勇者征伐 5
ただ一振りにて、二人の胴が両断され、残る一人の両足が吹き飛んだ。
深く沈み込むような前屈姿勢から放たれた右斜上方への切り払い。
腕から手首、振り抜き稼働角度おおよそ190°というほぼ半円の範囲において、聖剣の斬撃はその刃渡り限度を一切無視して飛来した。刀身に纏う極光の、届く全てが斬撃射程内、もはや間合いの概念を論じるも馬鹿馬鹿しい。
三人の"異対"を文字通り一刀両断せしめた斬撃は、面攻撃でありながら射撃と形容するべき出鱈目だった。
周囲に並んだ遊具が、前方に植えられた雑木林の木々が、一斉に横一文字に断割される。
そして最奥、公園の敷地と外周道路の、ちょうど境界にあたる中空に、ガラス戸を斬り付けたような極大の抉り傷が刻み込まれた。
宙にほんの一瞬現れ消えたその傷が、張り巡らせた甲殻結界を大きく損傷させた証であると気づいた者は、公園の外には居ないだろう。
結界の内側で爆裂の如き轟音が響こうと、雑木林の木々が一区画ほど同時に切り倒されようと、地形隠形の効力によって察知されることはない。公園を一歩出れば、そこには現実の日常風景が広がっている。
しかし、内側にいる三人の"異対"には、紛うことなき悪夢の幻想が襲いかかっていた。
斬られた遊具と木々は一瞬にして断面から凍りつき、内側に収縮し爆裂の後に氷の礫となって榴弾の如く飛び散った。
切り裂かれ急激に冷やされた空気が衝突する事で発生したショックウェーブが、それら氷片を巻き上げ雹を降らせ、局所的な天変を巻き起こす。
個々の力で劣る"異対"が、強大な異能を持つ転生者に抗する手段は僅か3つ程。
その1つ、『数の優位』を真っ向から吹き飛ばす。鎧袖一触の力量差だった。
朝倉は思う。
あと何秒意識を保てるか。あと何秒生きていられるか。
収縮する心筋と膨張する血管。過剰に分泌されるアドレナリン、脳回路を駆け巡る電雷の如き神経伝達をもって、刹那の思考を可能とする。
既に胴体を斬られた。
右の肋骨を割り、肺を斬って左から抜けた。
躱す猶予など一切無かった。振り向きながら、両手を跳ね上げ、腕を落とされるのを防ぐまでが精一杯だった。
スーツに加工し着込んだ対異界語破武装"語破"の一つ、『破魔の纏』。
『物語上魔法と名のつく攻撃』を受け流す筈のそれを、聖剣の一撃はまるで熱したナイフでバターを切るように容易く貫いた。
この剣は「魔法」の一言で括られる代物ではない。"語破"で防ぐことが出来たのは、斬ったものを凍らせる効力のみ。
背後の片瀬も全く同時に腰を裂かれ、雑木林の奥に潜んでいた山西は脚を斬り落とされ転倒している。
なにより、己の胸から上が地面に滑り落ちて、絶命に至るまで、あと1秒もない。
間に合わなければ、それで終わりだ。そう、諦観を滲ませた時だった、耳の通信機に小さな機械音声が届いたのは。
『改竄・承認』
なによりも待っていた一言だった。
「設定改竄・申請!」
その言葉は、朝倉、片瀬、山西。死に瀕していた"異対"の三者全員が同時に発したものだった。
彼らの両腕に巻きつけられた小型の情報機器には、不規則な英数字の列が表示されている。
これこそ、胴を絶たれて尚、腕だけは守り抜いた意味。
当然、斬られてから入力し、口を開いたのでは間に合わない。間に合ったとすれば、それは事前に予約されていた動作と言葉。
朝倉は胴を両断されると全く同時に声を発していた。もし承認が一瞬遅かったならば、彼は言葉だけを口に絶命していただろう。
「0A054654D295F6」
しかしここに、効果は顕現していた。
時間が巻き戻るように、崩れかけていた朝倉の胴が繋がる。割られた肋骨は組み直され、斬られた肺は修復され正常に酸素を送り出す。
それは魔法でも超能力でも技能でもない、世界側からの働きかけ、異形技術が齎した強制だった。
設定改竄。
"異対"の持てる転生者への対抗手段、その2つ目にして最大の切り札。
腕のデバイスに定められた数列を入力し『世界に読み込ませる』ことによって、一時的に現世界の摂理を捻じ曲げる。世界設定そのものを改造する。
当然、本部から承認が降りなければ使用できず、承認されたレベルに応じた符号しか入力できない。
いま許されたレベルは全10段階の内6段まで。
内在する破滅的なリスクにより7段以上が承認されるされる事はまず無く、実質最大レベルの許諾が得られたに等しい。
0A054654D295F6。
破壊された臓器を自動治癒し、致命傷から全快まで救い上げる程の効力は、反則の域と評するに十分な横紙破りだろう。
後方ではまた別の改竄により片瀬の腰部の傷は消え去り、山西の両足も元通りに接着されていた。
設定改竄。出鱈目さで言えば光の聖剣にも劣らない。
しかしいま相手取る敵について言えば、それでもなお十分とはいえなかった。
再び翻る極光の剣身が、回復したばかりの朝倉の腹部を薙ぎ払う。
手首を返し逆巻きに斬り下ろすだけの、それは実に順当に繰り出された二撃目だった。
勇者は未だ初撃を放った位置から一歩も動いていない。動く必要もない。間合いの概念を無視した光の剣閃に、一切の距離と遮蔽物は無意味となる。
二撃にて、朝倉は二度も致命の傷を負い、二度も設定改竄によって回復した。
即時回復の改竄は使用を止めるまで持続する。
しかし、それは"異対"の絶対的優位を示していない。あくまで回復は回復であって、無敵ではないのだ。
ダメージの全てをシャットアウトするレベルの改竄は、決して許可されない最上級の段階となる。
そして即時の回復における、即時の間すら与えぬ死を、回復する改竄だけでは防ぎ得ない。
事実として今、飛来する光の剣閃を頭に当てられていれば、朝倉の生命はそれで終わっていただろう。
このまま一方的に攻められ続ければ趨勢は火を見るよりも明らかで、故に転じた反撃は"異対"がこれまで試みた中で最も苛烈なものとなった。
「5498G5849DD817」
新たな改竄が入力された。
聖剣の二撃目が過ぎ去った直後、地面を蹴った朝倉の右脚が足元の土砂もろとも爆ぜ散る。
瞬間、対敵への接近を成し遂げるべく、彼の全身は猛烈な勢いで前方へと撃ち出された。
血風と共に中空を突き進むその間に、右足は自動回復により治癒されたものの、不可解な負傷といえるだろう。
あるいはそれが、世界を改竄するコードを2つ並列して走らせるリスクの一つであったのか。
握るナイフ、"語破"の一つ『破魔の刃』。魔法防御を貫通する切先と共に、弾丸と化して突っ込んでくる朝倉。
それを迎撃せんと、ロミオの聖剣が三度目の輝きを放つ。
恐るべきは勇者の反応速度。世界の法則を改竄して迫りくる朝倉のスピードに真っ向追いつき、既に剣を振り下ろす姿勢に入っている。
現世界の反則を、異世界の正道が切り伏せる。
その振り下ろしが顔面を断割する直前、朝倉の左足が地面を引っ掛けるように叩いていた。
「―――!?」
今度は左足が爆裂し、朝倉の突進軌道が空中で捻じ曲がる。
僅かに顔面をそれた極光は彼の肩口から右足までを縦に両断するも、即死に至らぬ傷は自動回復が修復する。
すれ違いざまに繰り出された朝倉の刺突もまた、勇者の脇腹を抉るに留まり、すぐさま治癒魔法が傷を塞ぐ。
どちらも相手の命を奪い損ね、しかし不利なのは朝倉の側だ。
勇者の右側を通過して流れる全身、まだ両足の治癒が完了していない今だけは、跳躍による離脱は不可能だった。
ロミオは隙だらけの朝倉の背に、白刃を突き立てようと背後を振り返りかけ、
「4936C436HH6568―――これで」
総身を襲う脅威の予感に、再び前方へと注意を戻す。
そこに、本命の反撃が準備を終えて立っていた。
「くたばれってんのよ!」
射撃。片瀬は一切怯むことなく、右手に握る拳銃をロミオに向けていた。
それは呆れるほどの、悪い冗談のような強権だった。
4936C436HH6568。
いま片瀬の『右の兵装』には全て、当たれば攻撃対象を一撃で即死させる効果が付与された。
更に続けて、彼女は躊躇なくそれらを口にする。
「EI1DG48ADASDA6」
「8978K57845K477」
「22L1212SSS5232」
改竄の並列4連起動。片瀬の砲火が再び夜を裂く。
その銃撃はもはや何もかもが異常だった。
右手に握る拳銃から、その構造上あり得ない速度で銃弾が吐き出されていく。
まるで時間に早送りをかけるような歪な連射力で放たれる銃撃は、本来僅か2秒程度で弾倉を空にする筈が永久に弾切れを起こさない。
更には、外す軌道で撃った筈の銃弾が空中で曲がり、どこまでも敵を追跡する。
敵を自動追尾し、超高速で迫り、無限に放たれる、即死の銃撃。
具現化される理不尽、反則の四重奏が異世界の英雄に牙を剥く。
「白告:清浄なる不可侵障壁!」
いかなる戦闘勘か、その攻撃の剣呑さを読み取った勇者の行動は防壁の形成。
躱せず、治癒できない即死攻撃ならば、もはや防ぐ以外の手立てはない。
勇者の左手が発光し、周囲に展開された透明の障壁が銃弾を受け止める。
それでも、片瀬は未だに、デバイスの操作を止めていなかった。
躱せないなら防ぐだろう。
そんな当たり前は見越していたと言うように、最後の一手を世界に入力する。
「ブチぬけ! 54665F4――――」
並列5改竄同時実行。如何なる守りも貫き通す。
ダメ押しの改竄コードを追加で入力しようとして。
しかし限界は、まず引き金にかかる指に現れた。
「ぐッ―――ガ―――ァ――ァァッ!!」
右の人差し指が破裂し、後は連鎖爆発の如く片瀬の全身が血に染まった。
手首、二の腕、右の眼球、腹部、左の太腿、爆裂は止まらず、手首ごと落とした拳銃が足元に転がった。
改竄の反動。それが世界を騙す反則の代償だった。
多くのコードを並列させる程、そして個々の使用時間が長引く程、危険度は向上する。
リスクを覚悟し、一つでも多くの攻撃用コードを並列させるためか、彼女は回復系の改竄を切っていた。
よって順当に自死に至る。後方から齎された援護がなければ、そうなっていただろう。
全身の崩壊が治まる。
次いで背後、つい数十秒前まで雑木林だった場所。
聖剣によって切り払われ凍った平地と化した地点から、山西の小さな声が聞こえた。
「O08844877A1158」
更に発せられた声と同時、後方から高速で飛来した破魔の刃が片瀬の銃弾を追い越し、勇者を守る防壁に突き刺さる。
途端、ナイフは溶けるように掻き消えた。それが刺さっていた防壁ごと。
武器への空間転移効果付与。貫通とは別のアプローチで聖なる守りを引き剥がし、後に続く即死の銃弾が、遂に勇者の身体を捉えていた。
「ぐッ……!?」
壮絶な寒気が勇者の全身を覆い尽くす。
弾丸は右の肩部を掠っただけだが、それで十分だった。
痛みを感じる間もなく、電源を落とされるように全身の力が消失し、ブツンと視界が暗転する。
命中したら即死の銃撃。
毒が塗られているわけではない、死の魔術がかけられているわけでもない、あるのはただ、そういう設定であるという摂理のみ。
”当たれば死ぬ”と、決まっているから死ぬに過ぎない。
心臓が停止する。血流が停止する。筋肉が硬直し、感覚が途絶える。
流し込まれる極大の理不尽は、刹那の抵抗すら許さず、直ちに勇者の生命を終わらせていた。
「燐さん!」
山西は片瀬の隣に駆けつける。
血みどろの様相になっても、彼女は未だに倒れていなかった。
山西の改竄によって肉体を修復されながら、片目だけで勇者ロミオを睨み続けている。
「ぐ……はッ……山西……銃かして……落とた……畜生ですわ……」
「バカやらないで下さい! 5並列の改竄なんて無茶苦茶っすよ!! 死にたいんすか!」
「ふん……私は……死なないわよ……」
「……どっから来るんですか、その自信」
「どっからでもないわ。ただ、私は死なないのよ、そう決まってんの」
言葉を交わす二人の目の前で、勇者は動きを止めていた。
弾は確かに命中した。即死の銃撃は身体に届き、決着が付いた筈である。
勇者は、死んだ。ここにあるのは既に死体だ。
「なん、で……?」
死体、なのに、なぜ、未だに彼は、立ち続けているのか。
「――――ザ―――」
「なんで、まだ、動けるんすかっ……!?」
山西は驚愕に目を見開く。
防壁を展開するために伸ばされていた勇者の左手が、今は胸元に当てられている。
そして繰り返される詠唱は、今度こそ対敵の耳にも聞こえていた。
「聖告:静謐なる救済の輝き」
蘇生魔法。
治癒系統のほぼ最上位に位置するそれすら、万能の勇者は修めていた。
加えて、如何なる技能によるものか、自身の死と行動の停止に時差がある。
死して尚、身体の活動が止まる前に自身を蘇生させる荒業をもって、異界の勇者は倒れない。死に切らない。
"異対"側に容赦は無かった。片瀬と山西の追撃は終らない。
再び死の銃撃が勇者の肩を撃ち抜き、身体を大きくよろめかせる。
続けざまに突き刺さる即死の弾丸、その一発一発が勇者の命を奪い、この一瞬で3回以上は殺した。
しかし、それでもーー
「聖告:静謐なる救済の輝き」
そのたびに、己を蘇生して生を繋ぐ。
左手を胸にあて、右手の聖剣を強く握りしめたまま、勇者は決して倒れない。
反則をもって死以外の全ての傷を修復した"異対"に対し、彼は死を過ぎてなお抵抗を継続する。
「救済の輝き――――救済の輝き―――救済の輝き!!」
「コイツ……化け物っすか……!?」
山西は驚愕しながら一歩退いた。
銃弾は直撃し続けている。死にながら、生き返りながら、勇者の動きは止まらない。
ゆっくりと聖剣を持つ右腕が振り上げられていく。
光が剣身に収束し、照らされた余波だけで周囲の地面が氷結の後に爆裂した。
「今まで本気じゃなかったのか……あれで?」
光の聖剣。軽く放たれた初撃だけでも、公園の一角を更地に変える威力だった。
しかしあんなものは、勇者にとって小手調べ以下の素振りに過ぎなかった。
今度の一撃は違う。完全に本気の一振りだ。殺し切るしか無い、アレが振り下ろされる前に。そうでなければ全滅だ。
高められた魔力と闘気は極限に達し、放たれた時、何が起こるのか誰にも想像できない。
ただ、ここに居る"異対"の全員が、生きて凌げる規模の攻撃ではあるまい。少なくとも、甲殻結界が無ければ市そのものを吹き飛ばす規模の、莫大な威力が計測されていた。
既に、剣身に集結する光は既にこれまでの数百倍にも及び、周囲の誰も目を開ける事かなわない域に達していた。
「――ッ!」
ロミオの吐いた血の理由を、だから片瀬も山西も気づくことは無かった。
夜の視覚を光が塗りつぶし、聴覚を銃声が押しつぶす。何も見えない。ただ耳の通信機に届いた、「射撃を継続せよ」という朝倉からの指示に従って拳銃を撃ち続ける。
「ここまでだロミオ、聖剣を渡せ」
故に、そのやり取りは二人の間だけで行われていた。
勇者ロミオは今、背中を突き刺したナイフの冷たさに気づいた。
己を殺した凶器の鋭利。同時に、それを成した男の目的も。
朝倉零次。背後から仕掛けた彼の狙いは寸分違わず、勇者の心臓を穿っている。
銃弾よりも迅速に、心臓を貫いたナイフは殺し続ける事ができるだろう。
蘇生魔法の連続使用に消費される魔力は決して安くはない筈だ。
聖剣が降ろされるまであと僅か、振り上がる切先が頂点に達する前に、魔力尽き果てるまで殺しきれば、彼らの勝利だ。
「――――なるほど、最初から僕じゃなく、聖剣が本命だったわけか」
しかし勇者は血を滴らせながらも平静に、淡々と言葉を続けた。
「生憎、この剣は僕の魂と結びついている。仮に僕が死んだとして、僕の魂を追って世界から消え去るだろう。もっとも――死ぬのは君たちの方だけど」
"異対"の持てる転生者への対抗手段、最後の3つ目とは、転生者への知識だ。
原典の判明している転生者は、原典を通じてプロファイルが形成できる。
事前に能力と性格が知れているのだ。
だからここまで戦えた。
ワールドクエストの世界では、ほぼ全ての攻撃手段が魔法と呼称されていること。勇者の使用できる魔法の多彩さ、戦闘技能の万能さ。全て、原典「ワールド・クエスト」に記されていたことだ。
事前に攻撃パターンを想定し、対策を講じ、使用する改竄を組み立て、装備する"語破"は全て対魔法に特化した。それでも――――
「終わりだ。世界を騙る卑怯者ども」
それでも足りない。
いくら知識があっても、万能の勇者には能力面における弱点が無さ過ぎた。
1つの物語における主人公、格の違う存在規模。
聖剣の威力は文献から想像された域を遥かに超え、その全力が示される。
「神告:逆天凍土・最終冰期」
都合二十数回目の死から蘇生し、遂に勇者の構えが完成した。
怒涛の如く押し寄せる死を全て踏破し、光の聖剣を振り下ろさんと両の腕に力を込める。
待ち受けるは甲殻結界の内側全てを消し飛ばす威力の一撃。
即死の銃弾は間に合わない、勇者を殺し切ること叶わない。
「―――――?」
だから止められたとするならば、それは"異対"の側ではなかった。
他ならぬ、勇者自身が、一瞬グラつくように、剣先を鈍らせて――――
「なぜ―――?」
朝倉の、ナイフを握る右手とは逆の、左手に握られた銃が天に向けられていた。
放たれた閃光弾ははるか上空で炸裂し、赤い花火を夜に咲かせている。
それは事前の取り決め。
『甲殻結界はこっちの合図で即時解除できるように調整しておけ、赤色だ』
先程まで周囲を封鎖していた圧迫感が無い。
結界の解除。
聖剣の一撃が放たれる直前、公園を覆っていた障壁が、このとき唐突に取り払われていた。
その事実に、勇者はこの戦いにおいて、初めて心から驚愕した。
「なぜ―――そんな事を……?」
甲殻結界は消えてもまだ地形隠形の効果は残っている。
公園の外の一般市民は誰一人として異常に気づくことは無いが、ここに物理的な隔たりは既に無い。
それが一体、何を意味しているのか。
いま最大まで威力を高めた聖剣を、振り下ろしてしまえば、どうなるか。
そして、障壁が取り払われた今、それは公園外部からの攻撃干渉を許すということでもあり―――
「な―――――ッ!」
朝倉がナイフを手放し、後方へ転がって離脱する。
直後、勇者の頭頂部に黒点が穿たれた。頭蓋を貫いた穴から血が迸る。
それは次に首、胸、太腿と続き、全身をまだら模様に染めていく。
よろめく暇さえ与えず、遥か遠方から飛来した大量の銃弾が様々な角度から撃ち込まれ、肉体を踊らせ、破壊し尽くしていた。
勇者に読み違いが在ったとすれば、張り巡らされた甲殻結界の意味。
己を公園の外へと逃さぬ囲いがけ、それは決して間違っていない、しかし本当の狙いは別にある。
注意を結界内の"異対"3名との戦いに引付け、公園外周の高層ビルからの狙撃という本命を、意識させないことだった。
「ぐ―――ああああッ!!」
一瞬で百を超える銃撃が勇者の全身を穿ち抜く。
転生者に対抗する手段、最初の1つ『数の優位』。
この時、射線の通る六ヶ所のビルから、総勢14名の別働隊、狙撃手がロミオに照準を合わせ、一斉に銃弾を撃ち込んでいた。
意図は実に巧妙に隠されていた。
最初から開けた場所で戦っていれば、勇者が警戒を怠ることは無かっただろう。
雑木林に視界を遮られた公園の中心部は本来、狙撃を行えるような位置ではない。
聖剣によって木々を切り倒し、遊具を砕き、氷結させて周囲を更地に変えたのは勇者自身の攻撃だ。
"異対"はターゲットの持てる戦力の規模から、戦闘の余波で地形が変わることを見越していた。
「ご―――はッ―――!」
心臓を喰い破る銃撃が、勇者に計58回目の死を与える。
遂に振り下ろすこと叶わなかった聖剣が、手から滑り落ち、霜の降りた地面に突き刺さった。