13話 旅立ち
『ねえレイ、一人でこんな森の奥まで来て大丈夫なの?』
レイは一人+α(アリス)で1カ月ぶりにいつもの森の奥まで来ていた。
「ああ、大丈夫だ。ここには12才の頃から来てるからな。」
『でも、こんな奥だとレッドアイベアーとかAランクのモンスターがいるんじゃない?』
「レッドアイベアー? ああ、それなら普通にいるよ。あの臆病な奴、Aランクだったのか?」
『臆病って、何言ってるの?Aランクパーティでやっと倒せる奴よ!』
「いや、あいつはいつも俺を見ると逃げていくんだ。」
『レイの力が異常だったからでしょ!昨日のおじさんとの試合で圧勝してたじゃない。あれでまだ本調子じゃあ無いんでしょう?・・・絶対普通じゃないわね!』
「そんな、人を化物の様に言うなよ・・・・・・つ!」
『どうしたの?』
「少し黙って!気配が読めないから。」
レイは殺気の主を探すため、感覚を研ぎ澄ました。
「いた!キールの大木の上! レッドアイベアーだ!」
『え?何で分かるの?』
レイが魔法を使わず感覚だけで敵の位置まで突き止めたことにアリスは驚いていたが、それよりも驚いたのがレイがキールの大木に向かって走り出したことだった。
『ちょっ、止め・・・』
アリスの制止を無視して突っ込んでいったレイに巨大なレッドアイベアーは大木の上から鋭い爪を立てて飛びかかってきた!
レイは避けるというより飛びかかってくるレッドアイベアー無視するようにキールの大木の根元まで突っ込んでいった。
爪による攻撃が空振りしたレッドアイベアーは、キールの大木の根本に向きを変えるとそこには既にレイはいなかった。
ゴキッ!!
鈍い音と共にレッドアイベアーの首がありえない方向に曲がると、レッドアイベアーは轟音と共に地面に突っ伏すように倒れ、その上にレイが降り立ち木刀の背を肩に中てながら立っていた。
レイは大木の幹を駆け上がると幹を蹴って飛び上がり、レッドアイベアーの頭上に回り込んで一撃を加えたのだ。
『へっ?なんて器用な戦い方をするの?』
あのシチュエーションなら飛びかかってきたレッドアイベアーの腕を切り落として戦闘不能にした後、とどめを刺すのが一般的だろう。最もそれすらも一人で出来るのは一握りのSランク冒険者だけなのだ。
「いや、あの体勢で攻撃を加えるとレッドアイベアーの損傷が激しくて高く売れないんだ。このやり方なら殆ど傷をつけなくて済むだろう。」
『言ってることは分かるけど、あんな曲芸みたいなこと他の人はやらないわよ。』
「ふーん、そうなんだ。でもやっぱりまだ本調子じゃないんだよな。腕力は足りないし、瞬発力も不十分だし、やっぱり女性の体では限界があるのかな?何よりこのデカい胸が木刀を振るうのに邪魔なんだよな!」
『邪魔だなんて失礼な!私の自慢の胸よ!大きいだけじゃなくて形も良いんだから!』
「いや、でも今は俺の胸だし。」
『そんなこと言ってるなら良い事教えてあげないから。』
「なんだ、良い事って?」
『私の胸を貶す人になんか教えてあげない!』
「わ、分かった良いお胸です。」
『なんか嫌な言い方ね。』
「分かったって!綺麗な胸だよ自分のじゃ無ければ見とれているよ!」
『なんか微妙な言い方だけど・・・まあいいわ教えてあげる』
『一つは身体強化魔法というやつよ。』
「身体強化魔法?」
『そう、文字通り体を強くする魔法で、力や瞬発力を何倍にも強くする魔法なの。』
「そんな魔法があるんだ!直ぐに教えてよ!」
『あ・・・・・えっと、私は使えなかったんだな。』
「ん・・・・そうか、まあかーちゃんに聞いてみるか・・・。」
残念そうなレイの反応にアリスは慌てて話を続けた。
『あ、でももう一つの方法なら教えてあげられるわよ。』
「もう一つの方法って?」
『もう一つの方法は、体に合った戦い方をするってことよ。』
「体に合った戦い方・・・・?」
『例えば女の子と男の子では体の大きさが違うでしょ。』
レイが頷くとアリスは続けた。
『体の大きさが違うということは体重が違うということで、さっきレイがやったみたいなアクロバティックな動きは小さい女性の体の方がやりやすいんじゃない。』
レイは少し考えた後に同意した。
「確かに痩せた今の状態なら以前よりやりやすいな。」
『でしょう!それに女性の方が大抵体が柔らかいから、攻撃を躱したりするのにも都合がいいはずよ。』
「ふーんそうなんだ。アリスって確か魔法使いだったって言っていたけど。何でそんなこと知ってるの?」
『それはね、王都に住んでいた時に知り合いの女性魔剣士に教わったのよ。彼女は王都の魔剣士の大会で並みいる男性の魔剣士を退いて優勝したことがあるのよ!』
「アリスの友達は凄い人なんだね。」
『ええ、そうよ!彼女は私の親友だったんだから。』
アリスはいつもより饒舌に親友の話を続けていたが、レイはアリスと話をしながらも森の奥を目指して歩き続けた。
『それでね。彼女ったら・・・』
「ごめん、ちょっと静かにして!」
『な、何があったの?』
アリスが会話を止めると、レイは気配を探ろうと目を瞑った。
「おっ、やっぱりそうだ来てくれたんだ!」
『えっ!何が?』
「俺の友達さ!」
レイの言葉に応じるかのように目の前に青い金属光沢を纏ったドラゴンが出現した。
『レイ、久しぶり!』
「ソラ、久しぶり! こんなに見た目が違うのに良く俺だって分かったね。」
『・・・・・・・』
アリスはメタルドラゴンが人語を話しているに驚き、声を失っていた。
『確かに、あの女に体を取り換えられた時とは別人だね。それでも、何となく・・・・レイの感じが分かったんだ。』
「そうだ、あの時は俺を助けようとしてくれてありがとな!」
『いや、レイが戦っているのが分かったんで大急ぎで森の奥から来たんだけど、僕じゃあ役に立てなかったよ。結局レイの魔力があいつを上回ったんでレイは助かったんだし。」
ソラは申し訳ないように俯いた。
「いや、そんなことは無い!俺はソラが助けに来てくれたのがとても嬉しかったんだ!それが俺に力を与えてくれたのかもしれないし。」
『レイがそう言ってくれると嬉しいよ。』
ソラはレイを優しく抱き寄せてレイに頬ずりをした。
『ところで、レイの中に居る子は誰?』
『は? え? 何で分かるの?』
アリスは自分の存在を気取られやっと我に返った。
『あ、君も僕の声が聞こえるんだね!』
『・・・・・・・。』
『あれ?黙っちゃった。』
ソラの声は少し残念そうだった。
「ソラはよくアリスの存在に気が付いたね。」
『レイの中に居る子は子アリスって言うんだね? 何て言ったらいいのかな、レイの感じに何かが混ざっているように感じたんで、注意して探るとレイとは別の意識があることが分かったんだ。』
「そうなんだ、この子はアリスって言うんだ。この体の本来の持ち主なんだ。お腹のこの辺に模様があって、その中にいるんだ。」
レイは自分の脇腹を指さした。
『レイ以外とも話せるなんて嬉しいな、アリス、宜しくね!』
『よ、よろしく・・・。』
『もしかして驚かせちゃったかな?』
『そんなことない・・・・ってもう!驚いたわよ!目の前にメタルドラゴンが突然現れたと思ったら、それと平気な顔で会話してるし! レイ、友達なら先におしえてよ!』
「え、エリスにマージをかけられた時にソラが助けに来てくれていたから知ってるものと思ってたんだけど・・・。」
『あの時は体がまだあなたの頭になじんでなかったから感覚が全くなかったのよ、もう!』
「ごめん、アリス!」
『はは、なんか仲が良いんだね。』
「『どこが!』」
『なんか変なのに憑りつかれているんだったら、何とかしてやろうと思ったけど、それなら心配ないか』
『ま、仲が良くないこも無いかな・・・。』
アリスは何かされてしまっては嫌なので少し慌てた。
『安心して、今の状態なら何もしないよ。ところでレイ、今日も練習をやりに来たの?』
レイは少し言い辛そうに口を開いた。
「いや、今日はお別れを言いに来たんだ。」
『お別れ?』
レイは今までの経緯ををソラに話して、ジョニーと一緒に宇宙樹のところまで行くことを伝えた。
「宇宙樹の所まで行くのに最低1年はかかるから往復で2年以上はソラと会うことが出来ないんだ。途中で旅の費用も稼がなければならないから、それ以上かな。」
『2年は人にとって長いかもしれないけど前にも言ったように僕にしてみればちょっとの間だから気にしなくて良いよ。』
レイは親友のソラの言葉に安堵した。
『そじゃあ、王都にいる幼馴染のアニーを守るって話はどうするの?』
「それは俺が聖女を守れるくらい強く、最強になってからの話で、今のこの体じゃあ十分じゃないんだ。今回の宇宙樹までの旅でおれは最強を目指そうと思う。」
「それに、この旅の途中で王都に寄る予定だから、そこでアニーに説明しようと思っているんだ。」
『そうなんだ、レイ頑張れよ!』
ソラは右手を上げてサムズアップした。
『あのぅ、ちょっと話をしてもいい?』
アリスの神妙そうな言葉にレイは頷いた。
「レイの幼馴染って聖女なの?」
「ああ、そうだけど。」
『その子が王都にいったのはいつ?』
「3年前だけど・・・何か?」
『それから・・・手紙は来たことあるの?』
「無いけど?」
『だとしたら、酷い言い方かもしれないけど、その子はもうレイの事は忘れているよ。』
「・・・・・・・・。」
『聖女って言えば王都では上位貴族と同じ様な扱い、いえ、それ以上の扱いだから多くの上位貴族からの求婚があるはずよ。田舎の幼馴染にことなんて直ぐに忘れてしまうわ。それにあなたこんな姿になってしまったでしょう。』
アリスの言葉は感情を押し殺したように淡々としていた。
「いや、別にアリスが俺のこと忘れていてもいいよ。俺が勝手に言ったことだから。」
『でも、それではレイが・・・。』
アリスの言葉を制止するようにレイは続けた。
「俺の顔を見て思い出してくれるだけでもいいよ。最強になったら俺を護衛にでも雇ってくれればいいさ。まあ、それも最強になったらの話だけどね。」
『・・・そこまで言うんなら勝手になさい。』
「ああ・・・それじゃあソラ、俺はそろそろ行くから。」
『そうか、元気でな!絶対帰って来いよ!』
レイとソラは握った右手を軽く叩き合い別れを告げた。