1話 レイ
「グギャ―――――――!!」
少年が上を見上げると、緑の空から赤い巨大な魔物の鳥『ライバード』が落ちていく。
「やった!今晩は肉が食えるぞ!」
少年は急いでライバードが落ちて行く方向に走り出した。
ライバードは何かに追われて逃げる際に誤って死の領域にぶつかって落ちてきたのだろう。普段なら鳥はデスエリアを避けて飛んでいるからだ。
この緑の空には、「ある高さ」にデスエリアがあり、そこに入ると何故だか知らないが確実に命が絶たれるのだ。
デスエリアのおかげで6才の少年でも時々鳥を捕まえることが出来るのだが、少年にとってはデスエリアも緑色をした空も違和感でしかなかった。
少年の名はレイ、この世界の空は歴史が始まって以来ずっと緑色である高さにデスエリアがあるのに、彼が時々見る夢の中では空は青くデスエリアなどなかったからだ。
そう、レイはちょっと変わった子供だったのだ。
もう一つレイの変わったところは『魔法が使えない』と言うことだった。
この世界の1000人中999人は魔法が使えるのだが、残念なことにレイはその999人に入ることが出来なかった、『魔抜け』と呼ばれているやつだ。母親のエバが魔女と呼ばれる程の魔法の使い手なのに、レイは『魔抜け』だった。だからといって母親から見捨てられなかったのは運が良かったのだろう。ただ、他の村の子供からはかなりバカにされている。
魔法が使えると言ってもピンからキリまであり、生活魔法のファイアとウォータしか使えない者からファイアランスやアイスニードルなどの攻撃魔法を使える者、更には死にかけている者を蘇生させるエクストラヒールを使える者までいる。ちなみにエクストラヒールを使える魔法使いは聖女と呼ばれて国から厚い保護を受けている。
まあ、魔法が使える奴でも大部分はファイアとウォータの生活魔法だけなので、『魔抜け』との大差ない・・・・とレイは思っている。
母親のエバが言うには、レイの中にも魔力はあるけど出口が無いので魔法が使えないとのことだ。『魔抜け』が魔法を使えるようになる、つまり魔力の出口を作るにはオリハルコンの剣が必要で、オリハルコンの剣は無茶苦茶な値段がする。それに、手に入ったとしてもオリハルコンを通して魔法を使うには何年もの鍛錬が必要なのだ。
いた!あそこだ!
レイは落下したライバードを見つけると両足を縄で縛った後、縄の一部を持ち手の様に丸くしてそこを掴んでずるずると引きずって家に持ち帰った。ライバードは翼を広げると2mぐらいあるので6歳のレイには担ぐことが出来ないのだ。
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「かーちゃん、ライバード拾ってきたぞ!」
・・・・・・・
「あれ?いないのか?」
レイは家の裏口から入り、土間にライバードを置いて店に通じるドアを開けた。
エバの仕事は薬屋で、薬草からポーションなどを作って売っているのだ。まあ、たまに村人から頼まれて魔物の退治もしているようだが。
「おや、レイ、帰ったのかい?」
店にはエバと知らないデカいい男が椅子に腰かけてお茶を飲んでいた。
男は短くカットした茶髪に、上等そうなこげ茶色の皮のジャケットを着ている。
この辺では見かけたことない人だ。
その男はレイをみると目を細めるようにして言った。
「この子がカイの忘れ形見か?」
「ああ、そうだよ、この間6才になったばかりさ。」
カイは俺の死んだ父ちゃんの名だ。
「おっちゃん、俺の父ちゃん知ってるのか?」
「ああ良く知ってるよ。昔お前のかーちゃんのエバやカイと冒険者パーティを組んでたんだからな。一緒に魔物退治や古代遺跡に潜ったりしたんだぞ。」
「へーそうなんだ、凄いな!俺も冒険者になりたいな!」
レイがそう言うと、エバが男を睨んだ。エバはレイが冒険者になることを反対していたのだ。
男は慌てて話題を変えた。
「そ、そういえば自己紹介してなかったな。俺はジョニー・マーティン、王都の大学で考古学の教授をやってる。」
「俺の名前はレイって言うんだ。」
ジョニーはレイの頭を撫でながら言った。
「レイかいい名だな。」
「そうだ、忘れていた。かーちゃん、俺ライバード拾ってきたんだ!」
「そうかい、それはラッキーだったね。今夜はご馳走作ってやるよ!」
「かーちゃんはまだジョニーと話があるから、羽根をむしり取って血抜きをしておいてくれないかい?」
「ああ、いいよ!」
レイは急いで土間の方に駆けて行った。
「レイか・・・顔はお前似なんだな。」
「ああ、女に生まれりゃ美人だったのにね。」
「それを自分で言うか?」
実際、エバは細面で長い黒髪に鳶色の瞳を持った妖艶な感じのする美女ではあった。
「はは、それでも性格はあの人そっくりだよ。」
エバは笑った後、何かを思い出すような遠い目をしていた。
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晩御飯はエバが得意な野菜とライバードの肉の入ったスープ、それとライバードの串焼きだった。
「悪いな、晩御飯をご馳走になっちゃって。」
「いいよ、そんな事気にしなくて。」
レイは黒パンをちぎってスープに付けて食べた。
うん!美味い! かーちゃんの料理はスープが一番好きだな。
ジョニーのおっちゃんも美味そうに食べてるし。
「ジョニー、あんたいつまでこっちにいるんだい?」
「ああ、アーシャ遺跡の下見に来ただけだからな。明後日には王都に戻るよ。」
「もう少しゆっくりしていけばいいのに。」
「まあ、大学での仕事があるんでね。アーシャ遺跡の本格的調査を始めたら暫らくこの村にお世話になるよ。」
レイはひとしきり食べてお腹が膨れると、前から気になっていることをジョニーに聞いてみた。
「ねえ。おっちゃん、大学の教授って頭い良いんだろう?」
「ああ、そりゃそうだ!」
どや顔をしているおっちゃんをかーちゃんが呆れた顔で見ている・・・・
本当に頭が良いんだろうか?
まあ、いいか、とりあえず聞いてみよう。
「それじゃあ教えてよ?何で空の色は緑で、空には見えないデスエリアがあるんだ?」
「「・・・・・・・・・」」
ジョニーもエバも目を丸くした後、お互いに見合ったかと思うと食べるのを止めて黙り込んでしまった。
レイは自分が何かまずい事でも言ったのだろうかと思い少し焦っているとジョニーが真面目な顔をしてレイに聞いてきた。
「レイ、君は何でそんな質問をするんだ?」
やっぱり俺って変かな?まあいいか、ここまで聞いたんだから。
少し躊躇った後にレイは正直に答えた。
「見たことは無いんだけど、俺の夢では空は青く、何処までも高いんだ。見えないデスエリアなんかなかったよ。」
ジョニーはまた驚いたような顔をした後、首を横に振り少し考えるような顔をした後に話始めた。
「まさか、賢者アルマの詩の一節をここで聞くとは思わなかったよ・・・エバ!君が教えたのか?」
エバは首をぶるぶる横に振っていた。
「なんだ?けんじゃアルマって?」
「賢者アルマは1000年くらい前にいた人類を救った偉い人で、大昔の世界を描いた詩を書いたことでも有名なんだ。彼女は神の掲示を聞いて、それを詩に刻んだと言われている。」
「その真偽は未だに論じられているけど、その詩の一節に『空は青く、何処まで高く、空の上には宇宙と言う広大な空間が広がっている。」とう箇所があるんだよ。」
「へーっそのけんじゃって言うのも俺と同じ夢見たのかな。」
「そうかもしれないね。」
「そうだ、レイ、この話は他の人にしたことあるのか?」
「うんにゃ、今日初めて聞いてみたんだ。」
「そうか、それならこの話はレイとエバそれとおじさんだけの秘密にしてくれないか?」
「ああ、いいよ。どうせ他の人に言っても笑われるだけだから。」
「それじゃおじさんと約束だ!」
「うん、分かった。」
レイはジョニーと指切りをした。
レイが寝室に行った後ジョニーは真剣な顔でエバに話始めた。
「エバ、レイは先祖還りじゃあないだろうな?」
「そんなことは・・・無いと思うよ。だってあの子はカイと一緒で魔抜けだから。」
「そうか・・・。確かに男の先祖返りなんて聞いたことないからな。」
先祖返りと言うのは、突然強い魔力を持って生まれた者のことを言う。人類の先祖は、強大な魔力を持っていたと言い伝えられているのだ。
記録に残る限りでは先祖返りを起こしたのは女性だけで、賢者アルマも女性であった。
「記憶だけ先祖帰りすることがあるのかねー。」
エバは不安そうにジョニーを見つめた。
「分からんが、いずれにしてもあの話を他の人にしたら異端に思われるだろうな。」
「ええ、私からも言い聞かせておくわ。」
「そうした方がいい。」
ジョニーはエールを飲み干すと話題を変えた。