学園生活 20
休息日の翌日、その日の授業が終わり寮に戻ると、そこには『風の調』のショートカットの店員さんが待っていた。
「こんにちは、ダリア殿。今よろしいですか?」
「はい、報告ですね。大丈夫ですよ」
「う゛、うん!ダリア殿。あまりこういった時は、周りに興味を抱かせるような言葉は話さない方が良いです」
「あっ、そうですね。すみません。では、どちらで話を聞けばいいですかね?僕の部屋なら他に誰も居ませんから、そっちの方が良いですか?」
「いえ、こういった部外者が来た時用に、ちゃんと防諜設備の整った部屋もありますので、そちらにしましょう。既に許可は貰っていますので」
「へぇ、そんな部屋があるんですね」
彼女はこの学園に何度も来たことがあるのか、その進みに迷いはなく、逆に僕の方が彼女に先導されてその部屋まで案内されたほどだった。その部屋は寮一階の少し奥まったところにあり、僕は一度も訪れたことが無いような場所だった。その部屋には窓は無く、少し圧迫感を感じるが、防諜はしっかりしているらしい。備え付けられているテーブルに座ると店員さんは早速報告をしてくれた。
「こちらが今回の顛末が記載された報告書です。ご確認ください」
「ありがとうございます」
その報告書には、予定通り例の貴族嫡男であるエリック・バスクードが自分自身の口で暗殺依頼をしていたことを発言し、それを隣の部屋で待機していた衛兵が確認後、部屋へ踏み込み彼を捕縛していったとなっている。処分については現在検討中となっており、バスクード伯爵が自分の息子をどう裁くかによって、謹慎処分程度か廃嫡とするかは現状ではまだ分からないので、結果が分かり次第また知らせると書かれていた。
上級貴族が所属しているSクラスの人とは日常の学園生活ではなかなか接触がないので、捕縛された彼がいないことがどんな状況になっているのかは分からないが、とりあえず僕へのちょっかいはこれで落ち着くだろう。
報告書を読み終わって顔を上げると、どうやら店員さんはずっと僕の方を伺っていたらしい。
「いかがでしょうか?」
「そうですね、最終的な処分が決まるまではなんとも言えないですけど、少しスッキリしましたね」
何となくこの状況が、いつか図書館で読んだことのある物語の中で、出来る人物っぽい状況と酷似していたので、この状況に楽しさを感じてしまっていた。
(裏工作の得意な頭の切れる主人公っぽくて何か楽しいな。力だけが全てじゃないし、人を使って物事を成すというのも良いのかもしれない)
「では、今回の依頼は完了という事で、後日例の市況調査の報告と一緒にあの貴族の処遇が決まりましたら報告いたします」
「そうだ!来月の後半から長期休暇になるんですが、2週間ほどエルフの国に行ってくることになりましたので、報告が遅くなりそうであれば、戻ってからお店に向かいますので、それから報告してもらっても良いですか?」
「え、ええ、それは構いませんが・・・フロストル公国へ行かれるのですか?」
「はい。知り合いが招待してくれるようなので、せっかくの魔法先進国と名高い国を見てみたいと思いまして」
そう僕が伝えると、店員さんは目を瞬きしながら、心配そうな顔をしていた。
「あ、あの、ダリア殿。あまりそういった重要な情報をペラペラとお喋りしない方が良いですよ」
「??重要な情報ですか?」
「ダリア殿がフロストル公国の重要な人物と繋がりがあるとか、その人物の予定とかも今の話だと分かってしまいますよ?」
そう指摘されると確かにそうだ。その情報のせいでマーガレット様に迷惑が掛かるかもしれないし、僕にも顔を繋いで欲しいなんて人が現れるかもしれないので、話す人物や内容は気を使うべきだった。
「すみません、親切にありがとうございます。言われてみれば迂闊でした」
「気を付けてくださいね。ダリア殿は素直すぎますので、本音を隠すという事を学んだ方が良いと思いますよ」
「そうですね、ありがとうお姉さん!」
親切なお姉さんに笑顔で感謝を伝えた。
「っ!!(相手は依頼人、相手は依頼人・・・)わ、分かっていただけで良かったです。で、では私はこれで失礼しますので、気を付けて公国へ行ってきてください」
「はい!」
なにか小声でブツブツ言っていたようだったけど、特に聞き取れなかったので気にせず店員さんを見送った。
◆
side ティア
長期休暇にフロストル公国に行くことが決まってから、お父様にその事を伝えると、殊の外喜んでいた。家柄的に私には友達と胸を張って言える存在が少なく、それをお父様も心配していた。友人になりたいと近付いてくる人達は、大抵親からの差し金だったり、自分の将来的な思惑で我が家に取り入りたいという想いが透けて見えているのだ。
(宰相を務める侯爵家の一人娘だからって、私を自分が出世する為の道具のように見ないで欲しい・・・)
10歳を越えた頃、少しづつお父様がお見合いの話を持ってくるようになったが、何故か話を準備したお父様が自ら『うちの天使にお前は不釣り合いだ!』と大声を出して終わるのが毎回の事になっていた。
お父様は何がしたいのかと思っていたけど、私の為に色々と考えた結果ということは、最近になって段々と理解できてきた。
(でも最近は今まで以上に私に干渉してくるのよね・・・正直鬱陶しい)
学園に通学してから交遊関係をしつこく聞いてきては、しきりに男の子の存在を確認してこられた。入学から少し経って、エリック・バスクードと言う辺境伯爵家の嫡男から粘着されるようになったのには困っていたので、彼の事はお父様に相談したが、何をどうしたのか急に彼は学園に来なくなった。お父様は一体彼に何をどうしたのだろう?仮にも上級貴族相手にこんなに素早く物事が動くとは思わなかったので、少しお父様を見直してしまった。
ただ———
(ダリアの事を将来有望な人物として話したのに、凄い否定的な反応だったのは何でだろう?)
確かに彼は平民だから、そんな彼と友人として接していることに思うことがあるのかもしれないが、それにしても今後は付き合いを改めるように言うのは理解に苦しんだ。学園では将来有望な者を見定め、仕官させることも貴族の仕事のはずで、事実彼は他にもフリージアや公国の王女のマーガレットから声が掛けられる程に将来を期待されていると言うのに。
(一度お父様に直に見てもらった方が良いかな)
それに、私が有名な貴族の娘と知っても普通に喋ってくれるし、仕官を提案しても断られるなんて平民の対応としては考えられなかったが、何より私を一人の女の子のように見てくれているように感じて、利用しようとかの野心が全く見られなかった事には好感が持てた。だからこそ私も彼に対して友人になって欲しかったのだ。
でも、今回フロストル公国へは家の仕事としての視察も兼ねている。公国の中枢の人物や国民が王国をどう思っているかを知る良い機会にもなるとお父様は考えているようだ。
(でも、王国から出るのは初めてだから、少し楽しみ)
公国へ訪問する用意をしながら日々を過ごし、あっという間に長期休暇が始まることとなった。
◇
(早く終わってくれないかなぁ・・・)
長期休暇の初日の朝、僕は学園前に準備された公国の馬車を待っている。いや、馬車は既に来ていて荷物も預けたので、あとは乗って出発するだけなのだ。スレイプニルと言う馬のような魔獣で引く馬車は、馬と比べて数倍の早さで移動できるらしい。いくら長期休暇が2ヶ月あると言っても、移動時間で何日も費やすのは嫌だなと思っていたが、さすが王族が乗る馬車だ。
では、何故準備が終わったにもかかわらず外で立ち尽くしているのかというと、ティアのお父さんが原因だった。
(僕が気安くティアに挨拶したのが不味かったな・・・)
いつものようにティアと名前で呼んで挨拶したのだが、その様子を後ろで見ていたティアのお父さんは平民である僕が最敬礼もせず呼び捨てで名前を呼んだことが気に触ったらしい、先程から上級貴族に対する礼儀と言うものをネチネチと言われる羽目になってしまった。しかも、ティアのお父さんはこの国のNo.2である宰相というのがその怒りに輪を掛けているのだろう。
(あらかじめ言っておいて欲しかったよ。というか、娘の旅行の見送りに一国の宰相が来るものなのか?)
そんな事を考えながら目の前のおじさんの言葉を右から左に聞き流していると、僕がちゃんと聞いているのか確認してきた。
「聞いているのか!?いいか、ウチの天使に手を出したら貴様を処刑してやるか―――」
『スパーン!!!』
子気味良い音がすると、宰相の後ろからジャンプして自分の父親の後頭部を叩く無表情のティアがいた。
「ティ、ティア?何でパパを叩くんだい!?」
「ん、恥ずかしいからもう止めて。ダリアは友人!呼び方も私がお願いした」
「で、でもね、対外的にも平民如きが上級貴族であるティアちゃんに呼び捨ては看過できないんだよ」
先程までの威厳のある姿が、ティアの前だと形無しだった。ティアのお父さんは文官の宰相とはおもえない程の偉丈夫で、僕の身長からだと見上げるほどの背丈で、全てを見抜く鋭い眼光は相手に立場というものを見るだけで理解させられるほどだ。短く刈り上げられた黒髪も迫力あるその容貌にひどく合っていた。しかし———
(どれだけ娘に甘いんだ・・・心配するのは分かるけど、あんまり度が過ぎると信頼されていないと思っちゃうんじゃないか?)
「ん、私は気にしない!それが友人と言うものだと思うし、私は人を見る目には自信がある!」
「そ、それはそうだけど・・・でも、こんな顔してるけど相手は男なんだよ?男なんて一皮向けば皆ティアちゃんを良いようにしようと考えている奴らばかりなんだから!」
「ん、ダリアは心配ない!」
「で、でもね・・・」
「ん、お父様は私を信じてないの?」
「そ、そんなこと無いよ!!パパはいつだってティアちゃんを信じてるよ!」
「ん、なら問題ない!あんまりしつこいとお父様の事が嫌いになりそう・・・」
ティアのその一言を聞いた瞬間に宰相はくるりと僕に向き直って、威厳ある表情で僕の肩に手を乗せながらにこやかに話してきた。
「ダリア君、ウチの天使をよろしく頼むよ!」
少々手に力が入り過ぎているようで、僕でなければ肩の骨が砕けていそうだ。
「はい、お任せください!」
それでも笑顔で対応する僕に、苦虫を噛み潰したような表情になった宰相が、静かに離れた。そして、それまで静かに事の推移を見ていたマーガレット様が来た。
「宰相閣下、ティア殿は我が国の優秀な護衛が守りますし、ダリア殿も金ランクの冒険者ですのでご安心下さい」
「・・・マーガレット殿下、不束な娘ですが貴国との友好をより確固たるものにするためにも、此度の事よろしくお願いいたします」
「かしこまりました。とはいえ、此度の事は私が友人としてティア殿達を我が国へ招待すること。そこまで固く考えられずともよろしいですよ」
「お心遣い感謝いたします。今後とも貴国と良い関係を王国としては望んでおりますので、女王陛下によろしくお伝えください」
「分かりました。先程頂いた信書も確かにお渡しいたします」
「ん、難しい話しは終わり。皆行こう!」
そう言ってティアが先頭に立って馬車へと乗り込んでいった。その姿に宰相は心配そうな表情をしながら見送っていた。今回の旅路はマーガレット様と護衛の4人。ティアとその側仕えが一人、そして、僕と御者が2人の計10人での旅路だ。
人数的には少なめだと思うのだが、荷物が多いので馬車は2台使っている。その1台にはマーガレット様とティアと側仕え、僕の4人が乗り、御者台に護衛が座っている。馬車の中は6人乗りらしく馬車内はかなり余裕があった。
「では、出発してください!」
マーガレット様の号令と共に馬車は少しづつ動き出し、加速していった。
(さて、フロストル公国か・・・どんな国なんだろう?)
期待と興奮を胸に未だ見ぬ国に想いを馳せながら馬車に揺られていった。




