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9話 宇宙樹

「何だ?あの小僧に何があったんだ?」


 エリスは困惑した。いつもはミイラの様に干からびていくのに・・・・何故今回は光輝くんだ?

 エリスは過去に何度も『マージ』を使っていた。『マージ』により生贄となった者から魔力と生命力を手に入れ何百年も生きてきたのだ。


「まて、何だ?何故私の体から?」


 さっきまでレイから流れ込んできていた光の粒子が今度はエリスの体から流れだし光の球体の方に流れていったのだ。


「えぁ?ま、待て、おい!止めろ———————!」


「私の方が魔力が強いはずだ!あいつは魔抜けだったんだぞ!」


 エリスの言葉とは裏腹に体からは物凄い勢いで光の粒子が出てき始めた。


「そんな・・・・何で私が・・・。」


 見る見るやせ細り老人の様になると、立っていることも出来なくなり膝をついてぜーぜーと息を切らしていた。


「ちくしょう!何故こんなことに・・・。」


 『マージ』の生贄になった者たちが断末魔に発したのと同じ言葉を何故自分が・・・。


 エリスはもう声を出すことすら出来なくなっていた。


 何が起きているんだ?


 ソラもエバたちもエリスへの攻撃を止めて様子を見守っていた。

 

 レイの体を持った不死の魔女エリスが見る見るうちにミイラの様になり干からびていくのだ。


「魔力が・・・・・逆流することなんてあるの?」


 エリスだった物は、うつ伏せに倒れると骨すら残らず砕け散ったしまった。


「まあ、なんにしてもレイは助かったようだな。」


 ジョニーの言葉で我に返ったエバはレイの方を見ると、光の球体は消えており、そこには小太りのエリスの体を持ったレイが横たわっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「君は一体誰だ?」


 光の球体に包まれたレイの前にはシルバーブロンドの長い髪をした美しい女性が立っていた。

 女性は白く長いドレスを着ており、前に出した両手に宝玉を載せていた。


「私の名はクロエ、この宝玉に宿る残存思念です。」


「残存思念?」


「まあ、記憶の一部がこの玉に宿っていると思っていただければよいです。」


 レイはまるで夢の中に居るような心地で彼女を見ていた。


「貴方に伝えたいことがあります。」


「伝えたい事ってなんだ?これから命を奪われようとしている俺に言って何になるんだ?」


「ふふ、貴方の魔力はあの魔女を上回っているのに気が付いてないのですか?」


「なっ?どういう意味だ?」


 クロエはレイの問いに答えず話を続けた。 


「私が貴方に伝えたいことは一つ、『この世界の真実』を知りたければ、宇宙樹の元に行きなさい。」


「『この世界の真実』って?」


 レイの問いに対してクロエが黙ったまま微笑むと手に持っていた宝玉が砕け散った!


「おい、俺のガラス玉になんてことをしてくれるんだ!」


『そこ、怒るところですか?』


 微かにクロエの突っ込みの様な声が聞こえたが、そこにはクロエの姿はなかった。


 レイは急に眩暈の様な感覚を覚えるとそのまま意識を失った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ここは?


 目覚めたレイの視界には天井が見えた。


 夢だったのか?


 レイが確かめるように天井に向けて手を伸ばすと、そこには他人の手があった。


 「うぁ!」


 レイはベッドから跳ね起きると自分の体を確認し始めた。


 手は? 自分の手より二回りは小さくなっており、肌は褐色で、爪は長く黒く塗られたままだった。


 胸は? デカい!!何だこの肉の塊は!これでは木刀を振るうのに邪魔だろう!


 あ・・・、あそこは? 


 レイはスカートをかき上げ股の部分を触ってみた・・・。


「な、ない———————っ! こ、こ、こ、これじゃあ立ったままできないじゃん!!」


 レイは困惑しながらも部屋の中に姿見を見つけとそこに近づいていった。


 ここは? かーちゃんの部屋じゃないか?


 レイの部屋はエリスに破壊されていたのでエバの部屋に寝かされていたのだ。


 レイは姿見の前に立ち自身の姿を見てもう一度愕然とした。


 背は頭一つ分くらい縮んでいる。

 

 体はあのエリスの小太りの体で、爆乳とデカい尻が目立っており、それらを隠している布地の少ない服からはみ出んばかりの状態である。

 手足には筋肉は見えず、全て贅肉ではないかと思わせるほどブヨンブヨンしていた。

 

 体に対して顔は元の顔でほっそりとしており、短く刈った黒い髪は男のそれであった。


 エリスの顔を持ったレイの体も異様だったが、レイの顔を持ったエリスの体も異様なバランスとなっていたのだ。


 せめてもの救いがレイの顔が母親のエバに似た女顔であること事だった。


「うん、まずは体を鍛えないとな。」


 ・・・・レイにとって女になってしまったことより、魔剣士になるため鍛えた体を失ったことの方が問題だったのだ。


 レイはベッドの傍に木刀があるのに気が付いたので手に取り振ってみた。


「胸がデカすぎて邪魔だな。腕力はおろか握力すらないのか?こりゃあ修行のやり直しだ!」


「レイ!起きたのかい?」


 声の方を振り向くとそこにはエバとジョニーがいた。


「ああ、でもまだ悪夢を見ているみたいな気分だ。」


「良かった——————!」


 エバはレイに抱き付き、声をあげて泣き始め、一通り泣き終わると声を詰まらせながらも話始めた。


「うっ、うぐ、う・・・お前もうちょっとで死ぬところだったんだよ!」


「確かに、もうちょっとでミイラになるところだったみたいだけど・・・。」


 レイはマージをかけられた時の事を思い出したが、何故助かったんだか分からない。


 レイが無い知恵を絞りながら悩んでいるとジョニーの声が思考を遮った。


「レイ、あの光のは何で中で何があったんだ?」


「えーっと、ガラス玉が突然光輝いたと思うと、クロエという綺麗な女性が突然現れて『この世界の真実を知りたければ、宇宙樹の元に行きなさい。』って言ったんだ。」


「なに?この世界の真実だ?宇宙樹だ?・・・それから?」


「それから手に持っていたガラス玉が割れて、勿体ないと思ってたら周りがくらくらして気を失ったんだと思う。」


「そうか、そのクロエって人は他に何か言ってなかったか?」


「ん————っと・・・・そうだ!『私はは宝玉に宿る残存思念だ。』なんて事も言ってた。」


「なに?宝玉の残留思念だと!!」


 そう言うとジョニーは黙り込んでしまった。


「そう言えば、あのエリスっていう魔女も俺のガラス玉の事を宝玉って言ったぞ!彼奴が俺のガラス玉を勝手に持っていくから俺は追いかけてって・・・・・・・こんなになっちまったんだ。」


 レイは小太りの体を両手で叩いて残念そうな顔をした。


 ジョニーはゆっくりと話始めた。


「あのガラス玉を不死の魔女が持ち去ったとすると、あれは宝玉で間違いがないな。」

「宝玉が入っていたのはルティア文明の箱・・・ルティア文明人の残留思念か!?」


 ジョニーは目を見開いた。


「あの箱を開けたのはレイで、マージの魔力の流れを逆流させてレイを助けたのがあのガラス玉、いや宝玉・・・。」


「なんだって!俺を助けてくれたのはあのガラス玉なのか?」


「ああ、あの玉から光が出た後に魔力の流れが逆転してエリスがミイラになったんだ。」


「じゃああの時クロエさんにお礼をいうべきだったんだな、ガラス玉が壊れたんで思わず怒っちまった!」


 レイは心底すまないことをしたと思った。


「そうか、そう思うならクロエの言葉に従ってみないか?」


「宇宙樹の所に行けってことか?」


「ジョニーなんてことを言うのよ!」


 黙って二人の話を聞いていたエバだったが、宇宙樹の所に行くと聞いては黙っていられなかった。


「レイ!あんた宇宙樹がどこにあるのか知ってるのかい!」


 レイは首を傾げてエバに聞いた。


「宇宙樹はこの大陸の南西の端にあるんだよ!幾つ国を越えると思ってるんだい!」


 そう、レイ達の住むこの国は大陸の東の端にあるのだ。


「エバ、これは世紀の大発見になるかもしれないんだぞ!」


「だからって、レイが行く必要はないでしょう?あんた一人で行ってきな!!」


 エバはツッケンドンに言い放った


「いや、俺だけじゃあ駄目なんだって。 おそらくクロエと言う女性はルティア人で、このメッセージはレイに宛てたものなんだ。」


「なんでそんな事が言えるんだい!?寝言なら寝ている時にいいな!」


 取り付く島もないエバを何とかなだめてジョニーは話し出した。


「エリスにかけられたマージを逆転させてレイを助けたのはあの宝玉に宿っていたクロエの残留思念だ。その様子はお前も見ていたよな?」


 エバは頷いた。


「あの宝玉を箱から取り出したのは俺じゃなくレイなんだ。俺が何をやっても開けることが出来なかった箱を、レイは何事も無かったように開けたんだぞ!おそらくレイはその時から宝玉に持ち主として認められていたんだ。」


「それは・・・・たまたまだろ。」


 エバはジト目でジョニーを見ていた。


「いや、あれはたまたま何てもんじゃあない。それに宇宙樹の元に行け言われたのは俺じゃあないレイだ。レイの見ている夢だっておそらくルティア文明の頃のものだ。」


「まあ、それは否定できないけど・・・。」


「それに今のレイはあの不死の魔女の魔力を吸収したんだぞ!これは先祖帰りの魔力じゃないのか!?」


 エバは、レイの方を向くとハァーっと溜息をついて頭を抱えた。


「え、?俺何か悪いことしたか?」


 レイはエバの溜息の意味が分からなかった。


「これからお前の魔力を確認しようか?」


「えっ?俺は魔抜けだぞ?」


「マージの効果はあの女から聞いてたよね?」


「他人の魔力と生命を奪い取るって・・・・あっ!!」


 レイは自分に何が起きているのかやっと理解し、目を見開いた。


「俺はあの魔女の魔力を奪い取ったのか!?」


「そういうこと!」


「そ、それなら俺にも魔法が使えるんだな!!」


 レイは目を輝かせた。生まれてこの方魔抜けとバカにされてきたのだ。生活魔法でも使えるようになればみんなを見返せる。


「どの程度の魔力なのか確認するから、私と一緒に外に来な!」


「わかっ・・・・けど、この格好はちょっと・・・・。」


 流石のレイでも自分の来ている布面積の少ない服は恥ずかしかったのだ。


「う——————ん、確かにそれは恥ずかしいね。ちょっと待ってな。


 エバはレイをじろじろ見た後、部屋を出ていった。



 

「かーちゃん!この服、確かに布面積は多いけど、ぱつんぱつんだぞ!」


 エバが渡した服はレイの体にぴっちりと張り付いていた。


「仕方ないだろう。それでも私が少し太っていた頃に着ていた服なんだ。あんたが太りすぎなんだから、グダグダ言っていないで行くよ!」


 レイは俺のせいじゃないとぶつぶつ言いながらもエバについて行った。


 レイ達が家の外に出ると周囲は既に薄暗くなっており人通りは無かった。

 エバは、近くの空き地まで行くとレイに言った。


「ここなら大丈夫だろう。レイ、右手の平を前に出して炎をイメージしてから『ファイア』って言ってみな。」


「わ、分かった。」


 レイはエバに言われたとおりに手を前に出した。


 なんか、ドキドキする。


 そう、レイは生まれて初めて魔法を使うので、興奮が頂点に達していたのだ。


「ファ、ファイア!」


 レイがそう唱えると、ボッという音と共に手の平の上に小さな炎が出現した。


「や、やった出来た!」


 喜んでいるレイに対してエバは何故か浮かない顔をしていた。


「上手く魔力がコントロール出来ているみたいだね。じゃあ次はファイア・アローを撃ってみようか。」


「ファイア・アロー」


 レイは炎の矢をイメージしてみたが手から出たのはさっきのファイアと同じくらいの小さな炎だった。


「やっぱり、上手くいかないな。」


 残念そうにしているレイの額にエバが両手をあててきた。


「かーちゃん、何を・・・。」


「ちょっとあんたの魔力を測らせな!」

 

 エバがそう言うと両手を当てたレイの額の部分が少し暖かくなってきた。


 なんか、ちょっと気持ちいい。


 暫らくレイの額に手を当てた後、エバは神妙そうな顔で話始めた。


「魔力の量は分からないけど、魔力のゲートの大きさは私と同程度だね。」


「え?エバのゲートは不死の魔女と同じなのか?」


 エバのゲンコツがジョニーの頭に炸裂した。


「バカ!私とあんな化物一緒にする気!?」


 ジョニーは呻きながら頭を押さえていた。


「なあ、かーちゃんどういう意味なんだ?」


 レイは二人が何を言っているのか理解できなかった。


「ああ、説明してあげるよ。以前お前に『お前には魔力はあるけど出口が無い』って言ったことがあるだろう?」


「ああ、小さい頃、俺が魔抜けの事を聞いた時にかーちゃんが教えてくれたよ。」


 エバは頷くと話を続けた。


「魔法を使うにはね、”魔力”と”ゲート”が必要なんだよ。魔力がいくら多くてもゲートが無ければ魔力を外に出すことが出来ないから、魔法が使えないんだ。お前の場合、このゲートが全く無いので間抜けだったんだよ。」


「それじゃあ俺にゲートが出来たって事なんだな?」


「ああ、できているよ。ただ・・・・。」


「ただ?」


「あんたは不死の魔女の魔力とゲートを同時に吸収しているはずなんだけど、それにしてはゲートが小さすぎるんだよ。」


「さっき、かーちゃんと同じって言っていたけど、かーちゃんのゲートは小さいのか?」


「あたしは攻撃魔法が使えるから、それなりに大きい方だと思うけど、不死の魔女はそんなもんじゃあない。何百年も他人の魔力とゲートを奪い続けてきたってんだから、とんでもない大きさのはずさ。」


「上手く吸収できなかったって事かな?」


「わからない・・・でも、化物になってなくて良かったよ。」


 エバは目に涙を浮かべながらレイを抱きしめた。


 少しの間レイを抱きしめた後、エバはジョニーを睨みつけて言った。


「どうだい、今のレイは私と同程度のゲートしかもっていないし、慣れないから攻撃魔法を使いこなすことすらできないんだよ。こんなレイを宇宙樹のもとに連れて行く気かい?」


 ジョニーはバツが悪そうにエバに頭を下げた。


「分かったよ、エバ。俺が悪かった。ちょっと興奮しちまってたんだ。」


「分かったのならよろしい!」


 エバは両手を腰に当て、胸を張ってどや顔をしていた。


「あー、でも俺は宇宙樹って所に行ってみたいんだけど。」


「「なに??」」


 レイの一言で話が振り出しに戻ってしまった。

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