2話 アニー
レイは魔抜けだが、全く友達がいないわけではなかった。
隣に住んでいるレイと同い年の少女アニーとは仲が良かった。
アニーは生活魔法が使えるのだが、レイをバカにすることは無く普通に接してくれるのだ。
秋の晴れた日の朝、レイはアニーと一緒に村の外れの小川に水を汲みに来ていた。
村に井戸はあるし、大抵の人は魔法で水を出すことが出来るのだが、お茶用にはこの小川の水の方が美味しいのだ。大人は皆忙しいので、この水汲みは俺達子供の仕事だった。
樽を載せた小さな荷車を二人で引きながら小川に向かっていた。
小川までの道は昨日降った雨のせいでぬかるんでいる。
「アニー、滑らないように気をつけて。」
「大丈夫、このくらいへっちゃらよ。」
アニーは整った顔立ちにシルバーブロンドの髪に紫色の大きな瞳が印象的な女の子だ。透き通るような白い肌をしており、美少女という言葉は彼女の為にあるのではないかと思うほどだった。
しばらくすると小川が見えてきたが、なんかいつもと様子が違う。
「わぁー凄い、まるで宝石みたい!」
「ほ、本当だ!」
小川の周りに生えている草にびっしりと朝露が付き、それが朝日に輝いているのだ。
朝日を浴びた草たちからは湯気のように水蒸気が立ち上り、その水蒸気に木漏れ日が当たり辺り一面に光のシャワーを降らせていた。
アニーは荷車を置き、紫色の瞳を輝かせながら小走りに小川に向かって行った。
「アニー危ない、滑るぞ!」
レイがそう言うとアニーはレイの方を振り向き手を上げて言った。
「大丈夫よ! ほら、レイもこっちに来て!」
輝く光の中に立つアニーの笑顔を見て、レイは天使が舞い降りたのかと思った・・・・。
この時、レイはアニーの笑顔をずっと守ったやりたいと思っていた。
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レイは『魔抜け』なのでアニーを守るには剣が使えるようになる必要があった。
6才の子供に鉄剣など手に入るはずもなく、木剣ですら結構高いのだ。なによりエバはレイが冒険者になるのを嫌がっているので、レイが言っても木剣を買い与えなかったのだ。
それで木剣が欲しかったレイは適当な木の枝を拾ってきてナイフで一生懸命削り木剣のようなものを作った。
アニー以外に友達はいないレイは、剣を練習する相手がいない。レイは仕方なく木の枝からロープで木片を吊るしてそれを相手に手製の木剣もどきで練習を始めた。
木剣で弾かれた木片は当然戻ってくるので、それをもう一度木剣で叩くと。
バキン!と言う音と共に持っていた木剣が弾かれてしまった。
戻ってきた木片を弾き返すには6才の握力と腕力では足りなかったのだ。レイは何度も木剣を弾かれながらも練習を続けた。来る日も来る日も、大人の手伝いの空き時間にレイは練習をひたすら続けた。
一つの木片が弾き返せるようになったら、次は木片を二つ吊るしてみた。同じ大きさの木片では芸が無いと思い、大きい木片にしたら・・・レイ自身が弾き飛ばされた・・・。
うん、そうは上手くいかないか・・・。
レイはそれでもあきらめずにひたすら木片に立ち向かって行った。
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それはレイがエバに頼まれた買い物の帰り道に村の外れ近くまで来た時の事だった。アニーが何人かの少年に囲まれているのを見かけたのだ。
アニーの前にはニルソンという名の少年がいて、アニーがニルソンを避けて立ち去ろうとしているのだが、ニルソンがアニーの行く手を阻んでいるのだ。
ニルソンは村で一番大きな雑貨屋の息子で、いわゆるガキ大将というやつだ。10才で既に銅剣を持っており、何人か子分を従えているのだ。
「おい、やめろよアニーが嫌がっているだろう!」
レイは駆けだすとアニーとニルソンの間に割って入った。
「あー、何だ魔抜けかよ!お前魔抜けの癖に俺様の邪魔をするんじゃない。」
ニルソンは銅剣を抜いて切っ先をレイに向けてきた。
レイは手製の木剣を握ってニルソンと対峙した。
「はは、そんな貧弱な木剣で何が出来るって言うんだ!」
ニルソンは俺に駆け寄り銅剣を大上段から振り下ろしたが、レイは銅剣避けて、ニルソンの右に回り込むと尻を木剣で思い切り叩いてたのだ!
「痛って―――――――!!」
ニルソンは尻を押さえて飛び上がり涙目で叫んだ。
「ち、ちくしょー!お前ら!この魔抜けをやっちまえ!」
レイはレイよりも体格の良い奴ら4人に取り囲まれた。
奴らは木剣を構えてレイにじりじりと近づいてくる。
最初に動いたのは最も体格の良い奴だった。
レイとの間合いを一気に詰めて木剣で切りかかってきた。
ギシッ! レイは手製の木剣で奴の木剣を受け止めると、木剣を弾き飛ばし横薙ぎに奴に切りかかった。
木剣は奴の腹にめり込み、そいつは白目を剥いて倒れた。
これって練習の成果か?
いけるんじゃないか?とレイが思ったが、レイの攻撃はここまでだった。
もう一人の奴の木剣を手製の木剣で受けた時、バキッ!と言う音共に木剣が折れたのだ。
武器を失ったレイは、背後から来た奴に羽交い絞にされてしまった。
「うぉー放せーっ!」
レイに腹を思い切り叩かれた奴が木剣を持ってにやりとした。
ボカッ!鈍い音と共にレイは前に火花が散ったように見えたと思うと、くらくらして体が動かなくなった。
レイを羽交い絞めにしていた男に蹴り飛ばされて、道につんのめる様に倒れた。
「へ、ざあまあ見やがれ!」
「今度は俺の番だな!」
ニルソンが銅剣を持って俺に近づいてきた。
レイは意識が飛びそうになっていたが、アニーを守りたい!その一心で意識を保ち、朦朧としながらも立ち上がった。
なんか、周りが赤いぞ!
俺が立ち上がると何故かニルソンが立ち止まって青い顔をしている。
「おい、ちょっとまて。こいつ死ぬんじゃないか?」
「お前、いくら何でもやりすぎだって。」
「やれって言ったのはニルソンだろう!」
「う、うぉ―――――!」
俺は視界が赤くなりながらも、アニーを守るため折れた木剣を持って奴らに切りかかって行った。
「な、何だこいつ!?」「気、気持ちわりー!」「こんな奴構ってられるか!」「お前ら、もう行くぞ!」
ニルソン達は、何故か俺を化物の様に言うと駆け足で去って行った。
俺の事を何だと思ってるんだ、全く!
レイはその時は何が起きているのか分からなかったが、頭から大量に血を流しているのだ。
レイがアニーの方を見ると真っ青な顔をしてレイに駆け寄って行った。
「レイ!痛くない!?ごめんなさい!あたしの為に。」
アニーの目からは涙が零れ落ちていた。
「ああ、大丈夫だ、ちょっと周りが赤く見えるだけだから。」
「それ、絶対大丈夫じゃあないから!」
アニーは涙を拭うと辺りを見回した。
「レイ!こっちに来て!」
アニーは俺を人気のない納屋の裏手に連れていった。
「レイ、これから見ることは誰にも言わないでね!?」
アニーは俺の頭に右手を当ると小声で詠唱した。
「ヒール!!」
頭が何か暖かくなっていくように感じられ、それと共に痛みが引いていった。
「こ、これは・・・。凄いな!アニーはヒールが使えるんだ。」
「うん、この前魔法の本を読んだ時に真似してたら出来ちゃった!」
アニーは若干どやりながらいたずらっ子の様な顔をしていた。
「でも、この事は皆には内緒よ。変に騒がれても嫌だから。」
そう、ヒール等の聖属性の魔法が使える人はかなり貴重なのだ。特にこんな田舎だと、使えると分かっただけで皆が怪我を直してくれと押しかけてくるだろう。
「アニーは凄いなあ、将来聖女にだってなれるかもしれないよ!」
アニーは頷きはしたが、聖女になんてなれないことを知っていた。
聖女になる条件はエクストラヒールが使える事なのだが、ヒールが使える人の中でもエクストラヒールが使える人はほんの一握りなのだ。後で落胆するのが嫌なのでアニーは妙な期待はしないようにしていた。
「俺のかーちゃんには言ってもいいか?」
「レイのお母さんならいいわよ。いつもお世話になってるし。」
「そうか、かーちゃん驚くだろうな!」
レイ達はそのまま家に向かって歩き出した。




