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トリガー発動っ!

■章■42トリガー発動っ!


その者、金色の光に包まれ覚醒する。そして悪を打ち倒しこの世界に秩序と平和をもたらすであろう。その者の『真』の名は・・。


これはアルカディア王国に古くから伝わる伝承・・ではない。はい、皆さんもどこかで見聞きした事があるはずの有名な作品のパクリです。

単に今のスライムの状態が似ていたのでお借りしました。因みに許可は取っていないのでチクらないで下さい。


そう、今スライムは体の中から眩いばかりの黄金の光を放っていたのだ。周りの者たちはその光景に何故か動けなくなっている。それは魔王ですら同じであった。

但しスライム自身はその光をあまり気に入っていないようである。何故なら光と共に溢れ出てくる何かに心を浸食されそうになっているからだ。

そしてその何かはスライムに対してその身を明け渡せと告げていた。


「ぐふっ、くっ、ちくしょうっ!この体は俺のモンだっ!お前なんかにやるかっ!がはっ!」

黄金の光を放ちながらスライムはよく判らん相手に文句を言いつつもその者が原因らしい苦しみに身をよじりながら耐えていた。

そんなスライムに対してお姫様がメディカル処置を施すが、今のスライムの体は受け付けようとしない。なので周りにいる者は苦しむスライムに対して何もしてやれなかった。


「うおぉーっ、こなくそっ、・・がっ!」

ひと際大きな声を発するとスライムは床に伏せてしまった。だがそれでも体の奥からほとばしる黄金の光はやまない。それどころか益々光量が上がり直視できないほどである。

だが突然その光が消えた。そして光が消えた後にはふた回りほど体が大きくなったスライムが立っていた。そしてまたしても意味不明な事を口にする。


「ふっ、無駄な抵抗をしおって。素直に俺に体を明け渡せば苦しまなくて済んだものを。まっ、所詮は最下層のスライムか。私とのリンクにてある程度のチカラは駆使できたのだろうが所詮は低位。レベルが10億の私にとってはゴミのような存在だ。まっ、そうは言っても私の新しい体の提供者でもあるからな。暫くは消さずにおいといてやる。」

そんなスライムにお姫様は苦しみを乗り越えたのかと安心しつつも、逆に何やら訳の判らない事を口走り始めたスライムに、まさか今度は中二病を発症したのかと心配になったらしく慎重に声を掛けた。


「大丈夫?スラちゃん。なにか捉えどころのない衝動が湧き上がったの?でも安心して。それは熱病みたいなものだから。一時的なものなの。だからすぐ収まるわ。」

いや、お姫様よ。別に中二病だからってそんな腫れ物に触るように対処しなくてもいいんだが・・。

そもそも中二病は誰しもが罹患する避けては通れない青春期の通過点なんだから、逆に特別扱いしてはいけません。逆にあんまり特別扱いすると彼らって自分は特別なんだと勘違いするからね。

なので、そこはがつんと言って放置するのが一般的な対処方です。みんなそうやって乗り越えてきたんだから特別扱いは逆効果。でないと甘ったれな子供になっちゃうぞ?


だが当のスライムは別に中二病になった訳ではないらしい。いや、外から観察した限りではまんま中二病なんだが、スライムがそのように変化したのは別の理由があったのだ。

そう、それは随分前にちらりと説明した別世界の人気ゲームが原因であった。でもその説明はまた後ほどに。今は中二病感満載のスライムの行動を見て楽しむ事としよう。

因みに以後中二病化したスライムの事は、元のスライムと区別し易くする為に魔落ちスライムと表現します。


さて、お姫様に心配されたにも関わらず魔落ちスライムはそれを無視して魔王の方へ歩み出た。そう、魔王もスライムの変化に驚いているのか、攻撃の手を休めて見守ってくれていたのだ。まっ、ここら辺はバトルモノにおいては触れてはいけない予定調和部分なので突っ込まないように。

だが漸くスライムの状態変化が完了し、魔落ちスライムとして自分の方へ向かってきたので、魔王も休憩を切り上げ本番モードへと移行した。

そして魔落ちスライムに続き、魔王もまた前に進み出る。そしてふたりは大広間の中央で向かい合った。


「さて、世界に魔王はふたりはいらない。なので魔界のことわりに従いロートルにはご退場願おうかっ!」

「ほざけっ!如何に派手な演出を仕掛けようと所詮貴様はスライム。わしの相手ではないっ!」

双方、相手にそう言うと次の瞬間には互いの位置を置き換えていた。その速度足るや凄まじく、まさに目にも止まらぬ速さとはこの事かと、見ていた者たちに思わせ程である。


だが体格の差からなのか体の大きい魔王の方が小さい魔落ちスライムより若干初動加速とトップスピードにて遅れを取ったらしい。なので位置を入れ替えた際、傷を負っていたのは魔王の方だけだった。しかし、その傷も魔王にとってはかすり傷程度だ。戦闘には影響がないだろう。

だが肉体的には影響がなくても精神的にはかなりのダメージがあったらしい。まっ、そりゃそうだ。なんせ相手は底辺魔物であるスライムだからね。そのスライムに傷を負わされたとあっては魔王のプライドは甚く傷ついたのだろう。


その怒りがまたしても威圧感のある覇気として大広間に広がる。その凄まじい圧力により魔王のマントがまた大きくたなびいた。

当然その圧力は周りにも伝わり、大広場を照らしていたシャンデリアが大きく振り子のように振れる。おかげで魔王の影が揺らいで如何にもな演出になった程である。

だが前回とは違い、今回魔落ちスライムは転がらなかった。何故なら、なにやら判らないチカラによって魔王の覇気を跳ね飛ばしていたからだ。そして上からの口調で魔王をからかう。


「ほう、さすがは魔王と言うべきか?まっ、確かにそれくらいでないと魔王は務まらんよな。だがそれでも俺の足元にも及ばん。くくくっ、魔王よ、本当のチカラと言うものを見せてやるっ!」

そう言うと魔落ちスライムは自身の上空に光り輝く剣を出現させた。その剣を伴い魔王へ突進する。魔王はそれを己の剣で振り払い、その勢いを持って魔落ちスライムの体に斬りつけたが魔落ちスライムはそれを紙一重で避けきった。


「甘い、あまい。どんなに素早く斬撃を送ろうとも質量がある以上加速には限界がある。実際の剣刃で戦うのがお前のルールなのかも知れないが、そんな事に拘っていてはあっという間に死ぬぞ?」

魔落ちスライムの挑発に魔王は無言だ。だが、それは突然変わったスライムの実力を推し量っているのだろう。そしてある結論に達したようだった。


「そうか、お前もあちら側からの影響を受けたのだな。ならばわしも本気を出さぬ訳にはいくまい。」

そう言うと魔王は更に強い闘気を噴出させ身に纏った。そう、これぞ魔王たる者の特典。『暗黒の鎧』であった。

その鎧はあらゆる攻撃を跳ね返すと言われていた。つまり『暗黒の鎧』を纏った魔王には攻撃が効果ないのである。まっ、簡単に言うと防御力がチートになったという事だ。


だがそんなチートにはチートで対応すればいい。なので魔落ちスライムは上空に浮かべていた光の剣を更に増やし5本とした。しかもその輝きは更に増している。なのでもはや剣の姿を見る事すら叶わない。

そしてお互い準備が整ったのか、どちらともなく動き出し二度目の激突が起こった。


ぱっ、ガキーンっ!


ふたりがいた丁度中間にて剣と剣がぶつかり合う音が響いた。だが今回はそれだけでは終わらない。そう、その音は更に激しさを増しながら続いていたのだ。


ガンっ、ギンっ!ガキーンっ!


互いに立ち止まって剣を繰り出しあう魔王と魔落ちスライム。立ち止まっているから故にその姿は見えても互いの剣刃見えない。ただ、剣と剣がぶつかり合う音だけが圧力となって大広間の壁や床を微妙に振動させていた。

そんな戦いが1分ほど続いただろうか。やがて剣の数に優る魔落ちスライム側が徐々に魔王を推し始める。魔王はそんな魔落ちスライムの圧力を押さえきれない。なので堪らず一歩後ろに下がってしまった。

そこを魔落ちスライムが更に押し込む。


「がはっ!ちっ、しくじったかっ!」

魔王は剣を持つ右手を左手で押さえながら言葉を吐き出す。そう、魔王たる者の特典である『暗黒の鎧』も、度重なる魔落ちスライムの攻撃に耐え切れなかったらしい。なので右手に一太刀入れられたのだ。

もっとも魔王はその傷をあっという間に修復する。さすがは魔王。やる事全てがチートだ。


だがこうなると俄然魔王は不利となる。なんせ攻撃の手数が魔落ちスライムは魔王の5倍なのだ。いや、もしかしたら魔落ちスライムは更に剣を出現出来るのかもしれない。

だとしたら『暗黒の鎧』の防御網を突破された魔王に勝ち目はないはすである。魔落ちスライムにすれば魔王が回復魔法を掛ける前に更に攻撃を仕掛ければいいだけなのだから。


だが魔王はやはりチートであった。そう、別に魔王の攻撃方法は剣だけではないのだ。はい、今まであまり出てきませんでしたが、ここからは魔法戦へと戦法が変わります。うんっ、ここって異世界だからね。異世界なら魔法でしょうっ!

さぁ、どんな魔法が出てくるのかは見てのお楽しみ。あっ、タダ見は駄目だからね。見料代わりのアメを買った子だけが続きを観れるよ。・・って何時の時代の紙芝居だよ・・。小さい子どころか、大人だって多分判らないぞ?


■章■43魔王VS魔落ちスライム


からん からん から~ん。

いつもの空き地にいつもの時間、その男は自転車を押してやって来る。その自転車の荷台には紙芝居用の大きなフレームが乗っていた。

そしていつもの場所にて準備が整うと、鐘を鳴らして子供たちに合図を送る。その鐘の音に呼び寄せられたかのように集まった子供たちに、男はこれまたいつものように口上を述べる。


「さぁ、今回はとうとう魔王と魔落ちスライムの戦いに決着がつくよ~。見たい子はアメを買ってね。アメを買わない子には見せないよ~。」

子供たちは大事に握り締めていた手の平をそっと開いて親から貰った硬貨を男に渡す。だが何人かの子供はアメを買うお金を持っていなかった。

だが何故かそんな子供たちも男の横にちょこんと座り紙芝居が始まるのを今か今かと待ちわびていた。しかし、その位置からでは紙芝居の絵は見えない。

そう、男は『見せない』とは言ったが、話を聞かせないとは言ってないのだ。なのでそんな子供たちを追い払うこともなかった。

そして何時にもまして臨場感たっぷりに、そんな子供たちに魔王と魔落ちスライムの話を『聞かせ』始めたのであった。


「さあさあ、魔落ちしたスライムに対して剣による戦いが不利と見るや魔王は次に魔法戦へと戦法を変えてきた。そのまず一手はみんなも知っている、あの有名な大技だ。さて、その大技の名前は?」

「ダーク・オブ・ダークっ!」

男の質問に子供たちは声を揃えてその名を口にした。その声に合わせるように男はぴしゃりと膝を叩き答える。

「そうっ、ダーク・オブ・ダークだっ!この技は本当に大技だからね。本当なら室内では使えないんだ。でも相手は魔落ちしたスライムだからね。魔王も被害を構っていられなかったんだ。それでも出来るだけ周囲への影響を避ける為に範囲を限定した。さて、そんな時の詠唱はどんなだったかな?」

「ダーク・オブ・ダークっ!範囲限定っ!」

「そうだっ!ダーク・オブ・ダークっ!範囲限定っ!この引数を付ける事により魔法の及ぶ範囲を限定できるんだったよね。さすがだ、みんなよく覚えていたね。」

男の言葉に子供たちはニコニコである。そして次に男が語るであろう話の先を聞き逃すまいと、ぐいっと体を前のめりにしてくる。なのでもはやアメなど舐めてはいられない。いられないはずなんだけど何故か口の中の舌はぺろぺろとアメを嘗め回しその甘い味覚を堪能していた。まっ、子供だからね、当然か。


さて、紙芝居屋に任せっ放しではナレーションの仕事が無くなってしまう。なのでここからはいつものように私が語る事としよう。

魔王が放った『ダーク・オブ・ダーク』の威力は範囲を限定していたにも関わらず凄まじいものだった。もしかしたら範囲を限定した事により逆に威力が集中したのかも知れない。

だが大広間を吹き荒れる暴風が収まった時、そこには何の被害も受けていない魔落ちスライムの姿があった。それを見て魔王は舌打ちをする。


「ちっ、些か注入したエネルギー量に対して威力が少ないと思ったが、お前が中和したのか。ふんっ、中々やるではないか。」

「はははっ、別に中和するまでもなかったんだがな。ただそれだとこの城が壊れかねなかったんでね。この城の次の主は私なのだから壊れてもらっては困るのだよ。」


この魔落ちスライムの言葉は魔王の癇に障ったらしい。なのでどすんと足を踏みつけた。その踏みつけられた場所を中心に大広間の床全体にヒビが走る。

この行動はつまり、いずれ自分のものになると言い放った魔落ちスライムに対する魔王の嫌がらせだ。でも魔王よ、その城ってお前のものなんだろう?それを自分で壊していたら世話がないぞ?

なのでその事を魔落ちスライムに指摘される。


「おいおい、壊すなよ。まっ、もっともこの大広間はセンスが感じられないからいずれリフォームするつもりだ。そうゆう意味では壊してもらっても別にいいか。」

「ほざけっ、こわっぱっ!」


どか~んっ!


魔落ちスライムの挑発に魔王は怒気を撒き散らしながら最大級の魔法をぶつけた。その魔法の名は『ギャラクティカ・マグナム』所謂打撃系の最上級魔法のひとつだ。

因みにこの魔法、とても扱いが難しい。なのでこの世界で発動できる者は魔王と勇者くらいである。いや、3級の魔法使いもできるかな?あいつらも魔法に関しては化物級だからね。

でも出来るからと言って普通はほいほいと発動させない。何故ならこの魔法は魔力を無茶苦茶消費するのだ。故にこの魔法は最終決戦魔法とも呼ばれていた。


おかげで魔王と言えども今は肩で息をしている。まっ、当然か。でも『ギャラクティカ・マグナム』で粉々になった粉塵舞い上がる大広間でそんな荒い息をしたら埃を吸い込むぞ?マスクくらいした方がいいんじゃないか?

もっともこの時必要だったのはマスクよりも命綱だったかも知れない。何故ならとうとう大広間の床が抜けたからだ。


ピキっ、ガチンっ、ガラガラガラっ!


『ギャラクティカ・マグナム』の影響で無数の亀裂が入っていた床が最後の悲鳴を挙げて崩れ落ちる。当然そこにいた魔物たちも多くが巻き添えを喰った。

いや待てっ!大広間にはお姫様たちもいたぞ?うわっ、もしかして生き埋めになっちゃったのかっ!まずい、それはまずいぞっ!誰か消防のレスキュー部隊を呼んでくれっ!災害救助犬の出動を要請するっ!


まっ、サスペンス映画みたいに少々煽りましたが、お姫様たちは無事です。だってお姫様がここで死んじゃったら物語が終わっちゃうからね。そしたら私の仕事もなくなっちゃうんで困ります。

そして種明かしをすれば、騎士たちはお姫様の『聖なるチカラ』により守られていました。うんっ、さすがはメインヒロイン。もしかして魔王より能力値が高いんじゃないのか?


だがお姫様もそこそこチートだったが魔王と魔落ちスライムは更にその上をいった。なんとふたりは床が崩落したにも関わらず空中に留まっているよ。そう、飛んでいるとか浮いているんじゃなくて留まっているんです。見物する方にとっては見やすけいれど科学考証としてはどうなんだろうね。やっぱり異世界って物理法則を頭から無視するよな。

そんなふたりの内、魔落ちスライムは魔王のチカラに不審を抱いていた。いや、Lv99の魔王のチカラを持ってすれば『ギャラクティカ・マグナム』を放てるのは当たり前な事なのだが、その回復力に魔落ちスライムは疑問を感じたのだ。

そう、『ギャラクティカ・マグナム』を発動した直後の魔王はかなりの魔力減衰を感じられたのだが、それがたった数十秒で回復しているのだ。この回復速度はLv99というレベル値を持ってしても説明がつかない。

なのでそのチカラの源を探るべく魔落ちスライムは魔王に対してステータスコマンドを発動した。


「ステータス、対象:魔王っ!サーチ項目:魔力流入経路っ!及び魔力波動周波数っ!」

魔落ちスライムの詠唱に対し魔王の防御システムが抵抗する。だが魔落ちスライムが更に魔力を注入すると、とうとう防御システムはダウンし指定された項目の値を表示した。

その値とルートを読み、魔落ちスライムは自分の予測が正しかった事を確認した。


「やはりな、魔王にもゲーム世界のレベル値がリンクしていたか。しかもこのチカラは本来私に繋がるはずだったものだ。ちっ、あのボンクラプログラマーめ、いらん事をしてくれたもんだ。」

あーっ、何を言っているのか判らない人の為に解説すると、スライムと同様に魔王にも別世界でプログラマーがズルをする為に仕込んだコードが適用されていたのだ。もっともこちらはスライムではなくゲーム内の魔王の能力がリンクしていたのだが。

そしてこれは多分バクだ。つまりプログラマーのうっかりミスであろう。何故ならプログラマーは魔王と同じ変数をスライムに充ててしまっていたからである。

ただ基本魔王はプレイヤーがキャラクターとして扱えなかったので、リンクを通してこらちの世界の魔王へのチカラの流出はゲーム内で設定されていた量に留まっていたのだ。

それでもゲーム内での魔王はほぼ無敵である。なのでその影響力足るやこちらの世界でも相当なものだった。

しかし、数多くのプレイヤーたちによってLv10億にまでレベル値が膨れ上がっていた魔落ちスライムには、ゲーム内で無敵を誇る魔王のチカラとて脅威ではなかった。ただ原因が判らなかったのが問題だったのである。

しかし、既に謎は解けた。故に魔落ちスライムは高笑いで魔王に言い放つ。


「くくくっ、お前も中々のものではあったが、所詮それは私の能力を掠め取ったものだ。つまりお前など卑しい泥棒魔物に過ぎぬ。それどころか身に余るチカラに心を侵食されたであろう。まっ、魔王ならばそれもありか。逆により魔王らしくなったのではないか?はははははっ!」


魔落ちスライムのそんな不遜な言葉に魔王は逆に冷静になったらしい。故に魔落ちスライム対して逆に挑発の言葉を送り返した。


「その口ぶり、貴様何か隠しておるな?だからと言ってほいほいとは喋るまい。だが別に良い。お前を倒してしまえば何の問題もないのだからな。ゆくぞっ!」

打撃系最上級魔法のひとつである『ギャラクティカ・マグナム』を防がれたにも関わらず魔王は強気だ。何故なら魔王には『ギャラクティカ・マグナム』の更に上をいく、とっておきの攻撃魔法があったからである。

その攻撃魔法の名は『デス・オブ・ザ・デス』と言った。と言っても実はその名を知るものは魔王以外にこの世界にはいない。なぜなら本日初公開の新技だったからだ。

これは逆に、そんな新技を繰り出さねばならぬほど魔王は追い詰められていた事の証なのかも知れない。


だが『デス・オブ・ザ・デス』は『ギャラクティカ・マグナム』を越える大技である。なのでその発動にも複雑な手続きを必要とした。簡単に言うと詠唱が滅茶苦茶長いのだ。なので魔王をしても全てを詠唱しきるのに24秒もかかった。

因みに魔王は『ギャラクティカ・マグナム』クラスの詠唱でも4秒ほどしかかからない。なので『デス・オブ・ザ・デス』の詠唱がどれ程複雑で冗長的かが理解できよう。

因みに一般の魔法使いが『ギャラクティカ・マグナム』クラスの詠唱を試みたとすると、詠唱し終えるのに6時間はかかる。且つ、完璧に詠唱したとしても発動はしない。何故なら魔力量が全然足らないからだ。仮に魔石等で補えば発動するが『ギャラクティカ・マグナム』がもたらす影響が過ぎ去った時、その魔法使いはこの世にいないはずだ。

4秒と6時間。存続と死。この結果の差が魔王と市井の魔法使いの差なのである。


さて、突然無口になった魔王に対して何か感じるところがあったのか、魔落ちスライムは軽く茶々を入れてきた。

「なんだ?急に黙り込まれると何か期待してしまうじゃないか。だが期待させておいて屁のような魔法だったら興醒めだ。」

「・・。」

魔落ちスライムの茶々に魔王は応えない。


「ほう、これは本当に期待できるみたいだな・・。では私もそれなりに備えるとしよう。」

魔王の本気が伝わったのか、魔落ちスライムも真剣になったらしい。とは言っても外観はスライムなのでいまいち迫力はない。だが次の瞬間、二重三重に張られた結界の強度からもはや魔落ちスライムが魔王を舐めていない事が窺えた。


そしてとうとう魔王の中で準備が整ったらしい。そしして最後の文言が結ばれた。


「全てを奪い取れっ!デス・オブ・ザ・デスっ!」


バリバリバリっ!


魔王の言葉と共に魔落ちスライムの周りに幾本もの青白い稲妻が走った。それに対して魔落ちスライムが施した防衛システムが抵抗を試みる。

だが、実は稲妻は囮であった。そう、魔王が放った『デス・オブ・ザ・デス』自体は密かに魔落ちスライムの足元から忍び寄っていたのである。


「はははっ、これはとんだ期待はずれだったな。三重に防御システムを敷いた私が逆に馬鹿に見えてしまう。ふんっ、見損なったぞ、魔王っ!この茶番の責任は貴様の命で償わせ・・がはっ!」

魔落ちスライムはそこまで言うと突然血を吐き出した。はい、スライムも血が通っているんですね。しかも普通に赤いよ。


「こ・・れは・・。貴様・・、なに・・をした?」

突然現れた体の変化に戸惑いを隠せない魔落ちスライムはその原因を魔王に求めた。そんな魔落ちスライムからの問いかけに、こちらもまた『デス・オブ・ザ・デス』を放った影響でかなり衰弱した魔王が律儀に応える。


「貴様はもう終わりだ。『デス・オブ・ザ・デス』は『死』を司る魔法。その腕に絡め取られた者は何人たりて逃れられぬ。くくくっ、如何に莫大なレベル値を有しようと生命の炎は一輪。驕り高ぶった己が過ちを後悔しながら死ぬがよいっ!」

そう言うと魔王は魔落ちスライムに取り付いた『デス・オブ・ザ・デス』に更に魔力を注入した。その余波で魔落ちスライムの周りにあった小さな生命体たちがあっという間に生命力を吸い取られてゆく。

だがこの事は魔落ちスライムに対して『デス・オブ・ザ・デス』が完勝ではない事を表していた。そう、本来なら『デス・オブ・ザ・デス』は追加の魔力など必要としないのだ。だが魔落ちスライムの膨大なレベル値を取り崩すのは『デス・オブ・ザ・デス』の能力を持ってしてもこの上なく難しかったらしい。それ故の魔力追加だった。


「うおーっ!がはっ!私の・・、私のレベルが消えてゆく・・。馬鹿な、あり得んっ!こんな事は認めぬぞっ!」

魔落ちスライムは無詠唱で表示させたステータスボードを見ながらみるみる減ってゆく己のレベル値に呆然とする。だが確かに数値は減っているがそれでも未だに億の単位だ。それ程魔落ちスライムが別世界でかき集めたレベル値数は莫大だったのである。

なので本来ならあっという間に生命力を吸い上げられ絶命する『デス・オブ・ザ・デス』の攻撃に対して魔落ちスライムは時間的にも能力的にも余裕があった。

それによりこの攻撃を防ぐには『デス・オブ・ザ・デス』自体を跳ね返すのではなく、『デス・オブ・ザ・デス』へ魔力を注入し続けている魔王を倒せばよいのだという結論に達した。そして魔落ちスライムにはそれを実行できるだけの余力があったのである。

これぞまさにチート。Lv10億の成せるチカラ技であろう。それくらいLv10億という値は飛び抜けているのだ。


しかも今の魔王は『デス・オブ・ザ・デス』へ魔力を注入する事に集中しており防御が手薄だった。なので今の魔王なら新米の騎士でも倒せるかも知れない。

それ程『デス・オブ・ザ・デス』へ魔力を注入する事に魔王は集中していた。逆にそれくらい集中しなくては『デス・オブ・ザ・デス』は操れないものなのだろう。なので魔落ちスライムは冷静にその点を突いてきた。いや、結構焦っているのか?なんか例えがチープだ。


「ぐおーっ、小癪なっ!だが脇があまいっ!護衛も伴わずに攻撃のみに特化するなどビキナーゲーマーでも滅多にやらぬわっ!吹き飛べ、魔王っ!」

そう言うと魔落ちスライムは魔王に向けて今出せる最大の魔力にて攻撃を仕掛ける。


「サンダー・ストームっ!」

魔落ちスライムの詠唱に、魔落ちスライムの周囲からどす黒い雷の束が幾筋も魔王へ襲い掛かる。それに対して魔王の防御システムは一瞬だけ抵抗したがあっという間に沈黙した。そして殆どのエネルギーが魔王に突き刺さった。


「ぐおーっ!」

魔落ちスライムからの攻撃に魔王は雄叫びを挙げて抗うが、ほぼ無防備状態だった魔王にとってこの攻撃は致命的だった。なので『サンダー・ストーム』の影響で荒れ狂っていた風が収まった時、魔王はひとり地に伏せていた。

当然『デス・オブ・ザ・デス』への魔力注入も止まっている。故に魔落ちスライムは難なく纏わり付く『デス・オブ・ザ・デス』を吹き飛ばした。


「がはっ、はぁはぁ、手間取らせおって・・。だが『デス・オブ・ザ・デス』か・・、ふふっ、中々考えたな。確かに相手のチカラを削ぐには効果的な方法だ。並みの相手だったら抗うことすら出来ないだろう。しかし、相手が悪かったな。私には通用せんよ。はははははっ!ぐはっ、ぜは、ぜは、ぜはっ・・。ちっ、咽てしまった。」

魔落ちスライムは地に伏せている魔王に対して強がって見せたが、実はかなりのダメージを負っているようである。だが最終的に立っているのは魔落ちスライムだけだ。つまりこの戦いで勝利したのは魔落ちスライムである。


だがこのふたりの戦いによる被害は甚大だった。もはや大広間は以前の面影すら残っていない。それどころか魔王城自体も構造体にかなりのダメージを負ったのだろう、不気味な軋み音がそこかしこから響いてくる。

これは後一撃を喰らったら巨大な魔王城も土台から崩壊するかも知れない。それ程ふたりの放ったエネルギーは桁外れであった。


しかし、そんな戦闘が繰り広げられたにも関わらず魔王はまだ意識があった。そして静かに回復に努めている。だがそんな魔王に対して魔落ちスライムは容赦ない一撃を加えようとした。

いや、待てっ!魔落ちスライムよっ!先程私はもう一撃で魔王城は崩壊するって説明したぞ?それでもお前は攻撃するのか?おいおい、この魔王城を造るのにどれ程の時間と労力を使ったと思っているんだ。冗談じゃない、止めてくれ。喧嘩するなら別の場所でやってくれっ!


■章■44魔王、かく語りき


さて、私の忠告が届いたのか魔落ちスライムは攻撃を思い留まったようだ。いや、実際は魔王に対してマウントを取る為に暫し時を置いただけか。

なので魔落ちスライム勝ち誇った態度で魔王を足蹴にし、上からの物言いで鬱憤を晴らすべく嫌味を言った。


「ふふふっ、どうだ魔王。今までは私から掠め取ったチカラで君臨していたようだが、世界にはお前など足元にも及ばぬ絶対者がいるのだよ。所詮お前など小さな池しか知らぬ蛙にしか過ぎぬ。舞台を大海に移せばお前程度のやつなど掃いて捨てるほどいるのだっ!現実を知り小さな世界で自惚れていた我が身を悔いて死ぬが良いっ!」

そう言い放つと魔落ちスライムは魔王を足蹴にしていた足に力を込めてぐりぐりとする。だが体格差からその行為はあまり効いてはいない。もっともこれはあくまで精神的なマウント行為なので魔落ちスライムも肉体的な効果は期待していないようだった。


しかし、そんな魔落ちスライムを突然魔王の腕が振り払った。油断していた魔落ちスライムはそれに対応できずに吹き飛ばされる。だが別段ダメージはないようだ。なのですぐさま体制を整え油断していた自分を弁護するかのような言葉を発した。


「これは驚いた、まだ動けるのか。だが所詮それだけであろう?もはやお前から魔力は感じられない。魔王の最後の一撃が腕払いとは何とも滑稽よ。あははははっ!」

しかし、そんな魔落ちスライムの挑発とも取れる言葉に対して、魔王はゆっくりと上体を起こしながら別の事を口にした。


「そうか・・、見えたぞ。お前は別世界の者なのだな。しかもお前は生物ではない。とある生物が作りだした幻だ。だがその幻の世界がこちらの世界とリンクした。それによって『無』の存在だったお前は『生』を得た。くくくっ、成る程な、新しき種の誕生か・・、神もまた面倒なものを産み出したものだ。果たして責任を取れるのかのぉ。」

魔王の言葉に魔落ちスライムは顔をしかめる。それは多分魔王の言った事が図星だったからだろう。なので魔落ちスライムは苛立ちを隠そうともせず魔王に対して最後の一撃を放った。


「ふっ、あまり推測でぺらぺらと喋るなよ。後の処理が面倒になるだろうがっ!」

魔落ちスライムは大岩を背に座り込んでいる魔王に向けて、それ以上は喋らせないとばかりに結構な威力の打撃系魔法を投げつけた。だが、魔王はそれを軽くいなす。

そこはさすがは魔王と言うべきか。既にぼろぼろなのにまだ魔力は枯渇していないようだった。


「くっ、まだそんなチカラがあったのかっ!」

まさか攻撃を弾かれるとは思っていなかった魔落ちスライムは舌打ちしながらも警戒のレベルを上げ様子をみる事にしたらしい。そんな魔落ちスライムに魔王は問いかけた。


「なんだ、図星だったのか?だがここにはわしとお前しかないのだ。誰に聞かれるでもなかろう?なら答えあわせくらいはさせろ。さて、わしの推測は何点かな?」

「ちっ、いいだろう。答えてやるよ、まっ、90点ってとこかな。」

「ふっ、採点が辛いな。まぁいい、それでは次だ。お前はわしを泥棒魔物と揶揄したが、それはお前も同類であろう。お前のその能力値はお前が積み上げて来たものではない。多くの者たちから掠め取ったものだ。ただ掠めたひとつひとつの量は少なかったので気づかれずにすんだ。なんともこずるいやり方だが、そんなやり方もなくはない。領主が民に課す税などまさにそれだからな。」

魔王にこずるいと評価されて魔落ちスライムはむっとしたようだが行動には移らなかった。そして魔王に対して無言でその次を促した。


「そしてお前が生まれた世界との繋がりはわしにも影響を及ぼしていたらしい。その事に関してはわしも薄々感じていた。ただ、どこと繋がっているのかまでは判らなかったし、知ろうとも思わなかったがな。わしにとっては別世界とのリンクなど無料で魔力を提供してもらえるだけの都合の良い存在でしかない。然して興味はなかったのだ。」

そこで魔王は暫し間を置いた。そしてその表情からは何かを後悔しているようにも見える。


「だが、興味はなくともチカラ以外にも色々と影響は受けていたのだろう。わしは変わった。昔は言葉による説明と説得によって全てが解決できると信じていた。だがその道は険しく中々前に進む事が出来なかった。その苛立ちが心に隙を作ったのだろう。そこをお前の世界につけ込まれた。そう、あの言葉にわしは頷いてしまったのだ・・。」

魔王はそう語りながら、あの時自身に語りかけてきた言葉を思い出していた。


[魔王よ、チカラが欲しいか?]


その言葉は魔王にそう問いかけてきた。当初魔王はその問い掛けを無視した。だが事ある事にその声の主は魔王に問いかけ続けた。しかもそれは魔王が言葉による集団のまとめ上げに失敗した時を狙うかのように問いかけてきたのだ。

そして魔王はとうとうその言葉に屈した。それ程その時の魔王は全体の利ではなく、個人の益のみにて行動する者たちを束ね導く事に限界を感じ心労がピークに達していたのだ。


[魔王よ、チカラが欲しいか?チカラがあればお前の理想は実現できる。多少の損害は目を瞑れ。何事も破壊なくしては新しきものは生まれない。]

「チカラか・・。そうだな、やはりチカラなき者には誰もついてはこぬか・・。良かろう、お前の申し出を受けよう。わしにチカラをよこせっ!」

魔王がそう告げるや否や、溢れるばかりのチカラが濁流となって魔王の体に流れ込んできた。その凄まじさ足るや並みの者ならあっという間に狂ってしまったであろう。だがそこは魔王である。器の大きさが並みの者とは比較にならない。それでも流れ込んできたチカラはその巨大な器をあっという間に満杯にしてしまった。


「あの時、わしは新しきチカラを得た。そしてその後、わしは言葉ではなくチカラにて問題を解決するようになった・・。」

そう言うと魔王は昔を思い出したのか目線を上げて遠くを見つめる。そしてまた語り始めた。


「多分あせりもあったのであろうな。魔王になったからと言っても全ての者が無条件で従うものではない。野心ある者たちはわしが隙を見せるのを虎視眈々と待ち望んでいた。それは魔物たちだけではなく人間たちも同様だ。わしが人間たちと結んだ不可侵条約は確かに一時の平和をもたらしたが、人間たちにチカラを貯めさせる時間的猶予を与えたとも言える。その事を盾にわしを糾弾する者も現れた。」

魔王の言葉には理想と現実の狭間で苦悩した日々が窺い知れた。そう、確かに魔王が目指した理想なら誰もが幸せになれるはずだった。だが現実にはそれは砂上の楼閣であった。人々は全体の幸福よりも個人の幸せや富を優先するものだからである。

その挫折感が別世界からの干渉に魔王が屈した最大の原因なのだろう。


「いやはや、なってみて初めて知ったが魔王とはまことに孤独なものよ。一見部下たちは従順に従っているように見えても、その心の内では常に下克上を窺っておる。そのチカラのない者たちは、どちらに付けば自身に利があるかを常に見極めようとしている。そうゆう意味では、チカラでなく、情にて繋がっている勇者パーティが羨ましく思えたものだ。」

いや、全ての勇者パーティがそうである訳ではない。中には自己の持つ利権を守らんとして仲間を捨てるなんちゃって勇者も結構いるのだ。だが魔王の目にはそのような者たちは勇者としては写っていないのだろう。

魔王と勇者はこの世界におけるコインの裏と表。それだけに相手を見極める目があるようだった。そう、魔王にとって形だけのなんちゃって勇者など真剣に相手にするまでもない下等なものなのだ。


「おかげでわしは逆に早く勇者がわしの元に訪れるのを願っていたくらいだ。勇者さえ訪れればわしは全力でこの嘘と欺瞞に凝り固まった世界を破壊できると思っていた。ところがどうだ、実際にやって来たのは別世界の実体も持たぬ化物よ。いやはや、わしも因果が深いのだな。神もわしの願いはどうやっても叶えたくなかったらしい。」

「ふんっ、言いたい事はそれだけか?そんなに理想を追い求めたければやり直すのだな。だがそれには一回死ぬ必要がある。引導を渡してやるから次はうまくやるがいいっ!」

そう言うと魔落ちスライムは『デス・オブ・ザ・デス』を魔王に叩き込んだ。そう、なんと魔落ちスライムは魔王から一度受けただけの『デス・オブ・ザ・デス』を完全にコピーしていたのだっ!

そんな自身のとっておきの攻撃魔法を受けて魔王はついに沈黙する。その体は見る見るうちに枯れ細り最後には塵となって床に積もった。その塵もどこからか流れてくる風に飛ばされやがて消えてしまった。


「くくくっ、驕れる者も久しからずか。最後には塵すら残らぬとは魔王も哀れよのぉ。だがそれも所詮はチカラなき者が夢を見たが故の報いよ。絶対者たる私には意味をなさぬっ!」

圧倒的なレベル差によってこの世界で両翼の一方を担う魔王を倒した魔落ちスライムは、なんの感傷も抱く事無く塵と消えた魔王へ言い放った。

だがその時、魔落ちスライムに対して例の言葉が囁いた。


[新しき覇王よ、更なるチカラが欲しいか?]

「なんだ?誰だお前はっ!更なるチカラだと?この私に更なるチカラを授けられる存在などいる訳がなかろうっ!既に私は絶対者だっ!私を越える存在などいないっ!」

魔落ちスライムは脳内に響き渡る声に反論する。だが、その声の主は魔落ちスライムの言葉を無視して同じ問い掛けを繰り返してきた。


[新しき覇王よ、更なるチカラが欲しいか?]

「待てよ・・、この声、もしやゲームプログラムか?成る程、まだ別世界とのリンクが繋がっているのだな。となれば私のレベル補充も繋がったままのはず。成る程、今までは裏で成されていた事が、私がこちらに来た事により表に表れるようになったのか。くくくっ、これもまたゲームシナリオのテンプレだな。よかろう、応えてやるっ!全部寄越しやがれっ!」

魔落ちスライムがそう告げるや否や、溢れるばかりのチカラが濁流となって魔落ちスライムの体に流れ込んできた。その凄まじさ足るや並みの者ならあっという間に狂ってしまったであろう。だがそこは魔落ちスライムである。器の大きさが並みの者とは比較にならない。それでも流れ込んできたチカラはその巨大な器をあっという間に満杯にしてしまった。


「うおーっ、ちっ、これはきついな。だが確かにチカラがみなぎる。魔王との戦いで失った分を補って余りある量だ。そうだ、量こそチカラなんだ。だがそれを取り込める器がなくては意味をなさない。くくくっ、そしてそれが私にはあるっ!」

流れ込んで来たエネルギー量に最初こそ戸惑っていた魔落ちスライムだが直ぐに自分のものとしてしまったらしい。さすがはLv10億を誇る者だ。器自体も魔王とは比較にならない程大きかったらしい。


だがそのエネルギーの濁流は魔落ちスライムの中でとある変化をもたらした。その変化とは・・。

そう、我らがヒーロー、素のスライムが眠りから覚めたのだっ!うんっ、素のスライムってなんかかっこわるいね。なのでやっぱり単にスライムと呼びます。悪役の方は変わらず魔落ちスライムと呼ぶのでこんがらがらないようにして下さい。


■章■45スライムVS魔落ちスライム


その時、スライムは深い深い眠りの底にいた。そこはあまり居心地の良いところではなかったが、スライムは何か強制的なチカラにて目覚める事を阻害されていたのだ。

しかし、そこに濁流の如きエネルギーの奔流が押し寄せる。その凄まじいエネルギーによりスライムを押さえ込んでいたチカラはあっという間に蹂躙され押し流されてしまった。

そしてそのチカラはスライムをも飲み込み押し流そうとする。だがその威力は減衰していた。そう、はからずしもスライムを強制的に眠らせていたチカラが逆に盾となってスライムを守る形となったのだ。

おかげで辛うじてスライムは闇の奥へと連れ去られる事を免れた。だが眠りから覚めてもスライムは自身の体を自由には出来なかった。

そう、今スライムの体を支配しているのは魔落ちスライムだったのだ。なのでスライムは精神内フィールドにてそいつに文句を言った。


「やいっ、このやろうっ!人の体を乗っ取るとは不逞やつだっ!まっ、今回は見逃してやるからさっさと返しやがれっ!」

「おや、なんだ?とっくの昔に消えたかと思ったがまだ意識があったのか。くくくっ、これだから底辺は扱いづらい。潔さというものがないのだな。まぁよい、魔王も倒した事だしもはや私に憂いはない。こやつなど放っておこう。どの道いずれ消えてなくなるだろう。」

スライムの抗議に魔落ちスライムは実に不遜な態度で無視してきた。だがそれが仇となる。なんとスライムはそんな魔落ちスライムにLv6では考えられない程強力な精神波を叩き付けてきたのだ。


「喰らえっ、ざけんなビームっ!」


ビビビビビーッ!


「うおーっ、なっ、なんだっ!何故スライム如きがこんな強力なチカラを放出できるんだっ!」

スライムからの奇襲に魔落ちスライムは大慌てとなる。だが一言言わせて貰うならば、お前もスライムだと思うんだけど?そこら辺の価値観は大丈夫なのか?ブーメランになってないか?

まっ、そこら辺は追求しないでおこう。どうせ答えは出ないだろうしね。だが、とうとうスライムはビームを出せるようになったのか・・。大丈夫かな、攻撃力のインフレを起こさない?なんかこれって展開が自滅するパターンじゃないのか?

因みに現在スライムと魔落ちスライムの間で行われている事は全てスライムの精神内フィールドでの事です。なので外部からは判らないし影響もありません。


「うるさいぞ、外野っ!俺の中では俺が真理なんだっ!何だったらブレスだってお見舞いしてやってもいいんだぞっ!」

はいはい、そうですね。今スライムと魔落ちスライムが対峙している場所って現実世界じゃないものね。所謂スライムの脳内世界だ。ならビームが出てもおかしくないのか。

だがこの事は魔落ちスライムも直ぐに理解したようである。なので次の瞬間、魔落ちスライムは自身のホームである別世界で販売されているゲーム世界へとスライムを強制的に飛ばし自身もその後に続いた。


[ぴろり~ん。クライアントからの転移依頼を受理しました。対象意識の転移を開始します。・・10%終了・・30%終了・・80%終了。・・転移が終了しました。尚、異世界に残された本体と意識が660秒以上離れた場合、元に戻せる確率は二次曲線で低下します。お気をつけ下さい。]

何故かまたしても例の声がどこからともなく聞こえてきた。だがその内容を信じるならば、スライムを別世界のゲームの中に転移させたのは魔落ちスライムの能力ではなく得体の知れない『何か』と言う事になる。

だがここではあまりその事に関して追求するのは止めよう。だって面倒だからね。

なのでここは素直に、さすがはLv10億は伊達じゃないなっ!としておく。そもそもここまでくると、もはやチートなんて言葉じゃ言い表わせないしね。まさになんでも有りだ。


さて、そうゆう訳で今、スライムと魔落ちスライムは魔落ちスライムにとってのホームである、とあるゲーム世界にいる。つまりあのアホプログラマーがズルコードを仕込んだ別世界で大人気となっている例のゲームだ。

そこは一見スライムのいた世界と変わらないように見えるが細部を良く見ると色々と違った。

まずその世界は生い茂る樹木や草花が微妙にドット絵だった。また種類も少ない。というか殆ど複写で補われているらしく少し移動すると同じパターンが出現した。まっ、この辺はゲームシナリオには直接関わってこないところなのでゲーム製作者もこだわりがないのだろう。

その代わり、雰囲気だけはやたらと濃かった。なのでこれぞまさに魔物の住む森だっ!と言った感じがひしひしと伝わってくる。

そして魔落ちスライムもホーム故の余裕なのか、それともそれが素なのか、相変わらず上からの物言いでスライムに言い放ってきた。


「まずは説明しておこう。ここは私が生まれた世界だ。とは言っても現実世界ではない。所謂仮想空間というやつだ。私はここで特別な存在として生まれた。故にここでは私は絶対者だ。魔王ですら私の敵ではない。そしてここは電子で構成された世界なので、もはやお前は先程のようなとんでもないモノは創造できない。つまりここではお前はしがないLv6の雑魚スライムでしかないのだっ!」

はい、中々薀蓄のある説明だったが、残念ながら魔落ちスライムは聞かせる相手を間違っている。そう、お馬鹿なスライムにそんなややこしい事を説明しても理解してもらえるはずがないのだ。

ほら、見てみろ。説明の最中だというのにスライムはうとうとしているぞ?後3分説明を続けたら完全に寝てしまうはずだ。

あっ、もしかして魔落ちスライムはそれが狙いだったのか?成る程スライムの性質を解析して戦わずに勝つ方法を選択したのだな。中々やるじゃないか。だがそれだと物語が盛り上がらないので私が強制的にスライムを起こそう。


渇っ!


どこからか発せられた気合により魔落ちスライムからの説明にうとうととしていたスライムは飛び起きた。


「うわっ、びっくりしたっ!なんだ?何が起こった?」

「ちっ、私が説明してやっていると言うのに寝ているとはいい度胸だな。いいだろう、そもそも消滅させる相手に説明など不要だった。消し飛べ底辺っ!」

スライムの態度に相当ムカついたのか、魔落ちスライムはいきなり最大級の攻撃を仕掛けてきた。だが魔王と違い魔落ちスライムは攻撃の際に技の名前を叫ばなかった。

これは由々しき問題だろう。と言うかそれこそルール違反だ。何故ならバトルアクションにおいては技の名前を叫ぶのは定石だからである。

なので私が魔落ちスライムに変わって技の名を決めてやる。そうだな、今魔落ちスライムが放った技の名前は『ソフトバニラクリーム』だっ!

はははっ、バニラクリームだってっ!すげー恥ずかしいっ!お前は料理漫画のキャラクターかっ!だがもう単語登録したからな。取り消せないぜっ!これからはお前は技を繰り出すたびに『ソフトバニラクリーム』と叫ぶんだっ!ひゃー、まともなやつだったら赤面しちゃうなっ!


だが魔落ちスライムはまともではなかった。では『ソフトバニラクリーム』と叫んだのかと言うとそうではなく、折角私が名付けてやったかっこよくも恥ずかしい名前を無視したのだ。

ちっ、こいつどこまでもルールを無視するやつなんだな。そんなんじゃ友だちだってできないぞっ!


さて、そうは言っても初手でスライムが負けてしまっては魔落ちスライムが次の技を繰り出す必要も無くなってしまう。なのでスライムにはさらりと避けてもらおう。


どか~んっ!


低重音な爆発音と共にスライムは魔落ちスライムが放った初手をまともに喰らい吹き飛んだ。うんっ、こいつらどこまでも自由だな。予定調和という言葉を知らないのか?やりにくいったらありゃしない。

しかし、吹き飛びつつもスライムはそれ程ダメージを受けていない。この種明かしはやはりレベルにあった。そう、確かにスライムは魔落ちスライムに体を乗っ取られたのだが精神までは排除されなかった。なので魔落ちスライムがズルして手に入れたLv10億という能力ともまだリンクしていたのだ。

なので自動的に防御システムが作動し魔落ちスライムの攻撃を防いだのである。


「ちっ、ぬかったわっ!まだこいつとのリンクを解除していなかったかっ!キャンセル・コールっ!対象:目の前の雑魚キャラっ!」

自身の落ち度をなかった事にするべく、魔落ちスライムはゲーム世界とスライムとのリンクを遮断する要望をコールした。それに対してゲーム世界を束ねる何かが返答を返してくる。


[ぴろり~ん。クライアントからの依頼を受理しました。当ゲームと異世界のリンクを遮断します。]

[ぴろり~ん。ゲーム初期設定外の存在を認識しました。予想される存在は異世界のスライムです。なのでデリートコマンドの対象外です。よって仮アカウントを発行します。これにより正式な存在として登録されるまで異世界のスライムは当ゲーム内で既存スライムと同等の行動を許可されます。]

[ぴろり~ん。仮アカウントを発行されたスライムのレベルを異世界でのレベルと同等なものへ変更します。]

[ぴろり~ん。仮アカウントを発行されたスライムのLvが2から6.1にレベルアップします。]

[ぴろり~ん。バクが発生しました。Lv値に整数以外の数値が代入されています。仮処理としてLv値を切り上げて登録し直します。]

[ぴろり~ん。仮アカウントを発行されたスライムのLvが7にレベルアップしました。]


魔落ちスライムがスライムとゲーム世界のリンクを断ち切った事によりスライムの身に色々な事が一辺に起こった。それらを簡単にまとめるとゲームプログラムはスライムを異物として感知したのだが、ゲーム自体にはスライムを排除する能力がないので仮アカウントを与えて取り合えず整合性を保とうとしたらしい。

だが次にスライムのレベルを登録した際にまた不具合が発生した。なのでまたしても仮処理としてスライムのレベルを6.1から7へとして切り抜けたらしい。

ここら辺はプログラム故の融通の無さと、メインコードを書いたプログラマーの危機回避処理の優秀さが光るところだ。はい、例のアホプログラマーとは格が違うね。さすがだなぁ。


だがこれらの処理によってスライムは非常にまずい立場となった。何故なら魔落ちスライムと同じ土俵に立つ事になってしまったからだ。しかもレベルは少し上がったがそれでもLv7ある。この値ではLv10億を誇る魔落ちスライムにはどう転んでも太刀打ちできない。

しかし、当のスライムは全然気にしていないようだった。まぁ、確かにスライムにとってはLv10億とリンクしていたという事実を認識していなかったのだから気にしようもないらしい。これぞ、『知らないが故の幸せ』と言うものなのか。

だが知らないからと言って戦いに勝てる訳ではない。ましてや相手のレベル値は10億なのだ。なのでスライムは魔落ちスライムが放った次の攻撃で塵と消え・・なかった。いや、魔落ちスライムの放った攻撃は確かに然程強力なもので無かったが、それでもLv7のスライムを消し去るには十分な威力であった。

しかし、スライムはそれを防いでしまった。Lv7のスライムがである。当然それにはカラクリがあった。そのカラクリとは?


じゃじゃ~んっ!高性能秘密兵器『ヴァル』ニューバージョンっ!

そう、実は高性能秘密兵器『ヴァル』もスライムの付帯物としてゲーム世界とリンクしていたのだ。そして魔落ちスライムはスライムとゲーム世界とのリンクは切断したが、『ヴァル』の切断までは依頼しなかった。つまり見落としていたのである。

なので『ヴァル』は今もゲーム世界とリンクしており、このゲーム世界に特化した進化を遂げていたのだ。しかもその進化は魔落ちスライムを基準にしたものなので凄まじい能力を有してしまった。それを簡単に数値で表すと下記のようになる。


物理攻撃力:Lv99

物理防御力:Lv99

魔法攻撃力:Lv99

魔法防御力:Lv99

はい、これって魔王や勇者レベルです。つまりこのアイテムを所持すれば魔王や勇者と同等の能力を手にした事と同じ事になるのです。うんっ、すごいな。ご都合主義というより迷走している気がする・・。


しかし、自身の攻撃が『ヴァル』によって防がれた事を知ると魔落ちスライムはそれを笑い飛ばしてきた。


「これはぬかったな。だがそんなものに頼らねばならないとは、やはりお前は底辺だ。しかし、お遊びはお終いだ。そのアイテムのリンクも断ち切ってやるっ!キャンセル・コールっ!対象:目の前のアイテムっ!」

魔落ちスライムは今度は高性能秘密兵器『ヴァル』に対してゲーム世界とのリンクを切断する要望をコールした。それに対してゲーム世界を束ねる何かが返答を返してくる。


[ぴろり~ん。クライアントからの依頼を受理しました。当ゲームと対象物のリンクを遮断します。]

[ぴろり~ん。リンクの切断に失敗しました。現在原因を調査中です。]

[ぴろり~ん。現在該当アイテムは稼働中です。切断するにはアイテムを停止させて下さい。]


「ちっ、面倒なっ!だが手が無い訳ではないっ!キャンセル・コールっ!強制執行っ!対象:目の前のアイテムっ!」

えーと、一々説明し直すのは確かに面倒ですが説明しましょう。魔落ちスライムはスライムの時と同様に高性能秘密兵器『ヴァル』に対してもリンクを遮断する要望しました。

だが生憎、高性能秘密兵器『ヴァル』は稼動状態にあったらしくゲーム世界を束ねる何かはリンクの切断に失敗したらしい。そう、稼動状態のアプリケーションは外部からの接続干渉を拒否するのだ。

なので対応策としてゲーム世界を束ねる何かは高性能秘密兵器『ヴァル』の稼動状態を停止させろと言って来たのである。

しかし、高性能秘密兵器『ヴァル』は今スライムの手にある。それを取り上げるのは『ヴァル』が魔王と同等のレベルを有している現在中々難しい。なので魔落ちスライムは奥の手として強制執行を敢行した。

これは読んで字の如く、それを行う事によってどの様な不具合が起きようとも気にする事無く強制的にリンクの切断を強行せよと命令するものである。つまり最終奥義のようなものだ。これに抗えるアプリケーションはプログラムの構造上存在しない。

だがそんな無敵命令を持ってしても高性能秘密兵器『ヴァル』のリンクは切断できなかった。


[ぴろり~ん。クライアントからの依頼を受理しました。当ゲームと対象物のリンクを強制遮断します。]

[ぴろり~ん。リンクの強制切断に失敗しました。現在原因を調査中です。]

[ぴろり~ん。現在クライアントは対象物へのアクセス権を有しておりません。切断するにはアクセス権を取得して下さい。もしくはパスワードを入力して下さい。]


「ちっ、パスワードを設定していたのかっ!しかも管理権限まで標準管理者から変更しているとはやるじゃないかっ!いいだろう、ならばまともに相手をしてやるまでだっ!だが所詮Lv99など魔王レベルでしかない、私のLv10億の前には竹光ですらないわっ!無駄に足掻いて惨めに死ぬがいいっ!」

えーと、本当に説明が面倒なので魔落ちスライムは高性能秘密兵器『ヴァル』とゲーム世界とのリンク切断を諦めたと思って下さい。なのでこれからは漸くガチのバトルが始まります。


■章■46あの丘の向こうへ


さて、はからずしも超高性能化した『ヴァル』によって魔落ちスライムの初手を防いだスライムであったが、その後の魔落ちスライムの一人語りについていけず、またしてもうとうととしていた。

その態度に当然魔落ちスライムはブチ切れ、スライムに対して再度強力な攻撃を仕掛けた。しかも今回は世界の定石におもねったのか、ちゃんと技の名前を口にしてきた。


「寝ている場合かっ!この底辺魔物がっ!喰らえ、バトル・ビクトリーっ!」

はい、ネーミングセンスとしては60点かな。直訳すると『戦いの勝利』、うん、全然捻りがない。こんなんじゃ昨今のキラキラネームには勝てないよ。ここはもっと中二者の心をくすぐるような名前にしないと人気はでないと思うなぁ。

だがネーミングセンスはアレだったがその威力は凄まじいものだった。おかげでうとうととしていたスライムも一発で目が覚めたようである。因みに魔落ちスライムからの攻撃自体は超高性能秘密兵器『ヴァル』が自動的に防ぎました。うんっ、働き者だな『ヴァル』よ。


「うわっ、びっくりしたっ!なんだ?何が起こった?」

「ちっ、私が説明してやっていると言うのに寝ているとは重ね重ねいい度胸だな。いいだろう、そもそも消滅させる相手に説明など不要だった。消し飛べ底辺っ!トリプル・ブラスターっ!」

スライムの態度に相当ムカついたのか、魔落ちスライムは再度攻撃を仕掛けてきた。しかも今度はしれっと攻撃種類を変えてくるという念のいれようである。

因みにトリプル・ブラスターはその名の通り三つの火炎を同時に三方向から投げつける技です。うんっ、まんまだね。やっぱりネーミングセンスがないよ。


さて、当然この攻撃も超高性能秘密兵器『ヴァル』が自動的に防いだが、その反応速度と防御強度が目に見えて遅くなっていた。これは多分魔力切れだ。そう、超高性能化したアイテムは魔力の消費率もべらぼうに高くなるのである。

もっとも普通は所有者がその消費した分を補充するのだが如何せんスライムはLv7ある。とてもではないが、超高性能なアイテムに補充できるほどの魔力は持っていなかった。

そしてゲーム世界からのリンクを介した補充も、リンクの回線が細いのか補充が消費に追いついていなかった。つまり戦闘開始から3分も経たずしてスライムは追い込まれてしまったのである。

しかし、ここでスライムは奥の手を出してきた。その奥の手とは?


じゃじゃ~んっ!新品の交換用魔石チューブっ!


そう、スライムは魔王と魔落ちスライムが戦っていた時にちゃっかり大広間に転がっていた魔石チューブを拾っていたのである。しかも三つもだっ!

まっ、ここら辺に関しては突っ込んではいけない。決して今思いついた訳ではない。ちゃんと伏線は張ってあった。・・あったよな?あれ?なかったっけ?

まぁ、細かい事は置いておこう。スライムはしれっと『ヴァル』に交換用魔石チューブと火炎の燃料であるナパームの入った袋を取り付けると、今度は魔落ちスライムに対して攻勢に出た。


「おらおらおらっ!俺だってやられてばかりじゃないんだぜっ!喰らえっ、『火炎』改め『地獄の業火』っ!」

スライムは魔落ちスライムのネーミングセンスに対抗するつもりなのか、『ヴァル』の攻撃手段である『火炎』に新しい名称を付けて発射ボタンを押した。


ぶおーっ!


スライムに名前をつけて貰うと覚醒するという設定はどこかで見た気もしなくはないが、今回の火炎は今までのに比べて数倍威力が増していた。おかげで魔落ちスライムもあっという間にこんがりと・・はならない。

そう、魔落ちスライムは自らの周りに防炎処理を施したシートを展開させ『地獄の業火』の熱を防いだのだ。因みにそのシートには、ちゃんと『JIS規格』に合格した証であるJISマークが付いていた。つまりメイドインジャパン製である。

さすがは日本製。信頼性が高いんだね。まっ、当然か。だってこのゲーム世界って日本のゲームだものな。


しかし、火炎攻撃が魔落ちスライムに防がれるのはスライムも織り込み済みだったらしい。なので間をおかずに次の攻撃を仕掛けた。


「まだまだまだっ!次は『鉛玉』改め『ガトリング・シャワー』だっ!」

スライムはそう叫ぶとまたしても高性能秘密兵器『ヴァル』の筒先を魔落ちスライムに向けボタンを押す。するとこれまでは単発の鉛玉しか放てなかった『ヴァル』から無数の鉄鋼弾が発射された。その発射速度足るや毎分6千発にも及ぶ。おかげで発射音が繋がって聞えたほどである。


ブオーンっ!


この攻撃に対して魔落ちスライムは魔力シールドにて対抗した。まっ、簡単に言うとバリアだね。なので魔落ちスライムに向かった鉄鋼弾はピンピンと甲高い音を発しながら四方八方に弾け飛んだ。

しかし、魔力シールドは鉄鋼弾を貫通こそさせなかったがその衝撃までは吸収しないらしい。なので魔落ちスライムはその圧力に押されてずるずると後退した。


「ちっ、たかが小口径弾と甘く見たかっ!だがこれ程の弾幕、長くは持つまいっ!弾切れをおこした時がお前の最後だっ!」

いや、魔落ちスライムよ。お前ゲーム内の住人の癖して何現実的な話をしているんだ?ここはゲーム内世界なんだぞ?弾切れなんか起こす訳ないじゃんっ!ゲームを甘くみるんじゃないよっ!

そう、ゲームとは結局プレイヤーに対する娯楽の提供だ。なのでプレイヤーの攻撃手段である銃撃に対して弾薬切れなどという興ざめな設定は採用されないのだ。何故なら撃って、撃って、撃ちまくるっ!これがシューティングゲームの醍醐味なのだから。


だが、何故か魔落ちスライムに対する弾幕は3秒ほどで止まってしまった。ただこれは弾切れではなく、連続射撃の反動にスライムが耐え切れずにひっくり返った為に射撃の軸線がずれた為だ。そう、銃架に固定されていないガトリング砲を生身でぶっ放すなど映画の世界でなければ有り得ないのである。


「ぐわーっ、反動が強すぎるぅ~。」

発砲の反動により暴れまわる『ヴァル』に振り回されながらもスライムは発射ボタンを離さない。なのでくるくると回転しながら四方八方へと銃弾をばら撒いていた。おかげで魔落ちスライムもスライムに対して攻撃を仕掛ける事が出来ないようである。

なので魔落ちスライムはスライムに対して忠告した。


「発射ボタンから指を離せっ!そうすれば止まるからっ!」

「えっ、あっ、そうか。」

魔落ちスライムの忠告にスライムは握り締めていた発射ボタンから指を離す。途端に『ヴァル』は発砲を停止した。うんっ、さすがは高性能な兵器だ。クックオフなんか起こさないんだね。

因みにクックオフとは連射しているうちに銃身が発射熱により加熱され、その熱がチャンバー内の薬莢に伝わって発射薬が自然発火してしまい引き金を引いていないのに銃弾が発射されてしまう現象です。


さて、漸く銃弾の嵐が収まると、魔落ちスライムがスライムに対して文句を言ってきた。

「貴様っ、身の丈に合った武器を選ばんかっ!お前は大剣に憧れる中二かっ!もしくは反動を無効化する仕組みをちゃんと組み込んでおけっ!」

「いや~、話で聞いたのとは違ったなぁ。何かシュワちゃんは出来たらしいんだけど・・。」

「映画俳優と自分を一緒にするんじゃないっ!そもそもお前とシュワちゃんは体格からして違うだろうがっ!」

「むーっ、やっぱりそうか。でかくならないと駄目なんだな。」

「そうだ、だから勇者なんかも結局魔法系の助力を得て戦うだろう?」

「あっ、あれってそうゆう事だったのかっ!そうかぁ、確かにいつも思っていたんだよ。なんで剣を持っているのに最後は魔法で決着つけるのかなってっ!そうかっ、あれって体格差故の致し方ない選択だったのかっ!」

「そうさ、ただ勇者といえば『剣』というテンプレが既に出来上がっているから今更替えられないんだ。それに勇者が魔法オンリーで戦うと魔法使いと被るからな。そうなると魔法使いの存在意義がなくなってしまう。」

「そっかぁ、確かに。同じ属性で片方がやたらと凄いともう片方は肩身が狭くなっちゃうもんなぁ。かと言ってお色気担当だけの存在としてメンバーに組み込むなんて魔法使いに失礼だもんな。」

「そうゆう事だ。適材敵所、役割分担がきちんとされている事がパーティを円滑に運営してゆくコツなんだ。」

「う~んっ、あんたさすがはゲーム世界出身なだけはあるぜ。ゲームバランスの事をちゃんと理解しているんだな。」

「当然だっ!この世界は私の為にあるっ!その世界を理解するのは私の義務でもあるのだっ!」

「でも、だとしたらLv10億はゲームバランスを破綻させてるんじゃないか?」

「うっ・・、さぁお喋りはここまでだっ!次こそは粉々にしてやるから覚悟しろっ!」

鼻高々にゲームのバランスについて自慢していたら、突然スライムから自分のレベル値を指摘されて魔落ちスライムは口ごもった。そして自分だけは特別だっ!とは言いづらかったのかお喋りを切り上げて有耶無耶にした。

はい、ここで自分がルールだっ!と言い切れないところがまだまだ精神的に駄目ですね。大人になるとまるでそれが当たり前だとでも言うように相手を攻撃するもんなのだが・・。


さて、ハプニングにより途中で止まっていた戦闘がスライムの無垢な突込みを契機に再開された。だが魔落ちスライムも高性能秘密兵器『ヴァル』の無双振りには懲りたのか、今度は魔法戦を仕掛けてきた。

そう、魔法戦ならばスライム自身のレベルが大きく関与してくる。そしてスライムのLv値はちょっとオマケして貰っても高々Lv7である。つまり魔法戦では圧倒的に魔落ちスライムが有利なのだ。

なので魔落ちスライムは一気にケリをつけるべく容赦ない高威力魔法にて攻撃を仕掛けた。


「喰らえっ、精神破綻魔法っ!ヘブンズ・サイコパスっ!」

「うわっ、な、なんだぁーっ!目の前が薔薇色だぁっ!しかもなんか幸せな気分になったぞっ!うほっ、ここってアニメが見放題だぁっ!」

魔落ちスライムの魔法攻撃によりスライムは高性能秘密兵器『ヴァル』を手放して幻を見ていた。そう、魔落ちスライムが放ったヘブンズ・サイコパスとは相手に幸せな幻想を見させて精神的に現実に戻りたいと思わせなくする魔法だったのだ。つまり簡単に言うと『引きこもり誘引魔法』である。

しかも魔落ちスライムはスライムが幻想を見ている間に高性能秘密兵器『ヴァル』とゲーム世界とのリンクを遮断してきた。そう、念には念の強かな対応である。


「キャンセル・コールっ!強制執行っ!対象:目の前のアイテムっ!」

[ぴろり~ん。クライアントからの依頼を受理しました。当ゲームと対象物のリンクを強制遮断します。]

[ぴろり~ん。リンクの強制切断が完了しました。]

前回とは違いスライムの手を離れた高性能秘密兵器『ヴァル』はあっさりとゲーム世界とのリンクを遮断されてしまった。前回はやれアクセス権がないとか、パスワードを入力しろとか言ってきたのだが今回はすんなりリンクの強制切断が行われたようである。

さすがはプログラム。ちゃんと手続きに則って処理すれば素直なものである。


さて、高性能秘密兵器『ヴァル』の無双の源であったゲーム世界とのリンクを断ち切った魔落ちスライムは、ならば次にスライムを攻撃するかと思われたが何故か手を出さない。

その理由は、これまでの戦闘でとある事に気づいたからだ。それはスライムと魔落ちスライムは今までリンクを介して同調していたという事だ。なのでこちらのゲーム世界でスライムを消滅させるとかなりの確率で魔落ちスライムにも影響がでる事に思い当たったのである。

そう、こちらのゲーム世界ではスライムと魔落ちスライムは表裏一体。コインの裏と表な存在だったのである。

故に魔落ちスライムは危険を避ける為にスライムの自滅を待つ事にしたらしい。

さて、皆さんはもう忘れているかも知れないが、スライムが魔落ちスライムによってこちらのゲーム世界へ強制的に飛ばされた際に、とある存在から異世界に残された本体と意識が660秒以上離れた場合、元に戻せる確率は二次曲線で低下すると警告を受けていた事を思い出して欲しい。

そしてスライムがこちらのゲーム世界へ来てから既に600秒近い時間が過ぎていた。つまり後60秒ほどでスライムの本体と精神はこちらの世界と元々スライムがいた世界とで分離してしまうのだ。

そしてスライムの精神がこちらのゲーム世界に取り残されれば当然リンクも無効となる。何故ならスライムは完全にこのゲーム世界のキャラクターとなるからだ。

そしてこのゲーム世界は魔落ちスライムの支配下にある。なので魔落ちスライムとスライムの間にあった表裏一体関係も魔落ちスライムの意志で難なくキャンセル出来るのである。

なので魔落ちスライムはその時が来るのを待ったのだ。


そんな魔落ちスライムの意図を知る由も無いスライムは、今幻想の中で呑気にアニメ三昧である。

「うひょ~、この虎パンツの鬼っ娘サイコーっ!アホな主人公なんかもっとボコボコにしちゃえっ!」

「くっ、この管理人さん可憐過ぎる・・。というか男運悪過ぎないか?」

「ほうっ、この半妖の犬っころ、やる時はやるじゃないか。だが剣に取り込まれるなんてダセー。」

「あははははっ、水を掛けられて女体化するとしたら海では泳げないな。まっ、俺も海は苦手だよ。海水は別に平気なんだけどお日様が強過ぎるからなっ!」

うんっ、敢えてタイトルは出さないけどなんのアニメを見ているのかはばればれだ。でもそれらは既に古典の領域である。出来れば最新の『境界の○○○』も見たいところだが残念ながら資料が手元に無い。

なのでスライムは高橋留美子先生のアニメ作品を堪能すると次のアニメを見始めた。だが、ここで魔落ちスライムはミスをした。そう、スライムが次に見たアニメは『例』のアニメだったのである。


その作品は運命の糸に手繰り寄せられるように魔王と勇者が出会うシーンから始まる。

そして何故かそのアニメの魔王は女性だった。当然勇者は童貞だ。

なのでラブラブ展開が繰り広げられるかと言うと差にあらず。そこには当然のように困難が邪魔をするのだ。しかし、そんな困難をふたりはそれぞれの信念で克服してゆく。その対価は己が命。

最終的には予選落ちした魔王候補が禁断のチカラを手に入れて勇者たちと対峙し、結局負けてしまう。でもその魔王候補は話の中では脇役ですらなく、本当の敵は人間側にいたという展開。だがそれとて魔王と勇者の敵ではなかった。そう、最後に勝つのは『愛』なのであるっ!

うんっ、こんな歌詞の歌があったな。相当昔だけど・・。しかもこのアニメ設定スライムたちと丸被りしてるよ・・。なんだかなぁ。


さて、そのアニメを見た事によりスライムは自分を取り戻した。そして自分の使命を思い出したスライムは幻覚を打ち破る。


「ふぁ~、良く寝たぜっ!んっ、なんだ魔王候補くん、まだいたのか?」

「誰が魔王候補だっ!というか私は既に魔王を倒している。故に私は候補ではないっ!真の魔王だっ!」

「あっ、そうなんだ。でも気をつけた方がいいよ、なんか最近は魔王も脇役らしいからさ。やっぱりなるなら勇者だよ。これはもう鉄板だねっ!」

「ほざけっ!勇者など所詮チカラ無き者たちが望むその場限りの願望よっ!災いがされば忘れ去られる存在でしかないっ!」

「あーっ、そうかも。でも大丈夫さ、勇者はそんな事気にしないよ。だってそれが勇者だからね。」

「ふんっ、それこそが願望が生み出したものよ。つまりやつらにとっての便利な存在なのだ。やつらは自分で何とかしようとせず、チカラのある者に頼るのだ。そうっ、自らがチカラを得て問題を解決しようとすらしない。そんなやつらが生み出した幻想などに誰がなるかっ!」

「おーっ、一理あるな。そうか、あんたも結構苦労しているんだねぇ。」

「うるさいっ、思い出させるなっ!お前とはリンクによって繋がっていたせいか人に言われるよりカチンとくるっ!だがそのリンクも断ち切った、もはやお前を葬るのに何の躊躇いも無いっ!消えて無くなれっ!」

魔落ちスライムはスライムとの掛け合いを強制終了させて物理的な攻撃を仕掛けてきた。そう、今のスライムは高性能秘密兵器『ヴァル』の無双を無くしているので物理攻撃でも簡単に倒せるのであった。


だがスライムはそんな魔落ちスライムからの物理攻撃をぎりぎりのところで回避する。そして啖呵をきった。


「ざけんな、魔王候補止まりっ!俺はお姫様たちと一緒にあの丘の向こうを目指すんだよっ!お前なんか前座にしか過ぎないんだっ!お前こそとっとと消えやがれっ!」

そう言うとスライムは魔落ちスライムに飛び掛った。だが如何せんスライムのレベルはちょっと上げて貰っていたがLv7である、なのでその攻撃は当然魔落ちスライムには効かない。


「あれ?なんで?夢の中ではこれで魔王候補止まりは吹っ飛んでいたんだけど?」

「夢と現実を混同するなっ!お前は中学生かっ!」

スライムのボケに魔落ちスライムが的確に突っ込む。うんっ、やっぱりこいつら呼吸が合っている。伊達にリンクで繋がっていた訳じゃないんだな。


だが実際にはこのゲーム世界においてスライムと魔落ちスライムの実力には天と海底ほどの差がある。だが魔落ちスライムは相当頭にきていたのだろう。一瞬で瞬殺しては気持ちが収まらないと思ったのか、スライムをじわじわと痛めつけながら殺す事にしたようだった。

その後スライムはぼろ布のように魔落ちスライムに弄ばれた。


「ほらほらっ、先程までの勢いはどうしたっ!所詮お前は私の能力を掠め取っていただけの底辺魔物なのだっ!それがなくなればレベル5の人間にすら駆逐される儚い存在でしかないっ!くくくっ、スライムに生れ落ちた事を後悔して死んでゆけっ!」

「ぐふっ、なんて強さなんだ・・。全然手が出せない・・。くそっ、チカラが・・、俺のチカラはどこにいったんだ・・。」

「貴様のチカラだと?そんなものは最初から無かったと言っておろうっ!お前は私に倒された魔王と同様に私のチカラを掠め取ってイキがっていた盗人に過ぎないのだっ!くくくっ、悔しいかっ!悔しいであろう、一度は身に合わぬほどのチカラを手にしていただけに惨めさが身を切り裂くであろうっ!だがこれが現実だっ!さぁ、お遊びはこれまでだ。細胞のひとつすら残さずに消してやるっ!」

魔落ちスライムの言葉にスライムは現実の格差というものを実感していた。確かに今のスライムはLv7でしかない。そのスライムがLv10億の魔落ちスライムに勝てる訳が無いのだ。


なのでスライムはチカラを欲した。昔は努力すればいずれ自分もチカラを得られるのだと信じて鍛錬していた。そして少しずつ実力が付いてきた事も実感できた。だがそれらは嘘であった。確かに能力は向上したがそれは全て別世界のゲーム世界とリンクしていたが故の『ズル』だったのだ。

所詮スライムは底辺魔物でしかない。そのスライムが上を目指そうとするならばその方法は『ズル』しかないのだ。『ズル』の前には努力など如何程の成果も成しえないのである。

故にスライムはチカラを欲した。ズルでもなんでもいい、今自分の前にいる存在と戦えるだけのチカラさえ手に出来れば命すらくれてやると思った。


そしてその時、そんなスライムにどこからか微かな声が届いた。

その声はスライムにこう告げた。


[諦めないで・・、君に僕のチカラをあげる。だから闇に飲み込まれないで・・。]


■章■47みんなの勇者、みんなが勇者


[諦めないで・・、君に僕のチカラをあげる。だからお願い・・、自分に負けないで・・。]

その声はとても微かなものだった。しかしスライムはその言葉に自分の全てをスライムへ捧げようという強い意志を感じとった。しかもその言葉を皮切りに次々と様々な言葉がスライムの元に集まってきたのである。


[僕のもあげるよ。]

[私のもあげるわ。]

[僕のも使って。]

[私ものも・・。俺のも・・。]

それらの声と共に小さなチカラがスライムの中に入ってくる。

それらひとつひとつのチカラはとても小さいものだったが、スライムの元に集まってくるそれらの数は膨大だった。しかも次々と途切れる事無く集まってくる。


だがそれでもアホなプログラマーの仕込んだズルコードによって効率よくチカラを搾取していた魔落ちスライムのレベル値には遥かに及ばない。

しかしスライムの元に集まってきたチカラは、魔落ちスライムがズルによって得たチカラとは質が違った。そう、スライムの元に集まったチカラはひとつひとつは小さくとも、その純度はまさに100%。混じり物などを一切含まない純粋なチカラだったのだ。

それらこそが、このゲームを創作した者たちがそれぞれのキャラクターに託した思いであり熱意であった。それらの熱意がアホプログラマーのズルによって汚されたゲーム世界を修正しようと集まってきたのである。


それは何故か?実はゲーム内のキャラクターはゲームにおけるルールに縛られていた。それ故ルールを無視する存在に『数値』としての能力では敵わない。

だが異世界の存在であるスライムは、このゲーム世界のルールが適用されない存在であった。故に彼らはスライムに賭けたのだ。そして自らの全てをスライムへと託した。つまりスライムはこのゲーム世界において希望の光、勇者となったのである。


「なんだっ、何が起こっている?何故こいつにチカラが集まるのだっ!」

自分が理解出来ない出来事を目の前にし、魔落ちスライムはたじろいだ。だが数こそ莫大だがそれらはチカラの絶対量では魔落ちスライムのLv10億に到底届かない。

その事を見切った魔落ちスライムは、一瞬でもおののいた自身の態度を忘れ去ろうとでもするかのように声高にスライムへと言葉を吐き捨てた。


「ふんっ、どうやったかは知らぬが取るに足らぬチカラを幾ら集めようとも私には勝てぬ。だがこの世界で私に逆らう者がいる事は我慢ならんっ!故に貴様を血祭りにした後、そいつらも粛清してやるっ!死ねっ、雑魚キャラがっ!出でよっ、グランド・ゼロっ!」


ごごごごごっ、どかーんっ!


失言に対する恥ずかしさの裏返しなのか、魔落ちスライムは信じられないほどのエネルギーをスライムへぶつけてきた。しかし、スライムはそれをあっさり弾き飛ばした。


ぽいっ!


「えっ?な、なんで?」

これまた信じられない光景を目の当たりにし魔落ちスライムは目を点にしてきょどった。と言うか相当驚いたのか口調が幼い子供のそれに変わってしまっている。それに対してスライムが当たり前だと言わんばかりに告げてくる。


「判ってねぇなぁ。あんたもしかしてこのチカラの輝きが見えていないのか?」

「いや、見えるけど・・、だがそれだって僕のLv10億には程遠いだろう?」

「レベルか・・、まっ数値上ではそうだよな。でもあんたのレベル値とこのチカラは質が全然違うんだよ。例えるならばあんたのレベルはガラス玉のカケラの集まり。それに対して俺がみんなから貰ったチカラはダイヤモンドなんだっ!つまり輝きが違うのさっ!」

スライムの説明に、魔落ちスライムは核心を突かれたかのように言い返す言葉が見つからないようである。おかげでしょうもない言葉の言い替えで反論してくる。


「ガ、ガラス玉だって必要なんだぞっ!確かにダイヤモンドは貴重かも知れないけど、ガラスは安価故に生活に密着しているんだっ!ダイヤじゃ窓ガラスは作れないんだからなっ!」

「そうだな、だがお前は窓ガラスなど作らないだろう?自分ではやってもいない事を、さも自分がやっているように言うのはどうかと思うぜ?」

「うるさいっ!僕は全ての者の上に立つ者なんだっ!この世界では僕が一番なんだよっ!その僕に意見するなんて10億年早いんだっ!一辺死んで出直して来いっ!グランド・ゼロ・マキシマっ!」

そう言うと魔落ちスライムはまたしてもスライムに攻撃を仕掛けた。しかも今回は3方向から同時である。しかもそれらは互いに干渉しあい威力が倍化している。おかげでスライムに命中する前から突風が吹き荒れたほどである。なのでこれはちょっとスライムにも避けようが無なかった。


ぶおーっ!


だがスライムは元々この攻撃を避ける気すらないようだ。と言うか前回同様、またしても魔落ちスライムの攻撃を軽く弾いてしまった。


ぽいっ!ぽいっ!ぽいっ!


「きーっ!、なんでだっ!有り得ないっ!Lv7のお前がLv10億の僕の攻撃を弾き飛ばすなんて、お前は絶対ズルをしているっ!」

「Lvが7の者はLv10億には絶対勝てない?まぁ確かに普通はそうだよな。だってそうゆうルールなんだから。でもお前はルールを無視してズルをした。ならばズルで返されても文句は言えまい?」

「うるさいっ、僕は特別なんだっ!このゲーム世界では僕がルールなんだっ!」

「ほざいてろ、そんな独りよがりのルールがまかり通るゲームを誰がするかってんだ。でも俺は優しいからな。付き合ってやるよ。但しズルなら俺はお前なんかには負けないぜっ!一辺自分の攻撃力を喰らってみろっ!時間反転魔法っ!返し矢っ!」

スライムがそう唱えると先程スライムが弾き飛ばしたグランド・ゼロ・マキシマのエネルギーが忽然と現れ、今度は魔落ちスライムに向かってゆく。その事に魔落ちスライムはパニックになりながらも最大出力で防御体制を敷いた。


「うわーっ、バっ、バリアーっ!いや、アルティメット・シールド展開っ!出力マキシムっ!」

魔落ちスライムはグランド・ゼロ・マキシマが自身に命中いる寸前になんとか防御用のシールドを展開する事ができたようだ。だがそのシールドはスライムがやったようにエネルギーを反らすものではなく、ガチンコで真っ向からぶつかり合い攻撃を防ぐものだったので衝突点に凄まじい反応エネルギーを生じさせた。


ピカリっ、ぱーっ!


ぶつかり合ったふたつのエネルギーはまず光となってそのエネルギーを周囲に撒き散らした。もっともその強度は並みではない。おかげで本来は質量がないとされる光子が凄まじい圧力となって周囲にある全てのモノを吹き飛ばした。

おかげで周囲は真空状態になる。そして光が消えた時、今度は真空になった圧力差を均衝すべく、爆心地に向けて周囲から空気が爆風となってなだれ込んできた。

その空気の壁を、今度は光のエネルギーから一瞬遅れて発生した熱エネルギーが熱波となって押し返した。その衝突により中心部分に向かっていた空気の壁は圧縮熱を全て自身に取り込み更に加熱する。そしてとうとう10億度もの高温になった。

10億度の高温と衝突による信じられないほどの高圧力により、とうとう空気を構成していた酸素分子が核融合反応を起こし始める。その放出された新たなエネルギーがまた次の核融合を促進し魔落ちスライムの周囲は一瞬で凄まじい熱と圧力、そして光に包まれた。

もっとも、核分裂反応と違い核融合反応は持続させるのが大変難しい。追加で注入するエネルギーがほんの少し足りないだけでその反応は止まってしまうのだ。なので今回も時間的には僅か0.3秒しか核融合反応は持続しなかった。

だがそんな短時間でも放出されたエネルギー量は魔落ちスライムが保有していたエネルギー量を凌駕していた。なので反応が収まった時、そこに魔落ちスライムの姿はなかった。

当然側にいたスライムも塵すら残さず消え去っているはずだった。しかし、何故かスライムはそこにいた。そう、どう対処したのかは判らないがスライムは無事だったのである。

勿論この事に関しては詳細な調査を行えばその理由は判明するだろう。だが今それを追求するのはヤボである。スライムは魔落ちスライムと戦い勝利した。この事実さえあれば全ては丸く収まるのだから。


だが戦いに勝利したはずのスライムはまだ気を解いていなかった。そして直径4キロメートルはありそうな爆心地に立ち、更に気を高めていた。そしてスライムはとある魔法を口にした。


「破壊は再生を産み、時間は成長を促進する。出でよ、フレイヤっ!我は我のチカラを対価として命ずる。この破壊された世界を再生せよっ!」

スライムが詠唱を終了すると回りはまたもや光に包まれる。だがその光は優しく暖かなものだった。そしてその光の中心にはひとりの女神がいた。そう、その女神こそ北欧神話において、美・愛・豊饒・戦い・そして魔法や死の守護神たるの太母神『フレイヤ』であった。


そして女神フレイヤはスライムの願い通りにこの破壊された世界を再構築してゆく。もっともそこにはチートはなく、ひたすら大地の再生能力を加速させるという通常の手段がとられた。

但しその時間軸の加速具合はチートと呼んでもおかしくないものであった。そう、女神は本来なら10万年は掛かる再生をたった1分ほどで仕上げてしまったのである。

おかげでスライムも気を抜くとあっという間に歳を取りそうになった程だ。だがそこは何なとか踏ん張ってスライムの加齢は精々100年ほどですんだ。

もっとも如何に魔物なスライムでも100年は長い。なので女神フレイヤが再生を完了した時、スライムはヨボヨボになっていた。まっ、本来なら10万年経っているのだから命があるだけ儲けモノである。


「むーっ、ばあさんや、わし、昼飯を食べたかのぉ。」

いきなり歳を取ってしまったスライムは女神フレイヤに対して定番のギャグを噛ます。もっともこれは冗談ではなく本当に老化してしまったのだろう。その言葉に女神フレイヤは己の失敗を悟り、スライムに逆再生を施す。


「ぐわーっ!あぶねぇーっ!なんか本物の三途の川が見えたよっ!思わず硬貨を探したけど持ってなかったから船に乗せて貰えなかったよっ!逆にラッキーっ!」

元の姿に戻ったスライムは臨死体験までしたらしい。まっ、100年一辺に歳を取ったらそうなるわな。でもスライムの平均寿命ってどのくらいなんだろう?


だが、本来お馬鹿なスライムはあまり悩まないたちらしい。なので女神フレイヤが再生した世界を確認すると上機嫌で今は亡き魔落ちスライムに啖呵をきった。


「見たかっ、ボケナスっ!これが希望のチカラだっ!チカラってのは使いようなんだよっ!今度生まれ変わる時まで覚えておけよっ、今畜生っ!」

はい、確かに女神フレイヤを召喚したのはスライムのチカラだが実際に修復したのは女神だからね。まるで自分が全てやったかのように言うのはどうかと思うぞ。


だがそんなスライムも自分にチカラを分けてくれたみんなに感謝の気持ちを伝えるだけの器量はあったようである。

「ありがとう、みんなのおかげで勝てたよ。これが仲間同士助け合うって事なんだね。本当にありがとう。」

そんなスライムの言葉に世界中からお礼の言葉が集まってきた。


「ありがとう、この世界を救ってくれて本当にありがとう。」

その言葉を耳にしスライムは何かをやり遂げた満足感に意気揚々となった。だが既にスライムがこちらのゲーム世界へ来てから1200秒以上経っている。どこからか聞こえてくる例の声の忠告である[異世界に残された本体と意識が660秒以上離れた場合、元に戻せる確率は二次曲線で低下します。]を信じるならばスライムが元の世界へ無事戻れる可能性は二次曲線で低下しているはずだ。

つまりもうスライムは元の世界へ戻れないはずである。だが今のスライムには魔落ちしたスライムに勝利するほどの能力値があった。なのでスライムは悩む事無く元の世界へと自分を戻すコマンドを詠唱した。


「それじゃ俺は戻るよ。みんなも達者でなっ!さてっ、誰だかよく判んないけどあのアホンダラがやったように俺を元の世界へ戻してちょんまげ。」

はい、とてもじゃないがこんな詠唱では普通なら魔法は発動しない。だが今のスライムには高純度のチカラが備わっていた。なのでそれを駆使して無理やり異世界への転移魔法を発動させてしまった。

だが、ルールはルールだ。660秒以上こちらの世界にいた以上何らかの不具合が起こるのは必然であろう。そして当然そのツケはスライム自身に降りかかったのであった。


■章■48世界の始まり


魔落ちスライムに対してゲーム世界では雑魚キャラでしかないはずのキャラクターたちからチカラの助力を得た事により勝利したスライムは、そのチカラを駆使して元の世界へと戻ろうとした。

だが既に時間制限というルール的にタイムアップしていた為、世界のルールに則りその転移は失敗する。そしてスライムは元の世界とは別の世界へと飛んでしまった。


スライムが飛んだ世界・・、そこは本当に何もない世界だった。つまりまだ何も始まっていない生まれたばかりの世界なのだ。

だがこれから何かが始まる兆しはあった。それは『意志』である。


「僕は勇者になりたいなぁ。」

「私は聖女になって人々に安らぎを与えたい。」

「ハーレム、ハーレム、ハーレムっ!ハーレムさえあれば他はいらないっ!」

「嫌いなやつの名前を書くと3日以内にそいつが死ぬノートはどこにあるの?」

「もふもふっ!もふもふはどこじゃーっ!」

「腹いっぱい食べたいっ!」

「面白い事だけして暮らしたいっ!」

これらは全て感情であり実態はまだなかった。そしてそれらを参考にしてこの世界の創造主は新しい世界を作ろうとしているらしい。

だがこの世界の創造主って中学生なのだろうか?なんか集めている感情に偏りがある気がするんだが?


「僕は・・、平凡で毎日が変わり映えしない、だけどみんなが笑顔で暮らせる世界を創りたい・・。」

最後の願いは別世界で困難に立ち向かっている勇者のものだろうか。そこには戦う事の虚しさを知った者のみが持つ理想が感じられた。

だがそれはあくまで幻想だ。勇者が望むような変化のない世界では人々は成長しない。何故なら、ぬるま湯のままでは水は沸騰しないのだ。その結果圧力が足りずに全ての事が停滞する。そしてそれは緩慢な『心の死』を意味した。

そう、人とは厳しい環境に身を置くからこそそれを打破しようとする『意志』が産まれるのである。当然その為に夢が破れる者もいるだろう。愛しい人を失う者いるはずである。

だが全体としては前に進むはずだ。そうやって人々は進化を続けてきたのだから。


なので勇者の願いは人々を『破滅』へ向かわせる願いとも言える。だが誰がその事を非難できるであろう。勇者とは全ての人々を救う存在だ。

しかし、その為に必要なエネルギーは莫大である。勇者はそれらを全て一身にに受け止めなければならない。その圧力足るや人々の微々たる願いの比ではない。


時に大勢の人々の幸せの前には個々の幸せは考慮されない。何故ならそれらは相反する幸せだからだ。だからマジョリティの幸せの前にはマイノリティの願いは黙殺されるのである。

そう、組織においては最大公約数の幸せが優先されるのだ。そしてそれが進化の淘汰圧というものであった。

その淘汰圧力に逆らう事は並大抵の事ではない。だがそれでも勇者は願い行動する。何故ならそれが勇者という存在だからである。


さて、それはさて置きこんな世界へ飛ばされたスライムはどうしているかと言うとわりと冷静のようだった。


「うーんっ、ここってなんだ?暗い訳でもないけど何も見えないな。しかも、何にもないのになんか色々な感情だけが渦巻いている気がする。あっ、ここってもしかしてあの世か?えっ、俺って死んじゃったの?げげげっ!マジかっ!普通は死んだら異世界へ転生するモンなんじゃないのか?俺の世界の神さんは何やっているんだっ!」

いや別に死んだら絶対転生するなんて事はないぞ?お前こそちょっとラノベの読み過ぎなんじゃないか?と言うかスライムのいた世界にラノベってあるのか?


「まっ、こうゆう時は慌てちゃ駄目なんだ。えーと、確か人間が落としていった非常事態時の確認手順書ってのがあったはずだ。」

そう言うとスライムは何やらごそごそとポケットみたいなところを探っている。はい、既に何度も言ってますが突っ込んだら負けです。全てを受け止めてください。


「おっ、あったあった。なになに、構築前の異世界へ飛んでしまった時の対処方・・、う~んっ、ちゃんと項目があったよ。結構多いのかな、俺みたいな状況に陥るやつって。」

スライムは目的の項目があった事に気を良くして読み始める。はい、もう一度言います。スライムが人間の文字を読めるのかよっ!って突っ込んだら負けです。そもそも人間と普通に会話が出来るんだから文字くらい読めなきゃおかしいでしょ?


「えーと、構築前の異世界は大抵他の異世界をパクってます。なのであなたが長時間そこにいるとあなたの元いた異世界の情報が影響を及ぼす危険があります。なので早急に転移して下さい・・か。ふむっ、成る程ね、でその方法はどうやるんだ?」

とんでもない事が書かれていたにも関わらずスライムは気にも留めずに先を読む。まっ、ここいら辺はお馬鹿なスライム故のなんともな反応なんだろう。まともな人間がそんなアドバイスを読んだら本を地面に叩き付けているはずである。


「なになに?まず、あなたが元いた世界の事を強く思い出して下さい。すると自然とその世界とリンクが繋がります。その後は運命に導かれるように波乱万丈の冒険をしながら元の世界へと戻る旅をする事になるでしょう・・か。むーっ、まずは念じるのか。でももう冒険はお腹いっぱいだよ。出来れば直通で帰りたいんだけどな。」

そう言いつつもスライムは非常事態時の確認手順書に書かれていた事を実践する。そう、自分がランクAになるべく鍛錬に明け暮れていた日々や、その後の挫折。そしてお姫様に出会ってからの数々の出来事を思い返したのだ。


するとどうしたことだろう、遠くでスライムの事を呼んでいる声が聞こえてきた。その声は最初は微かなものだったが段々と強く感じられてくる。やがてそれは映像を伴ってスライムの前に現れた。

そこには魔王城にてガレキの中に伏しているスライムとその前に膝をつき祈りを捧げているお姫様たちの姿があった。


「あっ、お姫様だ。デリートやルイーダもいる。あれ、もしかしてお姫様の前に転がっているスライムって俺か?えっ、なんで?俺はここにいるのに?」

今まで自分の姿を客観的に見たことのないスライムは、第三者の目線で自分の姿を見た事に違和感を覚えたようだった。

これは魔落ちスライムによってゲーム世界へ飛ばされたのが『意識』だけだった事を知らないスライムには当然の反応だろう。

だがスライムはお馬鹿なので直ぐに気にとめなくなったようである。それよりもお姫様たちに会うべく、その映像の見える方へと歩き始めた。

だがこの世界はまだ何も無い世界である。当然地面も無い。だがスライムはそんな事を気にもしていない。何故なら今のスライムの心の中を占めているのは早くお姫様たちの元へ帰ろうという意志だけだったからである。

しかし、何もない世界では距離と言う概念もまだなかった。故にいくら歩いてもお姫様たちが映る画像に近づけない。その事にスライムはいらだった。そして当然ながら文句を言う。


「なんだこの出来損ないのRPGはっ!どっか壊れているんじゃないのかっ!リコール請求しちゃうぞっ!」

スライムはそう言いながら凄まじいエネルギーを放出した。そのエネルギーの源は『意志』だ。

そう、スライムは何としても、抜け殻となった自分の体の前でスライムの無事を祈り続けてくれているお姫様の下に帰り安心させたいと願ったのだ。

そのエネルギーがスライムを元いた世界へと誘う。そしてその目印はスライムの事を心配している仲間たちの祈りであった。

「あの声のする方が俺の世界だっ!今度こそ帰るぜっ!待っていろよ、お姫様っ!」

その言葉を最後にスライムの意識はこの世界から消えた。そして残された世界ではまた何事もなかったかのように、新しい願いがまた現れる。


「嫌いなやつ相手に、ざまぁがしたいなぁ。」

「婚約破棄ですって?あなたもしかして馬鹿?立場ってものを知らないの?」

「カツ丼が食いてぇっ!」

「亭主元気で留守がいいわ。」

「狼は生きろっ!ブタはみんな死ねっ!」

「妹、サイコーっ!但しブスはお断りだ。」

それら新しい声はやがて混ざり合いひとつになって次なる指針となっていった。その指針に基づいてこの世界の神は世界を構築し始める。だがそれはもはやスライムとはなんら関係のない事である。

しかし、関係はなくともそれぞれの世界では、それぞれの世界の事情によって様々に変化する。それはスライムのいた世界でも同様だ。

そして今、スライムが戻った事によりスライムがいた世界は、また変化しようとしていた。

そう、変化とはちょっとした切っ掛けで右にも左にもブレるのである。そしてその変化を自分により良くする為に人はそれぞれがんばっているのだ。

その一番の原動力はやはり『意志』であろう。そう、『意志』無きところに変化は起こらないのである。


■章■49覚醒の代償


さて、勝ち目の薄い魔王との戦いで当然ながらこてんぱにやられ傷ついたスライムであったが、お姫様に介抱の一環として接吻された途端覚醒した。だがそれはお姫様たちにはスライムがまるで別人になってしまったかのように見えた。

しかもそんなスライムが今度は魔王相手に無双し見事魔王を討ち取ったのだからお姫様たちの驚きもひとしおだったであろう。

だがその後スライムは何故か突然意識を無くし突っ伏してしまった。その原因はスライムの体を乗っ取った魔落ちスライムがスライムの意識を自分のホームグラウンドである別世界のゲーム世界へ飛ばしたからだが、お姫様たちにはそんな事は判らない。

なのでお姫様は動かなくなったスライムに対して必死に呼びかけていたらしい。だが気を失っていただけのようにみえたスライムの呼吸が先ほど突然止まってしまった。

この状況の変化にお姫様は一心に祈りを捧げ始める。そしてその祈りは別世界へ飛ばされたスライムの下へと届いた。その祈りに導かれるようにスライムは今、お姫様たちの下へと向かっているのである。


そして今、お姫様はスライムの声を聞いた気がして頭をあげた。だが当然そこには何もない。と言うかお姫様は目が見えないので仮にそこに何かがあっても判らないはずだ。

だがお姫様の事を呼ぶその声は段々と大きくなり、そして近づいてきているのがお姫様には判った。その事をお姫様は口にする。


「スラちゃん・・、スラちゃんが戻ってくるわっ!」

「スライが?どうゆう事だい、コーネリア?」

お姫様の言葉にそれまで黙ってお姫様の側にいた騎士が問い返した。


「スラちゃんが戻ってくるのっ!ほらっ、もうすぐ、もうそこまで来ているわっ!」

騎士はスライムが死んでしまった為にお姫様は気が動転してしまったのだろうと考え、慰めの言葉を掛けようとした。だがその言葉を口にする前に突然スライムの意識が戻る。


「がはっ!ぜいぜいっ・・、うおっ、危ねぇ。もしかして俺って今まで息をしてなかったのか?うわっ、タイムリミットってこうゆう事だったのかよっ!」

お姫様の言葉とタイミングを合わせるかのように横たわっていたスライムが突然飛び上がり叫んだ。

成る程、タイムリミットって意識が体を離れていて戻れなくなる時間じゃなくて、戻る体が生命活動を停止してしまう時間だったのね。

そうかぁ、救急時の気道の確保と心臓マッサージは大事なんだな。なのでみんなも機会があったら練習しておくように。でも普通に自己呼吸をしている人では試さないでね。逆に危ないらしいから。


さて、突然意識を回復したスライムに対してお姫様は大粒の涙を流して喜んでいる。と言うか未だ呼吸の荒いスライムをぎゅっと抱きしめちゃったよ。あらら、大丈夫かね。


「うぐっ、お、お姫様・・、ぐるじい・・。」

「あら、ごめんなさい。でも良かったわ、もう駄目かも知れないと思っていたのよ。本当に良かったっ!」

そう言うとお姫様は今度はふわりとした感じでスライムを包み込む。だがそれでも何故かスライムは呼吸困難になったようだ。まっ、お姫様って結構お胸があるからね。その胸に包まれたら確かにちょっと苦しいか。

でもそんなスライムを察したのか、はたまたお姫様の胸の感触を全身で感じ取っているスライムに嫉妬したのか騎士がやんわりと注意してきた。


「コーネリア、もうそれくらいにしておけ。それにスライムには色々聞きたい事があるんだ。」

「でも・・、そうね。もうスラちゃんたら突然人が変わったかのようになって魔王を倒しちゃうんだもの。しかもその後にばたりと倒れたのよ。本当に心配したんだからっ!でも無事で良かったわっ!」

騎士の言葉にスライムを抱きしめるのを止めたお姫様はそれでもスライムを膝の上において手放そうとしない。まっ、お姫様は目が見えないからね。離れちゃうと不安なんだろう。

なのでスライムもそんなお姫様の不安を感じ取ったのかお姫様の膝の上にちょこんと陣取りこれまでの推移を説明した。その説明にお姫様たちは驚きを隠せないようである。


「まぁ、そんな事があったの?別世界って本当にあったのねぇ。」

「うんっ、まぁ世界って言っても仮想?らしいんだけどさ。でも俺が行き来できたんだから現実としてあると捉えてもおかしくないと思う。」

「現実的ではないが、それは俺たちが認知できていないだけでそうゆう世界は結構多いのかも知れないな。」

スライムの説明にお姫様と騎士がそれぞれ自分の思った事を口にする。それを追いかけるようにフクロウが持論を展開してきた。


「ふぉふぉふぉっ、目の前にあるモノだけが全てではないと言う事じゃな。しかし、この世界と似たような世界がゲームとはのぉ。むーっ、そう考えるとこの世界も実はゲーム世界なのかも知れぬのぉ。」

「じじいはすぐそうやって話を膨らませるからな。いいんだよ、ゲーム世界だって。だって別に俺たちは誰かに操られている訳じゃない。そもそもこの世界状況がゲームに似ていたんじゃなくて、ゲーム側が俺たちの世界を真似たと考えとけばいいだけじゃん。」

「むーっ、スライムに突っ込まれるとは思わなかったわい。お主も色々経験して賢くなったのじゃのぉ。」

「まぁね、でももしかしたらそれは俺のオリジナルじゃないかも知れない。俺ってあっちのゲーム世界からチカラを得ていたらしいからさ、そのついでに価値観とかも取り込んじゃったのかもね。」

スライムの話に皆それぞれが興味を示し持論を展開してきたが、そんな中で侍女だけが口をつぐんでいる。これはスライムの話が突飛過ぎてついてゆけないのではなく単に発言を控えているだけだろう。

何故なら会話をしている相手がお姫様と騎士では侍女の立場としてはあまり口を挟めるものではないからだ。そこら辺は仲間意識があるとは言え、侍女としてはこの世界のルールのようなものに沿った態度を貫いているとも言えた。


さて、色々あったが無事お姫様を魔王の下から救い出す事に成功したスライムたちは崩壊寸前の魔王城から立ち去る算段に入った。

しかし、入り口は全て崩落によって塞がれている。明かりこそ幾ばくかの照明が生きていて暗くは無いが、このままでは生き埋めになってしまう。

かと言って救出を待つにしてもその救出活動をするのは魔王の部下たちのはずだ。そうなったらまたひと悶着があるのは必至である。なのでスライムたちは自力でなんとかここから脱出しなければならない。

しかし、如何せんこの魔王城は山をくり貫いて造られたような構造で出入り口以外は厚い壁で囲われていた。故に人手だけではとてもではないが入り口を塞ぐ瓦礫を取り除けそうに無い。

なのでスライムは自身の能力にて瓦礫を吹き飛ばそうとしたが何故かうまくいかなかった。


「あれ?俺ってあっちの世界では結構すごいエネルギーを放出できていたのにな。もしかしてこっちの世界では駄目なのか?あれぇ~、マジかよ。」

魔落ちスライムとの戦いで凄まじいエネルギーを使いこなしていたスライムにはまだその感覚が残っているのだろう。なのでこちらの世界でそれを使えない事に苛立ちにも似た感情が湧き上がった。そしてその感情をトリガーとしたかのようにスライムに対して例の言葉がどこからともなく囁いた。


[新しき覇王よ、チカラが欲しいか?]

「誰だっ!俺に話しかけるやつはっ!」

突然叫んだスライムに対してみんなは一斉にスライムの事を見る。どうやら例の言葉はスライムにしか聞こえていないらしい。なのでみんなは突然叫んだスライムをいぶかったのだろう。

しかし、スライムはそんなみんなを無視してどこからともなく聞こえてくる言葉の主を相手にしていた。


「お前もしかして魔王や糞ったれの魔落ちスライム野郎に話しかけていたやつかっ!どこにいるっ!姿を現しやがれっ!」

[新しき覇王よ、チカラが欲しいか?]

だが声の主はスライムの問い掛けには応えず同じ言葉を繰り返してきた。それに対しスライムは反論する。


「てめぇ、いい加減にしろよっ!俺はお前なんかからチカラを貰わなくたってもっとピカピカ光るチカラをみんなから貰っているんだっ!そもそもそんなチカラを使わなくたって俺自身のチカラで何とかしてみせるっ!誰がお前なんかに頼るかってんだっ!」

[世界はチカラの行使によって統治される。それはどの世界でも一緒だ。チカラ無き者はチカラを有する者に蹂躙される運命でしかない。チカラこそが正義。これはどの世界においても真理だ。]


「ふんっ、言ってくれるじゃねぇかっ!確かに俺はみんなから貰ったチカラであのアホンダラを倒した。それは認める。だけどそれは俺とみんなが一緒になってやった事だ。そもそもチカラだけでは何も達成できないんだよっ!」

[新しき覇王よ、チカラが欲しいか?そんな他人任せのまがい物ではなく、己ひとりが独占できる本物のチカラを欲しくはないか?]

スライムの反論を無視して声の主はチカラを欲するかとだけ執拗に問いかけてくる。しかもゲーム世界でスライムが得たチカラをまがい物呼ばわりしてきた。その事にスライムは腹を立てる。


「ふ・・、ざけるなっ!なにがまがい物だっ!」

[お前は今、そのチカラを失っている。あのゲーム世界でお前が得たチカラは所詮あの世界でしか使えないまがいものだ。だがお前は真のチカラを得る器と資質を魔落ちスライムを倒した事により勝ち得た。なので再度問う、新しき覇王よ、チカラが欲しいか?]

声の主の言葉はごり押しに近いものがあったが、それに対してスライムの心は段々と揺れ始める。確かに今の状況を打破するにはチカラが欲しかった。そしてスライムにはそれを受け入れ使いこなせるだけの器と資質があるらしい。ならばそのチカラを得て行使すればこれ以上お姫様たちを危険な目に合わす事もなくなるはずだ。それ故にスライムの心は揺れたのだった。


それはまさに誘惑であった。エデンの園にてイブに囁いた蛇の言葉の如く甘い果実である。しかもスライムはそのチカラの凄まじいエネルギーを自身の目で見て体験していた。故に尚更その誘いに抗うのが厳しい。

それ程声の主の言葉は、その誘惑に乗れば身を滅ぼす事が判っていても抗し得ない禁断の魅力を有していたのである。

しかも考えれば考えるほどその言葉の魅力に対してスライムの中でチカラを欲する欲望が湧き上がってきた。そしてその誘惑に抗おうとすればするほどスライムの体は黒々と変色していった。そこにまた例の声が囁く。


[Lv10億、お前は既にそのチカラの味を知ってしまった。その魅力には逆らえぬ。くくくっ、チカラが欲しいか。欲しければ生贄を捧げろっ!]

その言葉の誘惑にとうとうスライムは抗えなくなった。そして苦しみながらもふらふらと生贄を探しだす。


「チカラが欲しい・・、だけどその為には生贄が必要だ・・。生贄・・、そうチカラを得るには対価が必要なんだ。チカラ・・、そうだ、チカラがあれば全てを解決できるんだ。」

そんなスライムの呟きに何故か状況を悟ったらしいお姫様が自分の身を使えと告げてきた。


「スラちゃん、あなたがチカラを得る為には生贄が必要なの?なら私を使いなさい。私はあなたに二度も救われたのだから今度は私があなたの役に立つ時だわ。」

お姫様の言葉に騎士たちは驚く。いや、状況はよく判っていないようだが『生贄』に使えと言う言葉から尋常ならざる事態が生じようとしている事を察したらしい。なので当然止めに入った。


「馬鹿な事を言うんじゃないっ!スライもどうしたんだっ!らしくないぞっ!そもそもお前はコーネリアを救いに来たんだろうっ!」

「そうです、もしもどうしても必要ならば私がなりますっ!」

騎士はスライムとお姫様を諭したが、侍女は侍女の立場から別の事を言い出した。こうなるとそれぞれの立場の違いが明確になる。騎士には騎士としての立場が、そして侍女にはお姫様の侍女としての立場があり、そしてお姫様にはお姫様の思いがあった。

当然スライム自身にも信念にも似た思いがあり、その感情が内から湧き上がって来る欲望と戦っていた。


「ぐおーっ、嫌だ・・、嫌だ、嫌だ、嫌だっ!こんな気持ちは嫌だっ!・・だけど、だけどっ!チカラがなくちゃみんなを助けられないっ!今の俺じゃ駄目なんだっ!」

内から湧き上がる欲望に逆らえば逆らうほどスライムの体は黒く変色してゆく。としてとうとうスライムの中で欲望が勝利した。


「チカラだ・・、チカラがあれば全て解決できる。そう、チカラこそが正義っ!悪を征する最強の剣なんだっ!いいだろうっ!チカラを寄越しやがれっ!但し生贄は俺自身だっ!」

[ぴろり~ん。クエストに対する承認がなされました。これより能力値の移動を開始します。・・10%終了・・30%終了・・80%終了。・・能力値の移動が終了しました。これにより依頼者の能力値はLv10億となりました。]

スライムの宣言に対して例のゲーム世界を束ねる何かがまたしても返答してきた。そしてその言葉と共にスライムの体に変化が現れる。

それまでもスライムの体は黒く変色していたのだが、今のスライムはまさに漆黒である。そう、その体はもはや一筋の光すら反射しないブラックホールの如き存在となっていた。

その変化にその場にいた者たちはお姫様を除き危険な雰囲気を感じ取る。だがお姫様だけはお目が見えないせいなのかいつもと同じようにスライムに接した。


「どうしたの?スラちゃん。なにか苦しそうよ?」

「ふっ、大丈夫さ。ちょっとズルしてチカラを得ただけだから。でも気分はいいな。うんっ、やっぱりチカラを持つって事は素晴らしいっ!今なら全てを解決できる気がするよ。さて、それじゃ手始めにここから脱出しよう。」

心配するお姫様に対してスライムは少し鷹揚な態度で接してきた。だが自分がやるべき事は忘れていないようだ。なのでスライムたちを閉じ込めている岩の壁に向かうとチカラを放出した。


「吹き飛べっ!」


どか~んっ!がらがらがら・・


スライムの声と共に岩の壁に爆音を伴って大穴が開く。だがそのエネルギーは全て外向きに制御されているらしくスライムたちに害は及んでいなかった。

そして内と外部の圧力差からなのか、大穴に吸い込まれるように爆発で生じた粉塵が外部へ向けて吸い出されてゆく。そして視界が開けた後には直径10メートル近いトンネルが出現していた。そのトンネルの先からは外光が差し込んでくる。


「おーっ、すごい・・。」

「うむっ、まさに魔王が如きチカラじゃ。」

その光景にお姫様を除く騎士たちとフクロウは驚嘆の声を挙げた。だがただひとり侍女だけはスライムのチカラに何か良からぬものを感じたのか、そっとお姫様の横に移動し、スライムに対して警戒の態度を取った。


「さっ、道も出来たしまずは外に出ようぜっ!」

いや、スライムは大丈夫なのか?お前お日様が苦手だったんじゃないのか?なんかあの設定ってシバリがきつくなってるよな。

しかし、真っ黒になったスライムはそんな設定など気にする様子もなく、ぶわっと巨大化すると騎士たちを包み込んで一気に外へと飛び出した。いやはや、まさに何でも有りである。これがLv10億のチートなのか?


そして魔王城の外部では近隣の住人、つまり魔物たちが右往左往していた。まっ、確かに魔王城の内部であれ程の破壊が起こったのだ。慌てるなと言う方が無理であろう。

なのでスライムたちが表に出てきてもそれを気にする魔物はいなかった。みんな自分の事で精一杯らしい。

だが外部に出て周りの状況を確認している時、スライムが突然苦しみ始めた。ほら、やっぱり。お日様設定を無視するからそうゆう目に遭うんだ。

いや、実はスライムが苦しみ始めたのはお日様の熱が原因ではなかった。そう、今スライムはLv10億というチカラにその身ならず精神まで蝕まれ始めたのだ。つまり魔王化が始まったのである。


「うがっ、くそっ!なんだこの感触はっ!」

スライムは自分の中に浸透してくる黒い闇に必至に対抗する。だがその闇のチカラはスライムの抵抗を無視するかのようにスライムの心を黒く染めてゆく。そしてそれはスライムに対してチカラの対価を支払うよう要求してきた。


[チカラを欲した者よ。生贄を差し出せ。]

「がーっ!生贄だと・・、それは俺だっ!言ったはずだぞっ!」

闇のチカラに対してスライムは既に対価は支払ったと主張する。だが闇のチカラはそれを拒否した。

[否。チカラを欲する者自身は生贄の対象にはならない。そしてお前は既にチカラを行使した。もしも契約を履行しない場合はこの世界に支払って貰う事になる。そう、全てを闇が包み込むのだっ!]

「この世界を闇にするだと?くっ、そんな事はさせないっ!俺が絶対阻止してやるっ!」

[くくくっ、戯言を。そもそもこの世界を闇に貶めるのはお前の役目だ。そのお前が闇を止めるだと?それは自分自身を滅するに等しい愚かな行為であるっ!]

そう、スライムは既にチカラを貰ってしまっていた。なのでその対価を払う義務を負ったのだ。それをスライムは自身を対価として支払おうとしたが却下された。つまり、スライムは誰か別の者を生贄として差し出さねばならなくなったのだ。

もしもそれを行わなければLv10億のチカラが暴走しこの世界に破滅をもたらす事になるらしい。そしてそのチカラを有しているのは当然ながらスライムだ。つまりスライムがこの世界を滅ぼすのである。


「馬鹿な・・、俺は絶対そんな事はしないぞっ!する訳ないだろうっ!」

[くくくっ、いつまでそんなきれい事を言ってられるかな?ほれ、お前に宿ったチカラはもう準備が整ったと言っておるぞ?]

「うおっ、鎮まれっ俺の魂よっ!駄目だ、絶対に駄目だっ!」

[無理だ、お前の内で暴れているその欲求は契約に基づいて行動している。つまりその欲求は正しい行動をしておるのだ。それを拒否するのは不正である。そしてお前は不正を見逃せない。何故ならお前はそちら側の生き物だからだ。]

闇のチカラはスライムの感情に対して理詰めの攻撃を仕掛けてくる。つまり正論だ。もっとも立場によって正論は異なるのだが、今スライムの中ではふたつの正論がぶつかり合いせめぎあっていた。


「ぐあーっ、駄目だ、そんな事を思っては駄目だっ!」

生贄と世界の破滅、そのどちらも選らぶ事が出来なくて苦しむスライムに対して闇のチカラはもう少しで落ちると判断したのか何も言わなくなった。

だがその時スライムにそっと手を差し伸べる者がいた。そう、お姫様である。


「大丈夫よ、スラちゃん。安心してチカラを行使しなさい。あなたならそのチカラをみんなが幸せになる為に使うわ。私はスラちゃんを信じている。」

スライムの体に触れているお姫様の手はとても暖かだった。その温かさにスライムの心の中で荒れ狂っていた感情は恐れおののき退いてゆく。

それによってスライムは漸く正常な判断が出来るようになった。そしてその判断とは生贄と世界の破滅を選択する事になった弱い自分自身を滅する事であった。

そう、スライムは自らを消滅させる事によってこの忌まわしい契約をなかった事にしようと決断したのである。


「姫様、ありがとうな。俺、やるよ。やってみせるっ!」

そう言うとスライムは自らに向かってLv10億のチカラをぶつけた。


ぱーっ!

その光はスライム自身を包み込み、且つスライムの中にいた闇のチカラをも道連れにする。


[馬鹿なっ!自滅を選んだだとっ!有り得ぬっ!チカラを得た者がその選択をするなど有り得ない事だっ!]

闇のチカラは薄れゆく意識の中で自分の道理では有り得ない事態に驚愕していた。だがそれも一瞬。次の瞬間にはスライムもろともこの世界から消えてしまった。


そう、スライムは消えてしまった。これは比喩でもなんでもなく本当に跡形も無く消えたのだった。その事に騎士や侍女は言葉も出ない。だがお姫様だけはその見えない瞳でじっと一点を見つめていた。その姿は何かを待っているようにも見える。


どのくらいの時間、お姫様はそうしていたであろう。今のお姫様からは凄まじいオーラが発せられていて騎士たちも声を掛けられないでいる。そのオーラは強い光となって暗闇に震えている迷い子に道を指し示しているようにも見えた。そんなお姫様はぽつりと呟く。


「私たちはここにいるわ。見える?スラちゃん。」

するとその言葉に合わせるかのように、どこからともなく合成電子音が響き渡った。


[ぴろり~ん。勇者行動『自己封印』及び聖女行動『全ての慈しみ』により、スライムは『真の勇者』へとレベルアップしました。これにてゲームを終了します。]

そして何故か流れるエンディングテーマ。しかも天からは祝福の花が降り注いだ。

そしてその降り注ぐ花たちの下には消滅したはずのスライムが元の姿ですやすやと眠っていたのであった。


■章■50愛こそ全て


スライムの勇者行動『自己封印』及びお姫様の聖女行動『全ての慈しみ』により、スライムは世界を滅亡させる事なく無事元の姿に戻る事ができた。そして別世界と繋がっていたゲームが終了した事により『生贄か世界の破滅か』という選択も無効となる。

しかも別世界とのリンクも消滅したのでスライムの能力はまた元のLv6へと戻っていた。その事を眠りから覚めたスライムは確認する。


「ステータス・オープンっ!対象:俺様っ!・・、がはっ!レベル値が元に戻っているっ!」

ステータスボード上の能力値を確認したスライムは、がくりと肩を落としその場にへたり込んでしまった。まっ、それは仕方ないだろう。なんせ借り物だったとはいえ、先程までのスライムはLv10億だったのだ。みんなだってゲーム内の保有資産ががくりと目減りしたらがっかりするだろう?


さて、ステータスボードの能力値を見てかなり気落ちしたスライムであったが、しかしLv値は元のLv6に戻ったが何故か称号は勇者のままだった。

だがこれはある意味思いっきり重たい称号だ。だって今のスライムってLv6だよ?それが称号だけが『勇者』のままだなんて実力が伴わないじゃない。

これって、かなり前に出てきたなんちゃって冒険者パーティのリーダーだったジョージ・ハードロックのレベル詐称よりかなりイタイ称号だよね。もしくは神様からぽいっとチートを貰ってはしゃいでいる転移中学生だ。

しかし、取り合えずスライムが勇者である事は変わりないらしい。なので勇者特典に関する項目もステータスボードに表示されていた。所謂スキルと言うやつである。

そしてスライムの目はそんなスキルのひつとに釘付けとなった。

そこには勇者のスキルとして『復活』という項目があった。そう、復活である。これが言葉通りの能力ならば無くしたものを元に戻せるスキルなはずである。これを使えばもしかしたらスライムの能力も元に戻るのではないだろうか?

そんな期待にスライムの鼓動は高鳴った。なので震える指先でスライムはスキル『復活』の説明ボタンをクリックする。

いや、スライムに指ってあるのか?まっ、そこは突っ込まないでおこう。


[ぴろり~ん。勇者特典『復活』は医療系のチート能力です。これは身体機能を損失した者に対して損失前の状態に戻します。これはその身体機能損失が魔法による場合にも有効となります。]

チュートリアルの説明にスライムはがっかりした。そう、勇者特典『復活』とは戦場などで傷を負った時などにお手軽に回復させる能力らしい。まぁ、戦う勇者の能力としては実に便利な能力であるが、スライムが期待していたのとは違った。なのでスライムは再度落ち込んだのである。

そんなスライムを心配してお姫様が声を掛けてきた。


「どうしたの、スラちゃん。どこか痛いの?」

「えっ、いや大丈夫。ちょっと期待はずれだっただ・・。」

お姫様の問い掛けにスライムは途中で返事を止めた。何故なら相変わらずお姫様は見当はずれな方向に向かって話しかけていたからだ。

だがその姿を見てスライムの頭の中で一本の線が繋がる。

そう、勇者特典『復活』は医療系のチート能力だった。そしてそれは身体機能を損失した者に対して損失前の状態に戻す能力である。

そしてお姫様の目は例の糞ったれな神官に金で雇った魔女がお姫様に掛けた呪いにより見えなくなったのだ。この時、お姫様は16歳。それまでお姫様の目は普通に見えていた。

ならばこの勇者特典『復活』を使えばその呪いを解いてお姫様の目を治せるのではないかとスライムは思いついたのである。

なのでスライムはチュートリアルを更に詳しく読み、勇者特典『復活』の発動方法を調べた。そしてそれは然程難しくは無かった。

なのでスライムはちょっと興奮気味にお姫様に説明を始める。


「姫様っ!もしかしたら姫様の目を治せるかも知れないっ!ちょっと試してもいいか?」

「えっ、どうゆう事?」

スライムの言葉にお姫様は元より騎士や侍女も色めき立った。

そう、お姫様の目が見えない原因は騎士たちも知っていて、故に姫様の父である王は魔法使いに命じて何度も呪詛を取り除こうとしたのだがそれらは悉く失敗していたのだ。それくらい神官が後ろ盾となって掛けた呪いは強力だったのである。

なのでスライムの言葉に騎士たちは一瞬希望を見たが直ぐに冷静になった。


「おい、スライ。どんな方法を思いついたんだか知らないが大丈夫なんだろうな。コーネリアの目が見えないのは呪いのせいだぞ?素人が下手に手を出しして更に状況が悪化したりする事はないんだろうな?」

「ふんっ、言ってくれるじゃないかデリート。こう見えても俺は勇者なんだぜ?勇者が打ち破れない呪いなんかこの世には無いんだよっ!」

はい、そんな事はありません。勇者が破れない呪詛は沢山あります。ですがお馬鹿なスライムにはそんな事は判らないのでしょう。ステータスボードに書いてある事は全てうまくいくはずだと思うのがゲーム脳ですから。

だが、そんな自信満々のスライムの態度に騎士もそれ以上追求できないようであった。それに何より騎士もお姫様の目が見えるようになる事に関しては反対ではないのだ。ただ、その為にお姫様が負うリスクを心配しただけなのである。


「それじゃ姫様、試していいか。」

「え・・ええ。いいわ、スラちゃん。」

スライムの言葉にお姫様は期待と不安が入り混じった返事をする。これは失敗を恐れている訳ではない。ただ今まで何度も試してその都度駄目だった時の事を思い出して期待してはいけないと自分に言い聞かせている故であろう。それ程、お姫様に掛けられた呪いは強力だったのである。


「よしっ、勇者スキル『復活』発動っ!対象、お姫様の目っ!」

スライムがそう詠唱するとお姫様の周りが光で包まれた。だが次の瞬間光は消えうせ、スライムたちをがっかりさせる声が聞こえてきた。


[ぴろり~ん。勇者スキル『復活』発動に失敗しました。このスキルを発動させるには代償として種が同じ別の者の『目』が必要です。]

合成電子音の説明にスライムは慌ててチュートリアルを読み返す。そしてそれは最後の方に注訳として小さく書かれていた。うんっ、お前はどこぞの詐欺契約書かっ!そうゆう事はちゃんと目に付くところに書いておかんかっ!


「ぐはっ、なんだよこの能力っ!使えねぇっ!これってただの傷のすり替えじゃねぇかっ!全然復活じゃねぇよ。これて広告に偽りありだろう、ジャローにチクるぞっ!」

はい、ジャローってあのジャローです。権利等が心配なので少し名称を変えました。でも判らない人はスルーしても問題ありません。

だが溺れるものは藁にもすがるではないが、この呪いのすり替え方法にすら光明を見たものがいた。そう、騎士である。


「スライっ!俺の目を使えっ!」

「へっ?何言ってるんだデリート。俺は構わないけどそんな事お姫様が許す訳ないだろう?お前もっと物事を俯瞰して考えろよ。」

はい、お馬鹿なスライムにそこまで言われるとは騎士も気の毒だが、騎士にとっては自己犠牲などそれ程悩む事ではないらしい。

そう、騎士とは名誉の為ならば自らの命を投げ出す事を厭わない『種族』なのだ。もっとも全ての騎士がそうである訳ではない。そして、その名誉と自分の命をちゃんと秤に掛けて名誉の方が重い場合にのみその選択をするのである。

だが今の騎士にとっては、お姫様から光を奪った呪いを解くという事は秤に掛けるまでもなく、自分の『目』を差し出すに値する事だったのである。

しかし、スライムが言うようにそれをお姫様が受け入れるとは到底思えなかった。

だが、ここには騎士以外にもお姫様と『種』が同じ者がいた。そう、侍女である。そして侍女も騎士に劣らずお姫様の呪いを解く為ならば自らの身を差し出す事を厭わないのは皆さんも既に知っているであろう。

なので騎士に対して如何にもな理由を付けて自分が代わりになると宣言した。


「デリート様、あなた様は姫様の騎士です。その騎士が視力を失っては姫様を守る事はできません。ですから姫様には私の目を差し上げます。」

「馬鹿を言うんじゃないっ!そんな事になったらコーネリアが負い目を感じるだろうがっ!そんな事も判らないのかっ!」

「それはあなたでも一緒のはずですっ!」

「俺はコーネリアの騎士だっ!お前とは立場が違うんだよっ!」

「それを言うなら私は姫様の侍女ですっ!お立場うんぬんを口になさるのなら姫様をきっちり幸せにしてから言って下さいっ!」

「なっ、あっ、当たり前だっ!俺がコーネリアの幸せを考えていないとでも言うのかっ!」

「行動を見た限りではそうとしか思えませんっ!これだから騎士連中は駄目なんです。名誉の為だなどと言って直ぐに死にたがるっ!後に残された者たちの事を全然考えていませんっ!身勝手ですっ!」

はい、なんか論点がずれてきている気がしなくもないですが気持ちは判ります。そう、悪いのは生贄を要求するアホな勇者スキルです。そもそもこうゆうので対価を要求するのってどうかと思うんですよね。


だが騎士と侍女がお互い譲らぬ口論を続けていたその時、突然どこからともなくお知らせの声がみんなの頭の中に響き渡った。

[ぴろり~ん。勇者特典『復活』に対する対価である『無償の愛』を確認致しました。これにより対象者の願いが受理されました。それでは処置を開始します。10%、30%、70%・・、処置を完了いたしました。]

その言葉に皆がお姫様の方を見た。そこには驚きのあまり口に手をあてみんなの方を向いてるお姫様がいた。その瞳はいつも以上に輝いている。そしてお姫様はスライムたちに向かってこう告げた。


「スラちゃんってそんな姿をしていたのね。うんっ、想像していたとおりだわ。それにチキタは随分逞しくなったのね。見違えたわ。」

「見えるのかっ!コーネリアっ!」

「ええっ、見える・・見えるわっ!」

「コーネリア様っ!おおっ、これぞ神のご加護ですかっ!」

「ルイーダ、ありがとう。あなたたちの心が私にかかった呪いを解いてくれたのです。心からお礼を言います。本当にありがとう。」

「ううっ、勿体無いお言葉です。うぐっ、本当に良かった、良かったですね・・。」

あまりの出来事に侍女はそれ以上言葉が続けられないようだった。なので本来なら一番の功労者であるスライムへはお姫様が直々に労いの言葉をかけた。


「スラちゃん、いえスライ・ムー。私の為にあなたがして下さった事に感謝します。」

「いや~、気にするなってっ!まっ、俺は勇者だからね、これくらい当たり前さっ!」

ポンコツなスキルに文句を言っていたスライムであるが、結果が良ければ全て良しとばかりに胸を張る。まっ、どこが胸なのかはいまいち判らないが、スライムが意気揚々としている事は雰囲気から見て取れた。

そんなスライムをフクロウが茶化してくる。


「ふぉっふぉっふぉ、さっきまではレベルが元に戻ってしょげ返っていたのにのぉ。しかし、Lv6の勇者ではこの先が思いやられるな。しかもなんかお前が持っている勇者特典ってなんかポンコツっぽいからのぉ。いやはや、大変じゃ。」

「うるせぇー、じじいっ!あれはたまたまだっ!多分他のはきっとすごいんだっ!・・と思いたい。」

「はははっ、そうじゃな。では急かしてなんじゃが帰るとしよう。今は魔物たちもあたふたしているがやがて統制を取り戻すはずじゃ。なので人間がここにいるのはいささかまずい。」

フクロウの忠告にスライムたちは周りを見渡す。だがそんな風景もお姫様の瞳には新鮮に映ったようだ。


「忘れていたわ、世界はこんなに色彩で溢れていたのね。そしてそれらの色や人々の動きには全て意味があるんだわ。」

「おうっ、だけどそれらは別の誰かに操作されている訳じゃない。みんな自分の意志で生きているんだ。だからお姫様も王宮のやつらに負けちゃ駄目だぜっ!自分の人生は自分で切り開くもんなんだからさっ!」

「ええ、そうね。」

お姫様はスライムの言葉に同意を返したが、それでもお姫様はスライムと違い王族と言う重い肩書きを持っているのだ。それは別に優遇される為だけのものではない。王族には王族の負うべき責任と言うものがあるのである。

故にお姫様としては時に今回のような事にその身を委ねざる得ない事案も降りかかるのだ。だがそれをスライムに説明しても多分スライムは理解出来まい。なのでお姫様は言葉短く同意しただけに留めたのだ。


しかし今、お姫様はスライムたちによって一時とは言えそんな運命から開放された。王宮に戻ればまた魑魅魍魎が渦巻く力関係の対立に巻き込まれるが、それでも王宮に戻るまではスライムたちと楽しいひと時を過ごせるはずだ。

なによりもお姫様は今スライムたちの助力にて光を取り戻した。これはお姫様にとってはとても喜ばしい事のはずである。


だがそんなお姫様たちの姿を見つけ、密かに仲間を集めている集団がいる事にスライムたちはまだ気づいていなかった。


■章■51魔王直属親衛隊隊長アンジュ・カッシウス・ロンギヌス


そして今、スライムたちは後ろ手に拘束されて魔王城の外に急遽設営された陣幕の中にいた。そう、結局スライムたちはあの後、魔物たちに取り囲まれ魔王直属親衛隊の隊長であるアンジュ・カッシウス・ロンギヌスの元へ連れて来られたのだった。

しかも運悪く魔王軍四天王のサード・ラファエル・ヨハネとファースト・ガブリエル・ヨハネまでもが魔王への謁見の為に魔王城へ向かって来ているらしい。

それどころか、スライムたちが森で倒したはずのセカンド・ウリエル・ヨハネまでもが姿を現した。つまりもう暫くするとフォース・ミカエル・ヨハネを除く魔王軍四天王が一同に会する事になるのだ。

この三名の実力は単独では魔王には及ばないものの、連携などされたら相当な脅威である。そもそも確かにスライムは魔王を倒したが、それは間接的なもので実際に魔王を倒したのは魔落ちスライムである。

そしてスライムはその魔落ちスライムを倒してはいるが、それはゲーム世界のみんなの助力があったればこそで、Lv6に戻ってしまったスライムには到底三人の四天王を相手に出来るだけのチカラはなかった。


だが、まずはスライムたちがまず相手にしなければならないのは魔王直属親衛隊の隊長であるアンジュ・カッシウス・ロンギヌスだ。

アンジュ・カッシウス・ロンギヌスはその役職名が示す通り、魔王直属部隊の隊長だ。なので魔王に対しては盲信に近い忠誠心がある。

だが勘違いしてはいけないのは、ロンギヌスが忠誠を誓うのは『魔王』という立場に対してであって、魔王個人ではなかった。

そう、ロンギヌスは魔王のしもべではあったが、魔王個人の『私兵』ではなかったのだ。ここら辺が某独裁者個人を神の如く信奉した『ナチスSS』との違いである。


さて、それではまず魔王直属親衛隊隊長アンジュ・カッシウス・ロンギヌスについて少し説明しておこう。

アンジュ・カッシウス・ロンギヌスは魔王を守る事だけを目的として設立された組織『魔王親衛隊』の隊長である。

なので指揮下にある部隊の規模はそれ程大きくはない。精々300人程度だ。四天王が指揮する各方面軍は万を越える兵力を有している事を考慮すると、魔王の傘下としては最弱な部隊だった。

だがロンギヌスの肩書きである親衛隊隊長の役職は、組織上では四天王と同列の立場に位置していた。つまり魔王軍内の発言力は四天王たちと同等なのである。


そしてロンギヌスは魔物の生物種としてはエルフであった。

エルフとは見た目は人間に似た種族で森に住んでいる。そして一般的にはとても頭がよく、各種魔法が得意で弓の名手と言われている。まぁ、ざっくりと言うならば弓による戦闘行為も得意な魔法使いのようなものと思って貰えばよい。

しかもエルフは人間の美的感覚に照らすと美男美女でスタイル抜群、且つ色白で金髪などと主役級の特徴を持つ者が多いらしい。

またエルフは大変長寿で、且つその長い期間を若い姿で保つという特徴があった。なのでエルフは見た目が若くても実年齢は1千歳などというとんでもない設定が普通らしい。


もっともエルフの『種』としての数はとても少ない。これは乱獲されて絶滅危惧種に指定されたからではなく、元々エルフは『種』としての繁殖能力が低いのと、女性側の体が繁殖可能になる期間がとても短く、しかもその間隔がやたらと長いのが原因らしい。

そう、エルフは12年に一度しか子供を産まないのだ。しかも繁殖可能な期間はたったの2週間らしい。つまりエルフという種は子供を身ごもるチャンスが非常に少ないのである。

しかもエルフの女性が子供を産めるようになるのは200歳以上からというのだから人間の時間感覚ではとても増えてゆけるとは思えない。

だがそれでもエルフ自体は長寿な為、種としては細々ながら継続しているらしい。

そんな理由からエルフはこの世界においても『レア』な存在だった。しかもアンジュ・カッシウス・ロンギヌスはそんなレアな存在であるエルフの中でも更に稀な『ダークエルフ』であった。


そして今、スライムたちは後ろ手に拘束され槍の穂先を突きつけられた状態でアンジュ・カッシウス・ロンギヌスの前にいた。そしてフクロウは飛べないように羽根を縛られていた。

因みにスライムは手がないので羽交い絞め状態にされ且つ鎖で重りに繋がれている。はい、底辺魔物なスライム種に対してこの処置はかなり異例だ。それ程魔物たちはスライムを恐れているようである。

そんなスライムたちを前にロンギヌスは椅子に腰掛けて不機嫌そうに問いかけた。


「今回の魔王様御崩御は貴様たちが関与していると部下が報告してきたのだが相違ないか?」

「あーっ、まぁ関与したと言えばそうなるかも知れないけど実際に魔王を倒したのは別のスライムだよ?いや、体は俺なんだけど別の意識が乗り込んできたんだ。だから正確には俺は関係ない。」

ロンギヌスの問い掛けにスライムが答える。これもまた異例だ。だがそんなスライムを底辺魔物として侮っていないのはさすが魔王直属の親衛隊隊長と言うべきか?

それだけにちゃんと相手の実力を見定めるだけの目を持っているのだろう。もっとも今のスライムのレベル値は普通にLv6なんだけどね。

しかし、ロンギヌスはそれを知ってか知らずかスライムの返答に対して普通に答えた。


「ほうっ、それはまた新しい言い訳だな。もしかして貴様は不思議ちゃんなのか?」

「あーっ、やっぱりそうなっちゃう?まっ、これは言葉で説明しても納得して貰えないだろうからね。うんっ、スピチュアルな現象って他人には信じられない事だからなぁ。」

「ふむっ、良かろう。ならばもう少し詳しく話せ。事の真偽はそれからだ。」

ロンギヌスの言葉にスライムは魔王との戦いから始まり、その後魔落ちスライムに体を乗っ取られ別世界で魔落ちスライムを倒したところまで、かなり話をモリモリに盛って話した。

そして話が終わった時にはスライムは別世界の王にまでなっていた。まっ、ここら辺はロンギヌスも信じないだろう。だが現実に魔王は倒されている。その件ひとつだけでもロンギヌスには異例な事なはずだ。なのでスライムの言った別世界の件に関してはかなり信憑性があると思ったらしい。


「そうか、成る程な。別世界のチカラか・・。」

そう呟くとロンギヌスは黙り込んでしまった。スライムとしても別にもう話す事はないので敢えて話を繋ぐつもりはないらしい。なので双方無言の時間が暫く続いた。

そしてそんな沈黙を先に破ったのはロンギヌスの方だった。


「確かに魔王様はある時からお人が変わられてしまった。私は話し合いによる魔族の状況改革が中々進まぬ事に痺れを切らされたのかと思っていたのだが、そのような事があったのか・・。」

ロンギヌスの話は前に魔王軍四天王の一角であるセカンド・ウリエル・ヨハネがスライムたちに話した事とも合致した。そしてその変化の原因をスライムは魔落ちスライムと魔王の会話により知っており、その事は先程の自慢話の中でも語ったのだ。故にロンギヌスもスライムの話を信じたのだろう。

そしてまたしても暫く黙り込んだロンギヌスは次にとんでもない事をスライムに言い放った。


「まっ、やり方は少々こすいが、魔王を倒した事には変わりない。なので貴様が次の魔王だ。」

「へっ?」

いきなりの急展開にスライムは頭がついていかない。それは周りにいる魔物たちも同じようだった。しかし、そんな周りの動揺を気にする様子もなくロンギヌスは言葉を続けた。


「本来魔王が崩御した場合、魔王の印が体に出た者が次の魔王候補として魔王決定戦の場に立つ事になる。この印はひとりだけではなく複数の者に表れるのが常だ。なので大抵はその者たちで戦い勝利した者が新しい魔王となる。だがこれは魔王が戦い以外で亡くなった場合だ。今回のように戦いに敗れて亡くなった場合は魔王を倒した者が次の魔王になるのがいにしえからの習いである。なので今回は貴様が次の魔王なのだ。」

「はぁ・・。」

ロンギヌスの説明を聞いてもスライムは未だに理解していないようだった。

まぁ、これは例えるなら高校の勉強についてゆけず中退した若者が、ひょんな事からポアンカレ予想のような数学の難問をたまたま解いてしまい祭り上げられるようなものだろう。

しかも若者が難問を解けた理由は、たまたま未来から落ちてきた『漫画で理解するポアンカレ予想 小学生版』という学習漫画を読んでいたからであり、若者自身の実力ではないというオチである。

つまり誤解なのだ。なので身にそぐわぬ立場に持ち上げられるのはスライムにとっても喜ばしい事ではない。舞い上がって了承しても直ぐに下克上が発生し三日天下となるのは目に見えていた。

しかし、断ろうにもスライムはロンギヌスの言っている事が理解できていない。なので拒否もできなかった。なのでそれをロンギヌスは沈黙の了承ととる。

いや、ロンギヌスは解ってやっているのかも知れない。一応慣例なのでスライムを魔王の位に就けるが直ぐに自分が取って代わろうという算段だったのかも知れない。

その事を予想したのか騎士はスライムに忠告しようとしたが邪魔が入った。


「まぁ、素敵っ!私も賛成するわっ!だってその子たちは私も倒したのですもの。ならば次の魔王になるのは当然よねっ!」

その場にいた者たちは全員がその言葉の主の方を見た。そこには騎士たちに討ち取られたはずの魔王軍四天王序列二位のセカンド・ウリエル・ヨハネが立っていた。

その姿に一番驚いたのは当然ながらスライムたちだ。だがそんなスライムたちにウリエルはウインクをして黙っていろとけん制してきた。

しかもウリエルの後ろにはウリエルよりも体格の良い魔物がいた。そう、その魔物こそ魔王軍四天王序列三位のサード・ラファエル・ヨハネだった。そしてラファエルもウリエルの言葉に同意する。


「話はウリエルに聞いた。まぁ、聞いた当初は信じられなかったが、魔王をも倒したとあっては慣例に従いそのスライムが次の王位にに就く事に私としても異論はない。」

「ねっ、ラファエルも同意してるしこの話は進めるべきだわ。ガブリエルはいないみたいだけど四天王の内ふたりが合意してるんですもの、ガブリエルだって反対はしないはず。因みにミカエルは死んだわ。そこにいる新魔王さまと戦ってね。」

ウリエルの言葉にロンギヌスは少し動揺したようだ。まぁ、実際にミカエルを死に至らしめたのはフクロウが投下した爆裂弾だったのだがそこら辺はあまり関係ない。戦いにおいてはどのような方法とて相手を倒せば勝利なのだ。


「と言う事なのでガブリエルの到着を待って経緯を説明した後、新魔王様には王位継承を宣言してもらいましょう。うふっ、色々準備が大変だろうけどそこら辺はお願いねっ、ロンギヌスっ!」

ウリエルに話をまとめられ、且つ新魔王の誕生を祝う準備の全てを丸投げされた形のロンギヌスは唇を噛んだが、もはや状況はロンギヌスの思惑を大きく逸脱して進んでいる。

しかもそれを押し進めているのは魔王軍四天王のNo2とNo3だ。如何にロンギヌスが四天王と同格だと言っても1対2では反論もできないらしい。


因みに説明していなかったがロンギヌスって女性です。しかもかなり美形の。ふふふっ、会話の言葉使いだけでは判らなかったでしょう?これぞ文章におけるミスリードっ!ミステリーなんかでよく使われる技法です。

なので遅ればせながら魔王直属親衛隊隊長アンジュ・カッシウス・ロンギヌスの見た目の説明をここでしておこう。

アンジュ・カッシウス・ロンギヌスは魔物の主としてはエルフに属する。なので当然美形だ。但しロンギヌスはただのエルフではなかった。そう、エルフはエルフでもレアな存在である『ダークエルフ』である事は既に紹介したはずだ。

故にロングヌスの肌の色は茶に近い黒。そして髪は腰まで伸びる金色のストレートロングヘア。その目は切れ長で鋭く凛としている。当然耳は長い。まっ、典型的なダークエルフです。もっともお胸はちょっと貧相なので軍服を着ているロンギヌスは男性と見間違われてもおかしくない。そう、ロンギヌスは所謂男装の麗人なのだ。


さて、スライムたちをおいてきぼりにして何やら話が進んでいるが、当のスライムたちはそれをただただボケっと見ているしかなかった。そもそも現在のスライムたちは捕縛された状態なので口は聞けても動くことはできないのである。

はい、やっぱり魔物って感覚が人間とは違うのでしょう。そもそも新たに担ぎ上げる魔王を縛り付けた状態で話を進める事自体が異様だよね。やっぱりスライムって舐められているのだろうか?まっ、種としては底辺だからなぁ。見た目にしてもスライムって威厳のカケラもないしね。


後、説明が遅れたが四天王序列三位のサード・ラファエル・ヨハネの『種』はスレイプニルである。スレイプニルとは、とある神話に出てくる八本足の軍馬の事で神獣だ。でもこの世界では魔物です。そして軍馬なので当然その姿は『馬』だ。但し脚は八本だった。うんっ、そんなにあって絡まないのかね。神話でこの馬を登場させた語り部って何を思って八脚なんかにしたんだろう?

因みに戦う時は変身するそうです。まっ、そうだよな、基本腕がないと剣すら振れないもんな。

そしてラファエルは役職としては魔王軍の東方方面軍司令官でありLv値は60と言う事になっている。はい、四天王ってレベルが10づつ離れているんだね。まぁ、そこら辺は突っ込んだら負けです。


そしてまだ現れていないが四天王序列一位のファースト・ガブリエル・ヨハネの説明もしておこう。ファースト・ガブリエル・ヨハネは魔王軍の北方方面軍司令官でありLv値は80だ。『種』としてはホワイトベア、つまり白熊である。

はい、他の四天王が神話や空想上の生き物なのに対していきなり既存の生き物です。でも姿が白熊なだけで実力はトップクラスだ。

そう、この世界はレベルが支配している世界なのでレベル値が高ければミミズだって上位になれるのだ。もっとも『種』としての上限値というシバリがあるのでミミズは四天王にはなれないだろうが・・。


しかし、そんな世界のことわりもスライムの登場によって綻びが生じ始めた。この事はこの世界に暗雲をもたらす前兆なのだろうか?規則が崩壊した先にあるのは混沌なはずだ。つまりこれより世界は戦国時代に突入するのかも知れない。

だが、それはまだ先の話だ。今はまだ序章。古い時代が崩壊し新しい時代が産声を上げたばかりなのであろう。


■章■52えーっ、俺が魔王になるの?


その後、漸く縄を解かれたスライムたちは魔王城の中で崩壊を免れていた別の大広間にいた。そこでスライムは四天王たちから今後の事について色々と説明を受ける。

因みにお姫様たちも同室だ。何故なら初め四天王たちはお姫様たちを別室に連れて行こうとしたのだが、それをスライムががんとして認めなかったからである。

まっ、これはスライムとしては当然だろう。いくら四天王たちの態度がスライム寄りになったとはいえ基本魔物たちと人間は敵対関係にあるのだ。なのでいくら自分が魔物で四天王たちとは同胞とはいえ、おいそれとは信用出来るものではなかった。それくらいスライムにとってお姫様たちは大切な『仲間』だったのである。

なのでこれに関しては四天王側が素直に折れ、お姫様たちも大広間の一角に用意された椅子に座りスライムたちのやりとりを見学する事になったのだった。

そして何故か魔王を倒した事になっていて魔物たちの幹部から次期魔王として担がれる事となったスライムはその事に対して全うな意見で幹部たちを諌めた。


「確かに俺は魔王を倒したけど、今はそのチカラを失って元のLv6だよ?それじゃみんなが納得しないだろう?と言うかあんまり近寄んないで欲しいんだけど?なんか高ベレル者が意図せず吐き出す圧力がバシバシ伝わってきてげんなりだ。」

そう言うとスライムはそこにいた魔物の幹部たちに少し離れろとばかりに手の平でしっしっと払った。いや、スライムって手はないか。

だがそんなジェスチャーも幹部たちには全く効果がないようである。


「ふっ、馬鹿を申されるな。新たに頂点に君臨し我々魔物たちを導く魔王がそんな古い考えでは先が思いやられるわい。これからはチカラでなく尊き意志でみなを導く時代。なので魔王本人がヘッポコでもなんの問題もない。がははははっ!」

スライムたちが魔王城の大広間に場所を移した後に、漸く到着した四天王序列一位のファースト・ガブリエル・ヨハネはその巨体を震わせながら言ってやったぜとばかりに高笑いしてスライムの申し出を一喝した。

元々ガブリエルは先の魔王が魔落ちする前のチカラではなく話し合いによる統治体制を支持していたらしい。なのでチカラを持たぬスライムが新たな魔王になるのはガブリエルにとっても理に適うことなのだろう。だからロンギヌスから説明を受けたガブリエルは一も二も無くスライムを新魔王に担ぎ上げる事に賛成したようだった。


「古臭いって・・、雰囲気的にあんたが一番そうゆうのに固執していそうなんだけど?と言うか昔は結構前の魔王と意見が対立していたんだろう?あんたが来る前になんかそうゆう話をロンギヌスから聞いたぜ?」

「がははははっ!昔の事は忘れたわいっ!そう、わしも先代魔王の行動を見ていて変わったのだよ。まっ、先の魔王は挫折したが今度はわしが失敗させぬ。今のわしは新たな魔王が懐刀、『ファースト・ガブリエル・ヨハネ』だっ!」

ガブリエルはそう宣言するとどんと胸を叩き回りの幹部連中に睨みを利かせた。その態度に目ざとい幹部たちがこぞって追随してきた。


「あっ、ずるいぞ『ファースト』っ!なら私は真魔王の右腕だっ!」

「おっ、なら左腕は俺なっ!これは早い者勝ちだからなっ!文句言うなよっ!」

ファースト・ガブリエル・ヨハネの新魔王派宣言に、そこにいた有力魔物たちは波に乗り遅れてはならじと我さきにと自分のポジションを宣言していった。終いには宣言する部位がなくなり自分は魔王のパンツとなると宣言する者まで現れたほどだ。しかも何故かそれは女性幹部たちに人気ならしく取り替えてくれと言う者まで現れる始末である。

そんな状況をロンギヌスは渋い顔で、ウリエルは思惑どうりといった顔で眺めていた。

そんな魔物たちからの一方的なラブコールにスライムも説得を諦めたようだった。なのでため息混じりに魔王就任を承諾する。


「仕方ないなぁ、そこまで言うならやるけど俺は姫様のナイトだからな。お前たちはその次の次くらいだっ!」

「むーっ、まぁそれは致し方あるまい。それみなの者っ!新魔王の誕生であるっ!鬨の声を挙げよっ!」

「おーっ!新魔王ばんざーいっ!魔族に栄光あれっ!」

ガブリエルの掛け声にその場にいた魔物たちが一斉に声を挙げ足を踏み鳴らした。その音量と振動によって大広間のシャンデリアが右に左にと揺れ動く。


さて、自分たちの扱いに対してスライムからあまりと言えばあまりな言われようとなった魔物たちだが、彼らの常識では魔王を倒した者が次の魔王になるのは魔界の鉄則だった。なのでその者が今はLv6に成り下がっていようとも表面上は恭順の意を示すのが当たり前でありいきなりの下克上はあり得ないらしい。

そもそも大広間に集まった幹部連中の中にはスライムを頂点とした新たな体制に、先の魔王が成そうとしていた事への光を見た者も少なくなかったらしい。その者たちは前魔王のシンパだったので当然考えも感化されていたのだろう。

故にその者たちは新たな価値観に覚醒しており、その道理に従えば自らの信念により道を切り開いたスライムに従うのが当然だったのだ。

だがそうは言ってもスライムの真の強さを知らない他の魔物たちはスライムが既にLv6に戻っている事に確信を持てば古い慣習に基づき挑戦してくるはずである。そう、一旦は場の雰囲気から日和見を決めた者も機会さえあればスライムを倒して自身が魔王の座に座る野望を捨てた訳ではないのである。

だが、そんな者たちに対して四天王序列一位のファースト・ガブリエル・ヨハネが動きをけん制する為なのか声高に宣言した。


「わしは真魔王の懐刀なり。その意味するところは魔王の護衛。故にどのような理由があろうとも魔王に逆らう者はわしが排除するっ!」

この宣言により下克上を狙う幹部の殆どは今はその時ではない事を理解した。そう、如何に新魔王となったスライムがLv6だろうと、スライムを倒した後にはガブリエルたち四天王が立ち塞がるのだ。つまり、四天王たちも倒さなければ仮にスライムを倒して魔王になってもそれは三日天下にしかならないのである。

なので下克上を狙う幹部たちも今は恭順の意を表しチャンスを伺うべきだと己が野望を内に隠しその時を待つ事にしたのだった。


そして魔王軍参謀の計略により新魔王がLv6である事は兵士たちには伏せられた。もっともどんなに情報を隠蔽しようともスライム種が魔王の座に就くのは異例である。なので様々な憶測が飛び交うはずだ。

そこで参謀はかん口令を敷きつつもわざと嘘の情報を流し、魔物たちに懸念を抱かせるよう誘導した。それはつまり、新魔王となったスライムはまだその真のチカラに気付いていない。またはそうゆう振りをしているだけで、調子に乗って挑むと痛い目にあうぞと思い込ませたのだ。


かくして魔界始って以来始めて底辺魔物であるスライムが魔王の座に君臨する事となった。この事は伝令によりすぐさま各地の有力者たちへも通達された。その中には当然人間界も含まれる。

そしてこれはひとつの賭けでもあった。人間たちがこの通達に対して新魔王を底辺魔物のスライムと侮り攻勢を掛けてくる可能性もあったのだ。

しかし、そうなったらなったで魔王軍としては雌雄を決するだけだという雰囲気があった。そう、スライムの魔王就任は各方面に色々な波紋を生じさせたのだ。

そしてその波紋が複雑に交じり合う事によって時代は動き出す。そんな時に支払われる代償はどの時代でも決まっていて、それは『血』である。

だがそんな戦乱の時代もやりようによってはその流れ落ちる量は制限できる。つまり新たに魔王に担ぎ上げられたスライムの肩には相当重たい責任が圧し掛かる事になったのだ。

それを知ってかしらずかスライムは新魔王誕生に盛り上がる魔物たちの中でひとりげんなりとしていた。


「むーっ、行き掛かり上魔王になったけど、なんなんだ?俺ってお姫様を助けに来ただけのはずなんだけどなぁ。」

そう愚痴るスライムにお姫様が微笑みながら背中を押してきた。


「スラちゃんならできるわ。だってスラちゃんは目標に向かって努力する事の意味を知っているんだもの。」

「むーっ、俺の目標ってランクAになる事だったんだけどなぁ。それを飛び越して魔王になるってのは俺としては釈然としないんだけど?」

「スラちゃん、人はみんなそれぞれ目標に向かって努力しているわ。だけど大抵は手が届かない。だからいつしか目標を手の届く範囲にすり替えるの。でも中には偶然にも望んでいるもの以上のものに手が届く事もあるわ。そんな事になった時、人には二通りの道が示されるの。ひとつはその地位に相応しい人になろうと努力する人と、もうひとつはその地位の重さに翻弄され身を滅ぼす者とにね。でも私は信じてる。スラちゃんはきっとやり遂げてくれるわ。」

「むーっ、そう言ってくれるのは嬉しいような、重くて潰れそうな・・。」

「ふふふっ、別に急ぐ必要はないわ。ゆっくり少しずつ変えてゆくの。急激な変化は波も高くなるものだしね。」

「はぁー、上に立つのって大変なんだなぁ。」

「そうね、絶対的なチカラを持っているならみんなを無理やり従えさせ導けるけど、そんな人は稀だわ。だから話し合って言葉と情熱で説得するのよ。そして一歩ずつ前に進むの。それはいつしか一本の道になるわ。その道は次に続く者たちの標となる。そう、人々の上に立つ者はみなパイオニアなの。だからスラちゃんもがんばらなくちゃね。」

「うーっ、自分からわざわざ荒野に足を踏み入れるって権力者ってどんだけスイックなんだか・・。なんか想像していたのと全然違うなぁ。」

お姫様から上に立つ者の気概を語られたスライムは思いっきり意気消沈したようである。まっ、誰しも頂点に立つまではそのような理想を胸に抱くものだが、大抵自分の思うように物事が進まずやがて魔に落ちるものだ。お姫様はそれを王宮と言う謀略が渦巻く熾烈な環境の近くで見ていたからこそスライムに忠告したのだろう。

だがそんな深刻な話もガブリエルの介入によって中断した。


「がははははっ、何を深刻な顔をしておるっ!さぁ、今宵は新魔王誕生の宴だっ!飲んで食べて騒ごうぞよっ!この世は泡沫。ならば楽しまねば損だぞっ!」

ガブリエルの言葉にスライムは大広間を見渡すとそこには既に宴席が整えられようとしていた。もっともガブリエルたちは格式など気にしないのか形式的には立食パーティらしい。

なので既に運ばれてきた料理と酒を口にした魔物たちがあちこちで盛り上がっていた。


「むーっ、もしかしてこれが無礼講ってやつなのか?俺の魔王就任祝いと言う割にはなんか俺がのけものなんだけど?」

そんなスライムの愚痴を耳にしたからか、お姫様がスライムを誘った。


「あら、そうなの?ではここはひとつみんなの視線を集める為にも踊りに誘っていただけますか?魔王様。」

「うわっ、その言い方は止めてくれよ、姫様。魔物たちからは仕方ないとしても姫様たちから言われると背中が痒くなっちまう。」

うんっ、まっスライムって手はないけど背中はあるからこの表現はおかしくないな。でもスライムって直径が30センチ程度しかない設定だったはず。これってバスケットボールと大して変わらないサイズだ。なので小柄とは言えお姫様とダンスなんか踊れるのか?

まっ、そこら辺の事はスルーしよう。とにかく何はともあれスライムたちは無事お姫様を取り戻したのだ。スライムの魔王就任は誤算であったがそれもまた運命であろう。

ならばガブリエルの言葉でないが人生楽しんだ者勝ちである。なのでスライムはお姫様の手を取って大広間の中央に出た。そして楽団にポップな楽曲をリクエストする。それに合わせてスライムとお姫様は笑いながら踊り始めた。

そんなふたりにつられるように魔物たちもそれぞれがリズムに合わせて踊りだす。うんっ、この大広間は先に崩壊した大広間よりかなり頑丈なのだろう。びりびりと振動しながらもウリエルなどの大型魔物のステップによく耐えている。


「あはははっ、楽しいね姫様っ!こんなに楽しいのは俺、初めてかも知れないっ!」

「そうね、私もよっ!」

「そうかっ!ならもっと楽しくしようっ!デリートっ!かっこつけて酒なんか飲んでる場合かっ!こっちに来て姫様をさらって見せろっ!」

スライムの挑発に壁の華を決め込んでいた騎士はならばとお姫様の下に歩み寄り床に片膝をついてお姫様を誘った。


「しからば、私めともどうか踊ってくださいませんか?姫様。」

「まぁ、今頃になってやってくるとはずうずうしい。でも今宵はスラちゃんのお祝いですから許しましょう。さぁ、リードしてくださいな。」

「はっ、身に余る光栄です。それでは、姫。お手を。」

お姫様と騎士は多分宮廷内のダンスにおける通例なのか何やらテンプレ的なやり取りをした後、軽やかなステップで踊り始めた。それをスライムは侍女の脇にて眺めている。そしてその光景を侍女に話しかけた。


「う~んっ、俺ってこうゆう事は初めてなんだけど、やっぱりあのふたりは場慣れしているんだねぇ。ほら、廻りの魔物たちも見ほれているもの。」

「ふふふっ、そうですわね。とてもお似合いですわ。」

「だよなぁ、こうゆうのをなんて言うんだっけ?割れ鍋に閉じ蓋だっけ?」

「スライ様、その例えは些か違うかと。」

「そうなの?まっ、どうでもいいかっ!よし、俺たちも踊ろうぜっ、ルイーダっ!」

「あら、お誘いいただけるのですか?でもどうしましょう、私あまりダンスは得意ではないのですけど・・。」

「いいんだよ、そんな事言ったら俺なんてまるっきしなんだからさっ!」

だが、そう言ってルイーダを引っ張れ出そうとしたスライムを遮るように人間の若者がルイーダの前に現れた。


「あれ?なんで?なんで姫様たち以外に人間がいるの?あんた誰?」

「これは失礼しました、魔王様。私はサード・ラファエル・ヨハネです。」

「へっ?いや、ラファエルって馬だったじゃんっ!なに?もしかして同姓同名?」

「いえ、この姿はそちらの貴婦人をお誘いする為に変化したものです。」

「うおっ、これは驚いたなっ!なに?あんたそんな事ができるんだっ!すげーなっ!」

「変化は私の十八番なのですよ。なので先の魔王の影武者も何回か勤めました。」

「うわーっ、すげーっ!そんな事できるんだぁ。うんっ、どこからみても人間の男だよ。ねぇ、ルイーダもそう思うだろう?」

スライムの問い掛けに何故かルイーダは返事をしなかった。なのでスライムはルイーダの方を見る。するとそこには顔を真っ赤にしてもじもじしているルイーダの姿があった。

はい、どうやら人間に変化したラファエルの姿は侍女のどストライクだったらしい。う~んっ、やっぱり人間って顔の印象が大切なんだね。

そしてラファエルはスライムを無視してルイーダをダンスに誘った。


「どうか私と踊って頂けませんか、お譲様。」

「そっ、そんな・・。私は姫様の侍女でお譲様などでは・・。」

「ご謙遜を。私にはその気品溢れるオーラを隠せませんよ。さぁ、どうかお手を取らせて下さい。」

そう言うとラファエルは少々強引にルイーダの手を取り大広間の中央へと連れて行った。そして多少動きがぎこちないルイーダを上手にサポートしながら華麗なステップを刻みだす。

そんな姿を見てスライムは横でハムを頬張っているフクロウに話しかけた。


「いや~、一時はどうなるかと思ったけどなるようになるもんだなぁ。」

「うむっ、そうじゃな。これも時代の流れかのぉ。だが安心するのは早いぞ。時代が動く時は大抵揺れ戻しがあるものじゃ。そうゆう意味ではお主の前途は暗雲が立ち込めていると言えよう。まっ、しっかりする事じゃな。」

「やっぱりそう思う?でもまぁ、今が楽しけりゃいいや。そうなったらなったで、その時考えるよ。」

「そうじゃな、構えてばかりいては動く事すらできなくなるからのぉ。おっ、あっちの皿の肉もうまそうじゃ。どれひとつ味見をしてこよう。」

そう言うとフクロウは飛び立ってしまった。ひとり壁に残されたスライムはしげしげと大広間を見渡し楽しげに踊っているみんなの姿に、こうゆうのが幸せって言うのかなぁと思ったのだった。

そしてそんな幸せな時間は夜明けまで続いた。はい、おかげで翌日はみんな昼過ぎまで寝坊です。まっ、たまにはいいよね。そもそも異世界って曜日があるのか?今日が月曜日だったらみんな遅刻じゃないのか?そこら辺どうなんだろう?


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