騎士、魔王軍の下っ端として再就職
■章■53騎士、魔王軍の下っ端として再就職
さて、楽しかった夜通しの宴会も終わり新魔王として魔王城の新たな主となったスライムだが、スライムにはまず対処しなければならない事があった。そう、それはお姫様たちの事である。
お姫様の生贄に関しては今回の事件で魔王が交代したという理由から魔王側から辞退する旨を伝えれば人間たちとの関係は表面上は丸く収まるはずだ。だが、それで人間側の権力争いも収まるかと言うとそんな事はない。
故にお姫様を王宮に戻すのは魑魅魍魎たちが蠢く伏魔殿に生贄を放り込むのも同然とスライムは考えたのだ。
だが、このままお姫様を魔物たちの元に置くのも問題があった。そもそもお姫様は人間でありスライムたちとは『種』が違うのだ。なので魔物たちに囲まれて暮らすと言うのは少なからずストレスを感じるはずである。
お姫様は気丈だからそれを表に出す事はないだろうが、それでも負担は大きいはずである。スライムはそんな状況にお姫様を置きたくはなかった。
なのでその事をスライムは侍女に相談した。どこか王宮の影響力が及ばないところが人間界にないかと問うたのだ。それに対して侍女はあっさりと答えた。
「ええ、ありますとも。ここがそうですわ。」
侍女の返事にスライムはずっこけた。そして反論する。
「いや、まぁ確かにそうだけどさ。でも俺が知りたいのはそうじゃなくて人間界にそんなところがないかな?って事なんだけど・・。」
「スライ様、ない訳ではありませんが後々の事を考えると相手方にも迷惑がかかります。その圧力にいつ相手が耐えられなくなるかも未知数です。そもそも王宮から姫様を匿うと言う事はその者たちにとっても利があればこそ。結局争いの種にしかなりません。彼らにとって姫様を側に置くと言う事はそうゆう事なのです。一介の家出娘を世話するのとは次元が違うのですよ。」
侍女はこれまでスライムの事をスライ殿と呼んでいたが、スライムが魔王となった為なのか『様』付けで呼ぶようになった。その変化をスライムは嫌ったが、やめてくれと言っても侍女が聞き入れるはずも無い事は判っているのでスライムはしぶしぶではあったが受け入れていた。
しかし、侍女はスライムを『様』付けで呼びこそすれスライムに対して遠慮の無い正論を返してきた。その事にスライムも納得せざる得ない。だがだからと言ってスライムの懸念が払拭される訳ではなかった。
「まぁ、ルイーダの言う事ももっともなんだろうけど、お姫様は人間だろう?なら異種である魔物たちと一緒にいるのは負荷が大き過ぎるんじゃないか?」
「スライ様、姫様は姿や地位で相手を判断などなさりません。それはスライ様もご存知のはずです。」
スライムはまたしてもルイーダの正論に言葉が続かない。結局お姫様に関してはスライムと共に魔王城で暮らす事で話はまとまった。そしてお姫様がいるところには当然侍女もいる。それどころか騎士すら家へ戻る素振りを見せなかった。
「あーっ、ルイーダたちってもしかして姫様依存症なんじゃないのか?」
「何をおっしゃいますかっ!そもそも姫様をお慕いしない者などおりませんっ!」
侍女はスライムのからかい気味な問い掛けに、その上をゆく返事を返してきた。おかげでスライムは更に突っ込むべく用意していた言葉を言えずじまいとなってしまった。
なのでスライムは話題をお姫様から騎士へと変える。
「そう言えばデリートの傷も完治したんだってね。なので何か仕事はないかと聞いてきたよ。」
「仕事でございますか?ですがここは魔物の国。人間であるデリート様がつける仕事はそんなにないような・・。」
「まっ、そうなんだけどさ。だけどデリートとしても姫様の手前ニートではかっこがつかないんだろう。」
「あーっ、確かに。ですがデリート様のご身分を考えると出来る事は姫様の護衛くらいでは?いえ、読み書き算術などは当然できますが、それを生業とするのはちょっと・・。」
そう、騎士はアルカディア王国の貴族の中では筆頭であるハードロック公爵家騎士団にて1級騎士の称号を得るほどの男なのだ。なのでその肩書きからするととても使用人のような仕事はできない。
かと言って魔王軍の一軍を率いるのは人間として無理がある。何故なら魔王軍の仮想敵国は人間たちなのだから。
そう、あまり偉そうな肩書きを持つと、人はいざと言う時に就ける仕事が無かったりするのだ。
だが、それは持っている肩書きに相応しい立場の仕事を探す場合で、それを気にしないのなら働き口など幾らでもあった。そして騎士はその手の事に拘りがなかったようである。なのでスライムが騎士に仕事を斡旋した時も別に気にする様子も見せずに了承したのであった。
その後、スライムは姫様たちの処遇について幹部たちと話し合いそれぞれの立場を認めさせた。そしてその結果をお昼ごはんの席でお姫様たちに伝えた。
「あーっ、魔物たちの幹部とも話し合ったんだけど、姫様たちって人間だからここでの立ち位置を明確にしておく必要があるらしいんだよね。それで、姫様は変わらず人間側から差し出された人質として扱う事になった。でも待遇は最上級だ。つまり人質とは名ばかりで実質は魔王の客人という立場になる。これでいいよね、姫様。」
「ええ、別に私に不服はないわ。」
スライムの説明にお姫様は承諾の意を示した。もっとも先の魔王の下でもお姫様の待遇は最上級だったので変化はない。まぁ、敢えて違いを言うのなら出歩ける範囲が広がったくらいだ。
そしてスライムは次に侍女の説明に移った。
「で姫様の待遇が決まったので次はルイーダなんだけど、これは今までとおり姫様付きの侍女として動いてもらう。但し魔物側からも姫様専属の侍女が付くからそいつらとはうまく折り合いを付けてくれ。やっぱり最初は色々違いがあると思うけど、魔物側の侍女たちにもその辺の事は言ってあるから話し合ってね。」
「判りました、ご配慮ありがとうございます。」
スライムの説明に侍女は軽く頭を下げて礼を言った。
「で、フクロウのじいさんは森に帰るのかと思ったけど、なんかここの食事が気に入ったらしくて居たいというから姫様の話し相手と言う立場を無理やりこじつけた。まっ、人間側から見たらペットみたいなもんかな。でも一応家庭教師という肩書きにした。なので魔物たちの子供なんかにも知識を教える役がある。」
「ふぉっふぉっふぉ、森の賢者と謳われておったわしに相応しい肩書きじゃな。」
食べ物に釣られておいて賢者を名乗るのもどうかと思うが、まぁ、それはあくまで表向きの理由なのだろう。これは一時とは言えお姫様と一緒にいたフクロウが近くにいれば、お姫様も気が安らぐだろうというスライムなりの配慮だ。そして、それについてはフクロウも事前に説明を受け了承していた。
さて、間にフクロウを挟んで間を空けたが、スライムは最後に一番立場が難しいデリートの説明に入った。その難しさの最大の要因はやはり人間側の立場で魔王軍と剣刃を交えた事だろう。そう、デリートは少なくない数の魔物たちの命を絶っているのだ。
それは戦場においては当然の行為なのだが、だからと言って戦いが終わった途端に直ぐ手を繋げるものではない。そう、魔物たちにも戦友や家族がいるのだ。その者たちの心情も考慮しなくては要らぬ軋轢が生じかねなかった。
なのでスライムは幹部たちと話し合った結果、デリートを魔王軍の下っ端として採用する事にしたらしい。その事をスライムはデリートに説明する。
「まっ、俺の権限でデリートを空位となった四天王No4辺りにしてもいいけど、それじゃみんなが納得しないだろう?それにやっぱりお姫様の旦那になるやつはちゃんと実力を示さないとな。」
スライムの言葉にお姫様とデリートは互いに顔を見合わせ顔を赤らめた。そう、人間社会ではお姫様と騎士は身分の違いからまず結ばれる事はない。だが今のお姫様は人間社会から離れ魔物たちの元にいる。つまりもうしがらみに縛られる必要がないのだ。
それでも好き合っているからと言って無職の居候では周りから見たら騎士はお姫様のヒモにしか見えず魔物たちも納得しない。なのでお姫様に相応しい立場を自分の手で掴み取れとスライムは騎士に言ったのだ。もっともこの処置は、デリートならそれが出来る男だと見込んだからこそ与えた試練だった。
かくしてお姫様たちの魔物世界での立場は確定した。一番苦労しそうなのは騎士だが多分うまくやるだろう。また、そうでなくてはお姫様を幸せに出来るはずもない。
風の噂では人間界は新たないざこざが起こり揉めているようだが、新魔王の元で魔界は平穏を取り戻していた。とは言ってもスライムが何かしたという訳ではない。全ては優秀な幹部連中が新たな指針に則り動いただけである。
勿論魔族の中には底辺魔物であるスライムが魔王になった事に少なからず反発もあった。だがそれらは四天王の一睨みで立ち消えた。そう、今までは魔王本人の権威と威光が行っていた事を、今は四天王たちが担っているのだ。
これは言うなれば絶対王政から合議制への過渡期の不安定さなのだろう。だがそれもいずれは慣れるはずだ。しかし、安心するのは早い。
何故なら四天王たちにしてもそれぞれ思う事は違うのだ。しかし、今はまだ動く時ではないとそれぞれが判断し新しい流れに乗っているのだろう。
そして各人の腹の中がどうであろうと新たな魔王の元、魔界は今平穏であった。
騎士は所属した魔王軍組織の中でかなり苦労したようだが、それでも徐々に周りから認められ始めている。これは礼節を持って対処する騎士の資質が相手の心を動かしたのだと思う。
そう、憎しみは深く心を傷つけるが、傷は癒す事ができるのだ。そうでなければ心を持つ者は前に進めないのである。
そしてお姫様と侍女は人間側のメディカル処置を魔物用に調整し新しい医療方法を編み出そうとしていた。魔物たちは人間と違い種として多様性がある為、種それぞれで方法を確立する必要があり中々研究は進まなかったがそれでもお姫様たちは諦める事無く進んでいた。
そしてフクロウはそんなお姫様に魔物たちや魔界に関する知識を教えていた。そして魔物たちにも人間にも色々な者たちがいる事を諭して回った。
そう、今はみんなそれぞれが前に向かって歩いているのである。そんな中、スライム自身も魔物たちから尊ばれる存在になるべく日々鍛錬を行っていた。
だが、そんなスライムの脳裏に何時の頃からか、誰かがスライムを呼んでいる声が届くようになった。初めはスライムも気のせいかと気にしなかったのだが、その声は日に日に大きくなった。
そしてその声はスライムにこう訴えていた。
[助けて、勇者。どうか私たちを救って下さい・・。]
その声にスライムは首を捻る。
「なんだこれ?助けてって言われても誰なんだよ。それに今の俺は魔王だよ?まっ、確かに前は勇者を名乗った事もあるけど、なんか情報が古くないか?」
そう、今この世界ではスライムが魔王になった事を知らぬ者はそれ程いない。なのでスライムを勇者と呼ぶ者もいなかった。
しかし、その声はスライムを勇者と呼んでいる。そこには地理的な要因ではなく時間的なずれがあるのかも知れない。
今、スライムたちは幸せであった。だが世界は広い。例え自分の周りが平穏だとしてもどこかでは争いが起こっており血が流れているのが世界の常である。しかし、人は知らない事には関心を寄せられない。そして自分の周りで起こった事に対しても時間と共に恐れは薄れて行くものなのだ。
だからこそ、不安に怯えず幸せを噛み締める事が出来るとも言えた。
だが、幸せと平和というものは長く続かないのが物語世界の定石である。
何故なら読み手がそれを望んでいないからだ。故にスライムたちの幸せも一時のものだ。そう、今しばらくすれば新たな災いの使者がスライムの前に現れ新たな冒険の扉を開くであろう。
いや、既にそれはそこまで来ていた。だがスライムはまだ気づいていない。いや、呼びかけられたんだから知ってはいるんだがスライムは無視したよ。むーっ、やっぱりスライムって底辺魔物なんだな。のほほんとし過ぎだっ!
言っておくが別世界では『災害は忘れた頃にやって来る。故に常に備えよっ!』って格言があるんだからなっ!平和ボケで後々になって後悔しても知らないぞっ!
-スライムとお姫様編 完-