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楽しいひと時

■章■16楽しいひと時


さて、Lv20というスライムにとっては天井人にも等しい高位な魔物であるヒュドラを、圧縮空気式噴射装置のチカラを借りたとはいえ倒したスライムは森に帰ってからも上機嫌であった。

なのでスライムは浮かれついでに圧縮空気式噴射装置に名前を付ける事にしたらしい。今はその候補者選びに頭を悩ませている。・・頭を?・・ってどこだ?


「う~んっ、候補は幾つかあるんだけどどれもしっくりこないなぁ。と言うか、こいつって機能が色々あるからあまりひとつの機能に特化した名前を付けちゃうとそれ以外の機能が拗ねるからなぁ。」

いや、基本機械は感情を持たないので拗ねる事はないと思うが、スライムがそう思っているのなら突っ込むのは控えておこう。


「でもそう考えるとこいつの能力って『火炎』と『鉛玉』と『爆弾』だろう?どれも凄い能力だけどそれぞれ特徴が違うから難しいよなぁ。」

こんな感じでスライムが頭を捻っているとキツネが尋ねて来た。


「ようっ、スライム。あんた森の奥にある沼の主を倒したんだって?今、森の動物たちの間ではその話題で持ちきりだぞ。」

「えっ、そうなの?いや~、参ったなぁ。まっ、実力だよ、実力。わははははっ!」

キツネの言葉にスライムは胸を反らして誇らしげに自慢した。・・胸ってどこだ?なんかスライムって身体的な表現が難しくないか?

でもそれを言い出すと説明がくどくなるのでスルーしてください。


「そうだな、いくらあんたがスライムとしては高いレベルを持っているとはいえ、本来なら高々Lv6がLv20には勝てないからな。なのでみんなはあんたがどんなズルをしたのか予想しあっているよ。」

「なんじゃそりゃっ!ズルとはなんだ、ズルとはっ!」

キツネの言葉にスライムは真っ赤になって反論した。しかし、スライムの反論も圧縮空気式噴射装置の存在と能力を既に知っているキツネには効果がなかったようだ。なので正論を返される。


「いや、どうせあの轟音を出す装置のおかげで勝てたんだろう?でなけりゃ、理屈が合わない。レベル差ってのはこの世界のことわりだからな。確かにレベル差が2、3程度の場合は、その時の状況によっては下位の者が勝つ事もあるが、差が14もあっては誰もあんたが実力で勝ったとは思わねぇよ。」

「うっ、まぁ・・、確かにあの装置のチカラは借りたけどさ。でも、使いこなしたのは俺の実力だろう?」

キツネの全うな推測にスライムは口ごもる。だが尚もキツネの追撃は続いた。


「あれってそんなに扱いが難しかったっけ?」

「少なくとも指のないやつにはボタンは押せない。」

「いや、それ言ったらあんただって指ないじゃんっ!」

「あまいっ!変幻自在なスライムの体をなめるなよっ!スライムってのはその気になりゃボッキュボンにだって体型を変えられるんだぜっ!」

そう言い放つとスライムは人間の女性の姿に変形して見せた。しかも裸体だ。だが背のサイズは精々60センチ位だろうか。つまり変形は出来るけど体の大きさまでは対応できないのだろう。

だがそんなスライムの努力もキツネは一刀の元に破棄する。


「いや、俺キツネだから人間の体型には欲情しねぇよ。」

「あっ、そうか。でもキツネのメスって人間のメスみたいに特長がないからなぁ。遠くから見たらお前も他のキツネと見分けつかないし。」

「それはお互い様だ。俺だってあんたが他のスライムといたら遠目では見分けがつかないよ。」

「そうだよなぁ、でも近寄れば何となく判るんだ。なんでかな?」

スライムは知り合いに関しては同じような姿が多くいても、近寄れば大抵は見分けられる事を口にして不思議がった。それに対してキツネが自分なりの判断基準を告げてくる。


「俺は臭いで判るがな。後は表情だな。それに声が聞けたらまず間違わねぇ。」

「あーっ、そうだな、臭いはあるな。それに確かに表情が判るくらいの距離なら間違えない。でも、声は微妙だぞ。双子とかだと姿かたちだけでなく声まで似てる場合があるからさ。」

「そうか?俺たちキツネは多産だからな。双子といわず同じ時に生まれた兄弟は多い。でも声は聞き分けられるぞ?」

「あっ、すまん。俺が言ったのは人間のパターンだった。あいつらって大抵産むのはひとりだからな。」

「そんなレアケースを引き合いに出されても困るよ。」

キツネはスライムが持ち出した人間の例を生物としてはイレギュラーなものだと言ったが、確かに人間は生物界の常識から色々と外れていた。だがこれに関しては今回深くは語らない。


「はははっ、で、今日は何か用?あっ、俺が森中の噂になっているって報告に来てくれたんだっけ?」

「まぁな。でも有名になるのは良し悪しだぞ。なんせあの沼は森の動物たちにとって結構重要だからな。お前は縄張りを主張しないだろうけど、ヒュドラを倒した事により所有権があんたに移ったと思っているやつは多い。なので中にはお前を倒してあの沼を手に入れたいと思うやつもいるはずだ。あの沼って水場としてすげーいい場所にあるからな。だから忠告に来たのさ。」

「俺を倒すだって?なんでよ?俺はヒュドラを倒したんだぜ?つまり俺はヒュドラより強いって事だろう?そんな俺を、今までヒュドラにすら立ち向かわなかったやつらがなんで挑戦してくるのさ?」

「だからお前がヒュドラを倒したのはラッキーだっただけと思っているやつがいるのさ。実際、そうとでも考えないと理屈が合わないからな。」

「くっ、俺たちスライムってどんだけ下だと思われているんだよ・・。」

「生物種Lv2。上限Lv6の雑魚キャラ。但し数は多い。直、キングスライムやブラックスライムは種は同じでも上位に位置する。」

「いや、そんなゲームのキャラ説明みたいに言わなくていいから・・。」

圧縮空気式噴射装置を手に入れ高位Lvであるヒュドラを倒した事により舞い上がっていたスライムだったが、スライムという種としての世間における位置の低さは相変わらずなんだと思い出し少しへこんだようだった。

そんなしょんぼりしているスライムを見てキツネは話題を変えてきた。


「ところであんたは何をしていたんだ?なんか悩んでいたみたいだけど?」

「えっ、あーっ、いや、実はオーガを倒して手に入れた例の装置の名前を考えていたんだ。」

「あーっ、あれね。圧縮空気式噴射装置って言ったっけ?確かにちょっと長いし固苦しいかな。」

「だろう?だからもっとかっこいい名前にしたいんだけど、どうもいい案が浮かばないんだ。」

「ふう~ん、でどんな名前を思いついたんだ?」

「まずはこの装置の能力を表すものとして『炎の竜巻』『鉛のイカヅチ』『爆裂王』とか考えたんだけど、これってこの装置の幾つかある能力であってこの装置自体の事ではないような気がしてしっくりこないんだよ。」

「あーっ、確かに。そもそもその装置はそれらを発現させる大元であって能力そのモノではないからな。」

「だろう?お前で例えると『牙』や『爪』は能力であって、それを持ってお前の名前とする訳じゃないじゃん。でもキツネっていうのはお前だけの名前ではなく、種全体の名前だし。ならお前だけを呼ぶにはなんて呼べばいいんだ?って事なんだよ。」

「はははっ、なんだ、あんた『名前』を持っていないのか。だからモノに名前を付けるのが苦手なんだなっ!あははははっ!」

スライムの悩みの原因を知りキツネは思わず大笑いしてしまった。これぞ単独で生きる者が陥りやすい『ぽっち現象』というものだろう。もしくは『コミュ障』か。

なのでキツネはスライムに名前を付ける際のルールや禁忌事項を説明する事にした。


「本来名前ってのは集団の中で『個』を識別する為のモノだ。だからと言って俺たちは自分の子供に『一子』『二子』なんて単純な名前は付けない。」

「そうなのか?でも人間には『一郎』『二郎』とかって名前があるらしいじゃん。」

「人間ってアホだからな。名前の重要性を判ってないやつが多いんだ。」

「キラキラネームなんてのもあるらしいけど?」

「それが一般化すればそうでもないんだろうけど、結構イタイよな。その子が中二辺りになったら夜中に学校の窓ガラスを割って回ったり、盗んだオートバイで信号無視して車に轢かれちまうんじゃないのか。」

「オートバイってなんだ?」

「あれ?そう言えばそうだな。俺も判んないぞ?でも何故か口に出たんだ、なんでだろう?」

はい、その世界にないもので例えるのは異世界モノにおいては良くある事なので深く考えないように。これはいわゆる突っ込んだら負けだってパターンですので。


「でもキラキラネームはイタイのか・・。だとすると『漆黒の紅蓮』とかは駄目だよなぁ。」

「黒い赤ってなんなんだよ。意味判んねぇ。」

「なんかとある物語には『紅玉のくろ』とか言う名前のキャラクターがいるって聞いた事があるんだけど・・。」

「赤い黒か・・、まっ、そっちはアリなんじゃないか。」

「ありなのか?」

「名前って地域によって特色があるからな。でもウチはウチ。他所はよそが基本だ。」

「そう言えば勇者の剣って名前なんて言ったっけ?」

「あーっ、先代のはエックスリカバリーって言ったかな。」

「エクスカリバーじゃないんだ・・。なんかぱっちモンみたいだな。」

「多分権利関係で使えなかったんじゃないかな。なんか名称にも使用権とかいうものがあるらしいぜ。」

「ふぅ~んっ、だとしたら俺も気をつけないとな。下手にうるさいところのと被ると文句を言われそうだし。」

「そうだぞ、特にお前は有名になったんだからな。まっ、この森の中限定だけど。」

「森の中限定って・・、微妙だなぁ。」

「まっ、それは置いといて、俺としてはこれからはオリエンタルな名前が流行るんじゃないかと思ってる。だから『イカヅチ丸』とか『ちゅんちゅん丸』とかどうだ?」

「パクリ臭しかしない・・。」

キツネの提案にスライムは何か危ない臭いを嗅ぎ付けたのか乗り気ではないようだ。だがキツネは構わず更に危ない候補を挙げてきた。


「『閃光のアスナ』とか『黒の剣士キリト』とかってのも人気がでそうだよな。」

「なんの捻りもないモロパクリ・・。」

「『斬鉄剣』とかは?」

「これ、剣じゃないし・・。」

「それじゃ・・」

その後も双方が提案し相手が否定するという様なやり取りが続いた。でもそれはいい争いなどではなく和気藹々とした楽しいやり取りだった。つまりスライムとキツネはお互いを気のおけない友としてお喋りを楽しんでいたのである。

かくしてスライムとキツネはなんだかんだとお互いに候補を出し合いながら漸く圧縮空気式噴射装置の『名前』を決めたのだった。

その名前とはっ!


『ヴァルキリー・フォン・バルバロッサ』であーるっ!

うんっ、まさに中2病的名称だな。と言うかこっちの方が長いし言いづらいよっ!


■章■17VSサーペント戦


さて、漸く圧縮空気式噴射装置にも漸くかっこいい?名前が付いた事なので話を進めよう。


その後、圧縮空気式噴射装置改め、ヴァルキリー・フォン・バルバロッサ・・うん長過ぎだ。元の方が字数ではずっと少ないよ。なのでこれからは正式な場以外では『ヴァル』と略します。

高性能秘密兵器『ヴァル』の使い方をマスターしたスライムは、それを使いたくてうずうずしていた。

そしてヒュドラを倒した事により森の獣や魔物たちから新たに沼の主と思われているスライムは、逆にその座を狙う者たちに狙われ始めたのだ。なので『ヴァル』の性能を試す相手に事欠くことはなかった。

しかし、所詮はLv20程度?のヒュドラに歯向かえなかったやつらである。そんなやつらは当然『ヴァル』を手にしたスライムの敵ではなかったのであった。

でもこれらのいざこざでスライムはあるモノを手に入れた。それは決めセリフであるっ!


「いでよっ!我が眷属、ヴァルキリー・フォン・バルバロッサっ!愚かな者たちへお前のチカラを見せつけてやれっ!」

はい、ちょっと長いですけど決めセリフとしては悪くはないですね。ても私は某アニメの剣士が口にする「また、しょうもないものを斬っちゃった」の方が好きです。


そんなザコキャラ相手の連勝に気を良くしたスライムは、よせばいいのにまたまた高位の魔物に戦いを挑んだ。その相手とはっ!


じゃ~んっ!サーペントだっ!


あれ?なんか反応が薄いんですけど?もしかしてサーペントを知りませんか?えっ、うそっ!マジ?なんだ結構皆さんRPGとかに毒されていないんですね。ある意味安心しました。


それでは今回もまずサーペントの説明から始めるとしよう。この世界においてサーペントの生物種としての平均レベルは30前後である。そしてこれはあくまで平均なので当然中にはこれよりレベルが高い者もいる。

そしてサーペントとは大蛇の事だ。だがその姿はあまり蛇には似ていない。どちらかと言うとワニと言った方がしっくりくる。

そしてワニも蛇も爬虫類なので当然サーペントも鱗に覆われている。そんなサーペントの大きさは尻尾も含めた全長は30メートルくらい。胴回りは太いところで6メートルくらいか。

そしてワニに似ているので当然体の四方に足と腕がある。そう、見た目は本当にまんまワニである。

そんなサーペントの攻撃手段はドラゴンと一緒で口から吐き出す火焔だ。なので当然自身も火には耐性がある。でないと口を火傷するからな。

しかもこいつにはドラゴン同様背中に羽根があり空を飛ぶのである。はい、もうドラゴンと一緒でいいんじゃないの?と首を傾げるほど類似しています。でも見た目は羽根の生えたワニです。


そんなサーペントをスライムは森を抜けた草原の上空で見つけた。当然スライムは空を飛べないので対戦するにはサーペントに降りて来てもらうしかない。なのでスライムはサーペントに対して丁寧にお願いした。


「このドラゴンの成り損ない野郎っ!羽根が生えているからってそんな物理法則を無視した体で空を飛ぶんじゃないっ!ワニはワニらしく水辺で水に浸ってろっ!」

いや、それ全然お願いになってないから。只の難癖だから。お前はどこぞのヤクザかっ!


だが上空をゆったりと飛ぶサーペントはスライムの罵倒も気にならないようだった。それでも一応声は届いていたのだろう。サーペントはゆっくりとスライムの方を一瞥したのだが何の反応も示さずにまた前を向いてしまった。

なのでスライムは再度罵声をサーペントに浴びせた。


「やーい、やーい、ドラゴンの成り損ない野郎っ!所詮お前は偽物だぁっ!そもそもあっちはLv99の最上位魔物。対するお前はどう転んでも30前後。どんなに似ていても所詮は猿真似、ドラゴンの威をかるサーペントとはお前の事だっ!」

この中傷はサーペントの逆鱗に触れたようである。なのでサーペントはやおら空中で体を捻るとスライムに対して問答無用の火焔を吐き出した。


ぐおーっ!


ドラゴンの数万度のブレスに比べればその熱量は大した事はないが、それでもサーペント火焔は3千度は超えていた。この温度は鉄さえ溶けてしまう温度である。

おかげでスライムのいた場所は一瞬にして草木が燃え上がり土が固くレンガのようになった。だがその時既にスライムの姿はそこにはなかった。いや、消し炭になった木の根はあったがそれはスライムではない。

そう、スライムは手ごろな大きさの木を擬態として使いサーペントを騙したのだ。そして成果を確認する為に降りてきたサーペントに向かって、今度はスライムが構えた高性能秘密兵器『ヴァル』が火を噴いた。


どか~んっ!ひゅーんっ、ぽん。

今回は距離があったせいか、前回のヒュドラの時程爆薬入りの筒、改めグレネード弾の爆発音は響かなかった。どちらかと言うと発射音の方が大きいくらいである。

だが爆発音が小さくても威力は変わらないはずである。しかし何故かサーペントは爆散する事無く降下して来た。

そう、これぞレベルの違い。ヒュドラとサーペントは生物種としてのレベルで10程の差がある。しかもサーペントはヒュドラに比べ体の大きさが全然違う。当然皮膚の強度も違うはずだ。

なのでヒュドラに決定的なダメージを与えたグレネード弾もサーペントに対してはあまり効果がなかったのだろう。しかし、スライムはお馬鹿故にその違いが判らないようだった。


「あれ?なんで?もしかして火薬がシケってたのか?参ったな、こっちのやつなら大丈夫か?」

そう言うとスライムは新しいグレネード弾を『ヴァル』に装填して再度サーペントに撃ち掛けた。


どか~んっ!ひゅーんっ、ぼーんっ!

先程よりは距離が近付いた事により爆発音が大きくなった。だが相変わらずサーペントは回避行動も取らずにゆうゆうと降下してきた。これは相当皮膚が硬いのだろうか。それとも単にサーペントが鈍いのか?

どちらにしてもとうとうサーペントはスライムの目の前に土埃をあげて着地した。そして、その目はかなり怒りに燃えているようでゆらゆらと陽炎すら立ち上っているのが見えた。

いや、実際には先程放った火焔の余熱による陽炎なのだろう。そしてさすがのサーペントも連続して火焔を吐く事は出来ないようだ。なのでスライムを直に踏み潰そうと降りてきたらしい。


「小僧っ!黙って聞いていれば好き勝手言いおってっ!しかも何やらワシの体に当てるとはけしからんっ!踏み潰してくれるからそこで待ってろっ!」

そう言うとサーペントはその巨体をずりずりと引きずりながらスライムの方へ歩き始めた。だがその速度はカタツムリのように遅い。

いや、体のサイズがでかいので一歩ごとの移動距離はそこそこあるのだが傍から見ているとまるで糞重たいタイヤをロープで引っ張る高校球児のようだった。いや、この例えだと逆に若い子は判らないか?


しかし、自分を踏み潰そうと向かって来る相手から待てと言われて待つほどスライムも馬鹿ではない。いや、学力的には大層馬鹿なのだが身に迫る危険に関してはちゃんと対応した。具体的には脱兎の如く逃げ出したのである。


「うわっ、間近で見るとサーペントって半端なくでかいっ!あんなのに踏みつけられたらぺしゃんこだっ!」

「こらっ、小僧っ!逃げるんじゃないっ!大人しく潰されろっ!」

「馬鹿言うなっ!どこの世界に潰されるのを黙って待つやつがいるかってんだっ!」

「自分が犯した愚かな行為のツケを払わず逃げ回るとは所詮はスライムっ!待たんかっ!」

「言ってろっ!図体だけでかくて地面の上ではのろまなカメがっ!」

「カメではないっ!ワシはサーペントだっ!」

「拘るのはそこかっ!大して変わんないだろうっ!」

「全然違うわっ!」

何やら掛け合い漫才のようになってきたが、それでもサーペントはその巨体がもたらすリーチを活かして徐々にスライムに追いついてゆく。

スライムも全力で逃げているのだがサイズの差による速度差は如何ともし難いようであった。それにもう暫くすればサーペントは再度ブレスを吐き出せるようになるはずである。そうなったらスライムには逃げ場はない。


しかし、スライムのチート足る高性能秘密兵器『ヴァル』の攻撃が然程効かないサーペント相手ではスライムはひたすら逃げるしかなかった。

だがそんなスライムの必死の逃走劇もサーペントが放ったブレスによって終了した。


ぶおーっ!


前回と違いスライムとサーペントの距離は僅かに60メートルほど。この距離ではサーペントは目を瞑っていても外しようがなかった。

哀れスライムは一瞬で蒸発した。元々が液体であるスライムは骨が存在しないので遺骨すら残らない。いや、3千度のブレスをこの距離で浴びたら相手が骨を持つ者でも骨すら残らないはずだ。


その後、結果に満足したのかサーペントはまた空に戻って行った。後にはサーペントが体を引きづった跡とブレスによって真っ黒に焼かれた大地が残るだけである。


かくして、この物語の主人公だったスライムの死によりこの物語は打ち切りとなった。来週からは新番組『魔女っこアリスの異世界大冒険』が始まるはずである。

そう、この物語が打ち切りにった最大の原因はやはり女の子が全然出てこない事だ。いや、一応最初の方ではひよっこ冒険者パーティの一員にローザと言う女の子が出ていたが、もう誰も覚えていないはず。

なので再起を図る為にも次の作品は女の子だらけになるであろう。それでは皆さん、来週をお楽しみにっ!


・・。

・・・・。

・・・・・・。

「いきなり俺を殺すんじゃねぇっ!まだ生きているわっ!」

話を締めにかかったナレーションに何故かスライムが地面から這い出てきて文句を言ってきた。あらら、生きていたよ、このスライム。なに?丁度うまい具合に地面に穴が開いてたの?そこに落っこちて運よくサーペントのブレスの直撃を避けたの?

いや、仮に直撃は避けたとしてもサーペントのブレスって3千度よ?えっ、穴が深かったの?むーっ、これだから口さかないやらにご都合主義って言われちゃうんだなぁ。


「ごちゃごちゃうるせぇぞっ!何が女の子が出てこないだっ!俺の物語に女なんざいるかっ!」

あーっ、はいはい、判りました。でもお前も取り合えず生きてはいるようだが大火傷を負っているじゃないか。さっさと森に帰って治療した方がいいぞ。


「言われなくても帰るわっ!ちっ、俺の耳ってもしかしてサーペントのブレスで変になっちゃったのかな。さっきから変な声が聞こえまくりだ。あーっ、でも火傷が痛い・・。くーっ、森まで生きて帰れるかな、俺。」

そう、辛うじて命は助かったがスライムが受けた傷は深い。なので残念ながらスライムは森にはたどり着けなかった。その倒れた体を太陽の熱が更に焼く。そして朦朧とする意識の中でスライムは自身の目標であったAランクになった夢を見た。そんな夢に抱かれながらスライムは人知れず森の手前で息を引き取ったのである。


「くどーいっ!」


■章■18イレギュラーな存在


さて、折角有終の美を飾るナレーションをしてやったのに、それを無視してスライムは何とか森にたどり着いた。そしてサーペント戦で受けた火傷を治しつつ今回の戦いの反省をした。


「まっ、一番の敗因はサーペントに『ヴァル』が通じなかった事だよな。」

そう、あれ程高性能を謳っていた圧縮空気式噴射装置改め高性能秘密兵器『ヴァル』が、サーペントには全く歯が立たなかったのである。

そしてそんな相手と対峙してスライムが生きているのは単に運が良かっただけだ。なのでスライムは傷が癒えた後、『ヴァル』に頼り切っていた事を反省し自身の鍛錬を再開した。

しかし、あれだけの火傷を負っていて些か治るのが早過ぎる気もしないではないが、そこら辺は魔物故の回復力と取っておこう。確か『ナガレ』のオーガとの戦いでも傷が治るのが異常に早かったしな。


だがサーペント相手に死ななかったのは単に運が良かっただけで自分の実力で逃げ切ったのではない事を痛感したスライムは、これ以上レベル上位者と戦ってもその経験は自分の器には入りきらない事を痛感していた。

つまりスライムはここに来て本当に自身の限界を垣間見たと感じたのだ。

所詮自分はスライムでしかない。なので仮に上位者と戦って運よく勝ててもそれは自分のチカラとなって蓄えられず、どぼとぼと縁から零れ落ちるだけなのかも知れない。だからここが自分の限界なんだ、これより高みには自分は登れないんだと意気消沈したのである。


そんなある日、スライムは森の中で通りすがりのフクロウに会った。因みにこのフクロウは先にスライムと一緒に圧縮空気式噴射装置の使い方を解析したフクロウとは別の種だ。詳しく言うと先のフクロウはシロフクロウで今回のフクロウはクロフクロウである。

はい、色が違うだけじゃねぇかっ!と突っ込んではいけない。異世界では色によって同じ種でもランクが違うのだ。

ほら、ダークなんちゃらとかブラック○○とか言うでしょう?


「ほふほふほふっ、なんともまずそうなスライムじゃな。これじゃいくら弱っていても誰も食べようとはすまい。ふむっ、それもまた生き残る為の方法か。むーっ、擬態とは奥が深いのぉ。」

火傷の具合はかなり回復していたのだが、それでもまだ元に戻ったとは言いがたい。そんなスライムを見て通りすがりのフクロウはスライムをからかったらしかった。

そんなフクロウに対して当然スライムは反発した。


「てめぇ、じじいっ!言いたい放題言うんじゃねぇっ!こんな体じゃなければお前なんかひと飲みだっ!」

「ほふほふほふっ、そんなに傷を負っていても口だけは他者なようじゃな。どれ、ワシも長旅で少し疲れておる。暫しここで休憩するから、お主がそんな体になった話を聞かせろ。どんな武勇伝だか知らぬが暇潰しに聞いてしんぜる。」

「ざけんなっ!誰がお前なんかに俺の武勇伝を話してなんかやるもんかっ!っ!いてててっ!くそっ、怒鳴ったら傷口が酷く痛みだしたぜっ!いてぇーっ!」

「なんじゃ、面白い話じゃったらこの火傷にすごーく効く薬を分けてやろうと思ったのじゃかな。そうか、いらぬか。」

「えっ、じじい、そんなの持ってるの?」

「はて?なんか今じじいとか言われた気がする。空耳かのぉ。」

「あっ、いや、黒い色も艶やかなフクロウ様。どうか俺の話を聞いて下さい。そして薬を分けてちょ。」

「ふぉふぉふぉっ、うむっ、よい心掛けじゃ。してなんでそんな目におうたのじゃ?」

その後、スライムはちょっと話を脚色してサーペントとの戦い?の話をフクロウに語った。もっとも話し自体はかなり盛ったのでもう少しでサーペントを倒せたように話が進んだのはご愛嬌だ。


「ほうっ、スライムの分際でLv30のサーペントに喧嘩を吹っかけたのか。お主、馬鹿じゃろう?」

「うるせぇっ!聞かせてくれって頼むから話してやったのにその言い草かよっ!」

「いや、お馬鹿なお前でもこの世界のことわりは知っておろう?この世界ではレベルは絶対じゃ。確かに2、3程度のレベル差の場合下位の者が上位の者に勝つ事もあるが、さすがに24も差があってはその『ヴァル』とか言う道具を使っても無理な事はゾウリムシでも知っておるぞ?」

「いや、じじい。さすがにゾウリムシは知らないんじゃないかな。」

「ふぉふぉふぉっ、単なる例えじゃ。真に取るな。じゃがそんな差があるにも関わらずお主が生きているのもまた事実。どれ、一応お主のレベルを確認しておくか。」

そう言うとフクロウはステータスコマンドを詠唱した。


「ステータス・オープンっ!対象:目の前のスライムっ!」

フクロウの詠唱にあわせてステータスボードが現れる。それをフクロウは読み始めた。


「ふむふむ、ほうっ、お主普通のスライムのくせにやけに各スキル値が高いな。成る程、鍛錬していたという言葉は嘘ではなかったのじゃな。んっ?なんじゃこのレベル値は?」

スライムのステータスを読んでいたフクロウはそこに映し出されたスライムのレベル値を見て目を凝らした。


「レベル6.1じゃと?なんだ?もしかしてステータスボードがバグったのか?ステータスに小数点はないはずじゃぞ?」

そう言うとフクロウは再度スライムのステータスを読み込み直した。だが、やはりスライムのレベル値は6.1のままだった。


「6.1・・。」

フクロウはそう言ったまま黙り込む。そして何やら考えているようだった。そして暫く後に思い当たる事があったのか、それを口にした。


「成る程、もしかしたらこやつ、『イレギュラー』なのかも知れぬな。」

イレギュラー・・、それはたまに現れる生物種としての属性能力範囲を超える能力を持ち合わせた者の事だ。その代表的な者が『勇者』である。


「成る程のぉ、スライムのイレギュラーか・・。うむっ、あり得ぬ事ではないがまさかスライムとはのぉ。」

「なんだよ、じじいっ!イレギュラーってなんだ?なんか語感からはすげー馬鹿にされている感じがするんだけど?」

「ふぉふぉふぉっ、中々鋭いな。うむっ、イレギュラーとは言葉の意味としては不規則、つまり『変則的なもの』を指す。じゃが生物種におけるイレギュラーは稀種の事じゃ。」

「稀種?俺が?」

「うむっ、まっ、稀種にも色々あるからな。単に珍しいだけの者や、尊い能力を有した者もどちらも稀種じゃ。」

「尊い能力?いや、俺が高位者であるヒュドラに勝てたのは『ヴァル』のおかげだ。でも『ヴァル』を保有する事が尊い能力とは思えないよ。」

「うむっ、そうじゃな。だがこの場合その『ヴァル』とやらは関係ない。イレギュラーかどうかはお主自身の問題じゃ。」

「俺自身?まぁ確かに俺は割と簡単に種としては限界のレベルまで到達した。でもそれを持ってイレギュラーって言われてもピンとこないよ。」

「限界か・・、そうじゃな、スライムの生物種の上限値はLv6じゃからな。だがこれを見よ、お前の今のレベル値は6.1じゃ。」

「あれ?本当だ。わぁおっ、いつの間にかレベルアップしてたよっ!くーっ、嬉しいっちゃ嬉しいが、6.1ってなんだ?いきなり上がる数字が細切れになってるよ。ちっ、もしかして出し惜しみかっ!」

「馬鹿もんっ、勘違いするな。これはちょっと尋常ではない事なのだぞ?普通レベル値は整数表示じゃ。小数点では表示されない。」

「えーと、整数ってなに?」

「あーっ、うんっ、気にするな。馬鹿に説明するのは疲れるからな。たた。お主のレベル値はちょっと常識からずれていると言う事じゃ。」

「常識からずれている?それって非常識って事か?えーっ、別に俺ってそんなに非常識じゃないぞ。至って普通のスライムだ。」

「そうじゃな、レベル値が小数点表示など聞いた事がないからな。ここはステータス・ボードのバクを疑べきじゃろう。だが・・、そうでなければ・・。」

そう言ったきりフクロウは黙り込んでしまった。


「なんだよ、じじい。言いかけて黙るなよ。なに?もしかして俺って病気なの?死んじゃうの?そんなぁ、まだ童貞なのにっ!」

フクロウが黙り込んだせいでスライムは勝手に不安を募らせていった。そして勝手に自分を追い込んでゆく。そんなスライムに対しフクロウは漸く口を開いた。


「やはりお主はイレギュラーな存在なのかもな。でも気をつけるが良い。稀種は大抵排除されるものだ、よって仲間は出来ぬぞ。いや出来ぬ訳ではないが多分お主の方から距離を取る。じゃが大抵のイレギュラーはその孤独に耐えられず自ら破滅へ突き進むらしい・・。いやはや、まさかスライムが勇者の資質を持つとはのぉ。」

「えっ、俺が勇者?はははっ、なに言ってるんだよじいさん。そんな訳ないじゃんっ!だって俺スライムだよ?・・ちっ、自分で言って傷ついたぜっ!」

口ではそう言ったがスライムの心を覆う不安は中々晴れない。そして徐々にスライムは自分が他のスライムとは良くない意味で違うんじゃないかと感じ始めたのだった。

そんなスライムにフクロウは励ましの言葉を掛けてその場を去って行った。


「スライムよ、勇者の歩む道は茨の道ぞ。だが多くの勇者はその道を歩く事を厭わない。しかし、その苦労は大抵報われぬ。故にスライムよ、別にお主はそんな道を歩く必要はない。何故ならお主はスライムじゃからな。生まれついた種が違うのじゃからわざわざ苦労する必要はあるまい。うむっ、最後に忠告させてくれ。もう上位者と対決するのはよせ。そんな事をせずにスライムとしての平凡な日々を送れ。今のお主なら十分それが出来るチカラを持っているであろう?なので静かに暮らすが良い。ワシが言えるのはそれだけじゃ。さらばであるっ!」

飛び去るフクロウを見送りつつスライムは今言われた事を反芻する。だが残念ながらスライムはお馬鹿だったので殆ど理解できていない。

まっ、それもまた勇者の資質なのかも知れない。あまりシリアスに考え込むと自滅しちゃうからね。昔はそうやって魔に落ちた勇者が何人もいたんだ。

でもそれも仕方ない事だろう。だって勇者が背負うモノって、とても重いものだからね。


■章■19稀種故の悩み


さて些か人騒がせなクロフクロウがスライムにとっては意味不明な言葉を残して去った後、スライムは相変わらず鍛錬に明け暮れていた。

だがふとした弾みでクロフクロウの言葉が頭に蘇る。その度にスライムは手を休め自問するようになった。


「むーっ、なんだったんだあのフクロウは。散々言いたい放題言ってどこかに行っちまった。俺が稀種?そして稀種は勇者?いやいや、何言ってんだか。俺はスライムだっちゅうの。どこの世界にスライムが勇者やってるところがあるってんだっ!」

そう、クロフクロウの残していった最大の呪いは『勇者』という言葉だった。


勇者・・、それは若者であれば一度は憧れる肩書きである。その憧れが過ぎて一時期は自称『なんちゃって勇者』が世に溢れた事もあった。

しかし、そのような偽物は確実に駆逐される。そう、『勇者』という言葉には呪いが掛かっているのだから・・。

そんななんちゃって勇者のある者は、人々に乞われて嫌々ながら魔王に立ち向かい虫けらの如く踏み潰された。

また別の偽勇者は破格の待遇で王宮に雇われるが、成果を出さぬ事に疑念を抱かれ夜逃げ同然の体で遁走した。

また別の自称勇者は自身より高いランクの者たちとパーティを組んだ事が災いし仲間の中で孤立し自滅した。

また別の勇者は・・。


そう、このように殆どのなんちゃって勇者たちは惨めな最後を迎えていたのだ。だが真の勇者ならそのような事は起こりえないかと言うとそんな事はなく、むしろ更につらい決断を迫られ苦しみぬいて死んでいた。


そう、実は本当の勇者には物語などで語られるような栄光などない。ただひたすら自らの信念に基づき突き進もうとするが故に物事に妥協できずに自滅してゆくものなのだ。そして中にはその過酷さに耐えられず魔に落ち者も少なくない。

そのような者を人々は『魔王』と呼んだ。そう、殆どの魔王は魔に落ちた元『勇者』なのである・・。


だが行きずりのクロフクロウに勇者判定されたとはいえ、スライムは所詮スライムであった。なので一応悩む事は悩むがその深さは至って浅い。

だがそれもある種の勇者特性かも知れない。何故ならあまりにもシリアス展開に持ってゆくと殆どの勇者たちはポロポロ死を選択する為、それじゃまずいと最近では神がシリアス回避ブレーカーを勇者に施したらしいのだ。

これによって勇者はあまり物事を深く考えずに使命にまい進するようになった。そう、勇者も進化するのだ。だが、その副反応でやたらと軽い勇者が現れるのが昔を知る者にはちょっと鼻に付くようである。

そして当然スライムは後者である。と言うか最新型だ。いわゆるニューモードである。しかしそれは必然ではなく、進化の過程における試行錯誤の一例かも知れない。つまりサンプルだ。

なので神はそれ程スライムに期待している訳ではないだろう。なんせスライムが勇者特性を持った事など今まで無かったのだから。

それにはちゃんと理由があり、スライムでは勇者が持たざる得ない重い諸条件を満たすのが身体的にも精神構造的にも困難だからだ。

そうゆう意味ではこのスライムは貧乏くじを引かされたとも言える。


「うんっ、またなんか俺の悪口を言われている気がする・・。なんだろう?やっぱり俺って病気なのかな・・。」

おっと聞こえていたか・・、さすがは勇者特性を有するスライムだ。油断ならないな。よしっ、ナレーションの秘匿レベルを最上位機密レベルに上げておこう。こうすれば如何に勇者属性を持つ者でも私の声は聞こえないはずだ。もっともこの物語を読む者にもそれは課されるので高レベルの者でないと以後この物語は読めなくなるが致し方ない。


・・。

・・・・。

・・・・・・。

あっ、駄目だ。ひとりも読者がいなくなった・・。ちっ、駄目じゃん。仕方ない元に戻そう・・。


その後、元々お気楽なスライムは時々頭に浮かんでくる自問に一時考え込むが、ぐうーっと腹の虫が鳴くと忽ち忘れた。

それでも自分のこれからについては、よく考えるようになったらしい。と言うか以前はそんな事考えた事もなかったのだ。そうゆう意味では確かにスライムは精神的に成長しているのだろう。


そして今、スライムの前にはふたつの選択肢があった。

ひとつは現状に満足し、種としてはちょっと強い普通のスライムとしてこの森の中で自分の領分を守り安穏と暮らす事であり、もうひとつは当初の目標である高レベルを目指し未来を保障されない挑戦に挑み続けるかである。


「俺のやりたい事ってなんなんだろう・・。最初は単に強くなりたかっただけだ。そしてそれは『ヴァル』を手に入れた事によりほぼ達成できた。まっ、この強さはおれ自身の強さではないとフクロウのじじいに言われちゃったけど、取り合えず今の俺は強い。この強さを持ってすればこの森の中限定なら王様のような立場をキープできるはずだ。・・でも、それってあの頃俺が求めていた強さなのかなぁ。」

鍛錬の合間にスライムは木々の間からかすかに垣間見える青い空を見上げて呟く。そう、それはまさに今のスライムを表しているものだった。

世界は広い。その中でスライムが見ているのはほんの一部だ。ここからではあの青空の先がどうなっているかすら見えないのである。そんな狭い場所での安泰を自分は望んでいるのかとスライムは自問するのであった。


そして今回の自問はやけに長かった。いつもなら腹の虫が鳴けばあっさり忘れてしまうのだが今回は何故か腹もならない。そしてとうとう夕方になるまでスライムは空を見上げていた。

その空は昼間の青空からうって変わり夕焼けに赤く染まっていた。但し見える範囲はやはり木々の隙間からの範囲だけである。


「よしっ、決めたっ!やっぱり俺はAランクになってみせるっ!そしてあの隙間のその外を見るんだっ!うんっ、そうと決まれば腹ごしらえしないとな。どこかに行き倒れた人間はいないかな?うんっ、ちょっと危ないけど街道の方に行ってみるかっ!」

そう言うとスライムは森の中へと消えていった。


そう、結局スライムは安穏とした生活ではなく、過酷な孤高の道を選んだのだ。当然それは誰かと契約したわけではないので明日になったら気が変わるかも知れない。だが今はそう決めたのだ。決めたが故に行動を起こせるようになったのである。

ここで何も決められなくてはそもそも動く事すら叶わない。そう、生きると言うことは決断の連続なのである。


その後、スライムは前回戦ったサーペントより更に上位者であるワイバーンへ戦いを挑んだのだった。


■章■20VSワイバーン戦


さて、今回スライムが選んだ対戦相手は前回けちょんけちょんにされたサーペントの更に上に位置する魔物、ワイバーンであった。

サーペントは姿と特徴はドラゴンに似ているが種としては別のものである。だがワイバーンは正真正銘のドラゴン種であった。そう、とうとうスライムはドラゴンに戦いを挑んだのだ。

確かにワイバーンはドラゴン種の中ではレベル的にもっとも低位に位置する種であったが、そこは腐ってもドラゴンである。本来ならサーペントにすら完敗したスライムが立ち向かえる相手ではない。


だが今のスライムは迷いを振り切っていた。無理だからと諦めたらそこまでだという事を理解したのだ。そして自分の目標はAランクになる事。その為には勝てないと判っていても立ち向かわなくてはならない壁があるのだと感じていたのであった。


それでは今回もまずワイバーンの説明から始めるとしよう。この世界においてワイバーンの生物種としての平均レベルは40前後である。この値はドラゴン種としては最も低い。だがこれはあくまで平均なので当然中にはこれよりレベルが高い者もいる。

そんなワイバーンはドラゴンの亜種だ。そしてカデゴリーとしては翼竜である。つまりワイバーンは空を飛べるのである。

もっとも大抵のドラゴンは空を飛べる。その原理は良く判らないが小さな羽根でにゅるにゅると空を滑るように飛ぶのである。

そしてワイバーンはドラゴン種であるが、その体はそんなに大きくない。体長は長い尾を省けば6メートル足らずだ。翼を畳んだ時の幅も精々3メートルくらいである。なのでサイズ的にはサーペントの方がずっと巨大だ。

そんなワイバーンだが、体の大きさに対して羽根は大きかった。畳んだ翼を広げるとその翼長は20メートルを超える。

ワイバーンはその大きな翼を駆使して大空を縦横無尽に飛び回るのだ。そう、ワイバーンとは空を飛ぶ事に特化したドラゴンだったのである。

そしてそんなワイバーンの攻撃手段は当然ブレスだ。だがその温度は少し低くて1千度程度である。まぁ低いと言っても1千度あれば大抵のモノは焼き尽くせる。

そう考えると高位のドラゴンの数万度と言われるブレスが異常なのだ。あれ程になると逆に使い勝手が悪過ぎる。まるで台所に出没したゴキブリを退治するのに1トン爆弾で家ごと爆破するようなものだからだ。


だが高位のドラゴンはともかくワイバーンはそのブレス攻撃強度にしてもサーペントに比べて弱い。しかも体格に至っては人間の大人と赤ん坊並みの差がある。しかし生物種のレベル的にはワイバーンの方がサーペントに対して10も上だった。

その理由はワイバーンの持つもう一つの攻撃手段によるものだ。そう、ワイバーンはブレスとは別にもうひとつ必殺技を有していたのである。その技とはっ!


じゃじゃ~んっ!『超音波』であるっ!

そう、某特撮怪獣モノでは丸い輪として表現される事が多いあの超音波だ。

しかもワイバーンの放つ超音波は只の超音波ではなく共鳴波だった。これは相手の固有振動に合わせて波長を変化させ、少ないエネルギーでも相手に到達した時には数百倍の破壊エネルギーとなって相手の体をぐずぐずにしてしまう恐ろしい攻撃方法なのだった。

しかも共鳴しない相手には然程の影響を与えないという実に使い勝手のいい攻撃手段なのである。これを例えるなら、人質に剣を突きつけ近寄るなと叫んでいる犯罪者の剣だけ破壊してしまう事が共鳴波はできるのだ。当然、共鳴しない人質や犯罪者の体には何の影響もない。

はい、もしかしたらFBI辺りは研究しているかも知れません。いや、実はもう実用化しているか?


しかし、そんな必殺技を持っているワイバーンだが、防御力は低かった。これは空を縦横無尽に飛ぶ為にデットウォイトにしかならない重い鱗を脱ぎ捨てた結果だ。なので1発当たればスライムの持っている高性能秘密兵器『ヴァル』のグレネード弾でも簡単に傷つける事は可能であった。

但し、それは命中すればの話である。そう、先程から言っているようにワイバーンは空を飛ぶ事に特化しているのだ。その飛翔速度足るや音速すら超えているのではないかと思える程である。しかも大きく細長い羽根は旋回性にも優れ、まるでツバメのようにくるくると飛び回るのである。

そんな相手に高々100メートル程度の射程しかないグレネード弾を命中させるのはまず無理である。もっとも別世界のグレネード弾は直撃しなくても破片を撒き散らし目標を引き裂くのだが、残念ながらスライムのグレネード弾にはそんな仕組みはない。

もっともこれが地上なら爆発した箇所の物質を破壊してその破片が周囲に飛び散るのでその破片効果で目標を傷つける事も可能だが、残念ながら空中には空気しかないので破片効果は望めない。


なので今回の挑戦はどう見てもスライムに勝ち目はなかった。確かに高性能秘密兵器『ヴァル』にはグレネード弾以外に鉛玉や火焔という攻撃方法があるが、防御用の鱗がないとはいえ体長が6メートルはあるワイバーンに小さな鉛玉ではほぼ効果がない。

これは人間に例えると精々小さな棘が刺さるようなものである。まぁ、それでも刺されば確かに痛いがその程度なのだ。

そして火焔に関してはそもそも空を飛ぶワイバーンには届かない。なのでこれまでの戦いでは八面六腑の活躍をみせた高性能秘密兵器『ヴァル』も、対ワイバーン戦では役に立たないのである。


というか、基本空を飛ぶ魔物に対して本来スライムは攻撃手段を有していない。いや、これはスライムに限った事ではなく人間も同様だ。

確かに人間は銃や弓という投射系の武器を持っているが、それらとて有効射程は短い。特に上に撃ちかける場合、重力の作用によって威力は忽ち半減するのだ。その逆に、上空からの攻撃では重力によって投下物の速度が増し破壊エネルギーが増すのである。

そう、空と地上の戦いでは断然空側が有利なのだ。それはスライムも自覚しているはずなのだが今回のスライムはなにやら自信ありげであった。その根拠は?


じゃじゃ~んっ!『魔法の絨毯』だぁーっ!

そう、今回スライムは魔法の絨毯を手に入れていたのだ。なのでそれに乗ればスライムでも空を飛べたのである。

因みに絨毯の入手方法はまたしても行き倒れた人間の荷物である。はい、ご都合主義と言われても気にしません。だって便利だからな。


もっとも当然ながらスライムは大して魔力を持っていない。なので当然そんなに凄い魔法も使えなかった。だがこの絨毯はそんな魔力を持たない者でも扱える仕様になっていたのだ。しかも取り扱い解説書付である。それをスライムは森のシロフクロウに手伝ってもらい読み解き絨毯の操作を覚えたのである。

ただこの絨毯にも欠点はあって、まず速度がそれ程速くない。精々馬の疾走よりは速い程度だ。これはこの世界の地上においては上位に位置する速度だったが、空中では残念ながら底辺である。そう、先にも言ったが本気になったワイバーンの飛翔速度は音速を超えるのだ。


だがそれでもスライムは魔法の絨毯によってワイバーンと同じ土俵で戦う事が出来るようになった。本来なら相手に地上へ降りて来てもらわないと戦う事すら叶わなかったのだからこれは相当な前進である。

なのでスライムは意気揚々としてワイバーンに対して例の啖呵を切ったのだった。


「やーい、ワイバーン。この名ばかりドラゴ~ンっ!お前なんかドラゴン種の恥さらしだっ!サーペントの方がずっとドラゴンらしいぞっ!やーい、やーい底辺ドラゴ~ンっ!」

なんと言うか、悪口を言わせたらこの世界ではスライムの上にでるやつはいないのではないだろうか?というかよくもまぁスライムの分際でLv40前後とはいえ正真正銘のドラゴン種であるワイバーンにこんな事を言えたものだ。

だがこの罵声はワイバーンの逆鱗に触れたようである。なので相手がスライムふぜいにも関わらずワイバーンは問答無用で攻撃を仕掛けてきた。


ぶおーっ!

最上位ドラゴンの数万度には程遠いが1千度はあるブレスが地上にいるスライム目掛けて吐き出された。だがスライムはそれを魔法の絨毯に乗って上昇し何とか回避する。そう、今回ワイバーンは相手が地上にいるスライムだったので横への退路を塞ぐべく、左右にブレスを振ったので、速度の遅い絨毯でも上空へ逃げられたのだ。

だが、そんな魔法の絨毯もブレスに焼かれた地上から湧き上がってくる熱気に翻弄され、くるくると不安定な動きをとる。それでも自動安定機能のおかげで墜落する事は免れた。はい、中々セーフティが完璧だな。まっ、魔力を有しない人向けの売り物だろうからね。そこら辺は充実しているのだろう。


だがスライムはその地上から湧き上がる熱気に乗る事によって一気に高度を上げた。所謂上昇気流というやつだ。そして今度は上空から一気に逆さ落としでワイバーンに近付き、お返しとばかりにナパームの火炎を浴びせる。


ぶぅおーっ!

地上からだと火焔の有効射程は短かったが、上空からなら燃えるナパームは重力によって落ち続けるので一気に射程が延びた。そして今回は先端のアタッチメントを変えておいたので火焔は四方八方にに広がりワイバーンを包み込む。

だが、そんな渾身の一撃に対してもワイバーンの俊敏さの方が上であった。

そう、まさにナパームの炎がワイバーンを包み込もうとしたその瞬間、既にワイバーンの姿はそこになかった。

それを間近で見たスライムは驚愕する。


「まさか・・、今のを避けたのか?と言うか動きが見えなかったぞ・・。気付いた時にはいなくなっちまった・・。」

そう、これぞ守りを捨ててまで飛ぶ事に特化したワイバーンの矜持。その瞬間速度をこの世界で超えられる者は何処にもいないはずである。


そんな事態に唖然とするスライムに対してワイバーンは手を抜く事無く攻撃してきた。そう、地上を這いずり回る者はともかく、ワイバーンにとって自身のテオトリーである空中で攻撃を仕掛けてきた者はその相手がどんなに弱くとも、逆に強くとも全て排除するのが本能だったのだ。


「ぐわっ、駄目だっ!速度差があり過ぎるっ!避けきれねぇっ!」

高速で一撃離脱を繰り返すワイバーンからの攻撃を、スライムはグレネード弾の投射や火焔にて進路を邪魔しギリギリのところでかわし続けたがそれも限界があった。

そしてとうとう最後の一撃がスライムを直撃した。


パーンっ!


ワイバーンの必殺技である超音波が空飛ぶ絨毯ごとスライムを包み込む。だがこの時スライムが死に物狂いで投射したグレネード弾が先に爆発し、その衝撃波がワイバーンの超音波と干渉しあい威力を減衰させた。

これによりスライムは何とか直撃だけは避けられたが、それでも魔法の絨毯は魔力を失いスライムは絨毯に包まれながら地上に落下した。

だが何故か地上に落ちた絨毯はスライムを包み込んだままぽよ~んとバウンドして転がってゆく。まぁ、確かにスライムはそんな動きをするが、まさか上空数十メートルから落下しても同じように弾むとは驚きだ。

これはもしかしたらスライムのチートなのだろうか?確かにスライムは物理攻撃に強いと言われているがさすがにこれはやり過ぎな気がする。


だが、地上に落下したスライムはバウンドが収まる前に絨毯の中から飛び出し、脱兎の如く逃げ出した。それを見たワイバーンは止めとばかりにスライムに向かって急降下してきた。


だがその時異変が起こった。

さすがに世界最速を誇るワイバーンからは逃げられない。なので最後は相手を睨みつけて死のうと振り返ったスライムの視界を横から何か巨大なモノが横切ったのである。

そしてそれはスライム目掛けて今まさにブレスを吐き出そうとしていたワイバーンを捕まえて飛び去ったのだ。


その巨大なモノはとは『不死鳥 (フェニックス)』であった。

不死鳥 (フェニックス)とはレベル的には70前後を誇るトップクラスの魔物だ。そしてその食料は主に空を飛ぶ魔物である。

そう、なんとスライムを仕留めんと急降下してきたワイバーンは運悪く天敵である不死鳥 (フェニックス)に捕食されてしまったのであるっ!


だがこれはスライムにとっては九死に一生を得る特大のラッキーであった。

不死鳥 (フェニックス)にしてみれば単に周囲の警戒を怠っていた獲物を易々と狩っただけなのかもしれないが、スライムにとってはこの上なくジャストタイムの援軍となったのである。

しかし、このような偶然があるのだろうか?これはもしかしてスライムの勇者特性がなせるわざなのか?確かに勇者が危機になるとどこからともなく仲間が駆けつけてくるものだが、それにしても今回は出来過ぎだ。これはやはりご都合主義と言われてしまうかもしれない・・。


だが、なんとか一命は取り留めたものの、今回の対戦はスライムの本来の目的である自身のレベルアップには全然貢献していない。傍から見たらわざわざワイバーンに喧嘩をふっかけたアホがたまたま助かっただけにしか見えないであろう。

なのでスライムは飛び去る不死鳥 (フェニックス)の後姿を呆然と見送りながら呟いた。


「はぁ、上には上がいるんだなぁ。なんなんだよあの瞬殺は・・。やる気をなくさせるぜ・・。」

絶対的なレベル差。その前にはLv40を誇ったワイバーンですら従わねばならない。その事にスライムは自身のやっている事に虚しさを覚えた。

まぁ、それもひとつの到達点かも知れない。どのような事でも自分が思い描いていたようにはならないのが現実である。

だがこの世界では生きとし生ける者全てが明日を信じて今を生きている。仮に次の瞬間死が訪れようとも、その瞬間までは生きる事になんの疑問も抱かずに一生懸命生きているのである。

だがその進む道は無限だ。しかもどこに落とし穴があるかすら判らない。その事をスライムは今回まざまざと見せつけられたのである。


それ故にスライムはかなりショクを受けたようだ。なのでがくりと肩を落として森へと帰って行ったのだった。でもスライムの肩ってどこだ?


かくしてスライムのレベル上位者に対する挑戦はこれにて幕を閉じる事となった。なので次からは『スライムのほのぼの世界漫遊記編』が始まります。・・はい、嘘です。信じないように。


因みに不死鳥 (フェニックス)が魔物を捕食するのは栄養の摂取ではなく魔力の効率的な取得の為らしい。なので高純度の魔石などを持っていると人間でも襲われるそうです。

なので皆さんも大切なものは大事にしまっておいて無闇に持ち歩かない方がいいですよ?


■章■21テンプレ展開


さて、ワイバーン戦のあっけない幕切れにより自身の目標に対して些か迷いが生じたスライムは、またしても怠惰な生活へと戻ってしまった。


だが自身よりLv的に高位な魔物と戦い続け、種としての限界を超えてしまったかも知れないスライムですらやる気をなくしてしまう程の高位魔物たちの絶大なチカラも、実はある生物種に対しては絶対ではなかった。

その生物種とは?


じゃじゃ~んっ!それは『人間』だっ!


そう、実はこの世界を牛耳っているのは魔物ではなく『人間』であった。

確かに人間はひとりひとりのレベル値は然程でない。しかし人間は集団になると凄まじい攻撃力を発揮するのである。

その集団のチカラは侮りがたく時にドラゴンですら狩られるのだ。もっともその際、人間側の被害も甚大なので人間も滅多にドラゴンを相手にしたりしない。たまにアホな冒険者が挑む事があったが大抵は返り討ちだ。

なのでスライムもドラゴンだけは相手にする気になれなかったのである。と言うかスライムは既に下位ドラゴンであるワイバーンに圧倒的な差で負けていた。なので正しくは『そんな気になれない』ではなく『絶対ごめんだっ!』が正解だった。

そう、経験は生き物を謙虚にするのである。もっとも時間が経つと忘れてしまうのが謙虚さの弱点でもあるのだが・・。


そして今、スライムは森の中を昼飯として何か食べられる獲物はいないかなと歩き回っていた。そう、高位魔物たちには負けたが高性能秘密兵器『ヴァル』を手にした事によりスライムはこの森ではほぼ無敵だったのだが下々の者がお供え物を持ってきてくれる程ではなかったのである。まっ、精々地域限定無双という程度なのだ。

これを例えるなら中学校のクラス内最強というやつだろうか?いや、この例えはあまりしっくりこないな。と言うかクラス内最強ってちっちゃ過ぎだ。せめて学年内か出来れば学校内くらいでないと恥ずかしいです。


さて、そんなスライムであったが『ヴァル』を使うと獲物が黒焦げになったり爆散してしまうので、捕食する獲物は自身のチカラで捕まえなければならなかった。なので今日もスライムは獲物を求めて森の中をうろうろしていた。


「おっ、行き倒れの人間発見っ!しかも今死んだばかりじゃないかっ!くーっ、探し始めた途端新鮮な肉にありつけるとは、やっぱり俺って神様に愛されているよなぁ。」

いや、それはどうかと思うが、それでもスライムは地面に伏している死体に覆いかぶさると獲物を食べ始めた。


「うんっ、まだ体温が温かい。こりゃ、本当にいまいま死んだばかりだな。でも、こいつ肉付きはいいのになんで野たれ死んだんだ?」

そう言うとスライムは一旦死体から離れて死体の死因を探った。そしてそこに剣で斬られた傷を見つける。


「あーっ、こいつ斬られてらぁ。なんだ?山賊にでも襲われたのか?」

確かにスライムが住むこの森にも山賊はいた。そしてスライムなどの底辺魔物は今回のように山賊に襲われ放置された死体をよく食べる。だが今スライムの目の前に横たわる死体からは金品を剥ぎ取られた様子がない。

という事は金品目的の殺害ではなかった事になる。そして山賊は金目当て以外で人を殺す事はまずなかった。


「あーっ、よく見るとこいつ服装が立派だ。となるとどこぞの貴族の従者か。」

スライムは死体の検証を終えると何となくここに死体が転がっていた理由を察した。そう、この死体は山賊ではなく別の組織、多分貴族同士の争いに巻き込まれて死んだのだ。

それを裏付けるように死体のあった道の先にはまた別の死体が横たわっていたのである。そしてその横には馬車が相当な速度で駆け抜けたであろうま新しい筋が道の奥に向かって続いていた。しかもその馬車を追いかけるようにその周りにはいつくもの馬の蹄跡が残っていたのだった。


「ふう~んっ、こっちから走ってきた馬車を馬に乗った数人・・、いやもう少し多いか?とにかく今しがた誰かが馬車で逃げて、それを別の誰かが追いかけたのか。」

お馬鹿なスライムにしては中々の推理だが、当のスライムはその事に関してはあまり興味がないようだった。なので中断していた食事を再開すべくまた死体に圧し掛かった。

だが、その時森の奥から一発の銃声が轟いた。それに呼応するかのように叫び声も聞こえた。


「えっ、なに?もしかして戻ってきたの?なんで?」

そう、理由は定かでないがどうやら森の奥に走り去った馬車と、その馬車を襲っているのであろう騎馬の集団がスライムの方へ近付いてきたのであった。

そして銃声がしてから数瞬後、それらはスライムから300メートルほど前方にあるカーブを抜けて姿を現した。


そしてそれらはスライムの読みどおり1輌の馬車を十数騎の馬に跨った男が追いかけていた。だが馬車を走らせている御者は逃げるのに夢中でどうやらよく前を見ていないようだった。なので道に横たわっていた死体を片方の車輪で思いっきり踏みつける。

当然この場合馬車は激しく揺れる。だが今回はそれだけではすまなかった。ぐらりと傾いたかと思うと馬車はスライムの前方でゆっくりと傾き続け、とうとう横倒しとなったのだ。


ずささささっ!


結構な土埃を上げて馬車は横倒しになった。その衝撃で御者は前方に放り出された。ただ、馬車自体にはそれ程損傷はなかったようである。なので仮に中に人がいたとしても大した怪我は負わなかっただろう。

そして横倒しになった馬車を囲むように馬に乗った男たちも止まる。その数は8騎であった。

そしてその中のひとりが馬から下馬し馬車の中を確認しようとしたその時、男たち目掛けてスライムが襲い掛かった。


「このやろうっ!人の食事の邪魔をするんじゃねぇっ!」

成る程、スライムは食事の邪魔をされた事に腹を立てていたようである。なので最初に襲い掛かった男の首に痺れ毒を注入するとすぐさま隣の男に飛び掛った。

だが、スライムの活躍もここまでだった。男は突然の襲撃に驚いたものの相手がスライムと判ると邪魔するなとばかりにスライムを剣で払いのけたのだ。そして止めとばかりに馬の蹄でスライムを踏み潰そうとした。

だが男の動きは轟音と共に止まる。そしてそのまま馬上からずり落ちた。その前には高性能秘密兵器『ヴァル』を構えたスライムの姿があった。そしてその筒先から鉛玉を発射した際の煙が立ち上っている。


「なんだ、このスライムはっ!なぜ銃を持っているっ?」

「知るかっ!だが所詮銃は単発だっ!踏み潰してしまえっ!」

スライムからの予想外の攻撃に残りの男たちは一瞬うろたえたが、男の中のひとりがもう撃たれる事はないと説明すると、ふたりの男が馬を操りスライム目掛けて突撃した来た。

だが今のスライムにはその動きはまるでスローモーションにも等しい緩慢なものだった。


「おせぇよっ!」

突進してくる騎乗のふたりに対してスライムは逆に襲い掛かる。そしてすれ違いざまに男たちの首へ毒を注入した。


「残り4人っ!」

スライムはそう叫ぶと、当初の勢いのまま残りの男たちに向かった。だがそこは男たちもそこそこ腕の立つ者らしい。向かって来るスライムをあっさり剣で振り払うとやはり馬の蹄で踏み潰そうとした。

因みに男たちが剣でスライムを斬らないのは前に説明したかも知れないがスライムの特性故です。そう、スライムには剣の斬撃はあまり効果がないのだ。なので男たちはスライムを踏み潰そうとしているのである。

だが確かに通常はそれで水の入った風船が割れたかのようにスライムは潰れ死ぬのだが、このスライムはワイバーンとの戦いで空高くから墜落しても平気だったのだ。それを考えると馬の蹄程度の衝撃で潰れるかは疑問である。

それに今のスライム手には飛び道具である高性能秘密兵器『ヴァル』がある。そして今『ヴァル』はアタッチメントを交換され『火焔』モードになっていた。なので次の瞬間、残りの男たちに向かって『ヴァル』は灼熱の炎を吹き出したのである。


ぶおーっ!


さすがに『ヴァル』の火焔はドラゴンのブレス程の火力はないが、それでも千数百度には達する。しかもナパーム油は粘着性があるので一旦体に付着すると振り払うのが困難だった。


「うわーっ、熱いっ、熱いっ!」

ナパームの業火に焼かれ男たちはまるで踊りを踊るかのように地面の上を転げ回る。だが通常ならそれで鎮火する火も、ナパームの場合は消えない。これがナパームによる業火の怖いところだ。そう、ナパームの火は中々消えないのである。

そして数分後、漸く燃料を使い果たしたナパームの炎は自然と鎮火した。辺りには男たちの体が燃えた臭いが強く漂っている。


そんな臭いが充満する中、横倒しになった馬車の中からひとりの女の子が出てきた。もっとも入り口が上になっているので降りるのも一苦労のようである。だが女の子は別の大人の女性に助けられながら何とか下に降りたのだった。

そして周りに漂う異臭に顔をしかめた。しかしそれでも焼けた死体を見ても彼女の瞳には何の変化も現れない。だが何が起こったのかは理解しているのだろう、彼女は口元に手をあて体を震わせた。そんな彼女に先程の女性が強い声で呼びかける。


「姫様っ!なりませぬ。さっ、私の後ろにお下がり下さいっ!敵は去りましたがまだ魔物がいますっ!」

そう言うと女性は健気にも落ちていた剣を手に取りそれをスライムへと向け構えた。だがその剣先は震えている。多分彼女自身は剣の心得などないのだろう。ただ、後ろに匿う女の子を庇う為にそれまで手にした事も無いであろう剣をスライムに向けているだけのようだった。

だがそんな彼女の後ろから女の子は彼女の考えとは別の事を告げた。


「違うわ、ルイーダ。その方は私たちを助けてくれたのよ?」

「いいえ、姫様。油断してはなりません。相手は魔物です。追撃者たちを襲ったのは単に捕食の為なはず。決して我々を助ける為ではありませんっ!」

「そうかしら?私にはそんな風には感じられないんだけど・・。」

これはふたりの立場の違いからくる印象の差なのか。女性に姫様と呼ばれた女の子には、スライムは悪漢に襲われているところに颯爽と現れ彼女を救ってくれたヒーローのように感じているのかも知れない。

しかし、姫様を守る役目らしい女性にしてみれば、男たちを排除してくれた者が必ずしも味方であるとは限らない事を知識と経験で知っていたのだ。


さて、そんなふたりのやり取りを聞いてスライムは興味もないのかふたりを置いてその場を立ち去ろうとした。だが、その時最初に痺れ毒にて眠らせていた男が目を覚ます。そしてその男は運がいいのか悪いのか女の子の斜め後ろに倒れていたのである。

当然男の目には姫様の後姿が映る。なので男は周囲の確認もせずに男が命じられていた命令を実行すべく懐から短剣を取り出し後ろから女の子に襲い掛かった。


「コーネリア様っ!お命頂戴致すっ!」

男がそう叫びながら短剣を振り下ろそうとした瞬間、銃声が響いた。


どかーんっ!


そう、男の動きを察知したスライムが『ヴァル』にて鉛玉を男に撃ち込んだのだ。それは狙いたがわず男の眉間にめり込み、男は声もなく今度こそあの世へと旅立った。


「姫様っ!」

女性はそんな急激な状況変化についてゆけず、とにかく姫様を抱きしめ自分の体を盾とした。だが姫様は気丈にもそんな彼女に自分は大丈夫だと告げた。そして女性に自分を離すように告げるとスライムに向かってゆっくりと歩き出す。

女性はもう何も言わずにそんな彼女の手を取りスライムの前へと彼女を導いた。

だがふたりの足元はどちらもかすかに震えていた。特に姫様の足は恐怖の為なのか歩幅も短い。なのでその動きはとてもゆっくりだった。

しかし、彼女がそれまで受けていた教育によって、自分を助けた者へはちゃんと礼を言わねばならぬと教えられていた故か、彼女は震えながらも凛とした態度でスライムの前に立ち、スカートの端をつまんで会釈をした。但し何故かその方向はスライムがいる場所とは若干ずれていた。

だが彼女はそれを気にしていないのか、そのままスライムのいない場所に向かって此度のお礼と自己紹介を述べたのだった。


「此度は私たちの危ないところを御身の危険も顧みず助けて頂き感謝します。私はアルカディア王国グーグー王朝の第三王女、名をコーネリア・ヒロコ・グーグーと申します。宜しければあなた様のお名前もお聞かせ下さい。」

「・・。」

姫様の申し出にスライムは応えない。だがその目は姫様をじっと見つめ何やら考えているようだ。そしてある結論に達した。


「あんた、もしかして目が見えないのか?」

スライムの問い掛けに姫様は少し微笑んで声のした方に体の向きを変え答えた。


「あら、そちらにいらしたの?ふふふっ、ごめんなさいね。ええ、私は目が見えないの。だから少々の失礼は大目に見て下さいね。」

姫様の言葉にお付の女性はぎゅっと拳を握り締める。そう、先程からの姫様の動きがぎこちなかったのは目が見えない故の慎重さだったのだ。

そしてお付の女性は多分姫様の侍女なのだろう。なので相手が魔物であっても姫様の事情を話したくなかったのかも知れない。

だが野生を生きるスライムにとっては目が見えない事もさして哀れみを誘う事ではなかった。と言うか野生ではそのような事になったらまず生きてはいけない。なので逆に生きていられると言う事はそれだけ恵まれた環境に身を置いていると言う事で、決して不幸な身ではないはずだとスライムの頭は決断したのだ。


「そうか、成る程ね。道理で魔物である俺を前にしても動じなかった訳だ。まっ、大変だろうけどがんばりな。じゃあな、俺は立ち去るよ。」

「あっ、待って下さい。是非ともあなたにお礼がしたいのです。なのでお手数でしょうが一緒に王宮へおいで下さい。きっと父や母もお礼を言いたいはずですから。」

姫様の言葉に侍女は目を見開いて驚く。もっとも、それは人間として普通な反応だろう。なんせ相手は底辺種とはいえ魔物なのだ。

確かに目の前にいるスライムは襲撃犯たちを駆逐してくれたが、それは別の事情があったはずである。決してスライムは姫様を守る為に男たちを襲った訳ではない事を彼女は直感で理解していたのである。


「いや、お姫さん?あんたは目が見えないから判らないかも知れないけど俺は魔物なの。そしてあんたたちは人間だ。このふたつの種は基本交わらないんだよ。と言うか、俺が王宮なんかに出向いたりしたら大騒ぎになっちまう。」

スライムの言葉に侍女はうんうんと頷いた。


「とは言ってもよくよく考えたらこんなところにあんたらを置いてったら魔物や肉食獣の餌食か。」

そう言うとスライムは馬車の状況を確かめに行った。だが状況は芳しくないようだ。


「あーっ、駄目だな。車輪も車軸も壊れてら。でも馬は大丈夫みたいだな。ねぇ、お姫さんたちって馬には乗れるの?」

「ふふふっ、こう見えても私は乗馬は結構上手なのよ。」

スライムの問い掛けに姫様はニコリと笑って応える。だが侍女は渋い顔だ。これは自分は乗れないと言う事ではなく、姫様の乗馬に難色を示しているのだろう。

確かに姫様は馬に乗れるのだろう。だがそれは側に従者がいて手綱を引き馬を御す事が前提のはずだ。そしてその役を担うはずの御者は馬車が転倒した時に放り出されて絶命していた。


「はぁ、参ったな。でも仕方ないか。よしっ、お姫さんの馬は俺が引くから森の外までは送ってやるよ。でも王宮には行かないからな。これは絶対だ。」

スライムの言葉に姫様は不満げだが侍女の方は今度は賛成の意味でうんうんと頷いたのだった。

その後、ふたりと一匹は二頭の馬に跨り森の外目指して出発したのである。因みにスライムは姫様の膝の上だ。そして手綱も姫様が握っている。

そう、あくまでスライムは姫様の目として同乗しているだけである。そして時々石や枝葉がある事を注意するくらいで、当初危惧していたような不安は杞憂に終わった。それ程姫様は馬の扱いがお上手だったのだ。

もっともこれは馬側の資質もあるのだろう。そもそも馬は自ら道を外れたりしないのだ。なので侍女の馬が先導すれば大人しく後について行くのである。


そしてその後、ふたりと一匹は大した危険にも合わずに日暮れ前までに森の外へとたどり着いたのであった。


■章■22マイネーム イズ スライ・ムー


さて、人間の女性ふたりと魔物一匹という珍しい組み合わせで森の外までふたりを護衛する事となったスライムだが、その間スライムはお姫様からの質問攻めにあっていた。

そう、出会った当初こそ震えていたお姫様だが今ではなんの屈託もなく魔物であるスライムと接していたのだ。その順応性はスライムの方が逆にギクシャクしてしまう程である。


「ねぇ、あなたはいつも森でなにをしているの?」

「俺か?そうだな最近は大抵鍛錬している。」

「鍛錬?それって体を鍛えているって事?」

「体と精神両方な。このふたつがバランスしていないと能力、つまりリベルは上達しないんだ。」

「あーっ、レベルかぁ。うんっ、聞いた事があるわ。勇者や魔王はその値が高いんでしょ?」

「おうっ、高いなんてもんじゃないよ。あいつらは別格だ。俺も確かめた訳じゃないけどあいつらは絶対Lv99のはずだ。」

「99?100じゃないの?」

「あーっと、うん、Lv値って99が上限なんだよ。」

「ふぅ~ん、そうなんだ。ところであなたはどれくらいなの?」

話の流れとは言え、お姫様はスライムが言いづらい事をさらりと聞いてきた。なのでスライムも言いづらくはあったが正直に答える。


「えっ、おっ、俺か?えーと、そのぉー、6です・・。」

「6?」

「うん・・6。でっ、でもスライムとしてはこのLv値は上限値なんだぞっ!」

「あら凄いっ!」

6という数字がどの程度なのか知らないお姫様は、数字よりも上限値という言葉に反応しスライムを讃えた。そんなお姫様の言葉にスライムは一気に気持ちが大きくなったのか胸を張った。


「えっ、そう?いや~、それ程でも・・なくはないけどさっ!」

「そっかぁ、あなたはスライムの中では一番なのね。」

「あーっ、どうかな。まぁ、上位である事は間違いないだろうけど一番かどうかは判んないな。」

「あら、どうして?」

「だってこのLv値ってのは順位を表す数字じゃないからな。レベル値ってのはその高みに相応しい能力を持つものに与えられる呼称なんだよ。だからどこかで別のスライムが俺くらいがんばっていたら、そいつも多分Lv6になってるよ。」

「あーっ、成る程。数字で言われたから勘違いしたけど、レベルって順位じゃなくてランクの名称なのね。」

「そう、あくまで呼称。えーと、軍隊の階級って言った方が判りやすいかな。」

「隊長さん、副隊長さん?」

「あーっ、姫様は軍隊の事は詳しくないんだな。だとすると爵位の方がピンとくるか?」

「ああっ、そうね。それなら判るわ。」

スライムからのレベルに関する説明に、お姫様は自身の身近にある爵位で例えて貰った事により一発で理解したようだった。

だが基本爵位は5階級程度である。99の段階に分かれているレベルとは階級ごとの差が違う。だがその辺の事もスライムはちゃんと説明した。


「俺が知っている爵位って5階級だけど、同じ階級でも微妙に上下があるんだろう?」

「そうねぇ、家の歴史の古さとか、治めている土地の豊かさとか、王国内の官職の立場なんかで微妙に違うわね。」

「レベルも同じさ。確かにレベルは数字で表されるから上下がはっきりしているように感じるかも知れないけど、上下ふたつとかみっつの差は割りと簡単に覆っちゃうんだ。そもそも俺なんかレベル20のやつに勝った事があるんだぜっ!」

話の流れだったとはいえ、スライムはさらりと自慢話を盛り込んできた。まっ、Lv6のスライムがLv20のヒュドラに勝利したのは確かなので嘘は言っていない。

でも調子に乗ってLv30のサーペントともいい線まではいったとか話し始めたらそれは嘘だ。ほぼデタラメである。でも言っちゃうんだろうなぁ。だってお姫様が手を叩いてよいしょしてくるんだもの。


「まぁ、すごいっ!レベル20って14も上でしょ?」

「おうっ、ヒュドラってやつなんだけどな。まっ、割と簡単に勝てたよ。」

「すごいのねぇ~。でもそんな上位の魔物に勝ってもあなたのレベルは6なの?」

このままサーペント戦の話になるかと思ったら何故かお姫様はスライムがあまり触れたくない方向へ話を持っていってしまった。なのでスライムは少しがっかりした感じで説明を始めた。


「うんっ、まぁこれには色々事情があるんだ。その最たるものは種毎の上限値ってやつなんだけどね。」

「あーっ、さっき言っていたやつね。そっかスライムはどんなに強くても6が上限なんだ。」

「うんっ、生物には種毎に上限値ってのがあるらしくてさ。スライムはそれが6なんだ。」

この時、スライムは自分がその上限値を超えている事を失念していた。その値は僅か0.1でしかないが厳密なルールによって決められているはずのLv値にとって0.1でも超えてしまうのは重大なバクであった。だが当のスライムはその重大さに気付いていない。

いや、クロフクロウに説明されたはずなのだがその説明はお馬鹿なスライムにはちょっと荷が重かったようである。


「そうなんだぁ、それはなんだかちょっとつまらないわね。」

「つまらない?なんで?」

「だって自分の限界が決められているなんて寂しいじゃない。確かに確固たる目標があるのはいい事だろうけど、そこに達してしまったらそれ以上を望めないなんて寂しいわ。」

「あーっ、まぁそうだけどさ。でも上限値に達するのだって結構大変なんだぜ?」

「ふふふっ、そうね。あなたはそれを達成したのね。凄いわ。」

またしてもお姫様に褒められたスライムは上機嫌だ。だがお姫様が口にしたつまらないという言葉がいつまでも耳に残る。

つまらない・・、確かにそうかも知れない。鍛錬とは自身の技量が日々向上してゆく事にある種の喜びを感じられなければ辛いだけだ。そしてレベルはその向上を数値と言うはっきりした区分で表してくれる。それ故その値に変化がなくなれば鍛錬に情熱を傾ける事が出来なくなるかも知れなかった。


ふ~んっ、人間にも色々な事を考えるやつがいるんだな。


スライムは姫様の話を聞き、それまで人間に対して抱いていた認識を改めた。そして対話の大切さも認識したようだった。

そう、相手を知るのに一番手っ取り早いのは会話なのだ。当然悪意を持つ者は会話でも本音は漏らさない。だが、言葉の端々に本音を隠そうとしている意図は見え隠れしてしまう。それ程会話とは注意していなければ自分を曝け出してしまうのである。


さて、スライムと姫様が馬上にてそんな会話を続けていると漸く森の端が見えてきた。

「おっ、漸く出口に着いたな。見てみなよ姫さ・・。」

そこまで口にしてスライムは姫様が見る事が出来ない事を思い出した。なので言葉を詰まらせる。だが姫様は別に気にする素振りもない。そしてスライムへ普通に問い返した。


「あら、もう着いたの?ふふふっ、お喋りをしていると時間が経つのが本当に早いわね。」

「おうっ、なのでここでお別れだ。」

「えーっ、やっぱり王宮には来てくれないの?」

スライムのそっけない言葉にお姫様は頬を膨らませて抗議する。だがそんなお姫様にスライムは新たな事態が起こっている事を告げた。


「無茶言うなよ、それにどうやら姫様の迎えも来たようだしな。」

「えっ、迎え?」

「おうっ、向こうから結構な数の騎士たちがこっちに向かって来ている。多分あれって姫様を探しに来ているんじゃないのか?」

スライムの言葉にお姫様は緊張したようだった。それを肌で感じたスライムはすぐさま自分がやらかしてしまった事を自覚する。そう、お姫様は目が見えないのだ。なのでこちらに向かって来る騎士たちの事も味方かどうか判断できないのである。

だがその不安は侍女の言葉で霧散した。


「ご安心下さい姫様っ!あの旗印は内務大臣ハードロック公爵家です。お味方ですわっ!」

「ハードロック?はて、どこかで聞いた気が・・。」

スライムは侍女が口にしたハードロックという名前に何か引っかかるものを感じた。そう、ハードロック公爵家とは以前スライムが鍛錬の為に襲った冒険者パーティのリーダーであるジョージ・ハードロックの生家なのだ。

しかし、スライムは何か引っかかるものを感じつつも既に冒険者パーティとやりあった事は殆ど忘れていたので思い出せないらしい。

まぁ、実際思い出してもあまり楽しい記憶ではないのでわざわざ思い出す必要もない事であった。

だが、ジョージ・ハードロックの件を抜きにしても魔物であるスライムは騎士団などに会いたくはなかった。なのでお姫様にお別れを告げる。


「じゃあな、俺は行くよ。」

「待ってっ!そう言えばまだあなたのお名前をお聞きしていなかったわ。」

「あれ、そうだっけ?と言うか俺って名前あったかな?」

お姫様の問い掛けにスライムはふと考えこんでしまった。基本森の仲間からはスライムはスライムと呼ばれていて、それで十分通用していた。これはスライムが単独行動ばかりで他のスライムと集団行動をしていなかった為に区別する必要がなかった為であろう。

なのでスライムも自分はスライムと呼ばれるのになんの疑問も感じていなかったのだ。だがお姫様の問い掛けにより、俄然名前が必要となった。もっとも、お姫様とは金輪際再会する事はないのだからそんなに本気で考える必要はない。なのでスライムはふと思いついた名前をお姫様に告げた。


「俺の名前はスライ。スライ・ムーだ。」

「スライ・ムー?ふふふっ、素敵なお名前ね。判ったわ、ところで呼び方なんだけどスラちゃんて呼んでいい?」

「スラちゃーん?むーっ、まぁいいか。うん、なんでもいいよ。」

「それじゃまたね。スラちゃん。」

「ああっ、今度こそ本当にお別れだ。達者でな。」

そう言うとスライムは森の奥へと消えていった。しかし、咄嗟に考えたとはいえスライ・ムーはどうかと思うのだが。と言うか、まんまじゃねぇかっ!なんの捻りもないよっ!それでいいのか、スライ・ムーっ!


さて、スライムが森の奥に消えると漸く騎士の一群がお姫様の元へとやって来た。そして先頭の騎士は馬を降りるとお姫様の前にて跪く。それに合わせて残りの騎士たちも下馬し直立不動の態勢に入った。だがその目は鋭く周囲を警戒している。

そんな中、お姫様の前に跪いた騎士が口上を述べた。


「ハードロック公爵家騎士団団長のロバート・ハードロックです。コーネリア王女様が賊に襲われているとの知らせを受け駆け参じましたがご無事のご様子、安心致しました。して、賊は何処に?」

「あい判りました。ですが賊はとある勇者が退治して下さいました。なのでもう心配ありません。その詳細に関してはルイーダから聞くように。それでは迎えの馬車を用意しなさい。」

「はっ、御意っ!」

先程までのスライムとの会話とはがらりと変わって、お姫様はアルカディア王国の王女として救援に来た騎士に対応した。ここら辺は王族としての分別なのだろう。敢えてお礼を口にしないのもそうゆう慣習なのかも知れなかった。


その後、お姫様は用意された馬車にて王宮へと戻った。スライムに関してはルイーダが姫様の話に合わせて適当な話をでっちあげた。

もっとも賊たちの焼け焦げた死体を検証した者はところどころ話の辻褄が合わない事に気付いたが誰もそれを指摘などしなかった。何故ならそんな事をしても誰も得をしないからである。宮仕えとはそこら辺の事を十分理解しているのだ。また、それが出来なければ出世もおぼつかないのである。


■章■23お姫様が魔王への生贄?


さて、救援に来た騎士たちに護衛されながらお姫様は王宮に戻ったと言ったが、実は戻った先は王宮ではなくハードロック公爵家のゲストハウスだった。何故ならお姫様を狙っていたのはアルカディア王国の皇太子だったからである。


ではその辺の経緯を順を追って説明しよう。だがその為にはこの世界を取り巻く情勢から知る必要がある。少々長くなるのでトイレを済ませてから読むように。


ご他聞にもれずこの世界もふたつの種、魔族と人間が生物種のトップを巡って争っていた。だからと言ってそのふたつの勢力は、支配地域を完全に分割している訳ではなく互いに隣り合い、時には混じり合って暮らしていた。

ただ場所によっては魔王側の勢力が優勢だったり、人間側が完全に掌握していたりする。そんなモザイク模様のような一見不安定な分布状態が長きに渡って続いていた。


その原因は太古の昔から双方に根付いていた思想にあった。そもそも魔族側、人間側共に相手を滅ぼしてこの世界を統一しようと言う考えが薄かったのである。だが、だからと言って種の違う相手と手を取り合ってうまく共存してゆこうという思いもなかった。

これは一見、日和見で狭い範囲での安定志向、または他人は他人、自分は自分といった究極の個人主義にもみえるが、この程度の馴れ合いや妥協はどの世界でもあるものだ。

そう、妥協である。これなくして集団はまとまらない。個人がそれぞれの主張を頑なに言い張り続けては話は平行線となり終わらない。その結果、理性が感情に負けてチカラによって相手を屈服させたい衝動が沸き起こるのである。

そしてそれが原因となった規模の小さいいざこざはいつでもどこでも発生していたが、太古の昔よりこれまで魔族側、人間側双方のトップはそのような感情を完璧にコントロールし全面戦争のような状態までには至らなかったのである。

これぞ支配者階級の矜持。自らを律し抑制するチカラを有した真の指導者たちの功績といえるだろう。


ただ、口さかない者たちはそれを妥協と罵り反発した。そのような勢力を押さえ込む為に魔族側、人間側双方のトップは時にチカラによる内部粛清を行った。そしてそれは権力の一極集中を促した。

その結果、魔族側、人間側共に専制君主による『絶対王政』と言う現在の統治システムが出来上がったのだ。

そしてシステムとは一旦構築されると次はそれを維持する方向にベクトルが向かう。なので時には激烈な内部粛清が行われ、そして一時安定する。

そう、統治とは安定と不安定、破壊と構築を繰り返し続けるのだ。


そして今、アルカディア王国内では新たな火種が燻っていた。その原因は『宗教』であった。

その宗教は200年ほど前に既存の宗教に新たな解釈を持ち込んだ始祖ギレン・アカルイーダによって広められ、その名を『まおーん教』と称した。

この新しい宗教観は人々に浸透し今では王国内に多数の信者を得ている。だが、始祖ギレン・アカルイーダによる開闢より既に200年。これまで拡大を続けていた組織も伸びが止まった。

もっともその原因は殆どの人々が入信したが故であり、本来なら安定期として拡大路線から内需の充実期間に移行するところだが、往々にして拡大路線をひた走ってきた者は戦略の転換ができない。その理由は多々あるが大きなところではふたつあり、ひとつが『権力』で、もうひとつが『既存権益』だ。

そしてこのふたつは大抵セットで上に立つ一握りの者たちが掌握している。つまり形は違えど宗教界でも専制による『絶対支配』体制が確立しているのだ。


さて、内部の充実という方向転換が出来ない者にとって既存の拡大路線を続けるには外部に活路を見出すしかない。そして彼らが目をつけたのが『魔族』だったのだ。

もっともこれは魔族を信者として勧誘するという事ではない。そもそも支配者たちの目的は『権力』と『権益』なのだ。なのでそれらを手っ取り早く手中に収める為に彼らは『宗教』の教義を拡大解釈してその矛先を魔族へ向け、魔族が持っていた『権益』を奪おうとしたのである。

そしてその手始めとして彼らは魔族の長、つまり魔王への接触を始めた。そして魔王から更に信頼を得る為に、彼らはなんとこの国の王女を差し出そうとしたのである。


はい、その王女がお姫様だったんですね。いや~、説明が長かったですね。ついてこれましたか?でも説明はまだ終わりません。それでは続きをどうぞっ!


もっとも魔王のご機嫌を取る為とは言え、一国の王女をぽいっと差し出せる訳など無い。いや、別に王女でなく普通の民でもあまり褒められる行為ではないが、信心深い者にとって殉死はある意味最高の名誉なので自ら身を捧げる者もいたりするのである。

だが、残念ながら一般女性では貢物としてはいまいち価値が低い。やはり供物にはそれなりのハクが必要なのだ。

なので『まおーん教』の高位神官は策をめぐらした。具体的にはアルカディア王国の皇太子に取り入って、魔王へ姫様を差し出さないと国が荒廃するという神託が下されたと吹き込み、皇太子はそれを信じてしまったのだ。

そう、この皇太子ってちょっとアレだったのである。一言で言い表わすせば『ロクデナシ』だったのだ。

そして皇太子はその話を国王へ奏上する。国王はその話に驚愕したが、ぐっと拳を握り締めると承諾してしまった。そう、この時代、人間界では神からの神託とはそれだけのチカラを持っていたである。

故に国が荒廃すると言われては、国王としても姫を差し出すしかなかったのだ。


だが絶対君主制を敷く国の王が神託があったからと言って姫を魔王に差し出すのは具合が悪い。それは政敵に付け入る隙を与える事にもなるからだ。

なので国王はその件に関して全てを皇太子に一任し、皇太子の行為を黙認する事で体面を保とうとした。そう、森でお姫様を襲撃していた男たちは実は皇太子の配下だったのだ。

もっとも直接の配下ではなく3次下請けくらいの皇太子とは全く接点の無い男たちだったのだが・・。


だがそんな皇太子の行いに異を唱える者がいた。その筆頭がアルカディア王国貴族の中で最大勢力を誇るハードロック公爵家当主ルーク・ハードロック内務大臣だった。

もっともルーク・ハードロック公爵にしてもお姫様が可愛そうなどという理由で反対した訳ではない。そこには政治的な判断があったのだ。

つまりルーク・ハードロック公爵は今回の件で皇太子を失脚させ、自らが推す第三王子を皇太子に押し上げ王国内におけるハードロック家のチカラを更に確固たるものにしようとしたのである。

因みに第二王子は幼い時に病死していた。なので第三王子が実質の皇太子次席である。


しかし、ハードロック公爵とて神託を完全に無視する事は出来なかった。なので王女に代わり自らの娘を貢物とすべく準備をしていた。

だがこれにもちゃんと権力者ならではの思惑があり、自らの娘を差し出し国を救ったという建前を盾にして対抗勢力に対して更なるアドバンテージを得ようとしたのだ。

もっとも公爵が差し出そうとした娘は公爵の実の娘ではなく、落ちぶれた貴族の娘を公爵が金で買取り書類上のみ義理の娘としたものである。まぁ、なんと言うか所詮は公爵もそういうやつなのだ。


だが、壮大な計画も絵にしただけでは実現しない。そしてそれを実行するにはハードロック公爵にとってもお姫様が邪魔だったのである。

なのでまず公爵は配下の者を使って皇太子の元に監禁されていたお姫様を脱出させた。そしてその身を自らが確保し皇太子側をけん制しつつ、自身の案を国王に奏上するつもりだったのだ。


しかしハードロック公爵のそんな企みも皇太子側からの攻撃によって瓦解する。そう、一旦は確保したお姫様の身柄を、マヌケな事にまた皇太子側にさらわれてしまったのだっ!うんっ、実はハードロック公爵家騎士団って大した事ないのかもしれない・・。

こうして結局お姫様は厳重な警備の下、次の満月の晩に魔王への生贄にされる事になったのである。


・・と言う事を、スライムは森の中で旅人たちの世間話を立ち聞きする形で知った。


「おいっ、もっと詳しく話せっ!」

スライムはもう会う事もないと思っていたお姫様が危機的状況に陥っている事を知り、思わず旅人の前に飛び出してしまった。

だが話せと言われても旅人としては底辺魔物であるスライムの言う事などに従う義理はない。なので当然拒否した。と言うかいきなり戦闘となった。


「なんだ、こいつ。スライムの癖に随分態度がでかいな。やっちまえっ!」

確かに旅人は3人いたし護身用の武器も持っていたのでこの対応は至って普通だ。だが残念ながら彼らの目の前にいるスライムは『普通』ではなかったのである。

なのであっという間に旅人たちは組み敷かれた。もっともスライムとしては話を聞く必要があったのでしびれ毒で動けなくしただけで命は奪っていない。


「さて、それじゃ少しお喋りをしようか。さっき話していた事を詳しく説明しなっ!」

旅人たちは今のスライムの戦闘相手としては実に物足りない技量だったので戦闘自体はあっという間に終了したが、それでもやはり一旦戦闘モードに入ると中々興奮は冷めない。なのでスライムは冷静を装いつつも口調が若干荒くなった。

その強い語気に気おされ、旅人たちはお姫様に関する事の次第を事細かに話始めたのだった。そしてその話によれば次の満月の日にお姫様は護衛を伴って魔王の元へ届けられるという。そして次の満月は3日後であった。

因みにお姫様は既に宮殿を出発していた。そう、どこぞの世界と違いこの世界では移動に結構時間が掛かるのである。


「ちっ、次の満月って3日後じゃねぇかっ!このアホンダラっ!もっと早く知らせろってんだっ!」

そう言うとスライムは旅人の頭を蹴飛ばした。いや、気持ちは判るがいくらなんでもそれは言い掛かりだろう。そもそもお前たち今日会ったばかりだぞ?


だが私の突っ込みも今のスライムには届かないようだ。それ程スライムは気が動転しているのだろう。しかし何故スライムはそんなにお姫様を気にかけるのか?

確かにスライムは行き掛かり上とはいえお姫様を助けた。だがその行動理由は単に食事を邪魔されたが故で、決してお姫様の為ではなかった。なので別れる時ももう会う事はないと思っていたはずだ。


だが今スライムはお姫様を助けるべく走り出した。その行動に明確な理由は無いのかも知れない。しかし今、スライムはお姫様を助けたいと心の底から思っていたのだ。

これを敢えて推測するならば、今スライムを突き動かしている衝動は多分『友愛』だ。そう、スライムはあの時からお姫様を友だちと感じていたのである。

確かにスライムとお姫様はたった半日しか一緒にいなかった。そんな短い時間で友だち関係を築けるものなのであろうか。しかもスライムとお姫様は生物種も違うのである。

だが本来友だちになるのに時間は関係ないのだろう。気が合いさえすれば一瞬で意気投合する。それが『友だち』というものなのかも知れなかった。


なのでスライムはお姫様の下へ走った。それこそ全力疾走である。もっともその姿は傍からみたらぽよんぽよんと球状の物体が飛び跳ねているようにしか見えない。

というか、そんなに全力で飛ばして大丈夫なのだろうか?今回お姫様を護衛している数は前回とは比べものにならないはずだ。そんなところにスタミナを消耗した状態で到着しても護衛相手に戦えるか疑問なんだが?

そもそも今回はスライムが到着してもお姫様を救える確証はない。それどころか逆にスライムは命を落とすかも知れないのだ。

確かにスライムは鍛錬によって強くなった。ちょっとズルをしたが上位魔物であるヒュドラも倒した。

だが人間の戦闘集団は魔物以上に侮れない。彼らはいざとなるとドラゴンすら狩るのだ。

しかし、今のスライムにそんな事は関係なかった。今はただ、衝動に導かれるままひたすらお姫様の下へ向かう為にぽよんぽよんと森の中を走ったのである。


■章■24迷い・・

前書き

すいませんが設定が変わって今まで第二王子としていたキャラクターを第三王子に変更しました。でもめんどうなので投稿済みの23話までは修正しません。まっ、気にならないよね?



だが、走り始めてから20分程経った頃、道がYの字に分かれている場所で突然スライムは立ち止まった。もしかしたらどちらの道を進むべきか考えているのかも知れない。そしてぽつりと呟いた。


「そう言えば魔王城ってどこにあるんだ?」

ずこ~んっ!

おいおい、マジかよ・・。折角かっこよく決めたのにここでボケるのか?まいったなぁ。


そう、勢いで走り始めたはいいがスライムは魔王城の場所を知らないらしい。それ故立ち止まりどちらの道を行くべきか考えたのだろう。

このような場合、あまり細かいところに拘らない物語では標識などが分岐点に立っているものだが、残念ながら今回は見当たらない。

なのでスライムは道の分岐点に棒を立て行き先を占う事にしたようだ。だが、そんなので魔王城の方角が判れば世界に地図は要らなくなる。そしてそんなスライムの行為を窘めるかのように棒は今しがたスライムがやって来た方向へ倒れた。


「むーっ、こっちか。なんだよ、通り過ぎちゃったんだな。まっ、急いでいたからな。見落としたのかも知れない。」

そう言うとスライムは今来た道を戻って行った。・・いや、本当にそれでいいのか?マジでやってるの?今はシリアス展開中だからボケはいらないんだけど?


だがスライムは本気だったようだ。今度は看板等を見落とさないように注意しながら元来た道を戻ってます。

まぁ、これが功を奏してお姫様を魔王城へ届けようとしている集団と遭遇しないとも限らないが、残念ながら現実はそんなに都合よく事は運ばない。なのでここは助け舟を出す事としよう。


その後、スライムがきょろきょろしながら魔王城への道を探っていると、上空でバサバサと羽音がした。スライムがその音のした方を見上げると、そこにはこの森の賢者と呼ばれているシロフクロウが枝に止まってスライムの事を見ていた。


「おっ、じいさんいいところに来たな。実は教えてほしい事があるんだよ。魔王城ってどこ?」

「うむっ、どうやら道に迷っているらしいな。おかげでなんかデンパな声がワシにお主を導いてやれと言って来てうるさかったわい。」

「あっ、そうなの?それはすまなかったね。で、魔王城ってどこよ?」

「うむっ、教えて進ぜよう。魔王城はここから八つの山を越え、九つの谷を渡り、十のダンジョンをくぐり抜けた先にある。」

いや、それは嘘だろう?もしかして無理やり案内役に借り出されたので機嫌が悪いのか?

なのでスライムもフクロウに対してそこら辺を突っ込んだ。


「あーっ、もしかしてじいさんRPGで遊んでいた?」

「うむっ、12階層目のダンジョンマスターが思いのほか強敵でな。今3回目のチャレンジ中じゃ。」

「ごめん、俺の方から振っといてなんだけど今時間が無いんだ。なので手短にお願いします。」

「そうか、では教えて進ぜよう。魔王城には動物の林駅から山足線の内回りに乗り、そこから4つ目の進撃の小人駅で下車し、僕のヒーローマカダミアンナッツ線に乗り換えて黒子のパスタ方面へ向い73駅目の狼の更新料駅を降りる。そこからバスで・・。」

「なげぇーよっ!と言うかどう聞いても嘘だろうっ!」

急いでいると言ったにも関わらずフクロウがまたふざけ始めたので、スライムは途中で遮り突込みを入れた。だがフクロウはそれすら面白がっているようだった。


「なんじゃ、解ったのか?おかしいのぉ、お主お馬鹿だったはずなのに。何か変なものでも食べたのか?」

「いや、じいさん。俺本当に急いでいるだけど。」

「ちっ、これだから最近の若いやつは・・。年寄りの話に付き合うって事を知らん。」

「判った、わかった。今回の件が終わったら幾らでも話を聞いてやるから早く教えてくれ。」

「そう急くな。どうせ魔王城には簡単には行けぬ。その前に何故魔王城なんぞに行きたがるのか説明せい。」

「本当に急いでいるんだけどなぁ。」

フクロウは事情を知らないせいかやけにのんびりとしている。その態度にスライムは半分諦めモードで愚痴った。

それに対してフクロウも漸く真面目に説明する気になったようである。


「魔王城に行くには途中、三途の川を渡らねばならぬ。そしてその川は渡し船に乗らねば越えられないのだ。そして今日の渡し船はもう出発したはずだ。なので次に乗れるのは明日の昼。だからあせる事は無い。」

「いきなり面倒な設定を出してきたな。でもそうなると姫様はもう乗っちまったか。ちっ、仕方ないじじいと話でもして時間を潰すか。」

「いらっしゃいませ~、当店は良心的な価格設定で1時間1万ギール飲み放題となってまーす。」

スライムが話に付き合ってやると言った途端、またフクロウはお遊びモードに入ってしまった。なのでスライムはげんなりしたようである。


「相手をしてやるって行った途端、キャバクラ設定を吹っかけてきたよ・・。」

「冗談、冗談。で、なんでお主は魔王城なんぞに用があるのじゃ?」

「うんっ、実はさ・・。」

その後、3時間ほど掛けてスライムはフクロウにお姫様の事を説明した。なんでそんなに時間が掛かったのかと言うと、スライムがかなり話を盛ったからである。まっ、自分の活躍を語る際には良くある事です。


そして3時間後、スライムから話を聞いたフクロウは暫し沈黙した。まぁ多分頭の中でスライムが語った話でいらないところを削除し問題点を洗い流しているのだろう。いや、この場合は洗い出すか。うんっ、流しちゃ駄目だよな。


「成る程のぉ、最近は人間界も複雑になったのじゃな。昔は仲間内で殴り合いばかりしておったのに、知恵をつけて謀略まで繰り広げるようになったか。しかも魔王まで持ち出すとはな。いやはや、いつ『知恵の実』を食べたのかのぉ。」

「何それ?うまいの?」

「例えじゃ、例え。つまり学習したのかと言ったのじゃ。」

スライムのボケにフクロウが突っ込む。もつともスライム自身はボケたつもりはないはずだ。所謂天然ボケというやつである。


「うへっ、勉強かよ。なら俺はいらないや。」

「安心しろ、誰もお前に勉強しろなどとは言わん。じゃが今回の事に関しては色々考えねばならぬぞ。」

「考える?いや、そんな事より俺は姫様を助けに行きたいんだよ。」

「その姫の事が問題なんじゃ。そもそもなんでその姫は魔王に貢がれなきゃならなくなったんじゃ?」

「いや、だからロクデナシの皇太子がなんちゃら教の神官の言葉にころりと騙されて魔王へ姫様を差し出さないと国が荒廃すると信じちまったからだろう?」

フクロウからの質問にスライムはところどころをはしょりながら答える。だがあまりにも適当な返答にフクロウは呆れてしまった。


「なんちゃら教ではない、『まおーん教』じゃ。お主、さっきはちゃんと言ったのにもう忘れているのか。」

「あーっ、あんまり興味ないからな。」

「ふんっ、困ったやつじゃ。まぁお主の事はいい。して、お主はその話信じておるのか?」

「えっ?まぁ、確かに俺が聞いたのは旅人の噂話だからどこまで本当かは判らないけど、姫様が襲われていたのは事実だ。俺が助けたんだから間違いない。」

「そうか、では話を変えよう。何故神はアルカディア王国の姫を魔王に差し出さないと国が滅ぶなどと言ったのかのぉ。」

「そんなの俺に判る訳ないじゃんっ!」

「ふむっ、確かにな。ワシにも判らんしな。だが推測は出来る。まず神は絶対そんなお告げはださん。仮に出したとしても、それを回避する為に貢物など要求せぬよ。」

「いや、姫様をよこせと言っているのは神さんじゃなくて魔王だよ?」

フクロウの説明にスライムは疑問を感じ訂正した。しかしフクロウはさらにたたみ掛ける。


「そうか?じゃが神官へ神託を下したのは神なのだろう?」

「えーと、そう聞いている。」

「では何故神は自身ではなく、魔王へ貢げと言ったのじゃ?普通は神自身に貢がせるものであろう?」

「それは・・、まぁ多分国が荒廃するって部分は魔王が関係するからなんじゃないの?だから姫様を渡して機嫌を取れって事なんじゃないかな。」

フクロウの質問にスライムはない頭をフル回転させてそれらしい答えを導き出した。だがそれに対して再度フクロウが質問を投げかけてきた。


「神がか?それって神では魔王を御せぬから災いを回避する為に別の方法を人間に示したという事か?」

「あれ?そうなるの?えーっ、もしかして魔王って神さんより強いのか?」

「おかしいであろう?神は全ての上に君臨するものぞ?その神が魔王を御せぬ訳がない。」

「いや、でも神託が・・。」

話がなにやら複雑な方向へ向かった為、もはやスライムの頭は限界点を越えてしまったようだった。そんなスライムに対してフクロウの追求は続いた。


「その神からの神託は誰が聞いたのじゃ?」

「神官だろう?」

「他には?」

「えーと、判らないけど神託を聞くのって神官だけなんじゃないの?」

「それでは神官の言葉が即ち神の言葉となるのではないか?仮に実際には神託など受けてなくてもな。」

「あーっ、まぁ出来ない事はないだろうけど、そんな事したら神罰が下るよ?」

フクロウのとんでもない言葉にスライムはありえないとばかりに反論する。だがフクロウの追求はとまらない。


「それは神官に神罰が下らなければ、神官の言葉は神の神託と保証されたと言う事か?」

「まぁ、そうなんじゃないの?よくは知らないけど。」

「実は今、神は結構前から有給休暇中で旅行に行っておる。なので人間共からの陳情は受付箱に積まれたままじゃ。さて、このような状態で神官は何故神からの神託を受けられたのかのぉ。」

何故かフクロウはとんでもない事を言い出した。おかげでスライムの関心もそちらに引きずられたようだ。


「えっ、神さんって有給休暇があるの?なんかずりぃなぁ。俺なんか無給で年中無休なのに。」

「雇用する側とされる側の立場の差じゃな。と言うかそこに喰いつくんかいっ!こんなの例えに決まっておろうっ!」

「なんだよ、嘘かよ。」

「そうっ、嘘っ!神官が神から神託を受けたと言うのも嘘じゃっ!そうでなければ話のつじつまが合わんからな。」

いやフクロウよ、そんなまどろっこしい説明ではスライムは理解できないよ。だってスライムはお馬鹿なんだから。それはフクロウも言っていたじゃないか。


「そんな・・、なんでそんな嘘をつくんだよ。おかげで姫様が大変な事になってるのに・・。」

「それは人間共の利害関係が複雑に絡み合っているのじゃろうな。お主からの話だけではかなりアバウトな推測しか出来ぬが、その根源には王室内の権力争いがあるはずじゃ。魔王云々についてはそやつらに利用されただけであろう。」

「つまり魔王とは別に黒幕がいるって事?」

「まぁ、魔王も全然関係がないとは言い切れぬが今回の絵を描いたのは人間であろうな。」

「そんな・・、それじゃ姫様があんまりじゃないかっ!」

フクロウの説明にスライムは感情が爆発した。


「そうじゃな、しかし、古来から人間の支配者階級では似たような事が繰り返されておる。特に王女などは懇意にしたい外国勢力との外交手段のひとつとして相手国に『結婚』という体の人質として送られる事も多いと聞く。」

「そんな・・、可哀想じゃないかっ!」

「王族に生まれるという事はそうゆう事なのじゃよ。あやつらにとっては肉親さえ、政治の駒なのじゃ。」

「馬鹿な・・、姫様が政治の駒だなんて・・。俺とあんなに楽しそうに喋っていたのに・・。」

感情でものを言うスライムに対してフクロウは人間内でのパワーバランスを持って諭した。だがそれはスライムには到底受け入れられないようだ。


「駒に人格は必要ないが、さりとて感情がなければ人とは言えぬからな。もっともその感情さえ偽る事が出来るのが人間じゃ。なのでもうお主は人間に関わるのはよせ。その姫も身を任せている川の流れからは上がれぬ。川岸に上がった途端に干からびるであろうからな。生きていたいのなら川の中にいるしかないのじゃ。」

「でも・・、でもようっ!」

「諦めよ、そもそも魔王相手にお主、何が出来るというのじゃ?魔王のレベルは世界最大じゃぞ?サーペントにすら勝てなかったお主がどうこう出来る相手ではない。」

「・・。」

フクロウの冷徹な状況判断にとうとうスライムは反論すら出来なくなっていた。だがそんなスライムにフクロウは希望を持たせる話を始める。


「それに、その姫とて魔王の元へ行ったからといって絶対不幸になるとは限らぬ。その姫は御目が不自由なのだろう?故にお前に嫌悪感を抱かなかった。それは他の魔物、いや魔王に対しても同じはず。そのような者を魔王が無碍にするとは思えん。いや、それどころか気に入られるはずじゃ。そして魔王からの寵愛を受けられれば、その姫は謀略が渦巻いている王宮にいるより余程幸せになれるかも知れぬではないか。」

「・・。」

フクロウの説明にスライムは無言のままだ。だが頭の中では一生懸命に考えているようである。そして何かしらかの結論に達したのかぽつりと呟いた。


「それって絶対ではないんだよな・・?」

「絶対ではない、じゃが可能性はかなり高いと推測する。そもそも聞いた限りでは今の姫の状況が酷過ぎるのだ。そこから逃れられるなら大抵の事は良い方向へ向くはずじゃ。」

「俺は姫様には幸せになってもらいたい・・。」

「現状に不満があるのなら、自ら動かなくては何も変わらん。動けば変化が起こる。そしてお主に聞いた限りではその姫は全てを受け入れるように思える。そのような者に対して仮にも魔物の長たる魔王が礼を失する対応を取るとは思えん。」

「そうか・・、俺は姫様が逃げ出したと聞いていたから魔王って酷いやつだとばかり思っていたけど、違う可能性もあるんだな。」

フクロウの説明にスライムは少し安堵したようである。


「その姫が逃げたのは他の勢力の思惑から手引きされたもので、姫自身が自ら逃げ出した訳ではないのであろう?」

「うんっ、そうらしい。話を聞きだした人間はそう言っていた。」

「では姫は既に自分を取り巻く状況変化を受け入れ納得しているという事じゃ。そこにお前が乱入しても事態をかき回すだけで姫になんら益はないとワシは思うぞ?」

「そう・・なのか?俺がしようとしている事は姫様にとっては逆に迷惑なのか?」

「そうとは言わぬが、仮に今回助け出しても姫の置かれた状況は変わらぬ。どこか王宮の者たちの手の届かぬ場所に逃れられるというのなら話も変わるが、この王国内にそのような場所はまずない。それに姫が魔王の元に行けぬとなれば誰かがその穴を埋める事となる。お主はそやつも助けるのか?」

「それは・・。」

フクロウの言葉にスライムは言葉を詰まらせた。そう、スライムはとにかくお姫様を助けたいだけでその後の事までは頭が回っていなかったのである。その事を指摘されたのでスライムは返事ができなかったのだ。

そんなスライムにフクロウは更に追い討ちをかける。


「いっその事、魔王へ姫を貢ぎ己の野望を達成しようと画策している者たち全てを駆逐するか?じゃが、お主はそれが出来るのか?」

「・・。」

「群れの中で生きるという事は他の者の思惑に翻弄されるという事でもある。それに逆らうのもひとつの道じゃが、それはまた別の波紋を水面に穿つ行為でもある。全てが丸く収まるようにするのは並大抵の事ではないのじゃ。もっとも敢えてそれに挑戦しようとする者もいないではないがな。」

「それって・・。」

「そうじゃ、勇者じゃ。じゃが勇者の歩む道は茨の道じゃ。決して報われる事はない。故にスライムよ、諦めろ。今を受け入れるのじゃ。」

フクロウの言葉にスライムは気持ちが沈んだ。確かにスライムは森の中で出会った通りすがりのクロフクロウにもしかしたら勇者なのかも知れないと判定されていたがスライム自身にその自覚はない。それ程この世界では勇者とは別格なのだ。

そんな勇者でも難しい事を、少し強くなったくらいのスライムが成せる訳がなかった。故にスライムは徐々に気持ちが妥協へと向かう。それが言葉として口に出た。


「魔王って、本当に姫様を大切にしてくれるのかな・・。」

「判らぬ。だが可能性は高い。なんと言っても魔物たちの上に立つ存在じゃからな。残虐非道な我侭な者ではその役は務まらぬはずじゃ。」

「そうか・・、そうだといいな・・。」

そう言うとスライムはまた黙り込んだ。だが心の中では既にお姫様を助ける事を諦めたようである。だがそれを認めるのには些か時間が掛かるのだろう。それ故の沈黙である。

そんなスライムをフクロウもまた黙って見守り続けていた。


■章■25お姫様は勇者だった


スライムがフクロウに諭されて気持ちがぐらついてお姫様救出を諦めかけた時、一頭の馬がスライムたちが立っている道を疾走してきた。その馬上にはスライムがお姫様を助けた時に一緒にいた女性がいた。

だがその走りはどう見ても制御されたものではない。かと言って女性に馬を止めようとする動きはなかった。

一見馬は暴走しているように見えるが、それは女性が意図しているものらしい。つまり女性は単に先を急いでいるのだろう。それ故の暴走らしい。


だが、それも馬が自律して走る動物故出来る芸当だ。なので馬任せで走ると、時に予想外の事態に陥りやすい。何故なら馬とは割りと簡単にパニックに陥りやすいのだ。そして今回も前方に魔物であるスライムの姿を見ただけでパニくった。


ひひーんっ!

スライムの姿を前方に見た馬は突然制動を駆けて停止しようとした。だが体重が500キロ近い馬はそう簡単には止まれない。それでも四足を踏ん張って土埃を上げながら速度を落とした。

だがその行為は馬上にいた女性を振り落とす結果となった。哀れ空中に放り出された女性は悲鳴を上げながら地面に向かって落下する。

しかし激突の瞬間、地面との間になにやらクッションのようなものが飛び込んできて大事には至らなかった。

そして呆然としている女性に、女性の下敷きになった形のクッションが話し掛けてきた。そう、女性と地面の間に割って入ったのはスライムだったのである。


「よお、久しぶり。随分急いでいたみたいだけど、もしかしてまた襲われているのか?」

「お前は・・、もしかしてあの時のスライム?」

女性改め、お姫様の侍女は話しかけられて漸く魔物があの時のスライムである事を理解したようである。


「はははっ、人間には区別がつかないか。うんっ、そうだよ。俺だ。スライ・ムーだ。」

「おおっ、何たる天恵っ!まさか勇者に出会えるとはっ!」

「いや、俺は勇者じゃないから。ただのスライムだよ・・。」

図らずも侍女から勇者と呼ばれてスライムは逆に傷心してしまった。それでも侍女に体からどいてもらいこんなところを暴走していた理由を問い直した。


「で、なんてあんたはこんなところにいるんだ?姫様と一緒に魔王城に行ったんじゃないのか?」

「姫様っ!そうですっ。今っ、姫様が大変な事になっているんですっ!」

「えっ、なに?もしかしてまた道中を襲われているの?」

「そうですっ!いえ、そうじゃないけど同じようなものですっ!」

「何言ってんだかわかんねぇよ。ちゃんと説明してくれ。」

「ですから姫様は今、皇太子の指示で魔王城に向かっているんですっ!」

「あーっ、それは俺も聞いて知ってる。でも、姫様はそれを納得しているんだろう?」

「うっ・・、まぁ、そうなんですけど・・。」

スライムの指摘に侍女は反論できないようだった。なので次の言葉を言いあぐねている。


「俺も聞いた話なんで全てを知っている訳じゃないけど、姫様が納得しているなら口出しはできないよ。と言うか、もしかしてあんた遅刻したんで置いていかれたのか?それで慌てて追いかけていたとか?」

「そんな訳ありませんっ!いや、置いていかれたのは本当ですけど、それは姫様の優しさ故ですっ!」

スライムのあてずっぽうが当たってしまったのか、侍女は否定しつつ言い訳した。なのでスライムは話題を変えようとお姫様の事を聞いた。


「あーっ、そうなんだ。って事は、もしかして姫様って今ひとりなの?」

「そうですっ!姫様は全てをその小さな肩に背負われて魔王城へと向かわれたのですっ!ですがそのような事を姫様おひとりが背負う必要などありませんっ!そのような神託など私は信じないっ!」

そこまで一気に言うと侍女は肩で息をしながら後ろ振り返り何かを睨みつけた。多分その視線の先には王宮があるのだろう。

だが侍女は、一時の興奮が冷めると今度はよなよなと座り込んでしまった。そして顔を両手で覆い言葉を繋いだ。


「ですが・・、ですがどんなにお諌めしても姫様は聞き入れて下さいません。ご自身が魔王の元に行く事によってこの国が厄災から逃れられるなら、それは逆にとても名誉な事だとおっしゃるのです・・。」

「・・。」

侍女の言葉にスライムは言葉を返せなかった。自身の身をもって大を成す。人はそれを自己犠牲と呼ぶ。単独で生きるスライムにはいまいちピンとこない行為であったが、それでもその行為が尊いものである事は心が感じていた。

それは別の言葉を借りれば『覚悟』である。そして覚悟ならばスライムもすんなり理解できた。もっとも覚悟にも色々あり、簡単に覆してしまう言葉だけのものも多い。

だがお姫様の覚悟は本物だろう。その揺ぎ無さはまさに勇者と呼ぶに相応しいものに違いない。


そしてスライムは自問する。


そうか・・、覚悟か。俺はさっきフクロウと話していて自分の行動に待ったをかけた。その心に正当性をもたせようと色々な理由も探した。

確かにフクロウの言った事は正しい。だけどその正しさは自身の為だけの正しさではないのか?もしくは凄く狭い範囲、もしくは一時だけの正義。

それによって命は繋げても、後悔の念は残るのではないだろうか?そんな生き方を俺はしたいのか?そんなものを俺は目指していたのか?


ぐるぐると回り続ける問答にスライムの心は自己防衛の為の言い訳を用意する。だがそれら全てはお姫様の覚悟の前に色あせた。

そしてスライムはひとつの決断に達する。


そうだ、俺も勇者になろう。そうすれば少なくとも姫様と同じ道を歩ける。俺なんかじゃ肩を並べてあるける訳ないけど、それでも同じ道を歩けるはずだ。

その第一歩として俺は姫様を救いたい。姫様はあの時俺に対して礼を持って接し嫌がらなかった。恐怖は感じたみたいだけど嫌悪の情は持たなかった。

あの時は、それは目が見えないが故の態度だと思っていたがそうではなかった。

そもそも本来人間が魔物を忌み嫌うのは本能のようなものだ。だが姫様は凄まじく強靭な意思にて自身を律し魔物である俺に礼節をもって接してくれた。

それは対立しあう生き物としてはイレギュラーな行為のはず。だけど、姫様にはそれが当然の事だったんだな。


恩を受けたら礼を持って返す・・。

そして姫様は今、それを世界に対して行おうとしている。腕力ではなく行動で世界を新たなステージへと導こうとしているのだ。

なんかいいな、それって。本当に勇者みたいだ。あんな華奢な体で剣すら振るえないだろうにやろうとしている事はまさに勇者のそれだ。

うんっ、俺も勇者になるよ、姫様。と言っても到底姫様の足元にも及ばないポンコツだろうけど決めたんだ。


うんっ、俺は勇者になるっ!


お姫様の生き方を羨ましく思ったスライムはここに新たな目標を決意した。その目標は当初のAランクになりたいという願いとは別次元のものであったが、今のスライムには関係なかった。

そう、剣で戦うだけが勇者ではないのである。人々を明日へ向かって導く者こそが勇者なのだ。その為にはなんとしてもお姫様を救わなければならない。


そしてスライムはその決意を敢えて口にする。そうする事で自分の中の弱さに打ち勝とうとしたのだ。


「ちくしょうっ!種の違いがなんだってんだっ!魔王とはレベルが違う?ふんっ!弱いからって逃げてばかりいたんじゃ真の強者なんかになれる訳がないっ!見てろよフクロウっ!俺はやるぜっ!絶対やってみせるっ!俺は勇者になるんだっ!」

そんなスライムの宣言にフクロウはホウっとため息をつくだけだった。


■章■26襲撃は事前の打ち合わせが大事です


その後スライムは侍女に、お姫様は三途の川を渡ってしまったはずなので明日にならないと追いかけられないと説明し侍女も納得した。

シロフクロウはそれじゃと挨拶して飛び立とうとしたが、スライムに参謀として知恵を貸してくれとせがまれしぶしぶ承諾する。


かくしてスライム、侍女、フクロウの第一回お姫様奪還計画会議が日も落ちた森の中で始まった。

今日は満月の3日前なので夜空にはまだ満月には1割ほど足りていない欠けた月があるはずだが、その光はスライムたちの頭上を覆う木々の葉で遮られ地上まで達していない。

因みに『月』という表現は別世界での衛星の名称なのだが、何故かこの異世界でも衛星の事を『月』と呼んでいた。うんっ、突っ込んではいけない。世の中にはそうゆう事も多々あるのだ。


なので今、光源となるのは焚き火の明かりだけだった。その揺れる炎に照らされ、ひとりと一匹と一羽それぞれの顔には光と影が交互に揺れていた。

しかし、それぞれの瞳には焚き火の明かりでは説明がつかない鋭い決意を表す光が宿っていたのである。


「ねぇ、スライ、ここって何か霊的なものとか出るの?」

「えっ、どうだろう。聞いた事はないけど?」

「そうなの?でもなんかさっきからやたらと装飾的な表現で意識高い系を気取った言葉が聞こえている気がするんだけど?」

「あーっ、ルイーダも聞こえるようになっちゃったか。でも気にする事ないよ、それって多分漂流霊みたいなもんだから。俺はその昔、自分の作品があまりにも売れなくて筆を折った底辺作家の亡霊だと思ってる。」

「あらやだ、底辺作家って粘着質なんでしょ?ストーカーとかされないかしら?」

「どうかなぁ、今のところ害はないから放ってあるんだけど。」

「除霊とか出来ないのかしら?」

「どうかな、できるのかい?じいさん。」

「ふぉっふぉっふぉ、簡単簡単。売れない作家の霊などちょっと作品が読まれさえすれば忽ち満足して昇天じゃ。ほれ、このアカウントを使ってポイントを付加してやれば喜びのあまり血管がぶち切れて地獄に落ちる事間違いなしじゃ。」

そう言うとフクロウは目の前にスクリーンを展開し、そこに表示されている『アカウント』と言うものを操作し始めた。


「うへっ、じいさんそんなにアカウントを持ってるのかよ。」

「まっ、フリーメールは幾らでも作れるからな。どれ、試しにこの作品に10点入れてやるか。ポチっとな。」

フクロウはそう言うとスクリーンの画面を器用に足先でクリックした。するとその動作に連動するかのようにスクリーン画面上に変化が現れる。そこにはブクマ0、レビュー0、PV1、UV1、評価点10と表示されていた。

因みに作品投稿話数は26話となっていた。残念ながら作品のタイトルはフクロウの羽根が邪魔して読み取れない。


「これでこやつも心安らかに地獄へ旅立てるであろう。うむっ、いい事をした後は空気もうまいのぉ。」

そう言ってフクロウはふぉっふぉっふぉと笑った。


うんっ、ついでにこいつらも道連れにしてやろうかっ!どこの誰が複アカで加点してもらって喜ぶんだっ!そもそもPV1ってなんだよっ!どんだけ読まれてないんだっ!

後、面倒なのでこの一匹と一羽とひとりの事は、これから三人と呼ぶからなっ!


「じじい、霊をからかうのも大概にしておけよ。それにそいつと遊んでばかりいたらこっちの話が進まない。」

「おっ、そうじゃな。して、どこまで進んでたかのぉ。」

「姫様の護衛の規模と魔王城までの道順までだよ。」

「おーっ、そうじゃった、そうじゃった。そちらの女子おなごの話では、姫様の護衛は皇太子直属の近衛隊で選り抜きが6名。荷物もちが12名の総勢18名。道順は三途の川までは説明したな。」

「そう、時間的に姫様はもう川は渡ったはずだ。そして魔王城到着までの残り時間は明日と明後日。でも明後日は昼前には到着する予定なんだろう?」

スライムは侍女に確認するかのように問いかける。その問いに侍女は無言で頷いた。


「となれば姫様を奪還するチャンスがあるのは明日だけだ。明後日も出来なくはないだろうけど、その場合魔王の領内で事を起こす事になる。そうなると後々面倒だからな。」

スライムの言葉に侍女は微かに体を震わせた。何故なら侍女は魔王の事を噂でしか知らず、そしてその噂は全て魔王が残虐非道な者として語られていたからだ。

故に侍女はお姫様をそんなところに送り出せないと追ってきたのである。


「そこで作戦なんだけど、どーっと追いかけて、姫様をばしっとかっさらって、一目散に逃げ出すってのはどうかな?」

「こやつ、本気で言っているからタチが悪い・・。と言うかそれのどこが作戦なんじゃっ!」

「えーっ、だってこのメンバーじゃそれしかないじゃん。そもそも戦えるの俺だけだよ?だとしたら作戦なんて必要ないじゃん。どーっと追いかけて、姫様をばしっとかっさらって、一目散に逃げ出すだけだよ。」

「二度言わんでもいいわいっ!」

三人で割とシリアスな話をしていたはずだったのだが、お馬鹿なスライムの頭の中ではそれ程でもなかったらしい。いや、一応押さえるべきところは押さえているのだが、そのやり方があまりにも稚拙であった。

それでもスライムの言っている事は正しかった。確かにこの三人の中で姫様を護衛している近衛兵とやりあえるのはスライムしかいない。

なのでスライムの言った事をそれらしく言い直すのなら

「まず隊列に追いつき状況を把握する。そして俺が囮となって護衛を引き付けるから、その隙にルイーダは姫様を連れ出してくれ。もっとも護衛たちも姫様のもとをがら空きにはしないだろうから、そいつらはじいさんに任せる。声真似でも幻惑魔法でもいいからとにかく姫様の身を確保して欲しい。そしてうまく事が運んだら、後は一目散に逃げるだけだ。当然護衛は追って来るだろうけど、そいつらは俺がなんとかする。だからルイーダたちはとにかく逃げまくってくれ。」

と言う事になる。うんっ、同じ事を言っているのにこんなに印象が違うんだね。でもどちらかと言うとスライムの言い方の方が楽でいいな。32文字で済んじゃうし・・。


「まっ、ワシと違ってお主は友だちもおらぬだろうから助力は見込めない。と言うか今から仲間を募っても時間的に間に合わぬ。となればかなりアバウトだがそのやり方しかないかのぉ。」

「なんかさらりとデスられた気がするんだけど?」

「気のせいじゃ、人を疑ってばかりいるから人の何の事ない言葉もそんな風に聞こえるのじゃ。」

「むーっ、なんか無理やり言いくるめられたような・・。」

「ない頭で悩むでない。ほれ、明日は早いのじゃからもう寝ろ。と言うかワシは昼寝をしておらんから眠くて仕方ないわい。」

「そうだね、それじゃじじいとは交代で火の番をしよう。ルイーダは疲れているだろうからずっと寝てていいよ。と言ってもごろ寝だけどね。」

スライムの言葉に侍女は黙って頷いた。だが彼女はこんな深い森の中で野宿するのは初めてなのだろう。なので体は疲れて睡眠を欲していたが、警戒する気持ちがそれを許さないのか寝付けないようだった。

そんな彼女にスライムはうとうとする彼女の背後にそっと回り込み痺れ毒を注入した。もっともその濃度は極力薄くしたので呼吸が止まってしまうなどの副作用もないはずである。

それによって高ぶっていた彼女の精神は落ち着きを取り戻し、侍女は深い眠りへと落ちたのだった。

そんな侍女が眠りに落ちたのを確認した後、フクロウも梢に移って交代までの短い眠りへと入った。


そしてひとりで火の番を続けるスライムは揺れる炎を見つめながらずっとお姫様と明日の事を考えていた。

明日の襲撃はスライムにとっても絶対負ける訳にはいかない勝負となる。だが数で勝る護衛たちに正面から戦いを挑んでも勝ち目はない。

確かにスライムの手には高性能秘密兵器『ヴァル』がある。しかし、そんな『ヴァル』も一度に6人は倒せない。

これまで高位の魔物との戦いで『ヴァル』が有効だったのは相手が単独だったからだ。なので『ヴァル』の一撃で勝負が決まるか、もしくは優位に立てた。

だが相手が6人ではそれもままならない。そもそも護衛がひとりづつスライムと勝負などするはずがないのだ。彼らは絶対何人かでペアを組み、連携してスライムに対峙するはずだ。何故ならそれが『人間』の戦い方だからである。

なので今、スライムの頭の中では幾つもの戦闘パターンが組み立てられていた。しかし、スライムは残念ながらこれまで人間の騎士と直接戦った経験がない。なので全ては話しに聞いた事を元に組み立てている。

それ故にどうしても細部があやふやになり絶対的な勝ちパターンを見出せないようだった。

しかし、それでもスライムは時間の許す限りシミュレーションを重ね、なんとかものになりそうなパターンを幾つか見つけ出したようである。


そんなスライムにフクロウが火の番を交代すると言って枝から降りてきた。

「えっ、もうそんなに時間がたったの?あーっ、熱中すると時間が経つのが早いつては聞いてたけど本当なんだな。うんっ、それじゃお休み。交代の時間になったら起こしてくれ。」

そう言うとスライムは火の前でごろんと寝転ぶ。そして1分も経たずに寝息を立て始めた。

だけどスライムって火に弱かったんじゃないのか?なんか設定がボロボロなんですけど?


■章■27新キャラ登場っ!


さて、作戦会議の翌朝。三人は夜が開けきる前に三途の川の渡し人を脅して船を出させ向こう岸へと渡った。うんっ、まるで山賊だね。とてもお姫様を助け出すヒーローには見えないな。

だがこれによりお姫様一行との時間差は半日以内となったはずである。しかしそれでもまだ半日分の距離がある。なので三人は駆け足でお姫様一行の後を追った。あっ、フクロウは空を飛ぶから駆け足はしないか。


そしてそんな三人と時を同じくして、別の道ではお姫様を魔王城へ送る集団を追いかけるもうひとつの影があった。そしてその影とスライムたちは途中の交差点でお互いの姿を確認しあう事となった。


「なんだ?なんでこんなところを騎士がひとりで走ってるんだ?あっ、こいつもしかして寝坊して姫様たちに置いていかれたんで慌てて後を追いかけてる護衛か?かーっ、かっこわるぅー。」

そう、スライムとは別の道を駆けていたもうひとつの影とは若い騎士であった。しかしその騎士は先を急いでいるらしくスライムたちを見つけた途端剣を抜いて斬りかかってきた。


「邪魔だっ!どけっ!どかねば斬るっ!」

いや、既に斬りかかっているんだが?もしかしてフェイントなのか?と言うか、こいつ本当に寝坊した護衛なのかも。もう追いつく為にはなりふり構っていられないのかも知れないね。


だが、そんな騎士の剣筋をスライムはさらりとかわす。そしてすれ違いざま痺れ毒を注入しようとした。しかし、これは騎士に防がれてしまった。


「おっ、なんだ?こいつ寝ボスケの癖して動きがいいな。」

「誰が寝ボスケだっ!スライム風情が舐めた事を言うんじゃないっ!」

「うほっ、うんっ、剣筋も悪くない。ちょっと前までの俺だったら瞬殺されてたね。」

口ではそう言っているが、スライムは次々に送り込まれてくる剣先を避けるのが精一杯で反撃の糸口が掴めずにいた。そして徐々に追い詰められてゆく。

なのでスライムは例の必殺技にて対応しようとした。はい、高性能秘密兵器『ヴァル』ですね。

だが、その筒先を騎士に向けようとしたその時、離れたところにて戦いを見ていた侍女が声を上げた。


「デリート様っ!おやめ下さいっ!その魔物は姫様のご友人ですっ!」

「っ!?」

侍女の声に騎士の動きが一瞬止まった。その隙をスライムが突く。そして騎士の喉元に『ヴァル』の筒先を押し付けた。だがその行為もまたして侍女の制止によって動きが止まる。


「スライ殿っ!その方は姫様のご友人ですっ!争ってはなりませんっ!」

侍女の言葉にスライムと騎士双方は互いに刃を突きつけながら動きを止める。そしてお互い相手が侍女と相手を交互に見てどうしたものかと考えあぐねている。


「私がご説明しますから双方、剣を引いて下さい。」

侍女の言葉にふたりはゆっくりとそれぞれの獲物を相手の急所から外してゆく。そして共に一気に後ろに飛びのき間合いをとった。つまり双方ともまだ相手に気を許してはいないという事なのだろう。

そしてまず騎士が侍女に説明を求めた。


「どうゆう事だ、ルイーダ。そもそもなんで君がここにいる?」

「それについてもご説明しますからまずは剣を収めて下さい。でないと怖くて話も出来ませんわ。」

だが侍女にそう言われても騎士は構えを解こうとしない。まぁ、確かにスライムは魔物の中では最弱を誇る魔物であるが魔物である事には変わりない。知り合いらしい侍女に言われたからといておいそれとは警戒は解けないのだろう。

ましてや相手は銃のような武器を手にしている。銃は飛び道具なので距離を置いていても危険なのだ。それ故の警戒であった。

なので二人の内まずスライムの方が先に折れた。スライムは手にした『ヴァル』の筒先を騎士から外し、その上で『ヴァル』を離れたところに置いた。

残念ながらスライムには腕がないので両手を挙げた降伏のポーズはできない。だがスライムが先に武器を手放した事により漸く騎士も構えた剣を鞘に収めた。

そんなふたりの態度を見て侍女がスライムと騎士それぞれに相手の説明を始めた。


「ではまず改めて双方の方をご紹介します。まずこちらのスライムは先に私と姫様が皇太子の元から脱出した際に追っ手を打ち払ってくださった勇者様です。」

侍女の説明にスライムはちょっと照れたようだった。しかし騎士はかなり驚いている。お姫様が一度皇太子の下から脱出した事は騎士も聞き及んでおり、その際に通りすがりの勇者に助けられたという噂も耳にしていたが、その勇者がまさかスライムだったとは思ってもいなかったのだろう。

だが侍女はそんな騎士の動揺を気にもせず今度はスライムに騎士の事を紹介した。


「こちらの方は姫様の幼馴染で最近まで近辺警護の任を勤めていらしたチキタ・ラムル・デリート様です。」

「姫様の幼馴染?最近まで警護って事は今回は外されたって事か?あれ、だとしたらなんでこんな処にいるんだ?あっ、もしかして姫様の事を追いかけてきたのか?」

侍女の説明にスライムは疑問符ばかりが頭に浮かんだ。それは侍女も同じらしく今度は騎士に説明を求めた。


「デリート様、私たちは今姫様を魔王の手から救い出しに行くところです。なのでここにいます。ですが小耳に挟んだ噂ではデリート様は姫様護衛の任を外され遠地へ飛ばされたと伺っています。そのような方がなぜここに?」

「いや、そんなヘマして左遷されたみたいに言われるのは心外なんだが・・。しかし私もここに来た目的は姫の救出だ。なので誤解が解けたのなら私は出立したいのだが?」

どうやら騎士はスライムたちをお姫様を連れ去りに来た魔王の手先と勘違いしたらしい。なので誤解したのは騎士の方なのだが、何故か騎士はスライムたちの方から突っかかってきたように思っているらしい。

まぁ、状況から騎士も相当テンパッテいるのだろう。なのでここに来るまでも出会った魔物を何匹か葬っていたのかも知れない。その流れで側に侍女がいたにも関わらずスライムに対しても咄嗟に対処してしまったのかも知れない。


だが目的が同じならばここは戦力的にも共同戦線を張りたいところである。特に侍女側はまともに戦えるのはスライムだけだ。なので戦力として騎士が加わる事を侍女は強く要望した。


「お気持ちは判りますが、ただ闇雲に向かっても護衛たちは姫様を解放してはくれないでしょう。それにチカラで押し通るにしてもおひとりよりは人数がいた方が容易いはず。なのでここは私たちと共闘しませんか?」

「いや、失礼な物言いになるがルイーダは戦力にならぬだろう?下手に相手に捕まって動きをけん制されては逆に足手まといになってしまう。」

「デリート様、そのようになったら私の事はお捨て下さい。確かに私は剣は振るえませんが護衛たちの関心を反らす事くらいはできます。その間にデリート様は姫様を連れてお逃げくださればよいのです。」

ルイーダの言葉に騎士は自分が相当失礼な事を口にした事を知る。そう、確かにルイーダは剣を持って戦う事は出来ないがお姫様を助ける為には自身の命など気にかけない覚悟があったのだ。なので騎士はその事を詫びた。


「すまない、無礼な物言いをしてしまった。だがそうは言われても、やはりあなたに加勢して頂く訳にはいかない。これは俺自身の問題なんだ。」

「ですが・・、相手は大人数です。とてもデリート様おひとりでどうにか出来る事では・・。」

「俺はコーネリアを救う為なら命など厭わぬっ!」

侍女の言葉に騎士は声を荒げた。そこには後には引かぬ決心が読み取れる。なので侍女もそれ以上お願いするのを躊躇った。

しかし、そんな騎士の気持ちを逆撫でするような言葉が騎士の足元から投げかけられた。


「甘いな兄ちゃんっ!そんな気概で姫様を救おうなんてちゃんちゃらおかしいや。そんな万歳突撃なんかしても姫様は救えないぜ?あんたは姫様を救おうとした自己満足で死んでいけるだろうが目的は達成できない。あんた本当に姫様を救う気あんのか?」

「貴様っ!その言い様、仮にコーネリアを助けた者だとしても許さんぞっ!」

スライムに痛いところを突かれて騎士はそれを誤魔化すかのように更に声を荒げて剣を抜いた。だがスライムは尚もたたみ掛ける。


「なんだよ、頭に来たのか?プライドを傷つけられたとでも言うのか?へっ、そんなものにどんな価値があるってんだっ!あんたにとっては所詮姫様はその程度なのかい?俺はやるぜっ!どんなに惨めな事になろうとも絶対姫様を救ってみせるっ!死ぬのはその後だっ!」

「くっ・・。」

スライムの言葉に騎士は言葉を返せなかった。ただ抜き放った剣を握り締めスライムの言葉に耐えている。そう、多分騎士とて思いはスライムと同じなのだ。だが騎士にはスライムにはない何かしらかのしがらみがあるのだろう。先程の言葉はそれを打破する為に自身にかけた鼓舞だったのかも知れない。

そして侍女はそんな騎士の事情を知っているのだろう。なのでやんわりとスライムを諌めた。


「スライ殿、その言い方は少し酷です。デリート様にも色々事情があるのです。」

「事情?はっ、そんなもん俺にだってあるさっ!だが今優先すべきは姫様だっ!それに優る事情なんかないっ!違うかっ騎士さんよっ!」

「くっ・・。」

スライムの言葉に騎士は言い返せない。確かにスライムの言い分は正しい。だがその正しさを実行するには騎士の肩にはそう簡単には捨てられぬ重い枷が圧し掛かっていたのだ。

なのでスライムは話を変えた。騎士がどう動くかは別としてスライムとしてはお姫様と近い関係にあったという騎士に聞いておきたい事があったのだ。


「ところで話は変わるけど、なんで皇太子は神託があったとは言え姫様を魔王に貢ごうなんて思ったんだ?あんたそこら辺の事なにか知ってる?」

あーっ、ごめん。みなさんには先に説明していたので既にご存知だと思いますが、スライムが旅人から聞き出したのはあくまで庶民レベルが耳にする噂話なので本当のところはよく判らなかったらしいです。

特に宮廷内で駆け引きをしている方々の本音は噂にはまず上がりませんからね。上がっていたとしてもそれはあくまで推測です。下手したら話を面白くする為に全然関係ない事も盛られているかも知れませんし。

なのでそれらの情報がどこまで正しいのかを確かめたくてスライムはこのような問いかけを口にしたのだろう。なのでお浚いと思って再度説明を今度は騎士の口から聞いて下さい。

因みに先の情報と騎士が口にする情報に齟齬があっても私は責任を負いません。だって情報って同じ事を知っていても人によって解釈が変わりますから。


「神託か・・、いやあれは多分嘘っぱちだ。」

そう言うと騎士はスライムの問い掛けに対して自分が知っている事を話し始めた。


■章■28騎士の思い


さて、騎士が今回の件に関して話をしている間、みなさんには騎士について話しておこう。でないといつまで経っても詳しい紹介が出来なさそうなので。


騎士の名前はチキタ・ラムル・デリートと言った。出目は王都の衛星都市である町のそこそこ古い家系だ。デリートの実家はそこで割りと広い土地を所有している。

とは言っても領主ではない。普通の自作農家だ。ただその所有面積は下手な領主よりも広く多くの小作たちを雇い養っていた。

なので結構発言権は強く、王宮とも結構太い独自のパイプを持っていた。所謂豪族というやつである。


そんな家系の3男坊としてデリートは幼い頃より王宮に出入りし、10歳の時にはまだ5歳になったばかりのコーネリア王女の遊び相手兼学友として王女と机を並べる事となった。

因みに男子が女子の遊び相手として選ばれるのはこの王宮のシキタリで普通の事である。あまり小さい内から異性と隔離すると情操教育上好ましくないとこの世界では考えられていたからだ。


その後、コーネリア王女が10歳になるまでふたりは一緒にいた。と言っても別に王女の学友はデリートだけではなく、もっと歳の近い女の子たちも沢山いた。なので四六時中ふたりだけで一緒だった訳ではない。

しかし、小さい王女には5歳の歳の差はとても大きく感じられたのだろう。なので王女はデリートにとても懐いた。そして何かにつけてデリートの後ろをついて回ったものである。

そんなふたりを王宮の者たちも微笑ましく思うのか、いつも優しい目でみていたものである。

因みにこの時期はまだお姫様は目が見えていた。お姫様が視力を失ったのはもう少し後の事である。その事に付いては時期が来たらお話しよう。


さて、そんな風に仲の良かったふたりであるが、さすがに王女が10歳になると女性として次のステップが待ち構えていた。そう、王宮の一員としてレディの教育を受けるようになったのだ。なのでこの時期になるとデリートも役目を解かれ王女の側から離れる事になった。

この時、デリートは15歳。この世界の基準では大人の仲間入りをしだす年齢である。なのでデリートは将来の職として王宮第一騎士団への入団を希望した。

だがこれはデリート家の威光を持っても難しかった。何故なら王宮第一騎士団は貴族諸侯のご子息たちがこぞって入団を希望するエリート騎士団だったからだ。但しその実体は王侯貴族のご子息たちに騎士の肩書きを与える為に組織された形だけのなんちゃって騎士団なのだが・・。

なので財力とそれなりの発言権を持つデリート家でも、さすがに相手が貴族では無理やり入り込む事は難しかったのである。


なのでデリートは次の手として貴族個人が編成する騎士団への入団を試みた。それが今彼が所属しているハードロック公爵家騎士団だ。

ハードロック公爵家騎士団は数ある貴族騎士団の中でも随一の規模と戦力を誇る、この王国では実質No1の騎士団である。

だが管理運営が公爵家なので他の貴族の子息たちは体面上中々入団したいと言えない。それ故にハードロック公爵家騎士団は貴族間の上下関係に悩む事無く優秀な市井の人材を登用出来たとも言えた。

そこでデリートは5年間訓練を積み、晴れて20歳の時に1級騎士の称号を得た。因みにこの国の階位は1級が一番下で最上位は3級だ。つまりデリートは騎士とは言ってもこの時はまだ下っ端だったのである。

だが下っ端とは言えども騎士は騎士だ。なので正式な任務も与えられる。そしてデリートが初めて着任した任務が15歳となったコーネリア王女の護衛だった。

もっともこれは王女側からの強い要望があったらしい。つまり王女は待っていたのだ。デリートが立派な騎士になってまた自分の前に現れる事を。


だがそんな蜜月も1年しか続かなかった。そう、今回の件を推し進めるにあたりデリートは王女に近過ぎると警戒され遠ざけられたのだ。当然それを画策したのは皇太子である。だがそれを皇太子に進言したのは例の神官だった。

そう、このまだ名前すら出てこない神官こそが今回の事件の黒幕、首謀者なのである。

もっともデリートにとって今回の遠地への途任は表面上は栄転である。何故なら2級騎士への昇級が伴う人事異動だったからだ。

おかげで何も知らないデリートは喜んで任地へと赴いたのだ。それが1年前の事である。王女も寂しくはあるがデリートの今後の為なのだと自身に言い聞かせ笑顔でデリートを送り出した。

そしてデリートが王女の下から離れて1年後、王宮を揺るがす今回の事件が起こったのだった。そう、今回の事件は既に1年以上前から周到に準備されていたのである。


そしてその事件の序盤にまず神官は金で雇った魔女にお姫様の目を見えなくする呪いを掛けさせた。この時、お姫様は16歳。突然の出来事にえらく塞ぎこみあまり表に出なくなってしまった。

だがこれは神官の目論見通りである。神官はお姫様の目が見えなくなった事と姿を現さなくなった事を巧妙に使い不吉な前兆であると周囲に吹聴したのだ。

これにより周囲の者たちのお姫様を見る目が段々と変化する。そしてとうとう例の計画が決行された。


そしていざ実行されると、事件は貴族や騎士たちの間に正式な情報共有として瞬く間に知れ渡った。なにせ計画では元凶とした相手が魔王と言う事にしてあるので皇太子たちにしても戦力である騎士たちに情報を隠しておく訳にはいかなかったらしい。

そんな事件の事を任地にて報告されたデリートは当初相当悩んだ。何故なら王女の件に関してはデリートとしては到底受け入れられるものではなかったからだ。

だが、今のデリートの立場は王国の騎士である。つまり首謀者である皇太子はデリートにとっては主だ。

いやデリートの正式な主は公爵なのだが、その公爵は国王に忠誠を誓っているので結局は国王がデリートの主なのである。

そしてデリートにしてみれば次の国王に内定している皇太子は国王と同等だったのだ。

そしてこれは全ての騎士にも当てはまる。なのでデリートは悩んだのだ。

とはいえコーネリア王女はデリートが10歳の時から守るべき存在だった。だが今のデリートは騎士として主君に仕える身でもある。なので立場上、王様や皇太子の意向には逆らえない。

その葛藤がデリートの心の中に亡霊とも言えるもうひとりの自分を生み出した。その亡霊はデリートに問いかける。


『お前は何なんだ?』

「俺は・・王国の騎士だ・・。」


『では何を悩む必要がある。王国の騎士ならば王の命令に従え。』

「確かに今回の件は王命・・ではあるが、あまりにも不条理だ。何かが間違っているっ!」


『それはお前が考える事ではない。王国の騎士はただただ王の命令のみに従えばいいのだ。』

「王国の騎士・・、俺は王国の騎士なのか?俺はそんなものになりたかったのか?」


『お前が何になりたかったかなど今は関係ない。ただ王国の騎士としての努めを果たせばよいのだ。』

「俺は・・、王国の・・騎士?いや、違うっ!俺はコーネリアの騎士になりたかったんだっ!」


『ふんっ、ではその騎士が何を悩んでいるのだ?何故姫を守ろうとしない?』

「俺は・・、だが今の俺は王の配下だ・・。王の命令は絶対なんだ・・。」


『随分都合のいい立場なんだな。結局お前の姫への忠誠はその程度のものか。』

「くっ!」


『最後にもう一度だけ問おう。お前は姫のなんなのだ?』

「俺は・・、俺はコーネリアの騎士だっ!」


『それだけか?』

「俺は・・、俺はコーネリアの友だちだっ!」


『そうか、ならやるべき事はひとつではないのか?』

「そうだっ!俺は友を助けなきゃならないっ!それが真の仲間が取るべき行動だっ!」


『そうだな、それでこそ騎士だ。いや真の友と言うべきか。』

そう言い放つと亡霊は消えていった。後には迷いを吹っ切ったデリートが、これから自身が何をどうすべきか考えている姿があった。


そう、もはやデリートに迷いはない。だが、今闇雲に王女の元に向かっても立ち塞がる壁は厚いはずである。なのでデリートはまず何をどうすれば王女の為になるのかを考え、それを成す為の段取りを思索しているのだろう。

これはデリートが騎士見習いの時に老練な先任騎士に叩き込まれた戦場のことわりだ。

感情に流されてはいけない。常に冷静に状況を把握し決断せよ。そして決断したならばその行動が如何なる犠牲を出そうとも揺らぐな、押し進めよ、とその騎士は常々デリートに言っていた。その事は過酷な訓練によってデリートの体に叩き込まれている。

故にデリートは行動する前に考えた。そして2時間後、考えのまとまったデリートは疾風の如く王都へ向かう道を馬で駆けていた。


その後王都にて今回の事件の大まかな真相を探りだしたデリートは、その理由の根深さに深くため息をつく。だが既にデリートは王女の騎士であった。故に彼が次に起こす行動が王国にどれ程の災いをもたらす結果になろうとも彼が守るべきものはコーネリア王女ひとりである。

なので次の段階としてデリートは王女の身を確保すべく単身王女一行の後を追ったのであった。


そして時はまた戻り、デリートは今スライムたちに自身が調べた今回の事件の裏側を話していた。


「・・と言うのが今回の件に関する俺の見立てだ。なので今後の予定としては、まず姫の身を安全な場所へかくまった後、俺はこの騒ぎの元凶となった神官を殺す。その口車に乗った皇太子も殺す。・・と言いたいところだがさすがに血が繋がっていないとはいえ姫の兄を殺す訳にはいかない。だが多分俺が殺さなくても王が許さないだろう。なんせ皇太子がやった事は国家転覆、つまりクーデーターだからな。」

デリートの説明にスライムたちは今回の事件の奥深さを垣間見た。その事はお姫様の侍女であるルイーダも薄々感じていたのだが、彼女もまさかそこまでのものとは思っていなかったらしくデリートの説明にかなりショックを受けたようだ。

だが王宮の内情など殆ど知らないスライムは王族間のどろどろとした権力争いより、もっと表面上の事に違和感を抱いたらしい。なのでその事をデリートに問い質した。


「クーデター?なんでだよ?だって皇太子って次の王様なんだろう?待っていれば向こうの方から転がってくるんだからわざわざこんな事をする必要ないじゃんっ!」

「まっ、普通はな。だが皇太子なんて身分は王の匙加減で幾らでも替えが利くのさ。つまり安泰ではないんだ。そして今皇太子は内務大臣が後押しする第三王子からの凄まじいプレッシャーを受けている。その戦いに負ければあっという間に廃嫡の憂き目となって後継者競争から脱落だ。その憂いを払拭する為の手段が今回の事件の発端だな。つまり皇太子の本当のターゲットは第三王子なのさ。」

「ちっ、皇太子も神官もみんなグルだったのかよっ!」

「そうだ、そして姫はそのとばっちりを受けたんだ。」

デリートの説明にスライムはカンカンになって怒った。だがデリートはともかく初めて詳細を知ったであろうルイーダもそれ程ヒートアップしていない。つまり、デリートが語った事は王宮関係者にとっては然程珍しい事ではなかったのであろう。それ程王宮とは魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿なのだ。

だが、王宮の事情など知らないスライムは怒りが収まらないようだ。なので更に抗議の声を挙げた。


「身内を生贄にするなんて皇太子は血も涙もない鬼かよっ!」

「まっ、為政者なんてのは多かれ少なかれそんなもんさ。常に事案の右と左を天秤に掛け重い方を選択する。まっ、今回はその天秤が細工されていて皇太子たちの思うがままに利用されたがな。」

「だとしてもやり方がグロいぜっ!自分の妹を生贄にするなんてっ!」

「あーっ、なんだお前は知らないのか?皇太子と姫は兄弟であるが母親は違うんだ。所謂異母兄弟ってやつなんだよ。」

「へっ、そうなの?でも兄弟なんだろう?一緒に暮らしているんだろう?」

デリートの言葉にスライムは怒りの矛先を外されたかのようにその事を問うた。


「んーっ、確かに一緒と言えば一緒なんだが王宮では兄弟と言えども普通の家庭のように四六時中顔を合わせるなんて事はないんだ。というかそれぞれが一派を率いて独立しているだよ。それにそれぞれ王族内での立場も違う。そうゆう意味では皇太子はあまり姫に情はなかったのかも知れない。」

「そうなの?なんかそれって薄情過ぎない?いや、基本生みっ放しで子育てをしないスライムが言うのもなんだけどさ。」

「そうだな、少し歪ではある。だがそれも代々の王たちが経験から学んだ事なのだろう。なんせ彼らは絶大な富と権力を有しているからな。そのトップが王だ。そしてその王の座につけるのは王家の血筋を引いた者だけ。その事が逆に後継者争いと言う血なまぐさい争いを引き起こすんだ。」

「あーっ、それに関しては俺も少しは知っているけどさ。それにしたって兄弟で争うなんて酷くね?」

「そうか?規模や動機の深さが違えど、兄弟喧嘩なんてどこの家庭でもあるぞ。」

「いや、それってもはや兄弟喧嘩の範疇を越えてるよ。」

「そうだな、確かに。だが王家の者たちはあまりにも持つ物が大きいが故に回りも放っておかないのさ。つまり表面上は兄弟喧嘩かもしれないが、実際は派閥同士の権力争いなんだ。つまり、皇太子も所詮は御輿に過ぎない。実際に動いているのは別なやつだ。ただ誰が糸を引いているかまでは調べられなかった。」

「それって黒幕の事?なら神官じゃないの?」

デリートからの新たな情報にスライムは少々げんなりしつつも問い直す。と言うか幾らなんでも引っ張りすぎなんじゃないか?こんなんで収集つくのかね?

だがデリートにとって、その程度の傍系謀略は支配者階級にとっては普通の事らしく気にする様子もなかった。なので淡々と推測を口にする。


「いや、多分違う。俺の予想では所詮神官も神託と言う大義名分を王に奏上する為の駒に過ぎない。まだ姿を現さない黒幕がいるはずだ。」

「うへっ、なんとも面倒な事で。でもそうならますます姫様をそんなやつらのいい様にはさせられない。」

「そうだな、それは俺も同じだ。」

「なら、協力してくれよ。目的が同じならば戦力は多いに越した事はない。個別に動いたっていい事なんてないぞ?」

スライムの申し出にデリートは黙り込む。確かにスライムの言う事は正しい。だがさすがに魔物と共闘するのはデリートがこれまで受けてきた教育からはみ出し過ぎていた。それ故の躊躇だろう。

だがそんな躊躇もお姫様の為と言う大儀の前には如何ほどのものでもない。なのでデリートは腹を決めるとスライムへ共闘の意志を伝え契約締結の証として握手をするべく手を差し出した。


「いや、それってなんの冗談なの?俺って見れば解るだろうけど手はないよ?」

「あーっ、そうだな。はははっ、すまん、まだ魔物と接するのに慣れていないんだ。では言葉で誓おう。俺は姫を救い出す為にお前たちと共に戦う事を誓うっ!」

「おうっ、その誓い確かに受けたっ!やろうぜっ!」

と、漸く話がまとまったところで今回はこれまでとしよう。あまり話が長くなってもだらだらになるからね。

では次回は早速三人+1羽で協力してお姫様の奪還だっ!・・と行きたいところだが、残念ながら次回は皇太子側の事情説明です。はい、片方の状況だけでは全体を推し量れないからね。公平な判断を下すには双方の主張を聞く必要があるのだよ。

これぞ神の如き視点を与えられし読み手の特典だっ!もしかしたら黒幕が登場するかもしれないぞっ!


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