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絶望による死 2

つい先程仕事の報告完了とその他諸々の手続きを終えて軽くシャワーを浴びてきたばかりのジャックは自室に入って鍵を閉めた。


「あー無理無理!疲れた!疲れた!やってらんねぇこんな仕事!絶対やめたるわ!」


そう言いながら俺は自室のベットに倒れ込む。自室は教会が貸し出している寮のような場所で八畳一間のフローリングと白い壁、廊下にトイレと風呂場がついてキッチンは全て食堂の共同スペースになっている。ベットもそれ以外の家具も修理のため交換したものや貰い物以外では何一つとして初めの状態から変わっていない。今も昔もただ時間を潰して寝るだけの場所。倒れ込んだベットは強い反発なく俺は沈み込むようにぐちぐちとよれたシーツに向かって仕事の疲れを吐き出していた。


「いくら仕事だからって常に命懸けとかおかしいだろ!うおおおおお!!」


ベットの上で転がり回る。布団と体が一体化したみたいにグチャグチャと混ざり合う。ここまで叫んでも壁は分厚い為一切隣に聞こえることはない。恐ろしいほど分厚い壁が間にはあるのだ。しばらく適当に叫んでから頭の先まですっぽりと布団をかぶり少し前の事を思い出した。

あれから覚悟を決めて走ったもののアメーバみたいな邪神のせいで核が分裂して時間だけはかかり助けに入ったら入ったで「わたしには信じている神がいるので結構です」とか喰われながら言ってくるし。

結局助けても「改宗はしませんので」とかお礼も言わず立ち去られるし…なんだかなぁ、という気分でいる。こう言う事はこの仕事をしているとたまにあるけど今回はタイミングが悪かった。


「別に何もいらないけどさぁ」


やっぱり寝ていないせいか小さな事が気にかかってしまうようでさっさと寝ようと目を瞑った。


「だめだ、起きてもスッキリしてねぇ」


白を基調としているのにも関わらずどこかずっしりとした息の詰まるような閑散とした食堂に一人。カレーと見つめあいながらそんな事をこぼした。

遅めの夕食を食べながらぐるぐると回り続ける嫌な思考が頭を重くしているのか帰ってからは下を向きがちだし全体的に覇気がない。

こういう時に楽しく喋れる相棒がいてくれれば良いが基本的にコトネはここへ立ち入らない。


(やっぱこの仕事をやめるか?)


そう思ってみたがやはり、辞めて何をするんだ。これ以外に出来る事はないのにどうやって生活するんだ。と意地悪く聞いてくる自分がいる。そしていつもそれに応えられない。


が、どんなに悩もうと食事に罪はない。食べているとノソノソといつの間にか食事は終わっていたので片付ける。


「ご馳走様でしたー」


そう言って皿を片付け少し離れた所に座り受け取り口の上の方に描かれたメニュー表を眺めた。

無駄…ではないのかもしれないがここの食堂は正直少し惣菜の種類が多すぎる。食材の管理もめんどくさいだろうし何より選ぶ時、分かりづらく「うーん…辞めとくか」みたいな感じになる。それに選ぶときは大体だし巻きかきんぴらになるし。


「きっとこれと同じだな」


目標は特にないけど出来る事全部やってみたいですでは「うーん…辞めとくか」に自分がなっているのかもしれない。もう少し絞るべきなのだろうが、だからと言って「じゃあこれにしよう」と決まるものが俺の中にはない。夢、などと言うものがあればいいのだがそれもさっぱり思いつかない。

結局いつも通りの結末。どうたらいいのか分からない、にたどり着く。ただずっと消化不良の気持ちが落ち着きなくソワソワと心の中を彷徨っていて


「あああああ!!」


髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱し頭を振る。

病院の廊下より無機質な通路で頭を抱え「わかんねぇよ」と呟いた。


「ジャック、今時間はあるか?」


沈み込むような低音、黒い大きな影が目の前に現れた。

ケリンツ大司教。イスラフェルズ教会を取り仕切る超大物であり教会地下に終末通達部隊の部屋や食堂、シャワールーム、トレーニングルームなどを設置。その資金繰りまでを管理する大司教でありながら経営者でもあり終末通達部隊などという違法な組織を率いるなど多くの顔を持つ大男。多くの人に尊敬と恐怖されるケリンツ大司教をジャックだけが神父と呼んでいる。


「ないっすよ」


「そうか」


そう言って顔色一つ顔ずつ、ただ口だけを動かして応える。不気味という他ない。信者の子供がただ立っているだけの神父を見て泣き出すのも頷ける。堀の深い鬼のような人相と筋骨隆々の大男。

俺も慣れてはいるが勝手に体に力を入る。そのまま神父の顔を凝視した。神父から表情を読むのは難しいが無理じゃない。恐らく今は機嫌がいい。つまり誰かが残酷な目に遭っている事がわかり俺は奥歯をぎゅっと噛み締めた。


「せっかく会ったのだ。新しい死因を見つけたので見せてやろうと思ったのだが」


「は?」


神父は淡々とそう言って少し進んだところで止まりパシュッと壁に隠された部屋の扉を開ける。

中では誰かが()()されているらしく声が聞こえてくる。ガラガラの潰れた叫び声。少し近寄った俺はその声に聞き覚えがあった。数日前、情報を引き出す為、管理会社の偉い手を俺が選び俺の手で捕まえた…その人の声に似ている。今でも生暖かい痩せ型の男を肩に担いで車に乗せ起きてからずっと騒いでいた声が記憶に残っていた。


「俺は神父が遊ぶためにその人を捕まえたわけじゃねえぞ」


と、言い切る前に俺の背中は廊下の壁に叩きつけられていた。

最後に見えた景色は神父のドアを蹴破るが如くのハイキック、丸太のように太い脚がズドンと肺を叩く。瞬間軋む肋骨、壁に倒れ込んだ俺は顔を上げ必突然止まった呼吸を浅くだがなんとか再開する。

やばい、とにかくやばい。力を入れて警戒していた俺ですら反応できないスピードとこれほどの威力。やはりこいつは桁が違う。


「悪い、何を言った。聞き取れなかった」


俺は何も言い返せず苦笑いをしたまま項を垂れた。結局反骨精神で食ってかかった所で結果は目に見えている。それに俺の捕まえた人はこうやって情報を吐かせるためここにいるのだ、仕方ない。と何とか自分を納得させる。後の納得できない自分は奥歯でギリギリとすり潰して無くしていく。そう仕方がないのだ。


「まぁ時間がないのなら仕方がない。次会ったら必ず見せる」


こいつは当たり前のように人の話を聞かないし子供のような無邪気さで人を追い詰めてくる。

俺の唯一出来ることなのに救っている数と傷つけられた人の数、どっちの方が多いか自信をもって答える事ができない。辞める決断も自信をもって続ける事もできず、それがただ…


「悔しい」


再び誰もいなくなった通路でポツリと声を漏らす。

元々心の中にあった渦巻く悩みがイガイガと実態を持ったかのように痛みを伴い出し部屋までの通路で俺は何度か心臓を意味なく抑えた。

後ろから聞こえていたしゃがれた「助けて」の声がパシュッという空気の抜けるような音で止まってからもずきずきと痛みだけが残り続けている。

それでも部屋に戻る為足を進める。通路とさして変わらないただ過ごすだけの部屋でも。次の仕事まで寝てこの黒い気持ちを忘れる位集中しなければ。もう、きっと…体が真っ二つに折れてしまいそうだ。


「せーんぱい」


一瞬脳がいるわけないと思うほどに意外な人物がそこにいた。

仕事用の制服から一点、学校の制服を身につけたコトネだ。俯いたまま歩いていた俺の顔を下から覗き込むようにして見上げてくるので自然と視線は交わった。

いつもより鮮やかなメイク、桃色のキュッと結ばれた唇、大きく丸い青い瞳の上目遣い。俺は思わず弾かれたように顔を上げ少しドキッとした気恥ずかしさと沈んだ情けのない表情を見られていないか、と心配から視線を逸らした。


「…めっ珍しいなコトネがここにくるなんて」


「えー本当ですよーここにくるの本当に嫌なんですから!」


どうやら落ち込んでいた所は見られていなかったらしくいつもの調子で会話は続く。

本当にここが嫌いなようで不機嫌そうな空気とそれと同じくらいの冗談の空気を半々くらいで混ぜあわせつつコトネは言った。俺もようやく落ち着いてきたのでちゃんと顔を見て話だす。


「なんか仕事の用事残ってたっけ?個人用の書類とか?」


「いえ、これを先輩に渡しに」


そう言ってコトネは学校用の手提げ鞄の中からきちんとラッピングされた小さな袋を取り出した。受け取った俺は中を確認する。


「クッキー?」


「はい、もうすぐブンカサイなのでお試しに作ったものなんですけど」


作りたての方が美味しいかなって、と言われている間に俺は開封して口に入れた。ホロっと砕けるようなクッキーはじんわりと蕩けて混じり気のない砂糖だけの純粋な甘みが口の中で広がっていく。そんな優しい甘さが俺のささくれだっていた心をゆっくりと癒していく。


「仕事のお礼も兼ねてですけど」


少し照れたような笑顔がとてもずるい。思わず俺は涙が出そうで目を擦り絞り出すように「ありがとう」と声に出した。


「なにかあの後あったんですか?」


こう言う時にはっきりと物を聞けるコトネは強い。芯の部分というのだろうか、とにかく人間として強いなと感じた。俺は残りも全部食べて顔を上げる。

心配というよりも相棒として支えたいという気持ちが強そうな凛と力強い視線で俺を見つめてくる。

その頃には俺の心は久々にすっきりとしたものになっていた。スッーと鼻から息を吸い込んで頭に直接風を当てたような気分になる。

心の靄は僅かばかり残っているがひとまずはこれでいい。俺は心の中で頷く。何も解決はしてないけれど前を向くだけの気力をコトネから貰えた。


「あった。けど今飲みこんだ。コトネのおかげだ」


「はぁ、まぁそれならよかったです」


目尻に皺を寄せ納得のいかなさそうな顔だったがそれ以上聞く気はなさそうだった。

そんなコトネに俺は日頃のお礼とお返しも兼ねてどこか行くか何かプレゼントでもあくまで仕事の範疇でだがしようかと考える。

が、思いつかないので取り敢えず外さないのは相手に聞く事だろうと「何かクッキーのお礼をしたいけど何がいい?」と聞いてみた。

すると俺が予想していた以上にパァッと陽が差したような笑顔を浮かべて


「え!本当ですか!」


と、弾んだ声色で言った。どれくらいのものを期待しているのかは知らないがとんでもないものが来る事だけは予想がつく。


「じゃあブンカサイで何か奢ってください!」


「…ブンカサイを知らないがまぁ分かった」


サイということは祭り、ブンカというのは文化か文華の二つだろうから恐らく体育祭のように勉強で何か競う祭りなのだろう。そこに出店でもでるのか、とりあえず奢ればいいらしい。予想外ではあったがとんでもないというほどでもなかった。

そんな答えにコトネはキョトンとしたような表情を浮かべ


「え?…去年一緒に…去年は体育祭の年ですね!そうでした!」


「なーに一人でぶつぶつ言ってんだ」


勝手に納得し頷くコトネを少しからかってみる。


「は?廊下で俯きながらぶつぶつ言ってる人よりはマシです」


「見てたのかよ!!」


俺のツッコミをよそに「まぁいいじゃないですか」と流されるまま文化祭というのはどんなものなのかから日程や詳しい予定も今日一気に決めた。不気味なほど静かで無機質な廊下に鈴の音を転がすようなコトネの声がするだけで夜明けの空みたいに晴れやかで楽しく感じられるから不思議なものだ。


「絶対、来て下さいね!約束ですよ!」


念押ししながら親が迎えに来たらしいコトネは眩いくらいの笑顔でブンブンと手を振って走り去っていった。


「よし!頑張るか」


コトネを玄関まで見送った俺はフンっと気合を入れて教会へ戻る。

何も解決していない、けれど前を向ける。


「ジャック」


聞き慣れた低音、振り返ると全く気がつかないうちに視線だけで人を殺せそうな大男が立っていた。

あぁ、最悪だ。と浮かれていた心が一気に沈み込む。


「不死身の聖骸布の場所が判明した」


「はぁ!?」

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