第三話
楽しんで頂けたら幸いです……。
やあ!みんな!
こんにちは!
俺の名前は、マサヒト・ユリウス・ペーネミュンデ・フォン・アイガーだ!
………名前長くない!?
侍女とか乳母たちからは、『マサヒト様』と呼ばれてるから、まぁ良いとして………
やはり赤ん坊生活は、前世の記憶がある分辛い……全然泣かない、ぐずらない、動かない、笑わない子供だったら、時代が時代だったら忌み子のお扱いを受けて、殺されるかもしれないから、赤ちゃんのフリをしないといけない。
それが何よりも辛い。
そして、未だに乳を吸うのはなれない………。
まあ、これは置いておこう。
転生してから三ヶ月の赤ちゃん生活で分かったことがいくつかある。
一つは、ここがどこなのかだ。
アイガーグロス帝国という国に生まれたようだ。
帝国だよ!?カッコイイ!
カッコイイ………んだが、時代と国力がやばかったら滅亡待ったなしなんだけど………。
オスマン帝国とかオーストリア・ハンガリー帝国とかロシア帝国とか、あとポーランドみたいに周りの国が強国だらけだったら終わる。
そういう詳しい内情は残念ながら分からない。だけど出会う人たちの雰囲気は穏やかな感じがするから、安定した国なのかもしれない。
そうであってくれ………。
次に、俺の母親についてだ。
侍女たちからは『皇后陛下』と呼ばれており、最近会いに来るようになった貴族なのか身なりの整った人達からも同様に呼ばれていた。
しかしごく稀に会いに来た赤髪の女性と黒髪の女性は『トモエ』と呼んでいたのでそれが名前だと思う。
この世界でのあるトモエさんは艶やかな長い黒髪をポニーテールにして、整った顔立ちをしている。
前世だったら間違いなく10人中10人が美人と答えるぐらい、美人だ。
だけど最近身体の調子がよろしくないようで、俺のお世話は乳母と侍女に任せている。
それでも、会いに来てくれているので嬉しい。
けど肌が病的にまで白かったり、痩せたように見えるので本当に心配だ。
最後に俺の立場だ。
周りの人が頻繁に『初めての子供』や『長子』『跡継ぎ』等と言っていたので、俺はトモエさんの初めての子供らしい。
ここまでなら、皇帝の後継者、という扱いなんだが、それ以外の言葉も頻繁に聞いた。
『第二皇子』『次男』『跡目争い』にさらには、トモエさんからこう言われた。
「お兄様と兄弟仲良くにね」
笑顔で言われた……。
うん、俺には兄が居る。
それはまだ良い。
だが問題は―――――
俺が皇后……つまりは正室の長子で、まだ見ぬお兄様は側室の子供という点だ。
俺知ってる。
このパターンは、あまりよろしくないパターンだ!
戦国時代とかで見たことあるよ!お家騒動になって家臣含めて分裂してからの内乱パターンだよ!兄弟同士の家督問題で骨肉の争いになって悲惨なことになったの知ってるんだぞ!負けた側は大体皆殺しになってるんだぞ!?
いやだよ!そんなことしたくないよ!こちとら前世がひどかったから、できるだけ平和に暮らしたいんだよ!
身内同士で争ってる間に外の勢力に侵攻されて、一族どころか国ごと滅ぶパターンもあり得るからね!?
何でこんな面倒くさい立場に生まれたんだよ………神様、教えてくれよ………
「皇后陛下、この度は誠におめでとうございます。帝国貴族を代表してご挨拶に参上致しました」
恰幅があり仕立てが良い燕尾服を着た男が頭を深く下げ最敬礼をとって言葉を述べた。それと同時に後ろに並ぶ三人の男も最敬礼する。
「ありがとうございます」
皇后であるトモエは微笑をしながら四人に言葉を返す。
「皆様のお陰で帝国は平和で安定した国です。皇帝陛下も皆様の事を大事に思っているはずです。これからも『仲良く手を携えて』帝国を支えてください」
「ははっ!」
トモエの言葉に少しだけ汗が額から流れる四人の男。それを知ってか知らずかトモエは話を続ける。
「皆様は帝国でも指折りの大貴族であり、帝国臣民の模範となるべき存在です。経済界、政界、軍事に外交、関わっていない分野を探す方が難しいと思います。議会制が導入されたとはいえ、まだ日は浅く派閥争いが激しいと聞いています。期待していますよ?」
「はっ!御期待にそえますよう全力を尽くします」
深く頭を下げながら男は答えた。
トモエは優しく笑いうなずく。そこに女官がトモエに耳打ちをする。そして、はっ、と気がついたような表情をした。
「皆様、お顔をお上げください」
「はっ……!」
四人は顔を上げると大きく深呼吸し、腰を押さえる者もいた。
それを見て申し訳なさそうな表情になるトモエ。
四人はやっとトモエの顔を今日初めて見れた。
「麗しき御尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります」
「麗しいなんて………お世辞が上手ですね」
「いいえ、お世辞などではございません」
「左様です。皇后陛下は変わらずお美しい」
「あら会うたびにそう言ってくださって、嬉しいです」
トモエはお世辞と受け取っているが男たちは本気でそう思っている。ちなみに女官も男たちと同じ思いでいる。
頭を上げたことで先ほどよりも和やかな雰囲気になったためか、会話が弾んだ。
「そうですかぁ!マサヒト殿下が笑われたのですかぁ!」
「はい、最近はよく動き回るようで侍女の皆様を困らせているようです」
「子供は元気が一番ですからな、よく遊ぶことは良いことです」
「ええ、あの子には元気に育って欲しいです」
若干弾みすぎていた。
かれこれ似たような会話を10回は繰り返しているがトモエの話は止まらない。男達も初めは穏やかな心で会話していたが5回ぐらいから内心で疑問符が浮かぶようになり、今は焦りとどう打破すべきか脳をフル回転させていた。
「こ、皇后陛下。そろそろ御時間が」
「あら、もうそんな時間なんですね。最後に一つマサヒトが―――」
息子の自慢話の無限ループに陥っていた。
こうして大幅に予定時間をオーバーしたが、無事に四人はトモエへの挨拶が終わった。
四人の男がある場所に向かって長い廊下を歩いていた。
「まったく……皇后様があんなに子煩悩だったとは」
「まあ、良いではありませんか?やっと生まれたお子さんなのですから」
「左様、皇后様の長子であり男児なのだから、帝国の未来も安泰だ」
「おや?第一皇子の事を忘れているのか?」
順番にトモエに代表して挨拶した男、中年の体格の良い男、背が低く年配の老人、身長の高い男がそれぞれ感想を口にする。
「第一皇子のことは忘れていない。ただまだ皇太子ではないだろう」
「第一皇子も幼いからな、第二皇子にいたっては生まれたばかり」
「お世継ぎが増えたことなのだ、ここは派閥争いなどせずに素直に喜ぼう」
「派閥争い……我々がいつ派閥を作ったんだ?」
身長の高い男がそう最後に言うと沈黙が流れ歩みが止まる。
「……本当にいつ作ったんだろうか」
「いつの間にか出来ていた、と言うよりかは……」
「下が勝手に作って、勝手にいがみ合っている……」
「……はぁ、皇后様にはああ言ったがどうしろと?」
「確かに我々は意見の相違がある。しかし忌み嫌い憎しみ合っているわけではないはずなんだがなぁ……」
『はぁ……』
大きな溜息をついて誰からともなくまた歩き始めた。
その背中は、苦労人のような哀愁が漂っているように見えた。
四人はとある部屋の前まで来た。
部屋の前には、二人の衛兵が門番の様に立っている。
しかもその姿は宮廷に仕える衛兵にしては少々……いや過剰ともいえる出で立ちをしていた。
儀礼用の軍服ではなく実戦用の軍装を身に纏い小銃を装備、おまけに腰には剣を吊している。
もちろん小銃には銃剣が着けられている。
「皇后陛下から面会のお許しを賜っている」
「承知しました、こちらも確認済みです。面会時間は10分ですのでご注意ください」
一切表情を変えることのない衛兵が扉を開ける。
中は大人には丁度良い広さと落ち着いた空間、赤ん坊には広すぎて地味な内装が広がっていた。
何度目かになる拝謁ではあるがどうも味気なく思ってしまう。
四人が入ってくると、世話係の侍女と乳母は部屋の隅に控える。
決して部屋からは出ることは無く、専用のベッドの上で寝ている赤ん坊から目を離さない。
「マサヒト殿下、本日も拝謁誠に感謝申し上げます」
「母君である皇后陛下は、本日はお体の方の調子がよろしく―――」
四人の男たちが寝ている赤ん坊に話しかける姿はなんとも言えない光景ではあるが、これも四大貴族の仕事と本人たちは考えている。
貴族のトップが揃って皇后の長子に会いに行っているのだ。
過剰に第一皇子を持ち上げる派閥への牽制、第二皇子を蔑ろにするなと全体に示す。
これで少しはおとなしくなるだろう……。
「しかし、マサヒト様は皇后様に似て美しい黒髪ですな」
「貴公は髪の毛が殆ど吹き飛んでいるからな」
「そういう貴様はずいぶんと老けたのではないか?」
「儂はただの人間だからな。人間より長寿で儂より若いくせに若禿とは……お労しい」
「マサヒト殿下の前でつまらん話しをするな」
「そういうお前は何にも変わらんな?」
「どういう意味だノッポ……?」
マサヒトを目の前に関係の無い話しをし始める。
しかしそれはすぐに終わった。
「皆様、お時間になりましたので本日はお帰りください」
いつの間にやら後ろに立っていた衛兵が四人に言葉をかける。
冷たく背筋が寒くなるような声色であり、それなのに先ほどと比べて全く表情が変わっていないことが余計に怖い。
「……お時間と言うことなので殿下、本日はこれにて失礼致します」
誰ともなくマサヒトに別れを告げると全員は部屋から素直に出て行った。
「フルツベルク、貴様が変なことを言うから追い出されたではないか」
「儂はハウゼン殿の毛根の事実を言ったまでです」
「だから何で人が気にしていることをあの場で言った!?」
ハゲ……髪の毛が大変薄い体格の良い男がハウゼン家当主、背が低く老人がフルツベルク家当主。
「ホーエンシュタイン、俺はちゃんと年を重ねて変化してるぞ……!」
「私から言わせれば、何にも変わってない。」
「見た目は変わっているぞ!」
「中身が変わらないと、先代を超えられないぞ?」
代表して挨拶をしていたのがゴショウイン家当主、背の高い男がホーエンシュタイン家当主。
お互いに言い合いをしているが仲はそんなに悪くはない。
帝国の四大貴族と言われ敬われ恐れられる存在。
彼らは皇室と帝国のためならどんなことでもやってのける。
先祖たちがそうしてきたように。
ヴァルター・フォン・ハウゼンは、帝国を豊かにより科学を発展させる使命を帯びた帝国科学技術省の大臣。
ホルツァー・フォン・フルツベルクは、帝国内外から皇室を守り、必要ならば容赦なく敵を抹殺する帝国国家情報庁の長官。
オットー・フォン・ホーエンシュタインは大陸でいち早く近代化を達成し帝国の海を守る海軍の軍政を司る帝国海軍大臣。
ゴショウイン・アキイエは大陸一の陸軍を軍事的に指揮し、帝国に敵対する愚か者に容赦なく鉄槌を下す帝国陸軍の参謀長。
アイガーグロス帝国にとって代えがたき存在たちである。
マサヒトにとってもこれからお世話になる存在である。
ご感想など首を長くしてお待ちしています。
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