カルタマキア 第1話 「忘れられた街」
本編で謎の人物が売りさばいていたトレーディングカードゲームがすごい勢いで蔓延していたら、という話です。
本編第386部「第385話 「BHSCTCG」」をお読みになった後、読まれる事をおすすめいたします。
本編に輪をかけて設定がぶっ飛んでおりますので、フィーリングでお読みください。
BHSC──
このゲームは自由だ。
あまりに自由すぎて、今やプレイヤーであっても公式イベントを開催できるほどである。
そしてそんな自由なゲームにあって、一際自由な者がいた。
その正体はわからない。
ただ「M」とだけ名乗っているその人物はなんと、ゲームの中でトレーディングカードゲームを生み出し、生産し、販売し、そしてついには大会まで開催するに至ったのである。
過去にも、ミニゲームのような形式でゲーム内カードゲームが存在していたサービスはあった。
しかしイチからプレイヤーがゲームを生み出し、そして公式のサポートを得て、大会まで催すなど聞いたことがない。
よほどNPCにコネクションがあったのか、あるいは先見の明がある商人を捕まえられたのかは不明だが、カードパックの流通ルートも大したものだった。
どうやらゲーム内にかつてあった国、ヒルス王国のリフレという街が出どころのようだが、このカード自体は大陸各地で販売されている。
明日の食糧さえも確かではない、旧シェイプ王国領でもそれは同じだった。
未曾有の大飢饉、そして大陸全土を巻き込む大戦争によって、その人口を大幅に減らしたシェイプ王国にとって、これ以上の働き手の減少は死活問題である。
それは貴族も、街の人々も、そして街の人々から奪おうとするギャングたちにとっても同じだった。貴族にしても支配すべき人々が居なければ立ち行かないし、ギャングにとっても奪うべき獲物が減っては食べていけない。
そんな各々の身勝手な理由から、直接的な暴力を伴う野蛮な行為はだんだんと減っていく事となった。
そして代わりに台頭してきたのが、暴力を伴わない、カードバトルによって勝敗を決する社会である。
今やここ、忘れられた街ロッチアは、カードバトルの強さが全てを決する、狂気に支配されていた。
*
「おい、カズアキ。またこんなところでジャンク漁ってんのかよ」
「──クワムラか。ああ。オレたちみたいな貧乏人は、まともにカードパックなんて買えやしないからな。こうして、金持ちが買ってダブついて捨てたカードを拾うことでしか、戦う術を得る方法は無い」
「そうは言ってもよ。捨てられるくらいのカードだぜ? コモンカードか、よくてアンコモンくらいしかねえし、それも実用性のないゴミカードばっかなんだろ。そんなもん、いくら拾ったところで……」
「いや、どんなカードにも、この世に生み出された以上、必要とされる理由がある。ゴミカードなんて存在しない」
「まーたそれかよ……。まあいいけどよ。んなことより、食い物探しに行こうぜ。これ以上餓死で経験値減らしちまうと、初心者プレイヤーにも勝てなくなっちまう」
「そうだな。わかった」
カズアキは立ち上がり、膝の土を払った。
確かに、このままでは明日の朝には餓死してしまうだろう。そろそろ何か口に入れなければならない。
クワムラと連れ立って街の外に向かった。街の中にはもう食べられるものはない。
ロッチアは旧シェイプ王国の王都に隣接していた街だ。
王都に近いだけあり、周辺には危険なエリアはない。それはつまり、食用となる魔物が少ない事も意味している。
そうでなくとも、飢饉の原因となったのは巨人のような魔物たちの襲撃だ。
魔物たちが襲っていたのは人類というより食糧だったらしく、畑や果樹園以外にも、狩りができそうな森や草原も焼き払われていた。
戦争が終わり、そんな旧シェイプの惨状を憂えた一部の貴族や裕福な国が援助をしてくれてはいたが、彼らにしても、国民一人ひとりにいちいち食糧を手渡せるわけではない。
当然、代表となる数名がそれらの援助を受け取る事になり、それが末端まで回ってくることはなかった。
そうした代表者ではなく、むしろ末端の一人ひとりを救うべく食糧を配っている者もいた。
しかし彼らの手が届いたのは旧王都の周辺くらいまでであり、ロッチアはぎりぎり範囲外だった。
それもあり、彼らが建国した何とかいう共和国にはロッチアは含まれていない。
またこの街にはまともな領主が居なかったため、どこの国にも所属しない、完全に忘れ去られた街として戦後の再出発を余儀なくされていた。
カズアキやクワムラはそんなロッチアで活動していたプレイヤーだ。
かつて身に着けていた剣や鎧はもうない。
とうに売り払い、食糧に変えた。
しかしそれでも明日を生きるための糧を得ることができず、今はこうして、捨てられたカードを拾いながら食糧を探し、何とか食いつないでいた。
「いやー。運が良かったなカズアキ。焼け残りの畑が見つかるなんてよ。地面の下で焼け残って、野生化したジャガイモだ。これがありゃ、数日はもつぜ」
ロッチア周辺はもう探索されつくされていたと思っていたが、そうでもなかったようだ。
いや、以前に誰かが探した時はたしかに何もなかったのだろう。
地面の下で生き延びていたジャガイモが芽を出し、花をつけ、そして偶然、今日カズアキたちに発見された。
クワムラが言うように運が良かったようだ。
まさに神の恵みである。
「そうだな。これで──うん? あれは?」
「ああん? ありゃ……。行き倒れか?」
遠目に倒れた人らしきものを発見した。
クワムラと2人で近寄ってみる。
行き倒れのフリをした強盗という可能性もあるため、慎重に足をすすめる。
とは言え、もとは畑か何かがあったのだとしても、今は荒野だ。人通りの少ない場所である。
こんなところでいつ誰が通りがかるかもわからないのに、待ち伏せなどしないだろう。
「──おい、あんた。大丈夫か?」
うつ伏せに倒れていたその男に声を掛けたが反応はない。
これだけ近づき、声を掛けても反応しないということは、強盗のたぐいではない。周辺にも伏せている戦力は無さそうだ。
カズアキは男を抱き起こした。
「大丈夫か? オレの声は聞こえるか?」
話しかけながら『水魔法』で顔に水を掛ける。
この街では、たとえどれだけ経験値を失ったとしても、『水魔法』だけは忘れるわけにはいかない。生きていけなくなるからだ。
「……うう、み、水……、これは水か……」
「おお、生きてたか。よかったなカズアキ」
「もう大丈夫だ。ゆっくり飲むんだ……」
男の口元に水を少しずつ垂らす。
男ははじめ、それを舐めるように飲んでいたが、やがて目を開け、カズアキの指に吸い付くように飲み始めた。
「『水魔法』もねえってことはあれか。おっさん、現地人か。なんでこんなとこで倒れてたんだ。俺たちが通りがからなかったら死んでたぜ」
「……あ、ありがとう……ございます。生き返りました。実は──」
男が語ったところによれば。
どうやら男はここより北の、山脈の麓の小さな村からやってきたらしい。
山間の村の状況は旧王都の近くのロッチアよりもひどく、また食糧援助も届きにくいため、毎日が死と隣り合わせの状況らしい。
プレイヤーが訪れる事も無いため、他国から食糧が密輸されるケースも少ない。
どうやらそういった小さな町や村ばかりを優先的に回っているボランティア精神あふれるプレイヤーもいるらしいが、常に来てくれるというわけでもない。次にいつ来るかもわからないそんな者を当てにしてはいられない。
そうして男は一念発起し、何とか食糧を求めて王都の方角、南へ向けて旅立ったらしい。しかし道半ばで倒れ、ここでカズアキに救われた。そういうことのようだ。
「無謀にもほどがあるだろ。気持ちはわかるけどよ。それに、旧王都っつーか、バーグラー共和国に来たところで、食糧を得られるとは限らんぜ。あの国だって自国の民を食わせていくので精一杯だ。
国ん中で何かの食糧の加工みたいなことをしてるらしいって話は聞くがよ、それにしたって売り物だ。まあ、たまに廃棄品みたいなのが出て、それがお下がりでロッチアにもらえる事もあるけどさ。毎日じゃあない。
俺たちだって状況は同じだ。今日も食い物探しに街の外まで出てきたくらいだ。悪いが、アンタの希望通りには──」
クワムラの言葉を聞き、男はどんどん絶望的な顔になっていく。
クワムラの言う通りなのも確かだ。バーグラーにもロッチアにも余剰な食糧はない。
しかし、カズアキはどうしても、そのままにはしておけなかった。この男が食糧を持って帰れなければ、男の村がどうなるか。
「──よければだが、こいつを持っていくといい」
「お、おい! カズアキ! そいつはお前の……」
「こ、これはジャガイモ……! それも掘りたてで、まだ土が湿ってる! い、いいんですか、こんな……」
「いいんだ。オレは腹が空いてない。それに、ジャガイモは嫌いでね。よかったら持っていってくれ」
インベントリから取り出したジャガイモを男に押し付けた。
「山間の村なら、水源くらいはあるんだろう。『水魔法』もないのに生き延びてたくらいだしな。そいつを持って帰って、種芋として植えれば、今後も継続的に食糧が作れるかも知れないぞ」
「ああ……。こ、こんな……。なんと、なんとお礼を……」
「オレはいらないからアンタにやるだけだ。気にするな。嫌いな食べ物なんて、持っていても邪魔になるだけだからな。ほら、早く帰って村のみんなに見せてやれ」
「──っかー! ったくよ! 付き合いきれねえぜ!」
クワムラはガシガシと頭をかくと、自分のインベントリからもジャガイモを出し、男の前に放った。
「そいつも持ってけよ! カズアキの分だけじゃあ村で配るにゃ足りねえだろ。植えるってんならなおさらだ」
「クワムラ……」
「本当に、ありがとうございます……!」
ジャガイモを受け取った男はこれでもかというほど頭を下げた。
カズアキの『水魔法』で歩ける程度に回復した男は、何度も振り返り、手を振りながら、やがて地平線の彼方へ消えていった。
「──あーあ。食糧探しもやり直しだなこりゃ」
「……クワムラ、すまん」
「気にすんなよ。確かに俺たちもそろそろ食わねえとやばいしこれ以上経験値もロストしたくねえけどよ。さっきのおっさん、NPCだろ。村のやつらもな。そいつらと引き換えって言われたらまあ、しょうがねえかなって気もするし、たまにゃ感謝されるってのも悪くない。
ゲームの中でくらい、気持ちいいことしたいしな」
クワムラはそっぽを向きながらそう言った。
このゲームをプレイしていていろいろなことがあったが、何より気持ちがいいのはこういう友人に出会えた事だ。
「んなことより、食い物をだな──」
「──もし。そこのお二方」
そうして食糧探しを再開しようとした矢先、声を掛けてきた者がいた。
一瞬野盗かと思い警戒したが、振り返ってみると随分と身なりのいい二人組だった。野盗でないとも限らないが、これなら野盗などをする前に装備を売るだろう。この装備を自力で揃えられる実力があるのなら、野盗ではなくもっと別の事をしたほうが稼げるはずだ。
それに声を掛けてきたのは美しい女だった。
偏見だが、こんな美人が野盗のような浅ましい真似をするとは思えない。
「あ、あんたら、誰だ……」
「名乗るほどの者ではありません。
それより、今のやり取り、失礼ながら拝見させていただきました」
見られていたらしい。
何やら恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
「ご自分たちも飢えているというのに、その食糧を他者に分け与えるとは、何と気高い心意気……。私、感動いたしました」
「え、ああ、そりゃ、どうも……」
クワムラと2人、照れて頭を掻いていると、女はどこからともなく木箱のようなものを取り出し、ずしりと地面に置いた。見かけによらず力があるらしい。
いやそれ以前に、こんな木箱を何もないところから突然取り出したということは、この女もプレイヤーだ。
「──本来なら、あの男の村には俺たちが支援物資を届ける予定だった。それで村に行ってみたら、彼がすでに旅立った後だと言われてな。心配になって探してみたら、君たちが彼を助けていたところだったというわけだ」
女の連れである男がそう言う。こちらもイケメンである。プレイヤーであるならそう珍しいことでもないし、当然カズアキもクワムラもそれなりにいい顔立ちはしているが。
「村には食糧を置いてきました。この木箱はあなた方の親切に対する私たちの気持ちです。中には食糧が入っています。もしよければ役立ててください」
「えっまじで!? ほんとに!? いい事ってな、するもんだな! まさに情けは人の為ならずってやつだ!」
「それで合ってるのか? その言葉の用法」
「合ってるはずだぜ! てか見てみろよこれ! インベントリに入れときゃ数週間は食いつなげるぞ!」
クワムラはすでに木箱を開けていた。
女と男に目で謝り、カズアキも覗き込んでみる。たしかにかなりの量だ。多少であれば、施しさえもできるかもしれない。
「あの、ありがとうございます。でもほんとにいいんですか? こんなに……。
これだけの食糧だと、他の国でもそれなりにお金がかかるんじゃ……」
「気にするな。いいものを見せてもらった礼だ」
「はい。それと、もしよければですが、こちらも──」
女は懐から薄っぺらい何かを取り出し、カズアキに差し出した。
カードだ。
「これは……」
受け取ってみると、表面は見たこともないほど美しく煌めいている。明らかにコモンやアンコモンではない、それどころか、単なるレアカードでもないだろう美しさだ。
「それは、友人に協力した際に礼として受け取ったものです。受け取ったはいいのですが、私は興味がありませんでしたし、持っていても……そう、邪魔になるだけなので。どうぞ、もらってください」
邪魔になるだけだ、などと言われては受け取らないわけにはいかない。何しろその言葉はたった今、カズアキが飢えた男にジャガイモを受け取らせる為に言った言葉だからだ。
「──わかりました。ありがたく、受け取っておきます」
「なるほど。じゃあ俺のも渡そう。持っていても仕方ないからな」
「そんな、2枚も……」
「言っただろ。邪魔になるんだ。もらってくれ」
男の方から受け取ったカードも同様に煌めいている。
一体この2人は何者なのだろう。
協力した礼に貰ったということは、よほどの金持ちに恩が売れるほどの腕やコネクションを持っているのだろうか。
「じゃあな。お二人さん。またどこかで会う事があればよろしくな」
「また、お会いしましょう──」
半ば強引にカズアキにカードを押し付け、2人は去っていった。
「よし、とりあえず半分は俺のインベントリに仕舞っておいたぜ──あれ? あの2人は?」
「もう行った。クワムラが木箱に夢中になっている間にな」
「マジかよ! なんで声かけてくれねーんだよ! 礼言いそびれちまったぜ! ……ってか、そのカードなんだ?」
「カードは貰った」
「おい! 食い物貰った上にカードまで恵んでもらったんかよ!」
「断ろうとしたんだけどな。強引に」
「っかー! まあ、貰っちまったもんはしょうがねえな。次に会うことがあったら、何かで返せるようにしとかないとな」
「2枚もらったんだが、1枚はお前が使うか?」
「いや、いいよ。俺はろくにバトルできねえし、そもそもデッキも持ってねえしな。お前が使えよ」
「わかった。こいつはオレが使わせてもらう」
カズアキはカードをデッキの中ほどに差し込んだ。
食糧の残りを木箱ごとインベントリに仕舞い込むと、クワムラと連れ立って歩き出した。
もう食糧を探す必要はない。
ひとまず街に戻り、スラムのアジトでゆっくりと調理をし、腹を満たすつもりだ。スラムと言っても、ロッチアは街全体がバーグラーのスラムのようなものだが。
そろそろ街だ、というところで、岩陰からガラの悪い男たちが姿を現した。
今度こそ、正真正銘盗賊だ。
「……げえ……。マジかよ……」
「──へっへっへ。随分とご機嫌だなあお二人さんよお」
「──よほど、いいことがあったと見える」
「──例えば、食い物でも見つけちまったとかな」
野盗はカズアキたちの行く手を阻むように道を塞いだ。
「い、いやいやいや、ご覧の通り、ほら! 俺たち手ぶらですよ! いやーまいっちまいますよ今日も収穫はナシで……」
「通用するかよそんなもん! てめえらプレイヤーだろうが! インベントリに入ってんだろ!」
「うわバレてる……。で、でもですよ、力づくで奪おうもんなら、アンタらだって他の奴らに……」
しかし野盗はニヤリと笑うと、話していたクワムラではなくカズアキを指差した。
正確にはカズアキの着ているボロいベスト、その胸ポケットの膨らみをだ。
「力づくでなんて言わねえさ。おれたちだって、他の組織に睨まれたくはねえからな。
──それ、カードデッキだろ。ここはいっちょ、バトルで勝負つけようじゃねえか。カードバトルでよ。おれたち3人に勝つ事ができりゃあ、見逃してやる」
「うわあー! この、カズアキ! なんでそんなこれ見よがしに胸ポケットにデッキなんて入れてやがんだよっ! インベントリにしまっとけよ!」
「なんだ、そっちの兄ちゃんはシロウトか。知らねえのか? カードはインベントリにゃ入らねえ」
その通りだ。
普段からカードに興味が薄いクワムラは知らなかったようだが、これらのカードはインベントリに入れる事が出来ない。
おそらく不正防止のためだろう。
それが可能だったとしたら、プレイヤーはいくらでも手札のすり替えが出来てしまう。
「──わかったら、抜きな。そのデッキをよ」
カズアキは覚悟を決め、胸ポケットからデッキを抜き、インベントリからカードバトル用のベルトを取り出して腰に巻いた。
野盗のベルトとカズアキのベルトが連動し、バトルフィールドを形成する。
このベルトはカードの発売とともに運営から無料で配られたもので、カードバトルには欠かせないアイテムだ。
対戦者同士がベルトを締め、バトルの意思表示をすることでバトルフィールドが形成される。
このバトルフィールド内ではカードゲームのルールに従って全てが進行する。暴力的な行動はとれず、ルールやカードの効果によってのみダメージが発生する。
それだけではない。プレイしたカードのイメージは立体映像となって再現されるのだ。
まさにVR技術の粋を集めたシステムと言える。
「じゃあ行くぜ──」
「バトル!」
女「インベントリに入んねーし、普通に邪魔。あのやろー礼とか言ってやがったけど嫌がらせなんじゃねーのかこれ」
男「おいヒヤリハット」




