ティーダとルーリアのお話し
ティーダはルーリアの1番だ
大好きな幼馴染で兄で親友で、黒いフサフサした尻尾とピンッと尖った耳がかっこいいティーダ。
怒ると、黒色の瞳の中の金色の瞳孔がギラギラ光って夜に浮かぶお月さまみたいでかっこいいティーダ。
力が強くって乱暴だけど、人のことバカにするけど、最後は絶対に助けてくれるかっこいいティーダ。
かっこいいティーダ!
ティーダ!ティーダ!!
大好き!!!
だけど、どんなにルーリアがティーダのことを大好きでもずっと一緒にはいられないのかもしれない。
だってルーリアは弱っちぃ人間だ。
強いってことに重きを置く獣人たちの世界で牙も爪も獣化も出来ない落ちこぼれのみそっかす。ティーダの金魚のフン。お邪魔虫。それが周りからのルーリアの評価だった。
現に、ルーリアは産まれてすぐに裸のまま汚い段ボール箱に入れられて共同のゴミ捨て場に捨てられていた。親からも捨てられた哀れなルーリアを助けてくれたのはティーダだった。5歳のティーダが血まみれの赤ちゃんだったルーリアを拾ってくれたのだ。
それから16年間毎日一緒にいる。
ルーリアの世界にティーダがいなかったことなんて1日たりともないのに。
なのに、なのに、な、の、に、
ティーダは冒険者になって家を出るらしい。
その事をルーリアに教えてくれたのは兎獣人の性悪マリーだった。ふわふわしたミルクティー色の髪に綿菓子みたいな真っ白の耳、チョコレート色の瞳がいつもウルウルしているマリーは男の子にも女の子にも人気がある。みんなにニコニコしていて優しい。
だけど、ルーリアにだけは虫を見るような目で睨みつけてくるのだから絶対に性悪だと思う。
「ティーダ君、冒険者になるんですって! ギルドで働く友達から聞いたから確実よ! 彼、冒険者登録してたって!
引っ付いて行こうとしたって無駄よ! あなたは弱すぎるし、いつもティーダ君の足を引っ張る役立たずなんだから!
その点、私は可愛いし、すばしっこいし、耳だっていいから……って聞いてるの!?」
マリーがキンキンした声で何か言っていたけど、ルーリアの頭はもうパニックで爆発しそうだった。
どうしてティーダは何も教えてくれないのか。
こんなに一緒にいるのにルーリアに黙ったまま、出て行ってしまうのか。
本当はみんなが言うように嫌われているのかも。
嫌な考えが堰を切ったように溢れ出して、悲しくて涙が止まらない。
何を言ってもポロポロ泣くばかりのルーリアに飽きたのか満足したのかマリーは踵を返してさっさと行ってしまった。
***
それから1週間、ルーリアはあまり眠れていない。夜、寝ている間にティーダが出て行ってしまったら…と考えたらもう無理だった。僅かな物音に目が覚めて、隣のベットにティーダがいることを確認してホッとして、またシクシク涙が出てきてウトウトしてまた物音で目を覚ます。
常にティーダの一挙一動見逃さないように目を光らせている。
「ルーリア、こっちこい」
低い乱暴な声。ティーダは大きな手でルーリアの手首を自分の方に引っ張った。
「わっ!」
バランスを崩したルーリアをそのまま膝に乗せ抱き込むように匂いを嗅ぐ。
「あー臭ぇなー。臭ぇ」
酷い言葉を言いつつもティーダはその後もルーリアの匂いを嗅ぐのをやめない。
「ごめんね。お風呂であんまキレイに洗ってない」
「なんでだ? お前風呂好きだろーが。最近毛並み悪いぞ。顔もブスだし」
「うん。髪も洗ってないから、からまっちゃう。ブスなのは前からだよ……ってぃたっ! 痛い!!」
ルーリアの答えが気に食わないからか、ティーダは乱暴にルーリアの首筋に噛みついた。本気じゃないと分かっていても、獣人のティーダの鋭い牙は人間のルーリアの柔肌には痛いし、怖い。
「やだぁ……ぃたぃっ!」
震えるルーリアの目に涙が浮かぶのを見つめるティーダの目は獣そのものだ。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて本当に楽しそうにしている。
「最近どーした? 便所にまでついてきやがって」
ティーダを見張ってるなんて言えない。
「夜もメソメソ煩ぇんだよ。何があった?」
全部バレてる!?
じっと覗き込まれてルーリアはグッと唇を噛み締めた。おでこがくっつきそうな距離から見上げるティーダの顔は本当にかっこいい。吊り上がった目の瞳がギラギラ燃えているのはだんまりのルーリアに苛立ってきているのだ。
こんな生活続けて行くのは無理だって分かってるし、聞くなら今しかないってことも分かっているのにルーリアには言葉が出ない。
「ルーリアッ!」
ティーダの怒気を含んだ声にルーリアはもう限界だった。
「ぅううあーーん。捨てないでー」
子供のようにわぁわぁ泣き出したルーリアの涙を自分の袖で拭ってやりながらティーダは呆れたように眉を下げた。
「捨てるかよ。」
「っだって! ぼ、冒険しゃっになるっって! でっ出て行くって〜〜!!!」
「……あーーー」
ティーダの肯定するような声色にルーリアの心臓はズタズタだ。
「やっぱり〜〜ぅっうっ! うっ!」
「冒険者になってもしばらくはこっから通う。ここを出るのは金を稼げるよーになってからだ。親父とお袋にもそう言ってる。」
「……へ?」
間抜けな鼻水の垂れた顔で目を見開くルーリアの涙で濡れた瞳が揺れる。ビショビショの顔が情けなく歪む。
「あほ。ブス。目ん玉溶けるぞ」
「わたっわたしも冒険者っなる!!」
「なれるか! すぐ死ぬわ」
「でもっっ出てっちゃう〜〜」
遅かれ早かれ出て行くなら結局離れ離れだ。ティーダの足を引っ張るお邪魔虫だと分かってても離れたくない。離れられない。
「だっ大好きなの!」
「知ってる。」
「はっ離れたくないっ!」
「分かってる。」
ティーダの袖はもう肘までびっしょりだ。ルーリアの涙やら鼻水やらでテカテカ光っている。気にした様子もなくティーダはルーリアを抱く手に力を込める。
「俺が出て行く時はお前も一緒だ。ルーリア、お前は俺に囲われるんだ。俺がいない時は外には出さねぇ。俺が帰ったら子作りだ。いいな? ガキは何人でも欲しい」
「うんうんうん」
不穏な言葉は寝不足と泣きすぎてヨレヨレのルーリアには分からない。けど、連れて行ってくれるなら何だっていい。
ルーリアは安堵と嬉しさでティーダの胸元におでこをぐりぐり擦り付けて甘える。ティーダの腕に囲われて、こんなに安心する場所は他には知らない。
何も持ってないルーリアのたった一つの宝物。
モジャモジャに絡まった燃えるような赤毛を指に絡ませてティーダはちっぽけな人間を愛おしそうに見つめた。
ルーリアは知らない。
何故、獣人の国で街を歩く人間の姿をあまり見かけないのか。
何故、血気盛んな獣人達がルーリアを悪く言うだけなのか。
「お前は俺が拾ったんだ。爪の先まで俺の物だ」
黒い獣がニヤリと笑う。
おしまい。