ヨルムンガンド討伐 27
『パキィィン!!』
二重に展開した〈不可侵空間〉による防御膜を施したジャンヌさんの双剣の片方、右手に持っていた赤色の剣が、ヨルムンガンドの持つ漆黒の剣と僅かに拮抗して折れてしまった。
剣術の〈抜刀〉で放たれた剣閃を、力を剃らすように受け止めたのだが、無意味とばかりに半ばから切断されてしまったのだ。すぐさま間合いを取りつつ切断面を確認すると、斬ったと言うよりも、削った様な状態だった。
(何だこれ?あれは剣じゃないのか?こんな切り口になるなんて訳が分からない!)
その切れ方に驚きながらも、油断せずに奴を見据えると、切り込んだ位置から移動せず、こちらの様子を窺っていた。
「クカカカ!この剣に一瞬でも耐えられるとはなかなかだな!消滅の力が具現化したこの剣は、ブレスの比ではない力を秘めているのだ、誇っても良いぞ!」
「・・・それはどうも」
あくまでも上から目線の言葉に思うところはあるが、今は冷静さを崩すわけにはいかない。正直その感触から、〈不可侵空間〉を最大の五重に防御を展開しても受け止められると思えなかった。
(〈紅炎爆発〉も〈不可侵空間〉も決定力に欠けているか・・・しかも生半可な傷はすぐ回復する・・・化け物だね)
内心でそう嘯き、奴を見据えながらどうすべきか戦略を立て直す。
「さぁ、戦いはまだ始まったばかりだ!存分に楽しませてもらおう!!」
奴は右手に持った漆黒の剣を構え直す。その構えは剣術の〈剣舞〉のようだ。切断された双剣の片割れを収納し、残る緑色の剣に四重に〈不可侵空間〉を掛けて、連続攻撃を迎え撃つ。
「かかってこい!!」
防御に徹したのだが、一秒先の未来が見えていても避けられない攻撃の方が多い。どう攻撃が来るか分かっていても剣で受けるしかなく、〈空間転移〉出来るような隙もない。それでもなんとか最小限の接触で奴の漆黒の刃を防いでいく。一撃で3つ分の防御膜が破られるが、ギリギリ最後の一つで踏み止まる。瞬間、改めて四重に展開し直しなんとか迎撃を可能としていた。
とはいえ、可能な限り避けたり、極力力を逸らすことで防いでいるのが実情で、真っ向から切り結ばないようにしてようやくこの均衡が保てている状況だ。しかも、奴の剣は不定形に蠢いており、刀身が長くなったり短くなったりと間合いの取り方が難しいのだ。それもあって、少しでも攻撃が苛烈になり、避けられずに正面から迎撃しなければならなくなれば、この攻防は破綻してしまう。まさに薄氷を踏む思いだった。
(くっ、これじゃ前回と変わらない!もっと強力な武器じゃないとダメなのか・・・)
頭の片隅に『祈願の剣』が思い起こされる。いざとなれば使うことに躊躇いはないとはいえ、使わなくて済むのならそれに越したことは無いと考えている。だからこそ、可能な限りの対応策を準備してきたのだ。しかし、それもこのヨルムンガンドの前に決定打を欠いている状況では無駄だったのかとすら思えてきてしまう。
「クハハハ!少しは戦えておるではないか!だが防戦一方ではつまらぬぞ!もっと死ぬ気で全てを出しきってもらわねば!」
奴は僕から少し間合いをとってそう言うと、嫌らしい笑みを浮かべながらみんなが囚われている檻に視線を送っていた。そしてーーー
「いざという時の覚悟が出来ているなら、今この瞬間をその時にしてやろう!」
直後、奴はみんなのいる檻の上空に〈空間転移〉し、その漆黒の剣を上段から振りかぶっていた。
「くっ!」
僕も数瞬遅れて檻の上に〈空間転移〉して、奴を迎え撃つために剣を構えるが、その瞬間、一瞬にして窮地に立たされていることを自覚する。
(奴の剣を逸らせばそのまま下の檻にいるみんなに被害が及ぶ。かといって真っ正面から奴の剣を止めるだけの力は無い。僕が取れる選択肢は・・・)
「さぁ、この一撃でまず何人の女が死ぬかな!?」
僕の考えが纏まりきらないままに、奴の凶刃が振り下ろされる。その刃を止めようと、横に構えた剣が頭上で接触した。『キィン!』という刹那の接触音の後、奴の剣を正面から受け止めたせいで、四重に展開していた〈不可侵空間〉は粉砕され、双剣の残りの一振りも切断されてしまった。
(くそっ!)
防御を打ち破られた直後、その影響で体勢を崩しながらも檻に掛けていた〈不可侵空間〉を解除して、みんなごと〈空間転移〉でこの窮地を離脱しようと試みるが・・・
「クハハハ!ムダだ!!」
僕が転移で離脱することを読んでいたように魔法が発動しなかった。おそらく僕と同種の空間を支配する様な魔法を使って阻害している様な感じがした。
(くっ!これ以上出し惜しみは無理だな・・・)
覚悟を決めて準備していた能力を解放する。既に奴の漆黒の刃は檻の天井に達し、みんなへと迫っているところだった。更に〈不可侵空間〉を解除したことでみんなの声も聞こえるようになっていた。
「「「キャーーー!!!」」」
みんなの絶叫と共に、一瞬見えたその表情から恐怖と焦りが見てとれた。しかし、誰一人として傷付けることはさせない。
「〈時間遡及〉!」
その瞬間、僕の視界は上を見上げて上空から漆黒の刃をみんなの囚われている檻に振り下ろそうとしているヨルムンガンドを見ていた。
今度は剣で防がず、〈紅炎爆発〉を上空から迫り来る奴に叩き込む。
「喰らえっ!!」
「クカカカ!そんなもので我を止められるか!!」
僕の攻撃を迎え撃つように、奴はその刃を振り下ろした。一瞬だけ激しい拮抗を見せたが、直後には〈紅炎爆発〉は消滅し、何事もなかったかのように再度凶刃を振り下ろそうとするヨルムンガンドが檻の天井に達しようとしていた。
「くっ!〈時間遡及〉!」
三度、僕の視界には上空から漆黒の刃を振り下ろさんとするヨルムンガンドの姿を捉えている。次は天叢雲を応用して、剣としてではなく奴に放射する。
「喰らえ!〈雷鳴〉!」
「グオッ!」
空間魔法で制御していないため、直進せずに不規則な軌跡を見せる〈雷鳴〉は、奴の剣をすり抜けて直撃した。しかし、ダメージが入ったというよりは、雷に痺れて驚いた位しか効いていないようだった。その為前回までと同じように檻の天井をその漆黒の刃で切り裂こうとするが、その剣の持ち手は微妙に痺れているようで震えており、剣筋も先程と比べると幾分鈍っているのが分かった。
「よし、〈時間遡及〉!」
再度僕は上空から漆黒の刃を振り下ろさんとするヨルムンガンドを見上げている。今度は今までの反省を踏まえて、連続攻撃にてこの攻撃を防ぎきってみんなを守るつもりだ。
「喰らえ!〈雷鳴〉!」
「グオッ!」
先程と同じような光景で奴に〈雷鳴〉が直撃する。そこまでは想定通りなので、そのまま瞬時に次の行動を起こす。〈空間転移〉で降下している奴の横に移動して、横合いから〈紅炎爆発〉を叩き込む。
「これでどうだ!」
「ぐぅ、舐めるなよ!!」
奴の言葉とは裏腹に、痺れの残っている腕では上手く迎撃出来ないようで、振り下ろしていた剣を横薙ぎに迎撃しようとするが剣筋がブレている。そのお陰か〈紅炎爆発〉は半分ほどは消滅を免れて、その爆風によって奴の落下の軌道が逸れて、檻から少し離れた場所へ着地する。
「チッ!なかなかやるではないか!我の攻撃をこうも正確に打ち崩してくるとは・・・瞬時の判断力は誉めてやろう」
「嬉しくもないけど、称賛は素直に受け取っておくよ」
「だが、いくら防御に優れていても、それだけでは我を満足させることは出来んぞ?それにお前は我を倒すのだろう?」
みんなを殺すようなことを言って、結果として誰も傷一つ付けることが出来なかった事に苛立っているのか、奴は僕を挑発するような仕草と言葉で喚き立ててきた。
「心配しなくても、ちゃんと討伐するさ!」
僕も挑発に乗るように強気の姿勢を崩さなかったが、正直に言って今のところ打つ手がない。防御は何とかなっていても、奴に致命傷を負わせるだけの手段が無いのだ。
先ほどの〈時間遡及〉は【時空間】の能力の一つで、発動した時点を基準に5秒間だけ過去に戻れるというものだ。この能力があれば、攻防に失敗したとしてもやり直しが効くが、だからといって万能というわけではない。
5秒前の過去に戻っても、発動した基準の時間まで進まなければもう一度過去には戻れないので、無限に繰り返して大昔まで戻れるという力はない。それに、過去に戻るだけであって直接的な殺傷能力があるということもない。あくまでも攻防に失敗したときの保険的な使い方しか出来ないものだ。
それでも5秒間の奴の動きが分かった上で対策が立てられるということは、有利に戦闘を進めることが出来るし、何よりもこの能力に奴が気付いていないというのもありがたい。
(気付かれる可能性も考えて最初は使わなかったけど、これで少し余裕が持てた!)
とは言え、現状は奴を討伐出来るような有効打がない為、次の攻防はいよいよ決断しなければならないだろう。
(やはり使うしかないか・・・)
僕の内心の葛藤を見抜いたかは分からないが、ヨルムンガンドが漆黒の剣の剣先を僕に向けながら口を開いた。
「では、次はもっと苛烈に攻めてやろう!死なぬように、死なせぬように気を付けろ!」
そう言うやみんなが囚われていた檻が砂のように崩れ去り、この戦場へ放り出された様になってしまっている。
「えっ?これは一体?」
「えっ?えっ?どうすれば良いの?」
過去に遡及した際に〈不可侵空間〉も解除されてしまっていたようで、みんなの困惑した声が聞こえてくる。
「落ち着け!みんな私から離れないように!ダリアの邪魔にならないよう、ゆっくりと離脱するぞ!」
「ん、了解」
混乱していたみんなをジャンヌさんが一喝してくれている。こういう時は彼女の立場と経験がありがたい。ただ、奴はそう簡単にみんなを見逃してくれはしないようだ。
「クハハハ!逃がすわけがないだろ!これからが楽しいところだ!さぁ、あの女達を守りきれるかな?」
嫌らしい笑みを僕に浮かべた直後、奴は動き出した。