死んだはずの息子
死んだはずの息子が帰ってきた。
透明なビニール袋に入れられて、先日警察から遺留品として渡された筈のNIKEのスニーカーを履いている。
随分と元気そうで──ただ、千切れた自分の右脚を一本、脇に抱えている。
「あっ父さん、久しぶり。ちょっと痩せた?」と、呑気に笑う息子。
会うのは5日ぶりだ。5日前は、病院の霊安室で会った。
「玄関鍵かかってて一瞬焦ったけど、すり抜けられたからセーフ。結構便利だね、この体」
私の方を見ずに、ひとり淡々と喋り続ける息子。
立ち話もなんだから中に入りなさいと促せば、「ああ、そうだね」と言って素直にスニーカーを脱ぐ。左の片方。
リビングのダイニングテーブルに向かい合って座る。
幽霊も飲み物を飲めるだろうかと思いながら、一応コーヒーカップを2つ置く。
息子は沈黙が気まずいのか、先ほどから千切れた右脚をくるくると手で弄んでいる。
「アレだお前、なんか、未練とかないのか」
「ないよ?おれ、さっぱりしてる方だし」
顔を上げ、私の目を見て、息子はさらりと笑う。どうやら彼はさっぱりとしてる方、らしい。
「じゃあアレか、お前は母さんに似たのか」
「そんなの知んねーよ」と、困ったように笑う息子。
「母ちゃん死んだとき、おれ3歳だったし」
私はまだ、頭の隅の方では息子の右脚を胴体に繋げる方法を考えていた。
「航大」と声にして、ああそれがあの子の名前だった、と遠くの陽をみるように懐かしく思い出す。
一瞬驚いたように目を見開き、「……なに?」と鼻に微かな皺を寄せて笑う息子。なぜか私は、その笑顔に小さい頃の泣き顔を重ねていた。
「いや、なんでもない」
「そっか」
テーブルの上のコーヒーはとっくに冷めていた。長い沈黙のあとで、意を決したように息子が口を開いた。
「父さんは、俺のことあんま好きじゃなかった?」
「…好きだったよ。親子だぞ、当たり前だろ。でも近頃のお前はアレだ…顔も、母さんに似てきたから」
「…うん。写真見て、超ビビった。こんな似ることある?って」
「だからあんまり、お前を見れなかったんだ。奈津子を…会えない人を見るようで、苦しくて」
「そっか。だから父さん、最近冷たかったんだな。でも、俺はずっと俺だったよ」
「…わかってるよ」
寂しそうに笑い、それが聞けてよかったと言う、息子。
「俺、父さんのこと、好きだったよ」
伝えることで満たされたようで、長い会話の応酬もできずに消えた。光の粒をみていた。