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安達ケ原  作者: 物部 遙
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理由

ふと気になったことがある。

安達ケ原の鬼女伝説についてである。

安達ケ原の鬼女については諸説あるが、元々公家に使えていたものが理由あって旅に出たという、『岩手』の話が結構気に入っている。


安達ケ原の鬼女伝説は、仏法の説話にもなっていたりしているので、原形がかなり歪んでしまっていると常々思っていて、(仏法入ると話が歪むというのは偏見とわかってはいるのですが)元になったのはどんな話なんだろうかと考えてしまうのです。


伝説に共通しているのは、安達ケ原に棲む老婆が次々と人を殺していたということ。

充分に研ぎ澄ました刃物を使って寝込みを襲えば、老婆でも人を殺すことは可能であるとは思うし、そこに疑問を挟むつもりはない。


問題は、何故『老婆は人を殺さなければならなかった』のか。


伝説によると鬼女の家に一夜の宿を求めるのは、旅路の途中で夜中に一軒の家の明かりを見つけて訪ねてくる旅人である。

近くに民家などがないということは、基本的に生活は自立していなければならないはず。

自分で食べる程度の野菜等は作らねば、旅人が来ない間の生活が成り立たない。

作物の採れない冬季間用に、保存が利く干し野菜(その他にも秋に採れた野菜を土中に埋めておき、冬期間に掘り出して食べたりする)等を用意してあるだろうから、旅人が持っている携帯食料が目当てとは考えられない。

金品を強奪したとて、銭はあっても商品を売ってくれる相手がいなければただの金属の塊である。


…鬼女というくらいだから、人そのものが食用であろうか。

蛋白源が欲しいのであれば、鳥や川魚、カエルや虫を捕まえる方がリスクは低く、日常足りうる。

いくら目の前に肉の塊があったとはいえ、老婆が一人で食べられる量には自ずと限界があろう。自宅近くに大量の肉をずっと置いておくのは、冷蔵装置のない時代においては、結構大変な気がする。

まず、虫が湧く。家の中に置いておくと腐臭もしてくる。

しょうがないから屋外に出すとする。

すると今度は屍肉を求めて肉食の鳥たちが集まる。

鳥たちだけなら良いが、野犬や狼の類が寄ってきたら、老婆自身の身も危うくなる。

当時は火葬の習慣などはなく、良くて土葬、平安京あたりでも鳥野辺に放っておくのが当たり前の時代。肉の味を知っている野生動物は多かったはず。

塩漬けにして保存すれば良いじゃないかと思う向きもあるかもしれないが、当時塩は貴重品である。

旅人が保存用の塩を買えるだけの金品を持っていればいいが、足りなければそれまでである。


安達ケ原の鬼女は、実は野盗の類ではなかったのではないかと考えてみる。

しかし野盗の首領、もしくはそれに近い存在であれば、もっと違う伝えられ方をしていたのではなかろうか。

例えば、旅人が山中で狼の群れに遭遇し、木の上に難を逃れた時、「鍛冶屋の婆を呼んで来い」と言って古狼(鬼女)を呼んで来るという話がある。

これは野盗の討伐に行った時、首領もしくはそれに近い存在として女性がいたという珍しい出来事が、狼または鬼女という姿で伝わっているものなのではないかと思っている。

この辺の話も、まとめると面白そうなので、いつか書いてみたいと思う。

…忘れなければ。(よく忘れるけど)


食用でもなければ金品目的でもない。

改めて、安達ケ原に棲む鬼女は、何故旅人を殺してしまわなければならなかったのか。


一部の伝説では、安達ケ原に辿り着く前は、公家に乳母として仕えていた。

ところが、主の娘を救うため、遠く離れた地へ赴くことになるのである。

黒塚の話では、胎児の肝を求めて旅に出たとあるが、行った先が鬼の棲む東北地方である。

女の一人旅がとても珍しく危険だった時代に、何故そんな遠くまで旅をしたのか。

そこまでの危険を冒して安達ケ原までたどり着いたのに、何故肝を探すという任務を全うせずに老婆になるまで定住したのか。

どう考えてもおかしい。

そもそも、妊婦を殺して赤子の肝を手に入れるような荒事は、自分なら男に任せる。いざとなったら自分に累が及ばぬよう、男ごと始末して無かったことにする。

わざわざ子守でもある乳母を引き離してそのような任務を与えるよりは、色々と面倒がなくて良い。

まぁ、諸般の事情により乳母を派遣したとしよう。

もし、自分が乳母のような立場であれば、街外れの人目に付かないところに網を張る。

田舎に行けば足は付きにくかろうが、移動中に自分が被害者になってしまう可能性が高い。

何よりも胎児の肝を主のもとへ届けなければいけないのだ。

あまりにも離れてしまえば、届ける前に肝が腐って使い物にならなくなってしまう。

わざわざ遠くまで旅をして、目的を放置したまま定住してしまった彼女の行動は、どう考えても不自然に思えて仕方がないのだ。


言い方はおかしいが、生まれながらの鬼女であれば彼女の生活についてはすべて説明がつく。

家は獲物である人間をおびき寄せるためのものなのでなくても構わない。

重い木材を運ぶことはたやすいだろう。木材どころか、その辺の大岩を組み上げて家ぐらい自力で簡単に建ててしまえそうだ。

食料にしても、野山の獣を捕らえることだって難しくもないだろう。

人間が欲しければ、最寄りの里へ行って調達すればいい。


しかし、何度も言うように彼女は一介の乳母である。

しかも、公家に仕えるほどであれば一応それなりの生活が出来る家の娘であったはず。

発想として、全部自分で賄うよりは村などに身を寄せて生活し、機会を捉えて肝を手に入れたら主のもとへ逃げ帰れば良い。

そう考える方が自然である。


考えれば考えるほど、理由と行動があまりにも一致しなさすぎるのだ。

…ならば、行動ありきで理由を探していった方が簡単そうである。

簡単そうではあるが、この先を語ると長くなりそうなので、続きはまた次回ということで。


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