絆 2
翌日、僕は部屋の外から聞こえる喧騒で目を覚ました。
「・・・いったい何の騒ぎなんだ?」
状況が分からないまま寝巻きから着替えていると、慌ただしくノックをする音が部屋に響き渡った。
『し、失礼します!ダリア・タンジー殿!お目覚めでしょうか?』
昨日案内してくれたメイドさんと思われる人が、息を切らしながら僕が起きているかをドア越しに確認してきた。
「はい、大丈夫ですよ」
『っ!良かった。申し訳ありませんが女王陛下がすぐに会議室へお越しいただきたいとの事で、私と一緒にご足労願えませんか?』
彼女の声音から、随分と切羽詰まっているような印象を受ける。一応ヨルムンガンドから大陸を救ったという事で、昨日は英雄のような扱いをされているが、起き抜けのこんな早朝から会議を優先させるということは余程の事態なのだろう。
(また世界の危機とかじゃないと良いけど・・・)
不安を抱きながらも既に着替え終わっていた僕は、呼びに来たメイドさんの先導のもと、会議室へと通された。
会議室には早朝にも関わらず既に各大臣等の国の中枢の役職者が揃っており、みんな一様に手元の書類に目を通しながら険しい表情を浮かべていた。入室した僕に気づくと、みんな立ち上がって一礼した後、すぐに元通り書類を見つめていた。僕に一瞬向けた表情から、何故か僕に対して良い感情を抱いていないように感じられた。
(・・・僕、何かしたかな?昨日と表情がまるで違う。でも、昨日はここに戻ってきて討伐の報告した後は、お風呂に入って食事をしただけだし・・・)
彼らから向けられた感情の意味が分からず困惑している僕は、促されるままに円卓の席に腰を掛けた。しばらくすると分厚い書類を抱えた側仕えと女王が現れ、会議が始まった。
「皆、早朝にもかかわらず良く集まってくれた。緊急を要する事態が発生したため、急遽召集させてもらった。ダリア殿も早朝から申し訳ないが、貴殿にも関わる事ゆえ許して欲しい」
「いえ、僕は全然構いませんが・・・いったいどうしたというのですか?」
会議の口火を切った女王は、早朝に召集したことについての謝罪から始まった。それに対して僕に思うことは何もないのだが、何故か僕の返答に幾人かの人物が不快げな表情をしていた。すると、先程女王と一緒に入室してきた側仕えさんが僕の前に分厚い書類を置いて、そそくさと女王の傍らへ戻っていった。
「ダリア殿、まずはその書類を見てください」
促されるままに手元の書類にざっと目を通す。するとそこには驚愕の報告が記載されていた。
「・・・えっ!?魔法が使えない!!?」
あまりの驚きについ大きな声を出してしまったが、それを咎める者はいなかった。僕の反応を確認した女王は、重々しく口を開いた。
「厳密には全く使えないわけではありません。魔力制御の難しさから、普段より低威力になってしまっているという事です」
「でも、何故急に?」
「この報告が各都市から上がってきたのが昨日の夜からです。そこで原因を確かめるべく調査した結果・・・我々は全員、魔法に関する【才能】を失っていることが分かりました」
「【才能】が!?・・・まさかっ!!?」
「はい。恐らくはヨルムンガンド討伐が原因と考えられます」
魔法はヨルムンガンドがこの世界にもたらしたものだと言っていた。この状況は魔法の祖である存在が死んだことにより、奴がもたらしたという恩恵までも消滅してしまったということだろう。
(まさか奴を倒したことで、こんな事になるなんて・・・まてよ、僕は少し違和感があったが、それでも問題なく使用できたぞ。それはどうしてだ?)
疑問に思い、奴との会話を思い起こす。奴は創造神のような存在ではなく、あくまでも変革者だった。となれば、最初からこの世界に魔力は存在し、人々も内包する魔力があった。しかし、それに気づかず生活していて、ヨルムンガンドによって魔力が認識できるようになった。さらに、【才能】に魔法を組み込むことで飛躍的に成長できるようになったとすれば、魔法の才能に頼って成長した人は魔力制御が習熟していない可能性がある。
(そう考えると、王国では貴族なんかを中心に大混乱が起こっていそうだな・・・いや、世界中でか・・・なるほど、だから僕に対してあんな視線を・・・)
僕がヨルムンガンドを討伐した影響が、これほど世界中に衝撃を与えているなど思いもよらなかった。しかし、今更どうすることも出来ない。
「・・・原因は理解しました。そのことで世界中が混乱に陥っているであろうことも想像がつきます。しかし、僕にはどうすることも・・・」
「いえ、公国はダリア殿に責任をとってもらおうとは考えておりません。力の加減が出来るような相手ではないことは百も承知ですし、そうしなければこの大陸が滅んでいたであろうことは想像に難くありませんから」
「では?」
「公国の考えがそうであっても、他国の考えは分かりません。とりわけ他の国が・・・あってはなりませんが、ダリア殿を非難し、それに同調する国が現れると、公国はダリア殿を庇いきれぬ可能性があることをご承知おきしていただきたいのです」
意を決した表情で女王は僕にそう伝えた。現在この大陸には3つの国が存在しているが、他の二か国が僕に対して反感を持っている場合、僕の事を公国が庇うという事は、他国との争いに発展する可能性がある。せっかく戦争を止めたというのに、僕のせいで新たな戦争が始まってしまうということだ。つまり、そうなった場合は戦争にならないように僕に公国を出奔して欲しいということだろう。
(・・・別にそんな表情しなくても、怒って暴れたりしないんだけどな・・・)
どうやら先程から向けられる周りの視線や表情は、魔法が使いづらくなったことに対する不満と、そんな不満を直接ぶつけようものなら僕の反感を買って暴れられるのではないかという不安がない交ぜになったようなものだったようだ。
「分かりました。では、今後各国の王と会談を?」
「ええ。時間の調整が取れ次第、早急に開催すると思います。その際には大変心苦しいのですが、ダリア殿の力をお借りできませんか?」
早急にといっても、各国からの移動時間を考えると相応の日数を要してしまう。その点、僕の〈空間転移〉なら一瞬だ。女王は移動手段として僕の協力を取り付けたいのだろう。会談では僕に対する否定的な意見も出るかもしれないが、事は世界規模の問題だ、僕は個人的な感情を今は排して女王の申し出に頷く。
「分かりました。移動は僕の転移で行いましょう。日時と場所が決まりましたらお伝えください」
「感謝します!」
その後、各地における状況や現状の魔法発動の実態についての報告が宰相から伝えられた。今のところは大きな混乱にまで至っていないが、何か切っ掛けがあればどうなるかわからないということだった。
魔法について、そもそも魔法媒体は発動に必要な魔力を自然界から効率良く集め、ある程度の制御を補助するものだが、大半の制御は個人の熟練度によるのだ。しかし、殆どの人々が【才能】に頼っていたため苦戦しているらしい。日頃から鍛練を欠かさないような公国の騎士の中には従来の威力に近しい力を発揮できるものもいるが、それはほんの一握りの存在らしい。
僕のように魔法媒体無しでも完璧に制御出来るような人物は、魔法大国の公国といえど存在しないらしい。
一先ず会議が終わり、自分の部屋へと戻ってくると、ベッドに横になりながら今後の事を思い浮かべる。
(・・・最悪、この大陸を出る必要があるかもな・・・)
ヨルムンガンドとの戦闘は映像で大陸中の住民が見ていたことを考えると、僕の顔を知らぬものは居ないと考えても良いかもしれない。そんな中で、僕のせいで魔法が使いづらくなったと知れば、僕に対して否定的な感情を抱く者も現れてくるだろう。あの戦いを見て、僕に対して暴力に訴えることはないと思うが、そんな状況でのほほんと暮らせるとは思えなかった。
(サバイバルしていた時みたいに、また一人で暮らさないといけないのかな・・・)
そう考えると、胸の辺りが締め付けられるようだった。別に今までも常に周りに誰かいた訳ではないはずなのに、妙に一人になることに抵抗があった。
(・・・僕ってこんなに一人が怖かったっけ?今までもほとんど一人で生きてきたはずなのに、何で・・・)
ふと気づくと、涙が頬を伝っていた。これから訪れるかもしれない孤独を意識してしまった事で、感情が高ぶってしまったのだろう。
「もう一度彼女達に会いたいな・・・」
不意に浮かんできた僕の願いは、誰が聞くでもないこの部屋の中に溶けて消えていった。