プロローグ
小鳥が巣立つ時…
俺はそこから先を思い出せずにいた。虫刺されみたいな意識すればするほど気になってしまうその言葉。
確か誰かと誰かが笑うんだ。父と母が子供の門出を笑っていた、みたいな優しい話ではなく。もっと捻くれた話だったはずで…
そこで俺は勢いよく瞼を上げた。拍子に部屋の古臭い蛍光灯の灯りに目が眩む。そのままガバリと腹筋を使い寝転がっていたベットから体を起こし、頭の後ろを乱暴に掻く。寝転がっていたせいかやけに跳ねた固い髪の感触が指を叩いた。立ち上がって机の上に投げ出したままでいたスマホを取って調べてみる。が、どうやらそんな話は載っていない。いつも通りあいつへ神様が告げた話らしい。もっと神様なら17歳の少年に教えるべき名言があるだろ。可能性に迷う少年に、と愚痴を言うが聞いてくれた事もまして何かをしてくれた事もない。
まぁ、だが神様の言葉では無かったがこの前の話は珍しく良かった。長らく聖遺物集めに励んでいた甲斐があの言葉だけであったかもしれないと思えるほどには。
「まぁそれも今日で終わりだ」
そう呟いて不死身の聖骸布を首に巻いてから俺はスマホの横にあった退職届の入った封筒を手に取り持ち上げる。紙が一枚入っているだけにも関わらずずっしりと重たく感じた。
俺は一旦扉の前で軽く伸びをして気を引き締めてから重々しい木と鉄の両扉を押して開けた。
中は見慣れた木製の壁と天井、床は柔らかい真っ赤なカーペットが敷かれており部屋の中央に石の祭壇が置かれている。祭壇の上で飾られた金の装飾が風に揺られた蝋燭の炎で艶かしいほどの光沢をぬらりと放った。
その祭壇を挟んだ奥に高襟の祭服に筋肉を詰めたような大男がいた。首からよくわからない聖遺物のネックレスをつけ灰色の祭服に腕まくり、そこから臨く腕は実用性に特化した危険な雄々しさを秘めている。ゴツゴツした大きな手には何かの聖遺物が握られていた。
「来たか」
低くはっきりとした声。男はゆっくりと祭壇から顔を上げた。
「これ」
そう言って俺は手紙を渡す。大男は目の前で封を切り手紙に目を通しはじめた。
それを確認した俺はするりと首に巻いていた不死身の聖骸布を外しまだ手紙を読んでいたので無言で祭壇の上に置いておく。業業しい祭壇の上に白い布を乗せるとそれだけで貴重な物のように感じてくる。
ーーーあぁ、そうだった。
突然、言葉の先を思い出す。
「金糸ジャックの退職届け確かに私が受け取った」
その声を聞いて俺は振り返り部屋の外へ向かった。
小鳥が巣立つ時、親鳥と猟師は笑う。
あの男から聞いたのはそんな言葉だった事を思い出したから。