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絶望による死 4

巨大な扉を抜けるとその巨大な扉に合わせたサイズの光沢のあるフローリングの床に真っ白い壁の廊下が続いていた。

その光景に息を呑む。

それから俺は靴の置かれていない土間からフローリングの廊下に上がるため大きく足を上げ進んだ。


「おーすご」


両手をいっぱいに広げてもまだ余裕のある横幅。見上げればもう一階分ほど取れそうな遠い天井。

俺はゆっくりと観察したい気持ちを抑えて駆け足で先に進む。扉も開かない事だし今はコトネの任せてを信じるしか無い。

走りながらため息が漏れる。…あぁあれよあれよとここまで来たが本来穏便に偵察する為二人できたはずがどうしてこうなった。


「あれ入れてしまったの?」


そんな事を考えながら手前の開けっぱなしだった部屋に入た時、声が響いた。その声は直感的に美しい声だと俺に思わせる。コトネのような明るい声ではない完成し尽くされた声。人間の出せる最も魅力的な声の一旦を垣間見た気すらする。

神父の書庫で読んだ声で魅了する化け物セイレーンの話を思い出しながら俺はゆっくりと部屋を進む。話の中でセイレーンは声に釣られた水夫を貪り食いその骨で島を築く化け物とあった。そして俺は今フラフラと声に引き寄せられていてまんまシチュエーション通りだ。…実際本当に危険な状態だから笑えない。


その声の主は部屋の最奥でちょこんと玉座というよりは盃に近いような椅子にいた。遠くからでよく見えないが白い布に巻かれた髪の長い金髪の女性のように見える。

その前に邪神が騎士の如く立ち塞がっている。灰色の皮膚に全体的な肥満体系のブヨブヨとした体、筋肉がないというわけでなく全体的に肉が詰まったような体から余分に分厚い皮膚だけが伸びたように見える。服は着ていないが人間に近しい見た目というだけで違うところも多数ある。不必要な所を落とし戦闘に特化した体だ。

だがこの邪神で一番特徴的なのは首から下を頭ごとスプーンで抉り取られたような凹みで、赤黒い肉の部分や背骨に続く骨が見える。 


「分断は作戦かと思ったよ」


俺はそう言いながら部屋の真ん中ら辺で止まる。

部屋は色々なものが大きいがリビングのような作りをしている。テーブルこそないが大きなソファーと電気屋でも見たことのない大きなテレビがあり床の真っ赤なカーペットは布団の上を歩いているような感覚になる。思うように瞬発力の出なさそうな床だ。


「まさかまさかただの夫婦にそんな争いの知恵はございませんよ」


女性はクスリと口元を手で隠しゆったりと甘ったるく言った。


「そうか、ならなんでただの夫婦とただの会社が持ってるんだよ」


俺はスーツの袖を捲り息を整えた。ドクン、ドクンと心臓の脈音が聞こえて来る。


「その巻いてる白い布、不死身の聖骸布だろ」


腕を上げ指差す先。女性の体に巻かれた布は真合事なき信仰の塊。圧倒的なオーラとプレッシャーを放つ聖遺物『不死身の聖骸布』だった。


「これは夫からのプレゼントです。毎年誕生日にお互い欲しそうな物を渡す風習でして」


さもあたり前のように言うので俺の食いしばった奥歯からギリリと音が鳴る。

いい風習だな。それだけなら。


「じゃあ、貴方が夫の欲しそうな物でソレを渡したんですか」


「はい?」


「腕と足」


「ええ、そうです。欲しそうでしたので」


笑顔で頭を動かし頷かれた。

頭しかない手も足も渡したらしいその丸いマトリョーシカみたいな体で。

…コトネはあの駐車場の暗闇の中、どこまで見えていたのだろうか。


「あぁ狂ってるな」


俺は頷く。


「イスラフェルズ教会、終末通達部隊ジャック。業務命令により『不死身の聖骸布』回収させていただきます」


「あらおしゃべりはおしまいですか、残念」


心底残念そうな口調からふぅとため息を吐いた。


「夫からのプレゼントです。そう易々と渡すわけにはいきませんので…アカ様、お願いいたします」


そんな願いを受けた邪神は小さくバネのように縮み巨大な拳を振り上げて跳んだ。

着地地点に赤い毛が舞い上がりカーペットを貫いた一撃が床のコンクリートにまで凹みを作っている。


俺は身を屈めて邪神の下を走り抜ける。

不死身の聖骸布さえ手に入ればおおよそこっちのものだ。

しかも今、持ち主は動けない。


背後から影が迫る。

だがあのジャンプで俺の所まで飛べば主人まで巻き込む、恐らく手前に着地その後の攻撃を狙っているはず。白い布へ手を伸ばす。


ーーいや、違っ


邪神はそのまま女性ごと砕く。

衝撃波と砕かれた玉座の残骸に大きく吹き飛ばされ受け身も取れないまま床を転がる。

彼岸花のような女性の最後。


「アカ様、惜しい」


手のひらで蘇った女性はちょこんと灰色の手の上で佇みながら笑うように言った。

俺は体を起こし額の血を拭う。


「死なないなら殺してもいいはイカれてるだろ」


「これをつけるとそうなってしまうの」


「呪いだな」


吐き捨てるように言った。


「信仰です」


宥めるように言われた。

邪神がそっと布団の山に凹みを作りそこにそっと添えるように置く。

二度目は無いぞと滲み出る気配。口はないがそう語りかける。


「じゃあ仕方ないな」


結局こうなるのか、と口の中に溜まった血を吐き出す。

俺は駆け出した。

先制、一発でも多くの拳を当て相手の核を探らなければ。


そこからは邪神と文字通り死闘。

まともに当たれば身体中の骨が砕かれる一撃、一撃を躱しつつびくともしない相手を殴り続ける。

そんな綱渡りは長く続くわけがなかった。


「ッッッ!!」


二回転ほど部屋中の家具が回り俺は床に滑るように倒れ込む。

沸々と湧き上がる笑い。


「強いなぁ」


ギリリと奥歯を噛み締め口が横に開く。笑窪の出来た不気味な顔がいつのまにか浮かぶ。

全然、勝てる気がしない。数発手の届く範囲で打ち込んだ感覚的にどの箇所にも核らしきものはなかった。

人間の心臓に当たる所が怪しいが4mの巨体、少なくともまともに殴れる場所ではない。


「なら」


俺は素早く身を翻し邪神から離れる。


「こいつをかましてやる」


俺の部屋のベットよりも大きなソファーをつかみハンマー投げみたく回転を始め


「二回転半じゃオラァ!!」


投げた。

鈍い音、邪神の体が沈む。足をクッションに分厚い肉の壁にしっかりと受け止められそして投げ返される。俺の躱した後に大きく跳ねたソファーは部品をばら撒きながら弾け飛んだ。


「やっぱダメか」


頭の後ろを乱暴に掻く。

ふぅと息を吐き軽く体を動かしてもう一度拳を構える。

スーツに仕込まれた軽い防御機能が最後の一撃で破壊されたため次からは掠っても大きなダメージになる。それも承知の上で。


「命削るしかないなぁ」


また、思う。

落ちたスーツの袖を捲り上げる。


「結局こうなるのかよ」


走る。

殴る。

躱す。

一番手慣れた方法。

灰色の拳は一撃一撃ゴウッと空気を切り裂く音をたて床に当たるたび地面が揺れる。

体力と集中力が切れた瞬間、木っ端微塵の戦い。


髪に擦れる灰色の塊。

躱した。

そう理解する前に俺は灰色の飛び出た腹の皮膚を掴む。飛び上がり思いっきり拳を叩きつけ


ーーガハッ!!


壁にいた。

横腹から殴り飛ばされ恐らく体の何かが逝った。

分かっていた傷、その代償は…


「心臓に核ねぇじゃねぇかよ」


そんな事実が胸に突き刺さる。

アドレナリンが切れたのかジンジンと痛みを思い出す体。砕けたコンクリートの破片を纏いながらずり落ちフサッと座り込んだ。


「あら、おしまい?」


遠く白い天井を見上げる。

頬を何かが伝う。きっと切れた額から流れた血だ。

瞑った瞳。その目尻の暖かさはきっと気のせいで。


久々の感覚だ。

昔はよくこうなった。足が震えて前に進めなくなって…負けて負けて負けて。

弱い弱い泣き虫の俺がまたいた。


ーーー何で戦えたんだっけ


「先輩」


そうだ。


そんな聞こえるはずのない声。

目を開ける。銃声が鳴り頭に赤い点ができる女性。

すぐさま光に包まれ傷口は無くなる。


舌打ちの音が聞こえてくる。


「後ろにいたからだ」


女性は乱入してきたコトネに目を向ける。どちかというとその下の拳銃に目がいっていた。


「そこの勇敢な方と違い貴方は神からもらった体がありながら科学に力を求めたのですか。なんとも贅沢な事で」


言葉の節々から軽蔑が滲み出る言い方だった。

コトネは落ち着いた様子で銃を顔の前に構えて


「信仰で銃弾が止まるのなら私は神を信じますし銃を捨て地に伏せて祈ります。でも現実はそうじゃ無いでしょ」


再び開戦の合図がてら邪神に銃弾が飛んだ。

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