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安達ケ原  作者: 物部 遙
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逃避行

安達ケ原の鬼女の話である。


何故人里離れた安達ケ原に、彼女はひっそりと住んでいたのか。

女手一つで家を建て、周囲を開墾して畑を作り、作物を育てて生計を立てるというのは、並大抵の苦労ではない。

どうせ住むなら、どこぞの町なり村なりに身を寄せればよいはず。

主命による旅なら、資金くらいは出してもらっていたはずだし、何より連絡が取りやすい。

しかし彼女はそうしなかった。いや、出来なかったのかもしれない。

ならば、出来なかった理由を考えてみよう。


人里に近寄らない理由として、一番考えられるのは人目を避ける必要があったということではなかろうか。

なるべく遠く、うっかり見かけられてもどこの誰なのか正体がわからぬほど遠く。

どこまでも逃れるようにして辿り着いたのが安達ケ原というのであれば、なんとなく納得がいく。

納得はいくが、女性一人でそれほどまで遠く旅が出来るものだろうか。

街灯もない、街道もさほど整備されていない時代。

寂しい山道には野盗の類や獣も出る。

それこそ、殺して金品を奪いたいのなら格好の獲物である。

そもそも、そこまでして逃げなければならないのなら、起点になりそうな話があちこちに残っているはず。


乳母が人目を避けて遠くまで逃げる理由とは何か。

一人ではどうにも説明が難しい。

伝説にはないが、勝手に登場人物を増やして考えてみよう。

先ずは女を護りつつ遠くまで逃がす為の護衛として、男性を登場させてみよう。

この場合、遠くまで旅をすることは容易になるが、理由付けにはならない。

しかも彼女は自分の娘を連れずに旅に出ている。(このことが後に悲劇を生む)

連れの男性が夫であるなら、娘を連れて行くのが自然である。

この場合、話の結末が変わってしまうから、とりあえず他人にしよう。

不倫関係の男性との逃避行の末、定住した先で殺人を犯しましたということにも出来るが、そこまで遠くへ逃げたのなら、いっそ夫婦として堂々とどこぞの村で暮らせばよい。

なに、過去を消す為に寺を焼いた(家系図ごと寺を焼いたらしい)という噂のある村が東北にはある(実話)くらいだから、それはそれでありそうだ。

二人にしても、ありがちな『愛の逃避行』で終わりそうだ。

これを世間の耳目を気にしつつ伝えられるとすれば、異種婚姻譚に紛れ込ませてしまうだろう。


そういえば、乳母は公家の子を助けるために旅に出ていた。

子を助ける為に旅に出る…

権力争いに敗れた有力者の子を逃がす為に、乳母が供として旅に出るというのはどうだろう。

これなら話がつながってきそうな気がする。

試しに安達ケ原の鬼女伝説の大まかな流れを、この視点で検証してみようか。


都に住むとある貴人が権力争いに敗れ、一族滅亡の危機に瀕したとする。

万が一を考えた貴人は、幼い姫を乳母に託し、護衛を付けて大急ぎで旅に出す。

急なことであったが為か、縁者を頼る暇もなくただ送り出された一行は、なるべく人目に触れぬように旅路を急いだに違いない。

落ち合う予定の宿場で不安を抱えながら待つが、いつまで待っても連絡すら来ない。

不安が募る中、このまま留まるか、意を決して未知の国へ逃げ延びるか…決断を迫られる。

自分の親類縁者は頼れない。

追跡の手が伸びれば、頼った先に累が及ぶかもしれない。

北へ。

幼い姫に危険が及ばぬよう護りながら、残してきた家族の身を案じながら。

北へ、もっと遠くへ。

たとえ見かけられたとしても、どこの誰なのか正体がわからぬほど遠く。

いずこかの村へ身を寄せられれば良いが、人の口に戸は立てられぬ。

万が一でも噂に上り、追手の耳に入りでもしたら…

見えない追手の影に怯えながら旅を続け、たどり着いた先が安達ケ原であっても、不思議ではないと思う。

街道から外れ、人気のない場所に居を構え、姫を守りながら息をひそめて細々と生活を送る様は、傍から見れば家族のように見えたかもしれない。

事実、束の間の平穏な日々を送っていたかもしれない。

少なくとも表面的には。

不安に苛まれる日々は、時として人を狂わせる。

道に迷った旅人が一夜の宿を求めて訪ねてきたとして、平常心でいられるだろうか。

姫のいる奥の部屋は決して覗くなと旅人にきつく戒めはするものの、不安は募る。

このような人里離れたところに住む人間の話をこの旅人がどこかで話してしまったら…

それが元で追手に所在がバレてしまったら…

不安は恐怖へと変わり、次第に乳母達を追い詰めていく。

もしかしたら、衣擦れの音などで、開かずの間に誰かいることに、旅人が気付いたかもしれない。

このまま生かして返すのは危険すぎる。

そうして最初の殺人が行われたとすれば…


安達ケ原の鬼女は、そのようにして生まれた存在なのかもしれない。

この物語がどのような結末を迎えるにしろ、伝説にあるように道に迷った旅人の中に、実の娘がいなかったことを切に願うばかりである。

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