王子には付き合い切れない!~婚約破棄から始まるミステリー~
突然招集がかけられ大広間にやってくると、そこに貴族たちが集まっていた。
正面には私の婚約者である王子ディエゴ。
王族特有のプラチナの髪に、サファイアの瞳が私を睨みつける。
その隣には質素なワンピースを着た令嬢が佇んでいた。
「やっときたか。もう耐えられない!お前との婚約を破棄する」
来て早々何を言い出すのか……あまりに突拍子もない言葉に唖然とする。
「彼女がこんなにも傷ついているのに、お前は何とも思わないのか?そんな非情なやつだとは思っていなかった」
赤くウェーブのかかった髪で目元を隠し、涙をハンカチでふく令嬢。
王子へすがるように手をのばし、わざとらしく肩を震わせる。
彼女は確か……男爵家のご令嬢。
顔見知り程度で名前は出てこない。
状況がよくわからないわね。
「どういうことでしょうか?」
「しらばっくれるな!彼女を虐めていたのだろう!権力を振りかざし、抵抗できない彼女を……ッッ」
はて、なんのことかしら?
顔見知り程度で、爵位も下、まともに話したこともない彼女を虐める理由が思い付かない。
顎に手を当てながら首を傾げると、王子は彼女の肩を抱きながらこちらを強く睨みつける。
「僕が彼女と親しげだったことに苛立つのはわかる。だがこれはやりすぎだ」
王子は彼女の袖を捲り、私へ見せつけるとそこに赤い傷痕があった。
みみず腫で、鞭で殴られたのだとすぐにわかる。
この王子は何を言っているの?
私が名前も知らない令嬢に嫉妬して、鞭で殴ったというの?
ありえない、バカだと思っていたけれどここまでとは……。
正直呆れて言い返す言葉も思い付かなかった。
まず前提として、私と彼は政略的婚約で、その間に愛など微塵も存在しない。
加えて婚約を申し込んできたのは、王族側で私が望んだものではない。
私の家は新事業立ち上げ、資金面や貴族社会で大きな影響力をもった。
そんな大公爵家の私たちと王族が懇意な仲だと見せつけるための婚約。
昔と違って経済が発展し、王族の影響力が少しずつ弱まっているのを危惧した結果かもしれない。
婚約の話が出た時は、両親も私も難色を示したわ。
王族と繋がりを持つのは悪くないが、その分面倒事が増える。
利益よりも不利益の方が多いのは明らか。
乗り気ではない私たちの様子に、王自らが頼み込んできた日はビックリしたわ。
そこまでされたら断るわけにはいかないと言う事で、婚約を了承したの。
私は王族の一員になんてなりたくなかった。
行動は制御されてしまうし、王族の仕来りを学ぶのも面倒。
父にノウハウを教えてもらって街に貢献できるようになりたかったのよね。
そんな私が、嫉妬で令嬢を虐めるなんてありえない。
婚約を解消できるのなら願ったりかなったりだわ。
王子が誰と仲良くしていようが、どうでもういい。
長い付き合いでそれを理解していない彼は、頭のネジがぶっ飛んでいるのだろう。
「どうして私が犯人だと?」
疑問を率直に問いかけてみると、彼はポケットの中に手を入れ、私の家の家紋があしらわれたブローチを取り出した。
「これが証拠だ。彼女が鞭で打たれた直後、部屋に落ちてあったそうだ」
これは……確か数年前に王妃から頂いたブローチ。
着けるのが忍びなくて、ずっと引き出しに仕舞い込んでいたから、存在すら忘れていたわ。
一度も付けたことがないけれど、彼はそれすらも知らないのだろう。
それにしてもあれがここにあるということは、彼女は私の部屋へ侵入して盗んだということになるわね。
大公爵家に盗みに入るなんて、よほど腕に自信があるとみた。
だけど危険を冒し強引に婚約破棄をさせて、彼女に何の得があるのかしらね?
バカ王子に取り入って得するのは、王族という肩書を得ることだけ……。
彼は王族内でも不安の種で、重要な任務や政には一切かかわらせてもらえず、影響力もなければ発言力もない。
それにこんなバレバレな嘘、大公爵家の私が本気で調べれば嘘だと証明できる。
ここで大公爵の私が違うと言えば、いいのだけれど……言う気はない。
私が王子をどう思っているのか、それをわかった上でこの行動に出ているわね。
そこまでにしてこの女は何をしたいのかしら?
気になるけれど、幼少期に婚約して彼との付き合いは長い。
思い込みが激しく、騙されやすいバカ王子。
言い方を変えれば純粋無垢、生まれる身分を間違ってしまったのよね。
トラブルに巻き込まれるたびに、いつも私が裏で手を回していたけれど、ここらが限界ね。
「わかりましたわ。早急に手続きを進めます」
ニッコリ笑みを浮かべると、二人に背を向ける。
すると王子は納得いかないようでくってかかってきた。
「ちょっと待て、まだ話は終わっていないぞ。婚約破棄は当然だ、それよりも彼女に謝れ!」
王子は彼女の手を引き私の前へ回り込むと、行く手を阻むように立ちふさがった。
私が謝る……この男本当にバカ。
周りを見てみなさいよ、貴族たちが困惑しているでしょう。
あなたよりも付き合いの浅い貴族連中ですら、私が犯人だとは思っていないのよ。
なんといっても虐める動機がないものね。
貴族たちは私がバカ王子の世話役だと、ちゃんと理解してるわ。
ため息をグッと我慢し、冷めた目で王子を見据えると、彼女が彼の腕をとり、悲劇のヒロイン気取りで悲しげに首を横へ振った。
「いいのです。もう十分ですわ」
涙を拭きながら王子を止めると、グイグイと引きずっていく。
ふーん、彼女も必死みたいね。
ここで私に謝らせるわけにはいかない、謝罪すれば認めたことになる。
さすがに立場上やってもいないことに関して謝らないわ。
誰よりもそれがわかっているからこそ、早くこの場から私を立ち去らせたいのでしょう。
私は二人を横目に眺めると、扉へと歩いていく。
去っていく私の姿に彼女はそっとハンカチをたたむと、小さく口角をあげた。
まったくあの王子にはついていけない。
長い付き合いだったけれど、ここまでバカだとは見抜けなかったわ。
幼い頃から泣き虫なくせに、自分より強い相手に正面から向かって行ったり。
明らかに嘘だとわかる話を真剣に聞いて騙されたり。
困っている人を見たら出来もしないのに助けようとしたり。
その度に私がバカ王子の尻拭いをしていたのよ。
集まってくるハイエナを蹴散らして守ってきた……。
あぁもう阿呆らしい。
まさか私がそんな事をする人間だと思われていたなんて。
本当にイライラするわ。
あの女の狙いが何なのかは分からないけれど、王子を利用して何かを企んでいるのは間違いない。
だけど利用するところがあるのかしらね。
まぁどうでもいいわ、放っておきましょう。
私は婚約破棄の手続きをするため、馬車を待っていると人影が駆け足でやってきた。
「お待ちください、フィオナ様」
聞きたくない声に私は振り返らずに走り出す。
この声は王子の側近を務めるマイケルの声。
聞くまでもなく、先ほどの婚約破棄がらみの案件なのだろう。
「ちょっ、逃げないでくださいよ。王子を見捨てないでやってください!」
ドレスの裾を持ち上げ廊下を駆け抜けるが、声はもうすぐそこまで来ている。
私は諦めるように立ち止まると、うんざりした表情で振り返った。
「見捨てたのは王子の方でしょう」
「いやいやいや、まぁそうなんですけど……。ってこんなのいつものことじゃないですか。あんな露骨に擦り寄る令嬢にひっかかるなんて想定外ですよ。明らかおかしいですって。それよりもどうして否定しなかったんですか?あんな令嬢をフィオナ様がお相手するはずないでしょう?」
当然の見解ね。
誰も私がくだらない事で手を染めないとわかっている。
だけど今回は知らないわ、いっつもいっつも王子が絡むと面倒事が多すぎるの。
うんざりだわ。
「はぁ……わかっているでしょう?さっさとこの荷を下ろしたいのよ。婚約破棄を申し出たのだから、あの王子の世話をする必要もなくなるわ」
「婚約破棄出来たらそうですけれど……ぜったいに無理ですよ。あのバカ王子の申し出なんて王も王妃も受け入れるはずありません」
側近からもバカ王子と呼ばれる彼は相当やばいと思うわ。
まぁ彼の言う通り、それは理解している。
簡単に婚約破棄なんて出来ないでしょうけれど、だけどこれ以上あのバカに関わりたくないのよね。
「そんなこと知らないわ。彼が婚約破棄を望んでいるのだから、もう私には関係ない」
「そういわずにねぇ~、いつもの事じゃないですか。あの女怪しいですよ。こんなすぐにわかる嘘をついてまで王子の傍にいようとするなんて。彼女は男爵家で、あなたは大公爵家、ばれたらどうなるのかわかってないはずないんですよ。なのにそこまでして、何を狙っているのか気になりません?」
マイケルが前のめりで問いかけてくる姿に、自然とため息が零れ落ちる。
気になるかと言われれば気になるわ。
だけどブローチの件といい、すぐに違うと証明できない物的証拠を用意しているところを見ると、用意周到とみて間違いない。
大公爵家の力を使って調べなおしたとして、一週間は必要じゃないかしら。
きっと彼女もそれはわかっているはず。
捨て身の作戦……ということは一週間以内で、何かしようとしている。
一週間で出来る事なんてあったかしら……?
寵愛を得て豪遊?
あの王子は金を自由に動かせない。
何か必要であれば、側近の許可が必要だし、彼の様子を見るにそれを許すはずもない。
なら王子を暗殺?
いえ、彼を暗殺する理由がないわ。
どんな話でも真に受け親身になる彼が、恨まれているとは思えない。
権力を振りかざす傲慢さもないしね。
権力をうまく使えないだけかもしれないけれど。
う~ん、そうね……カモにされているならわかるんだけれど。
カモなら殺す必要がないわ。
とうことは……。
「近々何か催し物はあったかしら?」
「えっ、ちょっ、一大イベントがあるじゃないですか!王子の誕生祭ですよ!」
あっ、そうだったわね……。
四日後王子の誕生祭、興味が薄すぎて失念していたわ。
もちろん私も王子と共に参加するはずだったけれど、婚約破棄を言い渡された手前参加は出来ない。
ということは彼女は王子を使って誕生祭に参加しようとしているのかしら?
男爵家が誕生祭に参加なんて出来ない。
誰かの招待状がないとね……。
それが目的だとしても何を狙っているのかしら?
様々な貴族たちが集まる大きなパーティーになる。
参加者の中に目的の人物がいるのかしらね……?
なんにしても彼女の正体を探らないと答えは出なさそうね。
「……仕方がないわね、調べるわよ。とりあえず彼女の情報はあるのかしら?」
彼は待ってましたと言わんばかりに封筒を取り出すと、こちらへと差し出した。
王子の為ではないわ。
あそこまでして何が目的なのか気になるだけ。
害がなさそうなら知っても放っておくつもりよ。
まぁそれは言わないけれど……。
封筒から書類を取り出すと、目を通していく。
男爵家の長女で名はカーラ。
王都から離れた辺境の地の領主の娘のようね。
さすがに侯爵家、公爵家なら顔と名前は記憶しているけれど、それより下になると覚えていられないわ。
似顔絵はない、だけど年齢や特徴はさっきの女に一致している。
だけど果たして男爵家の令嬢がここまで出来るのかしら……?
実際に確認させたいところだけれど、辺境の地まで馬を走らせても一週間はかかるわ。
その頃にはあの女はいないでしょうし。
しょうがないわね、別の線であたってみようかしら。
「彼女の似顔絵を用意して下さる。後辺境の地へ一人向かわせて、カーラが本物なのか確認して」
「えっ、確認するのに一週間はかかっちゃいますけどいいんですか?」
私はニッコリと笑みを浮かべると、早く行きなさいと追っ払った。
屋敷へ戻ると、ラフな服装に着替え、カーラの似顔絵を手に家を出た。
繁華街から外れスラム街へやってくると、まだ開店していない酒屋の裏口へと回る。
ノックを5回鳴らすとガチャと鍵が開いた。
「何のようだ、フィー」
中へ入ると、不機嫌そうな表情した亭主の姿。
名はチャック、表向きは酒屋、けれど裏では優秀な情報屋として有名だ。
「あら、そんな顔しないで。情報を買いにきたのよ」
「あんたが関わるといつも碌なことがないんだが……。はぁ、まぁいい、用件は?」
私はスッと似顔絵を取り出すと、カウンターに上げられた椅子を下ろし腰かける。
「この女のこと何か知らないかしら?」
マスターは似顔絵を持ち上げると、一瞬表情が曇った。
「いや、この女がどうかしたのか?」
「私の仕事の邪魔をしにきているのよね。だから追っ払いたいの」
チャックは口を閉じると、開店準備を進めようとする。
「知っていることを教えてほしいの。それとも口止めされているの?」
作業へ戻ろうとする彼の腕を掴むと、こちらへ顔を向けさせる。
「チッ、詳しいことは知らねぇが、数か月前にここに来た。隣国のやつと親し気に話をしていただけだ。内容は聞いてねぇよ」
隣国……益々怪しいわね。
カーラの情報を見る限り隣国と仲良くしているとは思えない。
それに普通のお嬢様がこんな場所へ来ること自体おかしい。
「ふーん、その隣国の方を紹介してくれない?」
「おい、無茶ぶりはよせ。相手はこっちの世界で有名な盗賊団だ。隣国を本拠地として世界中で盗み強奪している。こんな小さな酒屋の亭主がどうこう出来る相手じゃねぇ」
盗賊団……それなら彼らに依頼して私の屋敷に侵入したのかしら?
手口が気になるわね、今後の警備強化に役立てたいところね。
「なら、彼らを良く知る相手でもいいわ。お願いよ」
強請るように腕を引っ張ると、チャックは呆れた様子でため息をついた。
「はぁ……わかったよ。紹介料高くつくぞ」
私は金貨10枚を取り出すと、一枚の紙を受け取った。
紙には住所と名前が書かれていた。
名はタイラー、情報屋。
かかれた住所へやってくると、そこは古びた空き家だった。
恐る恐る中へ入ってみると、人の気配はない。
ギシギシと音がする床を慎重に歩いていると、後頭部に冷たい銃口が押し当てられた。
私はサッと両手を上げると、おもむろに振り返る。
「お前は誰だ?何しに来た?」
「アポもなしで押しかけてごめんなさい。チャックの紹介できたの。情報が欲しいわ」
私は手にしていた似顔絵を床へ落とすと、男が拾い上げる。
「その女について教えてほしいの」
タイラーは銃を下ろすと、似顔絵をじっと見つめた。
「……いくら払う?」
私は金貨20枚を取り出すと、男へ見せつける。
「20枚か、なら他をあたれ」
タイラーが似顔絵を投げ捨てた刹那、男の腕を取り関節技をかける。
銃が床へ落ち、それを思いっきり蹴り上げると、部屋の隅へと押しやった。
「強欲は良くないわよ。令嬢一人に20枚の金貨、十分でしょう?」
「くそっ、このアマッッ」
抵抗しようとする男を床へ押し付け腕を捩じ上げると、悲鳴が部屋に響き渡る。
「20枚で売ってくれるかしら?」
「イテテテテッ、わかったよ。その女は隣国の殺し屋だ。詳しくは知らねぇ。だが盗賊団との話で、あいつが殺しを請け負う代わりに、大公爵家から盗みをすると話していたのを聞いたんだ」
殺し屋……また物騒ね。
王子を殺すつもりならこんな手の込んだ事をする必要はない。
なら誕生祭の参加者の誰か……。
誕生祭まで後2日、見つけ出すのは無理だわ。
殺し屋だと暴露して彼女を捕まえたいけれど、証拠がない。
書類上では男爵家のカーラで間違いないし、現地へ行って確認する猶予もない。
なら当日女を監視して実行する前に食い止めるしか方法はないわね。
あぁ面倒な事になってきたわね。
あのバカ王子のせいで……さすがに王子が連れてきた女が殺しをすれば大惨事。
はぁ……もうどうしてこうあの王子は面倒事に巻き込まれるのかしらね。
誕生祭当日。
屋敷の騎士を連れ、私は一人誕生祭へ参加すると、じっとカーラを見張っていた。
騎士達に合図を送りながら気を張っていると、知った顔が現れた。
「やぁフィオナ殿、元気そうだな。今日は王子と一緒じゃないのか?」
「サイモン様……お久しぶりですわ。えぇ今日は個人的に参加させてもらっているのですわ」
彼は隣国王子サイモン。
こういった催し物に現れて、王子をからかって楽しむ性悪の男。
昔からの付き合いだが、いつも怒る王子を宥めるのが大変なのよね。
だけどバカ王子とは違って、政に関して優秀な王子だと有名だけれども。
「噂で聞いたんだが、王子と婚約破棄をしたってのは本当か?」
「情報がお早い事で……えぇまぁ正式ではありませんが」
数日前の情報も仕入れているなんてさすがね。
それならあの女についても調べはついているのでしょう。
サイモンはさりげなくカーラへ視線を向けると、嘘くさい笑みを浮かべた。
「少し向こうで話せるか?」
「えぇいいわよ」
私はサイモンの後をついていくと、会場を離れ人気のない庭園へとやってきた。
「彼女についてどこまで調べた?」
「隣国の殺し屋ということまでわかっているわ。後は誰を狙っているのか突き止めようと見張らせているところよ。そっちは何か掴んでいないの?」
「さすがだ、この数日でそこまで調べたのか。優秀な令嬢、あの王子にはもったいなさすぎる」
サイモンはニッコリ笑みを深めると、こちらへ一歩近づいた。
「フィオナ、婚約者もいなくなったことだし、俺と婚約して隣国へ来ないか?」
「はぁ……冗談に付き合っている暇はないのよ。さっさと会場に戻らないとね」
サイモンに背を向け歩きだそうとすると、体が引き寄せられる。
耳元に彼の吐息を感じると、抱きしめる腕が強くなかった。
「何の真似なの?離して」
「あの女は殺し屋じゃない。俺が手配したんだ」
囁かれた言葉に目が点になると、おもむろに振り返る。
「……どういうことなの?」
「フィーが調べることはわかっていたからな、俺が殺し屋だと噂を流しておいただけだ。そうしておけば、お前は王子がいなくても、誕生祭に出るほかなくなるだろう?」
「はぁ!?どうしてそんな面倒なことを?何のために?」
「こうするためだ」
サイモンはゆっくりと顔を近づけてくると、柔らかい唇が触れた。
何が起こったのか理解出来ない。
ゆっくり離れていく彼を唖然と眺めていると、会場の方から人影がこちらへ近づいてきた。
「フィオナ!」
呼ばれた声に顔を向けると、ディエゴが走り寄ってくる。
サイモンと私を引きはがすと、後ろからカーラがやってきた。
「お兄様~!うまくいきましたか?」
お兄様?
カーラへ顔を向けると、彼女はニッコリと可愛らしく微笑んだ。
どういうことなの?お兄様?
えっ、えぇ!?
サイモンに妹がいるのは知っていたけれど、顔まで知らない。
「カーラどういうことだ?なぜフィオナがここにいる?狙われているんじゃないのか?だから婚約破棄をしてまで彼女をここに来ないように仕向けたはずだろう!」
うん?こっちもこっちで可笑しなことになっているわね。
私が狙われている、一体どうなっているの?
情報量が多すぎて頭がついていかないわ。
「ふふ、ごめんなさい、ディエゴ様。私はカーラじゃないの。フィオナ様が狙われている話は全部嘘ですわ~。お兄様の恋路を応援するためにやったことですの~。それにフィオナお姉様なら暗殺者ぐらい自分でなんとかしちゃいますわ~」
恋路を応援……意味がわからないわ。
ちょっと待って……王子は私が誰かに狙われていると思って婚約破棄をした?
芝居なのにあそこまでやったのこの王子?
まぁそれは置いといて……。
えーとこれは全部嘘で、全てサイモンが仕組んだ戯れ……?
いやいや、悪戯にしては手が込みすぎだし、さっきの口づけだって意味がわからないわ。
「フィオナ、混乱していると思うが、改めて申し込ませてほしい。俺と婚約してくれないか?冗談じゃない、俺は本気だ」
サイモンは私の腕を掴むと、翠の瞳に私の姿が映り込む。
何を言い出すのよ……私と婚約ですって?
今までそんな素振りみせたことないじゃない。
一体何を企んでいるの?
探るようにサイモンの瞳を見つめ返すと、ディエゴは慌てた様子で間に割り込んだ。
「ダメだ、フィオナは僕の婚約者だ!お前には渡さない」
「バァカ、もう婚約者じゃないだろう?お前が手放したんだ」
「違う!あれはッッ、フィーを守るために……僕はッッ」
ディエゴを見ると、今にも泣きだしそうな表情をしている。
「フィオナ、ごめん。僕……いつも守ってもらってばかりで……。だから今度は僕が守ろうと思ったんだ。また失敗してしまったが……本気で婚約破棄をしたいとは思っていない」
ちょっと待ってちょっと待って。
いやいや、どうそそのかされたのかは知らないけれど、無理があるでしょう?
あんな大っぴらに婚約破棄を申し出て、何のお咎めもないと本気で思っているの?
あぁ……頭が痛くなってきた。
「はぁ……ごめんなさい、もう帰っていいかしら?」
「ダメです!」
「ダメだ、今すぐ選んでもらう」
サイモンはディエゴと反対側の腕を掴むと、真剣な瞳で問いかける。
そんなサイモンの様子に、ディエゴは私の腕を引っ張ると、彼を睨みつけた。
頭上で火花が飛び散る中、思わずため息が漏れる。
「わかった、わかったわ。選べばいいのね。ならカーラにするわ」
私は二人の腕を解くと、カーラの腕を取りその場から逃げ出したのだった。
後ろから二人の声が聞こえるが無視。
そのまま会場を通り過ぎ裏庭へやってくると立ち止まる。
「カーラ、……いえ、あなたの名前は?」
「カーラですわ。たまたま同じ名前の方を見つけたのです」
「そう、ところで本当の目的は何なの?」
「やぁん~さすがお姉様ですわ~。話が早くて助かります~」
カーラは上目遣いで見上げると、近くにあったガーデニンチェアーへ腰かけた。
「今お兄様に婚約者候補がいるんですけれど、その方が傲慢で高飛車で……根本的にお兄様と合わないのです。私も正直苦手ですわ~。ですが爵位と金を利用して王妃候補になってしまって……。現状彼女に逆らえる令嬢がおりませんの。逆らおうものなら……ひどい嫌がらせと圧力がかけられてしまうのです。今まで何度かあったのですが、用意周到、警戒心が強く立証できなくて……。そこでお兄様がフィオナ様を王妃にしようと言い出したのですわ。フィオナ様は面倒見がよくてお優しくて、困っている方を放っておけないと伺いましたの。本当にその通りの方でしたわ~。綿密に計画して実行したのです。フィオナ様でしたら十分にあの令嬢と戦えるでしょうし。私たちを助けてくれますわ。爵位も実績も申しぶんなく、あの女を蹴落とせますもの」
そういうことね……。
隣国のゴタゴタに私を巻き込まないでほしいんだけど……。
キラキラした瞳を浮かべるカーラを見ると、頭痛がひどくなっていく。
どうしたものかしらね……。
「お姉様お願いしますわ!一度私たちの国へ来てください。助けてぇ~」
カーラは私の手をギュッと握ると、目に涙を浮かべる。
それは婚約破棄の時にみた表情そのもの。
思わず深いため息が出ると、痛む頭を押さえた。
「隣国の問題まで持ち込まないで。そう簡単なことじゃないとわかるでしょう。……はぁ……どうしてこうも……」
こんな事でここまでするなんて。
あのサイモンですら手を焼く令嬢とは一体どんな方なのかしら?
まぁなんにせよ、王子の世話をするよりも、面倒なことは間違いないわ。
「フィオナ様、お願いしますわ。本当に困っていて……もし成功すればこれを差し上げますわ」
カーラは2枚の板を取り出すと、両手に持って見せつける。
板には国家の紋章と、通行許可書との文字。
これは隣国の永久通行証。
発行するのは大変で、王族に信頼される一部の商人しか発行されていない貴重な通行証。
これがあれば父の事業はさらに拡大できるわ。
「どうです、やってくれませんか?婚約者としてでなくて大丈夫ですわ。婚約者候補で国へ来て頂ければ十分ですの」
ニッコリと笑みを浮かべる彼女を見つめると、私は深いため息をついた。
報酬はとても魅力的、通行証が欲しい、だけど……。
「引き受けたいところだけれど、私はまだ王子の婚約者で、気軽に他国へ行くのは難しいわ」
「それはご安心下さい。私がすでに手配済みですわ。王妃と王に話は通してありますの。ディエゴ様の失態を報告しまして、お灸を据えるという形でフィオナ様を隣国に招待したいと話しておきましたわ」
準備がお早い事で……。
「はぁ……考えておくわ」
「フィーダメだ。隣国へ行くなんて僕が許さない!」
いつの間に追い付いたのか……ディエゴは私を後ろから抱きしめると、カーラと引き剥がす。
「あら、ディエゴ様。あなたに口出しする権利はないですわよ。だってもうフィオナ様の婚約者ではないでしょう?」
「それは君が……ッッ、」
「フィー、そんなバカは放っておいて俺のところへこい」
せっかく逃げ出したのに、また目の前でワチャワチャと騒ぎ出す彼ら。
言い合いを始めるその様に頭を痛めながら、私はそっとフェードアウト。
やっぱり面倒事はごめんだわ。
そう心の中で呟くと、物語は始まることなく終わったのだった。
新年明けまして、おめでとうございますm(__)m
お読み頂きありがとうございます!
ご意見ご感想等ございましたら、お気軽にコメント下さい。
続編ご要望ございましたら、隣国編を投稿します~!