勇者征伐 3
"転生者"と呼ばれる存在がいる。
正式名称"魂魄異世界間輪廻転生者"以下、転生者と表記する。
現代日本において、「転生者」または「異世界転生者」と呼称する場合、専ら上記を指し示す。
読んで字の如し。それは異世界からの転生者。
異なる世界から来訪する魂が、この現実世界に生まれ落ちた生命へと宿り、やがて前世の記憶を覚醒させることによって現れる存在。
それは一種の異邦人、そして特級の災害として認知されていた。
彼ら転生者のやってくる異世界は一つではない。
魔法が実在する幻想世界、高度に発達した科学技術を持つ先進世界、妖魔の跋扈する常闇世界、果ては天地の重力が逆さになった反転世界に至るまで。
この現実世界の法則とあまりにかけ離れた数々の異世界から、彼らは人知れずやってくる。
現在、一体いくつの魂が、この現世に来訪し潜んでいるのか、その正確な数は誰にも分からない。
何故なら転生者はその渡界方法が転生である以上、見かけ上は正当にこの世で生を受け、親と戸籍、新たな名前を得、普通に社会を生きる一個人に過ぎないからだ。
非転生者、元々この世界で生まれた魂、"魂魄現世界出身者"――いわゆる現生者と転生者を見分けることは、普通の人間には容易ではない。
しかし、転生者には以下3つの法則があるとされる。
1つ、転生者は前世から引き継いだ記憶と異能力を持つ。
2つ、転生者は己の世界への帰還を望んでいる。
3つ、転生者は原典を有した異世界から来訪する。
まず『引き継いだ記憶と異能力』、一番目にして絶対的な特徴である。
後述する『最大の理由』を度外視しても、彼らを放置することは出来ない。
単純に危険であるからだ。特に今、ここに立つ転生者は数多く潜む彼らの内でも、一つの究極と言っていい。
「えー繰り返しますが、木村祐司さん。異名、"勇者ロミオ"さん? あなたには『異界侵犯』及び『現世界反逆予備罪』の嫌疑がかけられておりましてー」
夜の公園に響く朝倉の声はどこか間が抜けており、張り詰めた空気を若干だが弛緩させていた。
反して、構えた銃口は油断なく木村――ロミオの額をピタリと捉えている。
勇者。その称号は、彼らの危険度を示す指標の、最上に位置する一つだった。
「我々"異対"としてはですねぇ……そう云う、えー危険な転生者の疑惑は看過できないというわけでその、事情聴取をね、させて頂きたいワケですよ」
政府特務機関『異界情報危機対策局』、通称"異対"。
現世界日本において、異世界転生者を取り締まる唯一の組織である。
世間に存在の秘せられた転生者を探し出し、捕縛、或いは抹殺する。
それを可能とする者達。現代の技術と異世界から流入した技術の粋を結集し作られた”対異界語破武装"。
通称"語破"を身に纏う特別捜査官。
"異対"第一支部、第三班『カザキリ』班長。
それが彼――朝倉零次の肩書であり、今ここで異能の転生者と対峙する理由だった。
「よければ任意でご同行を…………なんて、まあ、無理だよなぁ」
朝倉の言葉を無視するように、勇者ロミオに動き出す気配があった。
「はいはい……わかりましたよ。やるってコトね、じゃあせめて……一個だけ、答えろよ」
再び空気が張り詰める。
炸裂を間近に控えた転生者の戦意を前に、朝倉もまた明確に声音を変えた。
「『現世界反逆予備罪』――即ち、世界帰還願望の実現」
この転生者にかけられた嫌疑は2つ。
『異界侵犯』と『現世界反逆予備罪』、それぞれ一つの行為しか対象になり得ない。
前者は「何らかの手段で現世界に許可なく立ち入ること」、事前に許可を取って転生する者など居るわけがなく、原則転生者全てがこの罪に問われる事になる。
転生者と知られたものは捕らえられ、裁判は公的に行われることなく、無期懲役の禁固刑が下される。理不尽な法に思われるが、しかしそれには後者の罪が関わっている。
「勇者ロミオ、お前は元いた世界に帰ろうとしている。この嫌疑に間違いは無いか?」
現世界反逆予備罪――それは「異世界転生者が肉体ごと元いた世界に戻ろうと計画する行為」に対する罪である。
必ず肉体の死を経由し、神のみぞ知る魂の流転によって成し得る転生ではなく、生きたまま世界の境界を超える、それは"異世界転移"という。
転移、それこそが現世界反逆罪。別々の世界を直に接続する禁忌の所業。
過去、実行に移された回数は数度しか無い。しかし行為の成否に関わらず、全て甚大な災厄となって、歴史に記録されている。
2年前、首都の一区は丸ごと異世界に消え去り、その後誰一人立ち入ることの出来ない時空異常領域と化した。
5年前、一つの県が空間ごと掻き消え日本の地形が変わった。
10年前、一つの国が世界地図から消滅した。
誇張なく、異世界転移は世界を滅ぼす。現世界にとっては甚だ看過できない悪行だ。
その上で、先述した転生者の法則、2つ目とは――
「ああ、僕は僕の世界に帰らなきゃいけない。僕の世界を救わなきゃいけない」
『2つ、転生者は己の世界への帰還を望んでいる』。
少なくとも木村裕司――勇者ロミオは今、淀みなくそう答えた。
転生者の全てが帰還願望を抱く。
ならば、転生者の全てが世界崩壊の引き金になる。
これが"異対"をして、転生者の存在そのものを、災害と呼称する所以であった。
「英雄として、勇者として、それが僕の果たすべき使命だから」
現世界反逆予備罪、その量刑は、裁判を経ない即時の現場処理。
「そうかい、だったら異対法第十九条に基づき、木村裕司――或いは勇者ロミオ」
朝倉の声音が完全に変わった。
これまでの間の抜けた雰囲気は消え去り、突き刺すような殺意を滾らせ、現世界を脅かす異世界の敵に告げる。
「"異対"はお前を抹殺する」