古(いにしえ)の欠片
どこまでも澄み渡る曇りなき輝きは真実の愛を宿した氷の欠片だった
ご存知ですか こんな伝説を
ダイヤモンドの如く其の輝きは
5億年の時を超え命を宿し
数々の歴史の生き証人となり
気の遠くなるほどの時を過ごして尚一層に澄み渡る輝きこそは
偽りなき唯一無二の愛の証
運命の相手に巡り合わせてくれる石
信じるか否かは ご自由に
それでは語りましょう
ハーキーマー侯爵のお話しを…
其れはいつの時代なのか
はるか昔の古の頃
魔界にひとりの侯爵がおりました
リンバロストの森近くを散歩していた其の時に
道に迷って困っていた美しい姫君を見かけたのです
侯爵は怯えさせないようにそっと声をかけ
彼女の屋敷へと馬車で送ってあげました
別れ際…お礼を言おうとした姫の言葉もろくに聞かぬまま
侯爵はマントを翻し風と共に去ってしまいました
姫と別れた其の後で小鳥のように澄んだ可憐な声と美しい面差しが胸を離れず
やわらかな光を其の身にまとった優しい笑顔の姫君に 侯爵はひと目で恋に堕ちたのでした
冷酷と云われ続けた其の胸に宿った恋の灯は
やがて激しい炎となって侯爵の理性を飲み込み焼き尽くしたのです
其の姫が欲しくて欲しくて
身勝手なまでの激しい想いを止められず
姫の気持も聞かぬまま
父親と母親から奪い去り強引な形で妻に娶り
望みを叶えた其のはずが…
姫はいつまで経っても心を許さず
侯爵が話しかけても身を固くして
怯えたように震えるだけ
澄んだ美しい其の瞳は侯爵を見つめ返すこともなく
自分を両親から引き離した恐れと怒りと悲しみでいっぱいでした
日がな一日 窓の外を眺めては
笑いもせず 泣きもせずにさらわれた姫君は
まるで血の通わぬ人形のように心を失くしたままでした
恋しくて恋しくて焦がれ続け狂いそうな程に愛しくて
自分だけのものにしたはずなのに
気持が沈んだ姫君は日に日にやつれていきました
何とかして喜ばせたい ひとめだけでも笑顔が見たい一心で
吟遊詩人や道化師や思いつく限りのありとあらゆる道楽で
姫の気持をひこうとしました
手に入れたはずの其のひとは冷たい石のような表情で侯爵を受け入れず
愛する妻の心からの拒絶に傷ついた侯爵は強引に夫婦となることが出来ず
遠くからただ見つめているだけでした
やがて心を閉じた侯爵は すっかり自暴自棄になり
毎日天界との闘いに明け暮れては
眠らず食事もとらぬまま
何かを忘れるかのように 姫を置いて戦う日々が続きました
そんなある日のことでした
とうとう無理を重ねた侯爵は命に係わる大怪我をしましたが
家臣がどれほど頼んでも医者に診せることを拒み
初めて愛した姫君に氷のように閉ざされた辛さに耐え兼ねて 侯爵は生きる気力を失いました
誰も入ってこられぬように寝室を氷で覆い
家臣たちがどんなに呼んでも声は届かず
侯爵は長い睫毛を伏せたまま冷たくなっていきました
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幾日も幾日も姿を見せない侯爵に疑問を抱いた姫君は
家臣を呼んで聞きました
「 侯爵様はどうなさったの? もう幾日もお姿をお見かけしないのですが… 」
「先日の戦いで大怪我をされたのですが 医者に診せることを拒まれて部屋中を厚い氷で覆われ誰も近づけないのです」
「 酷い怪我なのですか? 」
「 はい 侯爵様と雖もこのままでは出血が止まらずに衰弱なさってしまいます 」
「 なぜそのような無謀なことを…あのお方はなさるのですか… 」
「 おそれながら…奥方様が侯爵様にお心を閉ざされたまま、言葉すらも交わさぬゆえに侯爵様もお心を閉じられ…自暴自棄になっておいでかと思われます 」
「 わたくしの為に…わたくしの為にですか… 」
姫は護身用にと懐に忍ばせている短剣を握りしめると侯爵の寝室へと向かいました
「 奥方様、無理でございます! 我々が何度も入ろうと試みましたが氷が固く分厚いために炎も消えてしまい剣も折れて歯が立たない状態なのです」
「 おどきなさい 」
微かに空いた扉の隙間から分厚い氷が部屋中を覆い隠して入り口すらも閉ざしていました
「 ああ…わたくしは何て何て愚かなことを…! 」
カンカンカン! カンカンカンカン…!
姫は短剣を振りかざし、少しずつ少しずつ氷を砕いていきました
カンカンカン…カンカンカン…
氷が砕かれるごとに涙が溢れ零れ落ち姫君は叫び続けます
「 侯爵様…侯爵様、どうかどうか、お許しください! あなたをこれほどまでに傷付けた愚かなわたくしをどうか…どうか…お許しください!! 」
「ほん…とう…は…心惹かれていたのです…あの日…森で迷子になったわたくしに、驚きながらもあなた様は…優しい瞳で見つめながら大きな手を差し伸べてくださったあの時から… 」
「送り届けてくださる馬車の中でわたくしが何度話しかけてもお顔も見ては下さらず、横を向かれ煩そうに外を眺めていらしたので…ご迷惑と思いながらもわたくしは、せめて…お礼だけでもお伝えしたくて言葉にしようとした時はあなたは逃げるように去ってしまわれて…」
「それなのに…突然にわたくしの意志も関係なく、愛する両親と引き離し強引に嫁がされて…あなた様のまるで道具のような扱いに心を閉ざしておりました 」
「愛されているなどと露ほども想わず…身勝手なあなたを憎んでわたくしは…お顔も見ようとはしませんでした」
「だって…お顔を見てしまったら…わたくしの瞳にあなたを写してしまったら…あなたに抗えなくなってしまいそうで…どのような扱いを受けても縋りついてしまいそうで…怖かった…」
カンカンカン…カンカンカン…
短剣で砕きながら胸の内を語る姫君の溢れる涙に氷が溶けだして少しずつ少しずつ寝室が見えてきました
「 侯爵様! わたくしを置いて逝かないで! わたくしも連れて行ってください! 」
カンカンカン…カンカンカン…
大きな氷はやがて砕かれ欠片となって部屋中に散っていく
姫の涙に濡れながら キラキラと美しく煌めきながら
「 侯爵様…ああ…やっと、やっとお顔が見られ…ました… 」
すべての氷が砕かれ溶けて 姫君は侯爵の冷え切った頬を温かな両手で包み込み幾度も幾度も口づけをした
涙が頬を伝い侯爵の唇を濡らし…温かな手の温もりと自分の名を呼ぶ愛しいひとの声で侯爵は瞳を開けた
「…ほん…とう…か…わたしは…お前にずっと…嫌われていたと…」
侯爵の瞳からもとめどなく涙が溢れる
「本当です! 愛しております…初めてお会いした時から…ずっとずっと…意地を張ってわたくしは…」
「あなたが大怪我をされたと聞いて……ようやっと 自分の気持に痛いほど気付いた愚か者なのです…」
「ああ…謝らなければいけないのはわたしのほうだ…」
「不器用なわたしはお前への気持をどう伝えたらよいのかわからず…無骨に勝手な想いを押し付け…」
姫のぽってりとした唇が侯爵の唇を塞いだ
「もう…何も…おっしゃらないで…」
ふたりは涙に濡れながら熱い口づけを交わし合った 何度も何度も
やがて結ばれたおふたりは未来永劫離れることなく愛し合っておいでです
そうして姫が短剣で砕いたハーキーマー侯爵の氷の塊はやがて光り輝く欠片となって世界中に散らばり手にした者を運命の相手と結び付けてくれると云います
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最後まで読んでくださりありがとうございます
パワーストーンに詳しい友人が語ってくれた大好きな石の伝説を童話のような昔話のようなイメージで
語らせていただきました
ロマンティストの戯言と信じるも信じないも読み手の方次第でございます