11話 特訓
「かーちゃん、俺少し運動してくるから。」
「ちょっと待ちな!レイ・・・ア。 ”俺”じゃあないでしょ?」
エバはにっこりと笑ってレイを見た。
目が笑ってない・・・。
「は、はい!私少し運動してきます。」
「よろしい!」
エバは、満面の笑みで頷いた。
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『ところで、レイは何の運動するの?』
「とりあえず走ってみるか。」
レイは軽く屈伸運動した後にゆっくりと走り出した。
すると、100mも行かないうちに・・・。
「はあ、はあ、はあ、はあ、・・・・。」
物—————っ凄く息が切れる。ヤバい目が回ってきた。
『まあ、当然の結果ね。私も余り運動していなかったけど。あの女はもっと運動していなかったから。』
「はあ、はあ、はあ・・・一体エリスはどうやってここまで来たんだ?」
『あの女は魔力の塊みたいなものだったから、ライトニング・サークルをずっと使っていたわよ。』
「ライトニング・サークルってあの光る円盤か?」
『そう、あんなのAランクの魔法使いでも10分も使ってたら魔力切れ起こすのに、あの女は一日中使っても大丈夫だったから。』
「くそ、こんな調子だと普通の体力になるだけでも何カ月もかかりそうだ。」
そう言いながらもレイは立ち上がり、また走りはじめた。
しかし、今度は10mぐらいで力尽きていた。
「はあ、はあ、ぜえ、ぜえ・・・・体が全く動かない。」
『体力使うより魔法覚えた方が早いって!』
「いや、俺は自分の足で走るんだ!」
レイは必死に起き上がろうとしていたが、足が言うことを利かなかった。
『ん———————っと、それじゃあ良い方法を教えてあげましょうか?』
「本当か?」
『ええ、体に居候している身分なので、ちょっとは役に立ってあげないとね!ただ、この方法だと苦しさは変わらないけどいい?』
「苦しいのは我慢するから!頼む、教えてくれ!」
『それでは、まずはヒールを覚えましょう!』
「ヒール? なんで?」
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結局ヒールを習う理由を教えてもらえなかったが、俺はアリスにヒールを教えて貰い、何とか出来るようになっていた。アリスが言うには、元々エリスが魔力を奪った人たちの中に聖属性魔法が使える人がいたおかげでこんな短期間にヒールが使えるようなったとの事だ。
「それでこれからどうするんだ?」
『後は簡単よ!レイの限界まで運動したら、そこでヒールを使って元気になって繰り返すの。』
「そうか!そうすれば何度でも繰り返し運動が出来るんだ!」
『まあ、魔力の限界までだけどね。でも無茶苦茶苦しいと思うわよ。」
アリスが言い終わらないうちにレイは全力ダッシュした。
そして、50mも走らないうちにぶっ倒れて動かなくなった。
『ちょっとレイ!ヒールが使えなくなるほどまで疲れ切ってどうするのよ!』
アリスの言葉に反応したレイは微かな声で唱えた。
「ヒ、ヒール。」
途端にレイはぱっちりと目を開いて起き上がった。
「そうか、こうやればいいのか。」
『いや、レイ!あんたのやりすぎだから!』
アリスの話を聞かずにレイはまた全力ダッシュしていた。
今度はぶっ倒れる寸前にヒールをかけることが出来た。
『もう!好きにして!』
レイはそれから全力ダッシュとヒールを繰り返し、走る距離を少しづつ伸ばしていった。
『レイ、もう100回ぐらいやっているけど、魔力切れはない?』
「魔力切れってどうなるの?」
「まあ、魔抜けだったので知らなくても仕方ないわね。魔力が切れると意識が朦朧としてきて、息が荒くなった後に物凄い頭痛がするのよ。全力ダッシュでぶっ倒れるよりつらいわよ。」
「そうなんだ。まだ大丈夫みたいだよ。」
『ヒールって凄く魔力を使うんだけど大丈夫なんだ。あの女の魔力だけじゃいくら何でも足りないような??』
「よし!次は腕立て伏せいってみよう!」
レイは腕たせ伏せをしようと手を曲げたらそのまま地面に張り付いてしまった。
「腕もか・・・・・一回もできないとは」
レイは仕方なく腕立て伏せの腕を伸ばしたままの姿勢をとった。
それでも暫らくするとレイはびっしょりと脂汗を掻いていた。今のレイの筋力では小太りの体を支えることすら大変なのだ。
5分もしないうちにレイはまた地面に張り付いていた。
レイにいくら根性があっても、この体の体力の無さは補いきれなかったのだ。
結局ヒールと腕立て(伏せ無し)を繰り返し行い、昼頃には何とか10回ぐらいは腕立て伏せが出来るようになっていた。
『それにしてもレイ、良く頑張るね—————————!それにまだ魔力が保っているなんて、凄い!!』
「ああ、でも流石に腹が減ったな。」
『そうね、もうお昼よ。』
レイ達がそんな話をしていると、エバが呼ぶ声が聞こえた。
「レイ・・・・アちゃん。昼ごはんよ。」
「はい、か・・・お、おばさん。直ぐ行きます!」
『・・・・・二人共ぎこちないわね~。』
居間に入るとテーブルの上にサンドイッチが置いてあった。
「いただき・・いたた! かーちゃん何するんだよ!」
サンドイッチにかぶりつこうとしているレイの耳をエバが引っ張っていたのだ。
「あんた、服が汗でぐちゃぐちゃじゃないか!匂いも凄いことになってるよ!着替え用意しておくから体を洗ってきな! それからおばちゃんだからね!」
「わ、分かったよ!」
レイは渋々風呂場に歩いて行った。
「こ、この胸当てはどうやって外すんだ?」
レイはブラジャーを外そうとして後ろに手をまわしたまま硬直していた。
手が届かないのである。
『あ、あんたね~~~!』
アリスの指示に従いながら何とかブラジャーを外したレイはめっちゃ不安そうに呟いた。
「こんな事ずっと続けなけりゃならないのか・・・。」
なんとか服を脱ぎ、風呂場に入ったレイは水の入った樽から桶に水を汲むと麻布に水をつけて体をごしごし擦りだした。
『ちょ、ちょっと!そんな硬い布で強く擦らないでよ!肌がガサガサになっちゃうじゃない!』
「五月蠅いな!これが一番良く落ちるんだって!」
『あ、だめ!そんなところ触らないでよ!』
「触らなかったら洗えないだろう!」
『いやっ・・・だって感じるんだもん・・・。』
「お前が感じてどうするんだよ!」
本当に五月蠅い居候だとレイは思った。
『そうだ!今度”クリーン”を教えてあげるわ!』
「なんだそれ?」
『”クリーン”はね!究極の生活魔法なの!クリーンが使えれば、体も髪も水やお湯で洗う必要が無いのよ!』
「それは確かに便利だな!」
『そう、それに体だけじゃなくて歯や目の洗浄も出来るし、服や布団なんかも綺麗に出来るの!』
「それはいい!直ぐに教えてよ!」
『ただ・・・。』
アリスのトーンが急に落ちたのでレイは理由を聞いた。
『ただ、この魔法は繊細な操作が必要なので、がさつなレイにはちょっと難しいわね。』
「いや、そんなことは無いだろう!俺は繊細だぞ!」
『それ、自分で言う?』
「それもそうか。」
お互い目を見合わせて吹き出して笑っているような状況・・・本来はなごやかな光景だったのかもしれないが、傍目にはレイが一人で笑っているという不気味な状況だった。