カルタマキア 第3話 「祭典」
今日明日と投稿します。
「──せっかくもらった食糧も半分以上配っちまってよ。どうすんだよカズアキ」
「別に、クワムラまで付き合う事はなかったんだぞ」
「……隣で黙ってみてるだけってわけにゃ行かねえだろ」
あの謎の男女からもらった食糧は量が多く、ふたりともインベントリに仕舞ってあった。
そのため、取り出して見せたカズアキはともかく、隣で見ていただけのクワムラは何も言わなければ食糧を持っている事など知られなかったはずだ。
仮に察する者がいたとしても、無償で食糧を分けてくれるという相手に、そっちの男も持っているのかなどと厚かましい事を言ったりはしなかっただろう。
このロッチアの街のスラムの人たちは、失った豊かさを補うかのように思いやりの心を持っている。
飢えを満たすために他人の権利を侵害しようという浅ましい考えの者はいない。
「それはそれとしてだ。まあ数日はいいだろうが、その後だな。また食糧探しに行かなきゃならんぞ。どうする?」
カズアキは手に持ったカードを見つめた。
あの謎の男女にもらったものだ。
食糧からカードから、何もかも彼らに助けられてばかりだが、使えるものは何でも使っていかなければこの街では生きていけない。
いや、そんな事は無いはずだ。
このスラムの人たちのように、生きるために必要な最低限のものだけを得て、それ以外は他者へ施すような、そんな人たちばかりならこんな厳しい世界にはなっていない。
なぜ、こんな街になってしまったのか。
考えるまでもなく分かっている。
この街を支配するギャング団、アスプロファミリーのせいだ。
アスプロファミリーは元々、この街に巣食っていたチンピラ集団に過ぎなかった。
しかし大戦の少し前から爆発的に勢力を拡大し始めた。その勢いは飢えて力を失った領主や衛兵たちを押しのけ、事実上街の実権を握るほどまでになっていった。
一時、今はバーグラー共和国を名乗っているが、反シェイプ王国軍がこの街に密かに駐屯していた時だけはおとなしくしていたようだったが、彼らが去ってからは何も遠慮をすることがなくなり、完全に領主に代わって街を支配した。
というのも、その時領主が亡くなっていたからだ。
タイミングからして、おそらく反シェイプ王国軍が領主を殺したのだろう。
そしてギャングたちを縛る鎖がなくなり、彼らが台頭した。
終戦後、領主がいなくなったこの街を堂々と支配した彼らは、まずはむやみに人を傷つける事を禁じた。
平和で良い事のように思えるが、その本質は安い労働力の確保のためだ。
その頃この街ではすでに、アスプロファミリーのために働く事でしか生計を立てられないようになっていた。
大戦がもたらした社会不安によって、この街にはアスプロファミリー以外にも小さなギャング団がいくつもあった。
そういう跳ねっ返りの中にはアスプロファミリーの言うことを聞かない者たちもいたが、そうしたギャングは軒並み潰された。
人を殺して生産性が低下するのは許容し難いが、生きているだけで生産性の妨げになるなら居ないほうがいいという理屈のようだった。
そしてマキアが全てを支配する街が誕生したのだ。
この街でカルタマキアを販売しているのはアスプロファミリー傘下の商会だけだ。
こうすることでアスプロファミリーは、この街の経済も発言力も、全てを掌握したのだと言える。
「──この街を貧困に縛りつけている元凶、アスプロファミリーを倒す」
「はあ!? いきなり何いってんだお前! なんで食糧探しの話が、急にそんな……」
「奴らがいなければ、もっと多くの人に食糧が回っていくはずだ。ここにいる皆も、明日の食糧を心配しなくてもよくなる」
「そっ、りゃそうかもしれねえけど……、だからってお前」
見つめていたカードをデッキに仕舞う。
このカードの力はすでにわかっている。
これさえあれば、アスプロファミリーを倒すことも不可能ではないはずだ。
誰かがやらなければ、この街はいつまで経っても貧しいままだ。
その誰かになれるとしたら、たとえ運が良かっただけだとしても、力を得ることが出来たカズアキしかいない。
「だが、いきなり奴らを倒そうとしてもうまくいくはずがない。そのためには俺たちにもっと力が必要だ。単純な戦闘力や、マキアの強さだけじゃない、もっと大きな力が」
カズアキは少し前に告知された、カルタマキアの大会の事を考えた。
プレイヤー主催の大会だということだが、公式イベントとしてサポートされているという。
その大会で優勝すれば、賞金や限定カード、それに知名度を得ることが出来る。
知名度というのは力だ。
多くの人がカズアキを知ってくれれば、カズアキの言葉にも耳を貸してくれる人も増えるだろう。
この街の現状を多くの人に知ってもらい、その小さな力を束ねて、ギャングを倒す大きな力とするのだ。
「──クワムラ、俺は神都グロースムントに行く。あの街で開催されるカルタ・イヨルティに出場し、優勝してみせる」
*
「なんだこれは……。パックが安い! これも、これも! この弾も! こんなに安くて大丈夫なのか!」
「うちはウルバン商会直営店だからね。なんだい兄さん。どこの出だい? 地方は多少は高く付くが、そう大きく値段に差がついたりはしないはずだよ。ウルバン商会は色んな国に支店があるからね」
グロースムントの街に着き、予選のエントリーを済ませたカズアキが宿より先に訪れたのはカードショップだった。
クワムラをはじめ、ロッチアのスラム街に残してきた住民たちは、餞別としてカズアキに金貨を渡してくれたのである。
自分の分の食糧さえも住民に分け与えていたカズアキに対して、少しでも何か手助けにならないかと考えてのことだった。
根本的に食べ物が少ないあの街では、まとまった金がなければ何も買うことは出来ない。少々の金貨があったところで何の足しにもならないのだ。
スラム中の、つまり街中の住民のなけなしの金貨を集め、カズアキの軍資金として準備してくれたのである。
その金貨を握りしめ、カズアキは旅立った。
と言っても目的地であるグロースムントの最寄りのダンジョンに転移しただけだ。
そのダンジョンも何やら傭兵組合の職員や商会の従業員たちが出入りしており、アタックできる雰囲気ではなかった。それ自体はカズアキにとって関係がない話だったので、ひとまず気にしない事にして神都を目指したのだった。
「俺はシェイプ地方のロッチアという街から来た。あの街ではカードパックの販売はギャングたちが取り仕切っていて、まともな金額では取引されていない」
「あー。シェイプかあ。あの地方はうちの商会は進出してないからねえ。そりゃ大変だったねえ」
「ああ。本当に大変で……何!? 構築済みデッキだと! こんなものもあるのか!」
「ああ、そりゃ大会に合わせて発売された奴だよ。3種類あるんだが、今回の大会は記念出場ってんで、そいつを買って出場するって人も多いみたいだねえ。売れ行きも好調だよ」
「なるほど、これを買って出場するのか……」
であれば、この3つのデッキを研究すれば、予選は意外と容易に突破できるかもしれない。
「店主。こいつを3種類全部くれ。それとパックも全部2箱ずつだ」
「ええ? 兄さん、ガチ勢かい? いや、ガチ勢だったら今になってから買ったりしないか。大会までそう日もないし、今さらそんなに大量に買ったって……」
「いいんだ。確かに時間はないが、俺はなんとしてもカルタ・イヨルティで勝たなければならない。売ってくれ」
「そこまで言うんなら、うちも商売だし、売らないことはないが……。まあ、頑張んなよ。──はい、金貨9枚、と言いたい所だけど、オマケして8枚だ」
「すまない、ありがとう店主。あ、レジ袋ください」
カードはインベントリに入らない。
*
予選当日。
予選会場は転移の際に訪れた、あのダンジョン領域の森だった。
カードゲーム大会の予選会場が森というのも意味がわからないが、それがダンジョン領域だというのも意味がわからない。
《──それではこれより、予選のルール説明をいたします》
脳内にシステムメッセージが響き渡る。
どうやら参加者全員に聞こえているようで、これまでの人生でそういった経験がないNPCらしき参加者は驚いて尻もちをついていた。
よく見てみると、声に合わせてマキア用のベルトが光っているようだ。このベルトを介してNPCにも聞こえるように調整しているらしい。
《予選はこのシュカの森全域にて行われます。参加者の皆様には森に入っていただき、森の中で出会った別の参加者とマキアをしていただきます。勝った場合はポイントが1増え、負けた場合はポイントが1減ります。無効試合の場合はポイントの増減はありません。初期の持ちポイント2が0になった時点で失格となり、10ポイント集めた場合は勝ち抜けとなります》
つまりこの予選で人数を5分の1まで減らすというわけだ。
ストレート勝ちでも8回は戦わなければならないとなると相当大変だが、最初に2回連続して負けてしまわなければ失格になることはないというのは運要素も絡むカードゲームである事を考えるとかなり練られたルールであるように思える。
《制限時間が過ぎた時点で10ポイント取得した参加者が規定数に満たない場合、ポイント取得上位者から順に予選勝ち抜きとします。それでは皆様、森にお入りください。ある程度皆様が散らばったところでスタートの合図をいたします》
カズアキは一歩踏み出し、ダンジョンに入ろうとした。
しかしそこで一部の参加者が騒ぎ始めた。
「お、おいちょっと待て! ダンジョンだろこの森! おかしいだろ! 魔物とかいるんじゃないのかよ!」
「そうだそうだ! そんな危険な場所でカードゲームだなんて、どうかしてるぞ!」
「死人が出たらどうするんだ!」
そうした騒ぎを無視した何人かはダンジョンに入っていった。
カズアキはその顔を覚えておく。彼らはきっと強敵になる。
一方で騒いでいる参加者たちは相手にならない。
魔物がいたからどうだというのだ。
「──マキアに勝てなければ、今日の食事さえままならない事もある。マキアが命がけなのは当たり前のことだ」
「なっ!」
「い、イカれてやがるぜ……!」
「命が惜しいのなら棄権することだ。余計な手間が減る」
そう言い捨ててカズアキも森へ入っていった。




