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ルーキー冒険者と底辺魔物

以前投稿していたやつの再投稿。元は53話だったやつを面倒なので4話に統合してあるので1話がとても長いです。

■章■01ルーキー冒険者と底辺魔物


ここはとある異世界の森の中。その植生は大木が競うように大地へ根を下ろし、且つ太く無数に広がった枝葉によって殆どの日光が遮られ暗かった。だがその為、樹木の下では植物が育たないのか大木の間の地面は長い年月をかけて降り積もった落ち葉しかなく歩きやすかった。

そんな森の中を何かに追われているのか一匹の魔物がぴょんぴょんと飛び跳ねながら逃げていた。


「ちっ、しつこいやつらだっ!これだから新人の冒険者パーティは嫌なんだよっ!」

どうやら魔物は冒険者のパーティに追われているようである。しかも追いかけている冒険者パーティは新人たち、つまりFランクで構成されたひよこパーティらしい。

確かに今魔物を追っているパーティを構成している3人の男女は全員歳が若かった。いや、若いと言うか全員まだ子供のようだ。

なのでもしかしたらこのパーティは所謂お友だちパーティなのかも知れない。つまりあまりにも年齢が幼いのでどの冒険者パーティにも入れて貰えず、仕方なく自分たちだけでパーティを組んだのだろう。つまり彼らは駆け出しのルーキーなのだ。なので実力もほぼ予想が出来た。


だが何故か魔物はその程度のひよこパーティに追いまわされている。つまり魔物もそれ程Lv値が高くないのだろう。だからひよこたちに訓練がてらしつこく追いかけ回されているらしかった。

だがそれでも魔物はぎりぎりの所でひよこパーティの追跡と襲撃をかわしていた。まぁ、魔物としては捕まれば命はないのだから必死なのだろう。その気迫がなんとかぎりぎりのところでひよこパーティからの追跡をかわさせているようである。


「くそっ、こいつ小型のスライムのくせしてちょこまかと逃げやがるっ!おいっ、左に追い立てるから先回りしてくれっ!」

「判ったわっ!逃がさないでよっ!」

ひよこパーティのリーダーらしい男がパーティ内で唯一の女の子メンバーに策を指示し二手に分かれた。だが追っ手に参加したもうひとりはその策に乗り気ではないらしい。


「それはどうかなぁ、あいつにはもう3回も囲みを突破されているからなぁ。」

「愚痴をこぼすんじゃねぇっ!そもそもスライム如きに手こずっていたら昇段試験の合格なんて夢のまた夢だぞっ!」

ぼやくばかりで積極的に動こうとしない仲間へリーダーらしい男の叱責が飛ぶ。だが、言われた方はどこ吹く風だった。それどころか反論してくる始末である。


「いや~、FからEへの昇段基準はクエストの消化回数じゃん。試験なんか建前だよ。」

「お前目標がちいせぇなぁ、Eランクなんざ通過点だっちゅうのっ!近頃は最低でもCランクじゃないと冒険者は喰っていけないんだぞっ!」

「ん~、冒険者が気楽な商売だったのも今は昔か・・。なんだかなぁ。」

そんな無駄口を叩きながらもふたりは追いかけている獲物をどうにか女の子が待ち伏せしている場所へと追い立てる事に成功したようだ。なので魔物は退路を塞がれ女の子が姿を隠しているはずの茂みへと飛び込んだ。

そんなぴょんぴょんと逃げ回っていたスライムを漸く女の子が待ち伏せしている場所へ追い立てる事に成功した男の子たちはこれで終わったとばかりに足を止める。だがそんな彼らに対して待ち伏せをしていた女の子から罵声が飛んだ。


「あんたたちっ、無駄口叩いてる暇があるなら足を動かしてっ!なんでスライムが出てこないのよっ!」

「あれ?おかしいな。確かにそっちへ向かったはずなんだけど?」

「はぁ~、これだからあんたたちは甘いのよ。ほら、この茂みの先は二手に逃走路があるじゃない。多分スライムはこっちへ逃げたんだわ。もうっ、もっと真剣に追い込まなきゃ駄目でしょっ!」

女の子が指差す先にはちょっと狭いが確かにもうひとつの獣道のようなルートがあった。そして多分、女の子の言うように魔物はそちらのルートを使って彼らを出し抜いたのだろう。

そこら辺はやはり賭けているモノの違いが現れたのだと思う。ひよこたちにとって今回の魔物狩りは半分訓練を兼ねたものだ。

対して魔物にとっては生死にかかわる一大事である。つまり真剣さが違ったのだ。その事はひよこたちの次の言葉からも推測できた。


「うっ・・、また怒られてしまった・・。なんか最近レイラは怒りっぽいなぁ。」

「おうっ、確かに。多分カルシウムが不足しているんだな。だから今夜のオカズはニボシにしよう。」

「ニボシって・・、俺らは猫かよっ!」

リーダーと思しき男の子のボケに相方が突っ込みを入れる。まっ、狩りを失敗した直後にこんなやり取りをするくらいなのだから彼らの真剣度も底が知れていると言えよう。しかも、お喋りはまだ続いた。


「猫は野草は喰わないさ。くーっ、それにしてもスライムも倒せないなんて俺らやっぱり才能ないのかなぁ。」

「それは言うな、ジェフっ!才能なんてまやかしだ。最後は努力がモノを言うって師匠だって言ってたろうっ!」

どうやらリーダーらしい男の子は名前をジェフというらしい。そしてリーダーとして今回のミッション失敗に対して思いのほか精神的ダメージを受けていたようだ。それが言葉として表れていた。

そんなリーダーを相方の男の子が逆に叱責した。だがリーダーの男の子の自虐は収まらない。


「俺らの師匠も結局B級止まりだからなぁ。あーっ、俺にもっと金があればA級ランカーに師事出来たのになぁ。」

「アホ、そもそも金があったら冒険者なんてやってないっうのっ!」

「まっ、それもそうか。あーっ、レイラすまなかったな。今日はこれまでにしておこう。なに、明日はガーランドのチームと合同でスティーブさんの農場に出没するコボル討伐に参加するんだ。なので日当は出る。しかも昼飯付だ。だから今夜はスープだけで我慢しよう。」

「はぁ~、でもそのスープを作るのは私なんでしょ?もうっ、あなたたちも料理くらい覚えなさいよっ!私がパーティから抜けたらどうするつもりなのっ!」

「えっ、レイラってどこかのパーティから誘われているの?う~んっ、それって大丈夫なのかよ。うまい話には大抵裏があるんだぞ?取り合えずレイラはそこそこ可愛いんだから気をつけなきゃ。気付いたらエロ親父に性奴隷として売られていたなんて事になりかねないぞ?」

「そこそことは何よっ!私は十分可愛いわよっ!」

はい、自分で自分を可愛いと言い切るのは中々勇気が要る事です。なので男の子たちもそれに関しては追求しないようだった。


その後三人は、今回のミッション失敗の反省会をしながら帰路につく。しかし、話の内容を聞く限りひよこたちは獲物を取り逃がした事に対して然程後悔はしていないようである。と言うよりただただ自分たちの置かれた現状を愚痴るばかりであった。

そう、結局彼らはまだひよこであった。つまり技量もさる事ながら精神的にまだまだ未熟なのだ。なのでその程度の覚悟ではいくら訓練を重ねても上達は見込めまい。

だが、それでも自ら進んで働く意思はあるらしい。なのでいずれもっと経験を積めば一端の冒険者になるかも知れない。だがこの世界ではそれまで生きていられる保証はどこにも無かった。

そう、冒険者とは常に危険と隣り合わせなのである。今回は相手がスライムという底辺層の魔物だったが、いつ何時上位の魔物に遭遇するかも知れないのだ。そうなった場合、その時狩られる立場になるのはひよこたちの方である。


弱肉強食・・、これは大抵の世界で共通の定理だ。決して『焼肉定食』などとふざけていいことわりではない。


なのでこの世界での新人冒険者の生存率はとても低い。1年後も生き残っている確率はおよそ33%と言われている。つまり3人に1人しか生き残れないのだ。

だがその試練を乗り越えなくては真の冒険者とは名乗れない。そう、この世界の冒険者とは幾人もの屍の上を乗り越え生き残った者だけが名乗れる過酷な商売だったのである。


■章■02スライムですが何か?


さて、そんなひよこ冒険者たちが立ち去る姿を茂みに身を潜めて見送る者がいた。そう、先程まで彼らから執拗に追い掛け回されていたスライムである。

そんなスライムはひよこたちが遠くに消えるのを茂みの影でじっと待ち続けた後、漸く大きく息を吐き出し愚痴った。


「ふうっ、やっと諦めたか・・。全くウザイやつらだったぜっ!遊び半分で追い掛け回すのはやめて欲しいもんだ。うんっ、いつかあいつらの前にワイルドウルフが現れるよう呪っておこう。」

そう言うとスライムはブツブツと呪いの呪文を口にする。だが延々と続くかと思われたのろいの言葉もスライムの腹がぐーっと鳴った事により終了となった。

はいっ、スライムに実際腹があるのかは知らないが、まぁ音がしたんだから胃のようなものはあるのかも知れない。まさか屁ではないよな?


「うーっ、緊張が緩んだせいか腹が減ったな。どれ、それじゃ今度は俺が狩る立場になるとするか。何か獲物はいないかな。」

そう言うとスライムはぴょんぴょんと飛び跳ねながら森の奥へと消えて行った。だが数秒も経たない内に脱兎の如く駆け戻ってくる。しかも後ろにはゴブリンの集団を引き連れていた。

いや、この表現は違うな。引き連れていたのではなく、スライムはまたしても追いかけれられていたのだった。その証拠にゴブリンたちは棍棒を振り上げ奇声を挙げながら追いかけている。


「ぐわーっ、今日は厄日かよっ!なんで俺ばっかり追い掛け回されなきゃならないんだっ!」

スライムはそう愚痴りながらも懸命に逃げる。そして逃げ足だけは達者なのか、追いすがるゴブリンとの距離を少しづつ広げまたしても茂みの中へ飛び込み姿を隠した。

その茂みの脇をゴブリンたちは通り過ぎてゆく。はい、ゴブリンってあまり賢くないのかも知れない。追っていた獲物が途中で姿を消したら普通はその近辺を調べるものじゃないのか?


因みにゴブリンを知らない人の為に説明すると『ゴブリン』とは背の低い直立歩行する人型の魔物の事だ。

住んでいる場所によって色々な亜種がいるらしいが今回スライムを追いかけて来たゴブリンは鼻や耳が尖っていて頭には毛が無いスタンダードモデルである。

あっ、一応下半身は布のようなものを巻いてます。多分R-15対策でしょうね。でも足元は素足だ。う~んっ、あれで森の中を走れるのか・・、凄いな。棘とか刺さらないのかね?


そしてゴブリンの習性は、何体かでまとまってスライムを追いかけて来た事からも判る様に彼らは集団で行動する。つまりコブリンは『群れ』を作るのだ。

なので個々の能力は低くても数が集まれば侮れない種であった。とは言っても能力的にはスライム同様下層種である。

つまり今回の追いかけっこは底辺種同士の底辺な争いであった。俗に言う目くそ、鼻くそというやつだ。


それと、まぁそんな人はいないとは思うが知らない人の為に一応スライムについても説明しておこう。

そう、スライムこそ魔物の中で一、二位を争う底辺魔物。別名『雑魚キャラ』だ。

はい、この世に雑草という名前の植物はないというご立派な名言があるが、魔物には雑魚キャラという分類があるのである。

そしてスライムこそ、何種かいる雑魚キャラの中でも不動のトップに常に君臨し続けているベストオブ雑魚キャラなのであった。


そんなスライムの姿は実はちょっと形容しずらい。見知っている人はあー、あれね。で済むのだが知らない人に説明するのはちょっと面倒である。

なんと言ってもスライムはその姿かたちにおいて比較になる生き物が存在しない。と言うかなんであんな形で生きていられるんだと首を傾げてしまうくらいだ。

これが水中辺りならまだ納得できるのだが、浮力の無い重力が支配する陸上であの姿を維持するにはかなりの表面張力が必要であろう。もしくは相当伸縮性と強度に優れた外皮で出来ているかだ。

そう、スライムの姿って水を入れた風船みたいなのだ。但し水を入れた風船は何か先が尖ったものに触れると忽ちゴムが破れて破裂するがスライムはそうはならない。それどころかスライムに剣で斬りつけても、まるで水を斬るかのように手ごたえがないそうだ。

そうゆう意味ではスライムは割と厄介な魔物とも言えるが所詮はそれだけだ。亜種によっては合体して巨大化するなどという種もいるらしいが、脅威度としてはだから何?という程度らしい。


そしてそんなスライムが雑魚キャラ扱いされる一番の要因は攻撃力の無さらしい。そう、基本脅威度とは攻撃力に比例するのである。

拳銃はとても攻撃力の高い武器だが、発射される弾丸が装填されていなければ只の鉄の塊にしか過ぎない。しかし、装填されているかどうかは見ただけでは判断できないので基本拳銃を向けられたら普通の人は手を挙げるのだ。

だが、スライムにはそんな見掛け倒しの脅威すらない。これがオーク辺りだと見た目や口元の牙などから見た者は威圧感を感じるはずなのだが、スライムはその半透明のゲル状という体組織構成とぴょんぴょん飛び跳ねる動きから下手したら可愛い~とまで言われてしまうのだ。


但しそんなスライムも全く無害かというとそうでもなく、あらゆるものを取り込んで消化してしまうらしい。当然それには人間も含まれる。

ただ、消化液は強力らしいがあっという間に溶かしてしまうという訳でもないので取り込まれたからといっても慌てなければ脱出は容易らしい。なので大抵のスライムのエサは死んでいるか動けなくなった動物や魔物だそうだ。

そして残念ながらスライムにはそれ以外の攻撃能力がなかった。中には毒をもっている者もいるらしいが数は稀である。

いや、少量で死に至らしめる猛毒を持っている者が少ないだけで痺れ毒程度なら大抵のスライムは持っていた。だがそれとて効果は短時間しか効かないのが普通である。


そしてスライムにとって致命的なのが火に弱いという属性であろう。これは熱とも言い換えられる。つまりスライムはお日様も苦手なのである。あまり長時間日向ぼっこをしていると体内の液体が外部に蒸発してしまうのか小さくなってしまうらしい。うんっ、お前は水溜まりかっ!

いやはや、神は何が面白くてこんな生物を創造されたのだろう。もしかして現実から逃避しゲームばかりしている者の転生用の罰として創られたのだろうか?

だとしたら全てのスライムは前世でなにかやらかしたやつの生まれ変わりなのか?そしてそんなヘマをするのは大抵人間だけだから、この仮説を真とするとスライムとは元は全て人間だった事になる。おーっ、輪廻転生、悪い事にはちゃんと罰がセットになっているんだねぇ。

えっ、君はスライムになりたいの?なんで?スライムって最底辺魔物なんだよ?

えっ、ドラゴンから能力を貰って無双する?名前をつけてやれば手下がうじゃうじゃ?う~んっ、それって都市伝説なんじゃないかなぁ。


さて、そんな底辺魔物であるスライムのこの世界での存在意義はただひとつ。そうっ、ヤラレキャラと言う事だ。

つまりサンドバックである。八つ当たりの的である。日々の暮らしに不満を持った者が鬱憤晴らしの為に矢を射ったり、BB弾をぶつける池の野鳥である。

クラス内で誰かの給食費が紛失した時に真っ先に疑われる都合のいいモブ生徒である。もしくは公園で寝ているところを襲われてしまう浮浪者か?


はい、例えが段々どす黒くなったので話を戻そう。とにかくこの世界ではスライムは可哀想なくらい弱かった。いやはや、神は何が面白くてこんな生物を創造されたのだろう。もしかして転生用の罰として・・って、これはさっき言ったか。

どちらにしてもスライムは底辺魔物だった。生物界では底辺を占める生き物は上位生物たちを養う為の貴重な存在である。何故ならそれらなくして上位生物は食物連鎖を形成できないからだ。


だが実はスライムは食べられない。いや、食べられない事はないらしいが腹の足しにもならないらしい。

まっ、確かにその体を構成している物質の殆どは液体だからな。食べても腹には溜まるまい。あっ、ダイエットにはいいかも。でも味はどうなのかね?

いや、そもそも殆どが液体なんだから食べ物としてより飲み物として活用するべきだろうか?いや、それもムリか。だってお日様に当たると蒸発してしまうらしいし・・。

うんっ、本当にスライムってその存在理由があやふやだ。先にも言ったがまさにヤラレキャラ以外の存在理由が思いつかない。なので某アニメに影響されたとしても皆さんはくれぐれも生まれ変わるならスライムがいいなぁなどと願わない事だ。


「ちっ、なんかどこかで俺の悪口を言っているやつがいる気がする。くそっ、俺だって好きでスライムをやっている訳じゃねぇってのっ!でもスライムに生まれちまったんだからしょうがないだろうっ!生まれの出目に文句言っても始まらないからなっ!それが人生ってもんだろうがっ!」

おっと、このスライムは中々勘が鋭いじゃないか。もしかして主人公格なのか?いや、スライムが主人公な訳ないな。だってもっと強い魔物はいくらでもいるんだから。読者だって何が楽しくて最下層魔物が主人公の物語を読むかってんだ。


そうっ、スライムこそはこの世界における最下層魔物。何の為に存在しているのかさえあやふやなモブキャラなのである。因みに標準的なスライムのLvは『2』だそうです。あれ?『1』じゃないんだ?もしかしてまだ下がいるの?う~んっ、すごいな異世界。格差がハンパないよ。


■章■03この世界にはLvという概念が存在する


さて、ここで異世界モノでは定番である『Lv』について説明しておこう。Lvとはレベルと読む。たまにお洒落のつもりなのかそのまま『エルブイ』などと言う者もいるらしいが数は少ない。

また『Love』の短縮表示でもないから注意が必要だ。僕の君に対するLvは100だぜっ!なんて言っても相手には絶対通じないはずなので間違っても言わないように。いや、玉砕するのもまた青春か?うんっ、すっぱい経験ってやつだね。


そんなレベルの一般的な意味合いとは『能力値』の事だ。それを数値の大きさで表しているのが『レベル』である。因みに数字が大きい程能力が高いとされている。

だが一言で能力と言っても世界には色々な能力がある。勉強ひとつとっても『数学』と『語学』は扱うモノが全然違う。プログラムなどでも『数値』と『文字』は別々なものとして区別されているのだ。

なのでプログラムでは漢数字である『八』とか『四』などを使って計算できない。いや、それが出来るプログラムもない訳ではないが、それらは内部の見えないところで対応する『数値』に変換しているからできるのだ。

なのでとある二組のLv値が一緒だったとしても、そのふたりの能力が全く同じという訳ではないので注意が必要だ。先にも言ったが『数学』と『語学』は扱うモノが全然違うのだから。

故に本来ならそのレベルが示す属性込みで表現しないと間違った判断を下す事になる。まっ、ここら辺は慣れるしかない。そして慣れてしまえば疑問にすら思わなくなるものだ。


だけど基本この世界で使われている『Lv』という概念は『戦闘力』の事を指している。他の異世界では『階級』のような使われ方をしているところもあるらしいがここでは戦闘力だ。

そしてその戦闘力の差は等差数列ではなく等比数列で表される。つまりレベル2はレベル1の2倍ではないのだ。つまり足し算ではなく掛け算なのである。

なのでレベルが高いほどレベルを上げるのが困難になる。例を挙げるなら10円の10倍は100円だが、10万円の10倍は100万円となり、仮にレベルが金で買えたとしてもレベル10円とレベル10万円では昇級する為に支払う額が全然違う事になるのだ。


なので数値の小さい初期段階は割と簡単にレベルが上がる。だがレベルが上がるに従って段々とレベルアップの為に必要な『地力』の値が高くなるのだ。

そして『地力』は生物種それぞれで大体決まっている。なので生物種事にあの魔物は『ゴブリン』だからレベルは4だとか言われているのだ。

だが種事の『地力』はあくまで平均値である。なので同じ種でも中には『地力』が高い者も当然いる。そしてそれらは『イレギュラー』とか『ファウル』などと言われたりする。つまり異端とか違反と言う意味だ。まっ、どこでも平均を大きく上回るチカラは忌み嫌われるのだろう。


さて、それではこの世界では何を持って『地力』と呼ぶのかだが、それにはふたつある。ひとつは『パワー』であり、もうひとつは『精神力』だ。

パワーに関しては改めて説明する必要もないであろう。そして生物においてパワーは体格に比例する。つまりデカければデカイ程パワーがあるのだ。つまり筋肉量の差である。

なので魔物などでも体格の大きい種は押しなべてレベルが高い。もっとも例外は常にあって『トロール』と呼ばれる魔物はそこそこ大きいのだがレベルは『10』程度が普通らしい。

もっともこれは知能が低と言われていて且つ動きが鈍い為かも知れない。なのでトレールと言えども種の潜在能力的にはもっと上位に位置する『地力』は持ち合わせているのだろう。ただそれを表に出す為の能力がないのだ。


そして『地力』を決定するもうひとつの要素である『精神力』は大雑把に言うならば『知能』だ。そう、この世界では決して言葉による攻撃に対して打たれ強いから精神力が強いとは言わないのである。

基本、とある別世界では『知能』においては人間が種として他の生物を圧倒している。そして二足歩行というチートも持ち合わせているが故に身体能力でも上位に位置している。そう、人間こそ生物界における完成形と言っても過言ではないのだ。


だが別世界では頂点に立つ人間もこちらの世界では少々分が悪い。それは人間の平均的なレベルが『5』という数字で表されている事からも判るであろう。そう、この世界では人間はレベル『5』なのだ。

確かに牙もかぎ爪も持たない人間の攻撃力は魔物に比べて低い。皮膚も柔らかいし毒も持っていない。走るのはそこそこ速いが、それでももっと速く走る魔物は沢山いた。そう考えるとレベル『5』は妥当なところであろう。


だが実はこれは数字のまやかしである。何故なら人間は牙や厚い装甲を後付で装備できるからだ。しかも状況に合わせてそれらを自在に変えられるのである。これはまさにチートと言えるであろう。

そう、人間は自身の体に牙は持っていないがそれに代わる『剣』や『槍』、または『防盾』などを作り出しその身に装備できるのであるっ!

そんな彼らも残念ながらまだ『ビーム』や『ブレス』は装備できていないが何れは開発し保有するはずだ。なのでそれらの『武器』を装備しうる可能性を有する人間は本来ならもっと上のレベルに位置付けられるべきなのだが、この世界のレベル規定ではそれらの後付装備は無視されるらしく人間の平均レベルは『5』とされていたのである。


そして忘れてならないのは、この世界での『Lv』の上限値は『99』と言う事だ。そのレベルを保持しているのは当然ながら『勇者』と『魔王』である。後は『ドラゴン』か?

先にも説明したがこの世界のレベルとは非等比数列で表される。なので『Lv99』は『Lv1』の99倍ではない。なら幾つなんだと思われるだろうが残念ながらその詳しい比率は神しか知らない。

どうしても知りたいと言う方は88話目辺りで説明されるはずなので根性を入れて読み進めて頂きたい。えっ、その頃また読みに来る?あらら、なんとも賢い読者だねぇ。


因みに自身のレベルを知りたい時は「ステータスっ!」と叫ぶと目の前に項目と数値が表示されます。うんっ、これは鉄板だね。説明もいらないでしょう?

しかもこの世界の『ステータス』コマンドはとても優秀で、自分だけでなく相手のステータスも表示できます。そう別世界では『鑑定』と言われている機能が統合されているのだ。うんっ、便利な世界だよね。

そしてそのやり方は「ステータスっ!目の前のドラゴンっ!」てな感じでステータスコマンドの後に知りたい相手の種や名前を付け足します。

但し相手が自分以外からのステータスコマンドに対してキャンセル設定を施しているとエラーが返ります。まっ、当然だよな。そもそもステータスってトップシークレットなんだから。

もっともこれも回避し強制的に表示させる方法はあるのだがここでは教えない。知りたい人は88話目辺りまで待ってね。


さて、そうゆう事なので話をまとめると、この世界には『Lv』という概念が存在する。そして『Lv』とは大雑把に言うと『戦闘力』だ。

そして『Lv』は生物種事に平均的な『値』というものがある。だがその値はあくまで平均であり『個』の絶対値ではない。

そして『戦闘力』を推し量る基準は『地力』であり、『地力』とは『パワー』と『精神力』、別名『知能』だ。


そして忘れてはならないのが『Lv』とはあくまで概念であり絶対ではないという事である。なので『Lv99』の魔王とて油断すれば下位の者に寝首をかかれることもあるのだ。

そう、この世界は弱肉強食の原理がまかり通るが、それでも下克上はあり得るのである。レベルが上だからと油断していると忽ち人生のゲームオーバーとなるのがこの世界の掟であった。

だが『Lv値』の高い方が戦いにおいて優位なのも紛れも無い事実。なのでこの世界で生きる者たちはLvを基準に考えるのである。

そう、まさに『Lv』とはこの世界の基準。物事を推し量る原器であった。


■章■04限界ってのは突破する為にあるんだっ!


さて、レベルとはあくまで概念であり、且つ一般に言われている生物種毎のレベルは平均値だ。なので当然中にはイレギュラーな値を示す『個』も存在すると先程説明した。

だが、だからと言って誰しもが身体を強化し知恵を身につければ『Lv99』になれるものではない。

そう、そこにはやはり種としての限界と言うものが存在するのである。そしてスライムという種では、これまで一番高いレベルに達した者でもその値は『Lv10』であった。因みにそのスライムはスライムの中でも『キング・スライム』と呼ばれる種であった。

そしてキング・スライムとは、先程ひよっこ冒険者たちに追い回されていたスライムと生物種としては同じでも基本能力では上に位置する存在であり、それらの間には同じ系統の生物であっても越えられぬ壁があるのだった。


そう、この世界で上を目指すには元々の『産まれ』がとても重要なのだ。だが『産まれ』に胡坐をかいて安穏としていても忽ち寝首をかかれる。それがこの世界のことわり。すべての者に共通する絶対事項であった。

だが、そんな制約があるにも関わらず上を目指す者はどの生物種に生れ落ちようとも人知れず影で汗を流している。何故なら仮に恵まれた才能を持って産まれたとしてもそれらは磨かなければ決して輝かないからである。

しかし、悲しいかなどれ程努力しても生れ落ちた生物種としての限界を超える事はできない。それでも上を目指す者は諦めない。何故なら諦めたらそこで終わってしまう事を彼らは本能で知っているからだ。


「ぐう~・・、う~んっ、もう食べられない・・。お腹いっぱいだぁ。」

私が延々とこの世界における『Lv』について語っている間、当のスライムは崖から転落し命を落としたばかりの人間をたまたま見つけ、腹いっぱい喰いまくっていたようだ。

おかげで夢の中でも存分に腹を満たしていたようである。う~んっ、さすがは底辺生物。勉強よりも食欲が大切なのだな。ふんっ、だからいつまで経っても底辺から抜け出せないんだ。うんっ、自業自得だ。でも、それでこそスライムだよ。


「ちっ、人が折角気持ちよく寝ているのに何か嫌味を言われた気がする・・。どうしたんだ?この頃良く空耳が聞こえるぜっ!もしかして俺って電波系になっちゃったのか?」

満腹になって定番とも言える幸せな寝言を口にしていたかと思ったが、何やらスライムには私の言葉が聞こえていたらしい。ほうっ、神の存在を感じ取れるとはこのスライムも中々やるじゃないか。

だけど所詮相手はスライムだ。底辺生物である。少しくらい出来が良くても上位生物と比べたら端にも届かない。なので気にせず話を進めよう。


「まっ、そんな事は気にしてもしょうがないか。くは~っ、よく寝た。うんっ、腹いっぱい食べた後の惰眠は最高だな。どれ、それじゃ腹ごなしに少し運動するか。」

腹がいっぱいになり食後の怠惰な昼寝を決め込んていたスライムだったが、やおら起き上がる?と何やらストレッチを始めた。・・ように見える。まぁ、手足がないので確実ではないが伸び縮みはしているので多分あれがスライムの運動なのだろう。


「よしっ、調子いいぞっ!午前中は新米冒険者やゴブリンたちに追いかけられて散々だったけど、その後ご馳走に有りつけたんだからプラマイ・ゼロ。いや、どちらかと言うとプラスだな。この調子でどんどん喰いまくってでかくなってやるぜっ!」

う~んっ、人間の死体がご馳走なのかぁ。やっぱりスライムにはなりたくないな。でもスライムって食べると大きくなるのか?だとしたら食べないと小さくなってしまうのだろうか?なんとも不思議な生物である。


「とっ、はっ!よっとっ!」

ストレッチ運動?が終わると次にスライムは木々の間をぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。その動きは中々俊敏で、確かにこれだけの動きが出来るスライムはあまり見た事がない。それ故にひよっこ冒険者たちからも逃げ切れたのであろう。

そう、あの追いかけっこはひよこたちがだらしなかったのではなく、このスライムが普通よりちょっとだけ優れていた結果なのかも知れない。

そして運動に熱が入ったのかスライムから何やら結構強力な『気』が漏れ出してきた。そしてその気がそこそこの高まりまで達すると、スライムは自分の体より大きな岩に向かって掛け声と共に体当たりを敢行した。


「喰らえっ!パンデミック・アタックっ!」

ぽよ~んっ!

はい、掛け声は中々のものだったが結果は至極残念なものとなった。スライムは岩に体当たりした途端、まるで壁に当たったボールが跳ね返るように岩に弾かれてしまったのだ。


「ちっ、さすがは岩窟王。強度がハンパないぜっ!だがいつか必ず勝ってみせるっ!」

スライムは負け惜しみなのかひとりで悦に入ってちょっとかっこいい台詞を口にした。でもこれって、もしかして真面目に言っているのだろうか?だとしたらいつかっていつだよ?負け惜しみにしてもちょっと具体性がないなぁ。

そもそも大岩相手に勝ち負けってつくのか?もしかしてどかーんと大岩が砕けば勝ちなのか?それって別世界でも爆薬を使わないとまず無理なんだけど?

あーっ、でもドラゴンならブレスでこの位の岩は簡単に溶かすか。うんっ、さすがはドラゴン、規格外魔物だ。でもあいつってブレスを吐いた時に口を火傷しないのかね。

まぁ、ドラゴンの事は置いておこう。そして当のスライムは割りと激しい運動を繰り返したあと、ふうっと大きく息を吐き出し呼吸を整えた。そしておもむろに魔法のある世界では定番中の定番であるあの呪文を唱えた。


「ステータス・オープンっ!対象:俺様っ!」

スライムの詠唱に対して半透明のスクリーンがスライムの前に現れる。はい、これが有名なステータスボードってやつですね。

まっ、知らない人の為に説明すると自己能力一覧表みたいなものです。学生生活で例えるなら成績表かな。つまり自分の能力が項目別に数値で表示される超便利な呪文です。

だが、スライムはそのステータスボードの値を読んで少し落胆したようだった。何故ならそこには期待したような値の変化が見られなかったからである。


「くそっ、いくら鍛錬しても全然値が大きくならない・・。実感としてはかなり強くなった気がしているのになんでなんだろう・・。やっぱり実戦を経験しないとレベルアップしないのかなぁ。」

ステータスの項目値を見てしょんぼりとしているスライムの現在のLvは2だった。これはスライムとしては標準的な値である。しかし、当のスライムはその値が気に入らないようだった。


「ちくしょうっ!俺だっていつかAランクになってみせるっ!そしたら人間たちなんてけちょんけちよんにしてやるからなっ!」

成る程、どうやらこのスライムには壮大な目標があるようだ。その目標を達成する為に日々鍛錬を重ねているのだろう。

だがスライムは知らないらしい。この世界ではどんなに修行を積んでも普通のスライムのLv上限値は6だと言うことを・・。これはこの世界の理。つまりルールであった。なのでこのスライムがどれ程鍛錬を重ねようと決してLv6より上にはなれないのである。


しかし、スライムがその事を知るようになるにはまだ先のはずだ。何故なら当のスライムのレベルはまだLv2でしかないのだから。

だが運がいいのかタイミングが悪いのか、スライムがステータスボードを閉じて今夜の寝床を探しに行こうとしたその時、突然にどこからともなくレベルアップのお知らせが発せられた。


[ぴろり~ん。経験値が規定値に達しました。Lvが2から3にレベルアップします。]

因みにこのお知らせはこの世界における常識なので原理や伝達方法を勘ぐってはいけない。素直にそうゆうものなのだと理解するように。


さて、突然のレベルアップ報告に当のスライムは上機嫌となった。いや、表面上は冷静を保とうとしているが言葉の端はしに喜びが隠しきれていない。

「いや~、Lv2には割りと簡単になれたけどLv3は結構かかったな。でもまぁ時間はかかったけどレベルアップしたんだから良しとしておこうっ!うんっ、これってやっぱり人間を喰ったからかな?だとしたら今度からなるべく人間を襲って食べないとな。そもそもLv3になったって事は、レベル的にも人間より上だからな。レベル上位者が下位の者を喰らうのは焼肉定職だ。いや、元々色んなスキルを持っている俺の方が人間なんかよりよっぽど上位だったなっ!はははっ!」

いやスライムよ、人間の平均レベルは『5』だってさっき私が説明したのをもう忘れたのか?まぁ、確かにこの値は平均値なので人間の中にもレベル値が低いやつは沢山いるが、それでもLv3以下ってのは大抵子供とか赤ん坊だぞ?

まっ、スライムが比較対象として論じている人間のレベルが人間の世界においては底辺とも言える子供たち、もしくは代表的なモブキャラである村人Aの事なのはおいとくにしても、このスライムがスキルというものを発揮しているところをまだ見た事がない。

それを持って自分は凄いんだと自慢されても中々納得しずらいのだが・・。まぁ、スライムのレベルから推測するに本来ならとても自慢できるようなスキルではないのだろう。だがこのスライムにとって、それらのスキルを有している事は他のスライムに対して唯一誇れる心の拠りどころなのかもしれない。


しかし本来なら嬉しいレベルアップもこのスライムの目標としている数値には未だ程遠い。しかも数値が6に近付くほど、スライムには自身の種自体の限界という壁が圧し掛かってくる。そして最後には夢の時間が儚く消えてゆくだろう。その時スライムの手元に残るものは多分虚しさだ。

しかし、スライムがそれを知るのはもう少し先である。なので今はちょっと斜に構えて素直にレベルアップした喜びを表に出せないでいるスライムを静かに見守る事としよう。


■章■05上限値到達・・故に停滞


さて、スライム自身もLv2からLv3になるまでは結構時間が掛かったと言っていたが、その後Lv3からLv4、そしてLv5になるまでの時間は結構早かった。もっともそれでも1年ほどの時間は経過している。

しかし、このレベルアップスピードはスライムという生物種にとっては驚異的な短さだ。そしてその原因はやはりこのスライムが目的を持って適切な鍛錬を重ね続けた成果であろう。そう、地道な鍛錬とは時を重ねるにつれて加速度的に結果を残すものなのだ。

そしてある日、とうとうスライムの耳元にスライムという生物種における限界値であるLv6へ達したと言う嬉しくも残酷な報告が響き渡った。


[ぴろり~ん。経験値が規定値に達しました。Lvが5から6にレベルアップします。そしてこの値が該当者の種としての上限値になります。]

「えっ、なに?今なんて言った?値が限界値?」

スライムは突然の上限値宣告に驚く。そしてそれを確認すべくあたふたと己のステータスを開いた。そして生物種事の上限値に対するチュートリアルを開く。


[ぴろり~ん。生物種にはそれぞれに到達できるレベルの上限が存在します。普通のスライムの場合はLv6が上限値です。]

チュートリアルの説明にスライムは愕然とした。もしもステータスプレートが普通のバインダーだったらスライムは手から取り落としていた事だろう。いや、その前にスライムにはバインダーを掴む手が無かったか・・。

どちらにしてもチュートリアルの説明にスライムが愕然としているのは確かだ。何故ならそれが事実なら今までスライムがしてきた事全てが無に帰すからである。

いや、それだけなら何とか耐えられたかも知れない。費やしたモノは多かったがそれらに対する対価はレベル値の向上として受け取っている。

だが今のスライムを叩きのめしているのは、これ以上いくら努力しようとも目標に近付く事すら叶わないという事実だった。つまり虚無感である。


「そんな・・、そんな事があっていいのか?スライムに生まれたやつはどんなにがんばってもLv6止まりなのかよ・・。そんな馬鹿な・・、嘘だっ!そんなのは間違っているっ!」

いや、間違ってはいない。何故ならそれがこの世界のルールだからだ。なのでどんなに理不尽だろうと、仮に矛盾があろうともそれが真理なのだ。この世界に属している者にとってそれは定理。なのでその事を修正する術は無いのである。


「うおーっ!嫌だっ、嫌だっ、嫌だっ!そんなのいやだーっ!」

突然告げられた残酷な宣言に対してスライムは大声で拒否する。だがその声は虚しくまわりに広がるだけで消えていった。

やがてスライムは静かに泣きだした。もしもスライムに拳があったのならそれは固く握り締められていただろう。何故ならそれしかこの理不尽なルールに対して自分の感情を抑える方法がなかったからだ。

故にスライムは泣いた。そしてその涙は次第に感情を揺さぶり、ついにはそれこそ声も涸れよと泣き叫ぶ事となった。その叫び声は4キロ四方に届いたが、その泣き声を耳にした者はその声の意味を瞬時に理解し絶望の闇に取り込まれないようにそっとその場を立ち去った。


その後のスライムは、無力感に蝕まれ怠惰な生活に溺れた。あれ程熱心に取り組んでいた体の鍛錬も行わなくなって久しい。それでも一旦上がったレベルは下がる事がないのかスライムのレベルはLv6を維持していた。

Lv6、この値はこの世界で普通に暮らすには十分な値である。確かにもっとLv値の大きな魔物は存在していたがLvの値と存在数は基本反比例するので滅多に上位のレベル保有者には出くわさない。仮に出くわしたとしても捕食を目的としていない限り大抵はどちらかともなく接触をさけ無用の争いを避けるものなのだ。

だが、時に上位のレベルを保持する者の中にはその高いレベル値を制御できずに魂を蝕まれ狂ってしまう者もいる。そして今、そんな魔に落ちた魔物がスライムの方へ密かに近付いてきていた。


「ぐるるるるっ・・、ふふふっ、臭うぞっ!底辺魔物の臭いがぷんぷんする。しかもこの臭いは底辺のくせに分相応に上限値に達しているうっかり者の臭いだっ!くくくっ、仲間内ではさぞかし鼻高々で驕っているだろうがそんな愚か者には種の違いってやつを教えてやらないとなぁ。ぐふふふふっ!」

その魔物はそう言いながら鼻をクンクンさせてスライムの場所を探し始めた。そう、その魔物とはグール、屍食鬼であった。


グール・・、その種を簡単に説明するならば屍食鬼、つまり死体を食べたりする魔物だ。そして種としての平均的なLvは5から6であり上限値は10だ。

そしてグールの特徴としては見た目が所謂ゾンビ風と言う事に尽きる。つまり腐っている。なので先程鼻をくんくんさせてスライムを捜した描写はどうかと思う。だって絶対自分が放つ悪臭の方が強いはずだから。

でもここでは指摘を避ける為にスライムに近付いてくるグールは腐る前は元々狼系だったとしておこう。つまり元々鼻が利くのだ。

いや、これでは逆にもっと酷いか?確かに敏感過ぎるセンサーは強過ぎる刺激に対しては忽ちゲージが振り切れてしまうはずだ。その辺をこのグールはどうやって折り合いをつけているのだろう?

いやはや魔物ってやつは時々説明がつかない属性や特質を持っているから困ってしまう。ドラゴンのブレスなんてその最たるもんだ。生身で数万度の熱風を吐き出すなんて物理と生物学を馬鹿にし過ぎだ。

こんな無茶苦茶な生物をその場のノリで生み出した創作神には是非とも補習を受けてもらわねばなるまい。


だがスライムにとっては、そんな重箱の隅の事など気にしている場合ではない。今スライムが気にしすべき事は自身に忍び寄る敵の存在に早く気付いて逃げる事だ。

何故なら今、スライムに近付いてきているグールのレベルは種の平均より上の8なのだ。なのでスライムとのLv差は2。

レベルが一桁台同士のチカラ関係ではこの差は大きい。なのでLv6のスライムはどう足掻いてもLv8のグールに勝ち目はなのだ。


しかし、当のスライムはレベルが6になった事により少し慢心していた。なので目の前にグールが現れた時は少し慌てたものの、グールの平均的なレベルは確か5から6だったと記憶から呼び起こしたスライムは、レベルが同じなら対等に戦えると思ったのだ。

なのでこれまでのように尻尾を巻いて逃げる訳には行かないと戦う事を決意したのである。いや、スライムに尻尾はなかったか?まっ、これは言葉のアヤなので突っ込まないようにっ!

そしてスライムがその判断は間違いだった事に気付くのはもう少し後であった。


「ぐおーっ!」

身にそぐわぬレベルを手に入れてしまったが故に魂を侵食され狂ったグールはその本能が命じるままにスライムに襲いかかった。しかもその動きはとても腐りかけているとは思えない程俊敏である。

だが動きに関してはスライムも負けてはいない。グールの動き以上の俊敏さでグールの攻撃を紙一重でかわしたのだ。そして虎視眈々とグールが隙を見せるのを待った。


「ちっ、さすがは種として元々のベースが高いだけあって腐っている癖に動きがいいぜっ!だけど今の俺はレベルでは対等なんだっ!いつものようにはいかないぜっ!」

グールに向けてそう啖呵をきるとスライムは近くの樹木の幹を利用して三角跳びを決める。そしてまんまとグールの死角に入り込み後ろ足にまとわりついた。そしてすかさず毒を流し込む。


「ぐおーっ!」

スライムに後ろを取られた事にグールは腹を立てたようだ。なので咆哮と共に後ろ足を蹴上げてまとわりついたスライムを振り解いた。そしてすかさず鋭い牙を光らせながらスライムに向かって突進した。

だがその動きは最初にスライムに飛び掛った時よりも緩慢になっている。そう、何故ならスライムが注入した毒が後ろ足の機能を低下させていたからである。

因みにスライムの毒は筋肉の動きを麻痺させる痺れ毒だ。だがその範囲は局所的で且つ有効時間も短い。だが戦いにおいて短時間でも動きが鈍るのは致命的である。つまりスライムは戦術的に的確な部位に毒を流し込んだのである。


しかし、敵の動きを緩慢にさせたとはいえ、スライムにはグールに致命傷を与えるスキルはない。完全に動きを封じ込められれば一気に取り込んで消化できるが、現状では無理である。

なのでスライムとしてはグールの残ったもう片方の後ろ足に毒を注入する必要があった。しかし、その事はグールも理解しているらしい。なので今は敢えてスライムに飛び掛ろうとせず後ろ足の痺れが回復するのを待つ作戦に切り替えたようである。

だがそれはグールにとって本来悪手だ。何故ならスライムは別にグールを捕食する為に戦っている訳ではないからだ。なのでグールが動かないのならさっさとその場を離れればいいだけである。

そして当然スライムはそのように行動した。そんな試合放棄ともとれるスライムの行動に怒り狂ったグールは後ろ足の回復を待たずに再度スライム目掛けて突進した。

だがその動きはスライムに読まれていた。当然である、何故ならスライムはわざと後ろをグールに見せたのだから。


つまり今回はスライムの戦略がグールとのレベル差を補ったのだ。なのでグールはまたしてもスライムに後ろ足を取られ無事だったもう一方の後ろ足に毒を注入された。

こうなってはもうグールに勝ち目はない。動き回れぬグールなど鎖に繋がれた犬以下である。如何に牙をむき出しにして威嚇しようともその牙の届く範囲は限られており、スライムとしてはその牙の届かない方角からいくらでも自由に攻撃できたのだ。

なのでその後、スライムからの数回の攻撃によりグールは大量の痺れ毒を注入されとうとう動けなくなった。そんなグールに対してスライムは慎重に覆いかぶさりグールの消化を始める。

まっ、普通ならば腐っているグールを食べたいと思う魔物はそういないだろうがスライムは気にならないようだった。その辺はさすがと言うべきか。好き嫌いがないのは健康を保つ上でとても重要な事だからな。


そして十数分もするとスライムはあらかたグールを消化してしまった。この消化速度はちょっと驚きだ。実はスライムって結構危険なのではないのか?少なくとも身動きが取れない時に覆いかぶさられたら助からないかも知れない。


「ふうっ、思ったより手ごわかったな。そうかぁ、レベルが同じだからって全くの対等って訳でもないんだな。まっ、これもまた経験だ。残念ながらレベルはもう上がらないみたいだけど経験値は増やせるはず。だから新しい目標として俺はLv6ランクの最強を目指すぜっ!」

この時スライムは知る由もなかったのだが、スライムが倒したグールのLvは8だった。そして先にも言ったがレベルが一桁台同士の戦いにおいてレベル差が2もあってはレベルが下の者が上の者に勝つのはまず無理なはずなのである。

だが苦戦はしたがスライムは巧みな戦略にて格上のグールに勝利した。もっともそれにはちゃんと理由があるのだが、それを説明するにはノートの余白がもうない。なのでいつか改めて説明するとしよう。


■章■06その世界には神が存在した


ビデオゲーム・・、それは専用の電子回路を用いてメモリー内にひとつの世界を創り上げ、それらをモニター画面を通してプレイヤーに提供する娯楽である。

そしてプレイヤーはコントローラーなどを使ってモニター上に描かれたキャラクターを動かし予めゲームクリエイターが設定したミッションをクリアしてゆく。その過程を楽しむのがビデオゲームである。


もっともビデオゲームの前身であるコンピュータゲームが誕生した当初はモニターすら存在しておらず、プレイヤーはプリンターに打ち出された数値にてプレイの合否を確認していた。

そんなののどこが面白いんだって?まっ、当時はその程度の事ですらわくわくしたのさ。何故ならそれは当時最先端の『やり取り』だったのだから。

そう、『やり取り』である。つまるところゲームとは対戦者とのやり取りを楽しむものなのだ。なのでそんなやり取りを行えない一人遊びは往々にしてつまらないのである。

なので子供たちは遊び相手を欲する。そして相手とのやり取りを楽しみながらコミュニケーションと言うものを学習してゆくのだ。

しかし、遊びに相手が必要と言うことは制約でもある。何故なら相手がいないと遊べないからだ。だがビデオゲームの出現により子供たちはプログラムという仮想の遊び相手を得た。

この電子の遊び相手が優秀なのは、こちらが遊びたい時にいつでも嫌な顔もせずに相手をしてくれるところである。そんな夢の玩具の出現に対して熱中するなと言う方が無理だ。なので多くの子供たちがビデオゲームにハマった。

そしてそれらに熱中した子供たちが大人になった時、更にビデオゲームは洗練され進化を遂げたのである。


だがそんな昔話はもう誰も知らない。いや、知っていても話そうとはしないだろう。

何故ならまるでビックバンのように急速に性能が向上したハードに対して、それを上回る勢いでアプリケーションが開発洗練され続けた結果、今では専用の装置を用いればまるで本当に別世界へ迷い込んだかのような錯覚を覚えるスーパーハイクオリティな映像や演出がゲームとして提供されているからだ。

そのクオリティ足るや逆に現実を凌駕しているところもあるくらいで、現実とゲーム世界を区別できなくなったプレイヤーが現実世界で空を飛ぼうとして墜落し死亡するケースがたまにニュースになるくらいである。それ程ゲームでの体験はプレイヤーの脳に影響を与えていたのだ。

なのでそれほどまでに進化したゲームと昔のちゃちなゲームとでは比較するにも全然話にならない。なので話題としても盛り上がらない為オールドゲームプレイヤーたちは口をつむぐのである。

そのような経緯もあって現役のゲームプレイヤーである子供たちは常に過去ではなく未来の話をする。そして子供たちが未来について語り合う話題の中心にいるのは常に『ゲーム』だった。


そんなビデオゲームの中でも、とある異世界を舞台としたネットゲームはそのクオリティの高さからとても人気が高かった。もっともそれもそのはずで、そのゲームの世界は先に説明していたスライムたちがいる現実の異世界とリンクしていたのである。つまり仮想現実ではなくリアルな現実をゲームは映し出していたのだ。

なのでクオリティが高いのは当然であった。何故ならそのゲームでプレイヤーが体験している事はクリエイターが創り出した仮想ではなく、全て現実なのだから。

もっともそのゲーム内の世界と現実の異世界がリンクしているのは意図されたものではない。実はたまたまが幾つか重なったが故の偶然であった。口さかない者はこれをご都合主義と言って皮肉るであろう。

しかし、どんなにあり得ないと思える事でも確率的には有り得ない事などこの世にはない。もしそう思う者がいたとしたら、それはその者の知識が狭いだけだ。

なのでそのゲームをプログラミングしたプログラマーたちも、ゲームと異世界とがリンクしている事に気づいた者はいない。たまにイレギュラーな動きをするのも単なるバグだと思っていた。

そしてそのバグの最たるものがLvの扱いだった。但しこれはひとりのプログラマーが意図してゲームプログラム内に仕込んだチート、つまり『ズル』だった。


そう、そのプログラマーは冗談半分でゲーム内でスライムをキャラクターとして選んだプレイヤーのレベル上げ成果を特別な別のスライムに蓄積させるという反則コードをプログラム内に仕込んだのだ。

なので多くのプレイヤーがスライムでレベル上げをするとその成果が特別なスライムに集まる。そしてそのゲーム上の特別なスライムとリンクしてしまったのが先程グールを倒したスライムなのである。

つまりゲーム内の特別なスライムがレベルアップすると自動的に異世界のスライムもそれに引きづられるように潜在能力が高まるのだ。但し異世界のスライムが受ける影響はあくまで潜在能力の限界値の上限変化だけだ。なのでスライム自身がなにも努力をしなければ変化は起こらない。


もっともそのプログラマーは当初本当に冗談半分でこのバグをプログラム上に忍び込ませた。何故なら当時はゲームをプレイするにあたりキャラクターとしては最弱のスライムを選択するプレイヤーなどまずいなかったからだ。

なのでプログラマーは自分以外がその仕掛けに気付くはずもないと思っていた。つまり自分専用のちんまいズルだったのである。

そもそも、プログラマーとしてもわざわざ社内規定に引っかかりかねないそんな仕掛けを組んだのは、なんかスライムの癖にやたらとレベルが高いのがいるんだけど?という他のゲーマーたちからの声をネット上で聞きたかっただけというしょうもない動機だった。


だがここで齟齬が生じた。そう、実はそのゲームの発売と前後してスライムが無双するアニメが大人気となったのだ。おかげでゲーム内でもキャラクターにスライムを選択してレベル上げするプレイヤーが続出した。

これによりゲーム内の特別なスライムは、ゲームのキャラクターとしてスライムを選択した世界中のプレイヤーからレベル上げの恩恵を集める事となり、ここにスーパースライムが誕生したのだ。

当然そのスーパースライムとリンクしている異世界のスライムにもその影響は及んだ。そしてとうとう異世界のスライムは潜在能力的にはLv10億というとんでもない器を手にする事になったのだ。

ただしこれはあくまで器であり実数ではない。簡単に言うならスライムのLv上限値が6から10億になっただけだ。なので今のところスライムの実際のLvは6のままだった。

そしてスライムの世界ではスライムの能力をステータスボード上で表示するLv表示値は6が上限なので、仮にスライムがLv7以上の能力を習得してもその値に変化は起きない。

だが数値が変わらないだけで実際のLv値は鍛錬した分だけ上昇する。しかし、この異世界ではステータスに表示される値こそが実力なのでどんなに鍛錬を重ねてもスライムの実力は相変わらずLv6止まりなのであった。

つまりスライムは、がんばって自身を鍛えまくり実際の能力がLv6を超えたとしても、この世界ではその実力を発揮出来ない。何故ならそれがスライムのいる世界の仕様だからである。

この世界では実際の能力がどうであろうとステータスボードに表示された値が実力なのだ。それを破れる者はこの世界にはいないのである。


だがそんな使えない潜在能力など実生活では何の意味もない。なので大抵の人はそのような能力を持ち合わせていても更なる努力などしない。それは先程までのスライムも同じだった。

しかし、今のスライムは新たな目標を見出し前に進み始めた。当然Lvに変化は起きない。だがその裏で実際のLv値は着実に増えていったのである。

だが当人にはその成果が実感できない。しかし、スライムはくじけなかった。来る日も来る日もつらい鍛錬に己が身をおきいつかは限界を突破する事を目指して励んだのだった。

そしてそんな鍛錬は何れ報われる。だがその日はまだこない。そう、何故ならこの世界において稀種となったスライムが覚醒するにはそれ相応の手続きが必要だからだ。

その手続きとは?あーっ、そこら辺は88話目辺りで説明します。


■章■07奇跡は起きない。だから起こすんだっ!


さて、この世界のレベルという概念には生物種毎に限界値があるという事実を知ったスライムは、目標をLvの向上から経験値へと切り替えた。そしてまた鍛錬に汗を流す日々を送っている。もっともその比率は食事、休憩、鍛錬、休憩、そしてまた食事という具合に鍛錬が全てではない。

まっ、当然だな。日がな一日鍛錬に明け暮れているなどという描写は、とっとと実力をつけさせてバトルシーンに突入させないと読者が飽きて離れてしまう週間連載系少年漫画の残酷なテンプレでしかない。

なのでそんな事は現実にはありえない。あり得ないんだけどその比率を高める事は可能だ。そして今、スライムはそれを実践していた。


「くはっ!うんっ、1回のジャンプでの距離は結構伸びたな。でもまだまだだ。それに距離は伸びたけど高さが全然だ。なんでだろう?使う筋肉が違うのか?」

スライムは自身の動きに関して中々細かいデータ分析をしているようだが、色々突っ込めるところもある。そもそもスライムって筋肉があるのか?お前の中身って只の液体しか入っていないように見えるんだが?


「でもこうして身体能力の向上を図ってもそれを実感できないんだよなぁ。ステータスボード上の記録としての数字は伸びているけど俺は別にアスリートを目指している訳じゃない。だとするとやっぱり実戦で確かめるしかないのか・・。」

そう、スライムは別に記録を残したい訳ではない。生きる為の戦いに勝ち残りたいだけなのだ。ただ、戦いに勝つには高い値を持っている方が断然有利なのでそれを目指しているに過ぎない。

だが、先にも言ったが戦いとはステータスボード上の『値』だけでは勝負は決まらない。上位者とて相手を侮れば時に足元をすくわれるのである。

そして戦いとは殺し合いだ。なので負ければ次はない。故にピンで戦う場合、捲土重来はまずあり得なかった。

その為に重要なのが精神の鍛錬である。だがこれとて単に滝に打たれれば良いと言うものでもない。いや、その修行自体は己と向き合うなどと言った悟り系には十分有意義なものではあるが、戦いにおける精神鍛錬とはちょっと種類が違う。

戦いに必要な強い精神とは、言い換えれば決断を瞬時に決める心のぶれなさであり、その時々の状況を的確に把握する判断力だ。

それ以外にも数え上げればいくらでも出てくるが、要は戦いに『必ず』勝つという事、その一点に集中した心構えの事である。

なのでこれらを目標に修行しても日常ではあまり役立たない。何故ならそれらは日常においてあまりにも過敏な判断だからだ。

だって道で知らない人とすれ違う度に刺客かも知れないと疑って仕掛けられる前にやってしまえっ!と先制攻撃などしたら現世ではあっという間に監獄行きだ。当然理由を説明しても聞き入れてはもらえない。


だが、それはこちらの世界の常識であってスライムのいる異世界ではそれくらい常に気を張っていないとあっという間に捕食者に食べられてしまうのだ。

しかも襲ってくるのは捕食者だけとは限らない。そうっ、人間・・それも冒険者と言う、なんとも自分勝手なルールで不必要な殺生をする恐るべき『害虫』がこの世界には存在するのだから。


そこでスライムは自身の成長具合を確かめる最初の相手として人間を選んだ。

しかし、現在のスライムのLv値は6である。なので最低でもLv値が6以上の人間でないと意味がない。だが人間の生物種としてのレベルは『5』である。もっともこれはあくまで平均の値なので全ての人間がLv5なのではない。

というか人間って個々のレベル差が生物界では一番大きい生き物なので中にはとんでもない値を示すやつもいるのだ。

その事をふまえると相手として適切なのは大人の男性。それも戦いに慣れている戦士か冒険者辺りが候補となる。でも戦歴の戦士とかベテラン冒険者は除外だ。そいつらは絶対Lv6ではないからね。

でも、だからと言って普通に大人だからと村人A辺りを選んではいけない。

そう、基本村人Aって底辺だからね。レベルが上の人間がそれをやったらただのイジメになってしまう。もっともスライムは人間じゃないからそれらのシバリは適用されないのだが・・。

後は能力レベルとしては魔法使いなども対戦対象の枠には入るが、今のスライムが求めているのは物理的な戦いにおける能力なので除外すべきであろう。


そうゆう訳で今スライムは冒険者を探している。それもランクで言うとDランク辺りの新人以上中堅未満という微妙な立ち位置のやつをだ。更にピンで活動している事が望ましい。

だがここまでシバリがあるとそれに合致する物件に遭遇するのは難しい。そもそも冒険者ってあまりピンで活動しないからね。

なのでスライムは目標を切り替え、Dランクの冒険者が含まれているパーティを対戦者相手に選んだ。そして、なんとかDランク冒険者だけをパーティから切り離して対戦しようと思ったらしい。


そして漸くスライムは希望していた構成のパーティを見つけた。

その冒険者パーティの構成は次のようなものだった。


リーダー 騎 士  男性 15、6歳

サ ブ  魔法使い 女性 20代後半

前 衛  重戦士  男性 20代後半

遊 撃  弓使い  男性 20代前半

後 衛  僧 侶  女性 20代前半

後 衛  魔法使い 女性 10代前半

因みにこの中でDランクと思しき者は後衛の魔法使いとリーダーの騎士だ。他は歳こそ若いがその身にまとったオーラから少なくともBランク以上だろう。

このなんともちぐはぐなメンバー構成から推測するに、このパーティはどこぞの有力貴族のお坊ちゃまが冒険者ごっこをしたいと親に駄々を言って、息子にあまあまな親が息子の為に集めた即席のなんちゃって冒険者パーティなのだろう。

なのでリーダーと後衛の魔法使い以外はきっと親がリーダーに付けた護衛だ。後衛の魔法使いの役割がいまいち解らないが、多分リーダーである騎士の女友だちか御付の召使いかも知れない。


そんな冒険者パーティが森の中を進んでくるのをスライムは樹上から観察していた。なので先程パーティがBランク魔物であるバシリスクをリーダーである騎士が難なく討ち取ったのも見ていた。

もっともそれは他のメンバーがバシリスクを動けなくなるまで衰弱させた上での一撃だったので騎士の実力だけで討ち取ったものではない。

だが、当のリーダーはそんな事も判らないのか動けなくなったバシリスクにとどめの剣を突き立ててご満悦であった。


「ほらっ、どうだっローザっ!僕にかかればバシリスクとて一撃でこのとおりだっ!」

「はい、素晴らしいですっ、ジョージ様っ!さすがは王宮第一騎士団で準主席を与えられし方ですっ!」

成る程、この若きリーダーはジョージと言うのか。そんなジョージに声を掛けられ思いっきりよいしょしているのは、パーティ内でもジョージと同じくらいの年齢の魔法使いと思しき少女だった。

そしてこの近辺で王宮第一騎士団という組織を保持しているのは、この森の東方にあるアルカディア王国である。

そんなアルカディア王国の王宮第一騎士団とは、所謂王侯貴族のご子息たちに騎士の肩書きを与える為に組織された形だけのなんちゃって騎士団であった。

そしてこの冒険者パーティのリーダーらしいジョージという少年は、そんな肩書きだけの王宮第一騎士団で準主席というNo2の立場を与えられているらしい。これは貴族としてはかなり高位の爵位を有する家の子弟でなければつけないホジションだ。

となればジョージの家は最低でも伯爵、普通に考えるならば公爵の位を授かる家のはずだ。つまりジョージは正真正銘、本物のボンボンという事である。

ならば御付の護衛たちのレベルが高いのも納得だ。さすがにAランクはいないようだがそれでも皆相当な実力者のはずである。

そんな手足れ (てだれ)4名にお膳立てしてもらった上で、何の危険に晒される事もなくバシリスクを討ち取りご満悦とはジョージは本当に幸せなやつである。


そんな実力も無いのに生まれた家が裕福だっただけでちやほやされ、のうのうと遊び半分で魔物狩りをしているジョージを当然スライムがよく思う訳がない。

いや、当のスライムはジョージの素性など知る由もなかったはずだが、スライムは己とジョージとの生まれによって生じた立場の格差を肌で感じ取ったようである。

なのでジョージを守る護衛のレベルを無視してでもジョージを狩る決断をしたようだ。


さて、スライムは何故己の身の危険を顧みずそのような暴挙にでようとしたのか?それは多分スライム自身も判っていない。だがスライムの魂がそうしなければならないと叫んでいたのだろう。そしてその叫びの根源には『嫉妬』という暗く重たい感情があったはずだ。

自分はスライムという底辺魔物に生まれた。その生まれ故にどんなに努力しても、あるラインより上には登れない。

だが眼下で嬉しそうにバシリスクに剣を突き立てている少年は、過保護なまでのチカラで守られ己のチカラ以上の成果を何の苦労もなしに享受している。

この差は一体何なのだ?単に生れ落ちた立場が違うだけでなんでここまで格差がつくのだ?

バシリスクを倒したのが本当に少年の実力だったならば、スライムもこんなもやもやとした感情に駆られる事はなかったであろう。

だがこの少年は大した努力もせずにバシリスクを討ち取ったと自負し自慢げにしている。その行為はスライムにとって許せる事ではなかった。

いや、スライムだけではない。己が能力のみを頼りにこの弱肉強食の世界を生きている魔物にとってはその行為は万死に値する卑下すべき行為だったのだ。


故にスライムは行動を起こした。

4人ものBクラスに守られた獲物をLv6程度のスライムが狩ろうとする行為は本来なら馬鹿げた暴挙である。どう立ち回ろうともその先にあるのは『死』でしかない。

そうっ、自然界の掟に則った戦いにおいては強者が必ず勝利する。そこに『奇跡』は起きないのだ。

だが挑戦する事は自由だった。そう、何事もやってみなければ結果は判らないのである。数字上では万分の一程も勝機がなかろうとも決してゼロではない。そうっ、可能性ゼロとは挑戦する事もせず逃げ出した者のみに張られるレッテルなのだ。

しかし、実力差があり過ぎる者との戦いにおいて奇跡はまず起きない。だが起きないのならば起こせばいいのだ。そう、奇跡とは自ら行動した者の頭上に煌々と降り注くものなのだからっ!


かくしてスライムは冒険者の集団に対して静かに位置を変えてゆく。

スライムの獲物の周りには腕利きの護衛が取り巻いている。そいつらはのほほんとした護衛対象者と違い全く隙を見せていない。なので何らかのアクションにて気を反らしたとしてもスライムが獲物を狩れるチャンスはあっても1回だけだ。

だが、その1回に全てを託すべくスライムは静かに身を潜め、その時が来るのを待つのであった。


■章■08獲物は冒険者パーティ


さて、スライムが樹上で密かに襲撃のチャンスを伺っていると、その下では冒険者パーティのリーダーである少年と護衛役がなにやらもめ始めた。


「いや、だからさぁ。これは僕が始めてひとりで倒したBランク魔物なんだから父上たちにも見て貰わなくちゃならないんだっ!だから捨ててなんていけないんだよっ!」

「そう言いましてもぼっ・・、いやリーダー。運ぶにしてもこのバシリスクは大き過ぎます。荷車も用意していないのに運べるわけないじゃないですか。」

「そんなのお前たちが担げばいいじゃないかっ!何の為に4人もいるんだよっ!」

「別に私たちは荷物もちとしてぼっ・・、リーダーの元にいる訳では・・。」

リーダーの少年ともめているサブリーダーと思しき女性は、何かにつけて少年の事を『坊ちゃん』と言いかけて訂正していた。

確かに20代後半と思しき女性からしてみれば、15、6歳くらいの男の子はボウズ扱いしてもおかしくない。というかパーティを組んでいない時は、彼女は少年の事を坊ちゃんと呼んでいるのだろう。

だが、パーティを組んでいる以上、リーダーを坊ちゃん呼ばわりするのは規律としても宜しくない。なのでその都度訂正がはいるらしい。

だが当のリーダーにはそれが癪に障るのだろう。なので女性に正論で諭されても意地になっているようだった。

そんなふたりのやり取りに辟易したのかパーティで重戦士を勤めていた男性が仲裁に入った。


「まっ、確かにこのバシリスクはジョージ坊ちゃんには記念すべき獲物だからな。なので持って帰りたいという気持ちは良く判る。だがもう直ぐ日も暮れる。暗くなってからの森は魔物の世界だ。ましてや死臭を漂わせたバシリスクを持って森の中を行くのは他の魔物たちを呼び寄せてるようなもだからな。その危険を危惧するエメラルダの主張も正論だ。そもそも、護衛である俺たち全員でバシリスクを運んでは何かあった時、初動で後れを取りかねない。」

少年と女性の主張をどちらも認めながら重戦士の男性は尚も話を進める。と言うかこの男はパーティを組んでいても普通にジョージを坊ちゃん呼ばわりするんだな。


「そこで妥協案なんだが、パトリシアとローザを先行させて待機させてある馬車を森の奥まで呼び寄せる。その間残った俺たちは出来るだけバシリスクを運ぶって事でどうかな?」

重戦士の提案にジョージも女性も渋い顔になる。だが少し考えればそれが一番ベターでもある事はふたりも理解していた。

しかし、それぞれが抱える別々の理由故にこの提案に難色を示したのだった。そしてそれぞれがその理由を口にする。


「いや、パトリシアを先に行かせるのは構わないがローザまで行かせる必要はないだろう?」

「冗談じゃないわよ、私に力仕事をさせるつもりっ!私は魔法使いであってあなたみたいな脳筋じゃないのっ!」

えーっ、要約するとジョージの方はローザと離れるのは嫌だと言っていて、重戦士の男性にエメラルダと呼ばれた女性の方はそのものずばりで肉体労働なんてまっぴらだと言っているのだ。

それらの反論に対して重戦士の男性は

「ローザの事を心配するジョージ坊ちゃんの気持ちも判らないではないが、早く森を抜け出さないと余計に危険度が跳ね上がる。それに離れると言っても精々半時だ。その間はパトリシアが一緒なんだからまず危険な目にはあわないよ。エメラルダの言い分については、まっ、最初から期待していないから大丈夫だよ。イカロスと俺、それにジョージ坊ちゃんの三人で運ぶさ。」

「あら、そう?ならいいわ。」

「うっ・・、まぁそう言う事なら・・。」

「はい、そうと決まればパトリシアたちはとっとと馬車を持ってきてっ!坊ちゃんは自分で言い出したんだから私の分まで働きなさいっ!」

はい、自分は力仕事をしなくて良い事になったのでエメラルダは上機嫌である。おかげでジョージを呼ぶ際に気をつけていた『坊ちゃん』という言い方が口をついた事にも気付いていないようだった。


「よしっ、それじゃ俺とエメラルダはバシリスクを引っ張るのに使うツタや枝を集めてこよう。その間はイカロスがジョージ坊ちゃんを守れ。後、パトリシアたちは焦って道に迷うなよ。」

「は~い、了解でぇ~す。それじゃローザ行きましょう。」

「はい。それじゃジョージ様行ってまいります。」

「ああっ、気をつけるんだぞ。何かあったらパトリシアを囮にして逃げるんだからなっ!」

パトリシアと一緒に森の中へ消えていったローザをジョージは心配そうにいつまでも見送った。


エメラルダとドラギウスと呼ばれていた重戦士の男性は、そんなジョージを弓使いであるイカロスに預けると少し離れだ森の中に分け入りバシリスクを運ぶソリを作るツタと枝を集め始めた。

だがこれはジョージから少し離れる為の方便だ。何故ならツタや枝などそこら辺にあったからである。

なのでジョージから離れた途端、エメラルダはドラギウスに話しかけた。


「ちょっとドラギウス、あなた坊ちゃんに甘過ぎるんじゃないの?駄目なものはちゃんと駄目だって言わないと坊ちゃんの為にならないわ。」

「まっ、そう言うなよ。お前だってジョージ坊ちゃんのコンプレックスは判っているだろう?」

「ご兄弟の上と下が優秀で坊ちゃんだけ周りから残念がられている事?そんなの兄弟がいたら普通にあり得る事じゃない。そんな事でいちいち悩んでいたらまともな大人になんてなれないわ。」

「エメラルダはそうゆうところがキツイよな。あの年頃の男の子にしたら大問題なんだけど・・。」

「それでいてちゃっかりお気に入りのローザと離れたくないなんて身勝手過ぎて擁護できないわ。」

「だからそう言うなよ。そもそもあの年頃で聞き分けがいい子供なんて逆に心配になっちまう。それは裏を返せば心に闇を持っている事になるからな。」

「それだって普通だわ。でも誰しも自分で悩んで成長してゆくのよ。そして後々黒歴史として思い返してもんどり打つのよ。」

「ますますもって容赦ないな。そうならないように導いてやりたいとは思わないのか?」

「全然。なったらなったでその時対処するわ。それで例え坊ちゃんの首をはねる事になってもね。」

「ジビアだねぇ、どうりで最初にお前を見たジョージ坊ちゃんがいきなり泣き出した訳だ。ジョージ坊ちゃんって意外と人の本性を見抜く事が出来たんだな。」


ぱこんっ!


ドラギウスのちゃちゃにエメラルダの拳骨がきれいに決まった。もっともチカラは入っていないのでドラギウスにダメージはない。


「人を魔王みたいに言わないで頂戴。私だって坊ちゃんの行く末は心配しているんだからっ!でも過保護は絶対駄目っ!ろくな大人にならないからね。」

「Bランク4人で護衛しておいて過保護は駄目もないもんだ。」

「直接的な危険の排除と、成長における突き放しは全然別問題よ。私は坊ちゃんにひとりの男として一人前になって欲しいだけなの。」

「はははっ、最後に優しくされても果たしてジョージ坊ちゃんは気づくかな?」

「別に気付いて貰わなくても結構よ。」

「OK、ならば今後はスパルタ路線で行く事としよう。でも、やり過ぎて逆に野望を持つようになり兄弟で跡目を争うようになったら困るよなぁ。」

「あら、別に困る事などないわ。だって私たちは坊ちゃん派でしょ?」

「お前、ジョージ坊ちゃんの兄貴であるロバート付きの魔法使いと仲が悪いからって俺まで巻き込まないでくれよ。俺は出来れば中立でいたいんだからさ。」

「そんな日和見ではいざとなった時にどちらからも頼ってもらえないわよ?」

「だから跡目争いありきで話をするんじゃねぇっ!」

そんな無駄話をしながらもふたりはバシリスクを運ぶ材料を漸く集め終えた。だが、その時ジョージたちを残してきた場所から弓使いであるイカロスの罵声が聞こえてきたのである。


■章■09必死とは必ず死ぬと書く


さて、少し時を巻き戻すが、その時樹上から冒険者パーティの様子を伺っていたスライムにとって絶好の襲撃チャンスが訪れた。そう、6人いたメンバーが二手に分かれたのだ。しかも更に残った4名の内2名が森の中に消えていった。

そして残された2名の内のひとりが、スライムが獲物として狙いを付けたジョージだったのである。

このチャンスにスライムはすぐさま反応した。とは言ってもいきなりジョージを襲うような愚行は犯さない。まずはひとりだけとなった護衛を襲い毒で動きを奪った後に、ジョージを狩るよう段取りをつけたのだ。

これは単にジョージの命を奪うだけの暗殺ならば悪手である。だがスライムにとってジョージを襲うのは修行の一環だ。そこに少なからぬどす黒い感情があったとしても不意を突いて簡単に殺してしまっては鍛錬にならない。

そう、この襲撃はスライムにとってはあくまで鍛錬であり己が経験値を向上させるジョブなのだ。なので森に消えた護衛が戻ってくるまでというリスクを背負ってでもジョージと正面から戦う必要がスライムにはあったのである。


とは言っても残った護衛もランク的にはBランクなのはスライムにも雰囲気で判っている。なのでおいそれとは無力化できないであろう。と言うか獲物であるジョージがDランクなのだからそれより高位な護衛を倒した時点でジョブとしては完遂できている気がするのだが気のせいだろうか?


なのでスライムは護衛に対しては奇襲攻撃を仕掛けた。簡単に説明すると樹上から飛び降りざまに護衛に毒を注入したのだ。

この襲撃はほぼ完璧だった。しかしそこはBランクの護衛である。スライムは全身に素早く毒が回るように護衛の首元を狙ったのだがギリギリでかわされてしまったのだ。だがそれでも着地した時に目の前にあった足首へ毒を注入する事には成功した。


「ちっ、油断したぜっ!だがスライムの毒程度どうと言うことはな・・あれ?」

護衛の男・・。えーと役と名前は確か弓使いのイカロスだったか?そいつは言葉の途中でいきなりぶっ倒れた。だが意識はしっかりしているようだ。

基本スライムの毒は獲物を動けなくする為のモノなので即効性はあるが強くはない。それに毒とは注入する相手の大きさによって効果が大きく変わるのだ。つまり体格がいい相手だと多くの毒を注入しないと効果が出ないのである。

そして基本人間の大人はスライムより体格が良い。なので護衛の弓使いは毒が体に回って動けなくなる前にスライムを倒せると踏んだのだ。

しかし、何故か今回のスライムの毒は異常に効果が出るのが早かった。もしもこれが足首ではなく当初の狙いどうりに首周りに決まっていたら護衛は声すら上げられずに卒倒していたに違いない。

そんな護衛・・、えーとイカロスに対してスライムは勝ち誇ったように啖呵をきる。


「ふふふっ、見たかっ!これぞ俺が長年に渡って適当な研究を重ね、中々思うような結果を得られず諦めかけていた時に偶然じめじめした湿地に生えていたキノコを見つけてその毒性を丸パクリして作りだした対人間用超速攻痺れ毒だっ!」

いや、そこは別に正直に言わなくてもいいんじゃないかな。確かにキノコってそうゆうやつもあるし。でも丸パクリなんだ・・。

後、説明が長いよ。それにこの場合、毒なんだから啖呵は「見たかっ!」じゃなくて「恐れ入ったかっ!」とかの方がいいんじゃないの?


「くそっ、ヒーラーのパトリシアがいればこんな毒、たちまち解毒出来るものをっ!」

イカロスは思うように動かなくなった足を地面に座り込む形で引きずりながらも、弓を構えようとした。だが弓は手に出来たがそれに番える矢をスライムの足?が踏んでおり手に取る事が出来なかった。


「あまい、あまい。そんなのは盛り込み済みさ。あんた弓使いだろう?ならば毒矢とかも使うんだろうから解毒くらい自分でどうにかしなよ。もっとも下手に相性の悪い解毒を試みると副反応でよけい酷くなる事があるけどなっ!」

「くっ、確かにパトリシアもそんな事を言っていた・・。」

「さて、それじゃ俺はあんたの仲間が戻ってくる前に本命の獲物と勝負させてもらうぜっ!」

スライムはそう言うと用心の為にイカロスの利き腕にも毒を注入し、突然の襲撃にイカロスの後ろで何も出来ずに慌てふためいて腰を抜かしているジョージの方へ進み出た。


「うわっ、来るなっ!こっちに来るんじゃないっ!」

ジョージは静々と近寄ってくるスライムに対してむやみやたらと剣を振り回しながら後ずさった。その行為はとてもではないがDランクには見えない。


「なんだよ、お前Dランクなんだろう?なのに何をそんなにうろたえているんだ?ど新人のFランクだってもう少し気概を見せるぞ?」

「うるさいっ!僕を誰だと思っているんだっ!アルカディア王国筆頭公爵ハードロック家の次男であり、王宮第一騎士団準主席のジョージ・ハードロックなんだからなっ!そんな僕がFランクのペイペイから始められるかっ!」

「おいおい、なんだよ。もしかしてDランクってお飾りなのか?本当の実力はFランクなのかよ。ちっ、こいつはとんだ誤算だったな。」

「うるさいっ!いつかはAランクになるんだからいいんだっ!」

「いや、何がいいんのかわかんねぇよ。参ったなぁ、これじゃ全然鍛錬になりやしない・・。」

今回の獲物であるジョージのレベルが当初予想していたものより下位だったことを知り、スライムは戦意を失った。なのでその隙を突くようにジョージはスライムの横を走り抜け森の奥へと駆け出した。


「おっ、なんだよ。腰を抜かしていたんじゃないのか?と言うかパーティの仲間を置いて逃げ出すなんてリーダーとしてどうなの?」

そう言いつつもスライムはジョージの追撃を始めた。そしてその目付きはもはや獲物の殺傷権を完全に掌握し手の中で弄ぶ残虐な猫のようであった。

しかし、そんなスライムも護衛対象の緊急事態に気付いて追いかけてくるであろうジョージの護衛に対する対応は怠らなかった。そう、スライムはジョージを追いかけながらもそこかしこに幻影魔法を施したのだ。

もっともBランク相手にLv6程度のスライムが施した幻影が効くかは判らない。だが判らないからと言って手を抜くのは戦術として悪手である。その辺に関してはスライムも野生の経験から十分承知していたのであった。


「ほらほら、どうした。もっとしっかり走らないと追いついちまうぜっ!そうなったら痺れ毒を注入されて生きたまま喰われるんだぞ?くくくっ、恐ろしいだろう?毒によって傷みは感じないが自分の肉が目の前で喰われるのをまざまざと見せられるんだ。大抵のやつは耐え切れなくなって舌を噛んで自害するよ。さて、お前はどこまで耐えられるかな?」

「うわっ、来るなっ、来るんじゃないっ!これは命令だっ!」

スライムの脅し文句をまともに想像してしまったジョージはもはや発狂寸前だった。だがその狂気が逆に火事場の馬鹿力を誘発したのか走る速度がぐんと増した。おかげで一旦スライムは引き離される。


「おーっと、これはびっくりだ。成る程、基礎体力はあるんだな。だとすると足りていないのは経験と精神力か。ふっ、残念だったな。ここで死ななけりゃお前は護衛のやつらからの英才教育を受け一端のリーダーになれたはずなのになぁ。」

「がはっ、えっ、エメラルダたちは何をしているんだっ!僕がこんな目に遭っているのに傍にいないとはけしからんっ!はぁ、はぁ、はぁっ・・。」

ジョージは今の状況の責任を自分の護衛としていつも傍にいたエメラルダに転化した。ここら辺が精神的にまだまだと言う事の証なのだろうが、それでもジョージは走るのを止めなかった。

しかし、肉体的には限界に近付いているのだろう。既に呼吸は乱れまくり走る速度もかなり減速していた。おかげで一旦離されていたスライムも、後少しでジョージに飛びかかれる距離まで近付いて来たのであった。


「ほらほら、段々速度が落ちてきたぞ?恐怖に駆られて無駄に筋力を使うからそうなるんだ。逃げる時は全力ダッシュで引き離した後は、自分の限界の8割で逃げるのが野生で生き残る鉄則だぜ?お前はそんな事も知らないのか?」

「ぐわーっ、嫌だっ、いやだーっ!たっ、助けてくれぇ!ローザっ、どこにいるんだ、ローザっ!」

「ふんっ、この期に及んで命乞いと仲間頼りかよ。しかもローザってあのお前と同じ年頃の魔法使いだろう?こんな危機的状態の処に女を呼ぶだなんてお前って本当に駄目なやつだな。」

本来自分の鍛錬の為に互角以上の戦闘経験を与えてくれるはずだったジョージの情けない姿にスライムは嫌悪感を覚えた。

なのでこの茶番をとっとと終えるべく一気に間合いを詰め、ジョージを飲み込むべく大きくジャンプした。


「これで茶番は終わりだっ!情けとして一瞬で意識も絶ってやるっ!苦しまないからありがたく思うんだなっ!」

「うわーっ、来るなっ、くるなぁーっ!」


来るなと言われても既にスライムはジャンプしている。空中では足がかりがないので途中で勢いは殺せない。なのでそれは無理な注文だった。

しかしその時、後一歩でジョージに覆いかぶさるスライムに向けて体当たりしてきた影があった。


どんっ!


「うわっ、なんだ?」

突き飛ばされて地面をころころと転げるスライムは何が起きたのか判らないようである。

だが、漸く回転を止めて立ち上がったスライムの目には、恐怖で股間を濡らしているジョージを庇うようにその身をジョージの盾にする少女の姿が映ったのだった。


■章■10愛ってなんですか?


スライムに体当たりをしてきたのは先行して馬車を取りに行っていたはずのローザだった。

ローザは相当無理をして駆けつけてきたのだろう。その呼吸は荒く肩で息をしている。なのでジョージに声を掛けるのもままならないようだった。

因みに一緒にいたはずのパトリシアは置いてきぼりをくったようである。


さて、スライムは不意を突かれてローザに突き飛ばされたが、そのローザはジョージの危機に対してなりふり構わず駆けつけた為かなりの体力を消耗しており、もはやまともに魔法も使えないようだった。

なのでスライムにとってはジョージもろともローザを葬る事はそれ程難しくは無い。


だが、スライムは行動を起こす事を躊躇った。何故ならもう戦う体力も無いに等しいローザであったが、それを差し引いてもジョージを必ず守るという決意がスライムに対して凄まじいプレッシャーを投げつけていたからである。

なのでスライムも迂闊には動けなかった。だがスライムもぐすぐすはしていられない。もう暫くすればジョージの護衛が追いついてくるはずなのだ。

そしてそいつらは全員スライムより格上である。そうなったら立場が逆転し、今度はスライムが追い詰められる事になるのだ。


「なんだ、こいつ?ランクとしては精々Dランクだろうになんでこんなにプレッシャーを感じるんだ?」

スライムはローザから発せられる何かに戸惑う。そしてその何かの正体が判らないだけに余計に警戒してしまったようだった。


どうする?この獲物はもう俺の鍛錬には全く使えない。だがこの女の方はいい感じだ。しかし、ランクは低くても何か嫌な感じがする。そう、ランクやLv値以外の何かがこの女から伝わってくるんだ。そして俺の魂がそれに恐怖している・・。一体なんなんだっ!なんで格下相手にこんなプレッシャーを感じなきゃならないんだっ!


スライムは今自分の置かれた不可解な状況に対して自問する。だがそんな迷いも一瞬であった。

確かにスライムは鍛錬の為に冒険者パーティを襲った。だがそれは対価として当然自身の命も危険に晒す事であった。その事はスライム自身も肝に銘じていた。

しかし、ふがいないジョージの姿を見た事により、スライムはその覚悟を忘れて抵抗する術を持たない弱い獲物をいたぶる遊びモードに入ってしまっていたのだ。それ故にローザの命を懸けた気迫に尻込みしたのである。

そう、この時点で既にスライムは気迫でローザに敗北していたのだ。なので命のやり取りになるであろうローザとの勝負を躊躇したのである。


何の躊躇もなく仲間を守る。しかも自身の身を盾にして。それは基本ピンで行動する魔物には理解できない行動だった。

そんなローザの必死な行為を前にスライムは自分は生物種としてのLv値の限界を突破しようと修行を重ねてきたが、その高みを目指すあまり自分は重要な何かを見誤ったのではないかと疑問を持ったのだ。

そう、スライム本人はまだ気付いていなかったが、基本単独で生活する魔物は仲間を庇うという考えはしない。群れで行動する魔物たちも戦いにおいては連携するが自身の身を盾にしてまで仲間を庇う事はなかった。何故ならそれが野生の掟だからである。

そう、魔物の世界では何事も自分のチカラだけで切り開いていくのが当たり前だったのである。なのでスライムは目の前でジョージを庇おうとするローザの行動と決意が理解できなかった。なので恐怖を感じたのである。


しかし絶対的な戦闘能力においてスライムはローザより若干上である事は確かだ。なので戦えはかなりの確率で勝利できる。そして大抵の戦いは一瞬で決まる。

なので追跡して来ているであろうジョージの護衛たちが来る前に勝負を終えて退散できるはずとスライムは読んだ。

もっともその読みはかなり雑だった。これはスライムの精神状態が若干混乱していたが故であろう。つまりスライムは半分やけっぱちになっていたのだ。


「おらーっ、どんな理由があるのか知らないがとっとと逃げないとそいつごと消化しちまうぞぉーっ!」

一応スライムはローザに対して警告する。だがローザをジョージの下を離れようとはしなかった。それどころか震えるジョージに覆いかぶさりスライムの攻撃を自身の体で阻止しようとした。

もっともローザはジョージより体が華奢なので全てを隠す事などできない。だがこの場合、隠せているかどうかは関係なかった。そう、ジョージを守ろうとする行為と意思が重要なのだ。


おかげで一気にふたりまとめて包み込んだスライムも若干及び腰だった。それでもスライムの本能は包み込んだふたりに対して消化の為の手順を粛々と進めてゆく。

因みに今回は獲物が動かないので毒の注入はキャンセルされた。とは言ってもスライムに覆いかぶされたふたりは当然ながら空気を遮断される。なのでこのままなら大して間を空けずに呼吸困難となり意識を失うはずだ。

そしてその症状は走ってきて息が上がっているはずのローザより、パニくって呼吸が浅くなっていたジョージの方が先に現れた。


「くっ、苦しい・・。畜生っ、スライム風情に俺が喰われるとは・・。」

そんなこの期に及んで文句を言うジョージにローザが優しく語りかけた。


「大丈夫ですジョージ様。私があなたを絶対守ります。」

そう言うとローザはジョージの唇に自身の唇を重ね、自身の肺に残っていた酸素全てをジョージに与えた。


「!!」

ローザの行動にジョージは驚き止めさせようともがくが、体はジョージの意に反して酸素を求めローザの唇を離そうとはしなかった。

そして全ての酸素をジョージに与えてしまったローザはニコリと微笑んでジョージの唇から自身の唇を離す。

この行為によってジョージは酸欠に対して幾ばくかの猶予を得たが、ローザは自身の細胞内に残った酸素を使いきれば当然死ぬ。そしてそうなるまでの時間は多く見積もっても数十秒だ。


だが、その時奇跡が起きた。突然ふたりを包み込んでいたスライムに電撃が走ったのだ。その衝撃により思わずスライムはふたりを吐き出す。


「ごほっ、がはっ、はぁはぁはぁっ!なんだ・・、何が起こった?」

無酸素状態から開放されたジョージは激しい呼吸を繰り返しながら状況を確認しようと周囲を見渡した。そしてそこに気を失って倒れているローザを見つける。


「ローザっ!しっかりしろっ!助かったんだぞっ、息をするんだっ!」

だがジョージの問い掛けにローザは応えなかった。そう、既にローザの肺は呼吸を止めていた。多分もう少しで心臓も鼓動を停止させるだろう。


「ローザっ!死ぬなっ!目を開けるんだっ!俺をひとりにしないでくれっ!」

しかし、声をかけ肩を揺さぶるもローザは反応しない。その事にジョージは大切なものが己の手の中から零れ落ちてゆく恐怖を覚えた。


「駄目だ・・、死なさない・・、絶対死なすもんかっ!」

そう叫ぶとジョージはローザに人工呼吸を始める。いや、それだけではない。ジョージは意識していないようだったが重なる唇を通してジョージの生命力がローザへと流れ込んだ。

そのせいなのか、数瞬の後ローザは息を吹き返した。


「うっ・・、えっ、ジョージ様?あっ、あの・・、お顔が近過ぎます・・。」

先ほどは自らも唇を通してジョージの肺へ酸素を送り込むという行為に及んだというのに、逆に自身がそれをされた事にローザは恥ずかしさを覚えたようだった。いや、その戸惑いは多分別の感情故であろう。

しかし、息を吹き返したローザを見てジョージはローザの言葉など無視して抱きしめ叫んだ。


「良かったっ!本当に良かった。もう駄目かと思ったぞっ!」

「はぁ、すいません・・。」

「もう、あんな事はしちゃ駄目だっ!これは命令だからなっ!今後は絶対僕の側を離れるんじゃんいっ!」

「でも・・、はい、判りましたジョージ様。」

ジョージのなんとも支離滅裂な言葉にローザはどう応えていいのか迷ったようだが取り合えずそのまま返事を返した。

しかし、ジョージの最後の言葉が耳を離れないようである。なのでジョージに抱きしめられながら胸の中で耳まで真っ赤になってしまった。


さて、そんな甘ったるい展開になったジョージたちの近くでは蚊帳の外に置かれたスライムが新たな敵と対峙していた。そう、ジョージの後を追ってきた3人の護衛たちがついに追いついたのである。

そして先程スライムに向けて電撃を放ったのは、そんな護衛のひとりであるBランク魔法使いであるエメラルダだった。

そのエメラルダに重戦士のドラギウスが目の前のスライムを無視して呆れた様子で話しかけた。


「エメラルダよ、幾らなんでもジョージ坊ちゃんごとスライムに電撃を喰らわしたのはやり過ぎなんじゃないか?おかげで見てみろよ、なんかローザと坊ちゃんがいい感じになっちまったんだが?」

「大丈夫よ、ちゃんと手加減したから。それに坊ちゃんとローザは前々からお互いを好きだったんだから私のせいじゃないわ。」

「あーっ、まっ、確かにな。なんだ、エメラルダは図らずもふたりがお互いの気持ちを確かめ合うキューピット役になったという事か。」

電撃に関しては確かに結果オーライだったのかも知れないが、ふたりの護衛の会話はなんとも大雑把なものだった。そんなふたりの会話にスライムの毒にやられた足を引きずりながら遅れてやって来たもうひとりの護衛である弓使いのイカロスが加わった。


「でも大丈夫ですかねぇ、こういったシチュエーションで男女が燃え上がるのって所謂吊橋効果ってやつなんじゃないですか。それって時が過ぎたら冷めちゃいませんか?」

「イカロス、お前判ってねぇなぁ。そんなのは本当に好きなやつがいないくせに、恋人は欲しいなんてほざいているやつらだけが掛かるまやかしさ。」

「ドラギウス殿、今さらりと俺をお子ちゃま扱いしましたよね?」

「そうかぁ?まっ、実際お前はお子ちゃまだろう?スライムの毒にまんまとやられたのがその証拠だ。」

「くっ、あれは・・。あっ、スライムが逃げますっ!」

イカロスは話題が自分の方に向いたのを誤魔化したいのか、ふたりの意識をスライムの方へと向けさせた。


「おっ、まだ動けるのかあのスライム。ふっ、中々根性があるじゃねぇか。」

「なに褒めているんですかっ!ジョージ様を襲ったやつを逃がしたりしたら俺たち公爵に怒られますよっ!下手したら解雇ですっ!」

そう言うとイカロスは対魔物用の消滅魔法を仕込んだ矢を弓に番えてスライムを狙った。だが、その矢をエメラルダが遮る。


「何故止めるのです?エメラルダ様。」

「うんっ、まぁ何故かな。私にも良く判らないけど、あいつは生かしておくべきだと思ったんだ。」

「判らんってそんな・・、だってあのスライムはジョージ様を襲ったんですよ?」

「そうなんだけどな、でもあいつは私たち以上に坊ちゃんに何かを教えた気がするんだよ。」

「何か・・ですか?」

エメラルダの言葉の意図を掴めずイカロスは首を傾げた。それを見たドラギウスがどんとイカロスの背中を叩きながら自慢げに説明し始めた。


「はははっ、エメラルダでも判らんかっ!でも俺は判るぞっ!」

「ドラギウス殿が?本当ですかぁ?」

「勿論だっ!エメラルダは坊ちゃんに判らせたいのさ。戦いにおいて判断を誤れば一瞬で命の灯は消えてしまう事をな。それどころか自分の大切なものまでなくしてしまいかねなくなる事を、だっ。そして、そんな戦いにおいて躊躇する事の怖さと、それでも時と場合によっては躊躇ってしまう何かが存在する事もだ。」

「躊躇いですか・・。でも相手は魔物ですよ?」

「そうだな、だがそれはあまり関係ない。あのスライムはジョージ坊ちゃんを狩るつもりでいた。そして完全にチェックメイトしていた。だがそこにローザが現れた。しかしあそこまで完璧に詰んでいれば結果は同じだ。だがやつは躊躇した。それはやつが捕食の為だけにジョージ坊ちゃんを襲った訳ではない事を表している。」

「はぁ、よく・・判りません。」

ドラギウスの説明にイカロスは素直に白旗を揚げた。


「そうかぁ?つまりやつはジョージ坊ちゃんと正々堂々の勝負をしたがっていたのさ。でも多分予想が外れたんだろうな。なんせジョージ坊ちゃんはなんちゃってDランクだからなぁ。」

「あーっ、それは口にしない方がいいと思いますよ。それに結果としてスライムはローザもろともジョージ様を捕食したじゃないですか。」

「そうだな、まっ、それはあいつにも色々事情があったんだろう。」

イカロスの反論にドラギウスはなんとも適当な説明でお茶を濁してきた。それがイカロスには面白くなかったらしい。


「そんな適当な・・、真剣に聞いていた俺が馬鹿みたいじゃないですか。」

「いいじゃないかっ、そもそもお前は馬鹿だろう?と言うか馬鹿じゃなきゃ冒険者などやってられんっ!」

「酷い言われようです。しかもそれってドラギウス殿にもブーメランですよね?」

「はははっ、確かにっ!」

「馬鹿話はそれくらいにしておいて頂戴。そろそろ日も沈むわ。只でさえ森の中は暗いんだからとっとと帰るわよ。」

エメラルダがドラギウスとイカロスの会話に割って入った丁度その時、パトリシアが馬車に乗って到着した。

そして何が起こったのかを知らないパトリシアは、ローザを抱きしめているジョージと、その近くでジョージたちから目線を外すように馬鹿話をしているドラギウスたちを交互に見比べ、何か自分だけが面白い事を見逃したのだと理解し残念そうに顔をしかめたのだった。


因みにここまでの展開で疑問に思った人もいるかも知れませんが、この世界では魔物と人間は普通に会話できます。・・出来る事にしておいて下さい。理由は各自適当に。一々説明するのも面倒なんで。


■章■11VSガーゴイル戦


さて、自身の成長度合いを測る対戦相手に冒険者パーティ選んだスライムだったが、手痛い反撃を喰らいつつもなんとかその場を逃げ出す事に成功した。

スライムはこの経験を元に考えを改め、今度は自分とレベルが近い魔物を相手にする事にしたようだ。

何故ならやはり群れで連携を取られると実力差を差し引いてもとてもではないが勝ち目はないという事を今回の実戦で学んだからである。そう、戦いにおいて『数』はチカラなのである。

そして、ある程度のLv値を持つ魔物は殆どピンで行動するのでスライムとしては常にグループで行動する人間より魔物の方が対戦相手としてイレギュラーが無いと踏んだらしい。


そんなスライムが次の対戦者として選んだのがガーゴイルだった。因みにそこら辺にうじゃうじゃいるゴブリンは対象外だ。

ゴブリンも群れられると危険な相手ではあったが、それでも同程度のLv値の人間よりは質が落ちる。なので既に高度に連携する人間に対して今回ぎりぎりだったとはいえ勝利?しているスライムにとってはゴブリンはもはや経験値を上げる為の対戦相手とはなり得なかったのである。


それではまずガーゴイルの説明から始めるとしよう。この世界においてガーゴイルの生物種としての平均レベルは8前後である。

なので下位のガーゴイルならLv値は5か6。これならLv6になったスライムの対戦相手として不足はない。というか鍛錬の為に手合わせするにはベストな魔物であろう。

しかし、レベル値が近いからといって油断は出来ない。何故ならガーゴイルはスライムにはない攻撃能力を持っているからだ。

その能力とは、ずばり『飛行能力』であるっ!

そうっ、ガーゴイルは石でてきたワシやタカなどの猛禽類をモチーフにした魔物なのに何故か空を飛べるのであるっ!はい、異世界って羽根が付いていればなんでも飛べるのかも知れない・・。すごいよねぇ。

なのであなたも異世界へ行った時は是非とも試してみるがいい。ほら、神話でも蝋で作った翼で空を飛んじゃった話があるでしょ?

まっ、あれは材料の選択を誤ったのと、作戦があんまりうまくいったもんだから、若者特有の『俺SUGEEっ!』心理で舞い上がっちゃったが故に神の象徴でもあった太陽から天罰を喰らっちゃったが、現代人であるあなたは知識があるでしょうから大丈夫っ!・・大丈夫だよね?


さて、とある別世界では、自由に空を飛行しあらゆる方角から攻撃してくる航空兵器は地上を這い蹲るしかない兵士たちにとって悪魔の如き忌み嫌う存在である。ミサイルや対空砲などの対抗手段はあるが、それでも簡単には撃墜できない。

これは空中と言う障害物のない空間を自在に動きまわれる飛行物体が持つ優位性であろう。

そんな空を飛ぶ兵器の中でもヘリコプターは速度が遅いので一旦補足すれば撃ち落す事も出来なくもないが、その事はヘリ側も解っているので空を跳ぶ上ではデメリットでしかない分厚い装甲版で身を包み、且つ敵に見つからないように地上スレスレを飛び突然襲い掛かってくる。

この重装甲ヘリと似たような存在が、スライムのいる世界にもいた。そう、その身が石で出来ている『ガーゴイル』だ。


そもそもスライムのいる世界では空に向かって撃ち掛けられるものと言ったら石か矢ぐらいしかない。しかもその到達高度足るや矢でも精々3、40メートルだ。石に至っては10メートル程度だろう。

つまり空を飛べる者たちは相手の攻撃が届かない安全なポジションから攻撃できるのだ。

それに輪をかけてガーゴイルは防備が固い。なんせ体が石で出来ているのだから矢など弾き飛ばせるのである。

もっともスライムのいる世界には『魔法』というチートが存在するので、攻撃する相手によっては手痛い反撃を喰らう。そう、魔法こそこの世界における最大のチートなのである。


だが、残念ながらスライムは然程魔法を使えなかった。なのでガーゴイルに対して攻撃手段がない。なのに何故スライムは対戦相手にガーゴイルを選んだのかと言うと単にLv値が合致したからである。つまりそれ以外何も考えていなかったのだ。

このような者を世間では一般的に『アホ』と言う。


「ちっ、なんかまた空耳が聞こえるな。しかも馬鹿にされた気がする。」

いや馬鹿になどしていない。ただ呆れただけだ。なので話を進めよう。


ガーゴイルを次の対戦相手に決めたスライムであるが、そこら辺にうじゃうじゃいるゴブリンなどと違いガーゴイルと遭遇するチャンスはそうはない。そもそもガーゴイルはあまり森の中にはいない。

ではどこにいるのかと言うと岩場だ。そう、ガーゴイルは体が岩で出来ているからね。もっともだからと言ってガーゴイルは岩など食べない。普通に下位の魔物や獣、人間などを襲って食べている。つまり肉食なのだ。

でも体を構成しているのは岩・・。はい、考えたら負けです。全てをあるがままに受け止めるのが異世界なのだから。


なのでスライムは今岩場の近くをぴょんぴょんと歩いている。これは自分を囮にしてガーゴイルの方に見つけて貰おうという作戦だ。

だが、スライムもガーゴイルにとっては獲物となり得るのだがその優先度は低い。何故なら食べがいがないからである。

これは例えるなら空腹時、目の前にカレーライスと味の付いていないこんにゃくゼリーを出されたならどちらを食べるかと言う事だ。

ダイエット中ならともかく、殆どの人はカレーを選ぶであろう。なので仮にガーゴイルの側をスライムが歩いても滅多にガーゴイルの方からは攻撃してこない。つまりスライムの作戦は多分失敗確率の方が高いはずだ。


但しそれでも例外はある。そう、巣に雛がいる時はガーゴイルの警戒心もマックスになっており近付いて来る者すべてが排除対象となるのだ。

なのでまさに今、スライムに攻撃を仕掛けてきたガーゴイルはそんなお母さんの内の一羽だった。


ひゅーん、バサバサバサっ!

急降下時の風きり音をなびかせながらガーゴイルが上空からスライム目掛けて急降下してきた。そしてスライムの目の前で岩で出来た羽を広げブレーキを掛けると一気に体を引き起こしてスライムの頭上を掠めて飛び去った。


「うおっ、いきなりかよっ!警告じゃなかったら今頃空の上に持ち上げられていたぜっ!あぶねぇーっ!」

そう、スライムがどの程度の対衝撃耐性を有しているかは知らないが、大抵の生き物は1Gの衝撃にも耐えられない。因みにここでいう1G衝撃とは1G加速とは違うので混同しないように。

1G加速とは1秒かけて9.8メートル移動する速度増加現象のことだ。これはこれで結構きついのだが大抵の生物は耐えられなくもない。何故ならその加速には1秒と言う時間バッファーがあるからである。

それに対して1G衝撃とは1G加速で運動していた物体が0秒でその運動エネルギーをゼロにする現象である。つまり激突だ。

例を挙げるとするならば約10メートルの高さから落下した時に受けるチカラが1G衝撃である。

因みに本来はどの高さから落下しても加速度自体は変わらない。だが高いところから落下するほど落下速度は増すので、当然激突時のエネルギーは高いところから落ちた時の方が大きい。

しかし、大気中では空気が抵抗となるので真空中のように際限なく速度が増す事はない。そう、落下速度にも上限があるのだ。これを終末速度という。

そしてこれは空気抵抗で決まるので面積の大きいものほど終末速度は小さくなる。因みに地球での大人の人間の終末速度は150から200キロメードル/時くらいらしい。

もっともこれは体を大の字にするなど最大抵抗値での速度なので、頭を下にして落ちたりすると更に速度は大きくなる。


因みに先に挙げた1G=9.8メートル/秒・秒とは別世界である『地球』という惑星での値だ。なので他の惑星ではこの値は変化する。でも何故かスライムのいる世界も1Gは9.8メートル/秒・秒だった・・。うんっ、気にしてはいけない。したら負けだ。


そのような事もあり、ガーゴイルの攻撃方法は大抵相手をその鋭い足爪で掴み上空に持ち上げて落とすというものだった。

もっともこれには荷重制限がありどんな相手でも可能という訳ではない。何故なら相手が重過ぎると飛び上がれないからだ。

だが今ガーゴイルに警告を受けたスライムの大きさは直径で50センチ足らずである。重さも50キロないであろう。その程度の相手ならガーゴイルは軽々と持ち上げてしまうはずだ。但し、かぎ爪がスライムの体に食い込めばの話だが・・。


果たして、警告を受けたにも関わらず立ち去ろうとしないスライムに対してガーゴイルは本気の攻撃を開始した。だがやはりガーゴイルの足爪はスライムの体を掴めなかった。

これぞ物理攻撃に結構強いと言われているスライムの『ぷよぷよ防御』であるっ!因みにこれはスライムが意識してそうしてないと発動しない。なので不意を突かれるとスライムも持ち上げられてしまうのだ。

そんなスライムに対してガーゴイルは攻撃方法を変えてきた。そう、一旦その場を離れ何かを足に掴んで戻ってきたのである。そしてその足に掴まれていたのは結構なサイズの岩であった。

そう、ガーゴイルはそれを爆弾よろしくスライムに上空からぶつけようとしたのだっ!

とは言っても離れた距離から小さな的にぶつけるのは容易ではない。ましてやスライムだってそんなものに当たりたくはないので当然逃げ回る。だがその速度は急降下してくるガーゴイルの速度に比べれば停まっているも同然だった。


「うわっ、なんだあいつっ!速過ぎだろうっ!」

ガーゴイルの投石攻撃を察知したスライムは当然回避しようとしたがガーゴイルにとってその動きは止まっているにも等しい。

それでも確実を期す為にぎりぎりまで進路を微調整したガーゴイルはスライムの手前5メートル足らずのところで岩を離した。この距離ではもはやスライムに逃げる余裕はない。

なのでガーゴイルの足から開放された岩はそれまでの降下速度を維持したままスライムに命中した。


ぼよ~んっ!


はい、本来なら岩が命中した瞬間に水の入った風船が破裂するが如くスライムは爆散するかに思えたが、何故か命中した岩の速度エネルギーを全て吸収して壁に当たったボールのように弾かれて転んだだけであった。

この結果に業を煮やしたのかガーゴイルは火炎攻撃に切り替えた。但し、ガーゴイルの火炎は射程が短い。且つ、高速で飛ぶと自身にも火の粉が降りかかるので低空を低速でスライムへと近付く。そしてそれが仇となった。


「チャーンスっ!」

スライムはそう声を上げるとスライムに向けて飛んで来るガーゴイルに向けて逆に力いっぱいジャンプした。そしてガーゴイルに空中で纏わり付いてその体に毒を注入した。

その後、毒が体に回り飛ぶ力を失ったガーゴイルは地上に落下した。そして、飛べないガーゴイルなどもはやスライムの敵ではなかった。

そんな地上でもがくガーゴイルに対してスライムはどっこらしょという感じで覆いかぶさり消化液を満遍なくガーゴイルに振り掛けたのだった。


かくしてスライムの対ガーゴイル戦はスライムの勝利で幕を閉じた。

でもガーゴイルって体が石で出来ているはずだけど毒が効くのか?えっ、効くんですか、しかもスライムはガーゴイルを消化できるんだ・・。うんっ、さすがは異世界だねぇ。


因みにガーゴイルがスライムを襲ったのはやはり近くに巣があり雛がいたからである。つまり襲ってきたガーゴイルは母親だったのだ。

諸行無常、母親の庇護を失った雛たちにはもはや明日はない。だがそれが自然の掟である。この世界には焼肉定職の掟があり、喰う者と喰われ者が日々戦っているのだ。チカラを持つ者のみが明日も生きられるのである。


とシビアなセリフで締めくったが、このままだとPTA辺りから苦情が来そうなので、雛たちはその後もう一方の親である父親に立派に育てられました。めでたし、めでた・・、いや、目出度いのか?

でも、えらいぞっ!シングルファーザーっ!国や自治体の助けがなくたってやるやつはやるんだねっ!

いや・・、補助に関してはもっとあればとってもありがたいです。なのでもう少し増額して下さい・・。


■章■12VSオーガ戦


さて、前振りの割りに結構あっけなくガーゴイルを倒してしまったスライムは次の対戦相手にオーガを選んだ。

それでは今回もまずオーガの説明から始めるとしよう。この世界においてオーガの生物種としての平均レベルは10前後である。

そう、平均レベルとしてはガーゴイルとさして変わらないのだ。しかしオーガは個体によってレベルに結構幅がある。なので強いやつは普通にレベル20くらいだったりするらしい。

当然中にはそれ以上のやつもいるかも知れない。つまりオーガは生物種固有の上限値が高いのである。

たださすがにそこまで強いやつは滅多にいない。なので全体の平均を取ると10前後に落ち着くのだ。


そしてオーガって何?とこの世界で問えば大抵は『鬼』と答えが返ってくるであろう。そうオーガとは鬼なのである。

だが、だからといってオーガは豆をぶつけても逃げだしたりはしない。イワシの頭やヒイラギの葉っぱも嫌わない。そう、別世界の鬼とこの世界の鬼は名称こそ同じものの全く別の種なのである。

しかし、共通点もある。その最大の共通点は『角』だろう。当然『牙』も生えているがそれ程大きくはない。なので口を開けなければ見えないのが普通だ。

しかも肌の色も赤とか青なのはいなくはないが少数で、普通に肌色である。且つ、大抵のオーガは普通に服を着ているので遠目では人間と見分けが付かない。もっとも近付けば誰しもがオーガだと気付くはずだ。

それはオーガの体格が人間の倍近くあるからだ。そう、オーガとは大鬼だったのである。

この事からオーガは何らかの遺伝子異状もしくは変異によって人間から枝分かれした種ではないかと考える者もいる。これは別の世界で例えるとチンパンジーと人間の関係だろうか?


なので大きさを別にすればオーガとの戦闘は人間を相手にするのと大差ない。勿論体格差からくるオーガのパワーは人間の比ではないが、人間も魔法や各種ポーションによって反則級の筋力を持つ者もいるので絶対的にオーガの方が人間より強いとは言えないのだ。

しかし、生物種としての平均レベルでは人間は『5』でオーガは『10』だ。なのでスライムはもとより人間にとってもオーガは舐めてかかれない危険な魔物なのであった。


そんなオーガが今、大鉈を手にスライムの前で身構えていた。他に仲間はいないようなのでこいつはピンで活動していたのだろう。

だがオーガは基本群れを作って活動する生物だ。狩なども当然集団で獲物を狩る。なので単独行動しているオーガがいたとしたらそいつは大抵『ナガレ』である。

『ナガレ』とは何かをやらかして群れから追放されたオーガの事だ。その理由はさまざまで群れのリーダー権を巡って争い負けた者や、群れの掟を破って追い出された者、それとは別に仲間とそりが合わずに自ら群れを離れる者もいた。

そんな群れに属さず一匹で行動するのが『ナガレ』であった。


オーガは魔物の中でもそんなに生物種レベルは低くないが、それでも単独行動は危険がいっぱいだ。なので『ナガレ』となったオークの多くは大抵長くは生きられない。

だが、今スライムの前で身構えているオーガは個人のレベルが高いのだろう。体中に戦いによる傷跡が走っているがそれでも致命的な傷は負っていないようだった。

つまりこいつはスライムにとっても一筋縄ではいかない対戦相手なはずである。だがガーゴイル戦を勝利したスライムはちょっと調子に乗っていた。なので単独で行動していたこのオーガを見つけると戦いを挑んだのである。


「ほいっ、オーガが単独行動とはめずらしいじゃないか。はは~ん、察するにお前『ナガレ』だな。くくくっ、一体何をやらかして群れを追い出されたんだ?駄目だぞ、集団生活に身をおくやつは周りと協調しないとな。我侭ばっかり言っているとあっという間に村八分にされちまうんだ。」

いきなり自分の前に飛び出してきたかと思うと、ちゃちゃを入れてきたスライムに対しオーガは背中に背負っていた大鉈を構えた。

もっともその行動はあくまでスライムにこれ以上舐められないようにする為のポーズで本気で怒っている訳ではないようである。

そもそもオーガにとって如何に周りに助け合う仲間がいない状態であろうと、種としてスライム相手に遅れを取る事はない。そう、オーガとスライムでは生物種としてのレベルが全然違うのである。

だが、それはあくまで平均値での差だ。今のスライムは種の上限であるLv6である。しかもスライムはレベル値ではその上を行くガーゴイルを倒していた。その自信が態度にも表れていた。


「なんだよ、返事もなしかよ。これだから『ナガレ』は躾がなってないて言われるんだ。もっともそうでなくては群れから追放なんてされないか。あははははっ!」

身構えるだけで掛かってこないオーガに対してスライムは更に挑発した。だが、それでもオーガは自分から動こうとはしなかった。


「なんだよ、随分慎重なんだな。もしかしてその大鉈は張ったり用なのか?あーっ、実は鉄製じゃなくて木にそれらしい塗装をしただけだったりして。ぶぶぶっ!」

動こうとしないオーガにスライムは更にたたみ掛ける。だがそれでもオーガは動こうとしなかった。


「ちっ、つまんねぇやつだなっ!そんなんじゃチコっとちゃんに笑われるぜっ!」

動かぬオーガに痺れを切らしたスライムはそう啖呵を切ると突然オーガに飛び掛った。だがそんなスライムに対してオーガはあり得ない行動に出る。そう、なんと手にしていた大鉈をスライムに向かって投げつけたのだ。

基本大鉈は振り回して使うものであって投げるものではない。そんな事をしては自ら武器を棄てるようなものだからだ。

勿論それが敵に当たって仕留められたのならそれでもいいが、スライムは向かって来た大鉈をあっさりと交わしてしまった。これによりオーガは丸腰となる。

確かにオーガなのでまだ武器となる爪や牙はあるが、それはオーガ本来のパワー系の攻撃力に比べれば格段に脅威度は落ちる。これがゲームなら『オーガの攻撃力は2に減った』と表示される事だろう。


この事からスライムはこのオーガを『アホ』と断定した。なので自身の経験を高める訓練の足しにはならないと判断し、無駄な体力を使わない為にもとっとと退くべきだと頭では考えた。

だが、一旦戦闘態勢に入ったスライムの魂は生贄を求めていた。そしてそれを差し出させるのは期待はずれだった目の前のオーガだ。


「ふんっ、所詮『ナガレ』なんざ長くは生きられないんだ。俺が喰って腹の足しにしてやるから喜びやがれっ!」

そう言ってスライムは再度オーガに飛び掛った。とは言っても相手はアホとはいえオーガである。その腕に捕まったらスライムでは振りほどけない。なのでしっかり動きにフェイントを掛け、スライムはオーガの足元を走り去りながら毒を注入しようとした。

だが、これがいけなかった。そう、実はオーガはスライムが自分の近くに来るのを待っていたのである。先程の大鉈の放棄は、それを誘うが為の囮だったのだ。


そしてオーガは素早く腰から筒状のモノを取り外すと足元を走り抜けようとするスライムに筒の先を向け何やらボタンを押した。

するとその動作に合わせて圧縮空気が噴出する音と共に筒の先から火炎が噴出したのであるっ!その炎をスライムはまともに受ける。


「あちっ、あちあちあちぃーっ!」

この攻撃は効いた。元々スライムは熱に弱いとされている。そのスライムがもろ火炎を喰らったのだからそのダメージは如何程であろうか。

しかもその炎はスライムが転げまわって消そうとしても体に纏わり付いて一向に消えようとしなかった。


「がははははっ!見たかっ!これぞ俺が長年に渡って研究を重ね完成させた圧縮空気式噴射装置だっ!これがあれば人間やドラゴン相手でも互角に戦えるんだぞっ!」

オーガは転げまわるスライムに向けて声高に手元の装置を自慢した。

まっ、オーガの説明だけで解らない人向けに解説し直すと、つまり圧縮空気式噴射装置とは『火炎放射器』の事である。もしくはデカイライターと可燃性ガスボンベを組み合わせたものと言った方がピンとくるだろうか?

だがオーガはその装置を使えば人間やドラゴンにも互角に戦えると言ったが、人間はまだしもドラゴンは無理があるのではないだろうか?

そもそも、スライムが近くに来るように仕向けたのは圧縮空気式噴射装置から噴出する炎の有効距離が短かったかららしい。そのような短い射程、且つスライムすら一瞬で黒焦げに出来なかった火力では到底一万度を超えるといわれているドラゴンのブレスには太刀打ちできまい。

だがその心意気は汲むべきところがあるように思える。


実はこのオーガは然程並外れたLv値を有してはいなかった。体の傷にしても前よりも後ろの方が多い。つまりこのオーガは今まで基本戦わずに逃げ回って命を繋いできたのだ。

それでもこのオーガは弱肉強食の過酷なこの世界をなんとかひとりで生き抜いてきたのだろう。それは別に逃げ足の速さでも運でもなく、このような装置を作り上げたその頭脳が、その時々に生き残る為の有効な手立てを正確に選択した故なのではないだろうか。

そう、戦いとは腕力だけが支配するものではないのだ。それは別の世界で過去に行われた戦いを見ても解るであろう。そう、明晰な頭脳を持つ軍師が寡兵を持って大軍を蹴散らした事例は幾らでもあるのである。


だがそんな頭脳明晰、手先が器用なオーガも戦い自体は不慣れなままだったようだ。なので炎に包まれたスライムを止めも刺さずに見物していたのである。その油断がスライムに逆転を許す事となった。


「ぐわーっ、こうなったら道連れだっ!」

転げまわっても火が消えない事に業を煮やしたスライムは火を消すのを諦めてオーガの方へ突進した。そう、これぞまさに昔、別の世界で神の国だとぶち上げていた国の軍部が兵士たちに強制した『神風攻撃』であるっ!

因みにスライムの体の炎が中々消えないのは燃料にナパーム油が使われていたからだ。そう、あの悪名高いナパーム爆弾の原料である。その威力はここでは説明しないが興味がある人は『ベトナム戦争 ナパーム』で検索すれば、それがどれ程凶悪な兵器だったか理解できるはずだ。


「うわっ、来るなっ!寄るんじゃないっ!油が俺にも付着するだろうがっ!」

「うるさいっ!死なばもろともだっ!」

スライムの体を燃やし続ける謎の炎の理由を知っているオーガは、その原因であるナパーム油が自分に付着しては堪らんと逃げ出した。

だが既に覚悟を決めたスライムの追撃速度はとんでもなく速い。なのであっという間にオーガに追いつき飛びかかろうとした。

そんなスライムにオーガは胸元から何かを取り出し投げつけてきた。それはスライムにぶつかると白い粉を撒き散らし、その粉は炎に炙られるとぶくぶくと幾つもの膜を発生させた。

するとそれまで何をしても消えなかった炎が徐々に小さくなりとうとう消えてしまったではないかっ!

そう、オーガが投げつけたのはナパームの消火剤だったのであるっ!

さすがは発明家だ。ちゃんともしもの時に備えて消化剤も発明していたのだろう。だがそれは、自分を追ってくる相手を助ける行為のような気がするのだが?


だがナパームの消化剤はスライムの背中で燃え続けた炎と一緒にスライムの闘争本能も鎮火させたようだ。というか今になって体中が火傷でヒリヒリと痛み出しオーガを追うどころではなくなったらしい。

なのでスライムはオーガを追うのを諦めた。だがオーガは恐怖に駆られたのか、途中何度も転びながらも後ろを振り返る事もせずに走り去ってしまった。

そんなオーガが転んだところには例の圧縮空気式噴射装置と炎の燃料となった油と消化剤が点々と散らばっていた。つまりオーガは逃げるのに必死で落し物を拾う余裕もなかったのだろう。


スライムはぶつぶつと文句を言いつつもそれらを拾い集め、その後火傷によく効く葉っぱを捜すべく森の中へと消えて行ったのだった。


■章■13新しい戦い方


『ナガレ』のオーガとの対戦で重度の火傷を負ったスライムはその後、毎日薬草を塗りながら傷が癒えるのを待った。

もっとも、スライムの表面は新陳代謝が活発らしく10日もするとあんなにただれていた皮膚も全て剥がれ落ち、新しい皮膚が再生していた。ここら辺はさすがは魔物と言うべきであろう。人間だったら絶対一生直らない火傷跡が残ったはずだ。


さて、そうは言っても火傷の痛みは相当きつい。おかげでスライムは食欲もわかなかった。なので狩りをする気も起きないので薬草を塗る以外はやる事がない。

そんなスライムは手持ちぶたさからなのか、日がな一日オーガが落としていった例の装置を調べていた。


「むーっ、最初はこのボタンを押すとぶわーっとなったんだけどな。なんで出なくなったんだ?」

スライムは無知故か火炎が噴出した筒先を覗き込みながらボタンを押している。この行為は圧縮空気式噴射装置が正常だったならまたしても大火傷となるアホな行為だ。

だが、実は圧縮空気式噴射装置も壊れている訳ではなかった。只単に燃焼剤を噴出させる圧縮空気がカラになっただけだったのだ。

だがスライムにそんな事が判るはずもない。そこでスライムは森一番の賢者と言われているフクロウを尋ねる事にした。


「おーい、フクロウのじいさんっ!いるかぁ。」

・・。

「じじいっ!このむっつりスケベっ!折角ミミズクちゃんの秘蔵画像を持ってきてやったのに居留守をすると中古屋に売っちゃうぞっ!」


バサバサバサ・・

スライムの恫喝?に、どこにいたのか一羽のフクロウが舞い降りてきて近くの枝にとまった。


「あーっ、こほん。なんじゃ朝っぱらからうるさいのぉ。おちおち二度寝もしておられん。」

「いや、じいさん二度寝どころか年中うとうとしてるじゃねぇか。もしかして、もうお迎えが近いんじゃないの?」

「ほざけっ!ワシくらいになると無駄な動きなどしなくなるのだ。そもそもこの世は泡沫。効率よく生きた者が長生きするのだ。」

「いや、それはどうかと思うけど・・。いつか誰かから聞いた話だと、生き物の生涯鼓動回数って大体同じらしいじゃん。ならば活動的に動いて人生を楽しんだ方が絶対面白いんじゃないか?」

「ふんっ、あー言えばこう言う。お前もとうとう中二になったんだな。あーっ、青臭い臭いがぷんぷんしておる。」

「なんだよ、中二って?まっ、いいや。それより今日は見てもらいたいもんがあって来たんだ。ちょっと見てくれよ。」

フクロウは若者であるスライムに対して定番の嫌味を言ってきたが、何故かスライムは異に返さない。つまり嫌味を嫌味として捉えていなかった。

なのでフクロウは肩透かしを喰った形になったが、スライムが持ってきたというミミズクちゃんの秘蔵画像には興味津々のようだった。


「おっ、ミミズクちゃんの秘蔵画像かっ!うむっ、ミミズクちゃんも人気者になったから成り済ましやアイコラ画像などが出回り始めたからな。よしよし、ミミズクちゃん親衛隊隊員番号8番のワシが本物かどうか鑑定してやる。して、画像を収めたメディアはどれだ?」

「じじい・・、あんたミミズクちゃんの親衛隊だったんだ。しかも隊員番号が一桁なのかよ。すごいな。」

「ふぉふぉふぉっ、羨ましかろう?だがこうゆうのは先見の明を持つ者だけが手に出来るプラチナライセンスだからな。お前のような若造には無理な話だ。ふぉふぉふぉっ。」

「いや、別に羨ましくはないけど?そもそもそんなの仲間内だけの優越感じゃん。あっ、もしかして何か特典でもあるの?」

「ふぉふぉふぉっ、当然だっ!なんとミミズクちゃんのコンサートがある時は毎回優先的にチケットが取れるのだっ!いちいちチケットぴゅあに電話しなくてもいいのだぞっ!」

「あーっ、なんかすぐ完売するらしいからな。確かにそれは羨ましいかも・・。」

「そうであろうっ!して、秘蔵画像は?」

「あーっ、これなんだけどね。」

そう言ってスライムはオーガが落としていった圧縮空気式噴射装置とその他もろもろのものを体の中から取り出し地面に並べた。


「なんだ、それ?新しい画像記録メディアか?」

「うんっ、なんか3Dフォログラム装置らしいんだけど動かなくなっちゃったんだよね。だからちょっと見てもらえないかな。」

「3Dフォログラムとな?どれどれ。」

フクロウは木の枝から地面に降りるとしげしげと確認し足先で装置を弄り始める。そしてふんっと鼻息を噴くと装置を投げ出した。


「これ、スライム。ワシをたばかるのもいい加減にせい。これは3Dフォログラム装置などではない。」

「あれ?解っちゃうんだ。さすがはジジイ。伊達に森の賢者と呼ばれてねぇな。」

「当たり前だっ!いいか、これはワシも見た事はないが構造は解る。多分これは圧縮空気を利用した噴出装置であろう。そして噴出させるのはこっちの油だな。それとこの着火装置を組み合わせて火炎を吹き出させる装置だ。」

「おーっ、お見事っ!まさにそんなだったよっ!でもスイッチらしきものを押しても動かないんだよな。もしかして壊れているのかな?」

「いや、単に油を噴出させる為の圧縮空気がないだけだ。ほれ、このポンプを使って皮袋に空気を溜め込むのだ。」

そう言うとフクロウは足で器用にレバー式のポンプを操作し始めた。するとそれまでぺしゃんこだった皮袋が段々と膨らんでゆく。そしてとうとうはち切れんばかりに皮袋がぱんぱんになった。


「はぁはぁはぁ、くーっ、こうゆう作業は骨が折れる。お前にやらせればよかったな。」

「あっ、ごめん。うんっ、代わろうかなとも思ったんだけどなんかコツでもあるのかなと思って黙ってた。」

「ばかもんっ!そんなもんあるかっ!と言うか年寄りは労われっ!」

「はははっ、まっ、じじいもまだまだイケるってっ!で、後は?」

スライムはフクロウの機嫌を取りつつ説明の先を促す。


「うむっ、後はお前も試したようにこのボタンを押すだけじゃ。ほれ、やってみろ。あっ、筒先は絶対ワシに向けるなよ?これは振りじゃないからな。ふざけたらもう説明してやらないぞ。」

「へぇへぇ、念を押さなくてもそんな事はしないさ。どれどれ、ポチっとな。」


ぽんっ!びゅーっ!

スライムが装置のボタンを押した途端甲高い音と共に筒先から真っ白い霧が勢いよく噴出した。しかもその反動は結構なものだったのでスライムは装置ごとひっくり返ってしまった。

因みに筒先から出た白い霧は断熱膨張した空気が急激に熱を周囲に開放した為に冷えて出来たものだ。多分理科の試験に出るので覚えておくように。


「はははっ、それはワシを騙した罰だ。まっ、そうなる事は判っていたからな。ふぉふぉふぉっ。」

「くーっ、やられた・・。でもすごいな、こいつは。まっ、でもこいつを持っていたオーガなら耐えられるか。いや、俺だって解っていればひっくり返らなかったさ。」

「なんだ、それって元々はオーガが持っていたのか?」

「ああ、ちょっと前にナガレのオーガとやったんだけどさ。まっ、当然俺が勝ったんだけど、その時落としていったんだ。」

「成る程な、まっ、オーガも時に変種を生み出すからな。でもそんなやつは大抵集団からはじき出される。そのナガレのオーガもそなん目にあっていたんだろう。」

「変種は駄目なのかい?」

フクロウの言葉にスライムが問い返す。それは今までピンで生き抜いてきたスライムにはちょっと理解できない理屈だったからだ。


「駄目ではないが、大抵は阻害される。特に集団で生活するやつらにその傾向が強い。」

「ふぅ~ん、そうなんだ。」

「まっ、それは集団で生活する上で避けられぬ性質なのだろう。集団ってのはみんな同じ平等が建前だからな。なので変わりモンは嫌われるのさ。そしてそいつが弱い者だったらイジメる。だが強かった場合は形ばかりではあるが従うんだ。あくまで形だけだがな。」

「なんだかなぁ、群れるやつらってなんか嫌なやつらなんだな。」

「それが集団というものだ。そうやってまとまるのさ。ただそれを無意識でやるからある意味恐ろしいんだ。無意識は時に暴走するからな。」

「なるほどねぇ、さすがはじじい。伊達に森の賢者と言われてねぇなっ!」

「ふぉふぉふぉっ、これ、おだててもなにも出ぬぞ。あっ、アメちゃん食べるか?」

そう言うとフクロウはどこから出したのか飴玉をスライムに渡した。うんっ、なにも出ないと言った癖に、もしかしてこのフクロウはおだてに弱いのか?


さて、その後スライムは圧縮空気式噴射装置とオーガが落としていったもろもろのモノについてフクロウから更に色々聞き出した。


「さすれば、圧縮空気袋とは別にこっちの袋に油を入れてここに組み込むと空気と一緒に微細化された油が一緒に噴出す。その際、スイッチに連動したこの火種、火打石が火花を出し着火する仕組だ。うむっ、これを作ったオーガは中々やりおるな。ちゃんとそれぞれの性質や原理を解って作っておる。」

「おーっ、そうなんだ。」

「それにこの装置はそれだけではない。こっちのアタッチメントと組み替えるとこの中に仕込んだ弾が圧縮空気のチカラで飛び出す仕組みだ。」

「おーっ、そうなんだ。」

「これは撃ち出す玉を色々改良していけば結構な武器になるな。おっ、これはヤジリだな。成る程これも弾として撃ちだせるようになっておる。いやはや、大したもんだ。」

「おーっ、そうなんだ。」

フクロウの説明にスライムは一応相槌を打つが実際には半分も理解していないようだった。なのでここでオーガが落としていった圧縮空気式噴射装置ともろもろのモノについておさらいしておこう。


まず圧縮空気式噴射装置自体は全長50センチ程度の筒状のもので材質は金属で出来ており、端に装置を保持する為のグリップが取り付けられている。

そのグリップの先にはボタンが付いており、さらにその先には圧縮袋と油袋を取り付ける箇所があった。

重さは装置単体では4キログラム程だろうか。当然圧縮袋や油袋を装着すると重さは増した。

そしてフクロウも感心していたようにこの装置はアタッチメントを取り替えることにより色々なモノを発射できるようになっていたのだ。

それらは石の弾だったりヤジリである。工夫すれば大型の矢も撃ち出せるかも知れない。だがそんな撃ち出せるモノの中でフクロウが一番驚いたのは『火薬弾』だった。


火薬・・、それはこの世界では人間だけが扱う秘密兵器だった。なのでそれをオーガが装置の弾体ととして使っていた事をフクロウは驚いたのだ。

だが、秘密兵器というものは姿をさらした途端に秘密ではなくなるものである。なのでオーガがそれを使ったとしても何らおかしくはないのだが、基本魔物とは自らが生まれた時から持っている能力しか使おうとしない。

そう、道具を発明し使うのは基本人間だけが持ち合わせていた能力なのである。

もっとも単純な加工などはゴブリンたちも独自に編み出している。中には人間より優れた加工を施したものもあった。

しかし、こと『武器』に関しては人間の開発力に魔物たちの工夫は到底追いつけなかった。そう、もしかしたら人間とは『戦争』をする為に生まれた種なのかも知れない・・。


さて、フクロウの説明により新たな武器を手に入れた事を確認したスライムは自身の目標達成にそれを使う事にした。本来スライムは自身では大した攻撃手段を有していない。故に底辺種として常に狩られる立場にいた。

だがこのスライムは圧縮空気式噴射装置という武器を手に入れたのだ。この武器を駆使する事によりスライムは、それまで種の限界とされそれ以上昇ることが出来ないとされていた更なる高みへ昇る事が出来るかも知れない。


いやっ、出来るっ!出来るようになってみせるっ!


スライムは新たな武器を手に、心に固く決意したのであった。

でもスライムに手ってあったっけ?


■章■14創意工夫と鍛錬


圧縮空気式噴射装置という新たな武器を手に入れたスライムは、その後その装置の理解と使い方の習得に全ての時間をつぎ込んだ。

そして必要な物資は森の仲間まであるキツネに頼んで人間界から調達して貰った。

そう、ご他聞にもれずこの世界のキツネも化ける事が出来るのだ。なので一部のキツネたちは人間に化けて人間界にて生活していたりする。当然言葉による意思疎通も完璧だ。


今も丁度、森の中でスライムが圧縮空気式噴射装置の使い方を訓練していると、町に必要な物を買いに行ってもらっていたキツネが帰ってきたところだ。


「ようっ、買って来たぜ。いや~、高かったよ。おかげでサイフの中が空っぽになっちまった。」

「おうっ、すまないな。ほら、礼だ。釣りはいらないぜ。取っときな。」

そう言ってスライムは大きめの葉っぱを3枚ほどキツネに差し出す。


「いや、そうゆうボケはいらないから。いくら俺がキツネだからって葉っぱのお札は受け取らないって。と言うか、ここいらで流通しているのは硬貨だけで紙幣は誰も使わねぇよっ!」

「そうなのか?あーっ、なら次からは平べったい石を用意しておくよ。」

「偽物を堂々と渡そうとするんじゃねぇっ!」

スライムの言葉にすかさずキツネが突っ込む。それは傍からはまるでふたりはわざと掛け合い漫才をしているようにも見えた。なのでスライムは更にキツネにたたみ掛ける。


「なんだよ、葉っぱのお金はキツネが人を騙す時の定番なんだろう?後は馬の糞を饅頭と偽って食べさせるんだっけ?」

「お前、いつの時代の話をしているんだよ。そんなのは昔話で今は通用しねぇよっ!人間だってアホばかりじゃないんだからなっ!お前の頼みだから町に行ってるけど、結構危ない橋を渡ってるんだぞっ!」

「はははっ、判ってるさ。冗談だよ。ほら、お前が戻って来るころだと思ってウサギを捕まえておいたんだ。食べてくれよ。」

そう言うとスライムは一羽のウサギをキツネの前に投げた。


「おっ、気が利くじゃねぇか。うんっ、確かに人間の料理はうまいが俺にはちょっと味が濃すぎてな。やっぱり肉は新鮮な生肉だよなぁ。」

「そうかぁ、俺は少し時間が経って硬くなりかけた方がいいな。」

「まっ、あんたと俺とじゃ種が違うからな。味覚も違って当然さ。」

「そんなもんかね、でもそうなるとお前と初めて会った時もあのまま放置して腹が空いてから食べちまえば良かったのかな。」

「おいおいっ、あの時は助けて貰っておいてこう言うのもなんだが、あんたやっぱり魔物だよな。うんっ、俺は単に運が良かっただけか・・。」

「はははっ、冗談だって。」


そう、実はこのキツネは昔スライムに助けられた事があるのだ。なので今もその恩を忘れず何かとスライムの手伝いをしているのである。

そしてその恩とは、その昔キツネは他の獣と争って結構な怪我を負ってしまい生死の境をさ迷っていたのだが、そこにスライムがやって来たのだ。

本来スライムは死んだり動けなくなっている獣を食べる。なのでその時のキツネはスライムにとっては絶好のご馳走だったはずなのである。

だがその時スライムはキツネを食べようとしなかった。それどころかあまり生えていない貴重な薬草を取ってきてキツネの傷を手当てしたのである。

これはキツネにとっては理解しがたい出来事だった。まぁ、後で理由を聞いたら単に腹が減っていなかったのと、丁度その時スライムはレベルが3から4になったと告げられたらしくて浮かれていた為らしい。

それとは別に当時スライムは森のフクロウから食べる気がないならば獲物には鷹揚に接するべきだと諭されていたので、レベルアップした事により気分の良かったスライムは単にそれを実践したというのが真相であった。

つまりはからずしもスライムは『情けは人の為ならず』という格言を実践しただけなのである。もっともその意味をスライムは理解してはいないようだが・・。


こうしてキツネはスライムの手下・・、もとい友だちとなった。なので今回の人間界へ行って材料を買ってきて欲しいというスライムの頼みも嫌々ながら引き受けたのである。因みにその為のお金は行き倒れていた旅人のサイフから出されていた。


さて、キツネがスライムから頼まれて人間の町から購入してきた材料とは『火薬』であった。そう、この異世界でも既に火薬は発明されており、先込め式ではあるが鉄砲も実用化されていたのである。そして鉄砲は軍隊だけでなく猟師も使っていたので火薬は町でも普通に買えたのだ。

ただこの異世界ではまだ鉄砲は威力が小さく命中精度も悪かった為、軍の武器としては主流になっていない。精々新しいモノ好きな貴族が少人数の部隊を儀礼用として運用している程度である。

ただ、火薬に関してはその爆破威力を用いて土木作業や攻城戦などで大量に使われている為、流通している量も多く価格もこなれていた。

但し、鉄砲に使用する火薬と爆薬は同じものではない事だけを今は伝えておこう。この事が伏線になるかどうかは後々の流れ次第である。


さて、キツネが買ってきてくれた火薬を使って早速スライムは手入れをした圧縮空気式噴射装置から弾丸を試射してみた。

本来圧縮空気式噴射装置は圧縮した空気の圧力で筒の中のモノを撃ち出す仕組みなのだが、装置の仕組みを調べたフクロウが言うには、この装置は人間が使う銃のように火薬でも撃ち出せるようになっているらしい。なので今回スライムはそれを試そうとしているのである。


どか~んっ!

撃った途端、スライムは予想以上の反動に後ろに転げた。はい、火薬の量を入れ過ぎたんですね。やっぱりスライムはアホだな。

しかし、そんな使われ方をしたのに圧縮空気式噴射装置にダメージはないようだった。中々精巧且つ強度のある作りらしい。


「おいっ、大丈夫か?」

爆音に驚きながらもキツネは吹っ飛んだスライムを心配する。だが動きは派手だったが当のスライムはそれ程ダメージを受けていないようだった。


「いてててっ、いや~、びっくりした。そうか、威力を増そうと思って火薬の量を増やしたんだけど、反動も強くなるんだな。もうっ、そうならそうと最初に言ってくれよっ!」

「いや、俺に言われても・・。」

「でも予想通り威力も増したみたいだ。見てみろよ、的にした木に深く弾がめり込んでいる。これって

圧縮空気を使った時より断然威力が違うよ。圧縮空気の時は弾の頭が木の表面から見えたもんな。」

「そうなのか?あーっ、確かに深いな。矢でここまでめり込ますには相当強い弓じゃないと無理だ。」

スライムとキツネは弾がめり込んでいる穴を覗き込み、改めてその威力を実感したようだった。


「だよなぁ、そしてそんな強い弓が引けるやつはそういない。でもこいつはボタンひとつ押すだけだ。そう考えると人間の考えた銃ってやつは凄いんだな。これは何れ人間たちの戦争のやり方を変えちゃうかもな。」

「それはどうかなぁ、撃つ度にひっくり返っていたんじゃ騎士の突撃に対応出来ないんじゃないのか?」

「なんだよ、キツネって人間同士の戦いに詳しいのか?」

「まっ、俺は人間の近くにも行くからな。それにあいつらが戦場にする場所って大抵平原だからさ。平原は俺の狩場でもあるんで迷惑しているんだよ。」

「あーっ、確かに。」

そう言いつつスライムは圧縮空気式噴射装置のアタッチメントを交換し今度は何やら大きな筒状のモノを装置の先から押し込んだ。もっとも押し込んだのは筒状のモノに刺してある細い棒で、筒状のモノ自体は装置の筒先から飛び出している。


「今度は何をしようってんだ?」

「これはか?これはちょっと凄い事になるかも知れないからキツネも離れていろよ。と言うか俺を後ろから支えていてくんない?」

「あーっ、そうだな。またひっくり返るのは嫌だろうからな。」

そう言うとキツネは器用に後ろからスライムの体を保持した。それを確認するとスライムは圧縮空気式噴射装置を慎重に構えて先程的にした木の先に転がっている岩に狙いを定める。そしてボタンを押した。


どか~んっ!

ひゅーん、どっか~んっ!

またしても撃った途端に激しい反動がスライムを襲ったが今回はキツネが体を支えてくれたのでひっくり返る事はなかった。

だが発射の轟音のすぐ後に別の爆音が的にしていた岩の辺りから響いてきた。そして、その岩の周りにはもくもくとした爆煙が立ち昇っている。


「うわっ、一体何をしたんだ?すごい爆発と煙が湧いたぞ?」

「うんっ、今のは鉛の弾じゃなくて爆薬入りの筒を発射したんだ。」

「爆薬入りの筒?それって人間たちが工事現場なんかで使っているあの筒の事か?」

そう、キツネが言っているのは別の世界における『ダイナマイト』の事だ。但し現代のダイナマイトは滅多な事では爆発しない。導火線に火をつけてそれが本体に達すると爆発するのは導火線の先に感度の高い別の爆薬が少量含まれているからだ。

そしてダイナマイト本体はその少量の爆薬の爆発エネルギーをトリガーとして爆発しているのである。もっとも初期のダイナマイトは導火線の熱でも発火、爆発するように爆薬が調合されていたのでとても危険で扱いが難しかったのだが・・。


「実はこれもオーガが落としていったやつのひとつなんだけど、ここまで凄いとは俺も思わなかったよ。見てみろよ、爆風で岩があんなに移動している。」

爆発時の煙が漸く晴れて的にしていた岩が見えるようになると、元々岩のあった場所には地面に大穴があいていた。そして岩自体は10メートル程後ろに転がっていた。

それを見てスライムはさすがは工事現場で使われるだけの事はあると感心したのであった。そしてとある思いが口に出た。


「いや~、これを使えばドラゴンとだって対等に戦えるかもな。」

「いや、それは言い過ぎだろう。確かに凄い威力だがドラゴンのブレスはこんなもんじゃないって聞いてるぞ。何でも太陽より熱くて岩ですら溶かすんだろう?」

「まっ、全てのドラゴンがそうだという訳ではないらしいけどね。」

「いや、別に岩を溶解かせなくても普通の生き物は木を燃やせる程度の熱でも危ないんだよ。」

「はははっ、確かに。俺もお天道様の熱を長時間浴びるのは勘弁して貰いたいからな。でも直ぐに水分を補給すればそんなに問題はないよ。」

「まっ、確かに直ぐに水を飲める場所では干からびたスライムを見かける事はないけどさ。でも草原とかには日干しになったあんたの同類が結構転がっているぜ?」

「だよなぁ、俺も気をつけなくちゃ。」

そう言いつつもスライムは次のテスト準備に入っていた。どうやらスライムはこのオーガからかっぱらった圧縮空気式噴射装置を相当気に入ってるようである。

でも圧縮空気式噴射装置って名称はどうなんだろう?スライムはさっき火薬を使っていたはずなんだが?

まっ、圧縮空気式噴射装置って名称も長ったらしいのでその内かっこいい名前を付ける事にしましょう。あっ、なんだったら皆さんが考えてもいいですよ。お礼は干からびたスライムの干物でどうですか?


■章■15VSヒュドラ戦


さて、対オーガ戦で負った火傷も漸く癒えた頃、スライムは次の対戦相手を探していた。あのオーガのLvはオーガとしてはちょっと低いLv9だった。

その前のガーゴイルは多分Lv8前後だったので、順当に行くならばLv10から12程度が妥当なはずである。

だが今のスライムは圧縮空気式噴射装置というチートを手に入れた事により図に乗っていた。なので対戦相手のレベルを一気に20くらいに上げようとしたのである。

Lv20、このクラスともなるとその絶対数は少ない。種としては『ケルベロス』や『ヒュドラ』それと『バシリスク』や『グリフォン』の下位なども含まれる。


本来ならLv6のスライムがこのクラスを相手にするのは自殺行為だ。多分瞬殺される。だが今のスライムには圧縮空気式噴射装置というチートな武器があった。

これにより本来攻撃力が皆無に等しいと言われているスライムもLv20クラスと対等な攻撃力を手に入れたのだ。そしてそんな武器を持った者の常としてスライムは自身の本来のレベルを見誤っていたのである。

それ程チートな武器とは人を狂わせるのだ。まっ、スライムは人ではないがこれはあくまで言葉のあやである。なので気にしないように。別に伏線ではありません。


だが先にも言ったが高レベルの魔物は絶対数は少ない。なのでちょっとそこら辺を探したくらいではまず会う事はなかった。

だがそれでもスライムにはアテがあったらしい。なのでその日は少し遠出して大きな沼地へと足を運んだのである。そしてスライムのお目当てはその沼を縄張りにしている『ヒュドラ』だった。


さて、それでは恒例の魔物の説明に入ろう。ヒュドラとはヘビの頭が複数ある魔物で大抵沼地に住んでいる。姿が近いモノとしてはギリシャ神話のメデューサが思い浮かぶ。もしくはヤマタノオロチか。

そしてこの世界においてヒュドラの生物種としての平均レベルは20前後であった。はい、どこぞの国の神話では神様と争ったくらい強敵ホジションだったのに異世界では中堅どころ、しかも下位らしいです。

そんなヒュドラの攻撃パターンは大抵『毒』だ。しかも毒だけではなく強酸性の液体も吹きかけてくるらしい。

だがヒュドラの生物種としてのレベルを20前後にしている最大の要因は攻撃力ではなく防御力であった。

と言っても別にヒュドラの体を覆ううろこが鋼鉄で出来ているという訳ではない。確かに鈍らな剣では弾かれてしまう強度は有していたが、それなりに腕の立つ者にかかればちゃんと斬れた。

だが、ヒュドラはその先がチートなのだ。なんとヒュドラは複数ある首を切断されても割と短時間で新しい頭が復活してしまうのであるっ!

当然体部分も同様だ。どばっと切り裂いてもにゅるにゅると見ている間に傷口が塞がってゆくのである。

これをチートと言わずになんとするっ!お前はトカゲの尻尾かっ!いや、まぁ、トカゲと蛇は似てはいるけどね。


さて、スライムがわざわざ出向いた沼にいたヒュドラはなんと頭が9つもあった。基本ヒュドラの強さは頭の数に比例すると言われている。そして9つはかなり上位だ。なので本当にこの沼のヒュドラはレベル20かも知れない。

しかも対戦する戦場はヒュドラのホームベースである沼だ。つまり地の利もヒュドラにあるのである。これは状況だけで見ればスライムは戦う前に詰んでいるといえよう。


だがスライムも実は水辺の戦闘は得意だったりする。その訳は攻撃手段をあまり持たないとされているスライムも、水分を体内に取り込んで圧縮して噴出するという隠しわざを持っていたからだ。

もっともその威力は圧縮空気式噴射装置には遠く及ばない。だが痺れ毒と併せて相手の目などに命中させれば視界を奪う事は可能だった。

しかし、今のスライムにはそんな水鉄砲より遥かに強力な武器が手元にある。それを手にスライムは意気揚々とヒュドラに戦いを挑んだのである。


「おいっ、ヒュドラっ!この前は残念ながら体調が悪かったから敢えて退いたが、今日こそ決着をつけてやるぜっ!首を洗って祈りでも捧げやがれっ!」

沼の岸辺にてスライムは魚影すらない水面に向かって声を掛ける。絵図らとしては『王様の耳はロバの耳』みたいでちょっと恥ずかしい。しかも言ってる内容がまんま中二だ。

だが暫くすると水面に変化が現れた。そして水しぶきと共に9つの頭を持ったヒュドラが現れたのである。

そんなヒュドラは岸辺にいるスライムを見つけると気が抜けた感じで返答してきた。


「なんだ、どこの馬鹿が騒いでいるのかと思ったら昔見逃してやったスライムか。ふんっ、わざわざ殺されに来るとは、やはりスライムは馬鹿しかいないな。」

「その言葉そっくり返してやるっ!と言うかお前は頭が9つあるんだからズルだろうっ!」

「ふんっ、相変わらず口だけは達者なようだな。では試してやろう、55万5千552割る0は幾つだ?」

「ぐおーっ、5の数字を並べておいて最後だけ変えて混乱を狙ってくるとは卑怯なっ!」

「いや、奇数だと割り切れないだろう?お前、小数点って判るか?だからこれはわざと簡単にしてやったつもりなんだが・・。」

「きっ、奇数ってなんだっ!難しい事を言って誤魔化そうとしても駄目だぞっ!」

「参ったな、本当に馬鹿だったか・・。さっきの言葉はこの問題が数字を0で割っているところから目を反らさせる目的で言ったんだが、お前には必要なかったな。」

「くっ、なんかすげー馬鹿にされた気がする・・。あっ、0で割るんだからそれってつまり等分する必要が無いって事だよな?なんだ、引っ掛けかよっ!よしっ、答えは555万5千555だっ!」

「数字が増えておる・・。それが正解なら金貸しは貸付金を分割しまくりだな。」

「えっ、そうなの?もしかして俺って金儲けの抜け道を発見しちゃったの?」

「そんな訳あるかっ!ふんっ、どうせスライムなんぞ喰っても腹の足しにもならん。今回『も』見逃してやるからとっとと失せろっ!」

ヒュドラはスライムのお馬鹿加減に呆れたのか、もう話すのも面倒とばかりに話を打ち切りに入った。だが当のスライムはやんわりと馬鹿にされている事を本能で感じ取り反発する。


「も、を強調するなぁっ!と言うか今回は引かねぇぞっ!勝負だ、ヒュドラっ!」

「あーっ、断る。」

「断るなぁーっ!それでも男かっ!」

「では、遠慮する。」

「えっ、遠慮?むーっ、それってどうゆう意味?」

「お前が勝った事にしておいてやるから、とっとと帰れという意味だ。」

「なんだよ、なら初めからそう言えよ。でも駄目。今回は俺の経験値アップも兼ねているからお前は俺の踏み台になるのさっ!」

煩わしさから最大限の譲歩をしたにも関わらずスライムに踏み台呼ばわりされたヒュドラはさすがに我慢の限界に達したようだ。なので態度を一変させ9つの頭全てを持ち上げると戦闘モードに入った。


「こわっぱっ!言わせておけばいい気になりおってっ!いいだろうっ、お前の望み通り瞬殺してくれるわっ!」

そう言うとヒュドラはスライムに向かって口から大量の水を吐き付けてきた。だがスライムはそれを横に飛びのき避ける。

しかし、ヒュドラは9つの頭全てを使い次々にスライム目掛けて水流を吐きつけた。しかもひとつの頭が吐き出した水を沼から補給する際も別の頭が攻撃を引き継ぐので攻撃に切れ目がない。


「うわっ、あぶっ、こらっ!相手にツバを吐き出すなんてお前はどこの不良だっ!公共衛生違反だぞっ!」

「うるさいっ、ここはワシの縄張りだ。なのでそんな決まりはないっ!と言うかツバではなくて水流だっ!まともに浴びればお前などぐしゃぐしゃだぞっ!」

スライムの抗議に何故かヒュドラは律儀に応える。しかし、その間も水流攻撃は止まらない。仕方なくスライムは沼から離れる事でヒュドラの水流攻撃の源である沼からヒュドラを引き剥がす作戦に出た。

そしてその作戦にヒュドラはまんまと引っかかり後退するスライムを追って沼を出てきた。


「はははっ、沼から出てしまえば水流は使えまいっ!攻撃手段を失ったお前などまな板の上のフナだっ!いや、シャケだったか?」

「お前もう少し勉強した方がいいぞ?まっ、だがそれも無理か。何故ならお前はここで死ぬのだからなっ!」

沼から上がった事により水源を失ったヒュドラであるが、別にヒュドラの攻撃手段は水流だけではなかった。そう、今度は毒と酸を口から吐き出したのであるっ!


「喰らえっ!ワシの猛毒を浴びればお前など一瞬で憤死だっ!」

そう言うとヒュドラはスライムに向かって毒を吐き付けた。だがスライムはそれを後ろに飛びのき避ける。

しかし、スライムは最初の一撃こそ難なくかかわしたが、ヒュドラは9つの頭全てを使い次々にスライム目掛けて毒を吐きつけた。中には毒ではなく強力な酸を吐き出す頭もあった。その連続攻撃にスライムは徐々に追い込まれていった。


「うわっ、あぶっ、こらっ!相手にツバを吐き出すなんてお前はどこの不良だっ!公共衛生違反だぞっ!」

「うるさいっ、ここはワシの縄張りだ。なのでそんな決まりはないっ!」

スライムの抗議に何故かヒュドラは律儀に応える。しかし、その間も毒攻撃は止まらない。しかも後退するスライムを追って更に沼を離れた。

だがこれはスライムの作戦だった。基本ヒュドラは沼を拠点としている。それは皮膚が熱や乾燥に対して弱いからだった。なのでヒュドラは常に皮膚を濡らしておく必要があったのだ。

もっともそれはヒュドラにとって確かに弱点ではあったが魚のように絶対水から出れない訳ではない。仮に夏場の灼熱の太陽熱を浴びても2、3時間くらいならなんら問題がなかった。当然夜間などは一晩中外にいても問題ない。

とは言ってもその後、全身を水につけてケアする必要はあったがスライムのように干からびる事はまずなかった。


なのでヒュドラは何の躊躇もなくスライムを追って沼を離れたのだ。だがその慢心が今回の勝負の分かれ目だった。

そう、今スライムの手には圧縮空気式噴射装置というチートがあるのであるっ!そして圧縮空気式噴射装置は火炎を噴射できるのだっ!


「はははっ、かかったなヒュドラめっ!今の俺を前回と同じと思ったのが運の尽きだっ!喰らえ、地獄の業火っ!」

スライムはやおら体内から圧縮空気式噴射装置を取り出すと筒先をヒュドラに向けてボタンを押す。その圧縮空気式噴射装置には例の燃える油であるナパームが入った袋が装着されていたので、筒先からは確かに地獄の業火もかく在らんとばかりの炎が吹き出しヒュドラを襲った。


「ぐえーっ!ぐわはっ!なんだこの炎はっ!うおーっ、皮膚がっ!俺の皮膚が焼けてゆくっ!」

スライムからの思いもよらない攻撃に、ヒュドラはただただ炎の中で悶え苦しんだ。

それでも本能からなのか体は沼の方へと逃げようとしていた。

しかし、スライムはそれを許さない。今度は圧縮空気式噴射装置のアタッチメントをナパー油の袋から例の爆薬入りの筒へと替え、逃げ去ろうとするヒュドラに向けて撃ち掛けた。


どか~んっ!

ひゅーん、どっか~んっ!


圧縮空気式噴射装置の筒先から飛び出した爆薬入りの筒、改めグレネード弾は狙いたがわず命中しヒュドラの体を粉々に粉砕した。


「みたかっ!これぞ俺の真のチカラだっ!」

スライムは粉々の肉片に化したヒュドラの前で小躍りして勝利宣言をした。

だが、それってスライムのチカラと言えるのか?それって圧縮空気式噴射装置の威力であってスライム本人のチカラではないような気がするんだが?

だが、その件については周りに突っ込む者がいないのでスライムはひとり喜び浮かれていた。


「ひゃつほーっ!これさえあればドラゴンだって目じゃないぜっ!いや、もしかしたら魔王にだって勝てるかもなっ!えっ、そしたら俺が魔王って事?ひゃはははっ、参ったなぁ。まっ、勇者に対しては少し甘くしてやるか。いくら勇者が人間だと言ってもバラバラにしちゃ可愛そうだからな。うんっ、こんがり灰になるまで焼くだけで許してやろう。にゃははははっ!」


レベル20と言う上位魔物に難なく勝ててしまった事によりスライムの妄想は止まる事を知らないようだった。

まっ、確かにLv6のスライムがLv20のヒュドラに勝てたのだから舞い上がるなと言う方が無理だろう。それがチートな道具を使った勝利だとしてもだ。


かくして圧縮空気式噴射装置というチートのおかげでスライムは難なくヒュドラを倒した。そう、少しズルくはあるがLv6でしかないスライムがLv20のヒュドラを倒したのである。

これはレベル値が絶対的なチカラを表す指針となっているこの世界ではイレギュラーな出来事であった。

だが、この出来事に神は何の関心も示さない。そう、実は神とはあまり人々や魔物に対して興味がないのだ。その無関心ぶり足るやまさに『放任』である。もしくは『やりっ放し』、『後片付けをしない子供たち』『法律違反をしても認めない大人たち』のようだ。

なのでやがてこの世界も少しずつ変わって行くのかもしれない。そしてその流れを創るのは市井の人々や底辺魔物であるスライムたちなのではないだろうか。

だがその流れは多分非常にゆっくりだ。なので世界に暮らす者たちは気付かないだろう。何故なら高い視点から俯瞰すればわかる変化も、地面に這いつくばった視点では見える範囲は限られるのだから。


そしてヒュドラとの戦いに勝利したスライムは上機嫌で森へと帰って行った。後に残ったのはヒュドラのバラバラになった死体だけである。

だがそのバラバラになった死体の肉片が何故か少しずつ動き始めた。しかも全てがひとつの方向へと向かっている。

そう、これぞヒュドラが高いレベルを有している最大の理由。『復活』だっ!


と言いたいところだが、如何なヒュドラでもバラバラになった上に焼かれては復活できない。今回肉片が動いたのは単に肉食の小動物が隠れ家にご馳走を運ぼうとしていただけです。

うんっ、私は判っていたんだけどね、でもみなさんは私が説明しないと判らないでしょ?だからちょっと説明を省いてみなさんをミスリードしました。

ええ、こうゆうのは『推理モノ』とか『ホラー』なんかでよく使われています。私が思いついた訳じゃないから文句は言わないでね。


しかし、今ふと思ったのだがスライムって自身の経験値を上げる為に上位レベル者と戦っているんだよね。でも圧縮空気式噴射装置というチートを使ってその戦闘に勝っても経験値って上がるのか?

仮に上がるとしたら別に鍛錬なんかする必要なくないか?チートな勇者の剣とかを武器屋で買えば忽ち最高値になれてしまうよな?そこら辺、どうなんだろう?

えっ、買う金がない?あらら、それはそれは・・。なら後払いにして貰えば?まっ、向こうは納得しないだろうから取り合えずチカラづくで奪ってからね。

うんっ、すごい理屈だよねぇ。でも昔はこれがまかり通っていたんだよ。そう考えると法律って偉大だよなぁ。


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