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皇太子の事情

■章■29皇太子の事情


さて、陰謀渦巻く王宮の権力争いに巻き込まれ魔王の元へと生贄として差し出される事になったお姫様だが、ここで一旦王宮関係者のお浚いをしておこう。

因みに主要な貴族についても説明するので凄い人数が出てくるが驚かないように。まっ、それらのキャラクターは殆ど出番はないけどね。


その前にまずこの世界の統治者たちの相関を説明しよう。

皇太子やお姫様がいる国の名前はアルカディア王国と言い、現在はグーグー王朝代7世代オルグ・アイアン・グーグー国王がトップに君臨している。因みにみんなはもう忘れているだろうがお姫様のフルネームはコーネリア・ヒロコ・グーグーであり、アルカディア王国の第三王女である。はい、手の平にメモしておいてね。


さて、そしてアルカディア王国は先にも説明したが専制君主による絶対王政国家だ。


そんなアルカディア王国の北にはローレンシア王国があり、東にはコロンビア王国とパノティア王国があり、南で国境を接しているのがロディニア王国とゴンドワナ王国である。

これらの国々は時にアルカディア王国と敵対し、時に手を結ぶなどして1千年の間この世界で覇を競い合っていた。

つまりアルカディア王国は西以外は全て仮想敵国に陸続きで囲まれていたのである。


なら西は大丈夫なのかと言えばそうでもなく、60キロメートル程の海峡を挟んでパンゲア王国があり、当然その国とも海峡の利権などでいざこざは絶えなかった。

またそれぞれの国の先にもローラシア王国、アメイジア王国、ウルティマ王国など多くの王国があり、それらの国々もまた常に近隣の王国と争いながら現在に至っている。

そして長い間には戦いに敗れ滅亡してしまい今では歴史にのみ名を残すのみとなった王国も多かった。


そんな王国群の中でもアルカディア王国は隣のパンゲア王国と並んで軍事強国であると諸国から警戒されていた。

そう、アルカディア王国の王となる事は近隣諸国に対しても絶大な影響力を得るという事だったのである。

しかし影響力があるからと言って近隣諸国に力尽くで何かを強要しても必ずしも相手が妥協するとは限らない。何故ならそのような場合は大抵隣り合う王国同士が同盟を結び対抗してくるからだ。時には周辺各国全てが同盟を結び、一丸となって逆にアルカディア王国を攻め立ててきた事もあったのだ。

だが現在は現王オルグ・アイアン・グーグーの巧みな懐柔外交政策によって近隣諸国とは良好な関係を保っている。

人々はこれを『オルグの戦略的休戦日』オルグ オブ ストラテジック・ホリデーと呼んでいた。


さて国際情勢はこれくらいにしておこう。次は王室関係だ。

先にも言ったが現国王はグーグー王朝代7世代オルグ・アイアン・グーグーである。年齢は今年56歳となった。若くはないがまだじじいでもない。でも孫はいるので身内の中ではおじいちゃんでもある。

そんなオルグ・アイアン・グーグーが王位を継いだのは10年前。46歳の時である。因みに前王の死因は糖尿病と高血圧が原因の心筋梗塞だった。まっ、口さかない連中がよくいう『贅沢病』だ。

実際、前王はかなりの肥満で体重も軽く100キロを越えていた。ただ体格が良かったので体型的にはそんなにデブには見えなかった。でも付くべきところにはちゃんと脂肪が蓄積していたらしい。所謂隠れ肥満と言うやつだったのかも知れない。

そんな前王は側室とベッドの上でイチャイチャしていた時に突然苦しみだし、医者が駆けつけた時には既に亡くなっていた。うんっ、70歳過ぎていたのに張り切り過ぎたんだな。


そんな前王には3人の息子と3人の娘がいたがオルグ・アイアン・グーグーは次男だった。だが長男は国政に全く興味を示さず、なんやかんやと理由をつけて皇太子の責務を放棄していたので前王が亡くなった時はオルグ・アイアン・グーグーが皇太子であった。

なのでオルグ・アイアン・グーグーは次男ではあったが然したる騒動もなく正当な王位継承者として王位へと付いたのである。

もっともこの事が、後に現皇太子と第三王子とが王の後継者として王の座を争う火種になったのは歴史の皮肉だ。

因みに前王の長男は20年前に死亡。死因はお忍びで市中に遊びに行った時にゴロツキと喧嘩になり刺された。享年38歳。妃と3人の子供たちは現在王籍を離れ妃の実家で暮らしている。

また3人の娘たちも全て他国の王家へ嫁いでおり王籍を離れている。とは言っても血は繋がっているので発言権はそれなりに維持していた。特に長女は前王の子供の中では最年長者なので兄弟間では強い発言権を持っている。


ここまでが現国王であるオルグ・アイアン・グーグーの親兄弟に関する情報である。だが教えておいてなんだがこの情報は今後あまり使われない。全く関係ない訳ではないが忘れてしまっても影響はないだろう。


だが次に挙げる現皇太子関係の兄弟間関係は割りと重要だ。なのでこれからそれらを説明しよう。


現皇太子バランス・ニッケル・グーグーが産まれたのは32年前。現王24歳の時の子供である。母親は前王妃ホワイト・ローズ・グーグー。

だが前王妃は26年前に流行り病にてに病死している。この時、皇太子は6歳、国王は30歳であった。

そして皇太子には妹と弟がいたが弟は4年前に2歳で病死していた。妹は現在他国の王家へ嫁いでいる。


その後、現王は前王妃の喪が明けた翌年に現王妃と再婚している。そして1年後に第三王子が生まれた。この時現王32歳、王妃は22歳であった。

その後王妃はこの世界での年子になる2年後に第四王子を出産した。だがその2年後に出産した女の子は流産だった。

そのせいなのか王妃は第三王子王子と同じ年に側室が産んだ第二王女を事の外可愛がった。だがあまりにも可愛がり過ぎ、第二王女の親である側室がノイローゼになった為王から諌められる。

まぁ、それだけ王妃としては女の子を望んでいたのだろう。王妃は第三王子、第四王子と続けて王子を産んだ事により妃としての重責は十分に果たしていた。なので三人目はどうしても女の子が欲しかったのだろう。

だが希望どうり授かった女の子を妃は流産してしまう。その悲しみは如何ほどだったのが。故に第二王女の親である側室も王妃が自分の娘を我が子のように可愛がるのに口を挟めなかったのだ。その葛藤が精神を蝕んだとも言える。

時に母親の行き過ぎた愛情はこのような軋轢を生むのだろう。この場合、どちらが悪いなどとは誰も言えない。ただ、抑えることのできない感情が立場の弱い方の精神を深く傷つけてしまったのだ。


だがそんな王妃にも神は救いの手を差し伸べてくれた。そう、別の側室が女の子を出産したのだ。だがその側室は産後の肥立ちが芳しくなく女の子を出産後1ケ月程で亡くなった。

その時側室は王妃の手を取りどうか王妃の子として育てて欲しいと王妃に幼子の事を託したのである。これは別に王妃が側室に毒を盛ったなどと言うサスペンスじみた事ではなく、この世界では割と起こっている事だ。

そう、それ程出産とは命がけなのだ。現代社会においても母子共に無事などというのは医療体制が充実しているからこそなのである。

故に第三王女は王妃の娘として育てられる事となった。その女の子こそ、今回魔王の元へと送られる事となったコーネリア・ヒロコ・グーグー王女であった。


さて、グーグー王家にはその後別の側室の子として第五王子と第四王女が誕生した。これにてオルグ・アイアン・グーグーの子供は幼くして死んでしまった第二王子と死産となった王女も含めると総勢10人となる。うんっ、がんばったじゃないか王様。と言うか何人側室がいるんだ?世の男の子たちが羨ましがっているぞっ!


さて、これにて皇太子の近親者の説明は済んだ。だがまだ王家の周りを取り囲む貴族たちの事を説明していない。だけどさすがに皆さんも飽きたでしょう?なので貴族たちや政治関係についてはまた次の機会に話す事としよう。


さて、それでは口直しとして最後にスライムたちが今どうしているかを見てみよう。


「う~んっ、むにゃむにゃ。もう食べられない・・。ぐー。」

成る程、割と気楽らしい。まっ、緊張ばかりしていては心が持たないからね。息抜きは大切だ。


■章■30いざっ、魔王城へっ!


さて、魔王への貢物として魔王城へと向かうお姫様を追ってスライムたちが道を進んでいると先の状況を調べる斥候役をかってでていたフクロウが戻ってきた。だがその表情は厳しい。


「まずいぞっスライムよ。この先で魔王軍が陣を敷いておった。しかもあの旗印は魔王軍四天王がひとり、フォース・ミカエル・ヨハネのものだ。」

おーっ、魔王軍四天王っ!これは魔王が出てくる物語としては外せない絶対アイテムっ!なんかわくわくしてくるねっ!

だが世情に疎いスライムはピンとこなかったらしい。なのでフクロウに説明を求めた。


「なにそれ?と言うか魔王の配下なのにその名前はちょっとまずいんじゃないの?」

そう、確かに悪役側である魔王の配下としてミカエルとかヨハネはちょっとミステークだ。だが面倒なのでその理由はここでは説明しない。興味がある方は自分で調べてみように。


「むーっ、確かにそうなんじゃが魔王って実は昔は神の忠実なしもべだったという説もあるからな。ならばその配下がそっち系の名前を名乗ってもおかしくないとも言える。」

「そうかなぁ、でも昔はともかく今は魔王なんだろう?だとしたらそれに相応しい名前に変えるべきじゃないのか?あっ、もしかして不法入国していて戸籍がないのか?」

「これ、どこの世界の話をしておるのじゃ。こちらの世界では戸籍なんぞないわいっ!いや、人間共の組織には租税納税者名簿はあるがな。」

そう、国が管理する戸籍とは基本納税者を取りこぼさないようにする為のものだ。だが、それだけだとみんなが名前を申告しなくなるので色々と特典をつけてているのである。いや、どこかの世界では刑罰まで持ち出して強要しているらしい。すごいな、民主主義。だけど為政者はその甘い誘惑に抗えるのかねぇ。


だがスライム以上にフクロウの言っている事が理解できないでいる者がいた。そう、新たにメンバーに加わった騎士だ。因みに侍女は理解しようとする事すら放棄しています。まっ、彼女にしてみれば詳しく説明されても判らない事だらけだろうからね。

でも、騎士は軍事関係者として魔王関係の事はそれなりに情報を持っていたのだが、さすがに魔王軍の内部情報までは知り得ていなかった。そうゆう意味では、このフクロウのじいさんって本当に物知りだよな。

そこでフクロウは改めて魔王軍四天王について説明を始めた。


「そうじゃな、まず魔王軍は方面軍として四つの軍団と魔王直属の親衛隊で構成されておる。そして四つの方面軍の長が魔王軍四天王と呼ばれておるのじゃ。」

「あーっ、それは俺も聞いている。ただ指揮官の名前などを聞いた事がないだけだ。」

「そうじゃろうな。お主ら人間は魔物たちを捕虜とはしないからな。基本、出会ったら皆殺しじゃろう?」

「そうだな、殺すか殺されるかだ。斥候部隊などは情報を得ようと生け捕りにして尋問する事もあるが、基本魔物は見つけ次第抹殺だ。」

騎士の言葉にスライムは顔をしかめた。それを見て騎士は言葉を付け足す。


「いや、今のはあくまで作戦行動中の話だ。軍とて平時は無闇に魔物たちを殺したりしない。と言うか、どちらかと言えば通常魔物たちを狩っているのは冒険者たちだろう?」

「あーっ、確かに。」

騎士の説明にスライムは納得した。そう、軍隊は時に王や貴族からの命令で魔物たちの掃討作戦を行うが、それはあくまで特例の作戦行動であり基本騎士たち本来の敵は人間なのだ。

なので正確な数字はないが人間に退治された魔物の殆どは冒険者たちによって狩られているのである。もっとも魔物側も捕食が目的とはいえ人間を襲うのだからどちらが悪いなどとは断定できない。


「だが対人間用として編成された人間の軍も魔王軍だけは別じゃろう。つまり人間の軍隊にとって魔王軍は他国の軍隊と同等と認識されておるはずじゃ。」

「そうだな、今はあまり聞かないが昔は領土拡大を目的に魔王領へ侵攻した時もあった。その時我々人間側の軍と相対したのが魔王軍だ。」

「昔か・・、ふぉふぉふぉっ、貴殿がどれ程昔の事を言っているのかは判らぬが、前魔王は武闘派だったらしいからのぉ。人間たちとはかなり激しくやりあったと聞く。」

「ああっ、200年程前から100年間は各国が共同戦線を強いて魔王軍と何ども激戦を繰り広げたという記録は読んだ事がある。」

「そうじゃな、確か今の魔王が前魔王を倒して新魔王として立ったのが100年程前じゃ。つまり人間たちと魔王軍の戦いを取り合えず休戦状態にしたのは現魔王なのじゃよ。」

「それは初耳だな。いや、当時は魔王軍側が押され気味だったのでかなり譲歩して休戦を申し込んできたと記録にはあったが・・。」

「ふぉふぉふぉっ、歴史書などは大抵為政者側に都合の悪い事は書かぬからな。そもそも一国では敵わぬから人間たちは共同戦線を張ったのじゃろう?」

「そうかも知れぬが、それ故に押し返し優位になったと書いてあったが?」

「まっ、当時の事はワシも人伝に聞いただけじゃからな。真相は闇の中じゃ。そもそもこんなところで貴殿とワシがどちらがどうだったかなど言い争っても意味が無い。ほれ、こやつなど、興味を無くしてうつらうつらしておるわい。」

フクロウはそう言ってスライムの方を目線で示した。そこにはとろんとした目をして侍女に寄りかかり今にも寝てしまいそうなスライムの姿があった。

だが今フクロウの話し相手は騎士なので、フクロウは話を進める。


「さて、昔話ではなく今の事を話さなくてはな。はて?どこまで話したかのぉ。」

「魔王軍は方面軍として四つの軍団と魔王直属の親衛隊で構成されていて、各方面軍の長が魔王軍四天王と呼ばれているというところまでだ。」

「おうっ、そうじゃった。して、今回ワシが見た旗印は魔王軍四天王がひとり、フォース・ミカエル・ヨハネのものじゃったが、あやつは四天王の中でも最弱と呼ばれている。だがそれはあくまで四天王内だけのチカラ関係であり実際の実力は侮れん。」

魔王軍四天王内では最弱・・、だがそれは高い能力を有した者たちの間における相対関係で元々そのグループ自体がハイレベルなので舐めると痛い目に遭うぞとフクロウは騎士に警告したのだった。


「具体的にはどれくらいなんだ?」

「やつの魔物の生物種としてはケルベロスじゃ。但しやつはゴールドケルベロスらしい。故にレベルは50と聞いておる。」

「ケルベロス・・、そしてレベル50でも最弱なのか・・。他の四天王のレベルを聞くのが怖いな。」

フクロウの説明に騎士は先程フクロウが言わんとしていた事を実感した。そう、基本Lv50の相手を弱いとはとても言えないからだ。因みにケルベロスの説明は後でするので今はスルーしてもいいです。


そしてフクロウは騎士の呟きに応えるように他の四天王たちの説明を始めた。

「フォース・ミカエル・ヨハネ以外の四天王はランク順で言うと筆頭のファースト・ガブリエル・ヨハネがLv80、次席のセカンド・ウリエル・ヨハネがLv70、三位のサード・ラファエル・ヨハネがLv60と噂されておる。だがこやつらは今、人間に対する守りとして他の前線に出向いていて留守なはずじゃ。そしてこやつらとは別に魔王直属の親衛隊隊長としてアンジュ・カッシウス・ロンギヌスがいる。こやつは魔王城とその周辺が管轄なので魔王城に向かう以上必ず会う事になるじゃろう。Lvに関しては情報が無い。まっ、親衛隊じゃからな。弱くは無いじゃろう。だが強いとも限らん。そもそもあまり強いとあらぬ感情が沸き起こるじゃろうからな。」

「それって下克上って事か?」

「そうじゃ、如何に魔王がLv99を誇ろうとも寝込みを襲われては抗えぬからな。」


そう、この世界では戦いにおいてLvの値が絶対的な意味を持っている。だがそれはあくまで戦う意志を持って対峙した時のチカラ関係で油断をしていればレベルが高位の者とて下位の者に足元をすくわれるのである。

故に集団生活ではお互いの信頼や絆が大切なのだ。その意味を理解していない者は集団から排除される。何故なら相手に自分の背中を預けるという事は、同時に相手の背中も守ると言う事でもあるからだ。

互いを守り守られる、そんな関係を築く為に必要な最大の要素はチカラではなく相手に対する無償の信頼なのである。

なので魔王の側に仕える親衛隊の隊長に求められるものは、絶対的なチカラではなく盲信に近い魔王への忠誠であろう。


つまり親衛隊はいざとなったら自らの死をも厭わず突撃してくると言う事だ。これはある意味とても厄介な相手である。何故ならそんな行動は相対する者の心に深い恐怖をもたらすからだ。

特に大した覚悟も無く戦いに赴いた者たちは、このような狂信的な敵に遭遇すると忽ちパニックを起こす。そしてその感情は周りに感染し最終的に戦線が瓦解する。


そう、戦場に立つ兵隊とて本当は死にたくはないのだ。だがそんな死をも厭わない存在が自分を道連れにしようと迫ってくるのを間に当たりにしたら恐怖するなと言う方が無理である。

そしてそのような攻撃方法をとった例が別世界では存在していた。そう、それらは『バンザイ突撃』『特攻』『自爆攻撃』などと言われていた。


さて、説明が長くなったが騎士へフクロウの四天王の説明はまだ続いた。

「各四天王が保持している部隊としての戦力はワシも詳しくは知らぬ。と言うか今回のワシらの作戦にはそれはあまり関係ないじゃろう。そもそも出来るだけ戦闘は避けたいからのぉ。それに方面軍と全面衝突などしたらワシらには成す術がない。これは判ろう?」

「そうだな、軍隊にひとりで立ち向かえるのは伝説の戦士『ランボー』だけだ。」

騎士は何故かフクロウの問い掛けに別世界のフィクションヒーローの名前を出して答えた。むーっ、『ランボー』って異世界でも有名なのか・・。『ロッキー』はどうなのかな?私としてはシュワちゃんの『ターミネーター』の方が好きなんだが?


「なので、この先に陣取るフォース・ミカエル・ヨハネの部隊に対しても迂回する事をワシは提案する。」

「迂回か・・、確かにそれは安全な策かも知れないが時間的なロスが生じる。俺たちの目的は姫の奪還だ。だがそれには時間的な制限がある。なので迂回していては姫を取り戻す機会を失うだろう。それでは本末転倒だ。」

「多勢に無勢、ここで討ち死にしても結果は同じじゃぞ?」

「そうだな、だがそこに僅かでも望みがあるなら俺はそれに掛けたい。危険だからと言って挑戦を避けてばかりいては何も手にする事は出来ないのだから。」

そう、戦いとは常にベストな状態で迎えられる訳ではないのだ。だからと言って勝てる相手だけ相手にしていてはそれは『本当の強さ』とは言えない。

そんな騎士の気概にフクロウは説得を諦めたようだ。なので行動を起こすべく、傍らでぐーすかと寝ているスライムを叩き起こした。


「これっ、このボケナスっ!話は終わったぞっ!直ぐに姫様を助けにいくからさっさと起きんかっ!」

「へっ?なに?あれ、俺寝ちゃってた?んーっ、おしいなぁ、もう少しで姫様を魔王の手から救い出せたのに。」

「気楽なもんじゃな。まっ、アクティブな未来を想像するのは悪い事ではない。だが現実は厳しいぞ。ほれっ、しゃきっとせい。まずは作戦会議じゃっ!」

フクロウの言葉にふたりと一匹はこの先に陣取っているフォース・ミカエル・ヨハネの部隊に対する作戦を打ち合わせし、それぞれの役目を確認しあった。


「よっしゃーっ!それじゃいっちょぶちかますぜっ!俺たちは姫様の剣だっ!邪魔するやつらはぎったぎっただぁっ!」

「おーっ!」

スライムの掛け声と共にそれぞれが鬨の声を上げる。かくして姫様奪還チームによる最初の関門、対フォース・ミカエル・ヨハネ戦の幕が上がったのだった。


■章■31魔王軍フォース・ミカエル・ヨハネ隊


魔王軍四天王がひとり、フォース・ミカエル・ヨハネ。うんっ、長いね。なので以後はミカエルと略します。


そのミカエルが率いている兵力はおよそ60人だった。四天王が率いる人数としてはえらく少ないが、これはミカエルが担当する地域から魔王城へ現地の状況報告の為に戻る途中だったからだ。つまりミカエルは作戦行動中ではなかったのである。

それでも60人を引き連れているのは単に四天王としての見栄である。それと魔物の生物種としてミカエルがケルベロスだと言う事も関係していた。

そうケルベロスとは大雑把に言うと犬の魔物だ。なので大抵は群れで行動するのである。団体行動は犬族の掟。故に一匹狼などという存在は、犬たちにしてみれば犬族は認められない無視すべきものなのだ。


と言う事でミカエルの配下たちも全て犬族で占められていた。

それらの面子は『ウルフ』『ジャッカル』『フォックス』『ハイエナ』『コヨーテ』『ドーベルマン』『シェパード』『セントバーナード』『チワワ』『コビー』『人面犬』等バラエティーに富んでいた。

そう、犬族とはまことに多種多様な姿かたちをを有する種なのである。いや、ハイエナは種が違うばずなんだけど?えっ、気にしないの?

因みに以後は魔物も『匹』でなく『人』で数えます。はい、犬だけど魔物なので『人』として扱います。混乱しないように。

まっ、これは魔物擁護団体から人権等に関してクレームを受けないようにする為の大人な対応です。


そんなワンちゃん大集合なミカエル軍だが、殆どの魔物は二足歩行だ。うんっ、つまらん。犬は犬らしく四速歩行で尻尾振ってろよっ!ほらっ、腹を撫でてやるからごろんとしなっ!

おらおらおらっ、気持ちよくてうっとりだろうっ!思わず嬉ションをチビるだろうっ!あっ、こらチワワっ!そんなプルプルした目でみるんじゃねぇ。順番なんだから我慢しろっ!

うんつ、妄想って楽しいねっ!でもモフモフが今回のテーマではないので先に進むとしよう。


ではここで先送りしていたケルベロスについて説明しよう。

ケルベロスとは犬の魔物であり有名な肩書きとしては地獄の門番がある。そしてその風貌はひとつの胴体に頭が三つ乗っかっているのが特徴だ。こいつキング○ドラをパクったのか?いや、時間軸的にはこっちが先か。

そしてケルベロスは何故か甘いものが好きで音楽を聴くと寝ると言われているが、それは別世界の神話の話でこちらの世界のケルベロスはそんな事はない。でも犬だから骨付き肉は大好きだっ!


そしてかなり前にも言ったがケルベロスは生物種としての平均レベルはLv20台前半である。そう、低くは無いがそんなに高くもないのである。

だが犬族はレベルの振れ幅が大きく、中にはとんでもないレベルの者もいるのだ。その筆頭がゴールドケルベロスである。そして当然ミカエルはゴールドケルベロスだった。


さて、では他の魔物たちのレベルはどうなのかと言うと、まぁ色々である。ウルフ系やドーベルマンなどは当然レベルが高い。ハイエナもそれらに負けていない。多くを占めるミックス系はそこそこだが、それでも10前後だ。

まっ、さすがにコビーやチワワは3とかだけど多分これらは部隊のマスコットとしているのだろう。なので直接戦闘には従事しないはずだ。


さて、そんな魔物軍団にスライムたちはまず侍女をぶつけた。とは言ってもそのままではあっという間に組み敷かれるのでフクロウに変装魔法と魅惑魔法を施してもらってだ。これにより魔物たちを篭絡し、その隙を突いてスライムたちが突入するという計画なのである。


「はぁ~い、お兄さん方こんなところで何をなさっているのぉ。」

犬のゴールデンレトリバーに変装した侍女が腰をくねらせながら部隊の魔物たちへ声をかけた。そう、次女はフクロウにゴールデンレトリバーとなる変装魔法を施してもらったので魔物たちにはゴールデンレトリバーに見えている・・はずである。因みにフクロウが施した魔法は体臭なんかも誤魔化すので相手が犬っころでも完璧だっ!


「おっ、なんだ姉さんこそこんなところで何してるんだい?あんたみたいな美人がひとりで森の中なんざ歩いたら危ないだろうに。」

「ふふふっ、アリガト。でもみなさんは紳士なんでしょ?だってその旗印は私でも知っているもの。」

「はははっ、そう言われちゃ手が出せないな。おうっ、俺たちは魔王軍南方方面軍司令官フォース・ミカエル・ヨハネ様の配下よ。」

多分犬種はシベリアンハスキーの血が入った雑種と思われる魔物はそう言って胸を張った。その態度から察するにこいつは自分の所属している組織に誇りを持っているのだろう。なので侍女はそこら辺を更に刺激する。


「やっぱりっ!なら安心だわ。確かにここに来るまでの道って、なんか人間の気配が残っていたからちょっと心配してたのよね。だって、この道って魔王様がいらっしゃる魔王城へ続く道なんでしょ?」

「そうだ、なので基本人間は近寄らせねぇ。とは言っても姉さんも鼻が利くな。確かに昨日遅くにここを人間たちが通ったんだ。」

「あら、そうなの?でもなんで?」

「んーっ、これはまだ秘密なんだがいいだろう。どうせ直ぐ発表があるだろうからな。実は今回人間側から魔王様へ貢物が届いたんだ。姉さんが嗅いだ人間たちの匂いってのは、それを運んできたやつらの匂いだよ。」

ビンゴっ!侍女は心の中でガッツポーズを決めた。そして更に探りを入れる。


「まぁ、そうだったの。さすがは魔王様ねぇ。人間からも贈り物が届くんだ。」

「おうっ、しかもその貢物がなんと人間たちの王女らしいぜ。俺は直接見てはいなかったんだが噂ではそう聞いた。」

「王女様?なんで?もしかして人間たちって漸く魔王様に全面降伏してきたの?」

「う~んっ、どうかなぁ。詳しいことは俺たちもしらないんだけどさ。でも近々発表はあるだろう。だって貢物が王女だなんて大事件だからな。相当な事がなけりゃ人間たちだって王女は差しださねぇはずだ。」

「わ~っ、なんかワクワクしちゃうわね。さすがは魔王様だわ。人間と休戦しつつも駆け引きをされていたのねぇ。」

「はははっ、まっ、そこら辺は俺たちには判んねぇけど俺としてはちょっと残念でもある。」

「あら、どうして?」

「俺たちは武人だからな。戦場に身を置き武功を立てるのが望みだ。平和になるとそのチャンスがなくなっちまう。」

「まっ、平和を勝ち取る為に戦っていらしたのかと思ったらそんな動機があったなんて、ちょっとがっかりだわ。」

「はははっ、まっ、本音と建前があるからな。今のは本音だがあくまでオフレコだぜ?」

「はいはい、口チャックね。ところで・・」

侍女は魔物から思いかけない情報を得た為、急遽予定を変更して更に情報を引き出そうとした。


「私ってフリーの旅芸人なんだけど、今回魔王様のお膝元で稼ごうと思ってやってきたのよ。でもそんな事があったなら私なんて入れてもらえるかしら?」

「あーっ、どうかな。別に厳重警戒令は敷かれていないだろうけど関所のチェックは厳しくなっているはずだ。入れて貰えない事はないだろうけど時間は掛かると思うぜ。」

「そうなんだ、ところで関所ってどこにあるの?」

「あーっ、ここから20キロ程のところにひとつある。だが聞いた話ではその手前10キロのところにも臨時の関所を設けているって話だ。」

「ふぅ~ん、もしかしてあなた方がここにいるのもその関所の順番待ち?」

「いや、俺たちは単に休憩中だ。今回はミカエル様が担当する地域の現地状況報告の為に魔王城戻る途中なんだ。ただそんな事があったんで指揮官連中がどうするか話し合っている最中なのさ。」

「どうするって?」

「今回の王女の件は人間側の罠かも知れないからな。だとしたら警戒を厳しくしなくちゃならない。なので城下に戻るかここで警戒線を張るか話し合ってるらしい。」

「あーっ、成る程ね。でも警戒線って言っても大丈夫なの?そんなに人数がいるようには見えないけど?」

「そうだな、今回はミカエル様の護衛として来たから60人しかいない。だが仮に人間たちが何人で来ようとも足止めして見せるさ。」

「わ~ぉ、頼もしいのね。」

「ふっ、俺たちを舐めて貰っちゃ困るぜっ!何たって魔王軍四天王のおひとり、フォース・ミカエル・ヨハネ様麾下の先鋭だからなっ!」

「そっか、でも色々大変なのね。んーっ、もしも城下に行くんだったら連れてって貰おうと思ったけど望み薄かぁ。仕方ない、今回は諦めるわ。色々話してくれてありがとう。」

そう言うと侍女は来た道を引き返した。その後姿を鼻の下を伸ばした魔物が残念そうに見送る。そう、今回魔物がやたらとお喋りだったのはフクロウが侍女に施した魅惑魔法の効果だったのだ。


そして無事スライムたちの下に戻った侍女は魔物から聞き出した情報を伝える。それを聞いてスライムたちは再度作戦を練り直した。


「まずルイーダが聞き出した情報として、姫たちはこの道を昨日遅くに通ったらしい。だとしたら我々は半日以上遅れている事になる。そして我々の行く手を邪魔する魔物たちは60人。しかも魔王軍の先鋭らしい。この情報は素晴らしいものだが、逆に我々の置かれている状況が時間的にますます厳しいものだという事が判明した。」

「そうだね、姫様とは半日以内の距離だと思っていたからなぁ。」

「なので魔王軍の部隊を迅速に殲滅し先に進みたい。」

「むーっ、そうは言っても相手は60人なんだろう?こっちは俺とあんただけだぜ?戦力的に難しくないか?」

「別に60人全部を倒す必要はない。半分も蹴散らせば敵は遁走するはずだ。」

「それでも30人かよ。」

「そこで新たな作戦なんだが、スライムよ、お前囮になってくれ。」

「へっ、囮?いや、それは構わないけどあいつらスライムの俺なんか追いかけてくるかね?」

「そこはまたフクロウ殿の変装魔法のチカラをお借りしたい。」

「あーっ、まぁそうだね、ドラゴンは無理かも知れないけどヒュドラくらいなら化けられるか。あいつらもヒュドラなら警戒して討ち取ろうと追いかけてくるだろうからな。」

「いや、お前が化けるのはもっと魅力的なものだ。」

その後、スライムは自分が化けるモノを聞いてげんなりする。だが確かに犬種の魔物たちにはその方が魅力を感じるはずだ。なのでスライムはしぶしぶではあるが了解した。


「それじゃやるかっ!まっ、なるべく多くを連れていけるようがんばるけど、こればっかりは相手次第だ。失敗しても恨むなよ。」

「ふっ、魔物如き何人いようが蹴散らしてやるさ。」

「それって俺を前にして言うのはまずいんじゃない?」

「お前は別さ。気にするんじゃない。」

「なんだかなぁ、微妙だぜ。あーっ、ルイーダとじいさんは隠れていてくれ。仮に失敗した時は構わず逃げろよ。」

「言われんでも逃げるわいっ!ワシは本来部外者じゃっ!」

「ご武運をっ!デリート様、スライ殿っ!」

侍女の掛け声を合図にスライムと騎士は魔王軍ミカエル隊の先鋭部隊へ向けて走り出した。そんなふたりを見送りながら、侍女は膝をつき両手を合わせて神へ二人の加護を願う祈りをゆっくりと、しかし強い信念を持って口にするのであった。


■章■32前哨戦。騎士は意外と強かった


「おいっ、なんだあれ?」

魔王軍フォース・ミカエル・ヨハネ隊の兵士が自分たちの方へ向かって来る異様なものを指差して仲間に問いかけた。しかし声を掛けられた方もそれを見てあまりの異様さに答えられないでいる。

だが漸く頭の整理がついたのかぽつりと呟いた。


「俺には骨付き肉に見えるんだが・・。」

「あっ、やっぱり?でもそれってあり得るのか?」

「あり得ないな、でも・・あり得るのか?」

いや、何をこいつらは悩んでいるんだ?基本、骨付き肉がぴょんぴょん飛び跳ねて近付いてくるなんて有り得ないだろうに。

だがこれは別の例えで考えるとこいつらが戸惑うのも少しわかる。そう、突然中学生男子の前にぼんきゅぽんの超絶バディな女性が、しかも素っ裸で現れたら当然中学生男子は金縛りにあったかのように動けなくなるはずだ。

いや、これは別に中学生男子に限った事ではないだろうが判りやすいから代表で出演して貰った。ほら、ニヤニヤしている高校生の君だって五十歩百歩なんだからね?人の事を笑ってはいけません。


そして犬族の魔物たちにとって骨付き肉とは中学生男子に対する女性のヌードと同じくらい目が離せない魅惑の大好物なのだ。

なので自然とよだれが口から垂れる。そして魔物たちは本能に導かれるがままに骨付き肉を追った。その数およそ20名。当初予定していた人数よりは少ないがそれでも3割以上の数を本体から引き離す事に成功した。

そう、実は今魔物たちが追っている骨付き肉はフクロウの変装魔法によって化けているスライムなのだ。


「うはっ、あいつらやっぱり犬なんだなぁ。目の色が変わってやがるっ!という事は化け猫が相手の場合は猫缶に化ければいいのか・・。う~んっ、シュールだ。」

20名もの魔物に追いかけられながらもスライムは割りと呑気であった。だが生物種としても足が速い部類に入る犬族相手にそんな余裕を咬ましていていいのかね。ほら、何かひとりが猛ダッシュしてきたぞ?


「あまい、あまいっ!俺をただのスライムと思うなよっ!こちとら長年の鍛錬によってオリンピックで金メダルすら狙えるくらいになったんだからなっ!」

あーっ、異世界モノでオリンピックを引き合いに出すのは違和感ありありなんだが?もしかしてこっちの世界にもオリンピックがあるのか?

まっ、それはさておきスライムは当初の計画とおり結構な数の魔物たちを本体から引き離すのに成功した。それら策略に引っかかった魔物たちに対して、フォース・ミカエル・ヨハネ隊の仕官たちが叱咤の声をかけるが、魔物たちの耳には届かない。そう、今のあいつらには目の前を逃げる骨付き肉の事しか頭に無いのだ。


「くそっ、何があったんだっ!」

「えーと・・、私もチラリとしか見ていないんですが、なんか骨付きの肉が通り過ぎたらしくてあいつらはそれを追いかけているようです。」

仕官の言葉に補佐官が、こんな事報告してもいいのかなと言った感じでおずおずと答えた。だって骨付き肉だからね。呆れられるだけならまだしも、アホと思われて任を解かれたりしたら堪らない。

だが次の指揮官の言葉に補佐官は少し安堵したようだった。


「何?骨付き肉だと?むーっ、なら仕方ないか・・。」

「はっ、致し方ないかと。」

「まっ、あいつらは戻ってきたらメシ抜きだ。もっとも骨付き肉を喰ったんだろうからあまり意味はないだろうがな。」

「はっ、そのように処置いたしますっ!」

いや、それでいいのか魔王軍。そんなに骨付き肉って魅力的なのか?あっ、中学生男子にとってのグラビアヌードと同じと説明しちゃったな。なら仕方ないか・・。

因みに骨付き肉を追いかけて行ったのは全て下っ端の兵隊たちだ。なので残った者たちは士官と古参ばかりである。うんっ、さすがだな。本能を理性で押さえつけられるんだ。

しかし、それは裏を返せば本物だけが残ったとも言える。そんなやつらの前に今度は騎士がゆっくりと姿を現した。


「ほうっ、結構残ったんだな。そこはさすがと褒めるべきか?」

「なんだ、貴様はっ!ここは人間風情が来ていいところではないぞっ!」

騎士の挑発にミカエル隊の古参が逆に誰何して来た。なので戦場の礼として騎士は名乗った。


「俺はアルカディア王国ハードロック公爵家騎士団所属、チキタ・ラムル・デリートだ。故あって貴様たちを斬るっ!」

そう言うが早いか騎士は抜刀し誰何して来た魔物を一刀両断に切り伏せた。そして返す刃で近くにいた魔物たちに斬りつけてゆく。そしてあっという間に10人程を倒してしまった。

う~んっ、すごい。もしかして騎士って剣豪だったの?そうゆうのはもっと早くに言っておいて欲しいなぁ。ただのボンクラだと思っていたのに・・。


だが騎士の快進撃もそこまでだった。突然の乱闘に最初こそ対応が出来なかった魔物たちも既に剣を抜いて臨戦態勢だ。こうなっては騎士も今までのようにはいくまい。

そして今、騎士は20人の魔物に二重に囲まれていた。因みに一番前が古参たちで12人、その後ろに多分下士官と思われる者たちが8人だ。

その他にも10人ほどが騎士を取り巻く輪を少し離れたところから眺めていた。多分その中心にいるのが魔物部隊の指揮官であるフォース・ミカエル・ヨハネであろう。因みにもう忘れたであろうから再度説明するがフォース・ミカエル・ヨハネはゴールドケルベロスである。


さて、基本斬り合いで相手を囲むのは逃走を阻む為だ。なので全員で一斉に斬り掛かる事はない。しかもチンピラの喧嘩でもないので、相手の後ろから斬りつける事もお行儀がよいとはいえない。

だが、それはあくまで建前で、実際に後ろに立った者はけん制も兼ねた挑発を行い囲った相手の気を引きつけ、その隙を突いて前方に相対した者が突撃して切り伏せるのがこのような場合囲った側の定石だった。

なので囲まれた方はそれを見越しておく必要がある。後ろの警戒を怠れば当然後ろからも斬られるのだ。つまり囲まれた者は360度の警戒を怠ってはならないのである。

だが基本人間は後ろに目はない。なので騎士は常に軸足を中心に体を回転させ、周囲の魔物たちの動きに目を光らせた。

だがそれでも僅かな隙はできる。そこを魔物の古参が気合と共に突いてきた。


「きえーっ!」

剣を上段に構えて突進してくるこの魔物を騎士は敢えて無視した。何故ならこのような場合、突進で攻撃するなら確実なのは斬り降ろしではなく『突き』だからだ。つまり剣を上段に構えて突進してくるこの魔物の行動はフェイントである。

なのでこの場合注意すべきは仕掛けてきた者の反対側である。故に騎士は全神経を後ろに集中しタイミングを図って振り向きざまに剣を振り上げた。


斬っ!


狙いたがわず騎士の振り上げた剣刃が後ろから突きかけてきた魔物の体を斬り伏せる。しかも剣刃が入った場所が喉元だった為に、魔物は悲鳴を挙げる事も出来ずに呼吸の出来ぬ喉元を掻きむしりながら地面を転がり、やがて動かなくなった。


「ちっ、こいつ出来るぞっ!油断するなっ!」

必殺のフェイントを騎士に見破られ、魔物の古参たちは気を引き締めた。さすがは古参、対応が早いね。

そして古参たちは次の攻撃方法として必殺のトリプルアタックを仕掛ける。これはやり方は先程のフェイントと同じだが、今回は騎士の前方から仕掛ける者も本気で突き込んでくる。これにより騎士は両方に対応しなければならなくなるが、一辺には無理だ。片方を斬ってもその間にもう片方の剣が騎士を襲うのである。

しかも仮に身を翻して避けようとしてもそこにはもうひとりの剣先があるという寸法だ。つまりトリプルアタックを仕掛けられた者には逃げ場も対処法もないのである。


なら最初からそれをやれよと思うかも知れないが、よく考えて欲しい。三方から中心に向かって同時に剣を突き出すという行為はとても危険なのである。何故ならその先に別方向から突進してくる仲間の剣先と体があるからだ。

そして囲まれた獲物とておいそれとはやられたくないので状況を打破しようと当然動く。なので囲った側は仲間を突かぬようになどと剣先の微調整などしていられない。もう、そこは運に任せるしかないのである。


これを必殺と言わずして何と言おう。つまりトリプルアタックとは仲間の剣先に突かれる事も厭わぬ狂気の必殺攻撃なのだ。

故にこれまで、この攻撃を受けて生き残った者はいない。つまり残念ながら騎士は今回で出番終了である。

うんっ、あんだけ意味あり気な過去話をしておいてなんだが、これもまた人生だ。次はこちらの世界に転生してやり直せ。因みに米国は銃社会だから止めておいた方がいいよ。騎士道なんて物語の中にすら存在しない国だから。


だが、現実の騎士はしぶとかった。と言うか騎士もまた必殺技を隠し持っていたのだ。その技とはっ!


「ステイっ!」

三方から迫り来る魔物たちのひとりに、騎士は片腕を伸ばし手の平を広げて『待てっ!』のジェスチャーをした。するとどうした事だろう、指示された魔物はまるで暗示に掛かったかのように急停止し待機の姿勢をとったのだ。

そして騎士は逃げ場の無いはずの囲いに開いた穴へ一旦身を引き、自身の前に突進してくる魔物を袈裟懸けに斬り降ろした。


斬っ!


「がはっ!」

「これでふたり。」

騎士はそう呟やいたが残りのふたりは既に死に体だった。何故ならもうひとりの魔物はあろう事か騎士の動きに追随できず、勢い余って騎士の『ステイっ!』により待機中の魔物に向かって自分の剣を突き立ててしまったのだ。

そして動揺しているところを騎士によって斬られた。この間、三方からの必殺の突撃開始から僅か3秒の出来事である。


そして必殺の三方同時攻撃が破られたのを目の当たりにした魔物たちは動揺した。それを騎士は見逃さない。一瞬構えに隙の出来た魔物目掛けて走りより相手に斬撃を送り込んだ。その返す刃で隣の魔物も斬り伏せる。

だが、魔物たちも動揺していたのは一瞬だった。すぐさま騎士の動きに合わせて剣先を送り込んでくる。騎士は剣にてそれらを払うが6人を斬ったとはいえまだ相手の第一陣は6人いる。いや、騎士に斬られて穴が開いた場所は後ろに控えていた8人が既に埋めていた。

つまり既に6人を斬ったにも関わらず騎士を取り巻く状況は最初となんら変わっていないのだ。なので依然騎士が窮地なのに変わりはない。

だが今の騎士には必殺技である『ステイっ!』があった。そしてこれをやられた魔物は何故か命令に従い待機状態に陥る。そこを騎士に斬られた。魔物からしたら何とも惨めな最後である。


因みに敢えて説明しなかったが『ステイっ!』とは犬を躾ける際に飼い主が犬に対して掛ける号令だ。日本語だと『待てっ!』である。

うんっ、まぁ今回の魔物たちは犬族だからね。思わず反応してしまったのか?でも、これってありっちゃありかも知れないがどうなんだろう?金縛り魔法とかじゃ駄目だったのか?もしかして犬族魔物用の単なるネタだったのだろうか?

なら次に繰り出す技は『お手っ!』か?それはちょっとどうかなぁ。


さて、こうして16人いた魔物たちも騎士の放つ必殺技『ステイっ!』に抗えずひとり、またひとりと騎士に斬られ地に伏した。そして3分後、そんな魔物たちの死体の中心には肩で息をしながらも剣を構え続ける騎士だけが立っていた。


「はぁっ、はあっ、はあっ・・、参ったな、こんなに一度に魔物を斬ったのは久しぶりだ。と言うかこいつら強過ぎだろうっ!」

そう、敢えて言わなかったが騎士も魔物たちから結構な剣刃を入れられ体中傷だらけだったのだ。つまり決して一方的な殺戮シーンではなかったのだ。

だがそれでも何とか騎士は魔物たちを全て倒した。しかし、それは騎士を囲った20名だけで、魔物はまだ残っている。

そしてその時、騎士と部下たちの戦いを静観していた魔王軍四天王がひとり、フォース・ミカエル・ヨハネが自身の周りにいる魔物たちを制して漸く動いた。


「いやはや、まさか全員がやられるとは思っていなかったぞ?これが雑兵共ならいざ知らず古参たち相手なのだから驚いておる。すまんが貴殿もう一度名乗ってくれ。わしは魔王様より南方方面軍を預かっておるフォース・ミカエル・ヨハネだ。」

「ふんっ、部下に散々やらせておいて止めだけ刺しにお出ましとは、魔王軍四天王とはその程度のものなのか?」

漸く出てきたミカエルに騎士は最大限の敬意を表して最高の嫌味を投げつけた。だが残念ながらミカエルは然程気にしていないようである。


「はははっ、確かにな。まぁ、言い訳させて貰えるならあまりにも素晴らしい戦いだったのでな。思わず見入っていたのだよ。そうゆう意味では貴殿からの誹りはもっともだ。なのでわしとしても手を抜かず全力でお相手いたそう。因みにわしはゴールドケルベロスなのでな。貴殿の使う面妖な技は通じぬぞ。いざ、勝負っ!」

ミカエルはそう言い放つと一気に闘気を解き放った。その目に見えない圧力に騎士は思わず数歩退いた程だ。


「成る程、確かに口だけではないようだ。では改めて名乗ろう、俺はアルカディア王国ハードロック公爵家騎士団所属、チキタ・ラムル・デリートだっ!」

「うむっ、勝負だデリートっ!」

かくして満身創痍の騎士とウォームアップすらしていないミカエルの一騎打ちが始まった。


うんっ、なんか結果が見えている気はするけど騎士は大丈夫なのかね。やっぱり前に言ったセリフを繰り返した方がいいか?

騎士に関してはあれだけ意味あり気な過去話をしておいてなんだが、どう見てもこれは詰みだ。確かに兵隊相手に活躍はしたが満身創痍の身では四天王の一角であるミカエルには勝てまい。そしてこの場合負けると言う事は『死』を意味する。

なので次からは新キャラが登場するであろう。まっ、新しいキャラは読み手の嗜好に合わせて『女騎士』になるはずである。因みに年齢は『33歳』ではないはずだ。

さらば騎士よ、君の事は忘れないよ。5分くらいはね。


ところでスライムはどこまで行ったんだ?あんまり出てこないとみんなに忘れられちゃうぞ?


■章■33四天王No4フォース・ミカエル・ヨハネ戦


ガキンっ!ぽっ!

剣と剣が激しくぶつかり合う音と共にその接触部分からは派手な火花が散った。

だが、金属同士がそれだけ激しくふつかり合った場合、本来なら壁に当たったゴムボールが跳ねるかの如く凄まじい反発力により離れ離れになるはずだが、ふたつの剣はまるで固着したかのように寸分も動かなかった。

そしてそれらの剣にそれを強要しているのが騎士と魔王軍四天王ミカエルであった。


騎士とミカエル双方とも大地に足を踏ん張り全てのチカラを己が手にしている剣へと乗せていた。そう、ふたりは今、剣を介してチカラ比べをしているのである。

だが本来押し合いによるチカラ比べとは基本体重が重い方が勝つものだ。そして騎士とミカエルの体格差は中学生と大人ほどある。

もっとも大人でも小柄な人は沢山いるのでこの例えはあまり適切ではないかも知れない。なので具体的に言い直すと騎士の体重はおよそ80キログラム、ミカエルの方は倍の160以上はありそだった。

なので当然ミカエルの方が有利なはずである。いや、倍の体重差があっては有利どころか一瞬で押し切ってしまうであろう。

だが現実にはふたりの押し比べは拮抗しており足元は数センチも動いていない。これは物理的にあり得ない事だ。いや、ひとつだけ辻褄の合う理由は思いつける。それは抵抗だ。


抵抗とは物と物とが接触した時にお互いが抗いあうチカラの事である。これは接触面が大きいほど抵抗は増す。それとは別に接触面に掛かる荷重が大きくてもやはり抵抗は増した。つまりこのふたりの場合、体重と足のサイズの比が関係してくる。

ミカエルは犬族ではあるが2足歩行だ。なので両者の間で大地との接触箇所数に違いはない。だが足のサイズはミカエルの方が騎士の倍はあった。因みにこの数値は足の長さを比べている。なので単純計算では足裏の面積はミカエルは騎士の4倍である。

これは割りと初級の算数なので皆さんも説明せずともご理解頂けるであろう。だが、もしも君が小学校低学年だったら方眼紙を用意して1センチ四方と2センチ四方の面積を比べてみれは良い。ほら、各辺の長さは2倍でも面積は4倍になっているだろう?因みに辺の長さが3倍なら面積は9倍だ。


この足裏の面積比の違いがふたりの押し合いが拮抗している謎の正体だ。だが、騎士はそれを理解していたが、残念ながらミカエルには判らなかったらしい。なので次のような言葉を騎士に投げかけた。


「くくくっ、その体格でわしと互角に押し合うとはどんなズルをしておるのだ?」

いや、全然ズルじゃないから。至極全うな物理の法則に則った均衝だからっ!

・・いや、実は騎士はズルをしています。確かにふたりの単位面積当たりの体重荷重値は近かったのだけど、それはぺたりと足裏全体を地面につけた場合なのだ。だが足裏とは実に柔軟に出来ており、つま先のみで体重を支えるようにも変形できるのだ。

そうなると地面に接する足裏の面積は減少する。すると当然単位面積当たりの荷重は増すので抵抗値も増大するのだ。もっともこれは地面上という舞台故のカラクリでもある。理想的に架空の平面上ではこの説明はあり得ない。

そう、物理とはあくまで理想的な条件における現象を扱うものなのだ。


そして騎士の決定的なズルとは簡単に言うと騎士はスパイクシューズを履いていたのである。つまりそのチートアイテムによって騎士は足裏の接地面抵抗値の増加を計っていたのだ。

スパイクシューズ・・、これを簡単に説明するとシューズの底に突起物を突けたものである。その突起物が地面に食い込む事によりせん断抵抗を生み、結果的に足元の接地面抵抗値を増加させる。ダッシュ力が要求されるスポーツなどでは定番のチートアイテムだ。

もっともこれが効力を発揮するのは下が地面の場合のみだ。石などの突起物が食い込まないモノの上では逆に抵抗値はがくんと落ちる。そうゆう意味ではスパイクは諸刃の剣とも言えよう。


さて、長々と物理のお勉強をしたにも関わらず二人はあれから微動だもしていない。何故ならここでチカラを抜くとあっという間に相手に押されて次の瞬間には相手の剣刃が自身の体に食い込んでくるのをどちらも知っていたからだ。

しかし、こうなると体格が上でスタミナに優るミカエルが断然優位となる。騎士も何とか耐えて入るが直に限界が来るはずなのは誰の目にも明らかだった。

なので騎士としては一旦間合いを取り、押し合いではなく剣刃を交える斬り合いに持っていきたかった。そうなれば逆に体重の重いミカエルが不利となる。一撃の重さはミカエルの方が優位だろうが、騎士はそれをいなし凌げるだけの技量を持ち合わせていたからだ。

故にミカエルは騎士を離そうとはしなかった。そして騎士に向かって上から目線で説教を始めた。


「くくくっ、どうした。もう息があがっておるぞ。もっともその傷では致し方あるまい。残念だったな、万全であったのならもっとやり様があったであろうが、戦いとは常にベストな状態で迎えられる訳ではないのだ。だからと言って勝てる相手だけ相手にしていてはそれは『本当の強さ』とは言えない。確かにお前はそこそこ強かったがそれはあくまで相手が格下だったがからだ。つまりお前の強さとは『ホンモノ』ではないのだっ!」

「ふっ、本物かどうかだと?そんな戯言は勝負に勝って祝宴を上げる時におもねってくる部下相手に語ってろっ!」

「がははははっ、確かにっ!ではうまい酒を飲み良い気分で語る為にもそろそろ決着を付けるとしようっ!」

そう言うとミカエルは一歩踏み出し、互いに鍔迫りあう剣に更に体重を掛けてきた。このような上からの加重は受ける側は逃げ道がない為、摩擦云々ではなくモロに体重差が効いてくる。


「くっ・・。」

ほぼ倍の体重に圧し掛かれ騎士はそれを押し返せない。なので徐々に膝が折れていった。このままではその圧力に抗えず膝を突いてしまうであろう。そうなれば動きど封じられ仮に耐え切ったとしても圧力を抜かれた際に体が泳いでしまい無防備になる。そしてミカエル程の剛の者は決してその隙を見逃さないはずだ。


ずんっ!


ミカエルの更なる荷重にとうとう騎士は片膝をつく。それを見たミカエルは自身の勝利を確信した。だがそれが一瞬の隙をもたらした。


ぱーんっ!

一発の銃声が轟くとミカエルの軸足に何かが命中した。それはミカエルの防着を貫き筋肉にめり込んでいる。ただミカエルの鍛えられた厚い筋肉層に遮られ深くまでは達していない。なので傷としては軽傷だった。

それでも当たったのが軸足だった為、騎士に掛けていた圧力が抜けてしまった。その隙をチャンスと騎士は全力でミカエルの体を押し返した。そして一気に後ろへ飛び退き間合いを取った。

慢心により警戒を怠り勝利を逃したミカエルは憤怒の表情で勝負の邪魔をした者を探す。


「ぐっ、何やつだっ!邪魔をしおってっ!」

「邪魔したんじゃねぇ、助勢したんだよっ!次は俺が相手だっ!犬っころっ!」

そう、ミカエルに銃弾を撃ち込み騎士の窮地を救ったのはスライムであった。

くーっ、仲間の窮地に駆けつけるとはまさにヒーローではないかっ!しかし随分タイミングがいいんだが?あーっ、まさかかっこよく登場する為にタイミングを見計らっていたなんて事はないよな?


「ほうっ、スライム如きがわしにそのような口をきくとはとんだ世間知らずだな。なんだ?そんな豆鉄砲でわしを倒せるとでも思っているのか?」

「ほざきやがれっ!今度はそのドタマにぶち込んでやるから覚悟しろっ!」

そう言ってスライムは次発弾を装填し直しミカエルの額に照準を合わせ発射ボタンを押した。


ぱーんっ!

だが発射された弾丸は司令官の危機に対して駆けつけて来た魔物によって阻止される。


「ミカエル様っ!こやつの相手は我々がっ!ミカエル様は下がって傷の手当をっ!」

「黙れっ!スライム如き相手に引いたとあっては末代までの恥だっ!えーい、どかぬかっ!」

そう言うとミカエルは盾となった部下を押しのけスライムの前に進み出た。だがそんなミカエルに騎士の斬撃が襲い掛かる。


ガキーンっ!

ミカエルは辛うじて受け切ったが動きが止まる。そんなミカエルを再度スライムが放った銃弾が襲う。


ぱーんっ!

「くっ、ちょこざいなっ!」

二度目の銃弾はミカエルの右目付近に着弾し視力を奪った。その衝撃でミカエルは騎士と距離を取る。それを見たミカエルの部下はミカエルと騎士の間に自身の身を割り込ませ盾とした。そして他の魔物にミカエルの身を下げるよう命令する。


「ミカエル様を下げるのだっ!2名は私とこいつを囲えっ!他の者はそのスライムを倒せっ!」

ミカエルの部下は騎士と相対しながら残った魔物たちへ指示を出す。

こうしてスライムの参戦により状況は急変し、スライムには3名が、騎士には3名の魔物が立ち塞がった。因みに片目の視力を失って暴れるミカエルに対しては4名の魔物がかかりっきりで押さえ込むのに必死である。


「えーいっ、馬鹿者っ!離せっ、離さぬかっ!」

「なりませぬ、ミカエル様っ!今は傷の手当が先でありますっ!」

「ふざけるなっ!命のやり取りをしている最中に手当てなどできるかっ!」

ミカエルはそう言って暴れるが部下たちも必死だ。それぞれが手足に抱きついてミカエルの動きを封じようとしていた。さすがのミカエルも両手両足を押さえられてはどうしようもない。だがそれでも気持ちが収まらないのだろう。なのでいつまでも罵声が轟いていた。


だが、そんなミカエルたちを無視する形でスライムたちとミカエルの部下たちはそれぞれ本気モードで戦っていた。

とは言ってもスライムは基本逃げの一手である。なのでそんなスライムを魔物たちは一緒になって後を追った。そしてこれはスライムの作戦だった。

魔物たちが固まったのを見るやスライムは反転し高性能秘密兵器『ヴァル』の筒先を魔物たちへ向ける。それに対して先頭の魔物は防御体制を取ったが突進は止まらない。つまり自身が銃弾を受けてスライムの止めを仲間に託したのだ。

だが残念ながらその思惑は瓦解する。そう、今回スライムが構える高性能秘密兵器『ヴァル』の筒先から放たれたのは銃弾ではなくナパーム油の火炎だったからだ。


ぶぉーっ!

その火炎はスライムを追って来る3人の魔物たちを一瞬の内に包み込んだ。だが最後尾の魔物は前を行く魔物が盾となったおかげで軽く炙られた程度で済んだ。そして黒こげとなった仲間を乗り越えてスライム目掛けて突進してくる。

それに対してスライムは再度火炎を吹きかけようとしたが、先程最大出力でナパーム油を放出してしまった為、『ヴァル』のスイッチを押してもぼっと一瞬だけ炎が噴出しただけで『ヴァル』は沈黙してしまった。


「ぐわっ、ちょっと気前良過ぎたかっ!ちっ、ヴァルがなくたって俺は戦えるんだぜっ!」

そう言うとスライムは『ヴァル』を放り出して向かって来る魔物に自らも突撃していった。


ぶんっ!

魔物が振り下ろす剣刃をぎりぎりのところでかわしたスライムは、すれ違いざまに最大濃度の痺れ毒を魔物の首筋に注入する。


ちくり

「ちっ、毒か?だがスライム如きの毒など如何ほどのものでもな・・。」

魔物はそこまで口にした途端、白目をむいてばたりと倒れこんでしまった。まっ、如何にスライムの毒が強くはないといっても的確な位置から動脈に注入されては効果が出るまで然程時間は掛からない。そして戦いにおいて一瞬とはいえ動きが止まるのは致命的だ。ましてや気を失ったりしたら終わりである。

なのでスライムは『ヴァル』を拾うとアタッチメントを交換して銃弾を魔物の頭に撃ち込んだ。


だーんっ!


「俺をただのスライムと侮ったのがお前の敗因だっ!地獄で反省するんだなっ!」

仕留めた魔物にそう言い放つとスライムは再度『ヴァル』のアタッチメントを交換する。そして筒先にグレネード弾を装着する。そして3人の魔物相手に戦っている騎士に向けて叫んだ。


「耳を押さえて伏せろっ、デリートっ!」


どーんっ!

銃弾の時とは違い少し重たい感じの発射音ほ伴って『ヴァル』の筒先に装着されていたグレネード弾が騎士に向けて発射された。まっ、実際は騎士に相対していた魔物目掛けて発射されたのだが、騎士と魔物の距離は如何程もなかったので同じ事である。

だが、スライムの掛け声に騎士は咄嗟に反応し身を伏せたので2メートルし離れていない場所でグレネード弾が炸裂したにも関わらず破片を3つ程喰らった程度で済んだ。

まっ、これは逆に炸裂した場所が近かったから騎士はこの程度の被害で済んだのだ。つまり爆発地点に近いところでは破片が拡散しきらないので逆に安全だったりするのだ。なので騎士がもう少し魔物たちと距離を置いていたら放射状に拡散する破片がもっと騎士の体を切り裂いたであろう。

もっとも破片は避けれたが騎士は爆発の衝撃をもろに喰らったので頭がくらくらし、且つ暫く耳が聞こえなくなった。

だが、騎士はそれくらいで済んだがグレネード弾の直撃を受けた魔物はそうはいかない。命中した部位が胸だったのでそこから上が吹き飛んでしまったのだ。しかも横にいた別の魔物たちも飛び散る無数の破片をまともに喰らった。


かくしてスライムたちは自分たちへ向かって来た魔物は取り合えず倒した。残るは四天王が一角、フォース・ミカエル・ヨハネと3人の部下たちだ。

だがスライムはともかく騎士はもはや満身創痍である。故に先程も3人の魔物に手こずっていたのだ。そしてスライムの手には高性能秘密兵器『ヴァル』があるとはいえ、その手の内は既にミカエルたちに知られてしまった。そしてミカエルは手負いとなり怒り狂っている。

つまりスライムたちは人数的にはミカエル隊を殲滅させたが自分たちの残りHPも限りなく0に近付いていたのだ。


だがそんな絶望的状況に何故かスライムは動揺すらしていない。そして漸く部下たちを振り解いてスライムたちに向かってこようとするミカエルに対して上を見ろとジェスチャーした。

そんなスライムの態度に思わずミカエルは戦闘中だと言うことも忘れて上空を見た。そしてそこに一羽のフクロウの姿を見る。


「フクロウだと?それがどうしたというのだ?ふっ、まさかあれがお前たちの援軍だとても言うのか?笑わせるなっ!」

ミカエルは一笑に付したが、それでもどこかに違和感を感じ、再度フクロウを凝視した。そしてその違和感の原因を知る。そう、フクロウは体の大きさに似合わぬサイズの何かを足にぶら下げていたのだ。そしてそれをミカエルの上空にて投下した。


ひゅーんっ!

いや、実際にはそんな音はしなかったのだが爆弾投下時の擬音はこれが定番なので使いました。そう、フクロウが投下したのは爆裂弾だったのだ。

そしてそれはミカエルたちの頭上で爆発した。


どか~んっ!

その爆発は高性能秘密兵器『ヴァル』のグレネード弾の比ではなかった。なんと50メートル以上離れていたスライムもその爆風に煽られてころころと転げてしまったほどである。当然上空のフクロウも吹き飛ばされた。もっとも地上に激突する前にバランスを回復したので大事には至らなかったのだが。


そして爆発で生じた煙が晴れるとその爆心地には何も残ってはいなかった。そう、ミカエルたちの肉片すらなかったのである。

う~んっ、ちょっと凄過ぎだ。もしかしてC4爆薬を使ったのか?だとしたら事前に説明して欲しいんだけど。あっ、もしかして証拠を残さなかったのは後でまた再登場させる伏線なのか?でもミカエルってそんなに人気あった?


その後、爆風で転がったスライムの元にフクロウがばさばさと羽音を立てて降り立った。そして思いっきり愚痴を言い始める。

「ぐはっ、ふぅ~っ、あんな重たい物をワシに運ばせるなど、お主はもう少し年寄りを労わらんかっ!しかもあんなに威力があるとは聞いておらんかったぞっ!もしも途中で爆発してたらどうするんじゃっ!」

「えーっ、そんときゃ多分死んだ事も判らないだろうから浮遊体として飛んでいるんじゃないの?つまりフクロウの幽霊だ。う~んっ、ネクロマンサーとかに使役されないように気をつけなよ。」

「されるかっ!と言うかネクロマンサーが使役するのは死体の方じゃっ!」

「あっ、そうなの?むーっ、知らなかったよ。デリートは知ってた?」

スライムはフクロウからの攻撃をはぐらかそうと騎士に話を振った。だが、当の騎士は駆けつけた侍女に傷の手当をして貰って現在包帯ぐるぐる巻きの状態なので返事が出来ないようだ。スライムはそれが心配になって手当をしている侍女へ騎士の具合を聞いた。


「ルイーダもしかしてデリートの傷は深いのかい?」

「いえ、致命傷となるものはありません。ですが体中が傷だらけですので私の能力では完治させるのは難しいかと・・。」

そう、侍女はヒーラーの能力を持ていたらしい。それとは別に刀傷に良く効くポーションも持ち合わせていた。ただ侍女のヒーラーとしての能力はたしなみ程度らしく、戦場治療士のような高度な処置は出来ないようだった。

だが傷口は完璧には塞げなかったが、騎士はそれ程気にしていないようで直ぐに立ち上がり体の各部を確かめている。そして侍女に礼を言った。因みに包帯ぐるぐる巻きの状態でだ。


「うんっ、これくらいまで回復すれば大丈夫だ。ありがとう、ルイーダ。」

だがそう告げる騎士の顔色は相当悪い。これはかなり血を流してしまった故であろう。なので暫くは安静にしていないと突然限界が訪れるはずである。

だが騎士はそんな事を気にする様子もなくスライムたちに先を急がせた。


「さて、要らぬ時間を喰ってしまった。急いで姫様の後を追おうっ!」

一番具合の悪そうな騎士にそう言われてはスライムたちも止める言葉が見つからない。なのでスライムたちは10キロ先に魔物たちが設けたという臨時の関所に向けて歩き出したのだった。


■章■34第一関門突破っ!


さてスライムたちの次なる関門は魔物たちが設けたという臨時の関所である。これはお姫様が魔王城に貢物として献上された事に対する魔物側の対策だ。そう、魔物たちも今回の件に関しては人間側の策略かも知れないとピリピリしていたのである。

そしてスライムたちはそこと更に先にある常設の関所を突破しなければならなかった。しかし、スライムたちは対ウリエル戦でかなり時間と体力を消耗していた。なので何とか迂回できないものかとフクロウを先に飛ばして様子を窺ったが、そこは臨時とはいえ関所である。蟻のはい出る隙間はあっても人間が密かに迂回できる場所はなかった。

さて、そんな時に頼りになるのが森の賢者と言われているフクロウだ。スライムはフクロウに何か方法はないかと相談した。


「なぁ、じいさん。何か穏便に関所を通れる方法はないかな?出来れば楽して簡単なのがいいんだけど。」

「お主、もしかして別世界の引きこもりニートゲーマーの生まれ変わりなのか?そんなのある訳ないであろうっ!」

う~んっ、そう言えばそんな仮説もあったね。まさかここで再登場してくるとは驚きだ。もしかしてスライムって本当に転生者なのか?

でもトラックに轢かれての転生はもう使い古されているので、やはり今はトラクターか?いや、通り魔に仲間を庇って刺される方が最新か・・。


だが言われた当のスライムは何だそれ?といった感じでフクロウのブラフを理解できていないようだ。まっ、裏設定だからね。当事者は判らんよな。

なので自分のボケがすべったと感じたフクロウは咳払いをしてしれっと話を進めた。


「ごほんっ、あー、方法に関しては無い訳でもない。関所は対人間用のものじゃからワシとスライムは関係ない。スライムもまだ魔物たちのチェックリストにはあがっておらんだろうしな。なので対策が必要なのはデリートとルイーダじゃ。じゃがルイーダは先程試した変化魔法が魔物たちに有効なのは判っている。なのでそれで切り抜けられるであろう。問題はデリートじゃな。」

「なんだよ、デリートも変化させればいいんじゃないの?」

「あーっ、無理。ワシの素晴らしい変化の術をもってしても一辺にふたりは変化されられぬ。」

「あっ、そうなの?なんだ中途半端だなぁ。」

「なんか言ったか?」

「えっ、いや、何も?ならどうしよう。いっその事デリートは置いてくか?傷もまだ癒えてないしな。」

スライムの言葉に騎士が顔をしかめる。いや、今の騎士は包帯ぐるぐる巻きの状態なので表情は窺えないのだが多分しかめたと推測する。


「いや、それはあんまりじゃろう?がんばって働いたのに使い物にならなくなった途端ぽいっと追放されるなどあってはならぬ事じゃ。」

「そうなの?なんか別世界ではそんなのは日常茶飯事だって話に聞いた事があるんだけど?」

「そうゆうメタ発言は今はいいからっ!今回『ざまぁ』展開はないからっ!」

「あーっ、ごめん。ちょっと調子に乗った。なんかルイーダとデリートが話について来れていないから話を戻そう。」

そう、突然始まったスライムとフクロウの楽屋裏話にルイーダとデリートは意味が理解できずにいたのだ。まっ、なので皆さんも内輪ネタにはお気をつけ下さい。自分が知っている事を他人も知っているとは限らないからね。


「でも実際デリートはどうすりゃいいのさ。」

「あーっ、それに関しては策がある。確かに関所は人間を通さぬ為のものなので、その為に通過する者を調べる場である。さて、そこで質問じゃが関所で人間を捕まえた場合、その人間はどうなる?」

「えっ、殺されるんじゃないの?」

「いきなりかっ!」

「えっ、違うの?」

「いや、そうゆう場合もあるじゃろうが、大抵は目的を聞き出すはずじゃ。そしてその情報が魔物側に重要であったならば後方、つまり魔王城へ連れて行き更なる尋問をしようとするはずなんじゃ。」

「えっ、そうなの?ならデリートは関所で捕まった方が楽なんじゃね?ちょろっと今回の件に対して含みのある情報を漏らせば豪華な護送車に警護付きで送って貰えるじゃんっ!」

「いや、そこまでは言っておらんのじゃが・・。それに絶対魔王城へ連行されるとも限らぬからな。」

「なんだよ、じじい。自分で言っておいて手の平返しかよ。」

「いや、だから方法はあるのじゃ。つまりデリートは捕虜として関所を通過すればよいのじゃ。さすれば関所側も敢えて尋問などしてこないはずじゃからな。」

「捕虜として?それってどうゆう事よ?」

「だーかーらー、お主が魔王側の兵隊だと偽ってデリートを連れて行けと言っておるんじゃっ!それくらい話の流れで理解せんかっ!」

「なんだよっ!そうならそうと言ってくれよっ!」

「普通は判るんじゃっ!」

「判んねぇよっ!」

「それはお主が馬鹿なだけじゃっ!」

「くっ、人を馬鹿って言うやつの方が馬鹿なんだぞっ!」

「ならアホじゃっ!」

「くっ、アホじゃ仕方ないのか?確かに馬鹿じゃないから言い返せない・・。」

「うんっ、やつぱりお主はアホじゃな・・。」

はい、なんでスライムとフクロウが話し出すと漫才の掛け合いになるのかね。これってもはやテンプレなのか?だがフクロウの作戦は至極全うなものだ。確かにこれならデリートも関所を人間のまま詮議を受けずに通れるかも知れない。

なのでスライムたちはデリートを形だけ後ろ手に縛り魔物たちが陣取る関所へと向かった。当然ルイーダはゴールデンレトリバーに変身している。うんっ、ゴールデンレトリバーってふさふさの耳が歩く度に揺れて可愛いよな。つぶらな瞳もグーだっ!


そしてスライム一行は捕虜を魔王城へ連行する部隊の振りをして関所の守衛に通過の許可を求めた。


「あーっ、お勤めご苦労様です。実はこいつはお姫様・・しゃなかった、人間が魔王様へ献上した人質の後を追いかけて来たやつなんです。なのでミカエル様がとっ捕まえたんですけど中々しぶとくて情報を吐かないんですよ。なので魔王城へ連れて行きそこで尋問する事になったんです。だから通っていいですか?」

「何?ミカエル様が?それはお手柄でしたな。まっ、そうゆう事ならどうぞお通り下さい。あつ、一応規則なんでお名前をお聞かせ下さい。」

「えーと、俺は魔王軍南方方面軍司令官フォース・ミカエル・ヨハネ様が配下のスライ・ムーだ。そしてこっちが同じく配下のルイーダ。このフクロウは道案内なんだ。」

そう言ってスライムは予め倒した魔物から剥ぎ取っておいた階級証らしきものを見せた。だが衛兵はそれに疑問をぶつけてくる。


「その階級証は高級尉官のものですが、あなたが大尉?」

衛兵はスライムが提示してきた階級章が、スライムという種ではありえない程高級将校のモノだったので疑問に思ったらしい。なのでスライムは言い訳する。


「あっ、いやこれは俺の上官が関所を通過する時に何か言われたら見せろって渡してくれたものなんだ。俺はただの下っ端だよ。」

「あーっ、手形代わりですね。はい、判りました。それではお通り下さい。」

衛兵の尋問にスライムは少しびびったが、このやり取りは事前にデリートからあり得るはずだと言われていたので、教わった通りに答えたのだった。

そして本来なら犬族で構成されているはずのミカエル隊にスライムがいるのは不自然なんだが衛兵はそこまで気にしていないようだった。これは多分連れとしてゴールデンレトリバーに化けたルイーダの存在が大きかったのであろう。


かくしてスライム一行はそれ以上の尋問も受けずにすんなりと関所を通過できた。はい、これぞ計略の妙といえるであろう。やるなフクロウっ!あんたは名参謀だよっ!


そして関所を通り数百メートルほど過ぎた辺りでスライムは大きく息を吐き出した。


「ふぅっ、緊張したぁ~。事前に予想していたとはいえ、尋問された時はドキドキだったぜっ!」

「そうじゃな、でも割とうまく切り抜けられた。次の関所もこんな感じで抜けられればよいがのぉ。」

スライムの言葉にフクロウが上出来だったと返す。だが関所はもうひとつあるので安心は出来ない。その事をスライムは口にした。


「あーっ、次のは臨時じゃなくて常設なんだろう?うまくいくかなぁ。なんか形式ばった融通の利かないやつらがいそうだよ。」

「まっ、その時はその時じゃ。とりあえず一箇所でも難なく通れたのじゃから上出来じゃわい。」

「うんっ、そうだな。ところでデリートは大丈夫かい?次の関所まで10キロはあるらしいけど?」

スライムは次の関所の事は今考えても仕方ないとばかりに、今度はデリートの心配をした。だが気丈にもデリートは強がりを返してきた。


「ふっ、その程度どうと言う事はない。訓練では50キロ以上の荷物を担いで20キロを歩いているからな。」

「いや、それって体調が万全な時の話だろう?なんか包帯に滲んだ血の範囲が広がってるじゃん。もしかして傷口が開いたんじゃないのか?」

「大丈夫だ、この程度の傷、気合でどうとでもなる。」

いや、気合で傷が治ったら医者は要らないんだが・・。だがそれが騎士としての心意気というものなのかも知れない。なのでスライムたちはそれ以上言葉を掛けられなかった。


だがそんなスライムたちに予定外のアクシデントが近付いてきている事に彼らはまだ気づいていなかった。

そのアクシデントとは?

そう、何故か魔王軍四天王No2のセカンド・ウリエル・ヨハネがスライムたちが魔王城へと向かう道を単身逆方向からやって来ていたのだっ!


■章■35四天王No2セカンド・ウリエル・ヨハネ登場っ!


さて、それではまず魔王軍四天王No2のセカンド・ウリエル・ヨハネについて少し説明しておこう。

セカンド・ウリエル・ヨハネは魔王軍の中で西方方面軍を指揮する将軍だ。四天王内でのホジションはファースト・ガブリエル・ヨハネについで二位である。

そして魔物の生物種としてはミノタウロスであった。ミノタウロスとは頭の部分が牛で体が人型の魔物である。だが人型といってもその身長はゆうに4メートルを越える。当然筋肉ムキムキの肉体派だ。


もっとも異世界ではもっとでかいやつがうようよ出てくるから今時の子供たちは4メートルくらいでは驚かないかも知れない。実際、サーペントなんて尻尾も含めた全長は30メートルくらい。胴回りは太いところで6メートルくらいあるからね。

そいつに比べたら4メートルの体長なんて赤ん坊より小さく感じるはずだ。だがサーペントの生物種としての平均レベルは30前後である。対してミノタウロスであるセカンド・ウリエル・ヨハネのLv値は70だった。その差、実に30っ!

因みにスライムは以前Lv30のサーペントとやってけちょんけちょんに負けている。しかもスライムは高性能秘密兵器『ヴァル』を使っていたにも関わらずだ。その時のレベル差は24。

しかしこの世界のレベル値は等差数列ではなく等比数列である。つまり6対30のレベル差24より60対70と言う高レベル間の差の方が戦闘力においては実際のチラカに開きがあるのである。

そう、この世界においてはレベルとは体格の優劣を表す値ではなく戦闘力のレベルを表す値なのだ。


なのでミノタウロスを体格だけで侮ると後悔する。もっともこの値は生物種としてのミノタウロスの平均レベル値ではない。セカンド・ウリエル・ヨハネだけが跳びぬけているのだ。そしてその異様とも言える攻撃力は全て『腕力』が叩き出したものだった。


ずんっ!

セカンド・ウリエル・ヨハネが一歩足を進めるとそれに合わせて大地が振動する。確かにウリエルは体長4メートルを誇るがそれでもこの振動は異質だ。仮に人間をそのまま大きくして体長4メートルとしても、大地はここまで振動すまい。

仮に身長1.5メートルのちょっと小太りな男子の体重が60キログラムと仮定し、その身長を3倍すると4.5メートルだ。この身長はウリエルよりも高いがその差は2、30センチである。

そして3倍の身長になった男子の体重は計算上はなんと27倍になる。つまり1620キログラムだ。多分実際にそうなったら男子は自分の体重を支えられないはずである。いや、自重が胸を圧迫して呼吸すら出来ないだろう。つまり人間の骨格ではそんなに巨大となった体を支えきれないのだ。


だがウリエルが歩いた後の地面に残された足跡の『穴』を見る限り、ウリエルの体重は5トンを越えているはずだ。つまりウリエルを構成している体組織は人間とは比重が違うのだろう。

もう、このような現実を突きつけられるとさすがは魔物っ!としか言えない。そう、魔物には人間の常識が通用しないのである。


そしてそんな化け物が今、スライムたちに向かって歩いてきた。いや、双方まだ相手の姿を視認はしていないが道は一本道なので数分で遭遇するはずだ。

そして最初に異変に気づいたのはスライムたちだった。


ず~んっ!

遠くからなにやらえらく重たいものが歩いてくる足音をスライムたちは耳にする。


「なんだこの音は?ドラゴンでも歩いているのか?」

「どうかな、どれ、ちと見てくるか。」

そう言うとフクロウは音のする方角へ飛び立った。そして5分後大慌てで戻って来る。そして地面に降りるなりスライムたちに警告した。


「まずい事になったっ!あれは魔王軍四天王が一角、セカンド・ウリエル・ヨハネじゃっ!隠れろっ!」

「げっ、また四天王かよ。なんなんだよ、ここって四天王の遊び場なのかよっ!」

「そんな事ワシが知るかっ!部隊は引き連れていなかったから、とにかく隠れてやり過ごすのじゃっ!」

「むーっ、それはちょっと姑息な気がする・・。」

「馬鹿もんっ!セカンド・ウリエル・ヨハネは四天王の中でもNo2なんじゃぞっ!最弱のミカエルを倒したからって図に乗るんじゃないっ!」


「げっ、No2かよっ!いや待てっ!だとするとそいつの上にはNo1と魔王しかいないんだよな?ならそいつを倒せば姫様奪還計画がかなり楽になるんじゃね?」

「アホっ!そうゆうのを取らぬドラゴンの皮算用と言うのじゃっ!」

スライムの楽観的な言葉にフクロウが突っ込む。まぁ、ここら辺は相手を見て来た者とまだ見ていない者の温度差であろう。災害などの対応でもこの辺は顕著に現れるらしい。なのでスライムの呑気なボケは更に続いた。


「えっ、ドラゴンの皮ってそんなに高く売れるの?あっ、剥製用か?」

「アホっ!剥製に出来る状態でドラゴンを倒すなど勇者だって無理じゃわいっ!」

「だよねぇ、あっ、来たみたいだぞっ!ほら、隠れるんだろ?デリートとルイーダは俺の後ろにいるんだ。」

そう、フクロウとスライムが掛け合い漫才をしている間も地面は微かに揺れ続け、何か重いものが大地を踏みつける音は続いていた。そしてとうとう道の向こうにその音と振動の元となったモノの姿が現れたのだった。


ず~んっ!

距離的にはまだ300メートルは離れているが、それだけ離れているにも関わらずその巨体は凄まじい圧力を発してスライムの目に飛び込んできた。


「うわっ、でかい。いや、そうでもないか?もしかしてそう見えるだけなのか?あれ?なんか微妙だな。」

「スライよ、見た目でミノタウロスの実力を推し量っては駄目だ。特に俺はあれには見覚えがある、あいつは手強い魔物だぞ。」

スライムの後ろからウリエルの姿を見た騎士が忠告してくる。どうやら騎士は前にウリエルと対峙した事があるようだ。そしてけちょんけちょんにされたらしい。その時の記憶が強敵を前にのほほんとしているスライムに対して忠告の言葉として出たのだろう。


「えっ、なに?もしかしてデリートってあれとやりあった事があるの?」

「ああ、去年の事だ。俺は西方地区の部隊を任されたんだがそこにやつがいたんだ。そして俺は現地の副官が止めるのも聞かずに功を焦ってあいつを討伐すべく部隊を動かした。結果は惨敗だったよ。」

「ゲロゲロ、マジか?」

「ああっ、俺も最初はたかがミノタウロス如きとたかをくくっていた。だが蓋を開けたら惨敗。死人が出なかったのが不思議なくらいだ。」

「うわっ、そいつはごめんだ。しーっ、ここは身を潜めてやり過ごそう。」

そう言うとスライムは茂みの中で小さい体を一層丸めた。だが地響きを伴って近付いてくるウリエルからの無言の圧力は距離が近くなればなるほど増した。おかげでスライムは思わず愚痴が口をついた。


「くっ、あいつワイバーンやサーペントに比べたら小さいけど、なんか迫力が段違いだ。これがレベルの差ってやつなのか・・。」

ウリエルから放射されるなんとも不気味な威圧感にスライムはこの世界の不文律を感じた。そう、レベルの差とは戦闘力の差だ。そしてそれは、ある程度場数を踏んだものには剣を交えなくても感じられるものなのである。


そんなウリエルがスライムたちが隠れている場所をどすんどすんと通り過ぎようとした時、ウリエルは突然歩みを止めた。そして鼻をクンクンさせて何やら周囲の臭いを嗅ぎだした。

その行動にスライムたちは緊張し身を強張らせる。だがウリエルの次の言葉でずっこけた。


「あらやだ、なんか人間の男の匂いがするわ。しかも若い男よっ!」

はい、みなさんは文章で読んでいるから理解できないかも知れないが、体長4メートルを超える牛面の魔物がいきなり『おねぇ言葉』を発したらコケるなと言う方が難しい。実際スライムたちも一瞬ではあるが脱力してしまい思わず突っ込みそうになった。


「くっ、これが卓越したボケの誘惑ってやつなのか。突っ込みたくてむずむずしやがるっ!」

スライムは内から沸き起こる衝動を押さえつけながら愚痴った。

まっ、でもここに関西人がいたら押し留まるのはまず無理だろう。絶対にウリエルの前に飛び出して「なんでやねんっ!」と突っ込んでしまうはずだ。・・はずだよね?えつ、そうでもないの?


まぁ、スライムたちは関西人ではないので湧き上がる衝動を押さえ込むのに成功した。だがその際にかなりの量の汗を滴らせた。その匂いをウリエルは嗅ぎ逃さなかった。


「あっ、こっちから強い匂いがするぅ。うふっ、私を前にして緊張してるのね。まっ、純情なんだからっ!」

もう一度念を押しておくがウリエルは生物種的には『オス』です。言葉遣いだけで勘違いしないように。


「さぁ、出てらっしゃい、子犬ちゃん。隠れても駄目よ、そこにいるのは匂いで判るんだから。」

はい、ウリエルは言葉だけでなく仕草も完璧に『おねぇ』でした。あなたたちはテキストベースでよかったね。身の丈4メートルを越えるミノタウロスがしなをつくって迫り来るところを見なくて済んだんだから。


だが、スライムたちはそうはいかない。なのでとうとうスライムは恐怖に耐え切れなくなって玉砕覚悟でウリエルの前に飛び出してしまった。

まっ、人でもこうゆう行動はよくとります。ほら、わざわざお金を払ってまでホラー映画とかを観に行くでしょ?あの感覚よく判んないんだよねぇ。

でもスライムが感じていたモノは恐怖とは別の感情かもしれない。そう、どちらかと言うと『恐怖』というより『気持ち悪さ』と言うべきかも知れなかった。

もう一度繰り返すが、ウリエルは身の丈4メートルを越えるミノタウロスなのである。それが『おねぇ言葉』でしなを作りながら迫ってくるのだからその『気持ち悪さ』は、普通の感性を持った者ならば耐えられないだろう。


しかしウリエルって魔王軍四天王のNo2だったはずなんだが・・。魔王軍って寛容なのだろうか?実力さえあれば構わないの?それって組織としてはすごいな。人間社会ではまず受け入れて貰えないよ。もしかして、魔王って懐がでっかいんだろうか?


さて、ウリエルの印象が強烈過ぎて話が中々進まないが、飛び出したスライムにウリエルは関心を示さなかった。そりゃそうだ、ウリエルの獲物は『人間』の若い男だからな。つまりデリートの方だ。おかげでスライムは軽くあしらわれてしまう。


「んーっ、邪魔っ!」

ウリエルは腕を一振りするとスライムを吹っ飛ばした。まっ、ここら辺は体格差故に仕方のないところだろう。なんせスライムは直径30センチ程度しかない。バスケットボールと大して変わらないサイズなのだ。体重も20キログラムあるかどうかである。

対するウリエルは体長4メートル以上で体重に至っては5トンを越えているはずである。これ程の差があっては、まともにやり合ったらどう考えてもスライムに勝ち目はない。


おかげでスライムは信じられないほど遠くへ飛ばされてしまった。もしもこれが野球場だったら確実にホームランなはずだ。つまりウリエルの腕の一振りはそれ程の破壊力を秘めているのだ。

どうりでデリートが率いた部隊がけちょんけちょんにされる訳である。というか大丈夫なのか、スライム?人間だったら確実に骨がバラバラになっているぞ?


だが今はスライムの事は置いておこう。何故なら騎士たちがまさに蛇に睨まれた蛙のような状態だからだ。


「ほ~ら、見つけたっ!あら、なんで?そっちのゴールデンレトリバーからは人間のメスの匂いがする・・。なに?もしかして人間の女の匂いが移っちゃったの?としたらそいつは別のどこかに隠れているのね。」

そう言うとウリエルは辺りを見渡した。だが当然見つかるはずはない。と言うかフクロウの変身魔法って完璧なんじゃないのか?匂いでバレても見た目が完全にゴールデンレトリバーだからウリエルはミスリードしちゃったんだな。


そしてそんな侍女を庇うように騎士は自身をゴールデンレトリバーに化けている侍女とウリエルの間に置き剣を構えた。


「あら、なに?包帯ぐるぐる巻きだからゾンビかと思ったらあなたが人間の男なのね。でもそれじゃお顔が見えないわ。出来れば包帯を取って見せて欲しいわぁ。」

「断るっ!いざっ、尋常に勝負しろっ!」

「まっ、それって見たけりゃ無理やり剥ぎ取れって事ねっ!いいわ、ワタシ、そう言うのも大好きなのっ!」

ウリエルはそう言うと鼻息荒くファイティングポーズを取った。対して騎士は手負いで本来の実力は到底発揮できそうにない。そして仲間であるスライムは遥か彼方に飛んで行きその生死すらはっきりしない。

これは所謂絶体絶命と言うやつであろう。なんか騎士がミカエルと戦った時も言った気がするが、どう見てもこれは詰みだ。ウリエルの戦闘力はミカエルとは比べ物にならない程高いのだ。しかも騎士は満身創痍の身である。

これでは天地がひっくり返りでもしない限り四天王No2であるウリエルには勝てまい。そしてこの場合負けると言う事は『死』を意味する。

なので次からは新キャラが登場するであろう。まっ、新しいキャラは読み手の嗜好に合わせて『女騎士』になるはずである。因みに年齢は『33歳』ではないはずだ。

さらば騎士よ、君の事は忘れないよ。5分くらいはね。


さて、これよりウリエルと騎士の対戦が始まるのだが、残念ながらそれを解説するにはノートの余白がもうない。なので新しいノートを準備して改めて語る事としよう。


■章■36四天王No2セカンド・ウリエル・ヨハネ戦


どんっ!ビリビリビリっ!


凄まじい振動と飛び散る土くれを伴って魔王軍四天王ウリエルが振り下ろした左フックが騎士のいた地面を深々と抉り取る。もっとも既に騎士はそこにはいない。ゴールデンレトリバーに変身している侍女を抱きかかえてウリエルのパンチが来る前に後ろに飛び退いていたのだ。


「ルイーダ、すまないがこいつは君の事を構っていられる相手ではない。なので下がっていてくれ。」

「はい、デリート様。御武運をっ!」

騎士の言葉に侍女は素直に従い、騎士の邪魔にならないように大きな樹の陰へと身を隠した。そしてフクロウの姿も既にそこにはなく、これから起こるであろう騎士とウリエルの戦いを特等席から観戦すべくかなり離れた場所の枝にとまっていた。


さて、身軽になったとは言え騎士はミカエルとの戦いで既に満身創痍である。とてもではないが戦える状態ではない。だが騎士はポケットから何かを取り出すとそれを一気に飲み干した。


「ぐはっ!ぐぬぬぬぬっ!」

騎士は自ら飲み干した途端何故か苦しみ始めた。だがその苦しみは痛みなどではなく内から沸き起こる何かを押さえつけようとしているように見えた。そしてそれは騎士の体の変化として現れる。

そう、今騎士の体は変化していた。足や腕の筋肉は太く膨れ、胸の筋肉も厚くなった。体格こそ変わらないものの騎士の体が一回り大きくなったのだ。当然体に巻かれていた包帯はその膨張に追随できずに千切れ飛ぶ。

そして最後に顔を覆っていた包帯を剥ぎ取ると騎士は別人のようになっていた。そう、騎士が口にしたのは禁断のドーピンクポーションである筋肉増強剤だったのだ。つまり騎士は筋肉には筋肉で対処しようとしたのである。

だが、そんな騎士を見てウリエルは大喜びだ。


「あら、自分からお顔を見せてくれるなんて素直な子ねっ!しかも予想通り素敵な顔立ちだわ。」


騎士の変化にウリエルは全く動じる様子もなく、ただただ自分の欲望に対する素直な感想を口にして来た。だがそれは別に騎士を愛でてお終いにしようというものではなく、お気に入りの人形でどう遊ぼうかとウキウキしている子供のようであった。

そして小さな子供の人形遊びとは、大抵人形をバラバラにしてしまうのだ。まさに無垢故の残虐さである。

そんなウリエルに対して騎士はまず騎士の慣習にて対応した。


「俺はアルカディア王国ハードロック公爵家騎士団所属、チキタ・ラムル・デリートである。剣を交えるにあたり貴公の名を聞いておこうっ!」

「あら、名乗りねっ!うんっ、そうゆうところは騎士よねぇ。いいわ、ワタシの名前も教えてアゲルっ!ワタシは魔王様より西方方面軍を任されたセカンド・ウリエル・ヨハネっていうの。因みに四天王としてのホジションは2番目よ。でもこれは敢えて1番をガブリエルに譲っているだけだから。だって1番になんてなったら色々と面倒なんですもの。ワタシ、あんまりお仕事は好きじゃないのよね。」

つまりウリエルは実力では自分は四天王の中では一番なんだぞと自慢したのだろう。まぁ、たまにいるよね、こうゆうやつ。ほら、俺はまだ本気出していないだけだからとか言っちゃうやつがさ。

でもウリエルに関しては本当にそうなのかも知れない。ウリエルのLv70というレベル値は実際それを相手に納得させるだけのチカラがあった。


だが今の騎士には四天王内の順位など気にもならないようだった。ただひたすら目の前の敵を倒す事のみに集中していたのだ。なので次の言葉を持って騎士は戦闘を開始した。


「ではセカンド・ウリエル・ヨハネよ、押して参るっ!」

そう言い放つと騎士は体中の傷を気にする事も無く電光石火の斬撃をウリエルに送り込んだ。


ガキーンっ!

だが、その目にも止まらぬ剣先をウリエルは腕にはめた金属製の腕当てにて防いでしまった。


「わ~ぉ、びっくり。まさかそんなに早く動けるとは思わなかったわ。うんっ、少し子宮がジンジンしちゃった。うふっ。」

いや、お前オスだろう?オスに子宮はないだろうに・・。これだから『おねぇ』は面倒なんだ。

だが騎士は動じていない。返す刀で今度は下からウリエルの胴を斬り上げる。だがその剣刃は虚しく空をきった。


ぶんっ!

「駄目だめ、幾ら剣速が早くても筋肉の動きからあなたの動きは丸わかりだわ。どう斬り込んでくるか判れば避けるのは然程難しくないのよ。おほほほほっ!」

そう、ウリエルはなんと騎士の剣の動きではなく筋肉を見て騎士の動きを予想しているらしかった。これはさすがと言うべきか。筋肉馬鹿にとって筋肉の動きを見極める事など造作もない事なのかもしれない。

もっともだからと言って誰でも出来る事ではないだろう。これはウリエルだからこそ出来る見極めなのかも知れない。


こうして騎士は攻撃の取っ掛かりを失う事になった。何故ならどんなに早く剣刃を送り込んでもウリエルにはその軌道を読まれてしまうのだ。

それでも並みの相手なら軌道を読まれても騎士の剣速には対応出来まい。だが今騎士の前に立つウリエルはそれにを朝飯前のように対応するだけの能力を有していた。つまりウリエルは口だけではないのである。

こうなってはもはや騎士に打つ手はない。剣での攻撃が届かねば相手にダメージを与える事は出来ないのだから。それはウリエルにも判っているのだろう。なので騎士に対して自ら進んで攻撃を仕掛けてこなかった。つまりウリエルは騎士を弄んでいるのだ。

これは騎士にとっては屈辱である。正面からぶつかり合って敗北するならともかく、相手に一太刀も浴びせる事無く翻弄されているのだ。このような状況では頭に血が上っても不思議ではない。

だが騎士は冷静だった。そして静かに剣を下段に構え直す。そして暫しの沈黙の後呟いた。


騎士闘剣奥義『空虚』


その途端、騎士の動きが止まった。いや体の動きだけではなく全てが止まってしまった。そう、今騎士は呼吸すらしていない。いや、もしかしたら心臓すら脈動を止めているかも知れなかった。それほど今の騎士は儚く虚ろな存在となっていたのだ。

だが、動きを止めているはずの騎士の剣刃が何故か静かに下段から上段の構えと変化してゆく。しかしそれは確かに動いているのだがウリエルはその動きを動きとして捉えられない。その事にウリエルは恐怖を覚えた。そして思わずそれが口にでた。


「なっ、何故・・。動きが読めないわ。それどころか心臓の鼓動すら感じられない。そんな馬鹿な事ってあるの?」

目の前の理解できない現象にウリエルの体は頭を通さずに瞬時に対応した。つまり騎士と距離を取ったのである。だが、離れたはずの騎士は何故か相変わらず目の前にいた。


「馬鹿なっ!あなたは動いていないっ!なのになんでワタシに追随できるのよっ!」

恐怖に駆られてウリエルは力任せのパンチを騎士に送り込む。だがそれは騎士の体を通り過ぎ空を切ってしまった。


「なんでっ!なんで当たらないのよっ!」

先程までの余裕が嘘のようにウリエルは焦っている。なので頭では無駄と理解していながらも騎士にに対して手が出る。だがそれらは全て騎士にダメージを負わせる事はなかった。

大地を抉り取る打撃も相手に当たらなくてはダメージを与えられない。その事がこれまで全てをチカラによってねじ伏せてきたウリエルにはとてつもない恐怖として圧し掛かってきた。


だがその恐怖から逃げようにも騎士はウリエルから離れない。一気に20メートル後方に飛び退いても次の瞬間には騎士は目の前にいるのだ。

その恐怖足るや如何程のものであろう。なのでウリエルは騎士の攻撃に対して防御が取れなかった。


斬っ!


「ぐおーっ!」

騎士の上段からの袈裟懸けに対してウリエルは辛うじて腕で防ごうとした。だがこれはウリエルが考えでの動きではなく、ウリエルの体がこれまでの戦いで覚えてきた条件反射だ。そこにウリエルはない。

だがこれによりウリエルは辛うじて致命傷を負うのを逃れた。だが腕の傷は深い。騎士の剣は腕当て事ウリエルの分厚い筋肉にめり込んだのだ。だが一刀の元に斬り落とすまでには至らなかった。それだけウリエルの筋肉が堅牢だったのであろう。


だが騎士の活躍もここまでだった。次の瞬間騎士は血を吐きながら倒れこんだのである。それは別にウリエルに拳を当てられたからではない。凄まじい精神力を必要とする騎士闘剣奥義『空虚』の圧力に騎士の体がとうとう根を上げたのだ。


「がはっ!ちっ、ここまでか・・。」

そう呟きながら騎士は肩で荒い息をしながら口の中の血を吐き出す。その様子を見てウリエルは先程までとはうって変わって高飛車に言い放った。


「びっくりしたけど自滅したわね。でも安心なさいな。ワタシに恐怖を覚えさせたお礼に瞬殺してあげるからっ!」

そう言うとウリエルは動けぬ騎士に向かって拳を振り上げた。だがその拳を騎士に畳み込もうとしたした瞬間、ウリエルの背中が爆発した。


どか~んっ!


「きゃーっ!」

爆発に驚き悲鳴を挙げるウリエル。でもこんな時でも「きゃー」なんだ。ブレないねぇ。


さて、何故ウリエルの背中で爆発が起こったのかについては説明はいらないだろう。そう、スライムが漸く戻ってきたのだっ!

仲間のピンチに登場するとはさすがは勇者属性だなっ!でも劇的な登場を演出する為にお茶を飲みながら出るタイミングを窺っていたとしたら最低だ。まっ、そんな事はないだろうけどね。


「大丈夫かっ、デリート!遅れてすまんっ!」

「ふっ、なんだ生きていたのか?お前も大概頑丈なやつだな。」

取り合えず大地から身を起こした騎士はスライムの姿を見て安心したのか軽口を返してきた。だが今のふたりの状況を傍から見た場合どちらが悲惨な状態かは一目瞭然だ。なので騎士はその事をスライムから返された。


「いや、傷だらけのお前に言われたくはないよ。本当に大丈夫か?」

「本音を言えばかなりヤバイ。後は任せていいかな?」

「ふっ、最初こそびびっちまったが任せとけっ!俺にだってとっておきはあるんだっ!」

そう言うとスライムは手に持った高性能秘密兵器『ヴァル』をぽんと叩いた。そして鬼の形相でふたりを見ているウリエルに向かってまたもやグレネード弾を撃ち込んだ。


ぽんっ、どか~んっ!

だが今回の攻撃はウリエルには届かなかった。そう、ウリエルは何らかの方法でグレネード弾を弾いたのだ。ただその衝撃でグレネード弾の信管が作動し爆発したのだ。なので直撃こそしなかったが無数の破片がウリエルを襲った。

しかし、それらの突き刺さった破片もウリエルが「ふんっ!」と気合をかけると筋肉に押されてウリエルの体から剥がれ落ちた。


「ちっ、筋肉馬鹿は常識ってもんをしらねぇなっ!だが何時まで耐えられるかな。もういっちょ喰らえっ!」


ぽんっ、どか~んっ!

ぽんっ、どか~んっ!

ぽんっ、どか~んっ!


もういっちょと言っておきながらスライムはグレネード弾を3発立て続けにウリエルにお見舞いした。おかげでウリエルの周りは爆煙で包まれる。だが、その煙が晴れた時、そこには然程ダメージを負ったようには見えないウリエルが仁王立ちしていた。


「ゲロゲロ、やつは化け物なのか?」

「ちょっとあなたっ!ものには限度ってモノがあるのよっ!ここまでされたら幾ら温厚なワタシでも怒っちゃうわよっ!」

そう言ってウリエルは再度気合を発し身に纏わりついた破片を吹き飛ばした。


もはや騎士に戦闘能力はない。スライムにしても頼みの綱であった高性能秘密兵器『ヴァル』が効果ないとなると成す術がない。となれば後は逃げるしかない。だが目の前で怒気を挙げるウリエルからは到底逃げ切れそうもないスライムたちは半場諦めかけた。

だがその時茂みの中から何かが飛び出しウリエルに向かって突進した。その手には短剣が握られている。そう、飛び出してきたのはフクロウから掛けられた変身魔法が解けた侍女であった。

そして侍女は短剣を両手でしっかりと握り締め体全体でウリエルにぶつかっていった。そして短剣は見事ウリエルの太ももにめり込んだ。


「あんっ、なに?なんか触った?あらなにこの女。ちょっとやめてよね。女なんかに抱きつかれたってワタシは嬉しくなんかないのっ!」

だが精々刃渡りが15センチ程度の短剣が少々刺さった程度ではウリエルには如何程のダメージも与えられなかった。なのでウリエルは小賢しいと言い放って侍女を払いのけようと腕を持ち上げた。

だがその瞬間、ウリエルの太ももに刺さった短剣が輝いた。それに呼応するかのようにウリエルが絶叫するっ!


「うがーっ!がっ、がぁーっ!」

突然ウリエル叫び声を上げ悶え苦しみ始めた事にスライムたちは唖然とした。そしてとうとうウリエルは悶絶して倒れこむ。

そう、『ヴァル』のグレネード弾ですら凌いだウリエルが侍女が刺した短剣にて倒れたのだ。それはある意味異様な光景といえよう。

だが、スライムにはその原因が何となく判った気がした。そう、侍女がウリエルに突き立てた短剣はお姫様の懐剣だったのだ。つまりあの短剣にはお姫様の思いが乗り移っているのである。その思いにウリエルは敗北したのだ。


そしてとうとう動かなくなったウリエルの周りにスライムたちは恐る恐る近付く。そしてスライムは数回小枝でウリエルを突くが反応はなかった。


「おーっ、すげー。グレネード弾ですら倒せなかったのに、こいつルイーダの一刺しで昇天しちまった。ねぇルイーダ、それってお姫様の短剣だろう?」

スライムの質問にルイーダは無言で頷いた。どうやら彼女自身はまだ緊張から解放されていないようだ。

もっとも夢中だったとは言え身の丈4メートル以上の魔物であるミノタウロスに向かって行ったのだからその緊張足るや凄まじいものがあったであろう。


だが凄まじい化け物であったウリエルも今はスライムたちの前で昏睡している。後は憂いのないように止めを刺すだけだ。

だがその時突然ウリエルの腕が動き、側にいた侍女の足を掴んだ。


「きゃーっ!」

突然の出来事に侍女は悲鳴をあげる。騎士も鞘に収めていた剣を抜き放ち斬撃を送ろうとする。だがそんな騎士の動きをウリエルが制した。


「あら、驚かせちゃった?まっ、許してね。でもワタシの負けだわ。まさか人間の思いに負けるとは思わなかった。だから死ぬ前に少し話をさせてちょうだい。」

そう言うとウリエルは侍女の足を引き寄せ自身の盾とした。そうして侍女を人質に取った形でウリエルは語りだした。


■章■37魔王の異変


「あなたたち、魔王に貢がれた王女を助けに来たんでしょ?でも時間切れよ、王女は既に魔王城へ入ったわ。」

ウリエルの言葉にスライムたちは渋い顔をする。確かに今回の追跡は時間的にはぎりぎりであった。ましてやウリエルとやりあった事によりその遅れは取り返しようもないものとなったと感じていた。だが既にお姫様が魔王城へ到着しているとは初耳だった。

そんなスライムたちの疑問にウリエルが応える。


「まっ、確かに時間が合わないわよね。でも魔王城へ向かうには別に徒歩じゃなくてもいいでしょ?なので先程魔王が迎えに寄越したドラゴンに乗せて王女は魔王城へ向かわせたの。ワタシがその任に当たったんだから本当よ。そしてワタシはその事を関所の連中に知らせる為に向かっていたの。まっ、下っ端を走らせても良かったんだけど、ワタシってあんまり魔王と気が合わないのよね。だから理由をつけてブラブラしようと思ったのよ。」

そこまで一気に話すとウリエルは少し黙った。だが腹を決めたのか話を続けた。


「実はね、ワタシ魔王については最近些か変だなと感じているのよ。だって以前の魔王は穏健派だたからね。前の魔王をガチンコで倒してその地位に付いたくらいだから実力はあるんけど、組織の運営維持に関しては独断専行を嫌ったのよ。」

「魔王が変だって?それってどうゆう事だよ。」

ウリエルの言葉にスライムが質問する。どうやらスライムは以前フクロウとの話で出てきた魔王の資質と言うものに興味を持っているようだ。


「あら、あなた興味があるの?なら教えてあげるわ。今の魔王って実力も然ることながら人当たりがいいから下々の者たちに結構人気があるのよね。まぁ、中にはそれが気に入らないっていうやつらもいるけど実力があるから口には出せないの。因みにワタシも気に入らない派ね。」

「なんでだよ、下の者に理解があるってのは上に立つ者には必要なスキルだろう?」

ウリエルの説明にスライムが突っ込む。それに対してウリエルは如何にも弱肉強食の世界で上に立つ者の目線で返してきた。


「そうね、並みの者ならそれも大切かも知れない。でも魔王と言う立場ではそれはマイナスでしかないわ。そう、魔王とは『チカラ』にて君臨するものなのよ。そうでなければ下克上が頻発して争いの火種が絶えなくなる。何故ならチカラを持つ者は常に自らが一番上に立とうとするものだからね。」

「ちっ、そんな理由かよっ!馬鹿なんじゃないのか、お前らはっ!」

「ふふふっ、そうかもね。でもそれがチカラを持つ者たちの本能なのよ。本能には逆らえないわ。」

「けっ、大層な理由付けだなっ!」

スライムはウリエルの説明に嫌悪感を覚えたらしい。いや、どちらかと言うと持てる者への嫉妬だったのかも知れない。

だがそんなスライムの言葉を気にする事無くウリエルは話を進めた。


「だけど今の魔王は実力もあるからそんな者たちも黙るしかなかったわ。でもそんな魔王が最近変わったのよ。どう変わったかと言うと魔王らしくなっちゃったのよね。」

「魔王らしく?それってつまり・・。」

「そう、荒々しくも残虐非道な真の魔王へと変貌したの。これには周りの者たちもびっくりしてるわ。」

「そんな・・、そんなやつのところへ姫様は連れて行かれたのかよ・・。」

ここにきて漸くスライムはウリエルの言っている意味の重大さが判ったらしかった。


「まぁね、でも考えてみて。今まで穏健だった者がある日突然豹変する事なんてありえる?別に身内を殺されたとか、それまでの希望や夢に絶望したなんて事無くてよ?おかしいでしょ?ある日、朝起きたらまるで性格が変わってたなんて、陳腐過ぎて今時物語でも使わない設定だわ。」

「いや、おかしいでしょって言われても俺は魔王にあった事もないからなぁ。」

「うふふふっ、それもそうね。でもワタシはなんか判った気がするのよ。」

「なんだよ、なら教えろよ。もったいぶるなんてお前性格悪いぞっ!」

「ワタシも魔王の変化の原因については色々考えていたんだけど、さっきそこの女に刺されてた時に閃いたのよね。と言うか天啓を受けた感じだったの。」

ウリエルはいきなりとんでもない事を言い出した。刺されて覚醒するなんてもしかして天国でも垣間見たのか?いや、その前に三途の川を渡らなきゃ駄目か。と言うか、三途の川の渡し舟ってミノタウロスが乗っても沈まないんだろうか?

しかし、いきなりウリエルの話がスピチュアルな方向へ向かったのでスライムは意味が判らず突っ込めないようである。なのでウリエル構わず話を進めた。


「実はね、あの時ワタシはなんか別世界の情景を垣間見たのよ。そこでは仮想的なゲームが流行っていて、そのゲームのメインキャラが魔王と勇者だったのね。そしてその魔王がまた本当に魔王らしいキャラでさぁ。ワタシは思わず平伏しちゃったわ。もう、本当にキュンキュンしちゃったっ!」

「お前そのまま戻ってこない方が良かったんじゃねぇの?」

「うるさいわねっ!人の好みに口出ししないで頂戴っ!」

「あーっ、はいはい。それで何が判ったって言うのさ。」

「だから今の魔王はその別世界のゲームの魔王の影響を受けているんじゃないかと思ったのよ。」

「かーっ、単に似ていただけだろう?それだけの理由でそこまで話がぶっ飛ぶのか?」

「ふふふっ、まっ、普通はそう思うわよね。でもそのゲームのキャラクターで似ていたのは魔王だけじゃないわ。そう、あなたもそっくりなのよ。そのゲームのキャラにね。」

「俺が?えーっ、そのゲームってスライムも出てるの?んーっ、肖像権とか請求していいのかな?俺はオファーを受けた記憶はないぞ?」

「まっ、スライムなんて掃いて捨てるほどいるからね。ワタシの思い違いかもしれないわ。」

そう言ってウリエルは自分の言葉をうやむやにした。おかげでスライムの心には話の途中で階段を外された感じでもやもとしたものが残ってしまった。


さて、ここまでの話でスライムたちはウリエルが何を言っているか判らないようだが、賢明な皆さんはピンと来たはずだ。そう、相当前に張った伏線がこんな所で回収されるとは思ってもいなかったでしょ?なので例の設定もまだ生きているんです。まっ、それが明かされるのは88話目辺りなんだけどね。


しかし、ウリエルは敢えて有耶無耶にしたが自身はかなり確証を得たらしい。そう、ウリエルは目の前で若干膨れているスライムに別世界のアホなゲームプログラマーが洒落のつもりで施したLv10億というスーパースライムとのリンクを感じ取っていたのだ。

そしてそれはウリエルの密かな野望ともリンクするのでウリエルはここで一芝居打つ事にしたようである。


「まぁ、臨死体験なんてあやふやなものだしね。でもこれはホンモノよ。」

そう言ってウリエルは一通の封筒を取り出した。


「これは本当は関所にいる担当者へ渡すはずだった魔王城へのフリーパスなの。これがあれば緊急時にも魔王城内に設けられたゲートを最優先で通れるわ。だけど逆に悪用されると魔王の前まですんなり通されてしまう。だからあなたたちには絶対渡せない。」

だがそう言った途端ウリエルはひきつけを起こしてパスを手から落とした。そしてそのまま息絶えてしまった。

その急展開にスライムたちはついていけない。だがフリーパスの情報はスライムたちにとってとても魅力的だった。なので取り合えずパスは回収してどこかで試してみようという事になった。


「むーっ、本当かなぁ、なんか胡散臭いんだけど?」

スライムはウリエルの手から落ちたフリーパスを拾いながらも疑念を隠さない。そんなスライムの疑念に騎士はあまり深く考えるなと言った感じで告げてきた。


「そうだな、だがものは試しだ。それとは別にミカエルとの戦いで剥ぎ取ってきた階級証もあるんだからそちらも提示すれば信憑性は増すだろう。」

騎士の言葉には既にお姫様が魔王城に入場してしまったというウリエルからの情報が大きく尾を引いているようである。つまり騎士は使えるものは全て使ってでも魔王城に潜入しお姫様を助け出そうと決意しているのだろう。

それに関してはスライムも同意見なので反論はなかった。なので取り合えず今後の計画を話し合いながらスライムたちは魔王城へと向かったのだった。

因みに今回高みの見物を決め込んでいたフクロウもちゃんといます。みなさんももう忘れていたでしょ?まっ、脇役だからね、仕方ないか・・。


そんな彼らの姿が森の向こうへ消えてから数分後、死んでいるはずのウリエルの目がぱちりと開いた。そしておもむろにむくりと上半身を起こすと、ふーっと深く息を吐いた。


「あ~、死んだ真似も結構大変なのね。でもあの子たち脈も確かめずにワタシが死んだと思い込んでるなんて単純と言うかちょっと抜けてるわね。あんなんで魔王を倒せるのかしら?」

そう、なんとウリエル死んだ振りをしていただけらしい。スライムたちはまんまと騙されたのだ。もっともウリエルも言っていたが確認を怠ったスライムたちも大概である。まっ、今回はそれだけウリエルの死に真似が真に迫っていたとしておこう。

その後ウリエルは立ち上がりスライムたちの後を追った。だがその歩みは遅くまた慎重であった。なので例の大地を揺るがす振動も今回は殆ど起きない。それにはウリエルなりの事情があるらしかった。


「でも結構面白かったわ。うふっ、久しぶりに楽しく遊んじゃったっ!しかもあの子たちが魔王を倒してくれたら一石二鳥。ワタシが次の魔王になっちゃうかもっ!」

成る程、あの演技にはそうゆう訳があったのか。自らの手を汚さすにライバルを消し去ろうとするなど中々策士ではないか。とても『おねぇ』とは思えぬ策略だ。そう、みな忘れているかも知れないので再度言っておくがウリエルは『おねぇ』なのである。おかげでそろりそろりと歩く姿も内股だ。なんだかなぁ。


■章■38潜入っ!魔王城っ!


さて、騎士の奥義と侍女の捨て身の攻撃により何故か四天王ウリエルに勝利してしまったスライムたちであるが、更に魔王城へのフリーパスまでもゲットしてしまった。これによりスライムたちは騎士を捕虜に見立てて一気に魔王の元まで辿りつく算段ができた。

仮に途中で魔王軍に誰何されても四天王No2であるウリエルお墨付きのフリーパスである。まず疑われる事はないであろう。そして実際、スライムたちは城に着くまでに3回ほど止められたが全てフリーパスを提示するだけで取調べも受けずに開放された。

そうしてスライムたちはとうとう魔王城の手前までやって来た。


「おーっ、森を抜けたところで見た時もでかさに驚いたが、近くでみると更にでかいなぁ。」

「そうじゃな、初めて見た時は山かと思ったくらいじゃ。」

スライムの言葉にフクロウが賛同の意を応えた。そう、今スライムたちは魔王城の麓までやってきたのだ。そして目の前にそびえ立つ魔王城を見上げてその大きさに呆れていたのだ。


「だよなぁ。もしかしてデリートんとこの王様の城もこれくらいでかいの?」

「いや、確かに王の宮殿は荘厳ではあるがこれ程までではない。と言うか、これは最早城と言うより町であろう。」

スライムの質問にポーションの効果が切れてムキムキでなくなった騎士が答えた。もっともそのせいで騎士は途中で歩けなくなるほど疲弊したがそこはまた別のドーピング剤で誤魔化した。それとは別に侍女のヒーリング魔法により若干ではあるが回復もしたようである。

だが騎士が万全でないのは明らかだ。これはスライムたちにとっては懸念材料である。しかし、ここまで来たからには後には引けない。

そもそも戦いとは常にベストな状態で迎えられる訳ではないのだ。だからと言ってコンディジョンを整えていては機を逃してしまう。その先に待っているものは『不戦敗』だ。

そう、戦わずして負けるのである。そのような事になったら騎士には悔いしか残らないはずだ。故に騎士は痛む体を省みずに魔王へ戦いを挑もうとしているのだった。


さて、魔王城の周囲にはいくつかの建屋があったがそれらは魔王のお膝元を構成する規模としてはえらく小さい。そして魔王城には実際に魔王軍とは装いが異なる明らかに一般人と思しき魔物たちが幾人も出入りしていた。

なので確かに魔王城は魔王の居城なのだろうがその規模は魔物たちの町の機能も含んでいるようだった。そのせいなのだろうが入り口には衛兵もおらず出入りは自由のように見受けられた。


「なんだよ、別に検問なんかないじゃんっ!もしかしてこれ、必要ないんじゃないの?」

スライムはそう言ってウリエルから奪った?フリーパスを懐から取り出した。だがその推測に対し騎士が別の意見を述べた。


「いや、多分魔王城はその巨大さ故に中が階層になっているのだろう。そして一般の民たちは下層のエリアに住んでいるんだと推測できる。なのでそのフリーパスが効力を発揮するのは上層階へ向かってからのはずだ。」

「あーっ、そうゆう事か。でか過ぎて判んなかったけど本当の魔王城はあの山の上の部分なんだな。」

「そうゆう事だ。」

さて、魔物たちの警戒が薄い事をこれ幸いとスライムたちは騎士を捕虜に仕立ててずんずんと魔王城の中を進んでいった。ここがダンジョンならばエリアマスターなどからの歓迎?があるのだろうが残念ながら誰何すらされない。

もっとも人間である騎士はすれ違う魔物たちに好奇の目で見られていたがそれだけだ。因みに侍女はフクロウが施した変身魔法でまたゴールデンレトリバーに変身している。

そしてスライムたちは途中すれ違う魔物に魔王の居場所を尋ねながら先に進んだ。だがその姿はおのぼりさんが都会に出てきた感じが拭えない。なのでスライムは見るもの全てに驚いていた。


「うひゃーっ、なんか中がすげー明るいんだけど?と言うか天井に明かりがあるよ。でもあれってランプじゃないよな?」

「なんじゃ、スライムは知らんのか?あれはLED照明と言って魔力で光る鉱物を使っておるのじゃ。じゃがワシもここまで大規模に使っているのを見たのは初めてじゃな。さすがは魔王のお膝元と言うべきかのぉ。」

「へぇ、それって夜でも明るいままなのかい?」

「そうじゃ、そもそもここは外からの光を取り込むには奥過ぎる。つまり明かりを消したら年中真っ暗じゃろうからな。」

「あーっ、でかいって事はそうゆう不便もあるのかぁ。あっ、なんかいい匂いがするっ!おっ、あれって食い物屋じゃないのか?人間のいるところで俺も見た事があるよっ!俺、入って見たかったんだけど人間相手じゃ無理があるんで諦めていたんだっ!でもここなら大手を振って入れるよな?寄っていいか、デリート?」

スライムの提案に騎士は苦笑いだった。騎士としてはさっさとお姫様の元へ行きたかったのだが、ここまで来れば多少の遅れは誤差範囲だ。それよりもスライムに腹いっぱい食べさせた方が体力や気力的にもメリットが大きいはずである。なので騎士はスライムの提案を受け入れた。


「それは構わぬが、お前食事の対価を持っているのか?人間界ではこうゆうところで食事をするには『金』が必要なんだが・・?」

「大丈夫っ!ミカエルとやりあった時に兵隊共の懐からせしめておいたからっ!」

そう言ってスライムは三つ程財布を取り出し騎士へ見せた。


「はははっ、抜かりないな。いいだろう、だが俺は遠慮しておくよ。」

「えっ、なんで?多分そんなに高くはないと思うぞ?」

「いや、今の俺は捕虜だからな。捕虜が連行する役目の者と椅子を並べて食事しているのは変だろう?」

「あー、そうなのか?むーっ、ならこの設定止めようか?」

「俺の事は気にするな。それにあまり食欲もないんでな。」

「そうなのか?もしかして傷が痛むのか?」

「大丈夫だ、痛みはない。多分食欲がないのはポーションのせいだろう。だから気にせずお前は食べろ。」

騎士の言葉にスライムとフクロウはそれじゃと言って店へ入りそれぞれが食べ物を注文した。因みに侍女は誘われたのだが断わり騎士と店の外で待つ事にしたようである。まぁ、ここら辺は『種』の違いであろう。別世界の神話でも異界の食べ物を口にすると元の世界へ返れなくなるなんて設定もあるからね。

因みに魔界の食べ物だからと言って人間界と全く違うと言う事は無かった。そう、普通にカレーライスやラーメンがメニューに載っていた。でもスライムが注文したのは何故か焼肉定食だった。フクロウは生肉の赤み部分のハムである。うんっ、みんな肉が好きなんだね。


さて、人生初の調理された食べ物である焼肉定食を腹いっぱい食べて大満足なスライムは、意気揚々と魔王のいる階層目指して先に進んだ。

だが魔王城は外観もでかかったが内部はもっと広かった。メインとなる通路は間に柱があるもののやたらと広く、その両脇には色々な店舗が軒を連ねていた。

そしてそれ以上に魔物たちの数が多い。人気があるらしい店舗の前には行列が出来ている程である。そんな光景を見て騎士がぽつりと呟いた。


「そうか・・、ここにいる魔物は人間と変わらないんだな。ちゃんと秩序を持って生活してるんだ。」

「えっ、何?もしかして驚いてるの?まぁ、俺も魔物の町には数回しか行った事がないけど、どこもここに負けないくらい賑わっていたよ。ぷっ、まさかデリートって文化を持っているのって人間だけだと思ってたの?ぷぷぷっ、それって見識が狭くね?」

人間と変わらぬ魔物たちの生活を目の当たりにして騎士がカルチャーショックを受けていると、スライムが更に追い討ちを掛けてきた。まっ、確かに基本『人間種』は人間だけでコミュニティーを構成するので人間以外が同じような事をしていると驚くのだろう。

だが世界は広い。人間たちが認識できていないだけで野生動物たちも独自の文化を構築しているかも知れないのだ。それを人間が認識できないからと言って文化がないと決め付けるのは早計である。

だが人間とは柔軟な面も持ち合わせている。故に一旦理解すれば忽ちそれらを取り入れるであろう。そう、認識不足こそが相互のコミュニケーションを阻害する最大の障壁なのだから。


さて、やたらと大規模な商店街を抜け案内板に従って通路を進むと、スライムたちはとうとう魔王がいるはずの上層階へ登る為のゲートにたどり着いた。当然そこには衛兵がいたが例のパスを見せると敬礼されながら中へと通された。

そしてゲートの奥は箱状になっており中に案内役と思しきスレンダーな姿の女性とおもしき魔物がいた。そしてその魔物は扉を閉めながらお決まりの台詞を口にする。


「こちらのエレベーターは魔王様のいらっしゃいますエリア直行となっております。途中で停止は致しませんのでご注意下さい。」

そう、さすがは魔王城である。ちゃんとエレベーターが完備されているのだっ!まっ、当然か。山のような高さの場所まで階段なんかで登ってなんかいられないからね。


そして箱の中で待つ事3分。チーンという音と共にエレベーターは上昇をやめ扉が開いた。そして相変わらずエレベーターガールがお決まりの台詞を口にした。


「こちらが魔王様及び魔王軍幹部専用エリアでございます。まずエレベーターを出た所にございます受付にて記帳をお済ませ下さい。その後、別の案内がそれぞれの場所へとご案内致します。」

「あーっ、はいどうも。因みにチップはいるのかな?俺って田舎モンだから魔王城って初めてでさ。」

スライムはどこで覚えたのかしょうもない事をエレベーターガールに聞いた。その問い掛けに対してエレベーターガールは笑顔で答えた。


「当エレベーターは魔王城の共用設備ですのでそのような配慮は無用でございます。」

「あっ、そうなんだ。そいじゃ帰りもまたよろしくね。」

エレベーターガールの返事にスライムは一旦取り出した財布を仕舞いながら挨拶した。まっ、ここら辺は本当におのぼり然とした行動であり、このような行動を取る者も多いのだろう。なのでエレベーターガールも対応には慣れた感じだった。


さて、これで漸く魔王城の中の魔王がいるはずの場所まで来る事が出来た。そして次にスライムたちがしなければならないのはお姫様がいる場所の確認である。なのでスライムは受付にてそれとなく探りを入れた。


「あーっ、ウリエル様の言い付けで捕虜を連れて来ました。ただ俺ってまだ新人でどこに連れて行けばいいのか聞き忘れちゃったんです。なのでどこに行けばいいんですかね?あっ、これウリエル様から預かったパスです。」

そう言うとスライムは受付に例のフリーパスを見せた。それを確認すると受付はならばウリエル様の部隊に連れて行けと言い案内を付けるから待てと言って来た。

その待ち時間を使ってスライムは世間話を装って受付相手にお姫様の事について質問した。


「そう言えばウリエル様が送り届けた人間の女の子って今どこにいるの?」


「あーっ、あの人間か。あれは魔王様への貢物らしいからな。なので既に魔王様の宮殿へ運ばれたはずだ。場所に関しては私は知らない。」

「そうなんだ・・、まっ、そうだよね。うんっ、ありがとさん。」

受付の言葉にスライムは一旦引き下がる。だが思い出した風を装って魔王の宮殿についても問いかけ直した。


「でもここって魔王様がおられるエリアなんだろう?そこってどこら辺なの?いや、下手に迷って近付いたりしたら怒られるかも知れないからさ。知っておきたいんだよね。」

「あーっ、まぁ行けば判るはずだが魔王様の宮殿はこの先だ。ウリエル様の部隊のところへ行くなら前を通るはずだ。」

「おーっ、それはいいねっ!いい土産話が出来そうだよっ!」

「まっ、あまりじろじろ見るなよ。衛兵に怪しまれるからな。」

「ほいほい、あっ、あの人が案内かな。それじゃどうもねっ!」

そう言うとスライムは受付から少し離れて小声で騎士に話しかけた。


「幸先がいいね、取り合えず案内役にも色々聞いてみる。その後は案内役にはちょっと眠ってもらって姫様を探そう。」

スライムの提案に騎士は無言で頷いた。当然侍女とフクロウも同意だ。

そしてスライムたちは案内役に先導されて魔王エリアの中をウリエルの部隊がいるという方へと歩いた。その途中に受付の案内が話したとおりに魔王の宮殿に続く入り口があった。当然スライムはその事を案内役に聞く。


「ここが魔王様の宮殿なのかい?やっぱり装飾とかが他とは違うねぇ。」

「そうだ、お前は魔王城は初めてなのか?」

「ああっ、俺は新入りでね。なので何事も経験だからと上官に捕虜の後送を任されたんだ。」

「はははっ、そうか。なら少し説明してやる。」

そう言うと案内役は魔王の宮殿について色々と喋りだした。まっ、ここら辺は人それぞれなのだろう。案内人にしてみれば新人に先輩面をしたかったのかも知れない。


「この先に見える門が宮殿の正面玄関だ。とは言ってもあくまでここはゲートで魔王様がおられる場所はずっと奥だがな。それにここは云わば観光用なんだ。なので俺たちも普通に前を通れる。」

「あっ、そうなの?なんだ、だから衛兵の武装もやたらと飾りつけされたものをこれ見よがしに持っているんだ。」

「そうだ、ああやって魔王様の威光を表現しているのさ。」

「ふう~ん、まっ確かにかっこはいいよな。」

「そして実際に宮殿へ用がある者が出入りする入り口はこの先だ。まっ、ここからは見えないようにしてあるがな。」

「へぇ、やっぱり宮殿ともなるとセキュリティとかが高そうだねぇ。」

「はははっ、まぁな。でも俺は顔パスさ。」

「おーっ、それはすごいっ!あなた、もしかして凄い人なの?」

「そうゆう訳じゃないが、要人の案内などで何度も出入りするからな。一応パスは持っているけど一々見せたりしないよ。あっ、これはアフレコだからな。人には言うなよ。」

「はははっ、そうだね。手続きをはしょってるなんて知られたら上官に怒られちゃうもんな。」

「そうゆう事だ。でもあんまり杓子定規でも業務に支障が出るからな。そこら辺はケースバイケースさ。」

「ところでウリエル様が送り届けた人間の女の子って今どこにいるの?」

「あーっ、あれか。あれは今宮殿の中にある貴賓室に軟禁されているよ。俺が連れて行ったんだから間違いない。って、なんでお前がそんな事を知っているんだ?」

「えっ、だって俺はウリエル様の配下だぜ?当然じゃんっ!」

「ああっ、それもそうか。」

「ところでその貴賓室ってどこら辺なの?」

「なんだ?何故そんな事を聞く?」

「いや、ウリエル様に報告しなけりゃならないんだよ。送り届けた貢物がちゃんと扱われているかってね。」

「そうなのか?まぁ、そうゆう事なら話してもいいかな。貴賓室は正門をくぐって大広間に出た先の左側だ。貴賓室は幾つかあるんだが、あれはもっともグレードの高い部屋に入れられていたな。俺もあそこに入ったのは初めてだったから緊張したぜ。」

「ふう~ん、そんなに凄いの?」

「まぁな、見れば判るよ。他の部屋も豪華だがあの部屋は別格だ。」

「やっぱり衛兵が立ってたりするの?」

「はははっ、まさか。貴賓室だぜ?衛兵は別の待機所さ。」

「そうなんだ・・、うんっ、ありがとさんっ!」

そう言うとスライムは辺りを見渡し人目がない事を確認して案内役に飛び掛り首筋に高濃度の痺れ毒を注入した。それにより案内役は声も立てずに崩れ落ちる。


「よっしゃっ!場所は判った。行くぜ、デリートっ!」

「おうっ、うまくやったな。お前詐欺師の才能があるんじゃないか?」

「う~んっ、森で暮らすにはあんまり意味のない才能だなぁ。」

「はははっ、すまん。例えが変だったな。で、作戦は?」

「ウリエルのフリーパスを使って行けるところまでいこう。その後は力尽くだっ!」

「いいだろう、そうゆう行き当たりばったりも悪くはない。だが忘れるなよ、俺たちの目的はコーネリアの奪還だ。なのでお前たちに何かあっても俺は助けられないかも知れない。逆に俺が倒れても気にするな。絶対コーネリアを救い出してくれっ!」

「くっ、キザな台詞を恥ずかしげも無く言うんじゃねぇよっ!そんなのは当たり前だっ!さぁ、行くぜっ!」

かくしてスライムたちのお姫様奪還計画も大詰めを迎えようとしていた。果たしてスライムたちは無事お姫様を取り戻せるのかっ!そのお話は次回となります。うんっ、連載モノって引きが大事だからね。


■章■39魔王登場っ!


さて、宮殿の正面玄関を警護する形だけの衛兵に関しては、ウリエルのフリーパスとスライムの巧みな話術にて通過できた。まっ、実際には裏口に回れと言われたのだが、スライムはウリエルからの指示だとごり押しして何とか通れたのだ。

もっとも衛兵にしても四天王No2であるウリエルの性格を知っているらしく、あまり杓子定規な対応をすると後で難癖を付けられると思ったのだろう。そうゆう意味では今回はウリエルの威光が役に立ったと言える。


「さてと、正面玄関を進むと大広間なんだよな。そしてその奥に貴賓室があると・・。」

そう言うとスライムは目の前にある大扉をどんと押し開けた。するとその時、部屋の中からカコーンという音がした。


「へっ、何の音?誰か先客かいたのか?」

そう、確かに先客はいた。しかもその先客はあろう事か魔王であり、しかも大広間で部下たちを相手にゲートボールをしていたのだった。先程の音は魔王がスティックでボールを打った音だったのである。

そして突然開いた扉に中でプレイしていた者たち全ての視線がスライムたちに注がれる。それに対してスライムはなんとかしなければと言い訳の言葉を口にした。


「あっ、すんません。間違えました。」

いや、スライムよ。お前だけならともかく、既に手綱を解いて警戒態勢をとっている騎士を後ろに伴ってその言い訳は苦しいぞ?なので当然見逃してはもらえなかった。


「衛兵っ!なにをしておるっ!出あえいっ!」

魔王と一緒にプレイをしていた魔物たちは魔王の前にその身を移動させながら突然の闖入者に対して防御体制を敷いた。

そして部屋の奥からは呼ばれた衛兵たちがわらわらと飛び出してくる。


「ちっ、いきなりラスボス戦かよっ!ルイーダとじじいは下がってろ。左は任せたぞ、デリートっ!」

「承知したっ!」

スライムの掛け声に騎士は抜刀しながら応える。そして怪我を負っているとは思えない速度であっという間に向かって来るふたりの衛兵を斬り倒した。


斬っ!

「ぐおーっ!」

騎士の斬撃を受け、叫び声を挙げながら倒れこむ衛兵たち。だがこの事から騎士が本調子でない事が窺える。何故なら騎士が万全ならば、衛兵は声すら発せず絶命しているはずだからだ。

しかし、それでも騎士の動きは敏捷で次々に衛兵たちを斬り伏せていった。その横でスライムも高性能秘密兵器『ヴァル』を駆使して奮戦しているが、残念ながら『ヴァル』は接近戦には向いていない。

何故なら銃弾にしても火焔にしても『ヴァル』は全て単発で、一回使用すると次の準備に一手間も二手間も掛かるからだ。

それでもスライムはぴょんぴょんと跳ね回り時を稼いで着実に衛兵たちを葬った。


しかし、ここは魔王城である。それこそ兵隊の数は数えきれないほどいる。なので3分もしない内にわらわらと増援が来た。そしてとうとう騎士とスライムを二重、三重に取り囲んでしまった。

スライムはそんな兵隊たちに対して『ヴァル』のアタッチメントを交換してグレネード弾を装着した。室内でグレネード弾を使用するのは些か威力が大き過ぎるのだが、この大広間なら問題ない。

そしてスライムが『ヴァル』の筒先を兵隊たちに向けグレネード弾を発射しようとしたその時、動きを制止する声が大広間に響き渡った。


「止めよっ!皆下がれっ!」

その声に兵隊たちの動きが止まる。そう、声の主は魔王だったのだ。その威圧に満ちた声は、思わずスライムたちも動きを止めてしまった程である。


そんな魔王の装いはまさにテンプレートであり、ゲートボールをしていたらしいのに黒いマントに黒い鎧と全身黒づくめであった。しかも室内であるにも関わらず角付きの兜まで被っており、おかげで兜の影になって瞳が見えない。まっ、ここら辺もテンプレだね。ラスボスにはありがちな演出だ。

つまり今スライムたちの目の前にいる魔王は、誰が見ても『魔王』である事を判り易く周りに主張していたのである。

はははっ、結構魔王も大変なんだね。本当ならポロシャツに短パンでゲートボールをプレイしたいんだろうにキャラの属性がそれを許さないんだ。もしかして風呂に入る時も兜を取らないんじゃないのか?さすがだなぁ。

そう考えると勇者は気楽だよね。額に玉をあしらった鉢巻をしてればいいだけなんだから。


さて、魔王の服装はまさにテンプレだったが、体格も期待を裏切らないものだった。その身長足るや3メートルを軽く越えている。肩幅も装飾がごってり施されたマントで誇張されているが1メートル近くあるはずである。

ただちょっとマヌケな気がするのは、その丸太のような腕に握られているゲートボールのスティックがやけに小さく感じられる事か。んーっ、スティックのサイズって何か規定があるのかね。体格に合わせて作っちゃ駄目なのか?

だが腰に差してある剣は大業物だ。と言うか魔王って今までゲートボールをしていたんだよな?なに?もしかして帯剣してプレイしていたの?いやはや、キャラのアイディンティティを守るのは大変だ。


さて、そんな全身で魔王である事を主張している魔王は、突然飛び込んできたスライムたちに実に魔王らしい上からの態度で問うた。


「くくくっ、いやはやとんだ余興が飛び込んできたな。そもそもここはわしの居城だ。そこに潜り込んだだけでも大したものなのに、わしの前で戦いを始めるとは中々見所のあるやつらだ。故に名乗れっ!」

魔王の誰何にスライムも騎士も答えない。何故ならその間にも兵隊たちが大広間に集まってきており、気がそちらに向いていたからだ。

なので魔王は兵隊たちをスライムたちから遠ざけるように指示した。


「衛士長っ!兵たちを下げよっ!こやつらはわしの客人であるっ!お前たちがいてはもてなせぬわっ!」

「なっ、しかし・・。」

魔王の言葉に兵隊たちを引き連れてきた衛士長は面食らったようだが、魔王の命令では従うしかなかった。


「皆の者、退けっ!」

衛士長の命令に兵隊たちは後ずさりながらスライムたちと距離をとり壁際へと下がった。そんな兵隊たちと入れ替わるように魔王がスライムたちの前に進み出る。


「さて、それでは仕切り直しだ。わしがこの魔王城の主。魔物たちの長であり、全ての上に君臨する魔王である。して、そなたらは誰だ?」

礼節に則った魔王の問いかけに、然らばと騎士が答えた。


「私はアルカディア王国ハードロック公爵家騎士団所属、チキタ・ラムル・デリートである。」

「あーっ、俺は・・森のスライム。名はスライ・ムーだっ!」

騎士が名乗ったのでスライムもつられて名乗りを上げた。まっ、スライムは所属する組織が無かったので住んでいるところと種族名を口にしたのはご愛嬌である。


魔王はそんな騎士たちの名乗りに対して騎士たちが乗り込んできた理由を察したようだった。

「ふんっ、小賢しい人間共め。生贄として姫を差し出しておきながら影では騎士を潜入させていたのか。ふふふっ、忠義な事だ。よかろう、首をはねる前に姫に会わせてやる。」

そう言うと魔王は指をパチンと鳴らして部下にお姫様を連れてくるように指示した。むーっ、指を鳴らすだけで部下が動くのか・・。世の中間管理職たちが羨ましがるな。と言うか、魔王言葉では指示を出していないんですけど?それでも意味を汲み取るとは大した部下だ。これぞ組織に属する者の上司に対する『忖度』ってやつなのか?いや気配り、もしくは阿吽の呼吸と言うべきか?


しかし、魔王の部下に連れられてきたお姫様の姿を見てスライムは驚愕した。何故なら現れたお姫様の体には幾筋ものムチに打たれた傷がミミズ腫れとして浮き上がっており、端正で美しかった顔は酷く殴られた結果なのであろう、無数の青あざがあったのだ。

そしてその細い足首には太い鎖が繋がれ、一歩足を踏み出すのも辛そうであった。そんなお姫様の姿を眼にしてスライムは激情する。


「てめぇっ、魔王っ!なにて事しやがるんだっ!お前、それでも魔物の長かよっ!」

「ふふふっ、何を興奮しておる。こやつは人間たちがわしに送った貢物よ。それをわしがどういたぶろうと文句を言われる筋合いはない。」

「ざけんなっ!もはやお前は魔王なんかじゃねぇっ!ただの狂人だっ!」

魔王の言葉にスライムは更にヒートアップした。だがそんなスライムの横で何故か騎士は微動だにしていない。これは別にあまりの出来事に反応できなくなったのではなく、ただ静かに次の動きを待っているようだった。

しかし、そんな騎士の態度を魔王が煽ってくる。


「なんだ、そっちの男はあまりの出来事に声を挙げることすら忘れたか?がははははっ、なんとも弱い精神だなっ!」

そんな魔王の挑発に騎士は静かに答えた。


「別にお前がそいつをどう扱おうと私には関係ない事だ。なので俺もお前にそのような事を言われる筋合いはない。」

「てめぇっ、デリートっ!なんて事を言うんだっ!お前の姫様への忠誠はその程度だったのかよっ!見損なったぞっ!」

意外とも言える騎士の言葉にスライムは騎士を睨みつけて罵倒した。だが騎士は然程気にもしていないようだ。なので淡々とした声で魔王に話しかけた。


「さて、茶番はこれくらいにして貰おう。その娘はコーネリアではない。何を思ってそんな演出を仕掛けてきたのかは知らんが本物を出せ。嫌なら力尽くで押し通るまでだ。」

「えっ、何言っているんだ、デリート?あっ、もしかして姫様のあんまり酷い姿を見て現実逃避しちゃったのか?」

騎士の言葉にスライムは全うな疑問をぶつけた。だがそんなスライムの声を魔王の笑い声が掻き消す。


「がははははっ、まさか見破られるとは思っていなかったぞっ!そうだ、こいつは本物ではない。だが変装や変化でもない。わしが本物の姫の姿をフルコピーし新たに創りだした物だ。故に見た目に相違はない。仕草すら完璧に模倣している。だが、それでもお前はひと目で見抜いたかっ!」

「えっ、偽物なの?えーっ、本当かよっ!」

魔王の言葉にスライムは驚きを隠せない。それはスライムたちの後ろに隠れている侍女も同じようだった。

侍女は今まで常にお姫様の側にて仕えてきていた。だがその侍女でさえ目の前にいる傷だられけの女が偽物だと見抜けなかった。つまり見抜いたのは騎士ひとりだけだったのである。


「もう一度言う。コーネリアを連れて来い。断れば貴様を切り刻んで押し通るぞっ!」

スライムたちの驚きをよそに騎士は魔王に対して最後通告を突きつけた。だがその言葉にはかなりの熱がこもり始めている。そう、如何に騎士には偽物と判っていてもお姫様の姿をしたモノを傷物にして弄んだ魔王に対して、込上げてくる激しい怒りを押さえられなくなっているらしい。

だが魔王はそんな騎士の激情が嬉しくて堪らないようだった。なので指をパチンと鳴らしてお姫様の偽物を消し去ると部下に新たな指示を出した。


「よかろうっ!見抜いた褒美としてひと目合わせてやろうっ!連れて来いっ!」

「はっ!」

魔王の指示に壁際に陣取っていた兵隊たちが貴賓室の方へと走り去る。そして大した間も空けずに本物のお姫様を連れてきた。

兵隊たちに連れて来られたお姫様は先程の偽物と違い至って普通であった。別に乱暴を受けた様子も見られない。当然鎖にも繋がれていなかった。それどころか、脇を固める兵隊たちはお姫様にかしずいている程である。これぞ高貴な立場に生まれついた者が身に纏っているオーラが成せるものなのだろう。


だがそんな凛としたお姫様も大広場に騎士の姿を見つけると満面の笑顔となった。そして問いかけの言葉が口に出た。


「チキタっ、何故あなたがここにっ!」

「コーネリア様、此度のハードロック公爵家騎士団の失態、公爵に代わりお詫び申し上げます。されば我が身を持って償う所存なれば今しばらくお待ち頂きますようお願い申し上げます。」

「チキタ・・いえデリート、あい判りました。粗相のないように取り計らいなさい。」

「はっ!」

お姫様の問いかけに、騎士が個人ではなくハードロック公爵家騎士団としての対応を取ってきた事にお姫様は少し落胆したようだが、それでも気を取り直し自身もアルカディア王国の王族としての態度で返事を返した。


「さすれば魔王よ、姫は返してもらう。とは言ってもはいそうですかとはいくまい。なので一戦交えようぞよっ!」

そう言い放つと騎士は魔王に対して剣先を向けた。それに対して壁際の兵隊たちが動こうとしたが魔王が制する。


「動くでない。こやつはわしの獲物だ。くくくっ、玉遊びにも飽きていたところだ。いいだろう、遊んでやるっ!」

魔王はそう言うといきなり覇気を放った。その凄まじい圧力によりマントがたなびいたほどである。当然その圧力は周りにも伝わり、大広場を照らしていたシャンデリアが大きく振り子のように振れた。

おかげで魔王の影が揺らいで如何にもな演出になった程である。またスライムに至っては後ろに一回転してしまった。

なので侍女とフクロウそんな魔王の覇気に当てられて気を失った。これは別にモブキャラの動きを説明するのが面倒になった故の処置ではない。本当なんだから仕方ないのである。


かくして物語も最高潮な場面へと突入した。果たして騎士は魔王を倒してお姫様を救い出す事が出来るのかっ!

しかし、残念な事にまたしてもノートの余白が無くなった。なのでその件に関してはいつか改めて語る事としよう。


■章■40先鋒、まずは騎士


魔王が放った覇気により大広間は騒然となったが騎士はひとりじっと集中し気を高めていた。やがて魔王に向けていた剣を静かに下段に構え直す。そして暫しの沈黙の後呟いた。


騎士闘剣奥義『空虚』


その途端、騎士の動きが止まった。いや体の動きだけではなく全てが止まってしまった。そう、今騎士は呼吸すらしていない。いや、もしかしたら心臓すら脈動を止めているかも知れなかった。それほど今の騎士は儚く虚ろな存在となっていたのだ。

だが、動きを止めているはずの騎士の剣刃が何故か静かに下段から上段の構えと変化してゆく。しかしそれは確かに動いているのだが魔王はその動きを動きとして捉えられない。その事に魔王は戸惑いを覚える。そして思わずそれが口にでた。


「馬鹿な・・動きが読めないだと?それどころかやつの心臓の鼓動すら感じられぬだと?一体やつは何をしたのだ?」

目の前に立つ騎士の状態を理解できない魔王はそれ故に騎士に対して最大限の警戒態勢を取る。しかもそれは頭を通さずに体が瞬時に対応した。つまり魔王は後ろに飛び退き騎士と距離を取ったのである。だが、離れたはずの騎士は何故か相変わらず魔王の目の前にいた。


「馬鹿なっ!お前は動いていないっ!なのに何故わしの動きに追随できるっ!」

不可解な現象に、魔王は怒気を膨らませて腰の大剣をすっぱ抜くと、力任せの斬撃を騎士に送り込んだ。


ぶんっ!


しかしその剣刃は騎士の体を通り過ぎ空を斬る。

「幻だとっ!いや、存在自体は感じられる。やつは確かにそこにいるっ!だが剣は空を斬ったっ!これは如何にっ!」

必殺の斬撃が空を斬った事に魔王は一瞬惑う。その隙を騎士の剣が襲いかかった。


しゅんっ!


「うおーっ!」

騎士の送り込んできた剣先を魔王は紙一重でかわす。それでも鎧の胴腹部分には一筋の刃跡が真一文に刻まれていた。もしも幻だろうなどど舐めていたら魔王は鎧ごと斬られていたはずだ。その事を瞬時に理解した魔王は騎士の力量に並々ならぬものを感じ取った。

だがこの攻撃は魔王にある仮説を組み立てさせてしまった。そう、今の騎士は確かに虚ろな存在だが、攻撃してくる時は実体化するという事だ。そしてその時、騎士の剣が魔王を斬れるのなら逆に魔王も騎士を斬れるはずとの結論に達したのである。

そして魔王はその仮説を確かめるべくわざと騎士に対して隙を見せた。その誘いに引き込まれるかのように騎士の剣が突いてくる。


しゅんっ!ガツンっ!


騎士の送り込んできた剣刃を腕の防御籠手で防ぐと、魔王は握っていた大剣を放り投げその手で騎士の腕を掴む。そして力任せにぐいっと手繰り寄せるとそのまま騎士を放り投げた。

魔王が騎士を剣で斬りつけなかったのはふたりの距離が近過ぎて大剣を振り回せなかったのと自分の仮説を確かめたかったからであろう。

さて、斬られはしなかったが身の丈3メートル以上の魔王に力任せに放り投げられては騎士も無事ではすまない。と言うか軽く20メートルは宙を舞った。


「がはっ!」

背中から床に叩きつけられた騎士はそれでも勢いを殺せず床の上を転がる。だが運がいいのか悪いのか、その転がった先にはお姫様がいたのである。

そんなお姫様は脇から押さえ込む兵隊の手を振り払い騎士の下へと駆け寄ると、床に伏せている騎士を庇うようにその身で騎士を隠した。そんなお姫様に騎士は咳き込みながら下がれと言った。


「ごほっ・・。だ、駄目だコーネリア。危ないから下がっていろ。」

「どきません、だってあなたは私の為に戦ってくれたのでしょ?ならば私もあなたの為に戦います。」

しかし、お姫様からの健気な言葉を騎士は無視し立ち上がろうとする。そう、今の騎士は戦闘モードなのだ。なので残念ながら甘ったるいシチュエーションには成り得なかった。

だが立ち上がりはしたものの既に騎士には魔王と戦えるだけの体力は残っていなかった。元々ウリエルとの戦いで負った傷により万全ではなかった騎士だが、奥義を発動した事によりスタミナも底をついた。ドーピングとして服用したポーションの効果も切れたのか傷口が開いてまたしても血が飛び散っている。


しかし、ふらつきながらも騎士はお姫様を庇いつつ剣先を魔王に向けた。だが気力で動けるのもここまでのようだった。次の瞬間、騎士はがくりと膝を折り床に沈みかける。そんな騎士をお姫様が後ろから支え床に寝かせた。


「すまないコーネリア・・、絶対君を助けると言ったのに・・。」

「大丈夫、あなたは成すべき事をやり通したわ。後はスラちゃんに任せて。」

お姫様の言葉に騎士は魔王がいる方を見る。そこには魔王と騎士たちの間に立ち塞がり魔王相手に啖呵を切るスライムの姿があった。


「選手交代だ、魔王っ!お前は魔王なんだからこれくらいは大目に見れるよなっ!」

「ふっ、スライム如きが大層な口をきくじゃないか。いいだろう、そっちのやつには詳しい話を聞く必要があるからな。なのでお前を血祭りに挙げて先程わしに恥をかかせた代償としよう。」

そう言って魔王は斜め後ろに下がった。多分これは騎士たちを戦いに巻き込まないようにする為の配慮だ。もっともその理由は後ほど騎士に尋問しアルカディア王国側の意図を聞き出す為だろう。

だがこれによって騎士とお姫様には時間がとれた。その時間を使ってお姫様は騎士にメディカルを施し始める。そう、実はお姫様もヒーラーの能力を有していたのだ。そしてお姫様のそれは侍女とは比較にならない程強力なものだった。

そんなお姫様からの手当てを受けながら、気が緩んだのか騎士は昔話を始める。


「そう言えばお前に傷を治して貰うのはこれで3回目だな。」

「そうね、1回目は昔私がまだ小さかった頃、ちょっとしたいたずら心で馬をけしかけたら暴れだしてしまって落ちそうになった時、あなたが私と地面の間に飛び込んできたのよね。おかげで私は擦り傷もなかったけど、あなたは傷だらけだったわ。あの頃、私もまだメディカルが上手じゃなくて中々血が止まらないものだから泣きながらあなたの傷を押さえたわ。」

「はははっ、よく覚えているな。まっ、あれはお前から目を離していた俺のミスだ。なので俺も必死だったんだよ。お前に怪我でもされたら打ち首モノだったんでな。」

「なんだ、保身だったの?でも、2回目はドラギウス侯爵が差し向けて来た賊から私を守ってくれた時よ。覚えてる?」

「あーっ、そんな事もあったなぁ。確かあの時は二太刀ほど喰らってしまった。傷は結構深かったんだけど、お前のメディカルのおかげで今では痕も残ってないよ。でもそのせいでひとりで12人を討ち取ったと自慢しても誰も信じてくれないんだよな。」

「馬鹿、そんなの全然自慢にならないわ。」

「いや、相手は12人だぞ?十分自慢できるだろう?」

「そっちじゃなくて傷の方。」

「あーっ、そっちか。でもまぁ傷自慢は若い騎士たちにとっては仲間内で盛り上がる話題だからな。ましてやそれが一国の姫君の窮地を救った時の傷となれば大金星だ。それが証拠がないからって信じて貰えなかった。あの頃はそれが悔しかったんだよ。」

「はぁ~、傷がある方が自慢だなんてやっぱり騎士って駄目ねぇ。」

「はははっ、ぐおーっ痛たたっ、くーっ、笑うと傷に響くな。」

「傷痕自慢なんてしていた罰よ。なんだったら少し残しておく?」

「勘弁してくれ、俺ももう新兵じゃないんだ。後遺症はごめんだよ。」

「なら大人しくしていなさい。でも今回のが一番大変だわ。あなたたちってなんでこんなになっても生きていられるの?もしかして体を構成している細胞が人とは違うんじゃないの?もしかして新種の魔物?」

「ひどい言われようだ・・。」

確かにひどい言われようである。だがお姫様、大抵の物語ではヒーローは死なないんだよ。だからきっと騎士も大丈夫だ。


さて、なんか騎士もお姫様からのメディカルによって気が緩んだのか、スライムたちを放って良い雰囲気になってますがまだ安心するのは早いです。それでは次は魔王相手に奮闘しているであろうスライムの戦いぶりを見てみましょうっ!えっ?またノートの余白がなくなったの?最近多いねぇ。


■章■41次鋒、スライムっ!


さて、騎士とお姫様が良い感じになっている頃、実はスライムと魔王も良い感じになっていた。但しこちらは熱血少年漫画系としての盛り上がりである。


「おらおらおらっ!どうした魔王っ!さっきの台詞は張ったりかっ!」

「ほざけっ!」


ぶんっ!


スライムの挑発に魔王は大剣を一振りして応えるがその剣刃は虚しく空を切る。それ程今のスライムは動きが俊敏だった。おかげで魔王はかなり機嫌が悪い。何故ならここには部下がギャラリーとして魔王たちの戦いを見ていたからだ。

そう、魔王としてはLv6程度の雑魚に手間どう訳にはいかなかったのだ。だが実際には既に3分以上スライムを取り逃がしている。これは魔王にとっては大きな失態であった。故に魔王は機嫌を悪くしたのだ。


しかし、だからと言ってスライムが鼻歌交じりで魔王からの攻撃をかわしていた訳ではない。それはもう気力体力共に全力時の倍くらいで対応していたのだ。故にスタミナを消耗するスピード桁違いである。


「はぁはぁはぁ、まずいな。飛ばし過ぎたか。でもそうでなきゃ今頃真っ二つだ。ちくしょう、やっぱりすげぇぜ、魔王ってやつはっ!」

魔王の攻撃をかわして一旦大きく退いたスライムは呼吸を整えながら愚痴る。だが愚痴ってはいるが気力は萎えていない。なので何とか活路を見出そうと頭の中はフル回転していた。


-スタミナは持って後5、6回。今だってぎりぎりで避けているんだからちょっとでも動きが鈍ったらそれまでだ。確実にやられる。でもだからと言って攻撃手段がない。一発『ヴァル』の銃弾を撃ち込めたけど、魔王の鎧に防がれてしまった。いや、あれは鎧じゃないな。何か別のモノが魔王の周りにあるんだ。それが銃弾をとめた。-


そう、実は魔王が着込んでいる鎧は全くの装飾だった。見た目こそ堅剛な雰囲気を醸し出しているが実はぺらぺらだったのである。つまり魔王の鎧は張ったり用だったのだ。

だが、魔王にとっては鎧とは相手に対して威圧感を与える為のもの小道具でしかないらしい。なので役割としてはそれが出来ていれば構わないようだ。

そして実際に魔王の全身に纏わりつき魔王を守っているのは魔王自身の『闘気』だった。つまり魔王は本来すっぽんぽんでも防御に関してはなんら不安がないのだろう。ただそれだとR-15規制に引っかかるのでそれらしい格好をしているらしい。

そう、裸体が芸術だったのは昔の話なのだ。まっ、それだけ人間が倫理的に自分たちを抑制できるようになったのだろう。つまり進化だ。


さて、今は芸術論などを論じている場合ではない。スライムのスタミナ切れが近い事は魔王も判っているようである。なので普通ならスライムに無駄な動きをさせて消耗を誘うのが定石なのだろうが、魔王のプライドがそれを許さなかった。

つまりスライムが全力で動ける内に叩き潰さねば魔王の面目が丸つぶれになると思っているらしい。なのでそれを逆手に取ればスライムにも勝ち目が出てくる。いや、勝ち目はないのだが引き分けには持っていけるのだ。

何故なら、スタミナ切れを起こしたスライムを魔王はプライドが邪魔して討てないはずだからだ。スライムにとってはなんとも情けない話ではあるが死んでしまっては元も子もないのである。

なのでスライムは数瞬迷ったが逃げ切る事を決断した。今回の目的はお姫様を救う事であり、魔王を倒す事ではない。その為にはここで死ぬ訳にはいかなかったのだ。


しかし、それは魔王とて同じであった。よもやスライム如きを打ち損じたとあっては魔王の面目がたたない。故に魔王の剣筋は更に鋭さを増した。


ひゅんっ!


それまでぶんぶんと風を切っていた剣鳴りの音が段々と高音域へと変わりだす。これは剣速の増加を意味している。その速度に最早スライムは対応できない。そしてとうとう魔王の剣がスライムを捕らえた。


斬っ! しゅんっ!


「うわーっ!」

魔王の剣がスライムの銅をなぎ払うと同時に情けない声がスライムの口から漏れる。だが結果はそれだけだ。別に赤い血を撒き散らすでもなく、スライムの体は斬られた部分が次の瞬間には再結合していた。

そう、これぞスライムの特性。手応えの無さであった。

殆どの方は既に忘れているだろうがスライムとは剣による斬撃が殆ど効かないのである。それは腕に覚えのある者の剣ほど顕著であった。つまり剣筋が鋭過ぎて逆にスライムへダメージを与えられないのだ。

これぞスライムの特性。ある意味チートである。


「ちっ、抜かったわっ!」

魔王は復元してしまったスライムの体を見て己の失敗を悟る。そう、これは下位の者なら絶対しない魔王だからこそ起きた失態だった。

これが下位の者ならスライム相手に剣で斬りつけたりしない。仮に剣を使ったとしても刃ではなく剣の腹の部分を叩きつけ、スライムの体を無数の液体へと散らしてケリをつけていたはずである。

だが、魔王くらいになるとスライムなどと闘う事など皆無だ。なのでその特性は知っていても体が通常の戦闘方法をなぞってしまったのだ。まさにスライムにとっては九死に一生を得たとも言えよう。


しかし、魔王の対応は早かった。魔王は剣に闘気を纏わせ一気にスライムを無数の水玉に変えるべく次の斬撃を送って来た。そう、つまり魔王は剣に闘気を纏わすことにより剣を超強力な打撃兵器に替えたのだ。

しかもその剣に纏わせた闘気は魔王のものである。その威力足るや少し触れただけでも大岩がぶつかって来たかと見まごうものであろう。

なので次の瞬間、スライムの体は半分が無数の水玉となって霧散した。


「がはっ!ば・・かな。」

スライムは剣圧に吹き飛ばされながら、散りゆく自らの体を見つめて信じられないといった体でつぶやいた。そう、何故なら今の魔王の斬撃はスライムの体に達していなかったからだ。それでもスライムの体の半分は飛び散ってしまった。これぞLv99を誇る魔王のチカラなのだろう。当然Lv6のスライムがどうこうできる相手ではないのだ。


そして吹き飛ばされたスライムの先には、これまた運がいいのか悪いのかお姫様と騎士がいた。そしてお姫様は自分の方へ転がってくるスライムを体全体で受け止める。

はい、もしもお姫様がサッカーのゴールキーパーだったら、どこからともなく「ナイスセーブっ!」と声がかかった事であろう。


だが実際にお姫様に掛けられた言葉はスライムからの謝罪であった。


「ううっ、ごめんよ姫様、駄目だった・・。俺なら助けられると思っていたけど自惚れだったよ。やっぱり俺はがんばっても上限がLv6のスライムだったんだ。ごめん・・、ごめんよ。」

うんっ、騎士といいスライムといい、こいつらお姫様に謝ってばかりだな。ちょっとだらしないぞっ!もう少しかっこいいところを見せんかいっ!


薄れゆく意識の中、ひたすら謝り続けるスライムにお姫様がそんな事はないと伝える。そしてお姫様はそんなスライムに優しく語りかけた。


「何を謝る必要があるの?スラちゃんは私の為にこんなになるまで戦ってくれたの謝ったりしてはいけないわ。本来なら逆に私がお礼を言わなくちゃならない事でしょ?だから生きて。これは私からの感謝の印です。」

そう言うとお姫様は最大出力でスライムに『気』を送り込んだ。それによりもう少しで天に召されそうになっていたスライムに若干ではあるが生気が戻る。だが、それでも命を繋ぎ止めただけで元の姿への回復には程遠い。

しかし次の瞬間奇跡が起こった。

意識を取り戻しまぶたを開いたスライムにお姫様は喜びの接吻をするといきなりどこからともなく例の電子合成音が響き渡ったのだ。


[ぴろり~ん。隠しコマンド起動トリガーを確認しました。これよりゲーム内スーパースライムからリンク先のスライムへとレベルの移動を開始します。]

合成音声がそう告げると、いきなりスライムが苦しみ始めた。


「がっ、な、なんだっ!何かが俺の中に入ってくるっ!ぐおっ、がはっ!」

「スラちゃん、しっかりしてっ!どうしたのっ!」

「何かが・・、違う、これは・・。」

突然苦しみだしたスライムにお姫様は声を掛けながら再度メディカル処置を施し始める。だが何故かそれはスライムの体内から溢れ出る『チカラ』によって拒否された。


[ぴろり~ん。現在レベル値を移動中。20%終了・・、30%終了・・。]

苦しみ続けるスライムを横に合成音は意味の判らないカウントを淡々と伝えてくる。そしてとうとう移動が完了した旨を伝えて来た。


[ぴろり~ん。レベル値の移動が終了しました。これにより該当者のレベル値は10億となりました。これを持ちまして移動元のスーパースライムは能力をリセットされ、通常のスライムへと戻ります。尚、レベル値の移動痕跡を残さぬ為に関連コマンド及び該当部分のゲームコードはサーバ上より削除されます。]

謎の合成音は一方的にそう告げるとそれ以後沈黙した。

だがその場にいる者は誰もその事に気を止めていない。何故ならもっと気に掛かる現象が目の前で起こっていたからだ。それは当然スライムの身に起こった変化である。


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