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禍神さまの還り道

(ホラー短編は)初投稿です

 空は緋色に染まり、カナカナと物悲しいヒグラシの声が村中に響き渡っていた。


「はー……大人になったらこんなところ出てってやるわ」


 ――5つ下の妹が初潮を迎えた翌日に、近所のおじさんおばさんが赤飯炊いて宴会を開いた時には目眩がした。


 多感な16歳の少女小鳥遊梨月(たかなしりづき)にとって、この村はクソと呼ばざるを得ない場所だった。



 別段観光名所があるわけでもなく、来てもさして面白くもないだろう。この村で観光客など、産まれてこのかた見たこともない。


 この山の向こうにも世界が広がっているという事実が、実はそう言い聞かせられているだけで嘘なんじゃないか。


 この狭い世界の中で、そんな気さえしていた。









 ――チリン




 昼と夜の狭間。逢魔ヶ刻。

 鈴の音と共に、なぜか見知らぬ一人の少女が橋の真ん中に立っていた。


 彼女は梨月と同じ歳か少し下くらいだろうか。

 ひどく白い肌をもっと白いワンピースが隠し、麦わら帽子の下には日本人離れした金髪が風に揺られ靡いていた。


 ――外国人、だろうか。


 すると彼女は、梨月を見ると嬉しそうにかけよってきて、こう聞いた。


「ねえ、あなた。くりかみさまってどこかしら?」



 くりかみさま――

 この村で古くから信仰されているという、山の神様らしい。


「え、君くりかみさまの所に行きたいの?」


「うん。教えてくれる?」



 くりかみさまはこの村の守り神で、12年に1度夏に少し変わったお祭りを行う。お祭りは『巫女』に選ばれた女の子が、山奥の社でなにやら儀式を行うそうだ。


 今回は梨月がお祭りの『巫女』の役目に選ばれたのである。


「くりかみさまの社なら、あっちの山の奥にあるけど……」


「なるほど、あそこね」


「あっ、ちょっと待って! 暑いんだから、はい! お水1本あげるね」


「あら、いいの? ありがとうおねーさん」


 梨月はちょうど買い物の帰りで、ペットボトルの水を何本か鞄にいれていたのだ。


 水を受け取った少女はあどけなく微笑みながら謝意を示すと、そのまま山へと続くあぜ道へと消えていった。





 ――チリン







 不思議な鈴の音と共に。













 *















「――へぇ~? 不思議な子がいたもんだねぇ」


 部活帰り、梨月は同級生に先日の事を話してみた。

 あの不思議な少女はあれきり見かけていない。


 ひょっとしたら他の人も見ていたんじゃないかと気になり聞いてみたが、誰も見ていないらしい。


「やっぱり夢だったのかなぁ。すごく綺麗な子だったよ」


「もうすぐお祭りだし、実は神様の化身だったりしてね?」


「そんなまさか~?」


 神様が水なんて飲むものだろうか。ペットボトルの蓋の開きかたも知ってるあたり、神様だとしたらなかなか文明に馴染んでいそうである。


 本当に、不思議な女の子だった。


「それより梨月ちゃん。今度のお祭りの巫女さんやるんでしょ? どんなことするの?」


「どんなことって、別に大したことは……」


 当日は、関係者以外は外出禁止だ。前回の時もそうだったらしい。


 お昼頃に山の麓に住む神社を管理する家へ訪れるのだそうだ。

 そして、夕方に神社で30分くらい儀式を執り行って、そのままおしまいらしい。


 お祭りと聞いてはいるけれど、屋台が出たり派手に騒いだりはしない。この村の祭りはそういうものなのだ。


「あの人、お尻触ってきたりするんだよね。正直やりたくないよ~。誰か代わってほしいくらい……」


「あはは、あたしも同じ立場だったらそう言いそうだね……」


 梨月は心底お祭りが嫌だった。

 そもそも〝くりかみさま〟がどういう神様なのかさえ、梨月は知らない。


 ただ『村を守ってくださる』としか、聞いたことがない。


 そんな素性も知らない神様相手に、巫女となり儀式を……都会の言葉で言うなら『接待プレイ』をしなくちゃいけない。


 とはいえ、やれと言われたからにはちゃんとやらなくてはいけない。


 それに……相手は神様だ。ひょっとしたら梨月の願い事を――



 〝都会の彼氏が欲しい!!!〟



 を、叶えてくれるかもしれない。


 そんな、ささやかな期待を抱いていない訳でもないのだが。





 ……ただ、梨月が巫女に選ばれてから村の大人たちが妙だ。


 特に、年配のおじいさんおばあさんほど態度が顕著だ。

 冷たくしてくる、あるいは無視される。


 逆に、異様なまでに明るく接してくる人もいた。


 それが、なぜかは分からないけれどひどく不気味であった。



『祭りの帰り道……ぜったいに、何があっても転んじゃいけないからね?』



 巫女に選ばれたと祖父母に報告したら、なぜか真剣な顔でそんな事を言われた。


 理由を聞いてもあやふやで答えてくれない。

 最近の大人たちの態度といい、なんだな嫌な感じがする。


 祭りの当日には一体なにがあるのか。


 梨月はまだそれを知らない。


 知ったところで、子供にはこの山に囲まれた村から逃げる事など不可能であったが。










 *











 8月16日、クリカミ祭当日。


 梨月は、くりかみ神社を管理する家へと訪れた。


「いやぁ、いらっしゃい梨月ちゃん!」


「こんにちは狼谷(かみや)さん」


 狼谷というはげ頭の老人は、梨月が訪れてくるなり全身を下から上へといやらしい目付きで舐めるように見る。


(うぅ、狼谷さんこういう所があるから苦手なんだよね……)


 梨月は昔からこの老人が苦手だった。

 自分や妹の初潮に真っ先に駆けつけて喜んでいたのも、狼谷だったと記憶している。


 だからさっさと終わらせて帰ろう。


 そう思った矢先の事だった。



「ところで梨月ちゃん。今って月の下り物の最中かい?」


「えっ……?」


「生理中かと聞いているんだ」


 何なのだこの老人は。

 確かに梨月は今、生理中である。


 だが、ここで『はいそうです』と答えるほど梨月に恥じらいが無い訳でもない。



「あぁ、答えたくないのならいいよぉ? 君が生理だってのは臭いで解ってるから」


「……っ」


「それにしても良い体つきになったのぅ。胸も膨らみおしりも大きくなって。産まれた時はこんなに小さかったのに、もういつでも赤ちゃんを作れる体だ」


 ぐいっと顔を近づけ、至近距離から梨月の胸を見つめる狼谷。


 元々梨月は彼のことが苦手ではあったが……。

 彼はこの村ではなぜか、村長に並ぶ発言力を持っている。だから、あまり強く逆らうわけにはいない。

 機嫌を損ねれば、自分どころか家族まで村八分にされかねないからだ。


「やめてください狼谷さん……」


 梨月は胸を押さえながら弱々しく拒否する。

 するとさすがに嫌がっている事が伝わったのか、狼谷は少し離れて視線を上に移す。


「ひょほほ、すまんすまん冗談だ。さて、それでは祭事の準備に取りかかるとするかな」


 梨月の様子に我に返ったのか、狼谷は軽く笑いながら本題に入る。



 しかしこの祭りは少し奇妙だ。


 儀式を行って日没から二時間。

 この村では家の外へ出る事は禁止されている。


 祭りと言いながら、巫女を除く誰も祝ったりはしないのだ。


「そろそろ夕暮れじゃのう。それじゃあ行きなさい」


「はい……」



 夕方の6時頃。

 梨月は狼谷の家を出て、一人でお山の入り口である鳥居をくぐり抜けた。



「はぁ……はぁ、暑いっ……」


 くりかみさまの社は山頂にある。

 夕方とはいえ、真夏の空気は湿気を孕んでまとわりつくように暑い。


 たった一人、梨月は白い巫女服を纏って長い長い階段を登ってゆく。


 階段には灯りもなく、鬱蒼とした木々の合間からやかましいほどにヒグラシが悲しげに鳴いている。


 また、ときおり蚊が不快な羽音で耳元をかすめてきてはそれを振り払いながら駆け足で階段を登る。



 ――さっさと終わらせよう。




 ようやく階段を登りきった。

 脚と心肺が悲鳴をあげている。



「やっと、やっとついた……」


 目の前にあるのは、古びた木造の小さな社。



 儀式は巫女一人で行われる。


 たった一人で、ヒグラシの声のこだまする森の奥で神楽を躍り唄う。


 梨月は1年以上前から、今日のためにずっと練習してきたのだ。


 誰も見ていないからこのまま適当に時間を潰してから帰ってもいいが、練習してきたのだからやっておきたい。




「――おいでませ、おいでませ。

 くりかみさま。くりかみさま。こくしのかみさまよ。この地の五穀豊穣、無病息災を、かしこみかしこみも申す……」


 そう唱えてから梨月は、シャランと神楽鈴を鳴らしながら梨月は社の周りを反時計周りに一周する。


 そして、1年以上練習してきた神楽を躍る。

 激しくはなく、ゆったりとした単純な動きと共に謎の「詞」を唄う。


「アカハナマイキヒニミウク――」


 その唄の意味は分からない。

 ただ、穏やかでゆったりとしたリズムのその唄を歌いながら繰り返し神楽を躍り続けた。


 何百年も継がれてきた、儀式。



 そこにどんな意味があるのだろうか。梨月は汗を払いながら、それから日が沈むまで10分以上躍り続けていた。







 いつのまにか、森は不自然に静まりかえっていた。













 *











 ――ここはどこだろう。





 気がつくと、梨月はなぜかあぜ道の真ん中で倒れていた。


「あれ? 私……確か……」



 梨月はくりかみさまへ奉納する儀式の最中だったはずだ。

 何故こんな所にいるのか。


 というか、服もなぜか学校の制服に変わっている。



 ――夢、だったのだろうか。あるいはこれが夢なのだろうか。



「とりあえず、帰ろうっと」



 何がなんだか分からないので、ひとまず家に帰ることにした梨月。

 立ち上がって服についた泥を払う。


 空は橙と紺のコントラストで、逢魔の時であることを示していた。



 ――しかし変だ。




 いつもならこの時間になれば、田んぼはやかましいほどの蛙の大合唱で、小ぶりな蛍が飛び交っているはずだ。


 けれど、今は草の葉が風で擦れる音すらしない。虫すら飛んでいる様子はない。











 ――ザリッ






「っ!?」


 足音とおぼしき何かが、梨月の後ろで聞こえてきた。


 思わず振り返るも、何もいない。


 気のせいかと思って進むと、再び




 ザリッ、ザリッ、ザリッ





 まるで梨月の歩みに合わせるかのように、足音がすぐ背後から聞こえてくる。


「っ……」


 気のせいではない。


 一体何が梨月の後ろにいるのだろうか。


 恐怖心を少しでも抑えるために、梨月は後ろを向きながら足音の主を見極めようとする。


 そしてゆっくりと後ろ向きに歩き……




 ザリッ






 そして梨月は脇目も振らず大急ぎで走り出した。


 地面に、忽然と足跡だけが浮かび上がったのだ。



 それは、異形の足跡。




 人間の手形のように指が長く、それでいて四本しか指がない。





 ザリッ


 ザリッ


 ザリッ



 土と細かな砂利を踏みしめる音がするたびに、足跡が浮かび上がる。



 それが、梨月が進むたびにぴっちりと張り付くように追ってくる。




「なに、なんなのっ!? 何が起きてるの!?」


 走る。


 走る。


 得体の知れぬ何かから、逃げるために。


 それでも〝何か〟は、梨月のすぐうしろで足音だけたてて追ってくる。


 ずっと、ずっと、何をしてくるわけでもなく。



 ただ延々と、梨月の後ろからついてくる。



「はぁっ、はあっ、……あれ?」


 5分ほど走ってから、梨月は奇妙なことに気がついた。


 ――なぜ、まだあぜ道から抜けられていないのだろう。


 この田んぼはこんなに広くはない。


 梨月は家々の明かりの見える方へずっと走っていたはずだ。


 なのに、不自然にも全く明かりとの距離は縮まらない。




 ――梨月は閉じ込められてしまったのだ。


 延々に続くあぜ道に。











 *













「ひょひょひょ、これでなんとか12年は安泰ですわい」


「ですなぁ。ちょうどいい余所者のガキが良かったですわ」


 狼谷と村長を始めとする年長者たちは、まだ日も沈む前から酒盛りをしていた。


「余所者を処分できる。くりかみさまにも満足いただける。まさに一石二鳥! ガハハ!!!」


 余所者……小鳥遊梨月は、もともとこの村の住民ではない。

 梨月がまだ物心つく前、母親の再婚相手の実家がこの村だったのだ。


「連れ子はいらん。この村で子供をたくさんこさえてほかったわな」


「ならばこれを期に新しく産み直すかもしれんぞ? あの女はまだ水気もある」


「ひょひょひょ! ならばワシが種をつけてやろうか! おおーい! もっと酒持ってこーい!!」





 ――昼が終わる。

 夜がやってくる。


 この世と幽世(かくりよ)の彼岸が、交わる時間がやってきた。


 この時間は〝くりかみさま〟の手が届く。



 食べられたくなかったら、夜道に気をつけて。決して決して転んじゃいけないよ。








 *







 走り続けた。


 ずっとずっと、何十分も。


 それでもあぜ道からは出られない。



 ザリッ


 ザリッ


 ザリッ



 足音はまだ梨月の背中を追ってくる。


「パパっ、ママ……おじいちゃんおばあちゃん……助けてっ。帰りたいよぉ……」


 足も心肺ももはや限界だ。けれど走るのをやめる訳にはいかない。


 あの足跡に追い付かれた時、何が起きるのか。


「はぁっ、はあっ……あれっ!?」


 その時、梨月は気がついた。


 家々の明かりが近づいてきている。

 延々と続くあぜ道の終わりが見えてきたのだ。


 一体なぜ急に。


 分からないが、とにかく希望が見えてきた。








 だが――















 世界がゆっくりと、ひっくりかえったかのような感覚だった。



 視界が傾く。



 脚に何かがひっかかったような……まるで、掴まれたかのような感触。






『くりかみさまの儀式の帰り道じゃ、絶対に転んじゃいけないよ?』



 祖母の言葉が脳裏をよぎる。





 ――しまった、と思ったその時にはもう、梨月は〝転んでいた(・・・・・)〟。









『こ�んだ?』






『ころん�ね?』






『つれ�も���だね』





 男とも女とも子供とも老人ともつかない声が、すぐ背後からくる。


 言葉の意味は部分的には分からず、けれども動物の声でもない。


 まるで玩具を買ってもらった子供のような無邪気な抑揚があった。




『――���に���した』





(ヤバいヤバいヤバい……っ!)


 梨月は大慌てで立ち上がろうとして……バランスを崩して地面に顔をぶつけてしまった。


 右の脚に奇妙な違和感がある。


 恐る恐ると見てみると――



「っ!?」



 梨月の脚を泥だらけの両腕で掴み――





 ――その女の子は、口を大きく開けて笑っていた。




 長いこと田んぼの中にいたのだろうか。泥にまみれて顔は隠れ、辛うじて泥が剥がれた部分から、その女の子が高校の制服を着ている事が分かった。



 脳が状況を理解すると、途端に冷たい現実感が襲いかかってくる。


 パニックになりながらもなんとか後ろを振り向くと、梨月はそれを〝見てしまった〟。







『お����りま�た』








 古ぼけた翁の面が、笑みをたたえて闇の中でぶら下がっていた。










『���に参��した』





『お迎���りました』





『お迎えに参�ました』






 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 翁の面が、暗闇の中からたくさんたくさん梨月を囲み、たたえた笑みを崩すことなくぶら下がる。


 風もないのにゆらゆら揺れて――







『お迎えに、参りました』





 今度は明瞭に、そう言った。







 ――そうだ。


 行かなくちゃ。


 お迎えしてもらったんだから、行かなくちゃ。




 梨月の脳から正常な思考が失われてゆく。


 奪われてゆく。


 思考も、肉体も。






 連れていかれる。




 なにもかも。









「参ります。私もそちらへ参ります――」



















 ――チリン







『とぉーりゃんせーとーりゃんせー』





 チリン





『此処は何処の細道じゃ?』




 鈴の音と共に、少女らしき何かは唄う。




「……っ? あ、あれ? 私……」




 チリン――







『ギャアアアアアアアアアァァァ!!!!!!!!』




 何も見えない闇の中に、男とも女とも子供とも老人ともつかない絶叫のようなものが響き渡った。




『禍神さまの細道じゃ』





 チリン――





「な、何が……」







 正気に戻った梨月は辺りを見渡すが、何も見えない。


 ただひたすらに深い闇だけが、そこにはあった。




『――行きはよいよい』




『ギャアアァァァァ――』




『帰りはこわい――』





 チリン――




 無明の闇の中で、幼い少女の楽しげな唄と鈴の音と共に、枯れ枝を折るような音と絶叫がこだまする。



『怖いながらも通りゃんせ――』



 分からない。何も分からない。


 ただ、心臓がばくばくと働いているのは分かる。自分が生きているのは分かる。


 梨月はただ、震える膝を押さえてその場で立ち尽くすしかなかった。










 チリン――









 *















「梨月、梨月っ!」


「う……」


 気がつくと、なぜか自宅の天井と心配そうな祖父母の顔があった。


「おじいちゃん、おばあちゃん……?」


「気がついた! よかったぁ……助かったぁ……」


「私、一体……」


 頭が痛む。


 ――確か、儀式をしてたら化け物に襲われて……


 記憶を辿り、梨月は思い出した。



「私、助かったの?」




 あの唄う少女の声。

 思えば、あの声の主が助けてくれたのだろうか。


 何者だったのだろうか。



「田んぼの真ん中で倒れててねぇ……」


「あとで落ち着いてからでいいから、昨日何があったのか話してくれんか?」


「大丈夫、今話すよ。昨日は確か、狼谷さんの所に行ってから……」


 梨月はそれからぽつりぽつりと記憶を辿るように話しだした。


 儀式のことも、脚を掴まれた事や翁面の化け物のことも。


 あの少女の声は聞き覚えがある。

 あの時の、謎の女の子の声だった。


『――実は神様の化身だったりしてね』


 そこでふと、友達との何気ない会話を思い出した。


 あの女の子の正体はもしかして――





「くりかみさまが、助けてくれた……?」




 訳が分からない状況だったが、〝巫女〟である自分をくりかみさまが助けるのは自然なことのように思える。



「……梨月。実は――」


 祖母が意を決して何かを話そうとした、その時だった。





「大変だ小鳥遊さん!! 狼谷さんたちが!!!」



 玄関先で慌てた様子で馴染みの男が叫んでいた。







 ――










 狼谷浩明 享年73歳





 後に狼谷の家族から聞いた話である。


 当時は自宅で村長含む友人らと酒盛りをしていたらしい。飲めや騒げやの宴会で、やがて彼らは酔いつぶれたのか眠るように静かになったらしい。


 だが翌朝、誰も目覚めることはなかった。



 死因は全員、脳挫滅。脳がぐちゃぐちゃになっていたのだ。

 だが奇怪なことに外傷はない。

 脳が内側からズタズタに切り裂かれたかのようになっていたという。


 そしてその表情は苦悶と恐怖に満ちたものとなっていた。


 一体、何を見た(・・・・)のだろうか。


 この不可解な怪死事件に地元の警察も頭を抱え、結局は〝事件性はない〟という事で落ち着いたらしい。






 狼谷たちの怪死とは別に、奇妙なことはもうひとつある。


 梨月と祖父母がその日の内にくりかみさまの社へ行った時の事だ。




「何じゃ……これは」




 社がぺちゃんこに崩れてしまっていたのだ。

 そしてその中にあった、真っ二つに割れた『御神体』。




「梨月……言いそびれていた事がある……」




 その『御神体』。



 それは、あの時見た〝翁の面〟そのものだった。



「これが、〝くりかみさま〟なんじゃ……」




 そして祖父母は、『くりかみさま』の真実を語った。




 ――くりかみさまは、数百年も昔に村のある者が作り出した『犬神』だったという。


 狼を首だけ出して埋め、ギリギリ届かない所に餌を置いて飢えさせる。そして餓死する直前に首を落とす。


 その首の皮と骨を用いて造り出したのが、あの翁の面だという。



 面を着けた者は人ならざる力を手にし、思うがままに繁栄を得られたそうだ。


 しかし、やがては犬神に乗っ取られ夜道を歩く人間を転ばせ貪り喰らう怪物へと成り果ててしまう。


 そこで当時の村人たちは面を神として祀り、これ以上災いを齎すさぬようにした。


 しかし犬神は、12年に1度若い少女の生け贄を要求する。


 しなければ、夜道を歩く者を取って喰らうとした。


 だから、何百年もの間12年に1度村から若い少女を捧げてきたのだという。



「すまない……梨月、わしらは梨月を捧げることに反対しておったんじゃ。しかし……」


「もういいよおじいちゃん。私は助かったんだし、おじいちゃんおばあちゃんは助けようとしてくれたんでしょ? ならもう大丈夫だよ」


「しかし恐ろしい思いはしたのだろう? すまんかった……!」




 頭を下げてくる祖父母に、梨月は何もできない。

 ここは、ただ謝罪を受け入れるしかないだろう。






『くりかみさま』は、人が造り出した厄神だった。


 夜道を歩く人間を喰らう怪物だったのだ。








 ――じゃあ、あの時の鈴の音と少女の唄声は?






 あの時の悲鳴めいた絶叫と潰された(・・・・)社。そして真っ二つに割れたくりかみさまの翁面。



 それは、『くりかみさま』とは別の〝何か〟の仕業である事を示唆していた。




 ――助けてくれた?







 ――誰が?





 狼谷たちは、その〝何か〟にとり殺されたのではないか。


 少なくとも、人間ではない……それでいて、何百年も村で畏れ封印されてきたくりかみさまよりもヤバい何かに。










 *











 大学生になり、梨月は村を出た。


 憧れの都会で気ままにそれなりに幸せに生活している。


 彼氏……はできていないが、村から一緒の大学に進学した女友達と同棲している。


 あの夏の出来事も今では単なる『不思議な体験』となり、思い出す事も減った。



 けれど、忘れることは一生ないのだろう。





 何故なら――











 ――チリン







 今でも……本当にたまにだが、何処からともなく鈴の音が聞こえてくるのだ。






 いつだって、禍神さまが見ているのだから。





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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃゾワってしました!(;゜д゜) [気になる点] 禍神様=アルコア様ですよね? [一言] 禍神様は何故降臨なされていたのたのでしょうかねぇ。(ゝω・) ひょっとしてヴォルヴァド…
[良い点] (これを見るのは)初見です  いやぁ良いですねぇ、この漠然とした恐怖  ヤバいのは分かる、危険なのは分かる、でも何が?っていう怖さが散りばめられ、そして終わりが迫ってくるような感じが凄くス…
[良い点] む〜〜〜〜〜っ! 私が書きたい雰囲気をこれでもかと書き上げていて、非常にぞわりゾクリとするホラー作品でした……。 [気になる点] 狼谷さんのいやらしさが特に、身にキマした(汗) 本気でゾッ…
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