の件は想像力の無さからの失敗でした。
早速、ブーメランの如く自分に帰ってくるとは……