焼きそばの勇者 「八木壮馬の冒険」 ~立志編~
世界は闇に包まれていた。
闇の世界からやって来た魔導師ダ―メンと彼が率いる軍勢によってバソキヤ大陸最大の国家ペグヤン帝国が滅ぼされてしまったのである。
ペグヤンには人類の繁栄を支える【秘宝シンクガズゴン】が存在していたのだ。
ダ―メンは功を焦り、皇帝一族を滅殺したが秘宝を奪う事は出来なかった。
「探せ、秘宝【シンクガズゴン】を。秘宝を持ち出した愚か者を、このダ―メンの前に連れてくるのだ!」
ダ―メンは拳を固く握り締める。
ダ―メンたち闇の世界の人間がバソキヤ大陸に来た真の目的は秘宝の奪還にあったのだ。
「何としても探せえええ!!」
以上ダ―メンの宣告の日より世界侵攻と秘宝奪取が同時に始まった。
それから数か月後、ここ辺境の村ペヤッキにもダ―メンの軍勢が迫っていた。
九つの頭を持つ巨蛇ヒュドラに乗ってダ―メンの部下ジャンメンは近隣の村を潰しまくっていた。
「秘宝を渡せ、ゴミども。さもなくば我が従僕ヒュドラとリザードマン軍団が貴様らを滅殺する!!」
頭にドクロを乗せた狂戦士ジャンメンは斧で村の立札を破壊した。
「ヒュドラよ、毒ブレスで村を攻撃するのだー!!」
「了解!」
ヒュドラ(名前九頭新一)は九つの口を一気に開いて猛毒ガスを吹きつける。
紫色のガスは瞬く間に村の木々を枯らし、ジャンメンも瀕死の重傷を負った。
「さ、流石はヒュドラ。誰か俺に毒消しを…」
ジャンメン、再起不能。
その頃、ジャンメンの軍団が倒れた場所にガスマスクをかぶった男が通りかかった。
「これはいかん。猛毒で死にかけているぞ」
ガスマスクの男は一番毒を受けてひどい事になっているジャンメンを背負って村に向った。
「急患だ。助けてやってくれ」
ガスマスクの男はジャンメンを村の診療上に連れて行った。
「おやおや、珍しい客だのう。こちらの兄さんはどうした?」
「毒霧発生注意報が出ているのに外に出ていたヤツだ。全くガスマスクもつけずに…。ペヤッキの人間じゃないのか?」
男はガスマスクを外す。
マスクの下は外さなかった方が良かったんじゃないか、と思うくらいの不細工なハゲデブだった。
「…いやこんなマッチョなお兄さんは知らんのう」
「とりあえず毒消し草を煎じて飲ませてやってくれ。金は俺が払う」
かくしてジャンメンは何とか生き残る事が出来た。
ジャンメンの部下たちはヒュドラと一緒に基地に帰還したという。
「はあはあ…。具合が悪い…。頭がガンガンする…」
ジャンメンは毒の後遺症で動けなくなっていた。
「しのぶよ、本当にそのお兄さんどうしたのじゃ?」
しのぶは両腕を組んで首を傾げる。
「わからん。だが、この症状からして【こしあん】に相当する毒物を摂取してしまった事に間違いないだろう」
ジャンメンは無意識のうちに首を横に振った。
「どんなアンコだよ…」
「そうだ腹は減っていないか?美味い物を作ってやるぞ」
「今食える状態じゃねえよ…うえっ!」
ジャンメンは青い顔をしながら嘔吐する。
しのぶは困った顔をしながら台所に向った。
「しのぶよ、どうするつもりだ?」
「こういう時は焼きそばを食べるとすぐに回復するってウィキペディアに書いてあったからな。先生、台所を使わせてもらうぞ」
「おいおい。ワシの分も忘れるなよ」
「む、無理!マジで胃が破れて死ぬって!」
二人はジャンメンの話など聞くつもりはない。
数十分後、しのぶは三人分のソース焼きそばを作った。
「相変わらず美味そうじゃのう。具は何を使っているのだ?」
ずずずず…、もむもむ。診療所の老人はすでに焼きそばを食っている。
「キャベツとニラ、タマネギとニンジンだ。肉は挽き肉だな」
「流石はしのぶ、老人の健康を考えた素晴らしいチョイスだ。最近は肉が嚙み切れなくて難儀しておったのじゃ」
老人はそう言ってからまら焼きそばを食べだした。
しのぶは老害が窒息死しないように麦茶を用意する。
「これ、食わないと駄目?」
ジャンメンは…ソースの匂いを嗅いだだけで吐きそうになっていた。
魔獣軍団の頂点に立つ狂戦士もこうなっては形無しである。
「まあ騙されたと思って食ってみろよ」
しのぶはジャンメンの口に麺を一本入れようとする。
ジャンメンの背後には彼を羽交い絞めにしている老人の姿があった。
「さあ、焼きそばを食うのじゃ…。お前もワシと同じ焼きそば中毒になるのじゃ…」
「!!!!!!!」
ジャンメンは全力で抵抗したが、結局焼きそばの麺を一本だけ食べさせられる。
ジャンメンはかつてないほどの疲労感と倦怠感に包まれながら焼きそばの麺を咀嚼する。
もむもむもむ。
「え!?」
ひゅん。次の瞬間、一陣の風が彼の全身を突き抜けた。
「これが焼きそば?俺の知っている焼きそばは一体何だったんだ!!」
「ぐぎゃっ!」
老人は反対側に吹き飛ばされた。
「しのぶ、もう一本頼む」
ジャンメンは老人の羽交い絞めを自力で解き、人差し指を立てる。
「よかろう。さあ、新たな世界に旅立つがいい」
しのぶは自由になったジャンメンに箸を与え、思うままに焼きそばを食べさせた。
ずるずるずる。むぐむぐむぐ。麺を啜り、具材を頬張り、ジャンメンは官能の海に乗り出す。
「はあ、はあ…。何が刺激が欲しい。このままでは狂ってしまう…」
ジャンメンは物欲しそうな目でしのぶを見つめる。
しのぶはタッパーから細切りにした紅生姜を出した。
「食え」
次の刹那、ジャンメンは己の獣性を解き放つ。
「うおおおおおおッ!これを待っていた!この酸味と、塩味と爽やかな辛味!この紅生姜があれば俺は一生焼きそばだけ食べていてもいいぞおおおおおッ!!」
数秒後、しのぶが用意した4キロの焼きそばをジャンメンは食べ尽くした。
「ジャンメンよ。ダ―メンとやらはお前に焼きそばを教えてくれたか?」
しのぶは氷のような視線をジャンメンに向ける。
ジャンメンの肉体からは毒が消えて、以前にも増して筋肉の量が増えていた。
(これが焼きそばの力。今の俺ならばダ―メン四天王、いやさダ―メンの野郎にだって負けない自信がある…)
ダ―メンは歯を思い切り噛み締めた。
闇の世界でも特に過酷な環境で育ったジャンメンは魔法が使えないというだけでダ―メン軍団では劣悪な待遇を受けていたのである。
そしてダ―メンは材料費の高い豪華な食事だけをジャンメンに与え、至上の美味”ソース焼きそば”を教えてくれなかった。
「俺にダ―メン軍団を裏切れと?」
しのぶは皿の上に乗っている自分の分の焼きそばを見せる。
「(チラッ)それはお前は決める事だ。(チラッ)このまま焼きそば無き悪の道を突き進むか、はたまた焼きそばのある正義の道を進むかはお前次第…」
たん。
ジャンメンの前に皿が置かれた。あざとくも焼きそばの上には両面焼きの目玉焼きが乗っている、
ばくっ!ジャンメンは焼きそばを一気に食べた。
「俺は別に焼きそばに釣られて寝返るわけじゃねえぜ。あくまで正義の心に身ざめただけだ」
「フッ。そういう事にしておこうか。それではジャンメンよ、お前をクラスチェンジさせてやろう」
しのぶは【転職】という文字が書かれた杖を取り出す。
「クラスチェンジだと!?お前は一体何者なんだ!!」
「俺は焼きそばの神【ふじわらしのぶ】。闇の森の狂戦士ジャンメンよ、今日からお前は【焼きそば師】八木壮馬となるのだ!かーっ!!」
しのぶは杖の先についている宝石をジャンメンに向けた。するとジャンメンのかぶっていた人間を狂戦士に変える呪いの仮面は割れ、
鳳凰座の一輝に良く似た伊達男の顔が姿を現す。
しのぶはジャンメンに手鏡を渡した。ジャンメンは素顔を見ながらふと考える。
(あれ?俺ってこんな顔だったったけか?)
しのぶはジャンメンから手鏡を強奪した。
「ジャンメン…いや壮馬。余計な事を考えるな。既に私は私の代行者を地上に送っている。お前は焼きそばの力で彼女を守るのだ」
「!!??…突然すぎない!?」
かくしてジャンメンは世直しの旅に出る事になった。
「しのぶ。これから俺はどうすればいいんだ?」
「なろう的にはまず”聖”処理用の美少女奴隷を買う、庭付きの自宅を買う、腹いせにいじめっ子を殺害する…だろうな」
しばらく二人は無言で歩き続けた。
「しのぶ。一般的にはどうすればいいんだ?」
「とりあえず私の導いた代行者の身柄を確保する事だ。ダ―メンの魔力を封じる為にはそれが一番の近道だろう」
ダ―メンの魔力という言葉を聞いたジャンメンの表情が強張る。
かつて壮馬は力に絶大な自信を持っていたが、闇の国で行われた最強トーナメントにおいてダ―メンに完敗した。
結局、最強トーナメント以降はダ―メン軍団の尖兵としてこき使われていたジャンメン(現・八木壮馬)だったがダ―メンの超絶的な魔力による絶対無敵的な魔法には恐怖的なアレを感じざるを得ない。
要するに壮馬はダ―メン恐怖症になっていたのである。
「つまり代行者というのを味方につければ…」
「ダ―メンは転生してお前の聖奴隷となり紆余曲折を経てハーレム要員となり、お前の子供をボコボコ生んでくれる。それこそ機械のように…な」
「なろう的な展開じゃなくて!」
しのぶと壮馬はヨナ・キーアの街にやって来た。
ヨナ・キーアはペグヤンの重要な都市の一つで発達した農業、産業、工業と物流が集中していた。当然ダ―メンはここも支配下に収めている。
「ダ―メンはペグヤンに本拠地を置いているようだな。まずは俺の代行者ユーフォリアを探そう」
「ユーフォリア?女性なのか」
「ああ。焼きそばの聖女ユーフォリア。常にカラシとマヨネーズを携帯している変人だ」
その後、二人は無言でヨナ・キーアの街の中を歩いた。
表立って男二人で女性の所在を探すのはストーカーのそれだったので、徒歩による捜索を始める。
途中、ダ―メン軍の兵士に何度か声をかけられたがしのぶと壮馬はパンツ一丁で歩いていたのですぐに解放された。
「あいつら、俺たちを変態か何かだと思っていないか?」
壮馬は全身から湯気を立て、怒りを発している。先ほどしのぶが作った焼きそばを食べたから壮馬は蒸気機関車のように湯気を出していた。
「落ち着け、壮馬。それより良い方法を思いついたんだがやってみるか?」
しのぶは市場を通りかかった時に商人たちと話をしていたような気がする。
「そういえばお前さっき商人と何か話していたな」
「焼きそばの屋台を使って情報収集をしようと思うんだ。お前は焼きそばを食べれるし、ユーフォリアも簡単に見つかるだろう」
「流石はしのぶ。それで行こう!」
かくして二人は立ち食い焼きそばの屋台を始める事になった。
「いらっしゃい、いらっしゃい。焼きそばだよ!おいしい焼きそばだよ!」
白ブリーフの男が呼び込みをするといっせいに客が集まる。
壮馬はパンツの中に銭を入れたり、お釣りを出したりして大忙しだった。
「はいよ。しのぶ、ダ―メンさんにタバスコ焼きそばを頼むぜ」
壮馬は頭の上に角の生えたドクロを乗せた黒いローブ姿の男を案内する。男はしのぶと壮馬に頭を下げるとまずレモンサワーを注文した。
だんっ。ダ―メンの前にレモンサワーの入ったジョッキが置かれる。
ダ―メンはおしぼりで顔を拭くとすぐにジョッキに口をつけた。
「もう闇の魔導師なんてやってられねえんだよ」
ダ―メンは早くも荒れていた。
ペグヤンを滅ぼしてからは四天王が好き勝手やり出して早くも軍団崩壊の危機に陥っていたらしい。
「ああ、もう闇の国に帰りてえよ。おっさん、次はこのもつ焼きそば頼むわ」
ずるずるずる。ダ―メンは赤唐辛子と鳥のから揚げが乗ったソース焼きそばを一気にたいらげてしまった。
「この炒めた赤唐辛子がたまんねえな。から揚げも美味いんだけどね」
「実はこれナシゴレンのレパートリーの一つでしてね。本当はナンプラーで味つけするんですよ」
「はあ…エスニック料理うめー。最後は王道のもつ焼きそばとか、こういう店マジで助かるわー」
ダ―メンはベロベロになるまで酔ってしまった。それでも料金の事だけはしっかりと覚えていたので壮馬に一万円札を渡す。
「壮馬君、ここ超気に入ったからまた来るわ。四天王も連れてきていい?」
壮馬はブリーフに手を突っ込んで股間の出入り口から釣銭を出してニッコリと微笑む。
「喜んで」
その後ダ―メンは千鳥足で屋台を出て行った。
「今のお客さん、同姓同名の別人だよな」
しのぶは屋台の暖簾を上げてダ―メンの後ろ姿を眺める。
「そうあって欲しいもんだな」
壮馬も並んでダ―メンの姿を見る。最後にあった時よりもダ―メンはやつれていた。レモンサワーの後、焼酎を自分で水で割って飲むような男では無かった。
その時、フラフラと歩いていたダ―メンは銀髪の小柄な少女にぶつかる。
ダ―メンは慌てて少女に謝るが少女はダ―メンにランニングパワーボムを決めた。
「ケンカだ!ケンカが始まったぞ!」
通りすがりの一般人たちが集まり、群衆が誕生する。
輪の中には仁王立ちの少女とひたすら土下座をするダ―メンの姿があった。
「勘弁してください。こんな姿、部下に見られた日には…」
少女はダ―メンの顔にサッカーボールキックを決めた。
「テメエ、こっちはタダでさえも焼きそばの勇者待ちで何か月も潜伏してストレスたまってるって時によ…」
少女は天に手をかざす。すぐに稲妻が落ちて群衆の一部を黒焦げにした。
「お前のせいでダ―メンのインポ野郎に見つかって捕まったらキンタマ潰すだけじゃすまねえからな!」
「ひいいいっ!誰かお助けくださいいい!」
遠くから二人の姿を見ていた壮馬は少女の方を指さす。
「あれユーフォリアちゃん?」
「うん…」
しのぶは暖簾を屋台にしまいながら首を縦に振る。
二人はレンタル屋台を商店街の人に預けると現場に向かった。
「おら!どうしてくれるんだよ!ダ―メンがここに来たらアタシは処女を散らされて聖女じゃなくなっちまうかもしれねえんだぞ!?」
ユーフォリアはダ―メンの背中を蹴りまくる。
ダ―メンは泣き叫びながら少女に許しを請うていた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!もうしません、許してえええ!」
しのぶはダ―メンを担いで交番に届けた。激怒したユーフォリアの前に壮馬が立ち塞がる。
「アンタ誰?あの黒魔導師みたいなヤツの知り合い?」
ユーフォリアは腕を組んで壮馬を見る。
美少女、年齢的には美女には違いないがガラの悪さには如何ともしがたいものがあった。
「俺は八木壮馬。【焼きそばの神】ふじわらしのぶに導かれてこの街に来た」
二人は同時に無言になる。
「ごめん。色々とやり直したいから…明日またここに来てくれない?」
「わかった」
壮馬はその日、しのぶにカレー焼きそばを作ってもらった。
塩焼きそばの上にカレーが乗った食べ物で、ありきたりの組み合わせだが他の麺類よりも具材との相性が良い。
「付け合わせの福神漬けが良いね」
壮馬は般若の面のような顔をしたユーフォリアの事を思い出していた。
彼女がヒロインならこの物語から退場したい、とさえ思っている。
「壮馬、男女とはこのカレー焼きそばと福神漬けのような物だ。持ちつ持たれつ、くっつかずされど離れず。別に彼女と結婚して家庭を築かなくてもいいから会って来い」
しのぶはとりあえず四十八手の掲載された本を壮馬に渡した。
次の日、壮馬はやや気乗りしないままユーフォリアに会いに行った。
「勇者様!」
そこには見事なまでに化けた【焼きそばの聖女】ユーフォリアの姿があった。
清楚ながらも出るところは出ている完全な美少女ぶりに壮馬の心は奪われる。
壮馬はユーフォリアに腕を組まれデートに向った。
「焼きそば、最高。可愛い彼女は出来るし、嫌な上司は自滅するし!」
かくして後に【焼きそばの勇者】として世界を救う八木壮馬の物語が始まる。
みんなもソース焼きそばを食べよう!