学園トーナメント 13
エキシビション当日———
僕は今5m程の距離を空けて、王子と対面している。どこからこうなったかは分からないが、王子は僕のことを憎々しげに睨んでいた。
「これよりエキシビションとして、各コースの優勝者における金ランク冒険者との試合を始めます!」
学園長が声高にエキシビションの開幕の演説をしている。このまま王子と睨めっこするわけにもいかないので、視線を外して観客席をぐるっと見回す。
(今日は枢機卿や軍務卿がいないんだ・・・それに宰相もいないなぁ)
客席には昨日までいた、名だたる役職の人達が今日はいなかった。さすがにあの肩書きの人達が3日間も時間を作るのは難しいのだろう。もしかしたら、こんな状況では反乱なんて起きないかもしれない。
(そういえば、ティアも今日は学園に来ていないって言ってたな。上級貴族のことは良く分からないけど、子供であっても忙しいんだろうな)
公国に行った時も、メグはまだ成人前とはいっても王女としての仕事があったらしく忙しくしていたので、きっとそのようなことなんだろうと思った。まさか、主要な貴族が見えないからって僕への苛立ちを増しているのではないだろうかと、王子の表情を見ると邪推してしまう。
(さすがにそこまで理不尽でないといいけど・・・)
そんな試合とは関係ないことを考えながらも、学園長の演説が続いていた。
「また、今回は魔法コースの優勝者との試合を行う金ランク冒険者が急遽都合が悪くなってしまいましたが、ゲンティウス殿下からの提案によって魔法コース優勝者のダリアと剣術コース優勝者のゲンティウス殿下による試合となります。さらに、本試合のルールとして、互いに金ランク冒険者であることから、実践形式の試合となります」
そう学園長が言うと、観客席が「おぉ~!!」とざわめきだした。少しして落ち着くと、いよいよ試合開始の合図をするようだ。すると、王子専用の控え天幕から誰かが鞘に収まった剣を足早に王子に持ってきていた。持ってくるのを忘れたのか、そもそもこのタイミングで持ってくるようにしていたのかは分からないが、持ってきた誰かはあっという間に会場から出ていった。王子は受け取った剣を帯剣すると、腕の魔道媒体の調子を確かめたり、柄の握り具合を確かめたりと試合の準備をしていた。
僕はといえば、どうせ最初の一撃で負けるつもりなので、手ぶらで棒立ちするように王子の準備を待っているだけだった。そして、王子の準備が終わったと見ると、学園長が試合の開始を宣言した。
「それではエキシビジョン、ダリア・タンジー対ゲンティウス殿下の試合を始めます!お互い全力を尽くし、正々堂々戦うように・・・始め!!」
開幕の合図を聞くと、王子は僕に向かって嫌らしい笑みを浮かべてきた。
「いくぞ、下民!死なぬようにせいぜい気を付けろよ!」
不穏な言葉と共に剣術の〈抜刀〉を仕掛けてきた。とはいえ、それはフェイントもなくバカ正直に攻撃してきているので、僕にとっては避けようと思えば簡単に避けられるものでしかない。
(気にくわないが、これで負ければスッキリするはずだし、しょうがないか・・・)
諦めながらも、一応棒立ちで王子の攻撃を受けてしまうと観客から変に思われるかもしれないので、魔法を放とうとして間に合わなかったという体で負けるために、右手に火魔法を準備した。しかし、王子の剣が鞘から抜き放たれた瞬間、違和感を感じた。
(っ!?この剣刃引きしてないじゃないか!)
その刃を視認すると、間違いなく真剣だった。学園長の話では刃引きした剣のはずなのに、これでは無防備に受けてしまうと痛いではすまない。しかも、王子のあの言葉を考えると、真剣だと分かっていながら僕を殺してもいいくらいの思いで攻撃してきているのかもしれない。それを裏付けるかのように、その剣筋は僕の首に狙いを付けている。
「くっ!」
さすがにこれを受けるわけにはいかないので、バックステップでその剣戟の範囲から離脱してかわした。〈抜刀〉が空を切った王子は、残心した姿勢で僕を睨み付けてきた。
「おいおい、平民ごときが王族である俺の斬撃を避けるなど不敬だぞ」
「・・・殿下、どうやら得物をお間違えのようですよ。その剣は刃引きしていません」
「おっと、そうか?しかし、お前は金ランク冒険者だろ?この程度なんとでもなるくらいの腕前だそうじゃないか。なら・・・問題ないだろ!!」
言い終わらないうちに、王子は再度攻撃を仕掛けてくる。さすがに英才教育を受けているのか、その体捌きに無駄はない。剣筋も振れることのない連続剣技はその技量の高さを窺わせるものだ。人格は嫌いだが、その実力は本物のようだ。ただ、これで金ランクと言われても、やはり個人の実力で見たときにもう一息足りないものがある。
(やっぱりチームでの金ランクだな・・・)
そんな事を考えながら王子の剣技を紙一重で避け続ける。そんな僕に王子は苛立ちが増してきたようで、段々と発せられる言葉が汚くなってきた。
「この、ちょこまかと!クソが!とっとと死ね!」
ついには死ねとまで言い出している。いい加減こちらもイライラしてくるので、少し実力の違いを見せつけ、お灸を据えてやろうと避けるのを止めた。それを見て王子は僕が諦めたと勘違いしたのか、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「最初から諦めて、無様に屍を晒せばいいんだよっ!」
上段から袈裟斬りに斬りかかってくる王子を見据えながら、両手を少し前へと突き出して構えをとる。武術の構えの一つで、鉄壁の防御とされる〈前羽の構え〉だ。その構えを見た王子は不快げに顔を歪めながらも、剣速を緩めることなく振り下ろす。
それを僕は冷静に見ながら、刃の腹を手で押し退けて軌道を逸らすことで直撃を躱す。
「な、なんだと!?小賢しい真似を!」
王子は少し崩れた体勢を整えると、剣術の中位技の〈閃光4連撃〉を放ってくる。一太刀で4つの斬撃をほぼ同時に放つ技だが、その軌道が全て見えている僕にとってはなんの脅威にもならない。その全ての斬撃を逸らし、押し退け、無効化する。
「クソヤローが!俺のフリージアに集る虫の分際で!!」
どうやら王子は僕がフリージア様と仲が良いのが気に入らないらしい。とんだ言い掛かりだが、そんなに気軽に接しているつもりはなのに、王子の中では僕は横恋慕でもしているように映っているのだろうか。
王子は憤怒に顔を真っ赤に染めながら、さらに技を放ってくる。剣を肩の位置で引き絞るように水平に構えているので、あれは中位技の〈一閃〉だろう。最速の突き技に分類されるそれは、熟練者なら鋼鉄も貫けると言われている。さらに、力を点に凝縮する突き技であるがゆえに軌道を逸らし難く、しっかり避けないと軌道を修正してそのまま突き込んできてしまう。
(いい加減僕には敵わないって気づいて欲しいな)
王子の僕を殺そうとしている言動から、いつの間にかわざと王子に負けるという目的をすっかり忘れてしまっていた。突き込んでくる王子の剣先を見つめながら、身体強化を施して剣先を摘まむようにして止めた。
「なっ!?ぐっ・・・」
全力で突き込んでくる剣をピタッと止めた為に、その反動で王子が手首を痛めてしまったようだ。
「こ、この下郎が!よくも!」
王子は力を込めて、なんとか剣を僕から離そうとするが、ピクリとも動かせていない。歯を食いしばりながら力を入れるも、涼しい顔で摘まんでいる僕にさらに怒りを増していたが、どうにも出来なかったようで剣に固執するのを止めて魔法に切り替えたようだ。この近距離で〈火炎放射〉を放ってきたので、すぐさま〈水の弾丸〉で相殺する。
「許さん、許さんぞ!平民ごときが俺に恥をかかせおって!!不敬罪として俺が処分してやる!」
「いやいや、ただ試合してるだけですから不敬と言われても・・・」
「貴様、平民の分際で王族であるこの俺に口答えする気か!?もはや万死に値する所業、許しておけるか!」
思ったことを口にしただけだったのだが、火に油を注いでしまったらしい。とはいえ、殺されるわけにはいかないので、こうなったら別に勝ってしまってもいいや、というなげやりな気がしてきた。
(友人のことは『風の調』に任すとして、僕に対する事はなんとでもなるし、いい加減この王子は鬱陶しい!)
王子を気絶させて勝ってしまおうと心に決めた直後、突然横合いから魔法が飛来してきた。しかも、複数の第四位階風魔法の〈風の刃〉で、その射線上には僕と王子がいる。王子を助けるみたいで癪だが、死なれても面倒なので第四位階土魔法〈堅牢なる大地の壁〉を、僕と王子を魔法から守るように作り出した。
「なっ、なんだ?何ごとだ!?」
予期せぬ第三者からの攻撃に驚いたのか、王子は周りをキョロキョロしながら現状の把握に努めようとしているようだ。既に僕はこの試合に介入してきた相手を空間認識で把握しているが、客席の様子が少し変だった。本来この国の王子が攻撃を受けたとあっては、客席の貴族も動揺と混乱で大変な事になるはずなのに、パニックを起こしているのは一部の貴族達だけだった。学園長や先生たちはそういった貴族や、生徒の避難誘導にてんやわんやしている様子が見て取れた。
他の客席に座っている貴族は一斉に立ち上がると、一人の人物が僕と王子の試合会場に降りてきた。僕は土魔法を解除し、その人物を見据える。ただ、その正体は見当がついている。
「くっ、次々と無礼者が現れよって・・・貴様何者だっ!?」
怒りを隠す気の無い王子が、その人物を指差しながら正体を問いただした。その人物は見た目40代の中年の男性で、背が高いが妙にヒョロヒョロした印象で、目が細く吊り上がっていた。その容貌を見て、なんとなく生理的に受け付けない感じの相手だ。
僕らの少し前まで来て立ち止まると、その男は大袈裟に一礼してから名乗った。
「これはお初にお目にかかります、ゲンティウス殿下。私はサジウス・クローガと申します」
「・・・クローガ、だと?」
「お聞き覚えございませんか?数年前までは立派な領地を持つ貴族でしたが・・・今では平民に成り下がった身でございます」
「知らん!それで、この無礼は何なのだ!?先程の攻撃はお前の仕業か?であればどうなるか分かっているだろうな!?」
サジウスと名乗った彼の言葉を切って捨てた王子は、襲撃してきた彼を威嚇しているようだ。
「ふふふ、勿論でございます。ただ、その前に・・・ダリア・タンジー殿でしたね?あなたには出来ればこの場を去って頂きたいのですが?」
「僕ごと始末できないか試したくせに、よくもぬけぬけと」
「誤解ですよ!王子への攻撃の射線上に、たまたまあなたが重なっていただけです。我々にはあなたと敵対しようなどという考えはありません」
この男はいけしゃあしゃあと話しているが、残念ながら僕には腹の探り合いは向いていないので、彼が本当のことを言っているのか、嘘を言っているのかを見破る術はない。どうしようか考えていると王子が耳を疑う言葉を放ってきた。
「おい下民!お前にこの俺を守護するという誉れ高い任務を与えてやる!騎士団が来るまで俺を守れば、これまでの無礼の事は考えてやらんこともない!」
どこまでも自分勝手な言い方で、しかも、許すのではなく考えるというのは、結局許さないということと同義な気がする。この場は自分を守るための盾として使い、用が済めば処刑しそうな言いぐさだ。
「それは困りますね・・・ですが、この人数相手に2人で何とか出来ますか?」
男がそう言いながら指を鳴らすと、観客の半数が剣を構えて会場に降りてきたり、残りの半数が魔法を準備し始めた。
「な、なんだこれは・・・一体どうなってるというのだ?」
王子はその数と囲まれているという状況から、腰が引けたような声を出して、狼狽えていた。
「ふふふ、我々は革命派閥の先陣部隊。今日ここからこの国は生まれ変わるのです!我々の手により、全ての国民に自由を!王族の腐りきった政治から脱却を!そして、より良き王国を一から創るのです!」
拳を振り上げながらそう高らかに宣言した男は、恍惚とした表情で自分に酔いしれているようだった。




