虎に翼、猫にも翼。
2年ほど前に書いたものを少し手直ししたものです。
休日は昼まで寝て過ごすことが多い、それが連休ともなると社会人となり培った生活習慣の全てが崩壊してく。
が、その日は珍しく朝から目を覚ました。
ラジオをつけるとスキマスイッチの曲が流れている。
理由を考えているとどうやらくだらない駄洒落らしい。
もっと他に相応しい曲があるだろうと思ったが、
考えてみても確かに夏休みや冬休みを歌った曲は思いつくが、大型連休に聞くべき曲というのはさっぱり思いつかなかった。
そうこうしてるうちに時計の針は9時を刺そうとしている。
二度寝の誘惑にも駆られるがせっかくの連休の一日ぐらいそれらしいことをしておきたい。
「映画でも観に行くか」
と立ち上がりかけ、考える。
2駅利用という文言にも惹かれ借りた家だが、結局仕事に使う方の駅しか利用しなくなっていた。
映画館へ行くには普段使わない駅になる。
この駅に向かう道にはこの時期、毎年カラスが巣を作るのだ。
そして近くを通りかかると誰彼構わず襲ってくる。
私は観ようとしていた映画の時間を確認する、まあ、追いかけられたとしても怪我をするわけではないしな。
覚悟を決めると家を出た。
案の定カラスに追いかけられながら、なんとか駅にたどり着いた。
連休ということもあって駅はなかなかはに混んでいた。
運良く席を確保した私は窓の外に目をやる。この路線の車両は今の時期、窓が開けており時折心地よい風が吹き込んでくるのだ。
走ったせいもあるだろうが、やはり早く起きすぎた、私は酷い睡魔に襲われた。
(乗車時間は大体15分、座るんじゃなかったな眠ってしまいそうだ)
かといってせっかく確保した席から立ち上がる気も起きない。
そうこうしているうちにより睡魔は強まっていく。
○○駅〜○○駅〜
アナウンスで目を覚ますとそこは元いた駅だった。
時計を見ると映画は上映時間をとっくり過ぎていた。
もし映画館に無事に到着していればクライマックの真っ只中であろう。
折り返しで戻ってきてしまったのだ。
2時間近くは電車に乗り続け居眠りしていたことになる。
とりあえず電車を降りる。
(すっかり出かける気が失せたな、一度帰るか...)
そう思い、改札を出ようとすると
ピンポーン!
いつも以上にけたたましい音で自動改札に阻まれる。
同じ駅から乗って同じ駅で降りようとしているのだ至極当然でだ。
どうやらまだ、寝ぼけているらしい。
駅員に事情を説明し、終点までの往復の料金を支払う。
二千円、映画1本分近い金額を支払い小銭を受け取る。
(休日だというのにまったく上手くいかない。俺は何をしてるんだ、こんなことなら二度寝しておくべきだった。)
「しまった」
考えごとをしながら歩いていたせいで例の道を通ってしまった。
カラスの巣はすぐ近くである。
バサバサと音は私のすぐ頭上に迫っていた。
私はとっさに身構える。
しかし、そこに現れたのは件のカラスではなく翼の生えた猫であった。
その猫はそれこそカラスの如く真っ黒で、丸々とした体からは見事な翼が生えている。しかし、翼はまったく不自然ではなく、その先端まで神経が通り、それを含め一個の生物だと確かに感じさせる。
いや、それ以上だ、猫という生き物は翼がもともと生えているのではないか、とまで思わせた。
(あれは何だ?どういうことだ?イタズラか?いや作り物には見えない)
呆然としている私をよそに猫はじっとこっちを睨んでくる。
器用に一本の電線に止まっているが体重ゆえなのか少したわんでいる、そこから猫は幻ではなく確かな質量をもっているのが伝わってきた。
しばらく猫と私の睨み合いが続いた。
ガチャリと音がしてこの硬直は終わりをつげた。
見ると、後ろの民家からお爺さんが出てきた。
手には鍋を持っている。
「ほーらネコども、餌の時間だぞぅ」
しゃがれ声でお爺さんが声をあげると、猫は飛び上がり羽を広げながら私の頭上をまるで空を歩くように通りすぎ、鍋の置かれた塀の上に着地した。
猫は一度だけこっちを見たあとは私にはもう興味を失ったのか餌を食べ始めた。
鍋の中身はねこまんまらしい。
「これはお爺さんの飼い猫ですか?」
私はたまらず話しかけた。
話かけられると思っていなかったのか、お爺さんは少し驚いたような顔をしたあとに
「いんや、野良猫よ、他にも餌やっとる家があるみたいでなぁ、まぁ地域で面倒みてるんよ」
と答えた。
私は続けて
「この猫にはなぜ羽が生えてるんです?」
と尋ねた。
「猫やしのぅ、空を飛ぶためやないか?」
「いや、そうではなくてですね...なんというか、普通の猫は羽なんて生えてないと思うんです。」
お爺さんは心底不思議そうな表情で
「はぁ、わしは羽のない猫なんて見たことないげんどの。」
まるで猫は飛べて当たり前だという様である。
そんな馬鹿な、と思いながらも、お爺さんが冗談を言ってるようには聞こえなかった。
いたたまれなくなった私は、ありがとうございますと短く伝えてその場をさった。
最後にもう一度、鍋の方を見るとエサを食べてる猫は新たにキジ猫と三毛猫が加わり3匹に増えていた。
もちろん3匹とも当然のように翼が生えている。
わけがわからない
今起きたことを飲み込めずにいると自販機が目に止まる。
そういえば喉がカラカラだ、それに腹も減っている。
朝から何も食べてないことを思い出した。
駅の方が店は多い 一度戻るか、
そう思った矢先に鼻腔を焦げた醤油の香りがかすめた。
匂いをたどりに進むとそこには寂れた中華屋があった。
「高来軒...こんなところに店があるなんて、今まで気づかなかったなぁ。」
入るのを躊躇う店構えだ。
いつもなら初めてくる店では、ある程度前評判を調べるが、もはや胃に入ればなんでもよかったし、何より一度座っておちつきたかった。
「いらっしゃい!」
中に入ると60ぐらいだろうか、おかみさんが元気よく出迎えてくれた。
奥の厨房には店主らしき男性が立っている。
時刻は3時を周り、私の他に客はいないようだった。
4人掛けの席に案内される。
出された水を飲み干しようやくひと心地つけた。
レモンの入っているだけの、ただの水道水がやたらうまく感じる。
何か、ここもおかしな所はないか店内を見渡す。
机の上には餃子のたれ、ラー油、胡椒、とくに変わったものはない。
本棚には雑誌とくたびれた漫画本が並んでいる。
唯一入口付近の壁が鏡になっている以外変わったとこはないザ・下町中華といった所だ。
さて、メニューを手に取るとこれもなかなか年季が入っている。
めくるとペリペリと油分でそれまでひっついていたページが離れる音がした。
「注文いいですか?」
と声をかけるとすぐに、はーいちょっと待っててね と返ってきた。
「はいはい、お待たせしました」
と言いながらお水を追加で注いでくれる。
「ありがとうございます。えっと、天津飯の唐揚げセットをお願いします。」
「天津飯の唐揚げセットね、おとーさんー天津セット1」
注文を終えるとテレビの近くの椅子に腰掛けた。
ファミリー層をターゲットにしたクイズ番組の再放送のようだ。
テレビをぼーっと眺めながら猫のことを考える、いや、やはり私一人では全く考えがまとまらない。
(店員さんに聞いてみるか?しかし、変に思われて終わるだけじゃ)
「はい、お待ちどうさま、天津飯の唐揚げセットです。」
「ありがとうございます。」
出されたトレイには天津飯と唐揚げはもちろん、スープと漬物そしてデザートに桃の缶詰がついている。
いただきますと小さく手を合わせるとレンゲで天津飯を掬う。
こっちでは珍しい出汁を基調にした関西風、あっさりとした味が嬉しい。
いかんせん関東風のケチャップの天津飯は味が濃いし酸っぱいので苦手だ。
唐揚げはコブシほどの大きさのものが3つ、衣が所々白くなっているので片栗粉を使った竜田揚げに近いタイプである、旨そうだ。
醤油とニンニクがガツンと香る、店に入る前の醤油を摂取したいという欲求が満たされていく、そして地味にこの漬物が良い箸休めとして凄くバランスがとれている。
それぞれ半分ほど食べたぐらいでまたお水をいれにきてくれた。
「お客さんいい食べっぷりね」
「朝から何も食べてなかったもので全部美味しいです特に天津飯。」
「それは良かったわ結構人気なのよウチの天津飯こっちじゃ珍しいって、朝からって今日は何をしてたの?お仕事?ではないわよねゴールデンウィークだし、
あっ話したくなかったらいいのよごめんね」
「いえ、なんというか...あの...猫っているじゃないですか、えーと、猫好きですか?」
少し悩んだが何より気になっていたことを確かめずにはいられなかった。
「ねこ?、猫ならうちでも飼ってますけど猫がどうしたんですか?」
訝しげにこちらを見ているしかし、口に出した以上もう後戻りはできない。
「いや、すみません、もしよろしければお宅の猫ちゃんの写真とかありませんか?みせてもらえると助かるんですけど」
「まぁ、いいわ、写真あったかしら」
そういう時厨房の方にスマホを取りに向かった。
「あったあった、あっ動画でもいい?これ、あなた何そんなに神妙な顔をしてるのよ、そんな大層なもんじゃないわよ、ほらみてて、こうやってね、こっちの羽を触るとね何故か反対の羽をパタパタさせるのー可愛い〜でしょう?」
「本当に可愛いですね、あのぅ、なんと言いますか、羽の生えてない猫って見たことありますか?」
「病気なんかで生まれつきない子はたまに聞くけどワタシは見たことないね、飛べないと野良は育児放棄とかされちゃうって前テレビで見たわ、あーあっ!
わかったわ、あなたその翼のない子を拾っちゃんたんでしょう!それでこんな時間になっちゃったのね、偉い!せっかくだから何かサービスしてあげる」
そういうと、ごま団子を持ってきてくれた。
「いいことをしたらいいことがなくちゃ。」
「ありがとうございます。」
あまりの勢いに否定もできず、とりあえずお礼を言うとごま団子を受け取った。
だが、もう味はよくわからなかった。
腹を満たすとまた強い眠気が襲ってきた。
だんだんとうつらうつらとしていく僕の様子を見ておかみさんが近寄ってくる
「お客さ.おきゃ....こで...」
声が遠くなっていく
「....に....そ」
「もう帰らないといけないんじゃない?」
その声だけやけにハッキリと聞こえた。
気がつくと私は駅に立っていた。
時計は6時をすぎている。
私はいつの私なんだろう、改札を出た。
今度こそ大通りを歩きながら帰路に着くと私はさっきまでのことをこう結論づけた。
なるほど、私は化かされたのだ。
化け猫、猫又、猫女、年老いた猫は古くから妖怪になるとされる。きっとそういう存在だったのだ。
街灯に照らされ夜まで明るい現代、
妖怪なんて本気で信じている人など一人もいないだろう。
実際、私もこのことを誰かに話そうなんて思わない。
だからこそ、また、彼らは堂々と人を化かせるようになったのだ。
死んだと思われているからこそ。
今もどこかで動揺する私のことを、ほくそ笑んでいるのかもしれない。
遠くで猫が鳴いた気がした。