16話 狂気
レイ達がクレタ町に到着する数日前。
『前方二敵対スル生命体ヲ検知シマシタ。速ヤカニ排除シマス。』
『分かっ・・・ちょっ待てー!』
俺はぼんやりとした頭を全力で起こして戦闘補助AIの処置を阻止した。
AIが排除しようとしていたのはただの人間、しかも持っている武器は原始的な剣と弓だ!
『お前何やってんだ!あんなのに攻撃されても蚊に刺された程の痛みすらないだろう!』
『オ言葉デスガ、彼等ハサイコエネルギーヲ行使スルトコロデシタ。』
『人間がサイコエネルギーだと!』
人間がサイコエネルギーを使えるわけがない。サイコエネルギーは人工的に生み出されたものだ。しかも不安定で直ぐに崩壊して・・・・。
『おいAI、あのサイコエネルギーの爆発からどのくらい経過したんだ?』
『アノ爆発カラ完全ニ機能ヲ停止シテイタタメ、内部ノクロックガ異常ヲキタシテイマス。計算ニハ少シ時間ヲ要シマス。』
AIが計算をしている間に彼はモニターに映し出され緑の森林を見て呆然とした。
一体どうしたんだ、地上の森林は殆ど消失してしまったはずだ。緑の大地が残っていることを俺が知らなかっただけなのか?だとしたらとんでもない距離を飛ばされたことになるな。
『基地に戻れるかな。ランディにどやされるぞ。』
彼が独り言ちっているとAIが喋りはじめた。
『現在ノ時間ハ、サイコエネルギーニ対シテフルファイアーヲシタ時点ヨリ約1101年ト15日経過シテイマス。』
『はっ???せ、1000年だと???』
彼は目を丸くして固まってしまった。
『正確ニハ1101年15日デス。機体内部ノクロックガ停止シテイタ為ソレ以上正確ナ時間ハ出来マセン。』
『それ以上正確な計算は要らん!』
彼は語気を強めて言った。
俺がサイコエネルギーの爆発に巻き込まれてからまだ数時間しか経っていない感覚なのに・・・1000年だと!!
なんで俺は生きているんだ? 1000年も生きられる筈が無い?
”リジェネ”をしたのか?いや、リジェネだったら記憶が残る筈が無い?
俺が何度も思考をめぐらした後・・・ふとモニターの緑の森林に目が行った。
俺、この世界で生きていけるのかな?
とりあえず外に出てみるか。
『おい、外に出るからハッチを開けてくれ!』
『ハッチハ開放可能デスガ、外ニデルノハ無理デス。』
『なんで出られないんだ?外に有害物質でもあるのか?』
『イイエ、外部ノ空気ハイタッテ清浄デス。1101年15日前ヨリNOx,CO,等ノ有害ナ気体ガ減少シテイマス。』
『じゃあ何で?』
『理由ハ、アナタノ体細胞ガ生体カップリング介シテ竜騎兵ノ体細胞ト融合シテイルタメデス。』
『融合だと?』
彼には何が起きているのか分からなかった。搭乗者は竜騎兵と生体カップリングで同調して竜騎兵を自在に操ることが出来るのだが、当然それは戦闘時だけで、非戦闘時には生体カップリングを外し搭乗者は外部で生活をしているのだ。
生体カップリングが外せないとなると・・・俺は一生このままのか!?
『何で融合したんだ!?、融合を解くことはできないのか!』
『融合シタ原因ハ竜騎兵内ノセンサダケデハ解カリマセン。タダ生体部分ニサイコエネルギーガ残留シテイルコトカラ、膨大ナサイコエネルギーヲ受ケタコトカラ細胞ガ変質シタ可能性ガ考エラレマス。融合ノ解除ハ竜騎兵内ノ設備デハ不可能デス。基地ニ戻レバ解除可能トオモワレマスガ基地ノ存在ハ確認デキマセン。』
そりゃそうだ。1000年も経っていれば基地なんて・・・攻撃してきた奴らの姿を見れば想像は付く。俺達の文明は崩壊してしまったのだろう・・・。
暫らく呆然と外の景色を見ていると急に警報が鳴り響いた。
『後方カラサイコエネルギーノ攻撃デス。敵ヲ排除シマス!』
視界が急に左に動くと、そこには先程見た人間とは別の人間が数人おり、一人のサイコエネルギーの値が急上昇しているのがサーモグラフィーの様に色の変化で表示されている。
『やめ!』
AIが竜騎兵の口から過粒子砲を発射させる瞬間、俺は竜騎兵の首を真上に向けた。
真っ赤なビームが緑の空を貫くと同時に人間からの攻撃が発射された!
「ファイアランス!」
小さな炎の矢が竜騎兵の胸元に当たったが機体には全く損傷が無かった。
『ほら、人間一人からのサイコエネルギー何てたかが知れていだろう。反撃なんてやめろ!』
『イエ、小サナ攻撃デモ敵ハ敵デス。ワタシハコノ機体ヲ守ル義務ガアリマス!アナタノ行イハ間違ッテイマス!アナタニハ正常ナ判断ガデキナイト見ナシテ竜騎兵ノコントロールカラ切断シマス!』
『おい!まて!何をする気だ!?』
俺の手足に全く力が入らなくなったと思うと、竜騎兵が俺の意志とは関係なく動き始めた。それと同時に竜騎兵は攻撃を仕掛けた人間達を追いかけ始めたのだ。
『おいAIやめろ!俺の言うことが聴けないのか!?』
『アナタハ1101年ト15日ノ眠リニヨッテ精神ニ混乱ヲキタシテオリ正常ナ判断ガデキナクナッテイマス!搭乗者ノ精神ニ問題ガアル場合ハ、竜騎兵ヲ守ルタメニサポートAIガ全テ機能ヲ掌握デキルコトガ軍規「AIニヨル代行規定第10条6項ニシルサレテイマス。』
AIはそう言うと攻撃を加えてきた人間達を追い回し始めた。反撃してくる彼等に対してAIが操る竜騎兵は手や尻尾で反撃をしている。マナが自然回復するまで過粒子砲は使えないのだ。
頼む!攻撃なんかしないでさっさと逃げてくれ!彼は切に思った!彼は戦場では敵の竜騎兵を何機も撃墜してきたのだが、目の前で自分の竜騎兵で生身の人が潰されるのを見たくなんてなかった
竜騎兵と人間の戦いなんて一瞬で片が付くと彼は思っていたのだが、彼等は戦い慣れているのか、竜騎兵に怯むことなく竜騎兵の攻撃を躱しながら攻撃を仕掛けてくるため、決着はなかなかつかない。
そんな状況を見ていて彼は気が付いた。AIの攻撃が単調なので彼らは攻撃パターンを読んでいるようなのだ。
やるじゃないか! いや、そうじゃない!攻撃が避けられるならマナが回復する前に逃げてくれ!彼は切に思ったが、彼等に逃げる気はなかった。
彼等の一人が正面からサイコエネルギー塊を竜騎兵に向かって放つと、左側からもう一人の男がサイコエネルギーを纏わせた剣切りかかってきた。
キン!
剣は左手に届いたが、振り払った手で男は弾き飛ばされ、そのまま森の中に消えて行った後、急にAIが叫び声を上げた!
『ナンテコトダ!』
『おい!何を驚いているんだ?』
『・・・・・・・・・』
『おい!』
『・・・・・・・・・』
こいつ、あくまで俺を無視するつもりか・・・それなら。
『SAIはいるか?』
『ハイマスター、何ノ御用デショウカ?』
俺はサブAIを呼び出した。
『お前も俺を異常者と見做すか?』
『イエ、マスターハ正常デス。』
『よし、それなら男が剣を当てた時に何が起きたか教えてくれ。』
『ハイ、マスター! 剣ガ外装ニ当ッタ時ニ外装ノ一部ガ欠ケマシタ。』
『なんだと!アダマンタイトが欠けただと!?』
男の剣速は特に早かったわけではない。確かに剣にはサイコエネルギーが付加されていたが大した量ではない。なんでアダマンタイトが・・・?
俺の疑問を察したのかSAIが推論を話始めた。
『アノ男ノ剣ハ未知ノ物質デデキテイマシタ。アノ剣ヲ構成シテイル物質ハ刃先ニサイコエネルギーヲ凝縮シテイル可能性ガ考エラレマス。凝縮サレタサイコエネルギーナラアダマンタイトノ破壊モ不可能デハアリマセン。ソレガ事実ダトスルトAIガ彼等ノコトヲ我々ノ脅威ト言ウノモ、アナガチ間違エトハ言エマセン。』
『そうか、未知の物質か・・・俺が1000年寝ている間に何があったんだ。』
俺がSAIと会話をしているうちに人間達の攻撃は止み視界から彼等の姿は見られなくなった。
ブンという小さな音共に遮蔽装置が動きだし、竜騎兵はゆっくりと浮き上がった。
『奴らを追いかける気か?』
『イエ、AIハ退避シテ様子ヲ見ルコトヲ選択シタヨウデス。』
SAIの言葉に俺は安堵した。
とりあえずは、殺戮を見なくてすむか・・・。
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レイ達はクレタ町の南側の川辺の林に来ていた。この場所はクレタ山から少し離れており立ち入り禁止になっていない区画である。
「おっちゃん、あそこにサクマ草がいっぱいあるぞ!」
林の中の日陰の清水が湧き出している所にセリに似たサクマ草が群生している。
「サクマ草は日陰の水の綺麗な場所を好んで生えるんだ。」
『流石、あのお母さんの息子・・・・娘ね!』
「娘? いや、まあ・・・今はそうか。」
『レイカちゃーん!』
レイはアリスの茶々を無視して意気揚々とサクマ草を採取し始めた。
得体のしれない魔物が出たというのに、この辺はいたって長閑な景色である。
緑の空に白い雲が浮かび、小鳥たちのさえずりも聞こえてくる。
ジョニーは川辺の岩の上に腰を下ろすと、レイが採集しているのをぼんやりと見ていた。
暫らくすると一生懸命サクマ草を採取しているレイの動きが急に止まり、呼応するかのように小鳥たちのさえずりも聞こえなくなった。
「おっちゃん!何か来る!」
「おおっ!」
二人共剣に手を添えて戦闘態勢を整えた。
『え?何?何が来るって言うの??』
レイカは・・・レイの中で一人で狼狽えていた。
「うぁー!助けてくれー!」
クレタ山の方から男の叫び声と共に木々が折れる音が響いてきた。
山の中から駆けだしてきたと3人の冒険者らしき男達の上には青い巨大な塊が浮いていた。